ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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2話

「合図が来たぜ?」

 

 戦場を一望出来る高所に陣取り弓を構える明人は、視界の片隅に昇たちを捉えてそう言った。

 天職の恩恵。技能の効果によって、明人の視力は常人のそれを凌駕する。【ライセン大峡谷】の対岸にいる昇たちを認識出来るのはそのためだ。

 

「……そう」

 

 傍らに立つネイビーは、言葉少なに頷く。

 これで準備は整った。……が、ここから先は臨機応変に判断しなければならない。

 緊張に襲われつつも、ネイビーに余計な気負いはない。そもそもにして、この戦場では環境の特性もあって取り得る手段が少ない。だからこそ戦場の駆け引きが重要になり、臨機応変に対応するための軍師やら指揮官やらの重要性が常の比ではないのだ。

 しかし、ここまでズタボロになってしまっては逆転の手段など数えるほどしかないのも事実。動き出してしまえば、終局までほぼほぼ一本道だ。細かな部分では想定外の事態も起こり得るだろうが、ちょっとやそっとの出来事ならばゴリ押しでどうとでもなる。

 基本的には数が頼みとなる戦場での常識を真っ向から否定する個の極致。“数”も“策”も粉砕する“力”の化身。それこそが“神の使徒”に他ならない。

 既に策は動いており、この場にいるのはネイビーと明人のみ。他の面々はそれぞれの役割を果たすために各所に散っている。

 一行の中では貴重な軍略の要たるネイビーだが、その身体能力は低い。直接に狙われれば一巻の終わりである。通常、それを防ごうと思えば護衛を重ねるか、或いは狙われない場所にいるしかない。

 とは言え、彼らがここに来たのはそもそもが突発的な事態によるもの。少ない人数を更に分散していることもあって、多くを護衛に費やす余裕はない。

 そのため、取れる手段は距離を離すしかないのだが、そうなると今度は戦況判断が難しくなる。ほぼ一本道とは言え、力づくでどうにかなるだろうとは言え、それでも想定外(イレギュラー)は起こり得るのだ。この状況下で起こるようなら致命を齎されることになりかねない。万が一の可能性を思えば、現場の状況を知れる位置にいるのは必須である。

 それ故の明人でもあった。反撃の契機となる一撃を放つ以外にも、明人の役割は大きい。遠距離の出来事を近場の様に見れるのであれば、判断を下す際に大きな助けとなる。確かにネイビーも双眼鏡を持ってはいるが、確認出来る範囲にも限りがあるのだ。

 本当であれば、自分で直接見聞き出来る場所、そうでなくてももっと近い距離に陣取りたいところだが、流石にそれは無い物ねだりだ。こんなところで死ぬ気もない以上、自らの安全には気を配らなければならない。少なくとも、健太郎が戻ってくるまでは接近するにも限度がある。

 

「始めよう。……狙いは?」

 

 ネイビーの問いかけに、明人は答えずに瞑目する。

 

(不殺の信念。……言葉にすりゃあ立派だが、俺のはそんなもんじゃねえ。単に人を殺すのが怖えだけだ)

 

 だが、だがだ。

 今回、ネイビーは自分たちを指揮するに当たり、敢えて自分で自分を傷付けた。自分と同じか、少し年下の少女が、短剣を自らに刺したのだ。苦痛に歪む顔と溢れる血は今でも脳裏に焼き付いている。

 

「私の判断で皆に殺しを強要することになる。罪人相手ならまだしも、そうでない者を相手にするなら、人を傷つける痛みも、傷つけられる痛みも知らない者がやっていいことじゃない。……ここまで来て、そう思った」

 

 自傷の後、ネイビーはそう言った。

 育った環境やら何やらと、命に対する価値観の前提が違うのも確かだろう。――それでも、痛みは同じ筈だ。

 未だ年若い少女が、自分たちを動かすに当たってそれだけの“覚悟”を見せたのだ。

 

(怖いからって、いつまでも目を背けてもいられねえだろ!)

 

 不殺。

 徹頭徹尾、個人でならそれを貫くのもいいだろう。個人である以上、他の者に迷惑もかからないのだから。

 しかし、明人は個人ではない。別行動こそ頻繁にあるものの、“地球への生還”を第一としてグループで動いていることに違いはないのだ。そしてグループである以上、許される我儘と許されない我儘がある。

 今までの賊討伐は、なんやかんやでこちらが有利だった。不殺を行えるだけの余裕があった。

 だが、この戦場を目にしてしまえば。敵味方を問わずに大多数の人が入り混じる光景を見てしまえば。――それでもなお不殺を貫こうとする信念が明人にはなかった。自分が不殺を行った結果、万が一で友人たちが死ぬ可能性と比べれば、容易く捨ててしまえる程度のものでしかなかったのだ。

 価値の優劣。

 この鉄火場において、明人は人の生命にそれを付けたのだ。

 そして準備が整うまでの間、明人はつぶさに戦場を観察していた。助言を元に指揮官級と思われる者にも目星を付けている。

 距離はあれども関係ない。今の自分なら、やれる。

 

「万全だ」

 

 瞳を開き、明人は静かに告げた。本人は気付かなかったが、その瞳は常とは違う冷たい輝きを放って戦場を見据えている。

 一個人としてはそれを悲しく思えども、この場における軍師の役割を任せられたからにはありがたくも思う。矛盾した想いを胸に秘めたまま、ネイビーは明人を促した。

 

「なら、開幕の一射を(イッツ・ショウタイム)!」

「OK。仁村明人、狙い撃つぜ!」

 

 ネイビーの掛け声に応え、明人は矢を放つ。……一矢を撃ったならば、また一矢と。

 確かに明人のステータスは“神の使徒”内において底辺だ。だが、それでも、そこらの超一流を遥かに凌駕する実力を持つのも間違いのない事実。

 そんな彼が、人を殺める覚悟を決めたのならば。

 その矢が――外れる道理などない!

 ネイビーから見ても、本当に狙いをつけているのかどうか怪しくなるほどの連射。しかし、双眼鏡越しに窺えるどよめきが、確かな結果を証明していた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 明人が矢を放つ、その少し前。

 

「私はハイリヒ王国王子、レオンハルト・ハイリヒである! これより魔人族への反撃を開始する! 総員、今しばらく耐えよ! しかる後、機を逃さずに攻めかかれ!」

「同じく、ヘルシャー帝国先帝、ガハルド・デュランダルだ! 命令する権利がないのは百も承知だが敢えて言う! テメエらいいようにやられてんじゃねえ! ちったあ根性見せやがれ!」

 

 その声は唐突に戦場へと響き渡った。これだけの広範囲に声を届けるとするならば、魔法以外に考えられない。おそらくは風属性魔法の風音によるものだろう。

 姿は見えずとも、その声は確かに聞き覚えがある。声を知らずとも、その名前は知っている。

 思いもよらぬ高貴な身分の者、元とはいえ一国の頂点に立った者、すなわち王子と先帝の参戦に連合軍は俄かに活気づく。――当のレオンらも想定外なほどに。

 声を上げたのが、庶民派であり、かつ実力者として知られるレオンであったのが大きい。兵士たちの中にはレオンに依頼を遂行してもらった者たちもいる。兵士たちにとっては雲上の存在であるお上の中にあって、常日頃から親し気に民衆と接するレオンとリリアーナは別なのである。

 また、将軍や指揮官など、立場ある者にとっても確かな効果を齎した。

 放蕩王子と名高いレオンではあるが、“王子”であることに違いはないのだ。ただでさえ無様を晒している現状だ。これ以上の無様を見せようものならば、或いは降格すらもあり得るかもしれない。

 レオンをよく知らぬ者がそう思う一方で、素直に『ありがたい!』と思う者たちも当然いる。未だ先のことにはなるだろうが、【氷雪洞窟】が南大陸にある事から、七大迷宮攻略組が結成された事情は国境戦線にも伝わっていた。

 大雑把な内容ではあり、知る者も限られてはいるが、それでも十分。レオンが一部の“神の使徒”と協力して【オルクス大迷宮】の攻略を果たしたこと程度は伝達されているからだ。

 そう、レオン一人でもありがたいのに、もしかしたら“神の使徒”も来ているかもしれないのだ。確かな実力は知らずとも、一部が【オルクス大迷宮】の攻略を成し遂げたのは事実なのである。否が応でも期待が膨らむところに、帝国の頂点に立ったガハルドまで参戦してきたのだ。……コレで『希望を持つな』というのが無理である。

 そしてレオンの威光が届かぬ部分をガハルドがフォローしていた。元とはいえ帝国皇帝。――いや、次代皇帝が決まっていない以上、未だガハルドを皇帝として見ている者たちは多いのだ。“実力至上主義”を掲げる国の頂点に立つ存在。そんな男を前に無様な戦いなど見せようものなら、帝国戦士の名折れである。

 恩返し、保身、希望、誇り……それぞれに理由は異なれど意気を取り戻した連合軍を前に、なおも魔人族は余裕であった。

 魔法の都合上、その声は敵味方を問わずに届く。当然ながら、魔人族も先の口上を聞いていた。

 なるほど、劣勢の状況下で士気を取り戻したのは見事である。だが、それだけで何が出来ようか。軍略の要たる軍師、参謀の類は既に大多数を仕留めている。油断なく当たれば、ここから覆されることなど有り得ない。

 まあ、そうは思っても万が一ということもある。国境戦線、その前陣を指揮する将の一人は負けじと口を開いた。

 

「魔法を放ていッ! 獲物はそこかしこにおる! 敵に増援が来たのは確かであろうが、それで怯んでは相手の思う壺であるぞ!」

 

 何かを企んでいるのは? 聞こえた口上から、否が応でもそう考えてしまう魔人族の兵士は勿論いた。……そういった者たちを相手に、将の言葉は確かに効果を齎したのだ。

 

「……がッ!?」

 

 ――己が命を代価として。

 口上を上げたかと思えばバッタリと倒れたのだ。不審に思った近くの兵士が確認すれば、鎧の隙間を縫うようにしてその身体に僅かな穴が開いている。急ぎ回復魔法をかけるも効果はない。――将は既に死亡していた。

 同じような出来事が、近遠問わず次々と起きていた。兵士たちを統率する立場にいる将軍が、部隊長が、次から次へと射殺されていく。中には息を留めた者もいるが、それは然程の救いにもならない。兵士たちの中に恐怖が起こり、伝播し、各所で起こったそれは魔人族へと混乱を齎す。

 

「狙撃だ! 弓兵を探せ! 見つけ次第魔法で仕留めよ!」

 

 同じようなことが立て続けに起これば、流石に兵種を割り出すことも可能となる。副隊長がそう叫ぶのは当然だろう。

 確かに凄腕ではあろうが、矢の射程距離など高が知れている。たとえ魔力矢でもそれは変わらない。その程度の距離、魔人族の技量を以てすれば、たとえ無詠唱であったとしても魔法を届かせるは容易い。

 思惑を胸に叫んだ副隊長は、次の瞬間に部隊長と同じ末路を辿る。

 

「……ば、ばかなッ!?」

 

 副隊長の犠牲と引き換えに矢の飛来源へと目を向けた兵士は、間もなくにして驚愕を露わに叫ぶこととなった。

 遠すぎる。目測でKmにも届く。そのような距離から届かせるなど、『弓兵』としても、『弓矢』としても埒外だ。

 確かに魔法を届かせることは出来る。しかし、そのためには放つ魔法のランクを上げなければならない。ランクが上がれば威力と範囲も上昇する。相手にも届く代わりに、必然的に味方にも被害が出る。同時に、ランクが上がれば無詠唱とはいかない。詠唱という“隙”が出来てしまうのだ。

 機を逃さじと攻めかかり、勢いのままに広く展開したのが仇になった形だ。橋を渡り切り【ライセン大峡谷】外に出た以上、魔法を放つ分には問題ない。だからこそ、先刻までは優位に運べていたのだ。――それを、たった一人の射手によって覆された。

 軍師を、参謀を、部隊長を、将軍を、それらを討てば軍は上手く機能しなくなる。数を頼みとする人間族なればこそ、効果覿面に働いた。――だが、それは自分たちも同じなのだ。質を強みとするだけで、数の違いがあるだけで、軍であるのは自分たちも同じである。統率する者がいなくなれば、制御など出来る筈もない。

 この兵士の所属する部隊の長はいい年齢であり、この戦の後には隊長を辞する予定だった。必然的に副隊長が隊長となり、その後釜となるのがこの兵士だった。なればこそある程度の指揮官教育は受けており、こうして思考を働かせることも出来ている。しかし、そんなのは例外と言っていい。

 この戦線の兵士は須らく“人間族鏖殺すべし”を掲げている。逃げ帰る事こそあるまいが、掲げる目標のまま効率度外視で好き勝手に動くことは想像に難くない。

 全く以て想定外。常識では考えられない。一体どんな化け物がこの事態を引き起こした!? 

 魔人族の怒りと驚愕は当然である。

 だが、そもそも“神の使徒”は人間族への“救い”として召喚されたのだ。召喚者たるエヒトの真意、召喚された“神の使徒”の本意がどうあれ、『そうあれかし』として位置づけられたのであれば、経験を積みさえすればこの程度は当然であろう。常人と同じ程度のことしか出来ぬようでは、そも“救い”として成り立たない。そして“救い”として成り立たないのであれば、神の名に瑕がつく。……民衆を“駒”として扱えばこそ、“駒”にナメられかねない要素は限りなく消しているエヒトであった。

 

「ま、まさか……アレが“異教の使徒”か!?」

 

 狙撃手の正体に思い至った兵士が思わず叫ぶ。

 驚愕と共に各所で上がる魔人族の叫び声は、当然の如く連合軍にも届いていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 その絶技を目にする者は、何も敵ばかりではない。

 

「すげえな、おい。“神の使徒”が召喚されたって噂だけは聞いていたが、まさかこれほどとはな……。だが、同じ弓使いとしちゃあ負けてられないんでね!」

「よもや来ているのが一人だけということもないだろう。ともすれば敵対する可能性がある以上、戦場をよく見ておかなければなるまいな」

 

 戦場の後方。金髪の少年が言えば、緑髪の青年が続く。その口調は共に平静を保ってはいたが、その身には確かな驚愕が奔っている。しかし、それを動きにまで表すようでは傭兵としてやってられない。そんなザマでは――よほどの幸運にでも恵まれない限り――戦場で生き残ることなど出来やしない。

 だからこそ、そんな状態でも身体は慣れ親しんだ動作を取る。次の瞬間には矢と風が奔り、魔人族の命脈を絶つ。

 彼らは傭兵団“英雄の系譜”に属する者たちだ。金髪の少年がファバル。緑髪の青年がセティ。彼らもまたセリスらと同じく神の血を引いている。

 魔人族の不幸があるとすれば、明人の狙撃によって彼らが触発されたことだろう。

 傭兵である以上、間違いなく料金分は働く。だが、思想も感情もある身なれば、負け戦に最後まで付き合って心中する気は毛頭ない。連合軍も援軍要請は出してあるので、後は団の仲間と依頼主の安全にさえ気を配っておけばよかった。

 前線の面々が気がかりではあったが、彼らの実力を以てすれば、まあ死ぬことはないだろう。神器を携えたセリスとアレスは魔法に対して強い耐性を誇る。神器の加護を得られずともリーフは万能選手だし、残りの三人は言わずもがな。継承する武技も相俟って“死神”と称されるのは伊達ではない。回避と耐久の違いはあれど、前線に赴いた六人はそもそもが魔法キラーなのだ。

 そんなわけで、魔人族の奇策を機にこの戦場には見切りをつけていたのだが、戦況は再び変わろうとしている。特に――王子や先帝はともかく――“神の使徒”が参戦するとあらば見逃す道理はない。

 そしてファバルとしては、言葉通りに弓使いとして負けていられない。

 

「“神の使徒”に出来るってんなら、“神の系譜”に出来ない道理はないだろ!」

 

 トータスに生きる者として、明人の狙撃は考えられないことだ。距離にしても威力にしても、弓矢という武器の常識を置き去りにしている。当然、ファバルとて今までに試したことはない。だが、生来の負けん気の強さか。次の瞬間には笑みを浮かべ、当然の如く長距離狙撃を試行していた。

 一矢、二矢……徐々に狙う距離を伸ばす。神の血を引くが故の成長補正も相俟って、繰り返す都度にその潜在能力が引き出され、命中率は上方修正されていく。そもそもにして弓矢という武器に対する習熟度はファバルの方が圧倒的に上なのだ。先入観さえ取り払われたのであらば、明人に追いつくのは時間の問題だった。

 飛来源が増えれば、堪らないのは魔人族だ。魔法で狙おうにもやはり距離はあり、無詠唱で放てる下級魔法の射程外である。

 それでも、距離だけならばファバルの方がまだ近い。中級魔法ならばギリギリ届く。

 本来、矢と魔法の入り乱れる戦場にあって、格別の命中率を誇る者など限られるのが実情だ。だからこそ大半は無視出来る。当たったら『運がなかった』で済ませられる。

 そもそもが高い魔力を有する魔人族は、それだけで肉体強度が人間とは大違いなのだ。ちょっとやそっとの攻撃など意にも介さない。痛手を負うことこそあれ、たかだか弓矢の一矢で死ぬことなど早々あり得ないのである。

 しかし、故にこそ例外は無視出来ない。するわけにはいかない。してしまえば、被害は広がる一方だ。

 片方だけでも狙えるのであれば、狙わない道理はない。ファバルを射程に収める者は軒並み詠唱を始め――次の瞬間には須らく生命を散らすこととなった。

 忘れてはいけない。ファバルの傍らには類稀なる風の担い手がいる。こと“風”に限り、セティの魔法は現代魔法の域を凌駕する。神代魔法の域にあると言っても過言ではないだろう。

 

「“神の使徒”の影響もあってファバルに気を取られ過ぎたな。お前たちが魔法でこちらを狙えるならば――すなわち、私の風魔法(フォルセティ)の射程内でもある」

 

 既に死した者たち。届くはずも無かろうが、冥途の土産としてセティは静かに告げるのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 橋の南大陸側は当然の如く魔人族が封鎖している。そして現状、魔人族は後方へ気を配っていなかった。

 先ほど、橋の向こう側から魔法によって拡大された人間族の声が届いた。以降、向こう側は多少なりと騒がしくなっているが、結局は対岸の出来事。こちらへ攻め寄せてくる者たちの姿はない。

 さんざっぱら打ち据えた後なのだ。未だ士気を保ち、ばかりか向上してのけたのには素直に驚きだが、そう易々と状況が動くことなど有り得まい。万一反撃が叶ったとて、全ての橋の中ほどからこちら側には鉄壁の護りを敷いている。この中を抜いてくるなど容易ではない。

 当然と言えば当然の思考。それでも気を緩めずにいるのは大したものであったが、その警戒はあくまでも橋の向こうに対して行われていた。

 まあ無理もない。指揮系統がぐちゃぐちゃになった状態で、危険極まりない【ライセン大峡谷】の底を渡る。……たとえ考えついたとしても、実行する者などいないと思うのが自然である。

 だからこそ、昇たちによる襲撃はこれ以上ないほどの奇襲となった。

 

「おらよッ!」

 

 絶影を駆る勢いのまま、昇は棍をぶち当てる。“神の使徒”としての高ステータスに勢いに乗った絶影の速度も加われば、人の壁は壁としての役目を果たすこともなく、文字通りに宙を舞った。そのまま橋の上に落ちる者もいれば、橋を超え峡谷の底へと叩き付けられる者も当然存在する。

 在り得ない筈の、後方からの襲撃。恐怖に襲われる中、被害を免れた魔人族たちは態勢を立て直して反撃を行おうとするものの――致命的なまでに遅すぎた。

 

「俺だって無為に日々を過ごしてたわけじゃないんでな! 悪いが容赦はしねえッ! 酔八仙・張果老!

 

 絶影より跳躍した淳史が、その勢いを以て人壁の中へと飛び込み、当たるを幸いと四方に強烈な連続蹴りを叩き込む。肉を叩き骨を砕く生々しい音が響き渡り、鳴りやんだ頃には淳史以外に立つ者はいない。

 

「まだまだ行くぜ、箭疾歩! そんでもって、旋転撩刀!」 

 

 一つの群れを瞬く間に片付けたなら、拳法の歩法で次なる群れへと一気に接近。勢いのまま拳を叩き込み、そのまま強引に中央へと割って入る。そしたら今度は曲刀を取り出し高速で回転。その回転力によって四方の敵を連続で斬り刻んだ。

 

「コイツはおまけだ、崑崙螺旋掌!

 

 中国は神仙の秘術――仙術。

 その独自の呼吸法にて氣を練り、高め、更には手の捻りを加えて放つ発勁の奥義。実体無き衝撃波は、その場に居ながらにして更に別の群れを弾き飛ばす。

 淳史は日本生まれの日本育ち。純粋培養の日本人だ。普通ならば仙術など縁も所縁も無く学ぶ機会もありはしない。――だが、例外的に彼には縁も所縁も学ぶ機会もあった。トータスに召喚されてから、というのがおかしな部分ではあったが……。

 宿星が一つ、“礼星”の加護を受けることとなった淳史は、日々それを通じて様々なことを学んでいる。仙術や中国拳法もその一つだ。天職ゆえに曲刀の習熟速度に比べれば劣るものの、実戦を通じて実践を繰り返せば、通常の比ではないのもまた確か。

 そもそもにして学ぶ上での意気込みが違う。戦争が起こり、魔物と賊が跳梁跋扈するトータスでは、安穏と日々を過ごしてはいられない。確かな“生”を望もうとすれば、危険に身を浸してでも強くなる以外に他はないのだ。

 自分の身近には自分より強い者がたくさんいる。それでどうして“敵”にそういった者がいないと思えようか。“神の使徒”という厄介な立場もあれば、備えるだけの備えはしておいて損などない。

 淳史が奥義にて吹き飛ばすのとタイミングを同じくして、Uターンしてきた絶影が残っていた魔人族を跳ね飛ばした。たとえ絶影自身に跳ねられずとも、速度も乗った棍を叩き付けられれば末路は同じだ。

 たった二人によって、それもほんの僅かな間で、魔人族の支配下にあった南大陸側の橋の出入り口は人間族のものと成ったのだ。

 これだけのことをしでかせば、他の魔人族も当然気付く。同じ橋の北大陸側から、隣の橋から、出入り口を奪い返すべく魔人族が押し寄せる。――それが更なる劣勢を招き寄せるとも知らずに。

 場所によって様々だが、【ライセン大峡谷】の幅は九百メートルから八キロメートルと言われている。そして、この戦場の幅は優に五キロを超えている。

 軍勢と軍勢がぶつかり合う状況で、対岸の、更に奥の状況など詳細に知れるわけがない。知ろうとすれば、何かしらの対策を取ることになる。

 だが、優勢を取った魔人族はそれを怠った。……まあ、仕方のない部分もあるのだが。根本的な数が段違いである以上、攻め時を逃すわけにはいかない。それぞれの橋の出入り口に守兵を残せば、それ以外の総出で攻め上がらないわけにはいかなかったのだ。そもそもにして魔法を得手とする魔人族は、橋の上ではどうしても本領を発揮しきれない点も大きい。数の差を縮め、終には逆転しようとするならば、どうしても犠牲にせざるを得ない部分も出てくるというものだ。

 故にこそ、守兵として残った魔人族は、現在対岸で起こっている事を把握出来ていなかった。――指揮官たちが次々と射殺され、軍としての体を成せなくなっていることを。方法は違えど、自分たちが行ったことの意趣返しをされていることを。

 戦場全体で見れば、ただでさえ護りが薄いのだ。止むを得ないこととはいえ、少ない守兵を更に割けば、部分部分の護りはもっと薄くなる。薄くなった部分を厚くするために、厚い部分から割かざるを得なくなるからだ。

 数だけで見ればそれぞれの護りは均等になるだろうし、特段間違っているわけではない。――しかし、だからこそ、それが相手の『意図した動き』だと気付ける筈もない。

 細々とした動きではあるが、分かる者は分かる。感じ取れる者は、感じ取れるのだ。……あらかじめ、そうなり得ると言い含められていれば尚更に。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 レオンはそれを感知した。……出来た理由は分からない。そもそもにして距離がありすぎる。ネイビーに言われたこともあり確かに注視してはいたが、出来るとは思っていなかったし、正直に自信がない旨も伝えておいた。

 だが、やけにネイビーは強気だった。断言こそはしなかったが『貴方ならば分かると思います』と言って意見を変えなかった。自分に見えぬモノが見え、感じ取れぬモノが感じ取れているのか。……どのみち自分かガハルドのどちらかがやらねばならぬことでもあったのでそのように納得をしていたのだが、そのものズバリに進むと味方とは言え空恐ろしくなる。

 血のなせる業か、或いは本人の才覚か。それとも、その両方が合わさったが故か。初陣でありながらこの的中練度。やけにガハルドがネイビーを推す理由が分かったような気がする。後方支援役として、これほど頼りになる者もそうはいないだろう。所謂“戦闘の流れ”を高確率で予測――ともすれば“支配”と言い換えることも可能かもしれない――出来るのであれば、本人の戦闘能力の低さなど目を瞑って余りある。

 畏怖とも歓喜ともつかぬ思いが胸の内を渦巻いているが、それはそれ。戦闘者としてのレオンは機を逃さぬとばかりに即座に声を張り上げていた。

 

「総員聞け! これより“勇者”が! “神の使徒”が! 私たちが道を切り開く! 臆せず続けええええッ!」

 

 その声が響き渡るや否や、光輝を筆頭に今まで動きを潜めていた者たちが一斉に動き出す。号令を下した本人も加わって、近辺三か所にある橋へと先陣を切って突撃する。

 ただでさえ明人とファバルによって次々と指揮官を射殺されたことにより――それでも捨て鉢になられては適わないのである程度見逃しているが――魔人族は混乱をきたしているのだ。そこに更なる隠し玉が投入されれば、どうなるかなど分かりきっている。

 剣が奔る度、鎗が閃く度、暴の化身がその得物を振るう度に、魔人族はその数を減らしていく。息があろうとも、動けないのであれば同じことだ。

 

「何なんだ、何なんだよ、コイツ等はーーーッ!?」

 

 アルヴの威光を知らしめるべし。エヒトを否定すべし。アルヴを信じぬ者、悉く誅殺すべし。

 確たる自らの意思を持たず、その大義に酔っていた者たちは、ここに来て強制的に酔いを醒まされることとなった。

 何だこれは? コレが人のなせることなのか? “異教の使徒”とは、文字通りに人ではないとでもいうのか? こんなのは、もはや災禍そのものだ。対処する術などなく、過ぎ去るのを待つしかない。

 魔法を得意とする種族の特性。幼少の頃から人間とは比較にならぬ魔力を持てばこそ、彼らは自信を持てていた。他種族を見下すことが出来ていた。

 これほどの魔力を与えて下さるアルヴこそが絶対神であるべきなのだ! ……そう思うことが出来ていたのだ。

 井の中の蛙大海を知らず。狭い了見で生きていた者たちは、広さを知った瞬間に息絶えていく。……己が狭い世界に気付くこともなく。

 気付くことが出来たのは、運よく生き残った極一部の例外のみ。それとてほんの僅かな間。相手と凶器が異なるだけで、末路は何も変わらない。

 魔人族の取った奇策を機に劣勢を強いられていた人間たちの、大反撃が始まった。    

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