ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

 前もって連絡は済ませているため、七大迷宮攻略組は割とあっさりアンカジ公国への入国を許可された。これは一行が揃いの紋章(エンブレム)を着けていることも一因にあるだろう。むしろそうでもしないとシアが自由に行動出来ない。

 奴隷として連れ歩けば良いかといえば然に非ず。一行にはシアを奴隷として連れ歩けない理由が存在する。……そう、勇者領である。『種族による差別をせず』を理念として領を興した勇者。その仲間が堂々と亜人族を奴隷として連れ歩いたのでは風聞が悪すぎる。領への信憑性も無きに等しくなるだろう。

 その解消策が揃いの紋章である。この紋章を着けているトータス人は、その種族を問わず特例的に“神の使徒”として認められる、とそういう代物だ。

 紋章の提案をした時点ではシアは加わっていなかったが、七大迷宮には亜人族の住み処である【ハルツィナ樹海】が存在する。それでなくても【オルクス大迷宮】で仲間になったアレーティアの例があるのだ。亜人族に限らずとも新たに異種族の仲間が増える可能性は決して否定出来なかった。

 いざ必要になってから取り掛かったとて遅すぎる。勇者領と時同じくして準備だけは進めていたのだ。……それが功を奏した形となる。

 とはいえ、そう簡単に話が進む筈もない。元来の亜人族の立場を鑑みれば明らかだ。亜人族への態度も、王国は割かしマシだが教会はその限りではない。そして教会で抑えているのはイシュタルのみ。

 教皇の立場にあるからこそ、教会の意に沿う内容ならば融通を利かせることも可能だ。しかし通せる無理にも限りがある。特に教会は永きにおいて亜人族を認めてこなかったのだ。如何に勇者の要望といえども――しかも、ただの“同行者”ならともかく、“仲間”として認めろなど――そう簡単に呑める筈がない。

 厚い掌返しを簡単にしてしまっては教会の威信が揺らぐ。より神に近き者からの要求なれば最終的には呑まざるを得ない。……が、その効力や効果範囲、作成数などに関して丸々頷くことなど出来るわけがないのだ。

 諸々の結果、用意された紋章は全部で十個。それぞれに教会と王国の刻印が捺されているため無断複製も出来ない。

 効果範囲は王国の領土内のみ。公国や勇者領はともかく、帝国や中立商業都市では――目敏い者が融通を利かせることはあるかもしれないが――効果を発揮しない。その効力は誰かしら“神の使徒”と行動を共にしている間のみ。単独行動の際は無用の長物と成り下がる。

 こういった取り決めと、公国や各町村へ――住居や何だと可能な限りの便宜を図るよう――予めの通達も行えば、やはり相応の時間は掛かるというものだ。

 また各種バックアップには王国や教会が関与している以上、それぞれからも攻略組に加わっている。

 七大迷宮の攻略は偉業である。それは名誉や威信へと繋がるものだ。個人ではなく組織で当たる以上、組織人として自分たちもまた旨味を得ようとするのは当然と言っていい。

 出資者として参加するだけでもある程度のリターンは望めるが、直接に攻略へ挑む者に比べれば周りからの印象もやはり弱くなる。より威光を強めようと思えば、王国や教会としても人を派遣しないわけにはいかないのだ。

 さりとて七大迷宮は死の危険性が遥かに高い。相応の実力者でなければ任せられる筈もない。

 王国からの参加者はレオンだ。これは元々決まってあったことだし、協力して【オルクス大迷宮】を攻略したことから実力と実績も十分。冒険者としての行動も長く、それに伴い亜人族への蔑視も低いとなれば断る理由もない。

 問題は教会の方だ。確かに教会も神殿騎士や教会騎士など自前の戦力を有している。しかし、より中枢に近い神殿騎士は軒並み教義に染まっているときた。――いや、正確には教義に染まっているだけならまだ良いのだ。問題なのは、それが選民思想と結び付いてしまっていることにある。

 そして教会が推薦してきた神殿騎士は、誰も彼もがその有り様だ。自分は選ばれた者だ、とそういう雰囲気を身体全体に纏っているのである。それが信仰なり修練の果てなり、とにかく己の努力に対する自負から来るのであればまだマシだったのだが、誰も彼もの底が浅い。教会の威光を笠に着ているだけときた。

 その様な人物を、曲がりなりにも“仲間”として認めるわけにはいかない。ましてや七大迷宮には亜人族の住み処である【ハルツィナ樹海】が存在するのだ。この様な人物がいては攻略以前の問題である。

 結果、推薦されては面接をして追い返す日々が続く。

 そうして暫くの時間が過ぎ、最終的には一人の教会騎士が加わった。名はカリオン・リベラール。柔和な顔立ちの、二十歳くらいの男性だ。

 以前、教会の総本山に一人の司教がいた。名をシモン・リベラール。彼の人物は教会へと亜人差別について異論を唱えたことで、位を司祭へと下げられた挙句に辺境へと飛ばされた。

 カリオンはその孫である。シモンの論は教会としては認められない話だったが、その様な人物の孫であれば、と今回の件で辺境から呼び出されたのだ。

 そんなこんなで、教会からの同行者決めにも時間が掛かったわけである。

 更には攻略順の選定にも時間が掛かっている。天誡らとしては誰か一人でも七大迷宮を全て攻略出来ればそれでいいし、出資者である王国や教会とてその全てを攻略出来るとは思っていない。特に【オルクス大迷宮】の内容を聞けば、教会はオルクスの攻略を断念せざるを得ない。真っ先に攻略出来たのは優花という“裏技”あってのものだ。そしてたとえ優花が同行してくれたとしても教会はその手段を取り得ない。状況を考えれば無理もないし、その行為に理解も納得も出来る。だが、知ってしまえば教会の者が“魔物を食らう”など認められるわけがない。

 その一方で、やはり出資者としては多くの成果を出してもらいたいのが本音だ。

 

「可能な限りオルクス以外は攻略してほしい」

 

 出資者たる王国と教会から揃ってこう言われてしまえば、天誡らとてその意向を汲まざるを得ない。

 その立地から【雪原洞窟】は最後に廻さざるを得ない。なにせ魔人族の領土である。途中で挑むのは流石にリスクが高すぎる。この点においては共通見解だ。

 攻略順を決める時点で既に天誡は三つの攻略を成し遂げていた。すなわち【オルクス大迷宮】、【ライセン大迷宮】、そして【神山】だ。このうち【神山】を攻略するに当たって幾つかの事実が発覚する。

 迷宮内に残されていた創設者――ラウス・バーンの手記から判明したことだ。

 一つは神に対して信仰心を持っていないこと。

 一つは二つ以上の大迷宮攻略の証を所持していること。

 一つは神の力が作用する何らかの影響に打ち勝つこと。

 手記には攻略条件として以上の三つが書かれていたが、問題は二つ目である。未だ確たる情報のない大迷宮において、この条件が求められない保証はない。

 とはいえ、二つ目についてはある程度の予想はついていた。天誡とハジメがライセンを攻略した際にミレディから聞かされた情報によって。流石に攻略条件などは教えてくれなかったが『場所が分からなければ挑むも何もない』として、ある程度は教えてくれたのだ。【神山】が七大迷宮だと判明したのもそこにある。

 

「“月”と“グリューエンの証”に従え」

 

 七大迷宮の一つ、【メルジーネ海底遺跡】についてミレディはこう言った。

 この時点で迷宮攻略に手順が求められるのはある程度の想像がつく。メルジーネだけの可能性もあったが、【神山】攻略によって確定情報となった次第である。

 人形回収の必要もあり、幸利もまた天誡と共に【神山】を訪れた際に攻略を認められた。

 このことから“他迷宮の攻略の証所持者”はパーティーに一人でもいればいいことが判明する。

 その一方で『ならば他の者も』と引っ張って来た時には挑戦自体が出来なかった。攻略を果たしたことで天誡の証は“【神山】においては意味を成さなくなってしまった”ことくらい否が応でも想像がつく。

 よって、まず目指すは【ライセン大迷宮】か【グリューエン大火山】となる。……が、ここで【ハルツィナ樹海】の情報がないことが響く。

 立地的に、ライセンを先に目指すならそのまま樹海へ赴いた方が良いのだが、もし樹海で“どこそこの攻略の証”を求められたら目も当てられない。

 ならばグリューエンを先にすれば良いかといえば、その次のメルジーネがネックとなる。海底遺跡の名の通り、潜水艇が必要になるのだ。

 樹海の情報と潜水艇の進捗。このどちらも隠れ家組に任せるしかなく、必然的に攻略順の話し合いは隠れ家組が戻ってくるまでお預けである。

 未だ実態は伴わずとも組織となればリーダーが必要となる。王子のレオンが就くのが望ましいが、彼はあくまでトータスの住人である。格においては“神の使徒”に及ばない。よって天誡がリーダーへと任じられた。……が、当初は天誡も天誡で忙しい日々を送っていた。

 オルクスから戻れば帝国の使者騒動があり、その結果としてライセンにとんぼ返りして魔物狩りと素材の引き渡し。それが終わったら王宮に取って返して【神山】に挑戦である。しかも馬車では時間が掛かってしまうのでステータスに物を言わせた自らの足――ダッシュで往復を熟しているのだ。否が応でも疲労は溜まり、攻略と同時にバッタリと倒れてしまったのは無理もないだろう。

 代わりを熟せそうな光輝とレオンの内、光輝は愛子やリリアーナたちと共に王都近隣の町村へ慰撫に赴いている。“勇者”を有効活用しようと思えば欠かせない仕事ではあるのだが、代わりに痛手を被ったのがレオンだ。

 レオンがよく知る“神の使徒”は必然的にオルクスで攻略を共にした者のみ。それとて戦闘能力などの面が大きく、互いの人間関係までは把握しきれていない。そこらのダンジョンならともかく、挑むのは七大迷宮である。迂闊な人選など出来るわけがない。

 まあそんなわけで下準備の取り掛かり自体も遅くなってしまったのだ。本格的に取り組みだしたのは天誡が目を覚ましてからである。

 そして、ある程度片付いたと思えば魔人族によるオルクス襲撃の報が届く。あくまで速報であり詳細ではない。結果、ここでまた仕事が中断することとなった。

 その後――信治と良樹は眠ったままだが――騎士たちの報告と現場の状態からある程度の推測が成り立つ。

 それから間もなくにして、今度は隠れ家組が戻ってきた。……樹海の情報を携えて。

 隠れ家組から齎された情報により、必然的にグリューエンを先に攻略することが決まった。

 順番は決まったが動くにも動けない。信治と良樹が眠ったままだからだ。二人の持つ情報と意思を確認しないわけにはいかないのである。

 ホルアドの一件はあくまで推測でしかない。騎士たちが倒れた後、魔人族が退散するまで。この空白部分を放置するなど出来るわけがない。場合によっては信治と良樹も出奔するかもしれないのだ。ただでさえホルアドの一件で士気がガタ落ちしたのだ。この上で更に士気が落ちるなど勘弁である。

 結果、信治と良樹が目覚めるまで出発は延期となる。

 そして、二人の情報と意思によって更に延期が決まった。攻略組に入れないことには本当に出奔しかねなかったからである。

 とはいえ、メンバー内においては二人の実力など未だ底辺。先に鍛錬を始めているシアとカリオンにも及ばない。鍛錬期間を設けないわけにはいかなかったのだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 さて、入国を許可された一行は、まず拠点へと案内された。

 外見は割と立派な館であり、馬車を置くスペースも用意されている。聞けば、没落貴族が住んでいたらしい。売りに出されていたが、値段が値段ゆえに買い手がつかなかったとか。

 事前通達の際、拠点として空き家を希望したためである。

 攻略にどれくらい時間がかかるか分からない以上、行動時間も不規則になる。深夜に及ぶことも考えれば、必然、宿や公宮では他への迷惑になってしまう。なにせこちらは“神の使徒”だ。否応なしに“格”がついて廻り、受け手も相応の態度を取らざるを得ない。先に就寝してますので出入りはご自由に、何てのは不可能なのである。

 そういったあれやこれやを鑑みれば、自由が利き、余人に迷惑のかからない空き家を希望するのは無理からぬことだ。――まあ、確かにそれも理由ではあるのだが、どちらかと言えば建前の面が強い。最も大きな理由は各地に自由に使える拠点が欲しかったからである。

 オルクスに施されたトラップ然り、真迷宮からの脱出然り、“宝物庫”然り、手に入る神代魔法に“転移”の類があることは自ずと想像がつく。

 移動手段の短縮は望むところだ。転移が可能になれば色々な面で遥かに楽となる。とはいえ、大っぴらに使用出来るものでもない。

 転移機能を組み込んだ装置であれ、或いは隠れ家のような魔法陣であれ、存分に利用しようと思えば邪魔の入らない拠点を求めるのは自然なことといえよう。

 無論“捕らぬ狸の皮算用”も否定出来ないが、その可能性は低いと見ている。適性もあるだろうが、転移の魔法が手に入らないことにはオルクスの攻略など望むべくもない。まともな手段でオルクスを攻略しようと思えば、やはり転移は必須である。迷宮からの脱出自体は出来ないとしても、食品の取り寄せぐらいは可能な筈だ。

 ともあれ、拠点に案内され荷物を降ろした一行は真っ先に旅の汚れを落とした。

 大抵の馬車とは比較にならない速度を誇る錬成馬車だが、一般道においてはそこまでの速度を出せる筈もない。他にも利用する者がいる以上、安全を鑑みれば当然のことだ。その速度を十全に出そうと思えば、通行人の居ない外れ道や裏道を通らざるを得ない。

 だが、一般道でないからにはまともな整備などされているわけがない。かつて使われていた名残はあれども、所詮はその程度だ。搭載されたギミックを使えばこそ問題なく走破も出来るが、必然的に魔力の消耗も激しくなる。

 その一方で、外れ道などそうそう選べる筈もない。その土地に詳しいナビゲーターがいない以上、十中八九で道に迷う。

 また、攻略組は誰かしら“魔力操作”の技能は持っているので――なんとカリオンも有していた。馬車に乗ってから告げられた事実である――一人だけに御者を押し付ける必要もない。結果、御者は一定間隔で交代となり、それに応じて色々な汚れが付着するのが自然である。

 以上の理由から、アンカジ到着までにそこそこの日数も経っている。風呂なりシャワーなりを浴びないわけにはいかなかった。

 その間に案内役が公宮へ顔合わせ日の時間確認に戻る手筈となっている。一応王国出立前に先触れを出してはいるが、急用が入る可能性もあれば、大雑把に『いつ~いつ頃に出立する予定です』としか伝える事が出来ない。結果、その到着予想日は大雑把なものと成らざるを得ないのだ。トータスにおける交通網や移動手段では無理からぬことである。

 公王ともなれば仕事も忙しい。顔合わせ用の時間は用意しているだろうが、以上の理由もあってそうそう都合よく時間が合う筈もない。……が、“神の使徒”相手となれば無理やりにでも時間を作りかねない恐れがある。それはこちらの望むところではないのだ。

 無理を押し通す部分は押し通すが、そうでなければ可能な限り相手に寄せる。……処世術の一環だ。

 案内役にはその旨を記した手紙も持たせておいた。

 公王の返書を携えた案内役が戻って来たのは、汚れを落として少しばかり経ってから。返書にはお言葉に甘える旨を記した、謝罪とお礼の言葉、数日後の日付が記載されていた。了承した旨を告げて案内人を帰す。

 そして数日後。向こうが用意しておいた顔合わせの日がやって来た。

 ぞろぞろ赴いても迷惑に違いないだろうが、“神の使徒”たる立場が立場。一度くらいは顔を見せねばなるまいし、それは公王側とて同じ筈である。

 そんなわけで公宮に赴き、一通りの挨拶を交わした後のことだ。人払いをした公王は言ってきた。

 

「先に通達された件。檜山大介殿と近藤礼一殿ですが、いや見事な若者ですな。出奔したとの事でしたが、とてもそうは思えませんでしたぞ?」

『ッ!?』

 

 思わぬところから出てきた言葉に一同は驚きを隠せない。確かに通達はしていたが、情報が入るのはもっと先だと思っていたのである。……なお、あくまでも真相は伏せ、各地には『出奔した可能性がある』としか知らせてはいない。

 

「ちょ、それ、どういう!?」

「教えてくれッ! 王様!」

「落ち着けッ! ……失礼しました。この二人は先の二名と親友だったものでして、驚きのあまり鞘走ってしまったようです。ご寛恕いただければ幸いです」

「……すみません」

「……失礼しました」

 

 心情を鑑みれば無理もないが、王へ対し不躾な態度をとる信治と良樹へ天誡が一喝。謝罪の後、頭を下げた。

 格としては“神の使徒”たるこちらの方が上だが、かといって傍若無人な真似など出来る筈がない。人心が離れれば暮らしていくことなど出来ない。排除されるのが世の常である。何れ立ち去る場所ではあるが、その方法について明確な目処は立っていないのだ。現時点ではどれも“可能性”の段階でしかない。そんな状況では迂闊な真似など取れるわけがない。

 人数が極少数であればそれも可能ではあったろうが、“神の使徒”は総勢で二十人を超える。これで根無し草は少々厳しく、やはり落ち着いて行動出来るだけの余地は欲しい。この国に用意された拠点の件など時に立場を用いてごり押しすることもあるが、譲るべき部分は譲るのが“人”としての在り方でもあるだろう。

 流石にリーダーが頭を下げれば二人も一応の落ち着きを取り戻す。天誡に倣って頭を下げた。

 

「はは、そういう事情でしたら構いませんとも。お気になさらず」

「感謝いたします」

「さて、二名の事についてでしたな? もう一人、フリードという名の赤い髪の青年――そう、ちょうど貴方をもう少し成長させたような――と三人でやって来られました。

 流石は“神の使徒”ということですかな? 彼らは出だしから凄かったですぞ。違法に子供たちを誘拐した者共をひっ捕らえてきたのです。

 その後も『助けた以上、ある程度の責任はある』と言って、近隣の町村――それでも片道で数日かかる場所もありますが――から保護者が迎えに来るまでは留まっておられました。……少なくとも半数は見届けておられたご様子。

 捕らえられた子供たちの中にはエリセンを居とする海人族の少女もいましてな。フリード殿はその子に『パパ』と、お二方も『お兄ちゃん』と懐かれておったのですぞ。少女には父親がいないそうなので、その寂しさもあったのでしょうな。

 聞いた話では彼らもあなた方と同じく七大迷宮の攻略を目指しているようで、既にこの国を発たれて数日経過しております。また早馬では誘拐の際、件の少女の母親がケガをされたそうで上手く動けないらしく、大火山を攻略の暁には彼らが送っていくとの事で話が纏まったそうです。……私が知るのはこれくらいですな」

「……なるほど。大変に興味深いお話でした。ありがとうございます」

 

 礼を告げて王宮を辞す。

 ここからは別行動だ。

 この国には神殿があるため、“神の使徒”にして攻略組リーダーである天誡、王国王子のレオン、教会騎士のカリオンは挨拶に向かわねばならない。まず間違いなく面倒事が待ち受けているだろうが、行かないわけにはいかないのだ。なぜなら教会からも支援を受けているのだから。

 かといって、如何に建てられているのが神殿でも、この国にあるのは教会全体で見れば支部に過ぎないためわざわざ全員で行く必要もない。挨拶に行くのがたった三人なのはそのためだ。

 それ以外は一度拠点に戻る。大火山攻略後も含めて、長らく使う予定の拠点だ。この数日間で大雑把な点検や使い心地の確認はしておいたが、やはり気になる部分はある。普通であれば気にも留めないような部分かもしれないが、如何せん攻略組は細かなところまで気を廻しがちな日本人が主体である。大火山へ出立する前に住み心地を良くするべく話が纏まっていた。

 

「では、また後でな」

「はい、また後で」

 

 片や軽く、片や重く。正反対の足取りで一行は雑踏へと紛れていった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 同じ教会という組織の建造物だが、“神殿”と“教会”には明確な違いがある。

 神殿とは文字通りに神を祀る建造物。神に対する祭祀の場。

 一方の教会は民衆に対する布教の場である。

 エヒトへの信仰著しい教会勢力だ。これだけでもどちらが格上か明確に分かるというもの。すなわち神殿に属する者はエリート。教会に属する者は一般に毛が生えた程度。

 総本山と支部。その違いはあれど、“神殿“であることに間違いはなく。選民思想はここでも根付いていた。

 三名を迎えたのはフォルビン司祭。アンカジ公国の神殿を預かる人物だ。その人柄は『傲慢が服を着ている』の一言で表すことが出来た。

 

「フン、たかが教会騎士が栄えある神殿騎士を差し置いて“使徒”様方の同行者に迎えられたのだ。その勤めを存分に真っ当せよ」

 

 挨拶の際、カリオンに向けて放たれたのがこのセリフだ。

 確かにカリオンは教会騎士だが、間違いなく攻略組の紋章を着けている。そして天誡も同席している以上、この時点で限定的ながらもカリオンの“格”はフォルビンを優に超える。それは総本山も認めていること。真に信仰深き者ならばこんな言葉を吐ける筈がないのだ。

 そも教会ならばともかく、神殿を預かるのが司祭という時点で既におかしい。最低でも司教が預かるのが相当だ。――にも拘わらずのこの人事。教会という組織の腐敗が明確に浮き彫りとなる。

 

「貴殿のことはイシュタルによく伝えておこう」

 

 必要最低限のやり取りを済ませた後、天誡はこれだけを言って早々に神殿を後にした。

 

「申し訳ございません。お二人にも嫌な気持ちにさせてしまいました」

「気にするな。我々は所詮外様に過ぎぬ。真に辛いのはそちらだろう?」

「全く以てその通り。――しかしまあ、驚いたよ。総本山も総本山でアレだったけど、それでも統制が取れていたことを実感させられたね。威光は届き、しかして目は届かず……か。この分だとフューレンや帝都も危ういかな?」

 

 教会を辞した一行の足取りは重い。特に勢力上は教会に属しているカリオンが顕著だ。……が、衝撃を受けたのは全員が同じである。

 王都、公都、帝都、そして中立商業都市。各勢力が治める大都市にはそれぞれ神殿が建っている。

 王都――総本山からそれぞれの神殿へ、そこから領域内の教会へと基本的には連絡が飛ぶ。逆の場合もまた然りだ。

 そして総本山はまだマシだったことに、否応なく三人は気付かされたのだ。総本山はあくまでもエヒト信仰が第一で、イシュタルを始め中枢に位置する者に私利私欲を肥やそうと思う者は少なかった。亜人族への対応も“教義”に載っているからに過ぎない。――少ないだけでいないわけではなく、エヒト信仰と教義をイコールで結んでいるのも問題点だが。

 一方のアンカジ支部・フォルビン司祭である。彼は己の欲が一番だ。

 話したところ、彼は総本山へと戻りたがっている。司祭の身で神殿を預けられた事。その意味に何ら気付いていないのだ。

 もしかしたら総本山にいた時は立派だったのかもしれない。そうだとすれば人事にも一応の納得がいくのだ。……が、だとしてもアンカジに赴任したことで彼は腐ってしまった。カリオンへの対応からして、本部の通達もまともに読んでいないことが窺える。

 また、彼にとっては信仰ではなく“場所”が一番だったことも明らかだ。信仰が第一であれば、場所が変わるのはむしろ望むところの筈だ。それだけ新たな信者を増やす機会に恵まれるのだから。

 曲りなりにも神殿を預かる者がその有り様だ。そして一か所がそうである以上、他もそうである可能性は決して否定出来ない。

 

「……かもしれません。――辺境にいた当時は、不便こそありましたが不満は特にありませんでした。信仰はそこまで強くもありませんでしたが、ちらほらと祈りに訪れる人はいる。ふとした事で相談に訪れ、或いは協力して物事の解決に当たる。そんな人同士の温かさがありました。私も定期的に遠方から訪れる旅人によく稽古をつけてもらったものです。

 ただ、まあ、だからこそ総本山のことも特に知らずに育ったわけです。祖父も特に語ってはくれませんでしたし……。

 今にして思えば、祖父は教会という組織に――選民思想に染まった人たちに見切りを付けていたのかもしれません。今回の件で総本山とここの神殿に属する者たちを見て、そう思いました。

 同時に、私にも明確な目標が出来ました。いえ、以前から何となくは思っていたのです。プライベートはともかく、“教える者”としては人格者たる祖父が辺境に派遣されて以降、総本山より何の音沙汰もない時点で。そう、厄介払いされたのではないか……と。

 今回の件で、想像は確信へと変わりました。ですので、私は教会を変えます。七大迷宮攻略の功を以て要職に就き、その上で腐敗の温床を絶ちます。そのために、あなた方を利用させていただきます」

 

 柔和な笑みを浮かべたまま、カリオンは言ってのけた。

 

「ああ、それで良い。その位の気概がなくば、七大迷宮の攻略など成し遂げられんからな」

「その際は僕も協力させてもらうよ。放蕩王子でもその位は出来るだろうからね?」

「ええ、その時は是非に」

 

 現時点では正しく夢物語な未来絵図。言葉と視線を交わし合った三人は思わず笑った。

 

「パパ~!」

「……っと!?」

 

 天誡が背中へと体当たりを受けたのはその最中だ。

 肩越しに後ろを見るも天誡にはよく見えない。――が、何となく想像は付いた。

 

「ちょっとゴメンね?」

 

 レオンの言葉の直後、天誡の背中から重みが消えた。

 向き直って確認すれば、やはりというべきか海人族の少女である。公王にも似ていると言われていた。後ろ姿であれば間違えても無理はないだろう。

 

「……あ。人違いでした、ごめんなさいなの」

「間違いを認め、素直に謝れるのは偉いことだ。……俺は九角天誡という。お前は?」

「ミュウなの」

 

 レオンによって地面に降ろされた少女は人違いに気付いたのだろう。すぐさま頭を下げて謝った。

 しゃがみ込みつつ、そんな少女の頭を撫でながら天誡が名乗れば、少女――ミュウもまた名乗り返した。

 レオンとカリオンも続けて名乗る。

 

「ミュウ、子供の一人歩きは危ない。送って行こう。住まいはどこだ?」

「パパが来るまでこの町の宿屋さんでお世話になってるの。――でも、一人は寂しいからまだ帰りたくないの……」

 

 俯き加減でそう言われれば、さしもの天誡らも対応に困る。

 一時的に自分たちの拠点に連れて行くことは可能だが、遠からず自分たちは大火山に向けて出立する。そうなればミュウの孤独感はより一層増すだろう。

 しかして、泣く子の涙には勝てないのもまた事実。

 

「我らもそう長くはこの町に留まらぬ。早ければ二、三日の間にでも出立するだろう。それまでの期間でよければ我らの拠点でお前を預かることも出来る。……が、その後、お前の寂しさはより増すだろう。

 だから、酷な様だがお前が決めるのだ。我らはお前の意思を尊重しよう」

 

 結果、天誡はミュウへと選択を委ねることにした。

 幼い少女に対して酷な問いではあるが、一方的に連れて行ったとしても責任が取りきれない。その後、ミュウのことを気にも留めないならそれもありだが、そんなことはしたくない。幼くとも一人の意思ある“人”と認め、その選択に委ねるのが天誡らに出来る精一杯だったのだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ああ、だったら私がその子の面倒見てるわよ?」

 

 場所は公国に用意された拠点である。

 結局、ミュウは孤独に耐えかねたのだろう。先に待つ寂しさを承知で天誡たちへの同行を願った。

 ミュウが自分の意思で決めたのならば天誡たちにも断る理由はない。宿屋へと一報を入れた上で一緒に拠点へと連れ帰った。

 そして急遽増えたお客様――それも幼い少女である――の説明をしたところで、優花はいとも簡単に言い放ったのである。

 

「遠藤君が冒険者ギルドで仕入れた話だと、分かっている限り七階層まで魔物は出ないみたいだし。それ以降は分からないけど、そこかしこをマグマが流れているのは確定みたいだし。魔物が環境に適応するなら、十中八九マグマを纏ってるだろうし。そんなの料理する気にもなれないし。なら私が大火山に行く必要性は薄いし」

 

 そう言われれば、なるほど、道理だ。この情報を知っていたのなら、天誡たちも特に悩まずミュウを連れ帰って来ていただろう。やはり情報は大切である。

 

「……だ、そうだ。スマンな。ムダに悩ませてしまったらしい」

「気にしなくていいの。結果オーライなの」

 

 苦笑を浮かべて天誡が謝れば、ミュウは満面の笑みで答える。孤独からの解放がよほどに嬉しいようだ。

  

「それじゃあ、ご飯が出来るまでは私と遊んでましょうか?」

 

 雫がそう言ってミュウを抱きかかえた。

 顔合わせを済ませてから既に結構な時間が経っている。確かに夕食の支度をするにはいい頃合いだろう。

 料理頭の優花。補佐には主に香織とシアが就く。そして“料理出来ない組”がローテーションで教わる。……既に有名無実化しているが、これが攻略組のルールだ。

 

「最低限、簡単な料理ぐらいは作れておいた方が良い」

 

 それが料理頭の方針であれば、一行には従うより他にない。尤もな内容であれば尚更だ。

 高校生組は特に問題ない。召喚される前、学校の授業で簡単な料理は教わり、実際に作ったこともある。ある程度の下地がある分、“簡単な料理”に限れば妥協点はすぐに得られた。

 レオンも同じく問題ない。迷宮に潜ったり、護衛なりを請け負えば、暫くまともな食事にはありつけなくなる。そのために保存食があるのだが、毎回それでは味気がないし気も滅入る。その解消を試みようとすれば、自炊に目が向くのは道理だ。幸いにしてレオンにはコネもあった。基礎さえ学んだならば、凝った料理を望まなければどうとでもなる。

 なので、ここ最近は専らアレーティアとカリオンが料理係である。

 アレーティアは王族であり、少し前まで封印されていた。おまけに解放後は知識の穴埋めに重点を置いていた。更には吸血鬼族ということもあり、血さえあれば特に料理は必要ない。

 諸々が組み合わさった結果、今まで料理をしたことがないアレーティアである。……が、彼女としても料理を教わるのは望むところだ。

 血を嗜む吸血鬼族であればこそ、雑多に血を欲するわけではない。血にも“格”を求めるのだ。王族なれば、自然と求める“格”も高くなる。そして、普通に考えればそんな血がそうポンポンとある筈もない。――いや、まあ、現時点では周囲にポンポンと存在しているのだが。実に恐ろしきは“神の使徒”か……。

 ともあれ、今は良くても先を考えれば料理を学んで損はない。

 一方のカリオン。彼には妹がおり、普段はその妹が家事の一切を取り仕切っていた。そんなわけで彼にも料理の心得はない。

 そんな両者は――

 

「う~ん、コレ入れてみましょうか」

「良いですね。では、私はコチラを」

 

 ――思いっ切り料理にハマっていた。既に初心者の域を軽く抜け出し、香草や調味料を用いてのアレンジにまで手を出していた。一行の中では料理上手の香織やシアとも負けず劣らずである。

 

「美味しそうなの~」

「そうね~。美味しそうね~」

 

 結果、ここ最近はシンプルながらも奥深い料理が食卓に並んでいる。カリオンやアレーティアに負けまいと香織とシアも奮起し、それにつられて優花も発奮するのだから無理もない。

 出来上がった料理を目にしたミュウは目を輝かせて喜んだ。

 そんなミュウに相槌を打ちながら――

 

(う~ん、私ももっと料理を学んだ方が良いのかしら……?)

 

 ――一人の乙女として雫は悩まずにいられなかった。

 今日の晩御飯は魚料理だ。焼き魚にフライ、刺身に煮魚。そして魚を出汁にしたお吸い物。日本でも見慣れた感のある魚料理がこれでもかと食卓に並ぶ光景は圧巻の一言。

 アンカジ公国はエリセンから魚を運ぶ際の途上にある。輸送コストが掛かっているためにお高めだが、それでも王都に比べれば格段に安い。魚を買わない理由がなかった。

 

「美味しいの~!」

 

 アンカジ公国最初の夜は和気藹々と流れていった。

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