ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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4話

「悪いな。アンタたちまで巻き込んじまって……」

 

 橋の中継拠点。魔人族が遠巻きに囲む、その簡易防柵の内側でそう言ったのは昇であった。その傍らには絶影が力なく横たわっている。……スタミナ切れだ。戦闘にも耐えうる良馬であるが、絶影はどこまでいっても動物でしかない。魔力の運用が出来ない以上はその恩恵も最低限でしかなく、戦闘に次ぐ戦闘ともなれば真っ先に動けなくなるのは自明の理であった。細かな傷こそ所々に見られるものの、動きを損なうほどの大怪我をしていないのは唯一の幸いだろう。

 トータスに召喚されて以降、昇たちも数々の戦闘を経験してきた。……が、この場のそれは勝手が違った。

 馬を連れ歩かない迷宮内との戦闘とも違う。人との戦いではあるが“戦争”と“討伐”の差異もあった。初めて経験するそれが昇に判断を誤らせたのだ。結果、絶影に対する注意が――僅かであるが――疎かになってしまい、それにより完全な撤退は叶わず、途上で敵に囲まれている。……ばかりか、巻き添えまで作ってしまう始末。

 自己否定の念が、強く昇を襲っていた。

 

「気にしないでくれ。悔やむ気持ちも分からないではないが、君たちに助力することを決めたのは僕たちの意思だ。それを蔑ろにされてはこっちの方が困る」

 

 答えたのは青い髪の少年――セリスだ。

 機を窺っていたセリスらは、チャンス到来と見て一目散に撤退しようとした。……そう、過去形だ。自分たちよりもなお南側で戦う昇と淳史の姿を目撃した彼らは、諸々を天秤にかけた上で助力することを決めたのだ。

 戦場にもよるが、セリス、アレス、リーフの三人は馬を駆る事がある。それもあって、限界が近づいている絶影の様子も簡単に見て取れた。

 だからこそ、疑問が浮かぶ。騎乗したての新兵ならばそこそこ在り得る事態だが、それに反して二人の能力がアンバランスだった。本来、あれほど強く、あれほど自在に操ることが出来るのであれば、まず起こる筈のない事態である。

 そのチグハグさを埋める理由はすぐに思い至った。“神の使徒”――エヒトが齎した“救い”と称される者たち。

 噂でしか知らぬその者たちならば、或いはこういったことも起こり得るのではないか? ……一度そう考えてしまえば、二人を放っておくことなど出来なかった。

 セリスら“英雄の系譜”には代々伝わり、未だ叶わぬ目的がある。その血も、武具も、武技も、永い歳月の中で消え去ることなく連綿と受け継がれているそれらは、あくまでも目的を果たすための一助でしかないのだ。

 言ってみれば、これ以上ないほどの“祝福”であり――“呪い”である。

 それほどに困難で現実味のない目的だが、自身らがそれに縛られているセリスらとしてはいい加減に解放されたくも思っている。未だ先のことではあろうが、子にまで押し付けたくはない……と。

 目途が立たぬとあれば已む無しであろうが、幸か不幸か自分たちの代で転機が訪れた。この機を逃したくはないし、“神の使徒”への接近は目的を果たす上での大きな目安となる。

 そういった利己的な一面もあったが、単に『見捨てておけなかった』というのも理由にある。何だかんだ、“英雄の系譜”に属する者たちの思考はヒーロー的なのだ。受ける依頼とて、まず第一の判断基準が『信条に反しないか』であることからして相当である。報酬などは二の次なのだ。

 

「……ゴメン、ありがとう」

 

 微笑とも苦笑とも取れぬ笑みを浮かべて、昇は謝罪と礼を告げた。

 日は既に沈み、夜の闇が支配している。明かりは空に光る月と星のみ。こちらもそうだが、敵の中にも松明などは付けられていない。それでも、橋の向こう――北南問わず――大陸側には所々に光が見える。煌々と闇夜を照らすその輝きの規模と配置間隔が、相応の人数がいるだろう事を知らしめる。

 橋向こうはどうあれ、この場においての数の差は圧倒的だ。こちらは八、絶影を入れても九しかいない。相手の数は数えきれない。互いに言える事であろうが、闇夜の中では動きに支障が出て当然だ。実力を発揮しきれる筈もない。放出魔法云々を加味しても、普通に考えるならば敗北は決定的だ。

 しかし、それを覆すほどに個々の実力差も逆の意味で圧倒的だ。無論のことこちらが上で、魔人族が下である。

 南から追って来た者たちが攻める事への警戒を促し、北から来た者たちが火をつける事への警戒を促したのが聞こえてきた。

 ヘタに攻めれば逆に討ち取られる。火をつければ矢が飛んでくるかもしれない。……それが心理的な圧力となって魔人族は動くに動けないのだろう。

 動くに動けないのはこちらも同じだが、圧力が低いのは圧倒的にこちらの方だ。

 

(最悪、俺が絶影を諦めれば形勢は一気に逆転する)

 

 そう断言出来てしまうほどの実力差がある。セリスらも今まで見てきたトータス人とは比較にならないほどに強い。……少なくとも、会った時のメルドよりは遥かに強い。合流してからこの中継点に着くまでのほんの僅かな間で、それが理解出来てしまった。

 そんな彼らが動かないのは、こちらの気持ちを汲んでくれてることと、万が一を防ぐためだ。攻撃範囲の近遠に関係なく、攻撃を食らう可能性自体はあるのだ。夜間で視界が利かないとあれば尚のこと。数の差による乱戦となることも相俟って、場合によっては味方を斬りかねない。

 この一時の安寧は、そういった互いの思惑が上手く絡み合った結果に過ぎないのだ。だからこそ、いつ均衡が崩れ状況が動き出すかも分からない。

 元より長くもない猶予の中で、人知れず昇は選択を迫られていた。それが強いストレスとなって圧し掛かる。

 淳史やセリスたちの身を案ずるならば、絶影は諦めるしかない。この状況、動けない存在はそれだけで足手纏いだ。親友たる淳史はともかく、善意の協力者であるセリスたちにまで我儘を押し付けるわけにはいかない。

 そう、絶影を助けたいというのは昇の我儘に過ぎないのだ。良馬にして愛馬ではあるが、客観的に見れば馬でしかなく、人の生命には代えられない。

 頭では理解しているが、心が納得してくれない。

 ここで絶影を見捨てる様であれば、何れまた容易に何かを見捨てるようになる。ギリギリまでは可能性を模索するべきだ。……そう、身の内で吠え立てている。

 一言でいえば、妥協するか、しないか。

 賭け金とリターンは共に生命。とても重いモノを秤に乗せた上で、昇は決断しなければならない。

 自分で決めたことならば、後悔するにしても受け入れざるを得ない。だが、時間切れで流されるままに結果が訪れてしまえば、後悔してもしきれなくなる。

 苦悩する昇に声をかける人物がいた。――リーフである。……なお、セリスは交代する形でこの場を去っていった。

 

「君は、戦争に参加するのは初めてかい?」

「あ、ああ。迷宮で魔物狩りとか依頼で賊退治とかならしたことあるけど、これだけの規模のは初めてだ」

「道理でね。自覚はないと思うけど、今の君の眼はとても危うい輝きを放っている。一種の視野狭窄だよ。解決方法はとても簡単ですぐ近くにあるのに、自分でそれを知っているのに、不安に押し潰されて気付いていないんだ。僕にも覚えがある」

「視野、狭窄だって?」

「ああ、そうだ」

 

 そうなのだろうか? ……昇は自問し、そうなのかもしれないと結論付けた。

 不安が無いと言えば嘘になる。そんな状態で浮かぶ考えなど、悲壮感に溢れたものになるだろう。俗にいうマイナス思考だ。

 

「助言を一つ。僕たちの心配をする必要はない。同じ『立て籠もる』にしても、当初と今じゃ大きく違う。……分かるかい? 君たちの参戦に合わせて、既に前提が変わっているんだ。

 今現在ここに立て籠っているのは、君の馬を休ませる意味合いが強い。全員じゃないけど、僕たちだって戦場によっては馬を駆る事があるからね。愛馬が苦しんでいるとあれば、とても他人事じゃいられないさ」

 

 その言葉は、昇にとって大きな救いとなった。足枷になると思えばこそ、苦悩していたのだ。しかし、当の本人たちが『気にするな』と言う。社交辞令の建前だったとしても、気を取り直すには十分すぎる。

 

「ありがとな。……そうだよな。ネガっていたら、碌な考えなんて浮かぶはずないよな」

 

 礼を述べ、両手で自らの頬を一叩き。昇は己に気合を入れた。

 

「ああ、そうだ。それが良きにしろ悪しきにしろ、どんなに非現実的な事も起こるときは起こるんだ。だから、たとえどんな時でも、辛く苦しい時でも、僕たちは決して希望を忘れちゃいけない。捨てちゃいけないんだ。

 もちろん、時には諦めなければいけないこともある。妥協しなければならないこともある。――だけど、その上で、心の中では『それでも』と叫ぶことを忘れてはいけない。未来(あす)への希望(ゆめ)を絶やしてはならないんだ」

「ありがとう。……余裕はないだろうけど、今の状況で自分に何が出来るのか、少し考えてみる」

「それでいい。自惚れと思うかもしれないが、僕たちは強い。それは君の仲間も同じだろう? 僕たちを取り囲んでいる奴らが動いたって対処してみせるさ」

 

 力強い笑みを浮かべて頷きを一つ。その後、リーフは見張りへと戻っていった。

 

「すげえよな。アレで俺たちとそう年が変わらないってんだから」

「……淳史」

「この世界に召喚されて、戦うことになって。そんで今まで過ごしてきたけど、ここの人たちを見てると思うことがあるんだ」

「思うこと?」

「ああ。環境柄ってのもあるんだろうけど、大抵の人は固定観念に囚われ過ぎてるキライがある。だけど、精神的な強さは俺たちとは比較にならないほど強い人が多いんだ。

 技術が発達し、暮らしの利便性が上がることで俺たちは“楽”に慣れちまった。日々あれこれと想像を働かせる余裕が出来るくらいにはな。……それが悪いってわけじゃないけど、ここの人たちを見てると色々と考えさせられる」

「それは、分かる気がする」

 

 昇は頷いた。

 自分たちは“神の使徒”としての立場があればこそ、召喚当初からまともな生活が出来た。召喚されたことに対して文句を言うことも出来たし、弱音を吐くことも出来た。一応なりと受け入れた後は訓練に精を出すことも出来た。

 だが、立場による保障がなければ、果たして自分たちにその様な余裕はあっただろうか? ……とてもそうは思えない。状況次第ではあるだろうが、一部の面々を除けばアッサリと死んでいた可能性が高い。

 たとえ“神の使徒”としての高ステータスや潜在能力があったとしても、それを知らないのでは『無い』のと同じだ。知らずとも予想出来ればまだ違うかもしれないが、想像を働かせるにも相応の下地がいる。

 そして日本の学生として常識的に考えるならば、剣で斬りつけられれば十中八九死ぬ。身体には余裕があったとしても、頭の方が『死んだ』と認識してしまうだろう。……少なくとも、それである程度五体満足で生き延びられなければ想像を働かせる余地はない。

 しかし、現実的に考えれば無理筋だ。光輝のような高ステータス、或いは大介のような敏捷特化タイプでもなければ疑問を思い浮かべる余裕が出来る前に死ぬ筈だ。なんの前情報も無い状態では、『何故生きていられるのか?』、『何故回避し続けられるのか?』とでも考えない限り仮定としても思いつきはしないだろう。

 現実的に考えれば、文句を言った時点で殺されていたとしてもおかしくはないし、そのような状況であれば生き残るために唯々諾々と従っていたかもしれない。一度恐怖で縛られてしまえば、払拭するのは並大抵の事じゃない。『もしかしたら』と思っても、実行に移す気力なんか湧きはしないだろう。

 その日暮らしで精一杯。夢を見る余裕もない。そんな、お話では耳にする事柄が、自分たちの身にも現実に起こっていたかもしれないのだ。

 自分たちにとってはたらればの可能性でしかないが、そういった理不尽が現実に起こっているのがこの世界の人たちだ。

 そしてこの世界では神が――その威を借る教会勢力が幅を利かせている。

 想像力を培うことの出来ない社会情勢。その分だけ日々の生活も大変で、それが結果的にはサバイバビリティの向上を促している。

 たとえ生き足掻くためとはいえ、自分たちであれば犯罪をするのにはブレーキがかかる。日本人という広い括りで見ても、人口全体で見れば直接的に人を害そうとする者は少ない。――しかし、この世界は別だ。天職を持たぬ者たちが、生き足掻くために容易く賊へと身を窶している現状がある。

 これほど分かりやすい対比もない。

 とある作品によると、『歴史とは“戦争”、“革命”、“平和”の循環によって成り立っている』らしい。

 地球が“平和”だとするならば、トータスは“戦争”だろうか。では、自分たちが召喚されたのは“革命”を成すためか? ……そう仮定すれば、開幕早々のイレギュラーも納得出来る。召喚対象によって封印される事態など早々あり得る筈もない。

 世界自体が意思を持ち、火だの水だのといった、それを構成する要素それぞれもまた意思を持っている。――曰く『宿星』。

 人は生きる上で、意識せずとも宿星の影響を受けている。或いは出逢い、或いは別れ。――曰く『宿星の導き』。

 人によっては影響を受けるだけに留まらず、直接に宿星の声を聞く。現に淳史は“礼星”の声を聞き、応えることで、その加護を強く受けている。

 しかし、自分は未だに声を聞いたことなどない。――にも拘わらず、こうして召喚されている。

 或いはこれから聞く可能性もあるが、その割には予兆も何もない。

 クラス外から召喚された愛子先生がいる一方で、クラスの中には召喚を免れた生徒たちもいる。それを思えば、召喚された者たちには何かしらの“意味”がある筈だ。……当然、自分にも。

 

「さってと、俺も見張りに戻るわ。……っと、そうだ。さっきスカサハから聞いたんだけど、彼らの仲間には天馬(ペガサス)を駆る人もいるらしいぜ。しかも結構可愛い娘だとか。一度は見てみてえよな?」

 

 言うだけ言って、返事も聞かずに片手を上げながら淳史は見張りへと戻っていった。

 一方、思索に耽っていた昇はその言葉で気を削がれてしまった。

 

「確かに天馬には興味あるけど、お前が見たいのはどっちだよ」

 

 呆れたように呟いて、昇は淳史の後ろ姿を見送り――ハッと何かに気付いたかのように表情を変えて絶影へと視線を転じた。

 

「動物、魔物、天馬、そして“変成魔法”。もしかしたら、という可能性もあるか……?」

 

 独り言を呟きながら絶影へと歩みより、労わる様にその身体を撫で上げた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「おお! お久しぶりですな、殿下! いや、この度は我らの尻拭いをさせてしまったようでお恥ずかしい限りです」

「お久しぶりですね。何を言われますか、公爵。貴公を始め多くの人たちがこの地で魔人族の侵攻を食い止めて下さればこそ、北の地に住まう者たちの日常が廻っているのです。あなた方の危地を知り、手足を伸ばす余裕があるにも拘らずそれをしなかったとあれば、こちらの方こそ合わせる顔がありません」

「……我らの実力不足から多くの者たちが犠牲となりましたが、そう言っていただけると救われる思いです」

 

 近辺に三か所ある橋。その中央橋の北大陸側にて、レオンと一人の公爵が言葉を交わしていた。周囲には燦燦と松明が設置され、夜の闇を切り裂いている。

 一度はズタズタにされたとはいえ、戦争ともなれば陣は幾つも構えるもの。国交戦線に参加していた貴族や騎士団――特に後方に構えていた、より立場のある者たち――には無事な者が多く残っていた。

 基本的には爵位が高くなれば領土も広がる。しかして、一人ではその全てを万全に統治出来るはずもない。だからこそ、領土を分割し、より爵位の低い者へと与えて統治を代行させるのだ。

 こういった仕組みで成り立っている以上、如何に実力が高くとも爵位の高い者は、戦線に赴いたところで比較的安全性の高い後方に陣取らざるを得なくなる。

 立場が低ければ負う責任も低く、代わりを宛がうことも比較的容易だ。しかし、立場が高くなればそうはいかない。血なり歴史なり功績なり、相応の“格”を求められることとなる。……が、それを有し、かつ手隙の者など早々いるわけがないのが実情だ。

 そして現在、そうして生き残った指揮階級にある者たちが続々とレオンの下へと集っていた。もちろん全員が全員というわけではない。後陣であればあるほどに、兵たちもそれだけ無事だ。その指揮もあるし、何より爵位の“格”と個人の人格や能力が釣り合っている者ばかりではないのだ。魔人族の奇策によって不利となった際、生命惜しさに一目散に逃げ帰った者もいる。逆に、己が役者不足だということを認識している者は配下の言を聞き入れて戦場に残り、この場にも来ていたりする。

 

「よお! ちっと遅れちまったか?」

 

 そうこうしている内に――北大陸を上と見て――右手側の橋からガハルドがやって来た。重吾たちも同行している。

 日の明かりが完全に消える前、彼らはどこからともなく飛んできた矢文を受け取ったのだ。そんな真似が出来るのは彼らの知る限り明人だけであり、文を開けば『中央橋前に集合』とネイビーの指示が載っていた。

 実のところ、矢文を受け取ったのはガハルドだけではない。光輝たちも受け取ったし、確認出来るだけの将官たちも受け取っていた。“神の使徒”の名を一緒に載せれば信憑定かならずとも確認のために来ざるを得ず、皆が集合しているのはそのためだ。

 

「いえ、大丈夫ですよ。ネイビーたちもまだ来てませんので」

「そうかい、間に合ったってんなら何よりだ。向こうにはかつての側近――ベスタが居たんで任せてきた。アイツなら荒くれ者共も纏められるだろ」

「すみません、お待たせしました」

 

 光輝とガハルドが言葉を交わして暫く。左手側からネイビーがやって来た。その傍らには健太郎と明人の他にも何人かの姿。道中で合流した戦線の参加者だろう。

 さて、いつまでも無事と再会を喜んでばかりもいられない。いつまた状況が動き出すかも分からない以上、詰めるところは早急に詰めなければならないのだ。そうして集まった者たちを兵の合流再編や見張りやらへと振り分ければ、この場に残った者は激減していた。 

 

「取り敢えずは持ち直したわけですが、皆さんにお訊ねします。この状況下で魔人族が一番欲しいモノは何だと思いますか?」

 

 付近には多くの兵が寝息を立てているがそれはそれ。判を下す者がある程度スッキリしたところでネイビーは問いかけた。

 

「時間、ですね? ……ああ、私はサイアス。傭兵団“英雄の系譜”にて軍師を務めております」

 

 多くの者たちが悩む中、早々に返答をする者がいた。柔和な顔立ちの、赤毛の髪が映える美青年だ。

 

「正解です。噂には聞いてましたが、アッサリと答えるとは流石ですね。

 或いは援軍。或いは正確な情報。どれも間違いではない。……が、それを得るには何よりも時間が必要となる」

「そして瞬く間に優勢を覆された魔人族は何としても時間を稼がなければなりません。では、『どうやって時間を稼ぐか?』を考える必要があります」

「環境柄放出魔法は使えない。強化魔法は使えても、一部の突出した実力者を前にしては手も足も出ない。……その上で準備に然程時間をかけずに出来ることは何か?」

「答えは“火”です。誰しもが魔法に多大な適性を持つと言われる魔人族です。少しこの場を離れれば、魔法で油を用意するくらいは造作もないでしょう。相応の量が必要となりますが、人海戦術でどうとでもなるでしょうしね」

「油が用意出来たら、あとはそれを撒けばいい。橋の外から火を付けたランタンを運ぶなり金属を打ち合わせるなり、着火するだけなら方法はいくらでも思いつく。そして何よりも、この場には敵味方問わず多くの死体が溢れている。橋その物は燃え尽きずとも、火勢は容易に増すことが出来る」

「燃え盛る火と煙を前にしては、こちらも否応なく足を止めざるを得なくなります。また魔法による消火が望めない以上、自然に消えるのを待つしかありません。峡谷の下から攻めようにも、当然警戒はしている筈ですしアッサリと気付かれるでしょうね」

 

 ネイビーとサイアス。二人の間でポンポンと会話が進む。それ以外の大半は口を挿むことも出来ず聞き役に徹していた。

 そうして両者の話が一段落ついたタイミングで光輝が口を挿んだ。

 

「そうなると取れる手も限られてくるな。夜目の利く少数精鋭での強行突破が最適解だと思うがどうかな?」

「同意するよ。数が増えればそれだけ気付かれやすくなるしね。安全のためにも明かりを付けて進まざるを得なくなるし、どうしても動きが遅くなる。プレッシャーをかける分には良いかもしれないけど、相手に死兵を作りかねない諸刃の剣でもあるからね」

「そうなると俺は留守番かよ。まあ仕方ねえか。――んで、軍師様としてはどうだい?」

 

 レオン、ガハルドと続き、再びネイビーへと匙を投げる。

 

『異論はありません』

 

 二人の軍師の言葉が揃った。

 大陸間の国境――【ライセン大峡谷】に掛かるこの橋を自分たちの支配下に置くのが、国境戦線における最終目標と言っていい。……が、言葉では簡単でも実行するのは容易ではない。一時支配下に置いたところで、奪い返されては意味がないのだ。結果、少しでも長く支配下に置き続けるためには相手の数を減らすのが一番である。

 普通なら至難の業だが、魔人族にとっては不幸なことにそれを可能とするだけの特筆戦力――圧倒的なまでの実力を持つ“個”がこの場には複数存在した。それが“神の使徒”であり“英雄の系譜”である。夜目の利く者は限られているが、暴れまわるだけなら十分なのだ。

 

「公爵方はどうだろうか?」

 

 だが、あくまでも光輝たちは善意の増援である。サイアスにしても雇われの傭兵でしかない。

 この場での最終的な決定権は別にある。或いは王国や帝国から最高責任者として派遣された者たち。或いは教会や冒険者ギルド、傭兵ギルドなどといった国に属さぬ『中立』から派遣された監査官などだ。如何に“神の使徒”、王子、先帝とはいえ、そういった者たちを無視して動くことは出来なかった。――動こうと思えば動けるが、冒険者ギルドから除名処分を受ける可能性もある。

 

「情けない限りではありますが、私にはそれを否定することは出来ません。無論、一国民としては御身の無事を考えて否定するべきなのでしょうが……」

 

 途切れた言葉の先、公爵の言わんとしたことはレオンも何となく分かった。

 レオンらの参戦を機に劣勢だった戦線が持ち直したのだ。ある程度の作戦を立てたとはいえ、それを成したのは『圧倒的なまでの“個”の暴力』があったればこそ。多少なりともそれを直に目にしてしまえば『無用の心配』と思わざるを得ないだろう。

 貴族とは国王に、引いては王族に忠誠を誓う者たちだ。如何にレオンが養子であろうとも、王家の血を引いていることは確か。そしてこの公爵は、レオンが王族としての仕事をせずに冒険者をしていることの理由を国王から聞いていた。……それだけの信を国王から受けているのだ。

 そんな公爵ともなれば、表立っては言葉として述べれないこともある。案として告げられたのは『少数精鋭での強行突破』であり、その人員には触れられていない。しかし、実力を鑑みればレオンが含まれているのは明らかである。

 人員が明確となっていないからこそ、遠回しであるが賛同することが出来た。……同時に、レオンの無事を願っていることも。

 

「この放蕩王子にその言葉。貴公の王家に対する忠誠、真にありがたく思う。……他の方々はどうだろうか?」

 

 否定する者はいなかった。誰しもが多様なりとも先の逆転劇の一幕を見ているのだ。比類なき実力者を前にしては、矮小な者が心配などするだけ無駄である。

 この場に残る最高責任者たちの言質を取れば、行動するに支障はない。

 動ける将兵たちには傷病兵たちの救護と警護、そして橋の封鎖をお願いする。後方の安全を確保出来ないことには攻めるにも攻められないのだ。

 作戦立案能力はあれど、戦闘力の無いネイビーは中央橋で留守番だ。付近には公爵もいるし、護衛として健太郎も残すので安全は保障されている。

 左の橋を担当するのは“英雄の系譜”を軸に京弥と明人だ。昇たちが足を止めているのもこの橋であり、親友である明人が向かうのは当然と言えた。……まあ、明人は夜目が利かぬので何が出来るとも分からないが。

 中央はレオンを筆頭に真央、妙子、奈々。夜目が利かぬのは真央も同じだが、そこは付与術士である。何とはなしにファッションの一環で買っていた伊達眼鏡に“暗視”を付与すればそれで事足りた。

 そして右は光輝を筆頭に龍太郎と重吾だ。中央とは異なり何とも男臭いパーティーであるが、この中にはそれを気にする者はいなかった。

 それぞれが橋に着いたら、後は行動開始の合図を待つだけだ。

 合図を出すのは“英雄の系譜”に属する風使い――セティ。ハジメに勝るとも劣らない風の支配者だ。彼の実力を以てすれば、風を用いてそれぞれの状況を確認し、開始を告げるのは十分に可能である。

 

「それぞれ着いたようだ。……五……四……三……二……一……スタート」

 

 その言葉を合図に、戦士たちが闇の中へと躍り出た。   

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