ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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4話

 アンカジ公国の北方、約百キロメートルの位置に【グリューエン大火山】は存在している。

 七大迷宮の一つではあるが【オルクス大迷宮】のように数多の挑戦者が訪れることはない。――されど、決して挑戦者が絶えることもない。

 大火山の手前――と言っていい範囲かは分からないが――には広大な砂漠が広がり、砂漠の中にはこの地形に適応した魔物が獲物を求めて息を潜めている。

 例えばデス・スコーピオン。その全長は軽く人を超え、両のハサミは人を簡単に両断出来る鋭さを誇る。また尾による突き刺しや振り廻しをまともに食らえば、やはり死は免れない。

 例えばサンドワーム。ミミズ型の魔物であり、その全長は平均で二十メートル、大きいものになると百メートルにも達する。その図体ゆえか察知能力は低いが、真下からの奇襲は脅威の一言に尽きる。運悪く狙われれば、やはり生き残ることは不可能と言っていい。

 何とか砂漠を乗り越えて近付けば、大火山を囲む巨大な砂嵐が待ち受ける。そして砂嵐の中に踏み込めば、視界は一気に利かなくなる。やはりこの中にも魔物がいるので危険性はなお高い。

 この砂嵐の中央には比較的安全な空白地帯があり、大火山はそこに存在する。

 挑むだけでこの難度である。簡単に挑める【オルクス大迷宮】とは比べるべくもない。そして都合上、馬車では乗り付けることさえ不可能だ。大火山に辿り着く前に馬が保たない。魔物や砂嵐に殺されるのがオチである。

 以上のことから、大火山で得られる鉱石はそれだけで高値がつく。一獲千金を狙う冒険者が後を絶たないのは必然だろう。“危険を冒す者”と書いて冒険者だ。安全を第一に小金稼ぎに奔走したのでは、それはもはや冒険者ではない。冒険者の矜持を持つ者であればこそ、やはり危険に挑むのだ。

 

「はは、便利なモンだ」

 

 そんな危険地帯を、大火山に向けて一台の馬車が疾駆している。

 しかし、おかしい。馬車というにはその馬は生きていない。その全身は金属で出来ている。――にも拘わらず、その馬は足を動かし輸送台を牽いているのだ。

 そう、それは“神の使徒”の一人、南雲ハジメの錬成によって創られた馬車である。七大迷宮攻略組が、その目的を果たすべく【グリューエン大火山】に挑もうとしているのだ。

 御者台には少年が二人。ハジメと良樹だ。二人は共に風を得手とする。大火山では然程役に立たないとして御者を買って出たのである。

 とはいえ、実際に馬車を操っているのは良樹のみ。“魔力操作”の技能を得た以上、操るだけなら良樹だけでも十分だ。搭載されたギミックの一つ、“空力”を用いて馬車は中空を駆け抜ける。魔力消費はより高くなるが、消耗を抑える理由も特にない。今は一刻も早い大火山への到着を目指す時だ。

 地に足を着けていない以上、一行の訪れを砂中に潜む魔物が感知する術はない。

 魔物対策はそれで良いとしても、ここは大砂漠である。吹き付ける風が砂と石を巻き上げて視界を遮る。必然、思うように進む筈がない。

 それを防ぐのがハジメの役割だ。風を司りし四神・青龍の宿星を宿す者。その権能を用いれば、風の結界を敷き、その上で視界を開くことも可能である。

 言葉にすれば簡単だが、実行しようとすれば思いの外に難しい。自分一人だけならまだしも馬車丸ごとだ。世の中に“絶対”が無い以上、結界は魔物の奇襲にも耐えられるだけの強度を保持せねばならない。加えての視界確保だ。風が進んで協力してくれる分だけまだマシだが、その作業は繊細の一言に尽きる。

 

「便利は良いけど、操作は頼んだよ? 砂嵐相手にどこまで視界が確保出来るかは分かったもんじゃないんだから」

「ああ、分かってるよ」

 

 それから間もなく、馬車は砂嵐へと突っ込んだ。

 

「チッ、やっぱ視界の利きが悪いな」

「いや、十分だ」

 

 ハジメが舌を打てば良樹が答える。

 アプローチの方法が違うだけで、ハジメには及ばずとも良樹もまた一廉の風の使い手だ。ハジメが大部分をフォローしてくれるのなら、その上で自分でも視界確保に力を注げば十分に見渡せる。そして御者の視界が確保されるのなら進行には問題がない。

 しかし外的要因はまた別だ。中空を駆けているとはいえ、所詮は地に足が着かない程度。高さはそれほどでもない。魔物が襲う分には問題にもならないだろう。

 

「が、魔物が多いな。巨大蜘蛛に巨大蟻、更には噂のサソリまでがそこらをうろついてやがる」

「気にせず突っ込んじゃって良いよ。結界は私の方でも張っておくから。強固な護りはそれだけで攻撃力に変化する。速度があるなら尚更だね」

 

 視界の確保に成功したがゆえの現実。負けるとは思わないが面倒なことに違いはない。

 良樹が零せば座席から鈴の声が返る。

 

「そういうことなら突っ込むぜ! 舌ぁ噛むなよッ!」

 

 馬車の素材はオルクスの深層が原産である。その時点で強度は十分。それに二種の護りを敷いた上で突撃を敢行する。

 

「ぐうううぅぅぅおおおお……ッ!」

 

 魔物は十把一絡げに粉砕されるが、その衝撃は振動として伝播する。良樹は舵取りに苦戦することになった。

 そうこうする内に一行は砂嵐を抜けることに成功。巨大な岩山が視界に飛び込み、直上には青空が顔を出す。一先ずの安全地帯だ。

 情報によると、岩山の頂上に【グリューエン大火山】の入り口はある。

 

「だあああ~、疲れた。魔力回復薬をくれ」 

 

 一行は馬車を降り、忘れずに“宝物庫”へとしまい込む。登れるだけ馬車で登るのも一つの手だが、錬成馬車は御者への魔力負担が大きい。ここまで来れば、個人個人で登った方が逆に早いだろう。

 その横では御者を務めた良樹が疲労困憊の態で魔力回復薬を催促する。戦力としてはあまり役にも立たないだろうが、かと言って攻撃が出来ないわけではない。弱い風では火を煽るだけだが、強い風なら火を吹き消すことも可能となる。要は効率の問題だ。しかして魔力がなければそれも出来ない。最低限の魔力回復は必須である。

 各々、装備のチェックも忘れない。

 

「う~、何だか緊張しますぅ」

 

 シアの武器はその五体から繰り出される徒手格闘だ。“魔力操作”に目覚めているとはいえ、シアの魔法適性は低い。地水火風といった自然干渉系の魔法は軒並み全滅だ。外部に影響を及ぼす魔法としては一点特化型である。しかし、特化型だからこそか、シアの魔法は強力に過ぎる。範囲こそ限定されるものの、負担も大きくおいそれとは使えない代物だ。

 その代わりというわけでもないだろうが、シアは身体強化に関しては抜群の適性を誇る。加えて兎人族特有の“気配察知”と“気配遮断”能力だ。奇襲からの乱打戦こそがシアの本領である。

 とはいえ、如何に身体能力を強化したとて素手では炎相手にどうしようもない。魔力を纏えばある程度は耐えられようが、火傷するのは免れない。マグマ相手では火傷で済むかも分からない。

 かと言って重量物を持たせたのでは折角の利点を消すことになる。特に“気配遮断”だ。いくら本人の気配を消したところで、余計な荷物があればそれだけで気付かれる可能性は格段に上昇する。

 諸々を鑑みれば、籠手や靴といった、小回りが利き強化された能力をダイレクトに伝える武器に軍配が上がるのは自明の理だ。結果、出来上がったのは浩介や雫に負けず劣らずの暗殺者スタイルである。

 今回シアに与えられたのはハジメ謹製の籠手と靴だ。どちらもオルクス最奥の龍――それも水属性のみ――を素材としており、魔力を流せば水を纏う逸品だ。この大火山ではかなり有利となるだろう。

 

「確かに。まあ、やれるだけやりましょう」

 

 シアに答えるのはカリオンだ。

 彼の武器も一風変わっている。――正確には武器の組み合わせが変わっている。彼は右手に長鎗を、左手に小剣を握っているのだ。二刀流だけならいなくもないが、槍と剣の組み合わせは異色と言えるだろう。

 元々はただ単に先祖伝来の武器として伝わっているから使っているだけだった。しかし、家伝するだけありどちらもアーティファクトである。その本領に気付いてからは手放すことなど出来そうもない。

 どちらも“空間干渉”の能力が込められている。鎗の方には“結界破り”の能力。結界とは一種の壁だ。魔力を流すことで空間を飛び越え、張られた結界の内側へと攻撃出来るのだ。一方、小剣の方は防御系だ。魔力を流すことで空間自体が防護壁となってくれる。

 正に攻防一体の組み合わせである。両方を一度に使いこなすのは難しいためメインとして使っている武器は鎗の方だが、小剣の方も使えないわけではない。また、その能力から小剣の方は万が一の保険として持っているだけでも有用だ。

 

「つーか、マジ暑いな……」

 

 岩場を登りながら、誰ともなしに文句を言う。これほどの暑さ。学生組は元より、トータス人とて四六時中体感することなどそうそうないので無理もない。

 正規の道など用意されているわけもないが、挑戦者は何度となく訪れているのだ。よくよく確認すればそれらしい痕跡――登り易い箇所が目に入る。先人の恩恵に与り、一行はひょいひょいと登っていく。それほど時間も掛からずに頂上へ辿り着いた。

 無造作に乱立した大小様々な岩石群が一行を出迎える。その中において、なお大きな岩石が歪にアーチを形作っている。

 

「アレだな……」

 

 情報によると、あのアーチの下に大火山内部への階段が存在する。

 近付けば正しく情報通り。自然に出来た物ではなく、丁寧に加工された――複数人が並んでも問題ないほど――大きな階段。ここからが本番であることを否応なしに理解させる。

 

「さあ、往くぜええッ!」

 

 もはやお決まりとなった京弥の号令一下、一同は大火山内部へと足を踏み入れた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「いや、凄まじいな。霊場にも溶岩地帯は存在したが、ここはそれを超えている」

 

 階段を下りきった場所で立ち止まり、内部の光景を見るや否や天誡が感嘆した。

 地面をマグマが流れているのは想像通りだ。しかし、中空をマグマが流れているのは想像を遥かに超える。何かしら“道”が作られているなら分からなくもないが、見た限りではそれもない。

 

「参ったな……。これじゃあ迂闊に跳び廻ることも出来ない」

 

 用意した撃剣を見ながらハジメが溜息を吐く。頭上にも注意を払わないといけないのなら、撃剣特有の不規則な動きが出来ない。利点を潰されたも同じだ。

 

「おまけに悪趣味なトラップときましたね。地面と壁を流れるマグマのいたるところから唐突に噴き出してきます。見た感じでは事前の兆候もありません。宙を流れるマグマから噴出しないだけマシと思うしかなさそうです」

「その代わり、宙を流れるマグマからは雫が滴り落ちている様子。小さい分、余計に気付きにくいでしょう」

「そんでもってのこの熱さだ。集中力だって長くは保たないだろうな」

 

 見て分かる限りの問題点を次から次へと挙げていく。こうすることで一人では気付かなかった問題にも気付くことが出来る。

 そして、人は知恵持つ生物だ。問題点が明確になったのなら――場合にもよるが――解決策を導くことだって不可能ではない。

 

「雫の方は私が防ぐよ。元より攻撃はそこまで得意でもないし、結界師の本領発揮だね。熱耐性だけなら消費もそこまでじゃないし安心して良いよ。熱以外にはお察しだけど……」

「噴出するマグマはこっちでどうにかする。炎術師だからか俺にはタイミングが分かるし、術式によって制御された人為的な現象だからな。少し割り込む程度ならなんとかなりそうだ」

「それは私も同じだね。私はその気になれば制御自体奪えそうではあるんだけど、全部で何階層あるかも分からないし、割り込みならまだしも奪うのは割に合わないと思う」

 

 鈴が、信治が、香織が、それぞれの所感を添えて声を上げる。

 落ちてくる雫にしろ噴出するマグマにしろ、個人個人でも最低限の対処は出来る。氣なり魔力なりを、その全身に鎧の如く纏えばいいのだ。むしろ油断ならぬダンジョン攻略とあっては基本的に全員がそうしている。

 しかし、戦闘を始め力を廻すべき部分は他にもある。ゆえに防御力は最小限であり、あくまで最後の護りなのだ。

 また纏うだけなら消費も最小限で済むが、効果を発揮した時点で跳ね上がる。

 何よりも一番の問題として適性が挙げられる。同じ消費でも使用者によって効果がまちまちなのだ。試す気はないが、火傷すら負わぬ者もいれば火傷で済まない者もいるだろう。

 それらを鑑みれば、きちんとした対処を考えるのは当然である。 

 

「熱さは……慣れるしかないだろうね。周囲全部が熱源なんじゃ、風を張っても効果は期待出来そうにない」

「こっちも同じくね。ここは水分が少なすぎる。水を出すのにもいつも以上に消耗するわ。まあ出せないわけじゃないから、飲み水の確保は可能よ」

 

 続いてハジメと雫。

 総括すれば、気温とマグマそのもの以外はどうにかなりそうだ。――ただ、あくまでも入り口から見た限りの問題対処のみだ。他の問題が出てきたら、その都度足を止めることになるだろう。

 宙のマグマは割と高所を流れているので、立って歩く分には問題ない。

 それを踏まえた上で、鈴が一行の頭上へ傘のように耐熱結界を展開する。それも一層ではなく、三層からなる多層結界だ。熱以外には紙同然の防御力だが、熱に対してはかなり強固となっている。頭上から魔物の奇襲攻撃があったとしても、それが炎によるものなら十中八九耐えることが出来るだろう。

 結界の展開を確認した上で、信治と香織の警告に従って黙々と歩を進める。……注意すべきマグマ自体は目に見えているのだ。頭上の防備と噴出するマグマにさえ対処出来るのなら、速度は問題なく出せる。

  

「これは……“静因石”の採掘跡か?」

「うん、間違いない。これは静因石だよ」

 

 火山内を進むこと暫し。とある広場で一行はそれを発見する。

 公国で仕入れた情報を元に天誡が疑問を口にすれば、鑑定をかけたハジメが答えた。

 静因石とは魔力の活性を鎮める効果を持つ特殊な鉱石だ。大砂漠北方の岩石地帯と、この火山内でしか採取出来ない希少品である。

 岩石地帯は遠すぎて往復に一ヶ月以上はかかる。それより近い火山にしても、並大抵の実力者では到達すら覚束ない。そういった事情もあり、たとえ少量でも現時点では高値が付く。……まあ、この広場は既に採掘され尽くしているらしく、残っているのは小指の先以下。これでは流石に値が付かない。数を集めてようやくだろう。

 採掘されまくっている状況が示す通り、この広場は比較的安全地帯のようだ。……が、暑さには辟易すれども、まだ休憩を取るほどでもない。すぐさま攻略を再開した。

 全員が首から錬成水筒――飲み口はストロータイプだ。――を下げており、各々のタイミングで水分を補給することも忘れない。水分補給を怠れば脱水症状を起こすこと請け合いだ。素材はシアの武装と同じなので、魔力を流す限りこの環境でも中身はよく冷えている。

 

「魔物……出て来ないな?」

「ああ。最高到達層は七階だっけ?」

「冒険者ギルドの情報ではな。……おそらく、魔物が出るとしたら八階層以降になるだろう」

 

 五階層降りた先の採掘広場で良樹が口を開いた。信治が同意し浩介が補足する。

 危険地帯であることに違いはないが、可能な限りの対処はしてある。比較的安全なことも相俟って、この程度ならとやかく注意する必要もない。その内容も先への警戒に繋がるものなので尚更だ。

 

「あ、悪い。水筒の中身、切れちまった。補充してくれ」

「はいはい。他に補充がいる人はー?」

「すみません、お願いしますぅ」

「こちらもお願いします」

 

 その横では雫が飲み水を補充する。ただ水を出すだけなら即座に蒸発するだろうが、出現先を水筒内に限定すれば消耗も少なく済む。

 適性上、レオンとアレーティアも水を出すことは可能だ。しかし効率の面で雫に劣る。

 

「……あ、やってしまいました」

「右に同じく。思った以上に難しいね」

 

 自分の飲み水くらいは自分で確保しようとした両者だが、絞り切れず水筒の外にまで水が出現する。つまりは余分な魔力消費だ。――とはいえ、初回にしては上出来ともいえる。何度か試行すれば水筒内に絞ることも可能だろう。

 小休止が終わったら攻略再開だ。邪魔者が出て来ないならどうということもない。八階層への階段まではそれほど時間をかけずに着いた。

 

「この先か……」

 

 冒険者ギルドの情報は七階層までしかない。八階層で魔物が出るのか、十階層までは出ないのかも分からないのだ。必然、隊列にもベストを尽くす。

 

「では頼んだぞ、香織」

「はいはい。私、後衛なんだけどなあ……」

 

 天誡の指揮の下、香織が最前列に立つ。出会い頭の奇襲をされても、それが炎であるなら香織にとっては問題にもならない。

 理解も納得も出来るが、心情は釈然としない。大きなため息を一つ吐いて香織は階段を降りきった。

 刹那。危惧は的中し、巨大な火炎が香織を襲う。

 

「失せて」

 

 迫る火炎に対し、香織は一言呟いた。たったそれだけで、火炎は見る間に形を失くす。

 それが魔力に依るものであれ氣に依るものであれ、重要なのは干渉力だ。

 香織は朱雀の宿星者。炎に関しては全権を任じられているに等しい。只人の身では限度もあろうが、その干渉力は並外れている。むしろ炎の方から進んで協力してくる始末。ましてやここは火山内だ。環境もあって香織の干渉力は否応なしに高まる。

 消えた炎の先には牡牛の姿。ただの牛ではなく、全身にマグマを纏った牛である。炎を放ったのは間違いなくこの牛だろう。

 

「……流石に無理か」

 

 試しに牛の制御も奪おうとしてみたが不可能だった。緻密にして強固な式で括られている。

 如何に桁外れの適性を誇ろうと、こと魔法に関して香織に出来るのは基本的に力技だ。回復にしろ攻撃にしろ、魔力を用いずとも氣による術が行使出来た弊害である。ある程度であれば式の解析も出来るが、その理解力は信治の足元にも及ばないのは間違いない。――ここがハジメとの違いであった。ハジメの場合、魔法と氣で用途の使い分けが出来ていた。氣による物作りの場合、完全に手作業だ。いちいち時間が掛かるので“錬成”を磨くのは無理からぬことである。

 香織にとって式に対する繊細な作業は現状不可能であり、無理に奪おうとすれば――階層ごとか全階層纏めてかは分からないが――迷宮のバランスが崩れるだろう。労力的にも実利的にも割に合わない。

 火山だけあって鉱物には事欠かない。そして火山だけあって、この地の魔力は自ずと炎属性に染まる。

 迷宮に施された式により、その魔力が浸透した鉱物を核として魔物を形成しているのだろう。そう考えれば、強固にして複雑怪奇な式にも納得がいく。この火山自体がある種の芸術品なのだ。

 大元となる式があり、そこから連鎖的に式が続き、流れるマグマの制御や魔物の形成へと続いている。……迷宮の入り口では気付かなかった事実だ。制御を奪わなくて本当に良かった。ヘタに奪ってたら攻略自体が成り立たなくなった可能性がある。

 安堵する一方で、だからこそ香織に出来ることは少ない。式A+式B+式C+……と続いていき、この魔物が末端の式によって出された“解”であることは分かった。

 だが式に対する理解力の浅い香織では、手を出していい範囲が分からない。式をいじって魔物の支配権を奪うことも、魔物が出ないようにすることも出来ないのだ。――尤も、式には間違いなく香織の知らない神代魔法が組み込まれている。式に対する理解力があったところで大幅な改変は不可能だっただろう。

 とはいえ、それも捉え方次第だ。魔物として捉えず、“炎の集合体”として捉えるなら話は変わる。この場所には炎氣が満ち溢れているのだ。たかだが末端の式によって生み出された魔物一体、香織の干渉力を以てすれば塗り潰す程度わけはない。

 

「出口はあっちだよ。――あれ、式を読み間違えたかな……?」

 

 だが、そこで新たな問題に直面した。マグマで出来ていると思われた牛は、その実たしかな肉体を持っていたのだ。マグマを元いた場所に戻せば、中から元気な牛さんが“こんにちは”だ。

 推論は半ば正しく、半ば間違っていたようである。

 普通に考えて、こんな場所に――如何に魔物とはいえ――牛が棲息する筈がない。おそらくはどこかから魔物を転送。その際に神代魔法で魔物を強化、適応させているのだろう。

 自分たちとて地球から召喚される際に“言語理解”を刻まれた。つまりは“否応なく適応する下地を施された”のだ。人間と神の違いはあれ、やって出来ない道理はない。

 そもオルクスだって多種多様な魔物で溢れていたのだ。“迷宮だから”で思考停止していたが、そもそも七大迷宮は半人工物。オルクス然り、ここ然り、元々あった物にあれこれ手を加えているのが見て取れる。ならば魔物に手を加えるのも道理である。

 

「ま、別にいっか。特段興味も湧かないし……」

 

 過程の推測に間違いはあれど、それで結果が変わるわけでもない。この程度の魔物では香織に手も足も出ないのは変わらないのだから。

 それに式の構成など香織にとってはどうでもいいことだ。

 

「降りてきていいよー!」

 

 アッサリと牡牛を倒した香織は、階段の上で待つ仲間たちへと声をかけた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 果たして何層降りたことか。おそらくは二十層くらいだと思うが、正確には分からない。茹だる熱気の不快さが、増える魔物への対処が、そんな事へ気を廻す余裕を許さない。

 途中までは順調だった攻略も、ここに来て影が生じている。――個々人の温度への慣れだ。

 天誡、京弥、ハジメ、浩介、香織、雫、鈴。この七人は霊場の溶岩地帯である程度慣れている。もちろん七人の中にも差は存在するが、それほど目立つものではない。霊場の溶岩地帯を訪れた回数だけならかなりの差が存在するが、各々の属性がその差を埋めているためだ。

 この七人は頂点で不動だが、それ以外の面子でも慣れるまで差が生じるのは必然だ。

 早くも慣れ始めたのは信治。炎術師を天職とするだけあって、元より熱耐性も高い。これは順当な結果だろう。

 次いではレオンとアレーティア。この二人は“全属性適正”の技能を保有している。扱うに支障がないのならば、耐性を得るのも容易だ。特化型には及ばずとも、やはり慣れるまでの速度は早い。

 そして良樹、カリオン、シア。この三人はこういった環境に身を置いたこともなければ、補うような技能もない。よって慣れるまでに時間が掛かるのは無理からぬ話だ。

 普段身を置く環境が環境である以上、ここが不快であることに違いはない。気分や気持ち的に慣れるとも思えない。――が、心情の慣れと肉体の慣れはまた別である。満員電車や単調作業と同じだ。気分は優れずとも、身体は慣れる。比較的楽な姿勢を取ったり、黙々と作業を進めたりするのは誰しも覚えがあるだろう。

 元より身長による歩幅の差もあったが、今はそんなのが問題にならない程、この環境に肉体が慣れた者と慣れてない者で歩みの差が開く。気を付けてはいるが、環境への不快感はどうしても無意識下で歩みを速まらせてしまうのだ。

 結果、速く行き過ぎてしまった者は後方が追い付くまで立ち止まらざるを得ず、後方も後方で追い付くため更に速度を上げざるを得ない。

 いざ戦闘になった時、結界が狭くては動くも儘ならないので結界は広く取ってある。そのため結界外まで出るほどではないのが救いではあったが、それが逆に悪循環を生みだしてもいる。現状への苛立ち、体力の消耗。今はまだ大丈夫だが、このままでは仲間内で致命的な不和が発生しかねない。

 

「次の広場に着いたら今日は寝よう。スマンがハジメはスペースの確保を頼む」

「分かった」

 

 それを見過ごす天誡ではない。今日の攻略はこれまで、と言外に言い放つ。

 元よりこれは迷宮攻略。本来であればじっくりと腰を据えて臨むべきもの。諸々が積み重なって当日中にここまで来たが、これだってハイペースに過ぎる。

 仮にオルクスのように百層まであった場合、どちらにせよ体力が保たない。気は急けども、どこかで本格的な休息を取らざるを得ないのだ。

 苛立ちは治まらないが、全員が全員、その程度のことは理解出来るだけの理性をまだ有している。誰からも不満は上がらなかった。

 広場に着いたなら、ハジメが壁に“錬成”を用いて休憩スペースを作った。極僅かな空気穴だけを残して他は塞ぐ。その上で冷気を循環させれば大いに違う。食事を取って早々に眠りについた。

 そうして二日目。睡眠によるリフレッシュが功を奏し、問題なく進めている。

 何階層か下りた先。一行の目に先駆者の姿が入る。広場の中、比較的マグマから離れた場所に三人が座り込んでいた。

 

「大介!? 礼一!?」

「それにあの時の魔人族!?」

 

 人物像を認めた信治と良樹が、驚愕を露わに叫ぶ。

 

「ムッ!? “異教の使徒”たちか……。イカンな、警戒対象を絞り過ぎたか」

 

 二人の声で向こうもこちらに気付いたのだろう。中央に座る赤髪の青年――フリードがのっそりと立ち上がる。その姿にはホルアドの話から感じ取れる覇気など微塵も認められない。

 まあ、それも無理はないだろう。なにせ環境が環境だ。ましてや魔人族。領土内にある【氷雪洞窟】の存在からして、普段の住居が寒冷地であることは簡単に想像がつく。寒さに慣れた者にこの暑さは酷だろう。

 加えて言えば、人数差による有利不利が明確に出た形だ。

 向こうは人数が少ないからこそ、取れる手段はこちら以上に少ない。フリードは分からないが、軽戦士である大介と槍術師である礼一では噴出するマグマの察知も儘なるまい。更には滴る雫に魔物の対処。それらの負担は否応なく圧し掛かる。……人数が多いからこそ各負担が分散されるこちらとは対照的だ。

 

「フリード、でよかったか? この状況で戦闘もないだろう。どちらにも得はない。休戦といこう」

「そう言ってくれるのは助かるな。お言葉に甘えさせていただく」

 

 天誡が提案すれば、フリードはそれだけ言って再度座り込んだ。

 未だ迷宮の最奥も分からず、加えての人数差だ。愛竜ウラノスは体格的に迷宮の入り口を通ることが出来ず、砂漠で従え、かつ迷宮内に連れ込めた魔物もここまでの道中でくたばった。大介と礼一は熱気と疲労で意識朦朧。圧倒的に不利なのは考えるまでもなく明らかである以上、フリードに断る理由は存在しない。

 休戦が成立したならハジメの行動は早い。壁に“錬成”をかけ、あっという間に休憩スペースを確保して見せた。人数の割には狭いが仕方ないだろう。マグマは目に見える部分だけを流れているわけではない。ヘタに広げてしまえばマグマが流れ込んでくる可能性もあるのだから。

 ついでとばかりにフリードらも引っ張り込んだら、僅かな空気穴だけを残して入り口を塞ぐ。

 暑いには暑いが、これだけでも大分マシになる。周囲全てから押し寄せるマグマの熱気。その大部分が遮断されたのだから当然だ。人数ゆえの暑苦しさはあるが、マグマの熱気とは比べるべくもない。

 

「世話になってばかりもいられないだろう」

 

 そう言ってフリードが各所に手頃な大きさの氷塊を作り出した。それを見た良樹が風を室内に循環させれば、火山内とは思えないほどに涼やかな空間となる。

 呉越同舟。フリードにも予備の水筒を分け与え、ミュウのことを手始めに当たり障りのない会話を重ねる。

 火山に入ってからこの階層に着くまでに、フリードたちは一週間ほど使っているとのことだ。突然に噴き出るマグマや上から落ちる雫に注意して進めば、相応の時間を取られたという。

 地図があり、比較的安全が確保出来る最後の階層である七階層で一泊。八階層目からは魔物が出てくるようになったので、疲労は倍増の一途を辿る。魔物の耐久力自体はそれほど高くないのが救いだ。安全マージンを確保しつつ進んでいれば、更に数日使っていた。――ただ、あくまでも眠りについた回数であり、正確なところは分からない。

 それを聞いた天誡が、自分たちは二日目でここまで到達したことを伝えるとフリードは驚きを露わにした。

 そんなこんなで会話を重ねた後。

 休戦からアンカジに戻るまでの同盟を提案すれば、フリードも断る理由はなく即座に了承した。

 そんな折。

 

「お、やっぱ新しい技能が増えてやがる」

「あ、私も増えてる」

「僕は増えてないね」

「私も増えてませんね」

 

 ステータスプレートを確認した信治が呟いた。聞き咎めた面々がそれぞれのステータスプレート確認すれば、増えている者と増えていない者に分かれる。……増えていない者が大半だが。

 技能名は“環境適応”。その派生として“火山適応”だ。これは字面から簡単に内容が想像出来る。

 思い当たることがある様で、信治は更に言葉を続けた。

 

「あ~、そういや途中から、あんま熱気が不快に思わなくなってたな。この技能の効果だったのか……」

 

 この迷宮は降りるほどに面積が広がっていく。当然ながら一本道というわけもなく、広間から枝分かれする。地図のある七階層まではともかく、それ以降は行ったり来たりの繰り返しだ。かてて加えて魔物の対処もあり、広間では時折小休止も取っている。何より既に一泊している。

 普通に考えて、それほどの長時間を火山内で過ごすことなどまず在り得ない。

 その一方で、人とは――個人個人で差はあれど――慣れる生き物だ。朱雀の宿星を持つ香織や炎術師である信治は、元より熱への適性が高い。技能を得てもおかしくはないだろう。

 

「……んあ?」

「……気ぃ失ってたか」

「目を覚ましたか。暫くはこの者たちと行動を共にする」

 

 そうこうしている内に大介と礼一が目を覚ました。フリードの言葉で周りを確認すれば、そこには袂を別った筈の親友とクラスメイト達。

 自然、大介と礼一はバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

「よーし、目を覚ましたな」

「んじゃ、歯ぁ食いしばれよ!」

「……ぐおッ!?」

「……うぐッ!?」

 

 それもほんの僅かな間。二人が目を覚ましたことに気付いた信治と良樹が、その頬に拳を叩き込んだ。

 

「悪く思うなよ、一発は一発だ」

「ほら、水飲めよ」

「……ああ」

「……ありがとよ」

 

 流石は親友同士というべきか。蟠りはそれだけで無くなった。――実際に斬られた本人が『これで許す』と言うのなら、周りがとやかく言うこともない。

 その後は食事だ。用意するのはお手軽な鍋料理。人数が人数なので、この方が手っ取り早い。

 壁の外は溶岩の熱気がムンムンだが、この空間内においてはそんなこともない。むしろ冷気の齎す快適さに慣れれば、この後の攻略に差し障る。熱い料理くらいは食べた方が良い。

 鍋に水やら優花が予め下拵えした具材やらを入れて、待つこと暫し。冷気の循環を止めれば、それほど時間をかけずに出来上がった。完成を見たら再び冷気を循環させる。

 火山内で食べる鍋も乙な物であった。

 食事を済ませたら就寝だ。相変わらずの雑魚寝にごろ寝だが、面子が面子である。炎と風、この空間内においては水も加わっての各種自動結界が働く。

 命あっての物種であり、不埒な真似をする者はいない。予め脅しを利かせれば、大介もそれは同じであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 同盟締結後の火山攻略は順調の一途を辿る。

 役割分担がより定まったことで各自にかかる負担は軽減。加えて“環境適応”技能の派生、“火山適応”の発見がある。

 この迷宮で一番の問題は、周囲全てから押し寄せる熱気が齎す精神的なストレスだ。

 一行のステータスの高さを以てすれば歩くこと自体はそれほど苦にならず、トラップや魔物への対処もしっかりと取ってある。――ただ火山に相応しく、何から何までマグマが絡むことが何よりの問題だったのだ。距離を取っても暑く、魔物を仕留めるために近付けばより暑い。

 水分補給やら何やらは欠かさず行っても、環境からくる暑さだけはどうにもならない。火山を崩壊させるだけなら可能だが、それではそもそもの目的を達成出来ない。

 そんな“負の循環”を解消させたのが“火山適応”の発見だ。漂う熱気を苦と思わなくなれば――浴びれば火傷で済まないのは変わりないが――精神的負担は十分に軽減される。精神が落ち着けば、より余裕が出来る。

 取得していない者も、火山に留まるモチベーションが出来るのは必然だ。

 下る毎に広がりを見せる火山迷宮だけあって、合流してから更に二日経過している。それだけの期間を火山内に留まっているのなら、“火山適応”を取得する者は他にも増えるのが当然だ。余裕を持つ者が増えれば、それは周囲に伝播する。結果、持たない者の焦りも軽減される。

 順調に進まない方がおかしいのだ。

 静因石を始めとする各種鉱物の採取。迷宮内のマッピング。現れる魔物の情報記述。……今では余裕を持ってそれらが行えている。

 そうして更に一日を費やし、一行はとうとう最奥へと辿り着いた。

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