ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 京弥とシャナン。本来出逢うことなどなかったであろう二人の“剣聖”は、静かに合図を待っていた。共に視線は橋の彼方を見据えている。

 近辺は松明の明かりで照らされているが、だからといって持っていけるわけでもない。そんなことをすれば手が塞がるし、動きにも支障が出る。“剣聖”を冠するほどに並外れた剣の使い手であるが、松明を剣の如くに使える筈もないのだ。振るうだけなら多少なりと出来るかもしれないが、そんな真似をすれば肝心要の火が消える。それでは松明の意味がない。

 ここから少し踏み出せば文字通りに『一寸先は闇』であり、その更に奥へと踏み込んでいかねばならないのだ。……常人ならば気後れするかもしれない状況だが、それはあくまで常人であればの話。二人には当てはまらない。何ら気負わず、焦ることもない。

 そして、ついにその時が来た。

 

「さあて、暴れるか! ついて来れるかい、シャナンさんよ!?」

「無論だとも。むしろ、そちらの方がついて来れるかな?」

「ハッ、上等!」

 

 閉じていた瞳を開け、意気を吐き、二人の“剣聖”は意気揚々と闇の中へと躍り出る。

 如何に同じ称号を冠しているとて、何から何まで同じ筈もない。剣の技量ならば遜色なかろうとも、それ以外の能力は違って当然である。技能によって夜目の利く京弥と違い、シャナンはその手の技能を所持していない。そのため、速度は僅かながらに京弥の方が上であった。

 だが、その差も一般兵には認識しきれない。『桁違い』、『埒外』と称される程に実力差がありすぎるのだ。そもそもの領域が観測者と異なっている以上、正確に測れる筈もない。……そして、それは魔人族にとっても同じであった。

 橋向こうでは松明の明かりが煌々と夜闇を照らしているが、その明かりもここまでは届かない。

 だから、その場の魔人族が二人に気付いたのは、仲間が――或いは己が――その刃で斬られた後だった。そうなってしまえば、気付いたところでもう遅い。何かしらの対応を取る前に刃が閃く。防ぐ術などありはせず、揃いも揃って倒れ伏す。

 この場においては派手な動作もド派手な技も必要ない。力量差も相俟って、ただの斬撃それ自体が必殺の一撃と化す。しかも、それが一人ではなく二人である。たとえシャナンの夜目が利かずとも、その技量には些かの衰えもない。

 結果、静かに、只々静かに、人知れず魔人族の死体が積み重なっていく。無論、魔人族が斬られた際に呻き声も出れば、倒れた際にも音が経つ。しかし、それはこの広大な空間においては極々小さな音でしかない。他へと届く前に静寂に呑まれて消える程度だ。

 この場の魔人族を一掃した二人は、顔を合わせて頷きあい、再び闇の奥へと走り出す。交わす言葉は一つもない。なればこそ、布陣する魔人族は誰一人として二人に気付くことはなかった。

 魔人族たちの警戒は他の橋へと向かっているのだ。何故ならば、他二つの橋にはそれぞれ光輝とレオンがいるからだ。

 光輝の聖剣とレオンの聖鎗は共通の効果を持っている。光属性を宿し、その光源に入る敵を弱体化させ、同時に自身の身体能力を自動で強化するという効果だ。名に劣らず、アーティファクトの中でも超級を誇るに相応しい性能だ。……が、日中ならまだしも闇の中では非常に目立つ。まあ、古今東西聖剣なり聖槍なりを武器とするのは英雄と相場が決まっているので、その程度は誤差みたいなものだが。

 ともあれ、そんな目立つ武器を振り廻して攻め上げている者たちがいるのだ。魔人族の注意が自ずとそちらに向くのは必然といえた。

 これで京弥たちが激しい音を立てているのならそれでも容易に気付かれたであろうが、現実には音らしい音を立てず、さながら暗殺者(アサシン)の如しである。

 ただでさえ実力差が激しいのに、京弥たちの攻撃は悉くが奇襲となるのだ。たった二人だというのに、その侵攻速度はとてもそうは思えないほどだ。

 そうして突き進む二人の先で、不意に光が迸った。次いで響き渡る嘶き声。

 

「何だッ!?」

「分からん。……が、ともかく急ごう」

「ああ」

 

 これには流石に驚愕の声を漏らしたが、それもほんの僅か。

 未だ距離があるため状況は把握しきれていないが、何かしらの変化が起こったのは間違いない。こちらに有利となることであれば良いが、その逆も否めない。警戒する余り仲間の救援に間に合わなくなれば本末転倒だ。

 頷きあい、両者は再び走り出した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 如何に情報が錯綜しようとも、それを適切に取捨選択し打つべき手を考えられる者は存在する。そして軍という形態を取っている以上は、必ずそういった存在――軍師なり作戦参謀なりが同道しているものだ。それは質を誇りとする魔人族でも変わらない。

 真に軍師や参謀であれば、感情を抑える術も心得ている。道筋を示すべき者が感情に呑まれていては、正しく伝えられる筈もない。己が感情を抑え込み、相手の感情を擽り、そうして上手いこと道筋へと乗せることが出来なければ、その職責を果たせはしない。

 この状況下で最も必要なのは時間である。正確な情報も、逆転するための増援も、時間がなければ揃うことなく届きもしない。

 この地の環境も鑑みれば、より確実に時間を稼ぐための手段としては火計を用いるのが手っ取り早い。準備にそこそこの手間が掛かるが、確実性を鑑みればどうということもない。一度火が燃え盛ってしまえば、魔法で消すのも容易ではなく自然消火を待たざるを得なくなるのだ。時間を稼ぐにはもってこいだろう。

 魔人族の軍師はよくやった方だ。そもそもが強硬派揃いの中で、上手いこと宥め賺し、どうにかこうにか火計による時間稼ぎへの賛同を得たのだから。

 しかし、だからといって思惑通りに事が運ぶ筈もない。敵の手を見破り、阻むための一手を示すのもまた軍師や参謀の役目だ。その点において魔人族は後手に廻ってしまったのだ。

 少数精鋭で以て人間族が攻め上がって来るだろう事は魔人族も読んでいた。その中に埒外の実力者が含まれているだろう事も読んでいた。しかし、その少数精鋭全て(・・・・・・)が桁外れの力量を持っているなど、いくら何でも想定外に過ぎた。

 結果、火計の準備が整わぬうちに攻撃を仕掛けられ、場当たり的な対応しか出来ていない。

 向かって中央の橋と右の橋では、文字通りに光り輝く武器を手にした者がいるため、その実力と合わせて否応なく目立つ。

 反面、左の橋には動きらしい動きは見られない。争っているような音も聞こえない。

 そうなれば、怪しく思いつつも右と中央に壁役を向かわせざるを得ない。なにせ目に見える実害を被っているのだから。

 かといって左の橋を放置も出来ない。本来であれば一斉に点火する予定だったが、こうなってしまえば仕方がない。左の橋だけでも即座に火を放ち、まずはそこからの侵入を防ぐ。

 如何に埒外の実力者がいようとも、追い詰められているのは人間族も同じだ。左の防備を気にしなくてよくなれば、中央と右に火を放つ隙は見出せるに違いない。

 

「折角にもアルヴ様が“使徒”様を遣わされたというのに! “使徒”様の率いる者たちによって優勢を手に入れたというのに! 簡単に逆転され、こうもいいようにしてやられるとは……ええい、我ながら不甲斐ない! 

 しかし、一つ分かったことがある。異教であれど“使徒”は“使徒”ということだ。……これほどの強さだ。“使徒”以外には有り得まい」

 

 相手方にしてやられている現状に怒りを覚え、されども現実を受け止めて、魔人族の軍師は次なる指示を下すのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 橋の中継拠点に籠っている現状、ヘタな身動きは出来ない。出来ることといえば周囲に気を配ることくらい。

 とはいえ、橋向こうならいざ知らず、この場での光源らしい光源は夜空に浮かぶ星と月の明かりのみ。拠点の周囲を魔人族に囲まれていることもあり、分かることなど高が知れている。それでも、中継拠点は通路の真ん中ではなく脇沿いに点在しているのだ。必然的に囲みは『コの字型』となり、僅かながらも分かることは確かにあった。

 

「あれは……レオンさん……か?」

 

 距離があるためハッキリとは分からない。淳史は親友の明人とは異なり視力を強化する技能を持っていないのだ。

 しかし、淳史の知る限り、闇の中であんなにピカピカと光る武器は光輝の聖剣とレオンの聖鎗しか存在しない。……いや、まあ、武器に限らなければ級友の着けているけったいな仮面も候補に挙がるが、流石にこの距離では仮面程度の光を認識出来るはずもなく、肝心の級友もこの地にはいないため候補から外さざるを得なかった。

 朧気ながら見える光の輪郭から判断するに、剣よりは槍の方が妥当だろう。

 

「レオンさんとは? 恥ずかしながらこの戦線に参じて長くてな、外の情報に疎いんだ。一応、仲間を通じて仕入れてはいるが、優先順位もあれば限度もあるからな」

 

 淳史の呟きを聞き咎めたのだろう。スカサハが問いかける。

 

「ああ、レオンハルト・ハイリヒ殿下だ。王国や教会の支援を受けた上で、全員じゃないけど俺の仲間たちと一緒に七大迷宮の攻略に当たっているんだ」

 

 無理もないな。そう納得して、淳史は前置きした上で――省けるところは省いて――説明した。

 この戦場で目撃された新種の魔物は神代魔法による強化種であること。七大迷宮を攻略すれば、一か所につき一種類の神代魔法を得られること。一言に“神の使徒”と言ってもやることは様々にあるため、普段はグループ毎に別行動を取っていること。偶々全員が揃った際にここの現状を聞きつけて、何人かで救援に来たこと。

 簡単ながらもそういったあれやこれやを説明すれば、『なるほどな』とスカサハも頷いた。

 

「そうなると、そろそろこちらでも何らかの動きがある筈だ。……気を抜くなよ?」

 

 魔人族に動きが見られたのは、スカサハが言い終わるか否かというタイミングだった。――いや、正確に言うならば暗がりということもあり動きは見えていない。それでも、鼻に届くその臭いが、魔人族が動き出したことを知らせていた。

 

「この臭いは、油!? 野郎、こっちを火攻めにするつもりか!」

「攻められる方としては堪ったものじゃないけど、確かに良い手ではある。油を撒いて火を付ければ、そこかしこに死体があるから、すぐにでも火勢は増す。そうなれば、足場は無事でも動きを止めざるを得ないだろう」

 

 臭いの元に気付いたアレスが悪態をつき、セリスが相槌を打つ。

 これで火を付けられれば成す術がない。すぐにでも動き出し、囲みを突破しなければならない。――だが。

 

「残念だけど、彼の愛馬は諦めるしかなさそうだ」

 

 昇の愛馬たる絶影の体力は未だ回復しきっていない。時間の経過もあり多少は回復しているだろうが、とても戦闘行動には耐えられまい。

 思わぬ逆撃を受けた魔人族が取り得る手段として、火計は思いついて然るべきだった。しかし、気付いていたとしてもどうにもならなかったであろうこともまた事実。馬用の回復薬など持ってきてはいない。回復魔法が使えるリーフがいても、この空間では阻害されてしまい完全な効果を発揮しきれない。元からどうしようもなく詰んでいたのだ。……その現実を前に、セリスは悔やむような視線を寄り添っている昇と絶影の方へと向ける。

 そして、二人の方から眩い光が放たれたのも、正にその瞬間だった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 時を遡る。

 とあることに思い至った昇は、絶影へと寄り添い、静かに問いかけた。

 

「なあ、絶影。お前、このままここで終わる事を良しとするか?」

 

 並外れた能力を持つ絶影だが、所詮は動物。昇の言葉を理解出来る筈もない。しかし、まるで『否!』と答えるかのように絶影は一声啼いた。

 

「……だよな」

 

 それに対し、昇もまた理解したように頷いた。如何に“言語理解”の技能を有そうとも、それが働くのは文字通り『言語』に対してのみ。動物の啼き声は流石に適用外だ。――そんな“事実”など、今の二人(・・)には関係なかった。言葉が通じなかろうとも、この瞬間、確かに昇と絶影は互いの望むことを理解し合っていたのだ。

 動物が魔力に適応し、魔物と化す。神代魔法が一つ、“変成魔法”を魔物に使用することで、その魔物は強化種と化す。そして、いま行動を共にしている傭兵団の仲間には天馬を駆る者がいる。

 それらの事実から、昇は一つの結論に思い至った。『絶影に“変成魔法”を使用すれば、その命を諦めずにこの状況を乗り越えられる。――かもしれない』……と。

 その思考は、絶影に伝わった。

 そして絶影の思考も昇に伝わってくる。――『迷う必要はない。やれ。やってみせろ。こんなところで終わるつもりはない。自分はお前を乗り手として――“共にある者”として認めたのだ。その願いに応えぬなど、やれるだけのことをせぬ内から諦めるなど、“ケモノ”としての誇りが許さぬ』

 そう上手くいく確証はない。そもそもにして昇は“変成魔法”など使えない。どうやればいいかも分からない。正に『無い無い尽くし』だ。

 だが、そんな事は関係ないと言わんばかりに、とにかく二人は寄り添った。ただ只管に出来ると信じて。

 どれだけの時間をそうしたかは分からない。

 分かることはただ一つ。

 二人の意思は重なり、現実を凌駕すべく一つの奇跡を起こしたのだ。

 光が止んだ瞬間、絶影の姿はそれまでと変わっていた。

 馬型であることは変わらない。しかし、その額には雄大なる一本の角が生えていた。純白の体毛と相俟って、さながら一角獣(ユニコーン)である。

 魔力に適合したことで、絶影の能力は飛躍的に増大した。先程までスタミナ切れであったことなど知らぬと言わんばかりに盛大に嘶く。

 

(「乗れ、相棒!」)

「ああ、往くぜ相棒!」

 

 昇の頭の中に、確かな意味を持つ“言葉”として絶影の声が届く。それを当然のものとして受け止めて、颯爽と跨る。

 ただの馬であった時から、魔人族を吹っ飛ばすことが出来るほどには確かな能力を持っていたのだ。そんな絶影が魔物化し、更には相棒と認めた騎手が駆っているのだ。

 絶影の角は魔法で強化した兵士の肉体をアッサリと穿ち、その足は邪魔だと言わんばかりに兵士を引き潰す。ついでに馬体の上では昇が棍を構えている。……挨拶代わりの一駆けで、魔人族の囲みに孔を開けることなど実に容易かった。

 とはいえ、このまま進むわけにもいかない。それでは仲間を置き去りにしてしまう。ならば戻る必要がある。

 ごく自然的な結論の下、絶影はUターン。再び魔人族の囲みへと吶喊、これをズタズタに引き裂いたのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 暫しの時間が経てば、人間族は北大陸と南大陸の境界線たる【ライセン大峡谷】――正確には両大陸を結ぶ橋を手中に収めていた。

 勿論のことだが魔人族も激しく抵抗した。……だが悲しいかな。圧倒的なまでのステータス差を前にしては虚しいものでしかなかった。

 召喚された“神の使徒”の約三分の一、それに加えて指折りの実力者集団である“英雄の系譜”に所属する傭兵までもが参戦しているのだ。満足に放出魔法が使えぬ環境下ということもあり、取れる戦術も自ずと限られる。

 昇の“変成魔法”会得と、それに伴う絶影の魔物化。これを切欠として第一の火計は失敗した。そうなれば光輝たちとレオンたちへの抑えも満足に廻せる筈がない。

 ここでとうとう魔人族における指揮官たちの意思が衝突することとなった。

 ある者は言う。

 

「この地を奪われれば、人間族は嬉々として我らが領地へ攻め入ってくる。何としてもこの場で防がねばならん!」

 

 ある者も言う。

 

「今の我々では“異教の使徒”を相手に成す術はありません! たとえこの地を奪われたとて、人間族もすぐに攻め入ることなど不可能です! それに“異教の使徒”が参戦してきたタイミングも気になります。一時の屈辱に耐えてこの場は退き、様子を見つつ対抗策を練るのが上策と進言します!」

 

 どちらの言い分にも理がある。

 アルヴの意の下に他種族を滅ぼすべし。……この戦線にいる者たちの目的はこの点で共通している。しかし、だからと言ってその手段までもが心底から同じ筈もない。

 将に率いられた兵士と兵士のぶつかり合い――彼らの認知する『戦争』という枠に収まっている内はまだ良かった。だが、敵味方共に『枠』に納まらない存在が加わり、それまでの“常識”は通用しなくなってしまった。

 それは兵士たちにも疑心を呼ぶ。『果たして、この上官に従っていいのか?』……と。軍人として命令に従うのは当然だが、それも勝利の可能性があればこそ。過程の犠牲も、勝利という報いがあればこそ受け止めることが出来るのだ。

 そしてその勝利条件も、個人個人では異なって然るべき。

 追い詰められることで、軍人としての一体感を出すために片隅へと追いやられていた、軍人を志した当初の理由を思い出す兵士たちもちらほらと現れていた。

 結果、指揮官たちは互いに互いの言い分を認め、“死守”と“再起”に軍を分けることにしたのだ。

 敬礼、抱擁、涙……それぞれがそれぞれの方法で今生の別れを交わした。

 そして再起に懸ける者たちを見送り、尊き想いを胸に死兵と化した者たちは――勇者を筆頭とした圧倒的なまでの“暴”の前に路傍の草の如くアッサリと刈られることとなった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「これで最後か……?」

 

 残心のまま、光輝が周囲を確認する。

 少数精鋭による強行突破。……言葉にすれば簡単だが遂行は難しいそれを実際にやってのけた彼らだが、実際のところは勢い任せだ。過程で立ちふさがった兵士たちを全て仕留めたと断言は出来ない。生き残り不意打ちを狙っている者がいないとは言い切れないのだ。

 たとえ膨大なまでのステータス差があろうとも、勝利の安堵に気を抜いた瞬間を狙われれば、一矢を報いられる可能性は十分にある。そして場合によっては、その“一矢”が死を齎すことも決して否定は出来ない。対象が自分であれば、己を無様を嗤うだけで済む。しかしその対象が仲間であった場合、嗤うことなど出来やしない。

 曲がりなりにも“勇者”として、ヒーローを志した者として、光輝は細心の注意を払うことを欠かさない。

 それからどれだけ経ったか。中央橋の南大陸側に全員が揃っていた。

 初めて顔を合わせる者もいるため、簡単ながら自己紹介をすませる。橋を奪ったとはいえ、これで終わりではないのだ。後方に知らせ兵を布陣してもらわないことには、戻ることなど出来はしない。

 一角獣と化した絶影に跨る昇が伝令として走ろうとしたところで、その音は響き渡った。……その音は誰しもが聞きなれている。手と手を打ち合わせる拍手の音だ。それが二つ。

 

「誰だッ!?」

 

 誰ともなしに叫び、警戒しながら得物を構える。この場にいる者は、全員が全員一廉の実力者だ。戦場にいる以上、完全に気を抜くことはない。ある程度の警戒は常にしている。――拍手の主たちは、その警戒を容易く潜り抜けたのだ。それだけで只者ではないと判断出来る。

 

「お見事、と言っておこう」

「この賛辞、素直に受け取ってくれたまえ」

 

 言いつつ、南大陸から二人の男が現れた。そして片方の男がその手に炎を生み出す。

 宙へと浮かんだ眩き炎は闇を切り裂き、その見目を露わとする。

 魔人族の領土から来たにしては、双方ともに外見的な魔人族の素養は見えない。炎を放った方が紅の髪、もう一人が金の髪。見た目だけでいえば、赤毛の男は二十代後半、金髪の方は中年といったところだが、共通してとんでもない美形だ。神懸った美貌と言っても過言ではないだろう。その佇まいや所作にも洗練されたものが見受けられる。

 手を打ち鳴らすのを止め、金髪の男が口を開く。

 

「さて『私たちが誰か』という問いだが――」

「アルヴって神の“使徒”ってところじゃねえのか?」

 

 最後まで言わせずに京弥が口を挿んだ。

 それに対してピクリと眉根を動かし、次いで微笑を浮かべる男たち。

 

「御名答だ。どのようにして判断したか訊いてもいいかな?」

「どうってことはねえよ。単なる消去法だ。

 アンタたちは南大陸から来た。単純に考えれば魔人族の関係者となる。個人個人で差があるにしろ、俺ら全員の警戒を潜り抜けたことからして確かな実力者だ。俺らも魔人族の事を詳しく知っているわけじゃねえから、そんな実力者がいてもおかしくはねえさ。――が、問題となるのはアンタたちの美貌だ。俺らの中にも『美形』ってのはいるが、アンタらのそれとは明らかにベクトルが異なる。

 そして俺はこの世界への召喚直後、アンタらみてえな美形を見たことがある。イシュタルのじいさん曰く『真なる“神の使徒”』だとよ。……エヒトに“神の使徒”がいるんなら、同じく神であるアルヴにも“神の使徒”がいてもおかしくはねえ。

 その点で言やあアンタたちも“人形”ってことになんのかもしれねえが、そこら辺は職人や買い手次第でどうとでも変わる部分でもあるからな。エヒトとアルヴで重視する部分が異なっていりゃあ、“人形”っぽくなくても不思議はねえさ」

 

 面倒くさそうに頭を掻きながら京弥は男たちの質問に答えた。

 

「はは、素晴らしいな! 推察通り、我らの身体はアルヴの創りし人形だ。……君は消去法だと言うが、会って早々そこまで頭が廻る者もそうはいない。誇ってもいいことだ」

「“知”の方は見せてもらった。次は“勇”の方を見せてもらおう。――と言いたいところだが、流石にこの数の差は如何ともし難い。そう簡単に負ける気も無いが、勝てるとも限らないのでね」

「加えて言えば、我らの目的は勇者たちにはないのだ。勇者たちの知勇に頼るのを否定はしないが、そもそもが盤外の存在に頼りきりな様では、どの道この世界も永くはない。この世界に生まれ、今日まで生きてきた者たちこそを我らは重視する」

 

 男たちは喝采を以て京弥の言を認めた。

 問題はその次の言葉だ。男たちは言外に述べてくる。レオンやセリスといったトータス生まれの者たちに対して『我らと戦え』……と。

 分かりやすいほどの挑発だが、彼らとしては乗らざるを得ない。このトータスという世界に生まれ、今という時に至るまで努力と研鑽を積み重ねてきたという自負がある故に。

 

「その挑発、乗らせてもらおう。……すまないが、光輝たちは手を出さないでくれ」

 

 聖鎗を構えたレオンが言う。

 

「それは――」

「光輝」

「――分かった。だが、むざむざ死なせるつもりはない。もしもの場合には手を出させてもらう」

 

 光輝が何かを言う前に、龍太郎がその肩に手を置いた。振り向いた光輝へと無言のままに首を振る。

 親友の声なき言葉による説得を受け、光輝は一応の納得を示した。しかし、あくまで一応であり、その意思も同時に示す。

 

「彼は同意してくれたようだが、君たちはどうかな? 私個人としては、特に君の実力を確認したいのだがね? ――なあ、『聖剣ティルフィング』の若き継承者よ」

 

 それを見た赤毛の男が傭兵たち――特にセリスへと言葉を向ける。

 

「……貴方は一体何者だ? なぜこの剣の真名を知っている?」

「ふむ、まあ分からぬのも道理だな。では、我が名を以て答えとさせていただこう。我が名はアルヴィス。神炎『ファラフレイム』の担い手である。……まあ、この身は生来のそれではなく、アルヴの創った人形だがね」

 

 アルヴィスの名とファラフレイム。端で聞いている光輝たちには分かりもしないが、“英雄の系譜”にとっては異なった。本人同士に直接の関わりはなくとも、その血には確かな因縁がある。

 

「貴方がアルヴィス!? 我が祖、シグルドとその仲間たちを陥れた男。俄かには信じがたいが、真実そうであるならばこの剣の名を知っているのも納得出来る。……その真意、こちらとしても知りたくはある。望み通り、相手となろう」

「それでこそだ。……今を生きる“英雄”の力、篤と見せてくれ」

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 結論だけを言うならば、戦いは一方的なものとなった。

 身体能力や技量だけでいうならば、レオンもセリスも十分に渡り合うことが出来た。その穂先は相手を貫き、剣先は相手を斬り裂いている。それも一度だけではない。――だが、その度に効果がないのだ。相手は間違いなくその場にいるというのに、まるで幻でも相手にしているかのように手応えというものがなく、その身体をすり抜ける。

 それでいて、相手の攻撃は間違いなくダメージを与えてくるのだ。たとえ直撃を受けずとも、余波だけで十分な威力がある。神器の効果で軽減されても、完全な無効化までには至らない。時間の経過と共に、趨勢は揺るぎのないものとなっていった。

 すなわち――敗北。

 レオンとセリス、確かな実力者である二人が、結果的には手も足も出ずに負けてしまったのである。

 その事実は、当の二人だけでなく、その戦いを見ていた者たちへも確かな心理的ダメージを与えた。

 

「まずは見事と言わせてもらおう。能力だけならば十分なものだ」

「嫌味かな?」

 

 賛辞に対し、鎗で身を支えているレオンが苦々しく言った。

 

「嫌味などとんでもない。純然たる事実を述べているだけだよ。有体に言うならば、この結果は順当なものだ。――しかし、その中身はこちらの予想を凌駕して余りある」

「七つの神代魔法を修めたまえ。向き不向きはあれど、研鑽を怠らなければ我らにダメージを与えることも十分に可能となる。むしろ、七つの神代魔法を修めぬことには、我らは勿論アルヴやエヒトに攻撃が通じることはない。

 まあ、エヒトの“真なる使徒”は分からんがね。スペックだけなら見事なものだが、結局のところ、アレらは“人形”でしかない。人を人たらしめる“意思”を伴わぬモノに出来ることなど、どこまでいっても想定外(イレギュラー)となることはない」

「ではな。君たちが七つの神代魔法を修めた時にまた会おう。それまでは、ここを封鎖させていただく。なに、フリードの逃走経路を使えば“変成魔法”を獲得しに行くことも十分に可能だ。――ああ、そうだ。アレーティアによろしく伝えてくれたまえ」

 

 そう言った直後、二人の姿はそこから消えた。“空間魔法”による転移に相違あるまい。発動の速さ一つとっても、自分たちとは練度が比べ物にならない。……不意に出されたアレーティアの名に対して問いかけることも出来なかった。

 後に残ったのは苦々しい想いと、南大陸への侵入を拒むように広がり聳え立つ炎の壁。まず間違いなくアルヴィスの炎魔法だろう。流石に神代魔法の炎を乗り越えようなどと試す気にはなれない。

 

「試合に勝って勝負に負けたって感じだな……」

 

 やりきれない想いを胸に、一同は深々とため息を吐いた。  




再び書き溜めに入ります。
『聖戦の系譜』ではセリスはシグルドの子供ですが、本作ではクロスさせるにあたり設定を変更、子孫としています。

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