ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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2話

 アンカジ公国は公宮の一室。主に集団客に向けて使われるその部屋のベッドには、今現在数人が眠りについていた。

 ハジメ、レオン、雫、アレーティア、シア、そしてローゲンである。それぞれに理由は異なれど、数日は眠り続けている。

 仕事の合間を縫って様子を窺いに来た公王ランズィは、複雑な表情でその一人――ローゲンを見やる。

 アンカジ公国を襲った未曽有の危機。根本の原因は取り除かれ、解決に向かって歩みだしている最中だ。問題解決の立役者がローゲン以外の五人であり、問題を引き起こしたのがローゲンだ。本来であれば牢屋にでも入れておくのが相応しいだろう。

 

「神による洗脳……か」

 

 だが、語られた話が真実ならば、ローゲンもまた被害者と言っていい。そしてそれは――崇める神の違いはあれど――自分たちに降りかかってもおかしくない事柄だったのだ。

 ランズィはオアシスで行われた戦いの続きを――天誡ら“神の使徒”と魔人族であるフリードによって語られた話を反芻する。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「光よ」

 

 オアシスに駆けつけるや否や、香織はその治癒術をローゲンへと行使する。香織によって生み出された疑似太陽。そこから降り注ぐ優しい光が瞬く間にローゲンの傷ついた身体を癒す。

 それを見たフリードが香織に頭を下げる。次いで浩介へと。

 

「感謝する、白崎殿。遠藤殿も」

「いえ、全部が全部じゃないですけど、ある程度は聞いていましたので……」

「俺の村正でコイツとアルヴの繋がりは絶ち斬った。目を覚ませば正常に戻っているだろうが、何せ無理やりもいい方法だ。すまないが、いつ目覚めるかまでは分からん」

 

 気絶したシアを背負いつつ浩介が答える。

 

(間違いなく絶ち斬った実感がある。……が、そう上手く事が運ぶものなのか?)

 

 しかし、浩介の心中は複雑だった。

 繋がりを絶ち斬り、ローゲンも生きている。端から見れば万々歳だ。……好都合なほどに。

 確かに村正の力を以てすれば、見えない繋がりを絶ち斬ることも可能だろう。だが、絶対ではない。一発必中する自信も浩介にはない。

 ましてや、あれだけの連撃を叩き込んだローゲンが生命を留めている。フリード腹心の部下だそうだし、見るからに質の良い装備を身に着けている。そこに件の魔法が加われば、まあ在り得ない話ではないだろう。

 諸々を加味すれば、どちらか片方だけならばまだ分かるのだ。

 無論、同時成功の可能性がゼロではないことも理解している。ゼロではないだけで、限りなくゼロに近いことも。

 だからこそ、同時成功した現実に対し、作為めいたものを感じずにはいられない。

 

(十中八九、コイツが何かしたか……)

 

 背中で静かに寝息をたてる少女を見やる。コトが終わった途端にシアはぶっ倒れたのだ。そうとしか思えない。本来であれば、まだ余裕はあった筈だ。

 

(特筆能力として“未来視”を持つと聞いていたが、その程度ではないのかもしれないな……)

 

 能力の秘匿については特段不思議には思わない。シアはそれまでの立場が立場だ。何から何まで話す方がおかしい。未来視について話してくれただけでも十分すぎる。 

 

「それでもありがたいことに違いはない。――だが、どうやらいつまでも目を背けてはいられないようだ。互いの知る神について、情報の擦り合わせを行いたい」

 

 思考に耽る浩介を余所に、フリードはその矛先を攻略組のリーダーである天誡へと変えた。

 

「それはこちらも望むところだ。……が、まずはそれより先にオアシスの魔物をどうにかしてくれ」

「ああ、そうだったな。……出てこい」

 

 天誡の言葉を受けたフリードがオアシスへと一声かけて少し。

 

「……これはッ!?」

 

 その場に同席していたランズィは驚きのままに声を出す。

 端目からは何の変哲もなかったオアシスの水が自動的に盛り上がったのだ。それは五メートルほどで治まり、やはり見た限りでは何の変哲もない水だ。――しかし、透き通った水の中に輝く赤い魔石の存在が、自動的に蠕動するその様子が、ただの水ではないことを如実に表していた。

 

「正直に言って助かった。ローゲンの様子が様子だったからな。ともすれば私の声も届かぬのではないかと危惧していた」

 

 そう言ってフリードが安堵の息を吐く。

 驚き冷めやらぬランズィだったが、それを耳にすれば『なるほど、確かに』と同意せざるを得ない。誰が実行者なのかランズィには分からぬが、種族の違いはあれ人ひとりを意のままに操って見せたのだ。魔物へと命令を届かせるフリードの姿を見れば、それが他の者に出来ぬとどうして断言出来ようか。

 

「言った通り、コイツの元はバチェラムだ。液体と同化し、周囲の微生物を食らい、徐々に巨大化していく。その過程で己が魔力を周囲の水へと浸透させる。

 事前に私が調べた限り、『魔物が毒』というのは人間族でも同じ認識らしい。……が、その認識の度合いが我々とでは異なる。毒なのは『固有の意思に染まり、かつ何の手も加えられていない魔力』だと我々は認識している。

 そうでなければ、魔力の回復を齎す効果を持つ自生する薬草類――無論、中には毒草の類もあるが――や魔力譲渡の魔法、そもそもにして魔物化する前の、元となった動物を食した場合でも同じことが起こっておかしくはないからな。

 その認識の差が、いざという場合の報復措置、或いはその後の抑止力として働くと期待したのだ。実際には思惑と全然異なったわけだがな……」

「むぅ……」

 

 フリードの説明を聞いたランズィは唸らざるを得なかった。

 周知の事実として『魔人族は魔法が得意』だと人間族には伝わっている。……が、実際にその口から語られれば、決してその程度のものではない。魔法・魔力に対する、その探求姿勢の点で雲泥の差がある。

 

「悪いが、コイツをこのまま処分するわけにはいかない。私の思惑とは異なりこちらが先手を打ってしまったわけだが、だからこそ尚更にな」

「なに!? 流石にそれを認めるわけには……」

「いや、アンカジの方々には申し訳ありませんが我々も同意見です。いつまでも立ち話はないでしょうし、詳しくは落ち着ける場所へ移ってから話させていただきます。――フリード、取り敢えずはこれにでもその魔物をしまっておけ」

 

 フリードの言葉にランズィが声を荒げれば、天誡がフリードへの同意を示した。そしてフリードへと“宝物庫”から取り出した適当な容器を投げ渡す。

 フリード、アンカジ、そして神の使徒。三者三様の思惑を持ったままに、一同は公宮へと舞台を移した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「う、ううん」

 

 その声が、回想に耽っていたランズィを呼び起こす。

 視線を向ければ、レオンが目を覚まそうとしていた。思わず声をかけようとして――やめた。ここまできたなら間もなくにして目を覚ますとは思うが、それでも自然のままに任せた方が無難だろう。なにせ倒れた理由が理由だ。ただの肉体疲労ではなく、限界以上に魔力を行使したがゆえの精神疲労も重なっている。ヘタに目覚めを促せば、どのような影響があるか分かったものではない。

 仕事に戻る必要もあるが、人手不足であることに変わりはない。都合よく自分の代わりに来れる者もいないのが現状だ。

 目を覚まそうとしているレオンらの尽力もあり、汚染された水の代わりは用意出来た。暫くは公国民を賄うことも可能だ。しかし、今までのように簡単に水を汲めるわけではない。オアシスの水と異なり、特に井戸などと繋がっているわけではないのだから当然だ。民に水が行き届かなければ、安全な水を用意出来ても意味はない。

 二十万人以上が暮らすだけあり、公国は広い。用意された水は北にある農業地帯の一角。南方に住まう者にとっては水を汲むだけでも一苦労だ。また、未だ不安定な状況にあるのは変わりなく、誰もが好き勝手に水を汲んではいつまで保つか分かったものではない。

 倒れたレオンらがそれを物語っている。そこらの実力者とも比較にならないほどの魔力を持つ彼らが、限界まで魔力を行使して水を用意したがゆえに現状は成り立っているのだ。公宮勤めの魔術師に同じことをさせたとて、用意出来る量は遠く及ばないだろう。

 安全な水の供給が安定的に可能になるまでは、計画的に使う必要がある。

 それらの対応に、公宮に勤める使用人も総出で当たっているのが現状だ。無論、それだけではなく今回の件における書類仕事だってあるのだ。

 その点を鑑みれば、ここに残っていた方が効率は良い。レオンに倒れてからの経緯を説明する必要もある。……正直、忙しすぎて身体を休めたいのがランズィの本音だ。

 仕事に戻らない建前を用意したランズィは、レオンが目覚めるまでのほんの僅かな間、更に回想に耽ることにした。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さて、まずは俺たちがこの世界に召喚されるまでの経緯から話そうと思う」

 

 公王の執務室。ソファに腰を下ろした天誡は口を開いた。

 この場にいるのはたった三人。天誡の他にはフリードとランズィのみ。未だゴタゴタが片付ききってはいないため、聞くも話すも最小限だ。現状を思えばこの時間を取っているのも心苦しいが、説明しないことには理解も何もない。また余人の目がないこともあり、必要以上にかしこまる必要はないとしてある。

 まずは“上位世界”――地球の説明から入った。大小様々な国が存在しており、“神の使徒”は皆が極東の島国『日本』から召喚された。より正確に言えば日本は一都一道二府四十三県に分けられており、その中の一つの都市内、一つの学校、一つの教室から召喚されたということになる。

 歴史上、確かに戦争は存在したがここ最近は平穏なもの。犯罪や事故はままあるものの、おおむね平和と言っていい。……少なくとも、日本に限っては。

 この世界では身近な魔法も一般的には存在しない。神話や伝説には見受けられるので存在はしていたのであろうが、現在では空想の産物として処理されている。――ただし、それはあくまでも表向きのこと。裏に目を向ければ尋常ならざる力は確かに存在している。奇跡、陰陽術、鬼道……“結果”に対する名称は様々に存在し、それを現すための力を霊力や氣と呼称する。

 さて、日本においては二十歳で成人と判断される。それまでは識字計算その他諸々の教育を受けるのが一般的だ。義務教育と称し、法律で最低九年間は充てられている。親は子供に勉強を受けさせる義務があり、子供は勉強を受ける権利がある。

 そんなわけで、満六歳から学校――学問所へと通う。義務教育期間は最初の六年を小学校、次の三年を中学校へと通う。義務教育終了後も高校へ通う者が大概だ。高校卒業後、更に学ぶために大学へ進学するか、或いは仕事に就くかに分かれるのが一般的である。

 そう、“神の使徒”の大半は平和を享受する学生――未熟な子供なのだ。

 

「そうして普段通りの日常を過ごしている際、唐突に、何の説明もなく、問答無用でこの世界へと引っ張り込まれたのだよ」

 

 召喚されてから今に至るまでを語ったところで、天誡は一端言葉を止め喉を潤した。長々と語ったことに加えてアンカジの気温も伴い、冷えたお茶が心地良い。

 ランズィとフリードもそれぞれに喉を潤す。

 ある程度筋道立てて語られた話は相応の長さとなった。未だ肝心要の部分が語られてはいないものの、それでも寝耳に水な内容が多い。そうでなくても、それぞれの立場、視点では思いもしなかった部分を知ることとなった。すぐさまの理解、納得は出来ずとも、己が血肉に通わせるかのようにお茶と一緒に飲み干した。

 エヒトの封印。これだけを聞いたならば、たとえ“神の使徒”相手であろうと一信者としてランズィも物を申さずにはいられない。……が、その経緯を聞けば、公王として理解、納得も出来る。

 神が天誡らへと行ったことは拉致や誘拐と同義だ。そして拉致誘拐は犯罪だ。罪を犯したならば報いを受けねばならぬ。

 自分たちの神であろうと、天誡たちにとっては異なるのだ。“神の使徒”という名義とて、あくまで便宜的なもの。天誡たち自らが名乗り始めたものではない。ならば、彼らと神の想いが一致していなくとも不思議はない。

 言い換えるなら、『誘拐を行った者が報いを受けた』だけに過ぎないのだ。……ただ、その立場が“神”であったことが“だけ”で済まさなくしている。

 

(如何な善人とて時に間違いを犯すもの。なぜ、それが神に適用されないと思っていたのか……)

 

 ランズィとしては冷水をぶっかけられた気分だった。創世神ということもあり、エヒトに“絶対”を求めていたことに気付かされたのだ。そして召喚された天誡らが自分たち――人間族に協力することにも。 

 その様な経緯ならば、“神の使徒”が元居た場所への帰還を第一の目的として行動するのは自然だ。……が、“異世界”という壁の厚さがそれを困難にしている。

 常識も通貨も、何もかもが異なるのだ。生活するだけで困難である。言葉が通じる分まだマシだが、帰還に対し如何ほどの役に立つか。それどころか、ヘタに言葉が通じるからこそ、今を生きるために、元居た場所へ帰るために、戦争に協力することを――生命を懸けることを求められ、協力しないわけにはいかなくなっている。……本来ならば、何の関係も無いのにだ。

 

(無関係な子供たちを、強制的に戦争へ駆り立てる。……我らのなんと罪深きことか)

 

 確かに天誡らをこの世界に呼び込んだのは神たるエヒトだ。かと言って、自分たちが無関係になるわけではない。何故ならば、彼らは『戦争における人間族への救い』として召喚されたからだ。そして戦争をしているのは他ならぬ自分たちである。――まあ、主動しているのはエヒト信仰の篤い教会だが。世界の成り立ちからしてエヒトの威光は強く、その信仰の中枢たる教会は国の垣根を超えて勢力の頂点に立つ。群雄割拠の戦乱期ならまだしも、今現在北大陸は人間族でまとまっている。そんな状況で表立って反目すれば周囲全てが敵に廻りかねない。国を治める者として同調しないわけにはいかないのだ。

 未だランズィ自身が直接戦地に赴いたことはないが、そんなものは言い訳にもならない。むしろ、今という時を現実にこの世界で生きている分だけ余計にタチが悪いだろう。衣食住を盾に強要しているも同じである。公王という立場を鑑みれば目を背けてはいられない問題だ。

 

(神の封印か。これはまた大それたことを……)

 

 一方のフリードだ。

 彼はエヒトを信仰する者ではない。……が、エヒトとは異なれど曲がりなりにも神を信仰する者として驚かずにはいられない。

 同時に、天誡らと敵対することのバカらしさがハッキリとなった。帰還を第一とし、そのために七大迷宮を攻略している。ならば、敢えて【氷雪洞窟】に案内するのも一案としては有りだ。無論、七大迷宮全てを攻略したところで帰れる保証はない。それでも、可能性はゼロではない。

 王国と教会の支援を受けて七大迷宮を攻略している都合上、それらの戦力も実質的には上昇してしまうが、“神の使徒”が揃って帰還するならば十分にお釣りがくる。それに天誡の言を鑑みれば、上手くいけば帰還の途上でそのままエヒトを討ってくれる可能性も否定出来ない。一方的に、有無を言わさず、無理やりに召喚されたのだ。帰った後の事を鑑みれば、エヒトを放置する必要性は薄い。現状はあくまでも封印に過ぎないのだ。そして封印である以上、いつ解けるか分かったものではなく、真の安堵は得られないのが道理。遠方から向かい合わずして封印が出来るのであれば、対面すれば神殺しを成せないこともないだろう。

 アルヴの掲げる『エヒトを討つ』というお題目が真実であれば、必要以上に“神の使徒”と敵対する必要はない。

 密約もまた戦略の一つ。国境線で強硬派が人間族と戦っている間、秘密裏に【氷雪洞窟】へと案内し攻略を手伝う。代価として、こちらもまた人間族の領土内にある七大迷宮攻略に参加させてもらえばいい。迷宮の数では釣り合わないが、戦争状態だからこそ可能となる。尋常な手段で【氷雪洞窟】を攻略しようとすれば、国境線を突破し、長期に亘って敵地をうろつかなければならない。戦闘力だけなら圧倒的だが、正確な位置が分からぬ以上、アーティファクトと空間魔法で誤魔化すにも限度がある。食事と休憩がままならぬ状態で攻略出来るほど七大迷宮は甘くない。

 その点について、こちらは有利にある。変成魔法で人間族に化けて見せ、空を移動することは向こうも承知だ。そして向こうは、こちらの人員をよくは知らない。空ならば国境を超えるも容易であり、その上で魔人族が人間族に化けて行動すれば、向こうが如何に連携したとて防ぎようはない。

 互いが互いの全容を知らぬからこそ、この密約は成立しうる。

 

(懸念点があるとすれば、彼らの用いる術理とアルヴ神の真意か……)

 

 短くも大火山で共闘したからこそ、フリードは天誡らが真に頼みとするのは元来の術理であり魔法ではないことに気付いている。

 それが分かったところで、その原理には皆目見当がつかない。魔法の如くに千差万別の効果を齎し、それでいて魔法とは異なる。どこまで可能なのか分からず、予想、予測がつけられないのだ。

 七大迷宮の攻略に精を出している以上、今のままでは帰還が叶わないのだとは思うが、それも絶対ではない。神を封印してのけた事実が、その可能性を否定しきれなくしている。異なる世界同士を繋ぐのだ。魔法で考えたならば、どれだけの魔力を必要とするのか想像も出来ない。そして天誡らがトータスに配慮して動いているのは見ていれば分かる。ならば、彼らの方法では必要以上にトータスに害が及ぶために帰還を後送りにしている可能性は十分にあるだろう。

 仮にこの推測が正しかったとするならば、現状、天誡らにはそれだけの余裕があることを示している。だからこそ、正面切って戦うのが恐ろしい。将として蛮勇を誇る気にはなれない。

 そしてフリードの構想は、あくまでもトータスを下地にしたもの。魔法然り情勢然りだ。そこにトータス外の要因が入ったなら、元より破綻している可能性は否めない。

 また、ローゲンの変貌も捨て置けない。ローゲンほどの実力者相手にあれほどの変化を齎そうとするならば、可能な相手は限られる。実力で考えるならば魔王の可能性が最も高い。

 フリードの知る魔王とは『アルヴ神の依り代』である。神の言葉を直接に賜るなどそうそう出来ることではないための措置と聞いている。それを言えば神降ろしとてそうに違いないのだが、依り代さえ用意出来たのならば、それを介して都度に神の言葉を聞くことが可能となるのは間違いない。その都合上、依り代の意思は既になく、その肉体は神を降ろすだけの伽藍堂だ。

 だからこそ、魔王とはすなわち“神”である。全力を出すことは叶わずとも、その一端ぐらいならば行使も出来よう。一端とは言え神の力だ。ローゲンの豹変も頷ける。

 天誡の語った内容。【氷雪洞窟】で得た情報。魔王の言葉と豹変したローゲン。諸々を加味すれば、アルヴ神をどこまで信じられるか分かったものではない。

 エヒトと繋がっているからこそ――それを封印した――まだ見ぬ勇者たちを必要以上に恐れ、自分の報告からローゲンを洗脳し、獅子身中の虫になり得る大介らを始末しようとした。……そう考えれば、ある程度の説明はついてしまうのだ。

 

(不可解なのは、その上で亜人族の始末を優先したことだが……)

 

 おそらくは、自分たちの知り得ぬ事柄があるのだ。永い歴史の中、失われた情報は多い。その中に、必要以上に亜人族を貶める“何か”があってもおかしくはないだろう。

 

(それは今考える必要のあることではあるまい)

 

 思考を一旦停止し、フリードは口を開いた。……天誡へ続きを促す意味を込めて。

 

「神は我らを愛してなどおらず、遊戯盤の駒程度にしか思っていない。グリューエンはさておき、他の迷宮でも大方そのような内容のメッセージが残されていたのだろう?」

「それは……どういうことだ、フリード殿?」

「言葉通りだ。七大迷宮は反逆者が創ったもの。そしてその目的は『狂える神を討つ』ことに他ならない。ゆえにこそ反逆者は自身を“解放者”と称し、そのための手段の一助として攻略者に神代魔法を授けているのだ。私の攻略した【氷雪洞窟】にそのような内容のメッセージが残されていたよ。……尤も、私自身はその神はエヒトのみを指し示しているのだと思っていたのだがな」

「なるほどな。オルクスのメッセージによれば、解放者の仲間は多数いたらしいが、それぞれ身近な者たちを洗脳され決戦前に敗北を余儀なくされたらしい。最後に残ったのは中心格の七人――七大迷宮の創設者たちだ。

 ついでに言えば、ライセンは自身の魂をゴーレムに移し替えて今でも残っているぞ。……その執念は脱帽ものだな」

 

 ランズィが問えばフリードは淡々と答え、間を置かずして天誡も続けた。

 互いに立場は異なれど、共通して七大迷宮の攻略者。その言葉の信憑性を疑う必要はない。

 

(なるほど。バチェラムを処分できないのはそのためか……)

 

 洗脳された者に道理は通じず、その戦闘力も並ならない。

 度合いこそ異なるが、元より人間族は全員がエヒトを信仰している。洗脳の方法や原理こそ分からぬものの、それだけで下地はあると言っていいだろう。崇める神が違うだけで、それは魔人族も同じ筈だ。

 仮に自分たち以外の全てが洗脳されてしまったならば、それこそ互いに手段を選んでられなくなるだろう。バチェラムを手放せないのは道理だ。

 

「すまない。今日はこれまでとさせてもらってもいいだろうか? バチェラムを手放せないのは理解したが、流石に神については自分の中で決着をつけるのにも時間が掛かる」

「無理もない。ただ叶うならば、神を崇めるのはやめずとも、神に縋るのだけはやめてほしい」

「バチェラムを手放せぬ点について理解を示してくれただけでもありがたい」

 

 頭を抑えてランズィが言えば、天誡とフリードも一声告げて部屋を出ていく。

 後には苦悩するランズィだけが残されたのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ここは……?」

「気付かれましたかな?」

 

 想定通り、そう間を置かずにして起き上がったレオンへとランズィは声をかけた。

 

「……公爵? ああ、そうか、僕は……。状況を教えて頂けますか?」

 

 起床したてにも拘わらず、自分でも不思議な程レオンの頭は活発に働いた。結果的にはゆっくりとした休養を取ることとなり、精神的にも肉体的にも非常にリラックスしている。

 七大迷宮の攻略に伴い増大した魔力。それを完全回復させるには、やはりそれ相応の時間が必要となる。個々人の回復速度にも左右されるが、ある程度の領域を超えると、普段の睡眠、或いは魔力回復薬などでは完全回復には遠く及ばない。それでも並大抵の実力者を遥かに凌駕するのだが、今回の件でそれが最大値まで回復したのだ。

 

「ええ、構いませんよ。……ところで、お腹は空いてませんかな? まあ、今時点では賄いの残りくらいしか出せませんが……」

「大丈夫です。食べられなくもないですが、現状では特に必要とも思いません」

 

 トータスにおいては『魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる』とされている。それはステータスプレートに表示される項目以外にも現れ、空腹感はその最たるものだろう。空腹は『エネルギーを求める身体からの信号』と『精神的な要求』の二通りに分けられると言っていい。このうち前者にのみ従っていれば、身体が動くに支障はない。後者に従ってしまえば見る間に太ってしまうだろう。そして一廉の冒険者たるレオンは、主に前者を重視する。後者に従うことも無いわけではないが、常にそれでは冒険者などやってられない。

 魔力の完全回復に伴い、その影響を受けている身体は今のところエネルギーの補給を求めていないのだ。……前衛後衛に限らず、魔力の高い者は常人と同じ食事量で比較にならない効果を発揮する。魔力の高い者が何かにつけ『人間離れしている』と評される由縁である。

 

「然様ですか。……では、気を失われてからの事をお話させてもらいます」

 

 話には聞いていたが、実際に目にしたランズィは表情に出さず驚いた。眠ったまま数日が経っているのだ。常人ならば食事を求めるのが普通だろう。

 それをおくびにも出さぬまま、ランズィはレオンが倒れてからの事を簡単に語る。

 異変の原因。フリードの正体。実行犯。市井に対する現在の対応等々。

 

「なるほど……。原因が取り除かれたのは幸いですが、事態は未だ深刻ですね……」

 

 チラリとベッドに眠る面々を見やったレオンは複雑そうに呟いた。

 水の安定供給に対して一番簡単なのは只管に待つことだ。異変当初の測定結果により、地下水脈までは汚染されていないのが明らかとなっている。オアシスの水は地下水脈から汲み上げられ、それが川や井戸へと流れている。今は汚染されていても、時間の経過に伴い何れは上書きされるだろう。――問題なのは、その『何れ』がいつなのか目途がつかないことにある。

 それ以外の解決方法も一応は思い浮かぶ。“生成魔法”と“空間魔法”を使えばいい。要は送信と受信を水に限定した“宝物庫”を用意するのだ。送信側を海にでも沈め、受信側をアンカジに配置すれば、これも安定的な供給は可能になるだろう。――こちらの問題点は『そう都合よく神代魔法を使いこなせるか?』という点にある。少なくとも現状のレオンには不可能だ。

 

「フリードらの安否も気がかりですが……」

 

 フリード、大介、礼一は既にアンカジ公国にはいない。彼らはミュウを送り届けたその足で既に魔国へと戻っている。事態を引き起こしたのが魔人族ならば、解決したのも魔人族である。フリードの正体が大々的に知れ渡ってはいない以上、いつまでも引き留めることは出来ない。むしろフリードの提案を聞かされては、引き止めることこそデメリットが大きくなる。

 一国の将である以上、フリードの部下はローゲンだけではない。そして魔王への伝令を任せたローゲンを鑑みれば、放置することで他の部下も同じ目にあう可能性は否定出来ない。

 他の腹心の部下は、フリードと前後して王国内で秘密裏に動いている。王国に生きる者として簡単に潜入されるのは困った部分だが、事態を知れば逆に幸いだ。倫理を無視した行動を取る者が増えれば、それだけでこの戦争の行く末は泥沼の一途を辿る。直接に止めるのが困難となる分、それが実力者なら尚更だ。

 とはいえ、潜入活動中の部下たちも何れは国許へ帰るのが道理。そしてローゲンの件があった以上、それを見過ごすことは出来ない。

 フリードが母国へと帰ったのは、魔王――引いてはアルヴの真偽を確かめる意味もある。現状で怪しいのは魔王だが、あくまで可能性でしかない。そして違うのならば一人の将として裏切ることは出来ない。

 だが、もし魔王が下手人であれば、国を裏切ってでも止めることをフリードは宣言した。

 フリードほどの人格確かな実力者が、部下共々――個人の意思次第ではあるが――こちらへ寝返るのであれば、それは勇者組としても人間族としても大いに利がある。受け入れ先も勇者領があるので取り敢えずの問題はない。

 魔王が信ずるに値するならば密約が通る可能性は高く、信ずるに値しないならばフリードが寝返るに否はない。どちらの場合も、一度は大介なりが使いとしてこちらに顔を出す手筈となっている。

 しかし、所詮は机上の空論に過ぎない。実力も相俟って少人数ならば動くに支障もないだろうが、人数が増えればその限りではない。フリードに追随する一般民衆が増えれば、それだけで難行となる。

 

「取り敢えず、出来ることからやっていきましょう。いざ動くことになった場合、即応出来ないのでは意味がありません」

「……ですな」

 

 懸念はあれど、今すぐどうこう出来る問題でもない。他の面々に目覚めの兆候がないのを確認した二人は、仕事に取り掛かるべく部屋を後にするのだった。

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