ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

「あ~、気が乗らねえ……」

 

 レオンの号令がかかるや否や、今までの鬱憤を晴らすかのように意気揚々と飛び出した京弥だったが、現在そのテンションは一転していた。

 その理由はただ一つ。すなわち『相手が弱すぎる』。

 剣聖だ“神の使徒”だと言ったところで、京弥の根は剣士である。戦争よりかは、むしろ決闘の方が好みだ。……まあ育った環境柄、強者と戦えるのであればそれで良く、手合わせでも満足出来る。必ずしも生命のやり取りを行うことに意義を見出していないだけ、日本の現代社会で生きるには問題ないのが救いだろう。

 だが、それは命を奪うことに、人を殺めることに忌避感を抱いているわけではないのだ。現代社会という“周囲”に配慮した結果でしかない。好んで相手を殺す気はないが、勝負の結果相手が死んだとしても『仕方ない』で済ませることが出来る程度には外れている。

 そんな京弥にしてみれば、大手を振って剣を握っても咎められないのはありがたい。レオンを筆頭に召喚されて初めて出逢うことが出来た強者もいるので、その点はエヒトに感謝をしてもいいだろう。

 だからまあ、戦争自体には気が乗らぬが、思わぬ強者と対峙出来るかもしれない。味方とならば叶わぬギリギリの勝負が出来るかもしれない。……そんな願いを胸に秘めて、京弥はこの戦場に飛び込んだのだ。

 しかし、そうそう思い通りに事が運ぶ道理もない。そもそも、今までポンポンと強者に出逢えたのがある意味で幸運だったのだ。立ちふさがる相手の悉くが、今の京弥には相手にならない。

 気は乗らずとも、ここまで来てしまった以上は剣を振らぬわけにはいかない。投降する気があるのなら話は別となるが、どうやらその気もなさそうだ。その眼には敵意や憎悪が渦巻いている。大したものだと思いもするが、己の意思が伴っていない以上は片手落ちだ。染まりきってしまった輩など、生かしておいたところで害にしかならない。――少なくとも、王国や公国にとっては。

 粗野な面が目立ちはするが、“義星”に声を掛けられ応えるだけあって、京弥は“義”というものを大切にする。何やかんやと王国や公国には世話になっているのだ。その恩返しと思えば、気は乗らずとも働くに異存はない。

 それ以外にもやるべきことがある。どうなるかは未だ分からないが、可能性がある以上、こればかりはやらないわけにいかない。なればこそ、こうして単騎駆けしているのだから。

 剣を振り、当てれば、それだけで相手は倒れ伏す。所詮は“技”とも言えぬただの攻撃に過ぎないが、それはあくまで京弥にとってはの話。実力の差があればこそ、勝手に“技”へと昇華される。

 前へ前へと突き進む過程で、すれ違いざまに刃を当てる。殺すべき輩は殺すが、中にはきちんと理性を、己が意思を宿した瞳をしている者もいる。そういった相手には死なない様に加減もするが、それで生き残るか死ぬかは運次第だ。……なにせ相手は自分だけではないのだから。

 そんな風に――本人の気分はともかく――多大な戦果を上げつつ進んで行った時だった。

 

「……お?」

「……む?」

 

 人波を強引に割り進み、多少開けた空間に出れば、横合いから自分と同じようにして進んできた男が一人。

 齢は間違いなく自分より上だろう。長身で、サラリとした黒髪は腰まで届くほどに長い。民族衣装か何かだろうか? その出で立ちは明らかに兵士たちと異なっており、有体に言えば浮いている。その手には一振りの剣。

 互いを認識したのも刹那。即座に剣を振り、攻撃を仕掛けてきた生き残りを片付ける。流れるような連続攻撃。扱う流派は異なれど、互いの剣には確かな美しさと力強さがあった。

 

「へえ、強いなアンタ。相手が弱すぎるんでつまらなかったが、アンタに逢えただけでも来た甲斐はあったってモンだ。

 ああ、俺は神夷京弥ってんだ。俺個人としちゃあどうでもいい呼び名だが、“神の使徒”の一人って言えば分かりやすいか?」

 

 先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。思わず出逢えた実力者を相手に、京弥は上機嫌で挨拶をおこなった。……所詮は外様である身としては、こういう時に“神の使徒”の名は話が通じやすくなって助かる。敵でないのは残念だが、この戦が終わったら手合わせを申し込んでみよう。 

 話しかけられた男性は――そんな京弥の思惑を感じ取ったわけでもあるまいが――暫し考え込む。

 

(ふむ、噂は所詮噂に過ぎぬということか……。エヒトの思想に染まっているのかと思いきや、どうやらそういうわけでもなさそうだ。言葉からは戦狂いかとも思えるが、コミュニケーションを行えるだけの理性もある。敵か味方かを判断するのにも情報は必要だ。戦の後にでもコンタクトを取ってみるか……)

 

 結論を出した男は思惑を胸に隠したまま挨拶を返す。

 

「“神の使徒”……なるほどな。如何ほどのものかと思っていたが、噂に違わぬ実力はあるようだ。

 いや、名乗るのが遅れて失礼した。私はシャナンという。“英雄の系譜”に所属している傭兵だ」

 

 二人の“剣聖”が邂逅を果たした瞬間であった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「はあああッ!」

「おらあッ!」

 

 二人の少年が、魔人族を薙ぎ払う。剣が、拳が、蹴りが、立ちふさがる魔人族を地へ沈める。

 個人の実力も確かなものだが、何より凄まじいのは二人のコンビネーションだ。言葉を交わすでもなく、視線を交わすでもなく、それでいて互いが互いのフォローをしあっている。

 さもあらん。光輝と龍太郎は幼馴染として十年以上の時を共に過ごしてきたのだ。互いのマイナス面に対し溜息を吐くこともあるが、『そういうもの』として受け入れてもいる。なればこそ、相手が次にどう動くかくらいは何となく分かろうというものだ。

 

「ハッ!」

 

 そんな中、何を思ったか光輝がいきなり剣を投げた。剣の先には傷ついた兵士へと止めを刺さんとする魔人族。聖剣は魔人族へと突き刺さり、兵士は一命を取り留めた。――だが、見方によっては愚かな行為でもある。戦場で武器を手放すなど『殺してくれ』と言っているようなものだ。当然、近場にいた魔人族がこれ幸いと光輝に襲いかかる。

 

「せいやッ!」

 

 しかし、龍太郎がそれを許す筈がない。光輝の後ろから襲いかかった魔人族へと飛び蹴りを食らわせた。

 一人を仕留めたところで、まだまだ周りにはたくさんの敵がいる。横からも前方からも、魔人族は光輝へと刃を振るう。それを知りながら、龍太郎は気にも留めず後方の魔人族のみを相手取る。……後ろさえ防げば、心配する必要などないからだ。

 光輝を示す言葉は多い。『勇者』、『完璧超人』、『イケメン』……どれも間違っているわけではないが、龍太郎にとっては少し違う。龍太郎にとっての光輝は『努力をする天才』だ。正義感が強く、『正義の味方(ヒーロー)』に憧れ、自分もそうあらんと幼い頃から努力を欠かしていなかった。ただの『天才』であるのなら、自分との仲がこうも続く筈がない。どこかしらで見向きもしなくなっていたに違いない。

 それでも、現実として続いているからには、相応の理由がある。それこそが『努力』だ。光輝は我欲が低い。――というか極端だ。彼の欲は正義の味方に関連するものばかりなのだ。

 バカに正義の味方は務まらない。だから勉強をする。

 身体能力が低くては正義の味方など務まるわけがない。だから身体を鍛える。

 人に優しく非ずして正義の味方など務まるものか。だから可能な限り他人にも優しくする。

 自分の容姿に気を遣わずして正義の味方など務められる筈もない。だから身なりには細心の注意を払う。

 どれもこれも、普通ならどこかで挫折する。諦める。妥協する。――しかし、光輝はその全てを成立させたのだ。その努力を認めないわけにはいかない。

 まあ、その反面でどこか『人間らしさ』というものが低かったが。確かに、夢に向かって努力する姿はある意味ではとても人間らしい。だが、それ以外を容易く切って捨てる姿には、正直に言って恐怖を覚えた。

 だからこそ、なのだろうか。

 実際のところ、龍太郎は光輝が自分の彼女(ヒロイン)として香織と雫を見ていたのにも気づいていた。それでも気付かぬフリをしていたのは、それが光輝の見せた僅かばかりの『欲』だったからだ。他に見せた欲らしい欲は、英雄譚や勧善懲悪ものの娯楽作品に対してくらいだ。

 相変わらず正義の味方に関連付けてはいたものの、光輝が香織と雫以外にそういった視線を向けることはなかった。確かに香織と雫は美人だが、負けず劣らずの者だっていたのもまた事実。光輝も最低月に二回は告白されていた。にも拘らず、その全てを断っているのだ。そこに光輝の恋愛感情が関与していなかったとは言わせない。

 本人の自覚なき恋心を向けられる香織と雫には気の毒にも思ったが、端目に見て光輝が有望株なのは間違いのない事実。それに高校からは環境だって変わるのだ。バイトなりで社会と関われば、今までと異なった対応も求められるだろう。そうしていけば、何れは光輝も齟齬に気付く。その際には自分の非を認め、香織と雫にも謝る筈だ。

 気付かない筈はなく、謝らない筈もない。何故ならば、龍太郎の知る天之河光輝とはそういう人物なのだから。

 幼馴染なのだ。それも男同士の。ならば、どっしりと腰を据えて付き合ってやろうではないか。――そんな風に思っていた日常とは、唐突に別れを告げることになった。そして今、日常とはほぼ遠い場所で、こうして生命を賭して戦っている。

 トータスに召喚されてから、既にそこそこの月日が流れている。良いこともあれば、悪いこともあった。変わったこともあれば、変わらぬものもある。それは自分もそうで、光輝も同じだ。

 それらを踏まえた上で、こうして自分が後ろを護っている限り、光輝に対する心配はない。必要もない。

 武器がない? だからどうした。その程度でどうにかなるほど天之河光輝は弱くない。『天才』が『正義の味方』たらんとして『努力』を重ねた日々がある。それが裏切ることはないのだ。

 そして。

 

「八重樫流――」

 

 連鎖的に迫りくる魔人族に対し、光輝は攻撃を躱すと同時にそっと手を触れる。流れを見極めれば、ムダに力を込める必要もない。多方向からの同時攻撃とは言え、全くの同時であることなど早々あり得ず、現実として僅かながらに時間差がある。ならば、捌ききる事は決して不可能ではない。

 相手の力を利用して悉くの体勢を崩し、その身を宙へと浮かせる。

 

「――鏡雷!

 

 そこへ、言葉と同時に強烈な打撃を叩き込んだ。

 

「生憎と、武器を手放した程度で戦えなくなるほどヤワじゃないんだ。ヒーローにとっては格闘術も必須事項なんでね。……まあ、今の俺はヒーローなんてガラじゃないけど。

 はい、回復薬だ。酷を言うようだが、動けるようなら続いてくれ。俺たちだけでどうにかなるほど、“戦争”ってのは甘くない」

 

 魔人族を叩き伏せ、自嘲を一つ。兵士の元まで進んだら、回復薬を渡しつつ聖剣を引き抜き、後に続くように要請する。

 

「あ、ありがとうございます。後に続くのは構いませんが、貴方は一体?」

 

 礼を言いつつ、兵士は疑問を口にする。思わぬ救生主にして埒外の実力者だ。加えて今までに見たこともないとなれば、まあ当然だろう。

 

「俺は天之河光輝。――“勇者”としてこの世界に召喚された」

 

 微笑を浮かべて名乗りを上げる。

 武具の輝きに本人の容姿も相俟って、それはさながら――挿絵付きで書かれるような――英雄譚の一場面が如しだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「おら、おら、おら、おら、おら、おらああああッ」

 

 両の手に握った剣を振るい、立ちはだかる魔人族の悉くを仕留めながらガハルドが駆ける。

 その背中が告げている。――『俺について来い』……と。

 如何に帝国の頂点に立っていたとはいえ、そのステータス値は“神の使徒”に遠く及ばない。自分たちならばモノともしない攻撃も、彼にとってはその限りではあるまい。安全性を鑑みるならば、自分たちが先頭に立つべきだ。

 そう思いながらも、重吾は、真央は、妙子は、それを実行に移せず、ガハルドの後を追随するにとどめていた。そうせざるを得ないだけの圧力が、その背中からは溢れている。実体無き無形の圧力。“威圧感”や“説得力”と呼ばれるそれだ。

 現実としてガハルドの動きには淀みがない。自分たちならば食らうであろう攻撃も、或いは躱し、或いは護り、受けるダメージを最小限にとどめている。純粋な能力差を埋める要素。実戦に対する“経験”が段違いに高いのだ。

 経験だけでいえば、メルドとて自分たちよりは圧倒的に高い。それでも、ガハルドとメルドとでは決定的な違いがあった。見ていれば、それが分かる。

 可能な限り堅実な戦闘を行うのがメルドだ。率いる立場の彼が討たれれば、兵や騎士もその実力を発揮しきれなくなる。それを加味すれば、安全を重視するのは道理である。

 対し、ガハルドの戦闘はリスク度外視だ。危険も大きいが、上手くいけば成果も大きい。常に『死中に活を求める』が如く、危険と隣り合わせだ。

 王国と帝国。同じ“国”ではあるが、重視するものの違いだろう。すなわち“血”であり“後継者”だ。

 王国はその血を継ぐ者の中から次代が選ばれる。故にこそ、正室のみならず側室までも娶って子を生そうとする。しかも――病死や事故死、暗殺などを加味すれば――最低限複数は生さなければならない。

 帝国はあくまでも“最強”の者が皇帝になる。無理に血を残す必要もない。

 同じ一国の頂点であっても、“国”というモノに対して感じる重みが違うのだ。

 そして組織である以上、頂点の振る舞いや思考は配下へと伝播する。その差がメルドとガハルドの戦闘スタイルにも現れている。

 一般的に考えて、兵であれ騎士であれ“公人”として見るのであれば、安心感を覚えるのはメルドの方だろう。だが“私人”として見るのであれば、興奮するのはガハルドの方となるだろう。ガハルドの戦いはそれだけ映えている。まあ両者に共通して憧れを持たれるのは無理からぬ話だ。

 実際、この場ではそれを証明するかのような現象が起こっている。

 この戦場は広い。行動を開始してから、或いは倒した魔人族以上に多くの兵を助けていた。所属はそれぞれ異なるだろうし、誰しもが軽重問わずに傷を負っている。だが、皆一様に目を輝かせてガハルドの背を追っている。そして簡単な手当てをするなり回復薬を飲むなりした後は、揃って意気軒昂とガハルドに続いている。

 バラバラだった個が、ガハルドという男を目印として纏まりを帯びる。緩慢だった動きが、次第に敏速を伴っていく。個人が隊に、隊が軍へと変わっていく。

 

「これも一種のカリスマというやつなのだろうか?」

「……かも、しれないわね」

「見てるこっちとしては冷や汗ものだけど……」

 

 それを見て重吾が問えば、妙子が頷き、真央が溜息を吐く。

 

「しかし、ガハルド殿ばかりを目立たせるわけにはいくまい。ネイビーからも『目立て』と言われているからな……」

「そうね。それじゃあ、そろそろ――」

「――私たちも目立つとしますか!」

 

 目立てば、その分だけ動きにくくなる。だが、それを相手に強要することも出来る。

 地球への生還を目指すに当たり、やるべきことは多くある。気を付けるべきことも多くある。必然的に時間もかかる。それを思えば目立つのは得策ではない。だからこそ――どうしようもない部分はあれど――なるべく慎重に動いてきた。

 しかし、それも国境戦線が膠着していればこそ。魔人族を北大陸へと入れることなく防いでいればこそ可能な選択なのだ。

 その前提が崩れたのであれば、他の手段で以て魔人族の動きを封じるしかない。それこそが目立つことに――“神の使徒”の実力を披露することに他ならない。

 召喚されてから今まで、噂止まりで前線へと姿を現すことの無かった“神の使徒”。その圧倒的なまでの“個”の力。それを複数見せつけることで、強制的に魔人族の動きを止めるのだ。

 こちらが南大陸の事を調べきれぬように、魔人族とて北大陸の事を調べきれるわけがない。それは戦場においても同じこと。対岸の隅々までを捉えきれる筈もないのだ。

 一度国境戦線に姿を見せたのだ。そこで確かな実力を叩き込めば、相手は疑心暗鬼に包まれるが道理。見渡せる場所にいなくとも、恐怖と共に『奥にいるのではないか?』という疑念が必ず浮かび上がるようになる。その上で攻めようと思えば、相応の準備を整えるより他にない。

 魔王が行動を起こし始めた以上、いつまで保つかも分からないが、間違いなく時間稼ぎにはなる。

 そして、それは起こった。ガハルドの後を追う戦士たちの前で、ガハルドをも凌駕する暴力の嵐が巻き上がる。

 

「御免!」

 

 この状況でも、重吾は相手を殺さぬように留めていた。仲間たちはこの程度の輩にやられるほど弱くないと信じているからだ。しかし、流石に普段とは相手にする数が桁違いとあって、その手加減も最低限となっている。

 足を、腕を、身体を、容赦なく砕いていく様は悪鬼羅刹が如し。その数が見る間に量産されていく。これでは、生き延びたところで満足な生活を送れるわけがない。……命を取り留めているのが幸か不幸かは、間違いなく意見が分かれるところだろう。

 

「前に出るなら!」

 

 妙子が振るうのは鞭だ。天職:操鞭師を思えば何ら不思議なことではない。――だが、それは普通の鞭ではなかった。

 一言でいえば『蛇腹剣』。日本人にとっては馴染み深いが、様々な問題から現実には存在しない架空武器だ。これが登場する創作物でも、SF的な高度なテクノロジーか、ファンタジックな魔法の力で実用化しているケースが大半を占めている。如何に異世界と言えど神代に比べて色々と劣化しているトータスでは、ハジメがいなければ日の目を見ることもなかっただろう一品だ。

 天職の都合から剣身を分割させた状態でなければ妙子も十全に使うことは出来ないが、“魔力操作”を用いることで結合と分割に要する時間は無いに等しい。不規則に動くが故に軌道を見切られにくく、それでいて広範囲を攻撃可能。使用した素材の都合上、問題となりやすい強度も十分。結果、僅かなコントロールで“斬”と“打”の両方を選択出来る。……デメリットを上回るメリットがあった。

 ガハルドらにとっては初見となる未知の武器だが、流石に鞭として使っているのは分かる。しかし、『剣を鞭として使う』という行為自体が――発想するのも実行するのも――埒外だ。それが宙を踊る都度に多くの魔人族を叩き伏せ、或いは斬り刻む光景は驚愕の一言に尽きる。操る当人は涼しい顔をしているのだから尚更だ。

 

「ま、立ちふさがるアンタたちが悪いってことで!」

 

 真央は武器らしい武器を一切持っていない。その動きも――ある程度鍛錬の形跡は見えるものの――能力に物を言わせているだけで素人そのものだ。戦闘能力だけで見れば、間違いなく重吾と妙子の方が厄介だ。本来であれば、驚きはすれ脅威とは感じにくい筈である。

 それでもなお真央の方が恐ろしいと感じるのには理由がある。魔人族の繰り出す多種多様な攻撃。その一切合切が通じていないのだ。……打撃も、斬撃も、属性別の魔法も。

 それでいて地肌であれ、或いは装備の上からであれ、僅かにでも触れられたら即座に戦闘不能となる。

 その種をガハルドは聞かされているが、己が目で確認したのはコレが初めてである。そして実際に確認しても、未だに信じられないでいた。……これが“付与”の結果に過ぎないなどとは。

 間違いなく、どうしようもなく、真央はトータスにおける付与術師の常識を置き去りにしていた。

 

「これが“神の使徒”か……」

 

 誰かが、力なく呟いた。

 兵士たちにとって、目の前で繰り広げられる光景は『信じ難い』の一言に尽きる。これにはガハルドに対するような憧れを持つことも出来ない。

 自分でも頑張れば届くかもしれない。……そう思えればこそ、人は憧れを持つのだ。

 逆に、どうやっても自分では届かないと思ったならば、人が持つのは“おそれ”だ。それは恐怖であり、畏怖である。

 そもそもの領域(ステージ)が違う。……早々と、兵たちはそう認識してしまった。

 

「うおおおおッ! “神の使徒”に続けええええッ!」

 

 しかし、それも僅かな間。少し経てば、兵たちは雄叫びを上げて魔人族へと攻めかかる。

 それを横目に、ガハルドは理解した。“神の使徒”で恐ろしいのは、単純なステータス値ではない。確かにそれも恐ろしいが、真に恐ろしいのはこの世界とは全く違った環境で育ったが故の“発想力”や“想像力”といった目に見えない力であり、それを現実に起こす行動力だ。

 もしも“神の使徒”が徹頭徹尾自分たちの都合だけを優先したならば、トータスの者に防ぐ術はないだろう。下地となる知識が“神の使徒”から聞いた話程度しかない以上、想像力を働かせるにも限度がある。そもそもにして、純粋な能力値でも劣っているという事実も存在する。――だが、少なくとも今は味方だ。ならば、これ以上に頼りになる存在もそういない。

 一種の誤魔化しに過ぎないかもしれないが、そうでもしなければ動けなくなる。……現に、兵たちの動きがそれを証明している。

 自分たちにその力が向けられるのは怖い。だから、考えないようにする。勘気を被らないようにする。力を向けられないように精一杯持ち上げる。……とどのつまり、兵たちの動きは逃避の結果でしかないのだ。

 まあ役に立つのなら逃避でも何でもいい。ガハルドとしては本来の目的を削がれているのが現状だ。今よりも更なる高みへと至るために、さっさとこの状況には片を付けるに限る。

 

「お前たちだけで片付けるんじゃねえよ。俺の獲物も残しやがれ!」

 

 兵たちの狂騒を前向きに捉え、重吾らに文句を言いつつガハルドは前へと躍り出るのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ハッ!」

 

 静かな呼気と共に鎗が奔る。流麗な動きとは裏腹にその威力は剛烈。標的となった魔人族の運命は、その瞬間に決定付けられる。……すなわち“死”。単純な実力差であるが故にこそ、絶対的な終わりを逃れる術はない。

 繰り手はレオン。ハイリヒ王国の王子にして名うての冒険者。その実力と立場ゆえに、敵味方問わずしてその視線を釘付けにする。結果、敵には絶望を、味方には希望を与えている。

 威に呑まれ動きが鈍ってしまえば、それは只の的でしかない。

 

「流石は殿下。こっちとしても参考になるわ」

 

 そしてその隙を見逃すほど、今の奈々は平和ボケしていない。言葉通りレオンの動きを取り込みつつ、杖が幾重に閃く。魔人族の足を、腕を、頭部を容赦なく打ち据える。

 奈々の動きもまた優雅にして強烈だ。レオンとは異なれど、やはり周囲の目を惹き付ける。

 太刀としての、薙刀としての、槍としての特性を持つのが杖である。……が、この世界では主に神官や魔法使いが魔法発動の補助具として扱っているのが一般的だ。なればこそ、明確に“武器”として杖を使用している姿は驚愕以外の何ものでもない。

 そしてリアリティーショックに襲われれば、やはり動きは停滞する。たとえ僅かな間であろうとも、それもまた的と評するに不足ない。

 相手が万全な状態であっても、今のレオンと奈々ならば実力でどうとでも出来るのが実情だ。――にも拘らず、明確なまでの、これ以上ない隙を晒すとあっては、もはや戦いになどなる筈がなかった。

 周囲の認識がどうあれ、二人にとっては作業と言っても過言ではない。それでも万一の可能性が起こり得る以上、決して油断も慢心もない。

 一切の遊びなく、確実に動けなくしていくその姿。それが更に魔人族へと絶望を呼び寄せ、その動きを硬直させる。そしてそうなってしまえば、兵士や騎士にも容易く討ち取られるのは自明の理。

 一時の劣勢はどこへやら。今や戦況は一転していた。魔人族は我武者羅に挑みかかって来るだけで、その動きには“理”というものが無くなっている。早い話が隙だらけだ。

 

「魔人族の意気は消沈しているぞ! 我らに続け! 油断なく攻めかかれ! 橋を奪い返せ! 国境を我らのものとせよ!」

 

 機を逃さず、鎗を振るいながらもレオンが檄を上げる。魔法を使っておらぬが故に届くのは肉声の範囲に留まるが、それでも効果は十二分だ。

 卵が先か、鶏が先か。兵を指揮する立場にいるのはレオンだけではない。戦場全体で見れば未だそれなりの数はいる。レオンとガハルド、そして“神の使徒”の参戦を契機に変化した戦況。機を見るに敏な者たちは、過たず兵を鼓舞していた。初めは小さかった変化は次第に大きくなり、既に戦場全体へと伝播している。

 北大陸への入り口たる橋を攻められ奪われた。そして、ついには大陸内への侵入を許してしまった。――その汚名を返上すべく、騎士が、兵が、一丸となって一気呵成に攻め立てる。そのうねりの強大なさま。橋へと到達するのはそう遠いことではなかった。

 しかし、橋へと到着するや、その動きは失速する。

 それも当然のこと。如何に広くても、橋である以上はその広さも限られる。自分たちだけならばともかく、後ろにはここまで来る過程で助け、追随してきた兵士たちがいるのだ。それを整えないことには押し合いへし合いが起こりかねない。勢いが削がれるのは承知の上で、その動きを止めないわけにはいかなかった。

 

「よお、そっちも無事だったようだな!」

「殿下に宮崎さんもケガはないようだね。何よりだよ」

 

 もどかしくも兵たちを整列させている最中、横合いから声をかけられる。

 光輝と龍太郎だ。それぞれのスタート地点は別でも、橋を奪おうとすれば合流してもおかしくはない。……むしろ、四人がここで合流することまでがネイビーの指示通りだった。他の面々も異なる橋に向かうように指示されている。

 

「玉井君たちは無事かな?」

 

 ポツリと奈々が呟く。

 既に日は暮れようとしていた。間もなくにして闇が支配するだろう。以前からは考えられないことではあるが、体力的な意味では動くのに支障はない。それでも、視界が利かねば『十全に』とは言えないのが現実だ。

 ここに都会の明かりはなく、魔法で照らすのも割に合わない。自分たちでは松明なども用意してない。軍なれば備えているかもしれないが、そこら辺の確認はこれからだ。確かな光源となるのは月と星の光のみ。

 本音を言えば、こうなる前に橋を奪い取りたかった。可能性としては低いことを告げられてはいたが、それでもだ。

 無論、奇襲をしかけた昇と淳史にもそのことは知らされている。だから機を見計らって退くようにも念押しされていた。実力を鑑みれば大丈夫だとは思うが、世の中に『絶対』は存在しないのだ。無条件に信じきれるほどの絆が未だ紡がれていない以上、不安を抱くのは仕方がない。

 

「大丈夫だと信じるしかない。……悔しいが、今の俺たちにはそれしか出来ない」

 

 渋面を作って光輝が言った。

 今すぐにでも動き出したい。自分たちだけであれば、訪れる暗闇も障害にはなり得ない。……その想いを押し殺すが故の顰め面だ。

 前提として、彼らがここに来たのは国境戦線軍を救うためだ。そうすることで、これからも行動が取りやすくなるからだ。

 だが、現実として光輝やレオンたちが道中で助けた兵たちは疲労の極みにある。ここまでついて来れたのも、火事場の馬鹿力が発揮されたためだろう。勢いに乗って動いている最中は意識することもなかったようだが、大半の者たちの動きは非常に緩慢となっている。

 これでは個人行動など取れる筈がない。無いとは思うが、目を離している隙に奇襲でも仕掛けられたら、今度こそ彼らはお終いだ。今から一晩グッスリと休めばある程度マシにはなるだろうが、だからこそ、その間は彼らの傍を離れることが出来ない。

 オルクスでの経験から夜目は利く。たとえ“探知”技能を掻い潜られたところで、向上した実力から反応出来る間合いも十分。仮に奇襲があったとしても、その人数は非常に限られていると思われる。……諸々を鑑みれば、最悪動けるのがこの四人だけでも、一晩程度なら護り抜くことは可能だろう。

 とは言え、それも絶対ではない。反応範囲が広くなったとは言っても、必然的に限りがある。兵たちを囲むように前面に二人、左右に一人ずつ配置することで穴埋めをする前提での反応可能判断だ。当然、真後ろから来られた場合は気付かない可能性も決して否定は出来ない。

 なればこそ淳史らの様子を見に行くことは――場合によっては援護することが出来ない。……如何に実力が高くとも、個人であるが故の限界だった。

 

「光輝の言う通りだ。今は仲間を信じよう。僕たちには僕たちでやることがある」

「何だかんだ、アイツ等なら大丈夫だろうよ」

「そう、ですね」

 

 今は、自分のやるべきことを。……不安を振り払い、奈々は面を上げるのであった。

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