ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

43 / 63
6章:アンカジ公国
1話


 夕方近くにアンカジへと帰着した一行を出迎えたのは物々しい雰囲気だった。数日前に出立した時とは雲泥の差だ。

 

「すまない、何か起こったのか?」

「おお、これは使徒様! よく見ればフリード殿もいらっしゃる! ……皆様、旅装のままで構いませんので今すぐ公宮へ向かってください。陛下がお待ちでございます」

 

 門番は安堵の表情を浮かべ、次には姿勢を正して嘆願してきた。

 その言葉だけでも相当の厄介事が起こったと判断出来る。

 相手は一国の頂点だ。どちらにせよ帰還の挨拶には伺わねばならない。向こうとてそれは承知の筈である。――にも拘らず、一刻も早い目通りを希望する。

 公王自身が対処に当たらねばならない問題が発生した。……そう考えるのが妥当だろう。

 

「ふむ、了解した。この雰囲気もそこで説明されるのだな?」

「は、陛下が話される筈でございます」

 

 その言葉に一応の納得を示し、一同は公宮へと向かう。……フリードとしてはあまり大っぴらにお偉方と関わりたくはないのだが、状況が状況だ。ここで向かわなければ、それはそれで怪しまれる。

 

(まったく、一体どこから狂い始めたのか……)

 

 公宮への道すがら、フリードは理由を探し始める。

 ホルアドを襲撃し、大介と礼一を仲間に迎え入れた。……ここまでは良い。

 問題があるとしたらその後。すなわち人攫いとの遭遇だ。あそこで関わり合うことを選択したがためにアンカジへの滞在を余儀なくされ、大火山攻略への出立が遅れてしまった。

 とはいえ、泣き声を耳にしてしまった以上はフリードにそれを無視することなど出来る筈がない。人種の違いでその様なことを軽々と行ってしまっては、遠からず同胞にもそのような真似をすることになるだろう。それでは強硬派と何ら変わりない。

 またアンカジへの滞在は、それはそれで役に立った。アンカジで足を止めることになったからこそ、多少なりとこの地の暑さに慣れることが出来たのだ。それがなければ、火山攻略は失敗していた可能性も否めない。むしろ自分たちだけでは失敗していた可能性の方が高い。

 

(つまりは“己が意思による選択の結果”というわけか……)

 

 結局はそういうことだ。

 起こってしまったことこそが事実であり現実だ。“たられば”は起こらなかったからこその“もしも”でしかない。過去改変など出来ぬ以上、現実を受け止めるしかないのである。

 

「ってか、マジで何が起こったんだ? 表情が極端すぎるだろ」

 

 錬成馬車から窺える住人の表情。それを見て大介が呟く。……進む錬成馬車は二台。人数が多すぎるので分乗しているのだ。こちらの組み合わせはフリードら三人に信治と良樹、天誡とアレーティアに鈴。もう一台にハジメ、浩介、京弥、レオン、カリオン、香織、雫、シアが乗っている。

 二十万を超す民衆が暮らす以上、アンカジ公国は相応の広さを誇る。徒歩では時間が掛かるし、大通りは人が行き交う。必然、急ぎの時用に――普段は封鎖されているが――専用の道が用意されている。

 それでも、柵の向こう側に住人の姿が認められないわけではない。

 そしてそこから窺える住人の表情は二つに一つ。元気がないか、怒りを露わにしているかだ。笑顔の者など一人もいない。

 

「それを知るために行くのだ。……ただ、おそらくは相当の厄介事だ。覚悟はしておけよ?」

「あんま脅さないでくれよ」

 

 天誡の言葉に軽口で返す大介だが、その表情は口ほど軽くはない。

 人通り、車通りがない以上、出せる速度は大通りの比ではない。それほど時間をかけずに公宮へと辿り着いた。

 

「お待ちしておりました、こちらへどうぞ!」

 

 駐車スペースに馬車を停めたら、兵の案内に従って公宮を進む。無駄口はなく、着いた先は会議室と思しき場所。断言出来ないのは、スペースの割に人が少ないからだ。厄介事であるならば、もっと人がいてもおかしくはない。

 

「ミュウ? なぜここにいるのだ?」

 

 そして、フリードの言葉通り、ミュウの姿が認められたからだ。部屋の片隅で十代半ばと思われる少女に構い倒されているが、幼い少女の姿はこの場にひどく不似合いである。

 

「おお、戻られましたか! 早速ですが、今この国に起こっている状況を説明したい。よろしいですか?」

 

 思わず零したフリードの疑問は、ランズィの言葉に掻き消された。

 

「皆様が出立されてから、早馬による知らせが届きました」

 

 その内容は魔人族による襲撃予告。

 ウルに滞在中だった勇者たちが、ここ暫く不穏続きだった北山脈を調査しに行った際に魔人族から告げられたらしい。同じくウルの住人を避難させるようにも。

 魔人族を倒すだけであれば可能であったらしいが、魔人族の用いた魔物制御の内容が分からない以上、それは躊躇われた。場合によってはすぐにも魔物がウルに襲撃をかけるかもしれないからだ。また、それをしてしまってはわざわざ予告してきたという一種の恩に対して仇で返すことになってしまう。

 以上の事からその場では撤退。勇者は住民の避難と町の防備を進めることにした。……という内容だった。

 幾ら早馬とはいえ、ウルからの距離を考えれば相応の日数が経っている。

 これほどの一大事だ。多方面に知らせないわけにはいかない。緊急時のために替え馬を各所に用意してはいるが、その数も限られる。ウルとアンカジ間の日数を鑑みれば、援軍が間に合うかも分からないのだ。必然的に替え馬の優先権は他に廻される。

 必要なのは戦力であり、かつ時間の余裕もないからだ。公爵ともなれば有する兵数は多い。だが、防衛戦に間に合わないのでは意味がない。個々の兵数は少なくとも、間に合う箇所への連絡を優先するのは道理である。

 今から援軍を送ったところで役に立つ可能性は半々だ。それでも知った以上は何もしないわけにはいかない。ランズィは諸々の可能性を踏まえ、息子であるビィズをリーダーに援軍と復興用の資材を送った。

 急な知らせの割には素早い対応だと自負するところではあるが、次いで公国内でも問題が起こった。

 今朝になり、体調不良を訴える者が続出したのである。何れも原因不明の高熱を発し、遠からずして意識不明に陥ったのだ。その人数は今もって把握しきれてはいないが、かなりの人数に上る。判明している限りでは、立場、住居、職業など全体的な共通性は罹患者に見られなかった。

 幸いだったのは優花が残っていたことである。事態を知った彼女は“神の使徒”としての強権を用い、即座に飲み水の摂取を禁止。次いで薬師に飲み水への鑑定をかけさせた。

 優花の危惧は当たり、飲み水には毒素が含まれていることが判明。調査を続行すれば、オアシスそのものが汚染されていた。オアシスから流れる川や各種井戸、そして地下水脈は現在調査中だが、状況を見れば期待は出来ないだろう。

 この国の飲み水は、その全てがオアシスから供給されている。生命線でもある以上、警備と維持管理には最善の注意を払っているのが現状だ。常識的に考えれば在り得ない。――が、その在り得ないことが現実として起こってしまったのだ。

 ストックしてあった分が汚染されていなかったことは不幸中の幸いだが、居住者の数が数。すぐにも足りなくなるのは目に見えている。

 また含まれた毒素は魔力暴走を促し、通常の手段では体外への排出も出来ない。罹患者を救う手段は非常に限られているのだ。

 その一つが静因石。魔力の活性を鎮める効果を持つこれを粉末状にして服用すればいい。

 もう一つが優花の料理だ。技能“薬膳”として現れている通り、彼女の料理は薬としての側面を持つ。彼女の手に掛かれば、こと料理として使われる限り汚染された水もその効果を発揮し得ず、罹患者に対しても効果が表れている。……優花とミュウが無事だったのもこれに起因する。宿ではなく自前の住居で生活する以上、その食事は自らの手で作ることになるのが道理だ。そして今は優花とミュウしかいないので、料理をするのは必然的に優花となる。

 現在、優花は罹患者用の食事を一手に引き受けている。盛り付けなどは任せているが、罹患者の人数が人数なので他には手が廻らなく、ミュウがここにいるのもそのためだ。

 食事を取れない者には静因石を溶かした点滴を与え、食事が出来る者には優花の料理を配っている。

 とはいえ、静因石は入手場所の関係からストックが少なく、優花も人である以上は何れ動けなくなる。

 王国へ支援を願おうにも、四つある公国騎士団の内、一つは国境戦線に派遣しており、一つはビィズと共にウルへと旅立ったばかり。騎士団は二つ残っているが、団員の中にも罹患者は少なからず現れている。万全に動けぬ今、これ以上戦力を割くと国の防衛自体が成り立たなくなる恐れがある。

 この状況が自然的な要因によるものと考えるほどお気楽ではない。間違いなく悪意ある何者かによるものだ。

 だからこそ国の防衛を疎かには出来ず、かといってこのままでは遠からずに積む。破滅へ突き進む中、ギリギリの綱渡りで保っているのが現状である。……公国が天誡らの帰参を心待ちにするのも無理はない。

 

「……なるほど。であれば、国の雰囲気にも頷けると言うものです。我らも解決に協力しましょう」

 

 この状況で“宝物庫”を秘匿する理由はない。ランズィの話を聞いた天誡は“宝物庫”から大火山で採取した静因石を取り出した。八層以降は手付かずの大火山だ。個々の広場から取る量を少なくしても、総合すれば十分な程に確保している。

 

「オルクスで取得したアーティファクトの効果です。おかげで重宝していますよ」

 

 何もない所から静因石を取り出した天誡にランズィを含む公国の重鎮は驚きの視線と声を上げるが、そう言われれば納得するより他にない。真偽はともかく、この状況下で助かる事には違いがないのだ。

 

「あとは水ね。……魔法で用意します。どこか水を汲み置けるような開けた場所はありますか?」

「農業地帯でよろしければ」

 

 雫が問えば重鎮の一人が先導する。

 正直に言って疲労はある。試練を終え、ろくな休息も取っていないのだから当然だ。――だが、それが行動を起こさない理由にはならない。

 

「僕も行ってくるよ」

「私も行きましょう」

「それじゃあ僕も……」

 

 雫には及ばないがレオンとアレーティアも水魔法への適性を持つ。口々に言って後に続いた。

 農業地帯ということは整地の必要があるかもしれない。場合によっては金属コーティングする必要もあるだろう。そういった考えからハジメも部屋を後にする。

 

「………………」

 

 ランズィの話が終わっても、フリードは黙して一切語らなかった。――語ることが出来なかった。

 今現在この国を襲う状況に対し、フリードには一つの心当たりがある。もしもの場合を考えて自分が用意した魔物――バチェラムの強化種だ。

 バチェラムは数いる魔物の中でも、何が元となったのか分からない魔物である。種類が多く知名度も高いが、その割に実態は不明な部分が多い。知られている限りでは、何れもの大きさが一メートルほどの不定形生物。

 強化には成功したものの、酷く手間取ったことは今でも覚えている。成功したのも一体だけだ。

 その強化種の特性を活かせば、この状況にも説明はつくのだ。……が、フリードはその魔物を封印した。

 この魔物を用いるのは余りにも外道に過ぎる。見て分かる通りに容易く戦況を一変させかねない効果がある。しかし、その代償となるのは多くの民だ。前線の兵ではない。

 無論、フリードにとって最優先すべきは魔人族の同胞。力なき民たちの安寧である。状況によっては使うも辞さない覚悟はある。

 だが、それは今ではないのだ。何でもありになってしまえば、戦争に勝っても待つのは滅びである。戦争であっても従うべき良識は必要なのだ。使うとするならば、人間族が良識に期待出来ぬ行動を取った際の報復措置として。

 以上の考えからフリードはこの強化種を封印し、それを知るのは腹心の配下のみ。魔王にも知らせてはいない。

 普通に考えれば、封印が解かれている筈はないのだ。――その一方で、現実がそれを否定する。

 ランズィの言からも、レイス、カトレア、ミハイルの可能性は低い。よって、可能性があるとすれば一足先に帰したローゲンとなる。

 だが、いや、しかし。……フリードの中で自問自答が繰り返される。

 仲間を信じる心と起こった現実。

 葛藤の果て、フリードは答えを出して口を開いた。

 

「この状況の原因について……一つ、心当たりがある」

 

 その顔には、苦悶の表情を浮かべたままで。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 アンカジに名高きオアシス。光を反射して美しく輝いており、普段ならば人も多く観光名所ともなっているそこだが、今現在は伽藍の堂だ。汚染されたオアシスの原因も分からなければ、治す手段も見当がつかない。以上のことから、普段であれば物々しい警備の数も入り口に立つ僅かのみ。

 翌朝。フリードは大介と礼一を伴い、そこを訪れていた。……本当ならば事情を知ってすぐにも訪れたかったが、アンカジに着いた時間が時間だ。その日の行動はもう望めぬとして、もどかしさを胸に眠りについたのだ。

 

「……いるのだろう、ローゲン?」

「はい、ここに」

 

 美しくも閑散とした光景を見ながらフリードが声をかければ、物陰からローゲンが姿を現した。

 

「単刀直入に訊く。……これはお前の仕業か?」

 

 オアシスを見ながらフリードが問いかける。

 

(頼む、違うと言ってくれ……)

 

 この期に及んで在り得ざる希望を抱くフリードへの返答は――

 

「その通りでございます」

 

 ――希望を打ち砕くに余りある。

 

「……なぜだ?」

「魔王陛下のご命令とあらば、従うより他にありませぬ。……それに、何を不思議がる必要がございますか。所詮は人間族。いくら死のうが構いますまい。いえ、これにより混乱が齎されるのであらば、むしろ望むところでございましょう」

 

 かろうじて声に出せたフリードを、続くローゲンの言葉が打ちのめす。

 

「……ロー……ゲン……?」

「……おい?」

「……これは?」

 

 何だこれは? これが自分のよく知る腹心か? 所作やらは普段のままだ。――しかし、紡がれる言葉の内容が普段とはかけ離れている。

 フリードは驚愕を露わに、紡ぐ言葉は風に呑まれて消え失せる。

 時間は短いが、大介と礼一もローゲンとは顔を合わせている。その際とはまるで違う印象に疑問が胸を覆いつくす。

 

「ああ、失念しておりました。陛下の命令はもう一つありましてな」

 

 言いながら、ローゲンはスタスタと近付いてくる。

 その仕草は本当に普段通りで、何気ない。あまりに異常過ぎて、逆に現実感がない。

 だからこそ、三人は何一つ対応が取れなかった。

 

「『“異教の使徒”は殺せ。仲間に迎え入れる必要はない』……とのことでございます」

 

 アッサリとローゲンの接近を許してしまった大介と礼一は、何気ない仕草のままに繰り出された刃を防ぐことも出来ず、呆気なくその首を断たれた。

 噴き出る血。倒れる身体。

 それを見てようやく認識が追い付いたフリードは、もはや怒りのままに叫ぶしか出来ない。

 

「ロオオォォゲエエェェンッ!」

 

 それは、あまりに遅い咆哮だった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 ガシャン。

 ガラスが割れるような音を立てて世界が砕ける。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 覚えのある感覚に、シアは荒くなった息を懸命に整える。己の技能である“未来視”が自動発動したのだ。

 自分の望まない未来の訪れ。己が選択次第では干渉しうる最後のチャンスとなるその瞬間に、時折こうして“未来視”は自動発動する。代償として大量の魔力が持って行かれるが――その程度は安いものだ。

 最も問題なのは、自動発動の場合、いつから可能性を視ていたのか分からなくなることである。現実にも等しい“夢”を見ている感覚。自然、状況把握にも時間が掛かる。

 見渡せば、未だフリードは公宮の会議室にて正体を明かし“心当たり”を語っている最中である。

 

「なるほどな。……フリード、これを受け取れ」

「……これは?」

 

 天誡がフリードへと攻略組の紋章を渡す。

 突然の告白に感情を制御しきれないアンカジ側も、それを見ては無理やりに感情を治めるしかない。そして少しの間を置けば、公王や重鎮もフリードの言に理解を示す。その程度が出来ないようでは一国を運営することなど出来るわけがないのだ。清濁併せ吞んでこそである。……どれもこれも、視た記憶の通りに推移している。

 この後、フリードたちは三人での行動を希望する。

 

「推測が正しかったとして、余計な同行者がいれば配下に気付かれかねない」

 

 そう言われれば理解を示すしかなく、自分たちは遠距離からの監視に留めざるを得なかったのだ。

 ハジメがいないのも痛手となる。ハジメ、レオン、雫、アレーティアの四人は、オアシスの代わりとなる水場を用意した代償に気絶してしまったのだ。疲労が溜まっている状態で二十万を超す人員を暫くの間賄える水を用意したのだ。肉体的な疲労に加えての精神的な疲労だ。意識を失うのも無理はない。

 人数が人数のため、発覚を防ぐためには相応に距離を取る必要がある。公王もいたので尚更だ。良樹が頑張ってくれたおかげで会話を聞き取る事こそ出来たものの、いざ行動を起こした時には既に手遅れだったのだ。

 それを防ごうと思えば、ここで何かしらの変化を起こさねばならないだろう。……が、可能性(みらい)とは常に千変万化する。実際、このまま干渉をしなくても先に視た未来が必ず起こるとは限らないのだ。ただ“起こり得る可能性が高い”というだけ。

 とはいえ、それで何もせずに同じ結末を迎えたら目も当てられない。また、知っておいて何もしないのでは“愛”と“優しさ”からは程遠い。そのために変化を起こさないわけにはいかない。

 その一方で、変化が過ぎれば先の未来自体がそもそも起こり得なくなる。

 ローゲンが姿を現さないのでは、フリードは魔王への疑念を深められない。近視的に捉えれば大介と礼一は死なずに済むかもしれないが、その後で同じ結末を迎える可能性は高く、最悪ではフリードも操られてしまう。

 ローゲンが姿を現し、フリードが魔王への疑念を深め、大介と礼一も死なない。……望むべきはこの未来だ。

 それを引き起こすためにも、齎す変化は最小限に留めなければならない。

 

「すまないが、私たち三人だけでの行動を許可してもらいたい」

 

 シアが考えを纏めている間にも、当然ながら事態は推移する。気付けばかなり進んでおり、危うく干渉しそこなうところだ。

 やりとりの後、間もなくにしてフリードら三人での行動が認められ、そこでシアは口を開いた。

 

「私と浩介さんは別行動を取らせてもらいますね?」

 

 突然の差し出口だが、状況が状況だ。何が出来るかは分からずとも、すべき事だけは山の様にある。多少なりと疑問に思えど、フリードや公王たちも理由を訊ねる事はなかった。

 その一方で、攻略組は大まかに察したらしい。初めてアンカジを訪れるまでのその道中、シアは自らが“未来視”を持つことを、その使い勝手などと共に彼らに明かしていた。無論、自動発動に関しても話している。……大っぴらに話せることではないので、知っているのは他にハウリア族の家族のみだ。

 

「ふむ。お前がそう言うのであれば、こちらとしては止めることも出来んな。好きにしろ」

 

 シアが浩介を巻き込んだのにも当然理由がある。兎人族ということもあり、シアが自由に行動するためには誰かしら“神の使徒”と一緒でなければならないのだ。

 それにシアの用いる格闘術は浩介や龍真の流派を参考にさせてもらっている。樹海に引きこもりの亜人族――その中でも特に暴力行為を嫌う兎人族に形式ばった術理など存在する筈がないのだ。

 いざという時のために身体を鍛えることを欠かしては来なかったが、それで出来るのは所詮力任せの張りぼてだ。ある程度の実力があり、かつ術理を学んだ者であれば――ステータスの差があれど――いなすことくらいは容易だろう。

 そんなザマでは戦闘で役に立つことなど出来る筈もない。すぐに死ぬのが関の山。亜人族に対する理解を求めるなど夢のまた夢だ。

 悩むシアに手を差し伸べたのが浩介である。浩介らの用いる理――言霊についても教わった。術理としては未だ真似事にも届かぬ領域だが、それらは確かな力となっている。

 元より力だけはあったのだ。未熟なりとて技を学び始めたのであれば、その効果が一を優に超えるのは当然と言えるだろう。

 ともあれ、間もなくにして話は終わった。話している間に夕日は落ち、外は暗闇に染まっている。今日の行動は諦め、火山攻略で溜まった疲労を癒すためにも一行は眠りについた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 呆け立つ大介と礼一。その首筋をめがけてローゲンの凶刃が振るわれる。殺気も何もなく、本当に何気ない仕草のままに奔る刃だからこそ、気付いたところで防ぐも躱すも不可能だ。もはや二人の死は確定事項である。

 

「させませんよ!」

 

 その事実はここに覆された。――たとえ当人には不可能でも、第三者であれば可能性は生まれ出る。その可能性を手繰り寄せる者こそがシア。占術師の天職を持ち“未来視”の技能を宿す兎人族の少女である。どこからともなく飛来しての蹴撃をローゲンに叩き込み、その身を吹き飛ばす。

 

「まったく、無茶を言ってくれるな。……自分を蹴り飛ばせなど」

「仕方ないじゃないですかぁ! 探知範囲がどこまでか、なんて分かるわけがないんですから!」

 

 次いで現れたのは浩介。三人をカバーするように油断なく佇むも、土煙の向こうを見据えながら零される言葉には呆れの色が強く出ている。

 地面に着地したシアは憤慨して言い返す。……そう、起こる事が分かっても、何から何まで分かる筈はない。気付かれてしまえば水の泡。隠形に自信はあれど、絶対とは言えない。結果、距離を取りつつ対処する方法として、シアは浩介に自分を蹴らせたのだ。タイミングが分かっているから出来る荒技である。

 

「……お前たち」

「無事で良かったですが、ここから先もそうとは限りません。さあ、構えてください。まだ終わってませんよ!」

 

 取り敢えずの救出には成功したが、先の攻撃にはそれほどの威力はない。遠方からの、速度を乗せた一撃であるからには吹き飛ばすことこそ成功したが、所詮はほぼ素のステータスによるもの。身体強化を行っていない以上、派手なのは見た目だけだ。そこらの雑魚ならばともかく、相手はフリード腹心の部下。これで終わると考えるのは期待が過ぎる。

 身体能力を強化して攻撃すればローゲンを仕留めることも出来たかもしれない。――が、現在のフリードらは現状を受け止めきれていない。そんな場面を見せようものなら、逆上してこちらに襲いかかって来るかもしれない。

 それを防ごうと思えば、初撃で仕留めることは選べなかった。

 

「ふむ。近辺には入り口の警備兵以外に気配はなかった筈ですが……」

 

 シアの言葉を証明するかのように、土煙の向こうから声が響く。奇襲を受けたにも拘らず、落ち着き払った声が。

 煙が晴れれば、そこには五体満足で佇むローゲン。やはり先の一撃は然程の痛痒も与えなかったようである。

 

「ほう? これはこれは、よもや亜人族とは……。ク、クク……。『亜人族は根絶やしにすべし』……これこそが、我らが神の本懐。死んでいただきますよ、お嬢さん」

 

 だが、ここで異変が起きる。シアを目に入れたローゲンは、その視線を集中させたのだ。先程までとは打って変わり、フリードはおろか凶刃を向けた大介に礼一、その前に立つ浩介すら視野に入れてなさそうである。

 

「我が神アルヴよ、その加護を!」

 

 ローゲンが叫ぶや否や、どこからともなく力が注ぎ込まれていく。

 

「フリード、あれは魔法か?」

「おそらくは“神の恩寵”だろう。見たことはないので勘でしかないがな。……内容としては、文字通りに神の恩寵を一身に受ける効果だ。限界突破以上の強化が見込めるが、神の力など受け止めきれるものではない。最終的には死に至るのが大半だ。

 だが、疑問がある。私の知る限り、神の恩寵は『神に選ばれる』必要がある。大抵は信仰心高き者が会得する魔法の筈なのだ。私やローゲンも確かにアルヴ神を信仰してはいるが、それは一般的な民衆と同程度。司教や教主に及びもしない」

 

 魔法に詳しくない浩介がフリードに確認すれば、そのような返答だ。

 

「お、おおッ! これがアルヴ様の……ッ!」

「どちらにせよ放置は出来ん。このままでは間違いなくローゲンが保たん。様子がおかしかろうと見過ごすわけにはいかぬ」

「手伝うぜ、旦那!」

「俺もだ!」

 

 歓喜の声を上げるローゲンを見据え、フリードが立ち上がる。その瞳には決然とした輝きを宿して。

 大介と礼一も武器を構える。あの日、あの瞬間、フリードを手伝うと誓ったのだ。いずれ別れが来るとしても、それまでは力の限りを尽くす……と。

 

「フッ、あの不良が変われば変わるものだな。……行くぞシア。この現象、見過ごせないのはこちらも同じだ」

「はいです!」

 

 クラスメイトとして大介と礼一の変化を喜ばしく思いながらも、それはそれ。シアへと一声かけた浩介は瞬く間にローゲンへと肉薄する。

 シアも同じく。反対側から廻り込むように駆けるその速度は浩介に負けず劣らずだ。

 

連掌!

三散華!

「……!? グハァッ!」

 

 片側からは浩介が氣を練った掌打を連続で叩き込む。

 反対側からはシアが魔力で強化された打撃を三連続で食らわせる。……三散華のバリエーションは多い。拳だけでも、蹴りだけでも、混ぜ合わせても、要は三連続の打撃であれば成立する。

 戦闘の最中、歓喜に溺れ戦闘を忘れてしまったローゲンに防ぐ手立てはない。アルヴの加護を得ようと、その効果はステータス値に左右される。如何に倍数が高かろうとも、元の数値で差があるならば、確かなダメージは与えられるのが道理だ。

 

「今のお前に手加減は出来ん。悪く思うなよッ!」

 

 左右合わせての五連撃。並みならぬ威力に動きを止められたローゲンへと向かい、フリードが駆ける。

 その手には二振りの短剣。強化したドラゴン。その牙を研いだ物だ。

 狩人を天職に持つフリードなれば、“変成魔法”に高い適性を持っていた。狩人は狩った獲物を解体する過程で必然的に構造に慣れる。それを思えば道理だろう。――しかし相手は神代魔法だ。如何に適性が高かろうともすぐに使いこなせる筈もない。練習過程において犠牲となった魔物は数多い。

 ある日フリードは移動行路として“空”に目を付けた。そしてある程度“変成魔法”に慣れた頃合いに、ドラゴンを求め南大陸にある竜峰へ赴いた。ドラゴンを従え、強化を施し、移動手段とするためである。

 だが、その目論見は中々上手く運ばなかった。

 名の通りに多くのドラゴンが棲息する険しい山だ。そうと知って、敢えて危険地帯に近づく者などそうはいない。だからこそ数に困ることはなかったが、別の問題が発生する。

 元が強力な魔物であるドラゴンだ。ましてやこちらは向こうの領域に侵入した存在。強化の過程でおとなしくしていることなど有り得ない。七大迷宮攻略者の実力を以てすれば物理的に黙らせることも可能だったが、ドラゴンにもピンキリが存在するのは自明の理。弱いドラゴンは呆気なく死んでしまい、必然的に“変成魔法”を試せるのはフリードの攻撃に耐えられたドラゴンのみとなる。しかし、その様なドラゴンが強化されてなお黙っていることなど有り得ない。強化されたドラゴンはすぐさまフリードに牙を剥いた。

 フリードとて黙って牙を受け入れる筈もない。更に苛烈さを以て黙らせた。愛竜ウラノスは、その繰り返しの果てに手に入れたドラゴンである。フリードが愛着を持つのも当然と言えるだろう。

 そしてフリードは特に強力だったドラゴンの死体をウラノスの協力を得て持ち帰った。亡骸でもドラゴンだ。その素材は色々と使い道がある。まして強化種ともなれば尚更だ。

 フリードはその素材を余すことなく自分たちの武具に使った。最優先は将たるフリード、次いで腹心たる四人、残りがそれ以外の部下たちだ。

 強化種たるドラゴンの素材は、それ自体が一種のアーティファクトと呼べる。装備の加工には手間取ったが、その甲斐あって戦闘能力は大いに向上した。――向上しすぎたがゆえに、フリードは武器を封印した経緯がある。そこらの相手であれば素手で十分だったのも一因だ。

 その封印を解く相手がローゲンなのはフリードにとって皮肉である。しかし、腹心だけあってローゲンの装備もドラゴンの強化種を素材として使っているのだ。“神の恩寵”の効果も加味すれば、手加減など出来る筈がない。

 

「セイッ、ハッ、月閃光! 月閃虚崩!

 

 駆けた勢いのままに斬撃を二回。次いで円を描くように剣を振り上げれば、その軌跡は三日月形の剣閃を作る。直後に剣を返し、今度は斬り下ろしの動作で闇の三日月を作り出す。

 

飛燕撃! まだまだ行くぜ、おらッ、そらッ」

 

 続くは大介。飛燕刃が魔力刃を飛ばす技なら、飛燕撃は自らが弾丸となって接近し斬りつける技だ。速度を乗せれば、それだけで威力が上がる。その勢いを殺さぬまま更に斬りつける。

 

隼突き! 円天投げ! 隼撃衝!

 

 最後に礼一。隼の如き速度で突きの一撃を見舞い、その穂先に相手を引っ掛けて投げる。そして相手が宙を漂っている間に衝撃波を叩き付けた。

 猛者たちによる絶え間ない連撃だ。本来なら既に死んでいてもおかしくはない。――その反対に、今ならば生きていてもおかしくはない。

 ゆえにこそ、シアはここに切り札を放つ。シアが使用可能な、唯一外部に影響を齎す魔法を。

 

「魔法、発動」

 

 あくまで“未来視”はこの魔法のおまけに過ぎない。――が、おまけにも拘わらずの魔力消費とポテンシャルだ。それだけで真価の桁外れさを物語る。

 すなわち可能性(みらい)の強制決定。ごく狭い範囲、ごく限られた事柄ながらも、起こり得る未来をただ一つに限定する。

 条件は『ローゲンの生存』と『ローゲンの洗脳解除』だ。可能性がゼロなら選び取れないが、那由多の可能性でも存在するなら間違いなく選び取れる。

 その桁外れさ故に、魔力消費は上級魔法など比較にならないほどに高い。自分が知り得る事柄だけで可能ならばその分だけ魔力消費は低く済むが、自分が知り得ない事柄を含んだ瞬間に魔力消費は更に跳ね上がる。

 魔法の発動に伴い、シアの瞳が色を変える。そして条件付けられた中で起こり得るあらゆる可能性が、瞳の中で次々と映り変わる。

 それは正しく刹那の間。余人には分からず、干渉も出来ぬ中、ただ一人だけで望む未来を選び定めなければならないのだ。

 シアの力は先天的に得たものではない。“魔力操作”に目覚めた際、後天的に得たものだ。だからこそ、押し寄せる可能性を捌ききれずに廃人と化す危険性は否定しきれない。……まあ、ちょくちょくと“未来視”を使っているおかげで、今ではある程度の耐性も付いているが。

 神代現代を問わず、これほどハイリスク・ハイリターンな魔法もそうはないだろう。

 

「未来――選定!」

「絶ち斬れ村正……魔神斬!

 

 そして、ここに可能性は収束する。浩介の握る妖刀は定められた未来に従い、ローゲンとアルヴの間にある繋がりを絶ち斬った。ローゲンもまた確かに生きている。しかし、“かろうじて”だ。すぐにも対処しなければこのまま死んでしまうだろう。

 

「すみません。あと、お願いします」

 

 未来が確定したのを見届けたシアは、それだけを言ってぶっ倒れた。……駆けつける攻略組の面々が視界に入ることもなかった。  

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。