ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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7章:国境戦線
1話


 現在は人間族の勢力下となる北大陸。

 そして魔人族の勢力下にある南大陸。

 その境目たる中央部には、両軍にとって幸か不幸か巨大な溝が存在する。……言わずと知れた【ライセン大峡谷】だ。

 今は亡く、かつては栄えたとされる種族――竜人族や吸血鬼族など――が健在であった頃には大陸間での行き来があったのだろう。この戦場だけでも三か所、北大陸と南大陸を繋ぐように巨大で頑丈な橋が架かっている。

 とはいえ、便宜上『橋』と称しているだけに過ぎない。幅は馬車が六台は並べるほど余裕があり、それとは別に歩行者用の通路も用意されている。地面は頑丈で、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。全般的に見て、現在の技術では製造不可能な代物だ。

 戦時たる今は両軍がこの橋を戦場とし、或いは魔物に襲われる危険を承知で峡谷に梯子をかけ、底を渡り終えてから再度梯子をかけて登り運任せの襲撃をかけるのが一般的となっている。

 橋の上だろうと【ライセン大峡谷】であることに違いはなく、放出魔法はその威力を減衰される。人間族であれば何人かで協力して漸く一発。魔人族ならば単独で放つことも出来ようが、やはり一発か二発が精々だ。そのため、減衰されることのない身体強化魔法をかけた戦士たちが互いに主力となる。

 そして如何に巨大で頑丈、今の技術では製造不可能とは言え『橋』であることに違いはなく、展開可能な数には自ずと限りがある。だからこそ、両軍ともに攻めきれない膠着状態が発生しているのだ。

 確かに【ライセン大峡谷】を抜け出た瞬間、両軍ともにその本領を発揮することが可能となるのは間違いない。しかし、天秤は魔人族へと傾くだろう事は容易に想像がつく。数で劣るとはいえ、個人で放てる魔法のランクは魔人族が圧倒的に上だ。余程の差がない限り、高ランク魔法の連打によって数の差は簡単に覆る。――だが、それも場合によりけりだ。前述の通り、数では人間族が圧倒的に上である。魔人族が人間族の領土へと抜けたならば、数に物を言わせた低ランク魔法が雨あられと降り注ぐだろう。

 そして、両軍ともにそれを承知している。そのため、迂闊に【ライセン大峡谷】から抜け出すことも出来ない。魔人族が魔物の強化種を投入してもなお攻めきれないのは――フリードが出し渋ったこともあるが――【ライセン大峡谷】が本領発揮を食い留めているからでもある。

 危険極まりない【ライセン大峡谷】ではあるが、両軍にとって天然の要害として機能していることは間違いのない事実でもあった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 その前提条件を踏まえた上で、である。

 光輝たちが辿り着いた時、国境戦線は酷い有様だった。兵士、騎士、傭兵、冒険者……戦士の数だけならばまだまだいる。しかし、人間族は見るからに圧されていた。

 

「統率が執れていない? いえ、違う。統率は執れているけど、先を見越した動きが出来ていない。その場しのぎの動きでしかない。――一部は例外がいるようだけど……」

 

 ハジメ作の双眼鏡を用い遠目に国境戦線の状況を視界に入れたネイビーは、その状況に疑問を覚え、間もなくにして理解を果たした。

 戦場の勝敗を付ける際、必要となるのが目標だ。確かに敵兵を全滅させれば間違いなく勝利である。しかし現実的には不可能に近く、果たせたとしても割に合わないパターンが多い。だからこそ、それ以外に勝敗を確定づける、敵味方を問わず戦場の皆が納得出来るような目標が必要となる。

 戦線における敵総大将の打倒、重要拠点の奪取や占拠、補給路の確保と占有……そういったモノだ。

 そうは言っても生き物同士の戦だ。状況は刻一刻と動き、ずっと同じことなど有り得ない。だからこそ、その場その場に合わせた明確な目標を提示し、そのためにどう動くかを指示する者、それを実行に移すべく動く者、その過程で生まれた副次目標を提示する者……と、色々必要となってくる。

 明確な目標へと向かって協力して動くからこそ、数は力となるのだ。一人一人がバラバラに動いては、如何に数がいようとも力たり得ない。

 とは言え、勝敗は兵家の常。一戦一勝は在り得ても、その数が増える毎に勝ち続けることは難しくなる。――敗北もまた然り。

 だからこそ、勝利するにしても敗北するにしても、次に繋げられる様な『上手い』やり方が必要となってくる。その点に置き、現在の連合軍はネイビーの断じた通り『その場しのぎ』の動きしか出来てはいなかった。次に繋げるための『上手さ』が見受けられない。所々には『上手さ』が見える部分もあるが、連携らしい連携は取れていない。

 色々と情報を仕入れてはいるが、ネイビーが大規模な戦場に来たのは今回が初である。

 これが普通なのか? と実際に戦場を知るだろうガハルドへと視線で問いかけた。

 

「あ~、こりゃあ軍師や参謀が上手く機能してやがらねえのかもしれねえな……。兵を動かすことが出来るヤツがいても、道筋が分からなきゃ上手く動く筈もねえ。各所に点在してる例外らしいのは、そっち方面の適性を持ってるヤツがいるってことじゃねえか?

 軍師にも直接戦闘を得手とする者がいないわけじゃないが、どっちかってえと頭を働かせる方が分野だからな。少なくとも帝国では直接の戦闘能力は低いヤツが多かった」

「なるほど」

 

 ガハルドの答えにネイビーは頷いた。

 そもそもにして自分たちがここに来ることになった原因。魔人族の増援――“神の恩寵”の効果を受けたと思しき者たち。

 如何に強化されたところで、元は戦闘訓練も受けていない平民たちだ。魔人族に共通して『魔法が得意』と言ったところで、この戦場で放出魔法を乱発出来る筈もない。桁外れの身体強化がなされたところで、普段から訓練している戦士たちがいつまでも良いようにやられる筈もない。――が、戦場の要でありながらも戦闘能力の低い軍師であれば話は別となる。強化された身体能力でゴリ押しして軍師を仕留めることは決して不可能ではないだろう。

 連合軍の総数は万を超える。それだけの数を効率よく動かそうとすれば、必然的に軍師の数も増える。その何れもが本営にいる筈もなく、ある程度で固まりつつも散らばるのは自明の理。一人二人を仕留めたところで大した影響はあるまいが、半分も仕留めたならば軍も上手くは機能すまい。そうなれば、更に攻め寄せて本営の軍師を仕留めることも容易となる。

 その結果が現状というわけだ。未だ“神の恩寵”の効果を受けた者が残っているかも分からないが、いなくとも連合軍の敗北は時間の問題だろう。既に魔人族の大半は【ライセン大峡谷】を渡り終えている。軍が『軍』として上手く機能していない以上は仕方がない。

 それでも、小隊長や騎士隊長など、指揮範囲内にいる者の統率が可能な者が残っているのは救いだ。その中に、この状況下でも可能な目標を見据え、そのために動ける者が残っていることも。

 纏まる事さえ出来たならば、今からでも盛り返すことは不可能ではない。……が、その『纏まる事』が容易ではない。

 

「さて、予想以上にひどい状況だけどどうしようか? 僕と光輝、ガハルド殿の激励で盛り返せる程度のものじゃないよ、これは……」

 

 確かにレオンらが赴き激励することで士気の向上は見込める。しかし、状況が悪すぎる。彼らが姿を見せる以上の、何か劇的なモノを見せつけない限り、この劣勢を覆すほどの士気向上は叶わないだろう。

 

「ふむ……」

 

 ネイビーは戦場を再度確認し、次いで持ち得る手札――この場の面子を見渡す。

 勇者――天之河光輝。

 剣聖――神夷京弥。

 拳士――坂上龍太郎。

 重格闘家――永岡重吾。

 土術師――野村健太郎。

 騎乗師――相川昇。

 弓術士――仁村明人。

 曲刀士――玉井淳史。

 付与術士――吉野真央。

 操鞭師――菅原妙子。

 杖術士――宮崎奈々。

 騎士王にして王国王子――レオンハルト・ハイリヒ。

 剣士にしてヘルシャー帝国先帝――ガハルド・デュランダル。

 そして自分、予測士にして“蠍”の系譜――ネイビー。

 勇者を筆頭に半数以上が“神の使徒”。それ以外もネームバリューは申し分なし。――ただ、自分を含めて直接に人を殺めたことの無い者がいることが不安要素か。特に自分は直接の戦場を経験したことがない。

 そこらの賊相手とはわけが違う。そも、賊は明確に犯罪者だ。自分の予測が元で殺めることになったとしても忌避感はそれほどない。ましてや、普段であれば幼馴染にして親友のサルファーとピーチがいるのだ。二人の安全を秤にかければ、賊の生死など気に掛ける余地もない。

 だが、此度の相手は犯罪者ではない。置かれた環境と立場の違いから対立しているに過ぎないのだ。自国の法で裁けるのは自国に属する者のみであり、他国の者までは裁けない。

 

(そういった相手を殺すことに――それがたとえ間接的なものであっても――果たして私は耐えられる……?)

 

 役割上、ネイビーはその予測を元に“神の使徒”を動かさなければならない。それは“神の使徒”に手を穢すことを強いる行為であり、自分もまた間接的に人を殺めることとなる。

 傷つける痛み。傷つけられる痛み。果たしてそれらを知らずして、自分は罪人でなき者を相手にその手腕を発揮出来るのか? ――発揮出来ていいものなのか?

 天職柄情報の収集が趣味と化しているネイビーだが、やはり集めるだけではなく手腕を披露したい欲はある。国境線への同行を求められた際、その欲が無かったと言えば嘘になる。だが、直接に戦場をその眼で確認して、『欲』だけで動くのは違うと感じた。――感じてしまったのだ。

 だからこそ、『欲』以外の、何か自分でも納得出来る理由が必要となる。けれど、経験したことがないから答えが出せず。かと言っていつまでも猶予はない。世間一般的に見て、それが正しいものであれ間違ったものであれ、とにかく何かしらの答えを見出さなければならない。……そうしなければ、自分は動けない。動くわけにはいかない。

 

「はあ、仕方ないか……」

 

 焦る自分とは裏腹に、冷静な自分は行動に移していた。そも、『答え』などというものはそう簡単に見つかるものではないし、見つかっていいものではない。自分を動かすに足る、納得のいくようなものであるなら尚更だ。

 だからこそ、この場で必要なのは『答え』ではない。自分が動くことを自分で納得出来る『誤魔化し』だ。

 傷つける痛みを知らず、傷つけられる痛みを知らない。そんな者が『欲』だけで手腕を発揮して良いのかが分からない。――ならば『傷つけ、傷つけられる痛み』を知れば良いだけだ。

 賊の蔓延る世の中だ。そんな中を女が旅しようと思えば、決して手放せない物がある。自決用の――まあその通りに使われるかは実際にその時になってみなければ分からないが――短剣だ。

 溜め息と共に懐から短剣を取り出したネイビーは――収集した知識から死なない箇所を見出して――その刃を突き刺した。

 突然の自傷行為に周囲から困惑の声が上がるが、当の本人は至極冷静だった。これで『傷つけ、傷つけられる痛み』を知ったのだ。手腕を発揮するに躊躇はない。

 

「痛い、なんてものじゃないですね、これ……」

 

 まあ躊躇が無くなった途端、理性に感情が追い付き、痛みに苦しむこととなったのは自業自得である。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 橋の途上には、より長く自軍の陣地として活用出来るよう脇の方に幾つかの中継点が作られていた。簡単な防柵と簡素な木造小屋からなる代物だが、交代で見張りに就けば、戦地の只中でありながらも寝泊り出来るのはありがたい。

 現在、その中継点に六人が立て籠もっていた。年頃は十代半ばから二十歳越えといったところか。内の三人は現在寝息を立てており、起きている一人がカーテンのかかった窓の隙間から慎重に外の様子を窺っている。

 

「どうだ、様子は?」

「依然変わりなしだ。……いよいよとなったら、投降せざるを得ないかもしれないな」

「投降したところで、捕虜として認めてくれるかは分からないけどね」

「確かにな……。しかし、アレは一体何だったんだ?」

 

 戦況の変化は突然だった。増援が現れるのは敵味方共に珍しくもないことだが、今回に限っては例外と言えるだろう。魔人族の増援に現れたのは――数は多かったが――見るからに戦闘経験も受けていないような老若男女である。それがこれほどの変化を齎すとは想定の埒外だ。

 戦況次第では、訓練を受けていない者を徴兵するのもあり得なくはない。魔人族はそこまで追い詰められたのか、と連合軍の前衛に歓喜が襲い、それにより僅かな気の緩みが発生したのは止むを得ないことではあったのだろう。

 だが、その僅かな気の緩みが劣勢の契機となった。魔人族の増援が目に見えるほどのオーラを纏って一斉に攻めかかって来たのだ。

 実際に迎え撃った結論としては『見立ては間違っていなかった』と言わざるを得ないだろう。――その膂力、速度が桁違いなだけで。

 浮かれ気分のまま咄嗟に放った剣では止めること能わず、防御もまた然り。前衛は良いように掻き回され、それによって軍師や小隊長などが討ち取られる事態となった。指揮の要、策の要が機能しなくなれば、軍など数だけの有象無象でしかない。前衛が崩れるほどの混乱だ。後ろに波及するのは至極当然である。

 しかし、混乱とは長続きするものではない。時間の経過と共に統率は再び執れるようになる。

 また今回のコレは奇策の類だ。見知った者を相手に二度も三度も通じるものではない。……である以上、魔人族とて混乱の隙に、より攻めかかる筈である。そもそもにして数で劣る魔人族だ。攻め気になればわざわざ中継点の中までは確認すまい。局地的、かつ限定的ではあるが数の利が逆転している現状、後廻しにしたところでどうとでもなるのも大きい。

 以上の理由から、万にも届き、かつ混乱した軍の中にいるよりはむしろ生き残れる確率が高いと踏んで、彼らは前進し中継点へと身を潜めたのだ。半ば運任せではあったが、場合によっては統率を取り戻した連合軍と挟撃を取ることも可能となる。

 現状は50:50といったところか。思惑通り、魔人族が中継点を気にすることはない。しかし、連合軍の立て直しが想像以上に遅すぎる。中継点に籠ってからそこそこの日数が経っていることもあり、備蓄されていた保存食もいつまで保つか分かったものではない。このまま状況が変わらぬようなら、言葉通りに投降か、或いは玉砕覚悟で打って出るしかないだろう。自身の実力には確かな自負を持つ彼らだが、数に物を言わせて間断なく攻め続けられれば、何れ敗北することは否定しようがない。

 

「さて、ね。あんなのは見たことも聞いたこともない。それでも、自爆戦法に等しいということは分かるよ」

「使い捨て、か。……まあ、立場としては俺たちも似た様なものだがな」

 

 彼らは傭兵だ。個人の傭兵ではなく、団に所属している。傭兵団の名を“英雄の系譜”。小規模ながらも古参の傭兵団であり、名と実力も――広く、とは言わずとも――知れ渡っている。そして彼らは、その中核メンバーでもあった。少なくとも、傭兵の本分である戦闘分野では一廉の実力者揃いだ。

 トータスの歴史は旧い。古今東西、多くの国が興っては時代の流れと共に亡びていった。ハイリヒ王国のような神代にまで遡れるような歴史を持つ国など例外中の例外と言っていい。

 ともあれ、国の隆盛と亡びには切っても切り離せないモノがある。規模の大小はあれど争いであり、引いては立役者となる英雄だ。

 英雄本人は亡くなっても、その血を、想いを、武技を継承する者までが必ずしも絶えるとは限らない。傭兵団“英雄の系譜”に属する者たちは、皆が皆、何かしらの形で“英雄”に連なっているのだ。

 例えば、この場にいる六人。彼らは皆それぞれが異なる神の血を引いている。真偽は定かでなくとも、彼らでなくば扱えぬ武具や武技があり、常人とは比較にならぬステータス成長率の高さを誇るのは確かだ。

 この場では最年長となる金髪の青年。名をアレス。漆黒の鎧を纏い、その武器は彼でなくば扱えぬ魔剣だ。その戦いぶりから“黒騎士”の異名を取る。

 現“英雄の系譜”のリーダーとなるセリス。青髪青眼の少年であり、アレスと同じく彼でなくば扱えぬ聖剣を武器とする。

 そして準リーダーとなる茶髪の少年。リーフという名の彼は、前の二人と違って聖剣や魔剣を持たない。――正確に言えば、保有してはいるのだが彼では扱いきれないのだ。

 伝説やら何やらを紐解けば、聖剣、魔剣、神剣、聖鎗に聖弓といった超級のアーティファクトは――実在するものからそうでないものまで――多く存在する。だが大概において、それらの武器には共通項が存在する。『選ばれた者しか真価を発揮出来ない』というものだ。

 その選ばれた者(・・・・・)の範囲はまちまちだが、“英雄の系譜”を謳う以上、彼らはそういった特性を持つ武具を現在まで継承し続けており、中には真価を発揮出来る者もいる。だからこそ、大それた名を名乗る事を周囲が認めているのだ。

 そしてリーフは鎗を継承こそしているものの、セリスの聖剣やアレスの魔剣では起こる『ステータス補正』効果を発揮出来ない。二人ほど色濃く血を継承してはいないのだ。その点において、彼は格落ちと評価されても間違いではない。

 だが、それでもリーフが準リーダーを任せられているからには相応の理由が存在する。それこそが他の面々にはない万能性だ。その天職:トリックスターが指し示す通り、彼の手札は数多い。剣、槍、斧、弓、各種魔法……と、各分野に高い適性を保有するのだ。当然習熟こそ必要になるが、天職の効果で最初からある程度使えるのは大きい。

 他の面々は特化型ゆえに『戦場に応じて武器を変えられない』という不自由がある。“英雄の系譜”には魔法を得手とする者も当然いるが、【ライセン大峡谷】の特性から後方待機を余儀なくされた者もいる。少数ながらいる他種武器に適性を持つ者も、リーフほど幅広くはない。

 如何な実力者であっても、環境によって本領を発揮出来ないのはままあることだ。それは傭兵も冒険者も騎士も変わらない。だからこそ、彼らは可能な限りの兵種を揃えるのだ。

 それを鑑みればリーフの貴重さが分かるだろう。基本的に各戦場を転戦する傭兵団にとって、『戦場を選ばない』というのは非常に大きい。たった一人でもそういう存在がいることで、他の者も戦場へ臨む心構えが違ってくる。

 そういった点が戦果へ響き、引いては雇用主からの評価にも関わってくる。それは傭兵団に対する信用度の高さにも繋がる。

 傭兵の信用とは危険度の高さと同義である。雇用主からの信用が高ければ高いほど、『結果を出せる』という一点で、より危険地帯へと割り当てられる。事に“英雄の系譜”は小規模の割に古参の傭兵団だ。団長の代替わりと共に有名無実と化し解散する傭兵団も多い中、異例ともいえるほどに信用を保持し続けている。……有り体に言えば『捨て駒とは扱いが違う』のだ。

 すなわち“英雄の系譜”とは少数精鋭の体現者である。その中核メンバーともなれば、戦場における嗅覚は並大抵を遥かに凌駕する。

 

「準備をして下さい」

「たぶん、そろそろ風向きが変わりますよ」

「……強いオーラを感じる」

 

 嗅覚という点において、この三人を超える者は団におるまい。静かに寝息を立てていた三人は、飛び起きるなりそう言った。

 少年が一人に少女が二人。共通するのは黒髪黒瞳。少年の名をスカサハ、少女がラクチェ、マリータという。

 突然の言葉に対し、起きていた三人は文句を言うでなく従った。傭兵団内における立場ではセリスらの方が上ではあるが、純粋な腕前ではスカサハらの方が上であるのは否定しようがない。

 スカサハ、ラクチェ、マリータは皆が同じ神を起源とする。特にスカサハとラクチェは双子の兄妹であり、両親の血の結び付きの結果、直系に負けず劣らずの血の濃さを有する。直系でないにも拘わらず、超級アーティファクトの真価を発揮出来るほどだ。そしてマリータもそんな二人に引けを取らない。

 とは言え、彼らの真価はそんなものではない。真に恐ろしいのは、その血と共に現代まで伝える武技の方にある。一瞬五撃を繰り出す“流星剣”、防御無視の一撃である“月光剣”、相手の体力を奪い己のものとする“太陽剣”。どれか一つだけならば防ぎようがあるかもしれないそれらを織り交ぜて使ってくるのだ。相手にとってこれほどの恐怖はあるまい。

 そんな、己が武を頼みとする三人が揃ってそう言うのであれば、セリスらは信じるだけだ。感覚的な部分においてセリスらがスカサハらに遠く及ばないのは、これまでの期間が証明している。

 

「いよいよか。……今回もまた生き残ろう」

「報酬も弾んで貰わないとな」

「奇策を繰り出してきた以上、乗り切りさえすればおそらく魔人族の動きは停滞する筈だ。河岸を変えるには頃合いかもな」

 

 少しばかりこの戦場に長居をし過ぎた。いい加減に他の面々とも会いたくなってくる。

 また噂に聞く“勇者”や“神の使徒”の存在もある。真偽は確かでないが、ともすれば“英雄の系譜”が結成されたその本懐を果たす時が来たのかもしれない。

 まあ、どちらにせよ生き残らなければ何も始まらないのだ。

 六人はその手を重ね、何ら気負うことなく生還を誓い合った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さて、上手くいくかどうか……」

 

 戦場から僅かに離れたその場所で、健太郎は独り言ちた。その傍らには昇と淳史、絶影の姿もある。

 視線の彼方には戦う者たちの姿が見え隠れする。つまりは相応に距離があるということで、ここならばそう易々とバレることもないだろう。ネイビーの言を信じ、健太郎はその“力”を以て峡谷そのものへと干渉する。

 するとどうだろう。僅かな反発こそ感じるものの、峡谷はその形状をゆっくりと変えていく。結果、やがて『崖』の中に細身の『坂』が出来上がった。

 

「上手くいったみたいだな?」

「その様だ。……急ごう」

 

 そそくさと坂を下る。底に着いたら対岸へと渡って、再度坂を創らねばならない。

 

「しっかしまあ、突然に自分をブッ刺した時は何事かと思ったけどよ。その後はすげえ雰囲気出てたよな?」

「確かに。これだって、言われれば納得だけど思いつかねえわ」

 

 手持無沙汰に会話を続ける。対岸の坂を登り終えるまで、昇と淳史の出番はない。

 ネイビーは言った。

 

「【ライセン大峡谷】の現象は天然自然のものではなく、人為的なものである可能性が高い」

 

 ――と。

 そもそもにして強化魔法がOKで放出魔法がダメな理由が分からない。どちらも魔力を元にしている点では同じ。肉体内で練り上げたところで、大気成分に阻害される要因があるのなら、やはり上手くいく筈がないのだ。何故なら人とは呼吸をする生き物であり、必然的に大気成分を取り込んでいる筈なのだから。

 だが、現実として強化魔法は使用でき、放出魔法は阻害される。――ならば考え方を変えればいい。『阻害されているのは属性魔法である』……と。

 無属性魔法はどうしても己が魔力に左右され、付加要素もない。必然的に放出系の魔法は軒並み属性魔法が使用される。しかし、強化魔法は基本的に無属性魔法で統一されているのだ。そこに適性云々は関係がない。

 だいたい、話が正しければ【ライセン大峡谷】には七大迷宮の一つがあり、そうでなくても【オルクス大迷宮】の最下層と繋がる転移魔法陣が設置されているとのことではないか。全ての魔法が阻害されるのであれば、そんな代物を用意出来るはずもなく、転移魔法陣とて機能する筈もない。

 そのことからも、【ライセン大峡谷】の魔力阻害は人為的な代物である可能性が高いと言える。それも、あくまでも劣化した現代魔法、かつその中の属性魔法を阻害する代物でしかないのだ。そして【ライセン大峡谷】全体に作用しているからには、その様に範囲指定している可能性が濃厚だ。おそらくは“空間魔法”との複合によるものだろう。……が、人為的な代物であるからにはどこかしらにアラがあって道理。本命が七大迷宮であるのなら、【ライセン大峡谷】は前段階だ。よほどの几帳面でもなければ、隅々まで精査することなど有り得まい。

 その方法として一番容易であると思われるのが、『壁沿いにグルリと覆い、その上で高さを指定する』というものだ。……魔法は本分ではないので、あくまで想像上でしかないが。

 現実にこの方法が取られているとしたら、峡谷の壁そのものには魔法による干渉が容易であると思われる。傾斜である以上、紙一重であっても指定範囲外に違いはない筈だからだ。必然、下に降りてからの作業は大変だと思われるが、桁外れのステータスを以てすれば十分に可能であろう。

 

「っし、出来た。そら、登れ」

 

 健太郎の言葉に気を取り戻せば、今度は細身の上り坂が出来上がっていた。

 

「サンキュー」

「上手くやれるように祈っててくれ」

 

 これで一先ず健太郎はお役御免だ。あとは戻ってネイビーの護衛に徹する事となる。

 昇と淳史はこれからが本番だ。この坂を登り終えれば、既に魔人族の領土である。絶影を駆って奇襲を仕掛けるのだ。

 奇策を用いた結果、魔人族は攻めの姿勢となっている。多くが北大陸へと進出を果たし、連合軍と乱戦の最中だ。連合軍は劣勢を強いられているが、魔人族にも隙はある。攻めかかった代償に後方の護りが薄くなっているのだ。

 そこに攻めかかればどうなるか? それも高ステータスを誇る“神の使徒”が、である。……間違いなく混乱が起こる筈だ。

 魔人族にとっての護るべき場所、帰るべき地への入り口が落とされようとしているならば、攻めかかっている魔人族には少なからず迷いを生まれる。

 後方を信じて、機を逃さずに人間族へとより甚大な被害を与えるか。或いは、確たる帰還を果たすために後方へと取って返すか。

 数では人間族に及ばずとも、軍を、部隊を形成しているのは魔人族も変わりない。それぞれに個の意思が存在するのも。ならば、必然として混乱が生まれる。

 そう、この劣勢を覆す方法としてネイビーは意趣返しを選択したのだ。混乱には混乱を以て返礼とする。

 未だ実行されておらず、効果も出ていない以上、所詮は机上の空論でしかない。――だが、もしもネイビーの思惑通りに事が運んだとするならば……。

 

「阿鼻叫喚の地獄絵図ってヤツだな。まあ因果応報でもあるし、こっちだって生きるためで帰るためだ。……頼むから恨んでくれるなよ?」

 

 絶影に乗り、後部へと淳史が乗ったのを確認した昇はボソリと呟いた。

 

「ん?」

「いや、何でもない」

 

 聞き咎めた淳史に首を横に振って答え、昇は手に持った棍を高く掲げてグルリと廻した。

 遠方からこちらを見る明人への――引いては、その傍らに立つネイビーへの合図である。

 奇襲を仕掛けたところで、連携を取れないのでは意味がないのだ。淳史はともかく、昇のステータスは“神の使徒”でも底辺に位置する。【ライセン大峡谷】を渡り終えている以上、魔人族も魔法を使うに支障はない。連携を取らなくば無駄死にする可能性は否めないのである。   

 かつてない大舞台へと吶喊する時を見据え、昇は静かに息を整えるのだった。  




ガハルドのファミリーネーム『デュランダル』は独自設定です。
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