ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 現在、アンカジ公国の公宮はてんてこ舞いにあった。突然に訪れた、別行動を取っている“神の使徒”たち。他にもいたりするが、特に豊穣の女神――畑山愛子の来訪がアンカジ公国に思わぬ福音を齎し、同時に更なる仕事を振り分けた。

 双方の立場が立場。本来であれば事前にやり取りして訪問と受け入れの手筈を整えるのが通例だ。しかし、ウルの一件を機に各地で賊が勃発。アンカジもアンカジで問題が発生し、とてもそんな余裕はなかった。

 そんなわけで、事前連絡なしに訪れた“神の使徒”一行に対してはランズィとしても割と無礼な対応となってしまった。出来る限りのことはしたが、そもそもにして手が廻りきっていないのだ。オアシスの汚染は、原因を取り除いたところで各所に弊害を齎している。

 まあ“神の使徒”といったところで、元の世界では大抵が一般庶民。同行者の中には元皇帝や亡国の王女、伯爵家の三男などがいたりもしたが、現時点での立場は公爵たるランズィには遠く及ばないのもまた事実。その上でアンカジの現状を聞かされれば、対応に悪感情を抱く者は一人もいなかった。

 謁見はつつがなく終わり、それから二日が経った。

 さて、“神の使徒”とは神が齎した救いである。召喚されたばかりの頃はともかく、総員が天職持ちに加え、潜在能力も自分たちとは比べ物にならない。話としては聞いていたし、先に訪れていた出奔組や攻略組を見ていれば、実感として受け止めてもいた。――だが、それでもまだ足りなかったことをランズィたちは否応なく理解させられたのだ。

 愛子は作農師の天職を持つ。各地の農地を改善し、浄化し、豊穣を約束する。それ故に民衆によって付けられた二つ名が“豊穣の女神”だ。……距離があるとはいえ、同じ王国内の出来事。公王たるランズィの下にはきちんとした経由で情報が入ってくる。

 なので愛子から浄化の確認を取られた際、それによって齎されるだろう仕事も嬉しい悲鳴と共に受け入れた。

 農業地帯で使う水も、オアシスの水を引いて使っていた。しかし、汚染された水を使うことなど出来るわけがない。育てた果樹からも罹患者が現れかねないからだ。すぐさまに水の使用を差し止められたが、発覚までには当然汚染水が与えられており、育成中の果樹は全てを廃棄することとなっていた。土壌の調査を進めないことには新しく育てることも出来ず、現実としてそのような時間もない。

 そんな中での愛子の提案は、アンカジにとっては渡りに船だった。オアシス汚染を機とした農地の土壌汚染。豊穣の女神の前では浄化は約束されている。長期に亘って受ける打撃を鑑みれば、引き換えに仕事が増えることなどどうということもない。……そう、そこまでならば、想定の範囲内だったのだ。

 愛子の行動は公王や重鎮の想定を遥かに超えていた。彼女は汚染されたオアシスすらも浄化して見せたのである。天職からは想像も出来ないことだが、それも当然。これは菩薩眼の宿星を持てばこその結果だ。

 農地だけかと思えば、オアシスすらも浄化されたのだ。オアシスの水を引いている川や井戸などもまた同じ。何分広い公国だ。未だ全ての調査が終わってはいないが、オアシス自体の調査は終了し、その浄化は確認されている。……想定以上の結果に公国の運営に携わる者たちは喜び、嬉しい悲鳴と共に各種仕事が増えた瞬間でもあった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 国境戦線――つまりは魔人族との最前線から急使がやって来たのは、その仕事に当たって数日が経った時だった。

 

「老若男女問わず魔人族の援兵が増加! その力は元々相手取っていた者たちを凌駕し、遅滞戦闘に移っていますが敗北も時間の問題! 至急にして増援を願います!」

 

 内容を言い終えると同時に急使は気を失って倒れた。

 気絶した急使に部屋を用意し休めることにしたはいいものの、齎された報告が頭を痛くさせる事実に変わりはない。

 公国だけあって、保有する武力はそこらの貴族を凌駕する。……が、それにしたって限りはある。

 四つある騎士団の内、一つは国境戦線に派遣しており、一つはウルへと派遣した。公国の護りに一つを残すとしても、もう一つ派遣することが出来なくはない。

 しかし、問題なのは報告の内容だ。思い当たるのはローゲン――“神の恩寵”によって強化された者である。この想像が正しければ援兵が強力なのは時間制限付きであり、国境からの距離を思えば既に効果が切れていてもおかしくはない。

 仮に国境を確保しても、それが長続きしないのであれば意味はないのだ。

 何のためにその様な事をしたのか? ……現状では、この答えを導き出すに当たって情報が足りていない。

 国境といったところで、永らく争ってきた間柄。明確に領土を分ける検問などはない。それに結局は地続きの大陸だ。主戦場の他にも北と南の行き来は可能である。……付随する諸々の問題があるだけで。

 その問題こそが【ライセン大峡谷】。西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで、大陸を南北に分断する。放出魔法が使えぬことによる危険性を除外すれば、ここを通る事で北大陸と南大陸の行き来は出来る。

 当然帝国領土にも行き来可能な場所はあるし、【グリューエン大砂漠】より西側も同じだ。

 魔人族の本拠地――魔国ガーランドは南大陸の中央に位置すると言われている。これを北上すれば【ライセン大峡谷】に行き当たる。自然、魔法を得手とする魔人族はその本領を発揮出来ない。

 結果、広い【ライセン大峡谷】の部分部分が戦場に含まれていた。放出魔法が使えないという危険性を利点として、人間族は魔人族の侵攻を防いでいるのだ。

 だが、たとえ放出魔法が使えずとも強化魔法は別だ。元より魔法に対する適性は魔人族が上である。普通に当たれば人間族の敗北は必至で、それを防ぐために数で当たっているのだ。

 そして【ライセン大峡谷】を利用すればこそ“神の恩寵”を以てしても突破は難しい。疲弊するのは間違いなく、その様な状態では、たとえ一時的に国境線を制したところで援軍の前に敗北するのは目に見えている。

 真っ先に思いつくのは囮だが、“神の恩寵”は自爆と同義だ。そもそもの数で劣る魔人族が、現時点でそれを行う理由が分からない。

 だからこそ不気味で。だからこそ頭が痛い。

 だが、そもそもにしてランズィは“統べる者”ではあっても“戦う者”ではない。思い浮かぶのは教本を元にしたものばかり。残る騎士団長とて大差はない。そうそう遠征することもない以上、それは無理からぬことだった。

 こういった場合、異なる視点からの考え方が必要だ。それが如何に突飛なものであれ、自分たちだけで考えるよりは遥かに意見の輪が広がる。ましてや先日に今まで考えもしなかった方法で異変に襲われたばかり。その対応や解決だって、総じて自分たちの想像を超えているのだ。

 ならば、自分たちだけで考える事こそバカらしい。想像通りに魔人族の神が絡んでいるとするなら尚の事。

 

「使徒様方を呼んできてくれ」

 

 痛む頭を抑え、ランズィは兵へと命を下した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 突如とした状況の変化。通信機によって簡易的ながらも知らされたハジメと雫は、本来ならば重鎮と共にエリセンから戻ってくる筈だったが転移魔法によって一足早くアンカジへと帰還することとなった。

 その他の面々だって、常に行動を共にしているわけではない。全員が会議室へと揃う頃には相応の時間が経過していた。

 漸くに全員が揃い、いざ情報の共有をという段になって更なる来訪者が現れた。

 

「いつの間にやら全員が揃っていたのか。都合が良いのか悪いのか……」

 

 新たに会議室へと姿を現したのは大介だった。その場の面々を見るなり出てきた言葉は、間違いなく本音だろう。今までの振る舞いが振る舞いだ。加えて――理由があったとはいえ――裏切ったことに違いはない。

 戦力の増加という点では喜ばしく、向けられる剣呑な視線を考慮すれば、これから告げることを信じてもらえる可能性は低い。

 

「レイス、説明は任せた。俺よりはお前の方が適任だろ」

「ああ。協力を感謝する」

 

 大介の言葉に答えるように、空間が歪んで新たな人物が姿を現した。その肩には魔物が一体。

 

「久しぶりだな、レイス。君が姿を現したということは?」

「素直に頷ければ良いのだが、それは捉えようによるだろう。単刀直入に言えば、私は協力を願いに来た」

 

 レイスは語る。

 諸々の理由からフリードは魔人族の神たるアルヴに反旗を翻すことを決意した。……が、だからといってすぐに出奔出来る筈もない。彼には護るべき者たちが存在する。兵役に就いておらず、戦争を厭う、今という時を平穏に生きる民たちだ。

 彼らに国を出ることを告げ、同行を希望する者の有無を確認したところ、揃いも揃ってフリードへの同行を願い出た。嬉しくはあるが、苦しいのもまた事実。総じて穏健派の兵士は数が少なく、同行する民が増えるほどに護り通すのは厳しくなる。それでも、連れていかないわけにはいかない。

 ローゲンのことで問い詰めたフリードに対し、魔王は――その身を依り代としたアルヴは言った。

 

「駒を気に掛ける必要がどこにある?」

 

 その一言によりフリードはアルヴとの決別を決意したのだが、それ故にこそ民を放置出来ない。民も、兵士も、将すらも駒としか思っていないアルヴだ。護るべき民たちがローゲンの二の舞になる可能性は決して否定出来ないのだ。

 そして単純な話。今のフリードではアルヴに敵わない。その言葉を聞いたフリードは激昂し、魔王へと食って掛かり、アッサリとあしらわれたのだ。

 

「戯言を問う暇があるのなら、一刻も早く七大迷宮全ての攻略を成し遂げるがいい。でなくば、その本懐を果たすこと儘ならぬぞ? エヒトの封印も長くは保たぬゆえな」

 

 フリードの攻撃を歯牙にもかけず、落ち着き払って魔王は続けた。

 その事実がある以上、如何に厳しくとも取り得る手段は出奔しかないのであった。行くアテがないならまだしも、今のフリードにはそのアテがある。それこそが勇者領だ。領のお題目を信じるならば、辿り着きさえすれば取り敢えずの安堵は約束される。

 自分たちだけでは厳しい道中も、増援の見込みがあるならなんとかなる。その見込みこそが攻略組だ。

 フリード自身が協力要請に赴くことが出来れば手っ取り早かったのだが、神ではなくフリードをこそ信じる民を前にそれは出来ない。悩んだ末、勇者と知己を得たレイスに紋章を預け、大介と共に使者として走らせたのだ。

 ただでさえ少ない護衛戦力が更に減ることになるが、ここで嬉しい誤算があった。ともすればフリードをも凌駕する実力者にして暗殺者――遠藤浩介がいつの間にやら紛れ込んでいたからである。

 

「これが遠藤殿より預かった手紙だ」

「アイツめ、いつの間にか姿が見えなくなっていたが、そんなことをしていたのか……。拝見する」

 

 呆れの溜息を吐きつつも、天誡は手紙に目を通す。簡潔な内容だが、筆跡は確かに浩介のものであり、地球にいた頃の自分たちしか知り得ぬことが綴られていた。これで罠だったら手が込み過ぎている。

 

「確かに浩介の書いた物のようだ。……続きを」

「ああ」

 

 レイスは更に語る。

 魔国ガーランドは南大陸の中央に位置しており、最短で出奔するならば北上するのが手っ取り早い。――しかし、現実としてその手段は選べない。ガーランド北部は人間族と魔人族による主戦場と化しているからだ。少数精鋭ならばその中を突っ切ることも可能であろうが、民衆を抱える以上、それは出来ない。

 飛行型の強化種による移動も不可能だ。そこそこの数はいるが、同行する民衆の全てを賄えるほどではない。

 よって、取るべきルートは迂廻路しかない。

 南大陸の東側には一大雪原――【シュネー雪原】が広がっている。年中曇天に覆われており、雪と氷の大地が只管に続く。移動するのも厳しい地形だが、だからこそ見咎められる可能性も低い。

 不思議なことに【シュネー雪原】には境目がある。雪原地帯に一歩でも入れば、それまでがどんなに晴れ渡っていても、突然に曇天となるのだ。そして位置関係上、【シュネー雪原】はガーランドと【ハルツィナ樹海】南部に挟まれる形で存在している。つまり、雪原を北部に向かって踏破する事さえ出来れば【ライセン大峡谷】は目前なのだ。

 大陸の西側から迂回することも出来なくはないが、これもまた厳しい。道らしい道のない山脈を幾つも乗り越えねばならず、中には数多のドラゴンが棲息する竜峰も存在する。

 内容的な違いはあれ、環境が厳しいのはどちらも同じ。ならば魔物の脅威が低い分だけ【シュネー雪原】を踏破する方がマシだった。

 

「もし協力頂けるのならば、至急に合流を願いたいとの事だ。今頃は既に国を出て雪原近辺にて待機しておられる筈だ」

「……なるほど、話は分かった。悪いけど、結論を出す前にこちらからも訊きたいことがあるんだ。構わないかな?」

「答えられるかは分からんが……」

 

 そして光輝は問いかける。……主戦場で起こった戦況の変化について。

 

「何だと!? そうか、その様なことが起こっていたのか……。だが済まない。特に心当たりは――いや、待て!?」

 

 光輝の言葉にレイスは驚きを露わにした。どうやら知らなかった様である。受け止めるように何度か頷いた後、否定の言葉を上げようとして、初めて思い至ったかのように声を荒げた。

 

「直接に関係があるかは分からない。しかし、そう言われてみれば思いつくことがある。……フリード様への同行を希望する民しかいなかったことだ。

 軍部の者であれば穏健派か強硬派か判断することは容易だが、民衆はその限りではない。可能な限り穏健派と親しい者たちに声をかけたが、心情が強硬派な者がいないとは断言出来ない。

 それでも、フリード様の人格とカリスマを考慮すればおかしなことではない。だから、行動を急ぐこともあり特段気にはしていなかったのだが……」

「都合が良すぎる。まるで、あらかじめ分けられていたかの様な不気味さがあるな」

「ついでに言えば、アルヴって神が旦那にかけた言葉もおかしいぜ。俺だって気付くくらいだ。……『まるで離反を促された様だ』って旦那はひどく気にかけていた」

 

 沈黙が会議室を包み込んだ。

 この場にいる者たちの生まれた世界、種族、立場はそれぞれに異なれど、それでも共通している部分がある。……“人”ということだ。

 人同士でさえ、真に理解し合うことは不可能と言われている。ましてその相手が“神”ともなれば――向こうから寄り添ってくれでもしない限り――理解など出来よう筈もない。

 それを踏まえた上で、だからこそ気味が悪かった。

 元より敵と見なしている存在だ。その行動によって自分たちが不利となるならば、憤懣はあれ受け止めることは出来ただろう。

 確かに国境戦線の変化といいローゲンの件といい、不利な状況にも陥っている。ローゲンの時など、シアがいなければ大介と礼一、そして他ならぬローゲンも死んでいただろう。結果、それを代償にフリードがアルヴへ反旗を翻すことも想像がつく。

 まあ“もしも”となった話はともかく、国境戦線の変化だ。確かに不利にはなったが、想像が正しければ一時的なものに過ぎず、最終的には魔人族の方が不利となる確率の方が高い。かてて加えて、フリードへの言葉とその後の状況だ。

 犠牲やら何やらを考慮に入れなければ――個々の感情を抜きにすれば、こちらに都合よく運び過ぎている。確かにレオンは王国王子だし、ランズィは公国の王だが、それ以外の面々は外様と言っていい。遠く離れた地の見も知らぬ相手へと深い憐憫を抱くことなど出来る筈もなかった。『お悔やみ申し上げる』の一言で終わる程度でしかないのである。

 

「なあ、ちょっといいか? あくまで一意見として聞いてほしいんだが、その魔人族の神の目的が本当に『エヒトを討つ』ってことだったらどうだ?」

 

 挙手をしてそう言ったのは昇だった。

 

「南雲や清水なら分かると思うけど、フィクションだったらそういうこともあるだろ? ――まあ今起こってるのはフィクションじゃなく現実だけど、それでも参考にはなる筈だ」

「なるほどな。俺たちが文字通りに『エヒトを討つための駒』だってんなら、まあ考えられることではあるか……」

「革命、なんて気高いものではないかもしれないけど、フリードへの期待の表れだとするならば……」

 

 言うならば、これは“試練”なのだろう。七大迷宮と同じである。乗り越えられるならば良し、途中でくたばるならそこまで。……そういうことだ。

 無論、あくまでもフリードの離反に対する事柄を好意的に捉えた推測でしかない。だが、だとするならば遠回しな助言にも納得がいく。実際、後半部分は言う必要もないのだから。

 

「久しぶりに現れた七大迷宮の攻略者。関心を寄せていたところでエヒトが勇者たちを召喚。そこで思いがけず逆撃を食らい、エヒトはその動きを封じられた。……少なくとも勇者たちに関心を持つことも、その動きを観察することも出来なくなった。

 それを知ったアルヴは、これ幸いとフリードに反旗を翻させることにした。とはいえ、単騎で出来ることなど高が知れている。解決案として、自らへの不審を育てる傍らで勇者たちへの興味を抱かせる。実際に接触しその人柄を確認したならば、裏切ったフリードは間違いなく勇者たちとの合流を図るに違いない。

 勇者たちにはエヒトを封じた実績がある。そこにフリードが合流したならば、エヒトを討てる可能性は間違いなく上昇する。また、あくまでも離反者の行動であるために、エヒトへの言い訳はどうとでもなる。……アルヴの動きに説明をつけるならこんなところか?」

 

 アルヴの思惑がエヒト討伐であると仮定した上で、幸利が推測を語る。

 

「いや、或いは単純に『フリード殿が邪魔である』という可能性も否定出来ませんぞ? 

 直に接した方々ならば分かると思いますが、彼の者は清濁併せ呑む度量と人を惹き付ける魅力を持っておられる。組織としてそういう人物は貴重ですが、個人としては自分に迎合しない者など往々にして邪魔になります。国民、部下を『駒』と断言するような者であるなら尚の事。……が、フリード殿は将という立場ゆえにそう簡単に処罰することも出来ない。

 だからこそ離反させた可能性もまた否定は出来ますまい。事実さえあれば、理由など如何様にもなりますからな」

 

 ランズィが異なる意見を上げた。

 自分たちにとっては好ましく映るフリードの人柄も、万人にそう捉えられるものではない。

 邪魔者を遠ざけたがるのは普通の事だ。そして、そのために最も都合が良いのが離反だった。穏健派と知られるフリードならば、裏切ったところでおかしくもない。事実さえあれば、立場や権力次第で真実などどうとでも誤魔化せる。

 

「一意見で良いってんなら、こういうのもあるぜ? アルヴは『自分と戦えるヤツを求めている』って案だ。

 識者は識者と論を交わす。戦士は戦士と武器を交える。上を目指すなら必須と言っていい事柄だが、上に昇るほどに相手に困るのもまた事実。俺たちはまだマシな方だが、それでも対等以上に戦えるヤツは少ない。神だってんなら尚の事だろう。

 そんな中で現れたのがフリードだ。今の実力はまだまだでも、【氷雪洞窟】を攻略したことから素質は十分。ならば、後は磨き上げ実力の向上を促せばいい。……そう考えてたとこに“神の使徒”が召喚され、直後にエヒトへとカウンターを食らわせた。

 フリードが合流し、共に挑んでくるようならより愉しいことになる。何なら多少のヒントを与えても構うまい。……こんな可能性だって捨てきれないだろ?」

 

 更には京弥が口を開く。……それは強者との闘いを好む京弥らしい意見である。

 次から次へと意見が出る中で、それを遮ったのは光輝だった。

 

「取り敢えずはここら辺にしておこう。そもそもにして俺たちには情報が少ない。だからこそ色々と可能性を上げることも出来るが、だからこそ目安を付けることも出来ない。これではいつまで経っても堂々巡りだ。

 前線の援護とレイスの仲間の援護、どちらもやるのは決まっている以上、――決まってるよな? ――今すべきなのはパーティーの組み分けだろう。……国境組、穏健派組、後は諸々の備えとして留守番組の三つが妥当だと思うんだが、皆はどうだ?」

 

 光輝の言葉は間違ってはいない。それぞれの立場、付き合い、これからの展望、諸々を鑑みたら救援に赴くのは確定事項だ。少なからず移動に時間が取られる以上、グループの編成を決めるのは早ければ早いほど良い。

 皆が皆、光輝の言葉に揃って頷く。……グループ編成については割と早く纏まった。 

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「協力、感謝するぞ、勇者よ」

「気にしないでくれ。立場上、俺は国境戦線の方に向かわないといけないが、そっちに行くのだって十分な実力者だ。……また、後日に会おう」

「ああ、また後日に」

 

 アンカジ公国の外。少しばかり離れた場所で光輝と、魔鳥に乗ったレイスが言葉と握手を交わす。

 その傍らには四体の魔鳥。移動手段としてフリードが寄越したものだ。体形にもよるだろうが、一体に二、三人は乗れる見込みである。

 

「九角も、皆を頼む」

「ああ、任せておけ。そちらも無理はするなよ?」

 

 レイスとのやりとりの後、同じく魔鳥に乗る天誡へと光輝が声をかけた。

 天誡、良樹、雫、鈴、優花、綾子、アレーティア、シア、ティオ。厳選した結果、この九名がフリードたちへの救援に向かう組だ。大人数からなる戦えぬ者たちへの護衛としては心許ないが、そもそもにして足たる魔鳥の数が限られているので仕方がない。

 特に訓練を積んでもいない民衆を抱えての長距離移動だ。しかも『過酷な環境』のオマケ付きである。戦闘力だけがあっても意味はないのだ。常以上に色々と気を配る必要がある。

 一つは寝床。雪原である以上、寝床として最も簡単に思い至るのは『かまくら』だ。降雪地域の行事であるが、そこそこは知っている。材料にも困らないので、形に囚われず寝床として整えるだけなら容易だろう。

 一つは食事。“宝物庫”を使えば材料に困ることはないが、材料だけがあっても意味はない。そして上手い食事でもなければ、目的地に着くまで気力が保たないだろうことは容易に想像がつく。

 一つは防備。突然と言えば突然の出立だ。万全な支度など出来ている筈もなく、だからこそ防寒やら何やらをフォローする必要があるだろう。

 主目的である護衛とこれらを同時に熟そうと思えば、まあ納得のいく面子であった。

 

「確約は出来ないが、微力は尽くすさ」

 

 光輝の返答を皮切りに、魔鳥は大空へと羽ばたいていく。……その姿が視線の彼方に消えるまで、そう長い時間はかからなかった。

 間もなく、入れ替わるかのように錬成馬車が姿を現した。

 己の近くに停まったそれに、光輝は颯爽と乗り込む。今から国境戦線に向かうのだ。

 光輝、京弥、龍太郎、重吾、健太郎、昇、明人、淳史、レオン、ガハルド、真央、妙子、奈々、ネイビー。……以上が国境組だ。

 戦場に【ライセン大峡谷】が含まれており、相手として予想されるのが“神の恩寵”の効果を受けたと思われる者たち。それを踏まえた上で、魔法よりは武器戦闘に重きを置く面々が選ばれている。

 特に光輝とレオン、ガハルドを外すことは考えられなかった。勇者と王国王子、そして元とはいえ帝国皇帝だ。戦場における士気高揚として、これ以上を望める者はそういないだろう。

 

「まさか、戦場に赴くことになるとは……。いや、まあ、同意したのは自分だけど……」

 

 同じような理由で選ばれ、それ故にこそ深い溜息を吐くのはネイビーだ。没落したとはいえ、軍師と名高い“蠍”の家系。そうと知って遊ばせておくのは勿体ないというものだ。

 特に“神の使徒”は元々平和な世界の学生に過ぎない。何やかんやとあって個人戦闘力は高いが、戦争には慣れていないのだ。そもそもにして総数も少ない。そういった理由もあって、実力の高さからも、連携能力からも、元から一般的な兵に混ぜて動かすことは不可能に近い。そんなことをしてしまえば、逆に動きを阻害しあって戦力の低下を招きかねない。

 ならばこその動きを求められたところで、『じゃあどんな風に動けば良いんだ?』となるのが正直なところだ。戦争を題材にした娯楽作品や授業などから何となくの想像はつくが、実際にやれるかはまた別の問題となる。

 そのためのネイビーだ。実際に“神の使徒”を目にしており、そのぶっ飛び具合もある程度把握している。現在戦線にいる兵に関しては公国の兵を基準とすればいい。その出自ゆえに親からも相応の教育を受けている。……ぶっつけ本番の面が強いのは同じだが、こと“指揮”に関しての下地は十分だ。少数精鋭なればこそ動かし方も限られており、だからこそ修正も割と容易と思われた。

 

「行っちゃいましたね……」

 

 錬成馬車を見送って、愛子が呟いた。 

 龍真、ハジメ、幸利、信治、亮、ウィル、アステル、カリオン、香織、恵里、愛子は留守番組だ。

 もしもの備え、これからへの準備、それを加味した上での人選である。

 実際に今まで行動してきた結果、錬成馬車では物足りなさが目立つ。――正確には『真価を発揮しきれない』と言うべきか。

 交通網が未発達なことも相俟って、馬車も人も、等しく同じ道を通るのがトータスだ。そんな状況下では速度を出すにも限度がある。それでもそこらの馬車よりは十分に速いし、快適具合では比較にならないほど高いが、フラストレーションが堪ることに間違いはない。

 また【メルジーネ海底遺跡】攻略に向けての潜水艇も必要だ。ちまちまと暇を見つけて創ってはいるが、未だ完成には至っていない。

 回復薬の改良も必要だ。自然回復は個人差が激しく、だからこそ回復薬が出回っている。しかし、その基準はトータスの現状に即したものに過ぎない。数値としてはレベル1での平均が10。召喚当初のメルドはレベル62で平均300前後だった。レベルの限界が100とされる中、60レベルを超えた一国の騎士団長でもその程度の数値なのだ。

 隔絶したステータスを誇る面々にとっては、市販の回復薬など物の役にも立たないのが現実であり、数を使って漸くである。

 そしてタイミングが悪かったこともあるが、攻略組の半数近くが魔力の酷使により気絶したのは記憶に新しい。いつまた同じことが起こるかも分からない以上、“神の使徒”上位勢のステータスを基準とした回復薬の用意は必要不可欠である。

 そういった理由から、物作りに適したハジメと幸利、薬草畑を用意するべく作農師たる愛子が真っ先に選ばれた。他の面々は護衛と補佐の役割が大きい。……カリオンについてはフリードたちへの救援に廻す声もあったが、結果的には留守番となった。勇者領への信用、希望を上げるのには、亜人族であるシア、吸血鬼族であるアレーティア、竜人族であるティオの同行で十分と判断されたためでもある。教会騎士たるカリオンがいればダメ押しにはなったろうが、そもそもにして魔人族の敵勢力、その首魁が神であるエヒトであり、その代弁者を自負する教会勢力だ。如何に戦争を憂いていても、いざ教会の一員たるカリオンを目にすれば勇者領以前に反感が増しかねない。同じ神に属する――と思われている者でも――“神の使徒”はぽっと出であり、永き権勢を誇る教会との違いがそこにはあった。

 

「さあ、時間は有限です。やれることからやるとしましょう」

 

 合流と散開を繰り返し、トータスでの日々は過ぎていくのだった。




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