ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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8章:後始末
1話


 一面に広がっていた白銀の世界が、唐突にしてその姿を消した。それはつまり、【シュネー雪原】を踏破したことを意味している。

 

「ようやく、抜けたか……」

 

 たまに晴れ間を見せるとは言え、基本的には猛吹雪が吹き荒れる極寒地帯を歩き通しだったのだ。如何なフリードとて安堵の息を吐くのは自然と言えるだろう。

 しかし、気を抜いてばかりもいられない。【シュネー雪原】を抜けたということは――間に【ハルツィナ樹海】を挿むとは言え――より人間族の領域に踏み入ったことを意味している。

 確かにフリードたちは“勇者領”への亡命を希望し、受け入れられ、“神の使徒”プラスαによる護衛を受けた上で現在はその途上にあるが、誰しもがその事を知っている筈もない。人間族に発見された場合、攻撃を仕掛けられる可能性が高いのだ。前以て周知する余裕はなく、そもそもにして“勇者領”以外では亡命を受け入れられる可能性は低い。他に思いつくとすれば帝国領内にあるゼノスくらいである。

 だが、周知したところでどの道結果は変わらない。――どころか、より悪化する恐れもあった。“勇者領”に到着する前ならば、亡命は果たされていないのだ。『その前に』と苛烈な攻撃を仕掛けられる危険性は否定出来ない。それだけ“狂信”や“感情の暴走”は恐ろしいのだ。

 やろうと思えば留守番組に周知しておいてもらうことも出来たのだが、危険性を鑑みて取りやめとなった経緯がある。“待ち伏せ”と“不意の遭遇”ならば、後者の方がまだマシだという判断だ。

 幸いと言うべきか。フリードに同行してきた全員が雪原を抜け終えるまで、探知技能に敵性勢力が引っ掛かることはなかった。

 

「まずは一山超えたようだ。厳しい環境下、誰一人として脱落者が出なかったのは幸いだったな」

「ああ。だが、ここから先はまた別の危険が待つ。……ここから“勇者領”まではどの程度かかる?」

「……さて、流石にこの人数だからな。おまけに、俺もこちらには来たことがない。スマンが何とも言えないな」

「……そうか」

 

 リーダー同士の話は難しい表情で終わった。

 数十人を超える民間人を連れての道程だ。今までは“環境”による危険が高かったが、ここからはそれが多少弱まる代わりに“人の目”が加わるのである。対象という意味でも警戒範囲を広げなければならないので、見当を付けるのも難しい。

 言葉では“勇者領”と言ったところで、天誡らが明確に把握しているのはオスカーの隠れ家から続く出口付近に限られる。『【ライセン大峡谷】と【ハルツィナ樹海】近辺』という何とも大雑把な範囲であり、七大迷宮の危険度の高さもあってロクに開発もされていない以上、明確に『ここからは安全』と言うことは出来ないのだ。……土地勘的に言えば、精々が【ハルツィナ樹海】以西といったところだろう。

 現在地から少し進めば【ハルツィナ樹海】が見える筈だが、それはあくまでも樹海の南側である。『樹海近辺』という条件から“勇者領”に該当する可能性もあるが、生憎とこちら側は詳しくないのだ。

 

「あのぉ、少しいいですか?」

 

 以後の道程をどうするか悩む二人に、横合いから声がかけられた。――兎人族の少女、シアだ。

 

「上手くいくかは分かりませんが、樹海を通り抜けるのはどうでしょうか?」

「それが出来ればありがたいが、流石にお前一人でこの人数を案内するのは無理だろう?」

 

 シアの言葉に天誡は現実的な言葉を返す。彼自身は樹海を訪れたことなどないが、そこに広がる霧が亜人族以外を迷わせることは聞き知っている。

 なるほど、確かにシアであれば迷いの霧を物ともせずにすむ。その性質上、樹海を通れば――亜人族はともかく――人間族の目を気にする必要は限りなく低くなる。可能であれば一も二もなく乗りたい提案である。

 そう、この総勢が数十人を超える中において、霧の影響を受けずにすむのはシア一人だけなのだ。……である以上、現実的に考えれば元から実行不可能である。

 

「……ああ! そういう風に捉えられてしまいましたか。言葉が足りなかったですね。私の家族を始めとした『フェアベルゲンの者に助力を頼んではどうか?』という意味だったんですが……」

 

 不思議そうに首を傾げて天誡の言葉を聞いたシアは、暫し考えた後で『理解した』と手を打った。次いで言い直す。

 

「なるほど、そう意味での『上手くいくかは分からない』だったか……。いや、スマンな。言葉を捉え違えたようだ」

「いえ。こうも突出した能力者が集っていれば、そしてその実力を自負する者が多ければ、その様に捉えられてもおかしくはなかったです。私も言葉足らずでした」

 

 そう、シアが付けた前置き――『上手くいくかは分かりませんが』を、天誡は『シア単独で全員を案内する』と捉えたのだ。樹海を出てからシアも成長を遂げ、確かな実力者となったが故の捉え方でもあった。

 当然、それに対する返答はシアの意図するものとは異なっていた。前半だけならまだしも『お前一人で』と付けられたら、流石に正しく伝わっていないことにも気付く。

 かくして、伝達の齟齬に気付いた両者は軽く頭を下げ合った。

 

「可能性自体はあるのだな?」

 

 謝罪しあう二人に対し、横合いからフリードが問いかける。

 

「フリードさんも七大迷宮の攻略者ですし、私個人としてはその人柄も問題ないと思っています。ですので、樹海の奥へ案内することに問題はありません。取り敢えずは私とフリードさん、それから族長たちと面識のある“神の使徒”の誰か、計三人で私たちの集落であるフェアベルゲンに向かおうと思いますが、そこから先はフリードさん次第ですね。

 他の方々からは“亜人族”と一括りにされている私たちですが、その実は多種族による共同コミュニティです。当然ながら一枚岩ではありません。穏健な種族もいれば攻撃的な種族もいますし、その中には例外と呼べる者たちもいます。実際、私も例外に含まれるでしょう。

 まあ“勇者領”で生活をするとなったら、どの道樹海の者たちとの付き合いは必須となります。なので上手いこと説得してください。私もフォローはしますが、決め手となるのはやはりフリードさん本人になりますので……。無事に協力を得られたら、全員で樹海を通り抜けることも可能となるでしょう」

「……分かった、その案でいこう。確かにシア殿の言う通り、遅かれ早かれ亜人族たちと顔合わせはせねばならぬのだ。

 それに、上手くいけば集落で休息を取らせてもらえるかもしれぬしな。脱落者はいないと言えど、やはり極寒地帯を踏破した疲労は溜まっている。可能性に賭けるとしよう」

 

 失敗したところで、然程の損にはならない。協力を得られなければ、そのまま樹海の外を廻っていけばいいだけだ。それに確認の間、同行者たちも少しは休むことが出来る。あくまでも顔合わせがメインと考えればいいだけだ。上手くいったら儲けもの、くらいの軽い気持ちで臨めばいい。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「……ふむ、話は分かった。私個人としては助力をしたく思うが、皆はどうか?」

 

 フェアベルゲンの集会所にて。

 フリードの話を聞き終えた森人族の長老アルフレリックは、他の長老衆と族長を見渡して問いかけた。

 

「俺はここに通すことには反対だ。確かに七大迷宮の攻略者としてコイツ個人は認めよう。大樹への案内も異存はない。――だが、俺たちが他の種族によって虐げられてきたという事実は歴史が証明しているんだ。他の者たちが信頼出来るとどうして言える? たとえ疲弊していたとしても、その数はバカにならない。少なくとも、フェアベルゲンに通すのはそれぞれの人となりが確認出来てからの方が良い。

 とは言え、『疲弊した民を連れての逃避行』と聞けば、何の助力をせぬのも寝覚めが悪い。雫殿たちも協力しているとあれば尚更だ。折衷案として『樹海通り抜けの案内』と『各部族の集落での休息』を挙げるが、どうだ?」

 

 真っ先に声を上げたのは虎人族の長老ゼルだった。その言葉には“長老”としての厳しさと“個人”としての優しさが同居している。

 それを聞いて表情に出さぬまま驚いたのは雫だ。以前と比べれば大分丸くなっている。

  

「私もゼルの意見に賛成だ。流石にいきなりここに通すのは危険が大きすぎる。……フリード殿、貴方と共に来ている魔人族の内、率いる立場にいるのは如何ほどか?」

「部下自体は多いが、腹心と言えるのは三名だ」

「では、貴方と腹心の部下の四グループに分け、シアや雫殿らの仲間もそれぞれ均等に分ける。その上で各部族の集落に来ることに同意するならば、一晩の寝床と食事を提供しよう。まあ突然のことではあるので、質は保障出来ないが……」

 

 そう言ったのは狼人族の族長であるゴートだ。フェアベルゲンにおける戦士団の団長も務めている。その立場もあって長老衆からの信用・信頼は厚い。

 ゼルの案を更に詰めた形となっているそれに対し、他の長老や族長も賛同した。

 疲弊している者たちを見捨てるような真似をすれば、それは自分たちが毛嫌いする帝国兵や、神の名の下に好き勝手をする教徒たちと同じである。彼らの振る舞いを否定するのであれば、如何に魔人族といえど逃避行で疲れ果てている者たちを見捨てることなど出来はしない。

 そうは思えど、魔人族が怖いのも事実である。フェアベルゲンには魔人族を見知った者などおらず、である以上、魔人族については歴史から学ぶしかない。そして魔人族という種に共通する特性が『魔法が得意』というモノだ。

 基本的に亜人族は魔力を持たず、魔法を使えず、必然的にそのメカニズムについても詳しくはない。それでも、樹海内で魔法を使えることぐらいは知っている。疲弊していようと魔法を使うことは可能であろうし、火の魔法を使われでもしたら大惨事だ。

 ゼルの提案はその危険性を考慮したものであり、ゴートの案はその上で魔人族の人柄も試そうとしている。

 辛い道程を歩き抜けた者たちにとって、同胞と別行動を取らされるのは酷なものだろう。しかし、ゼルの言葉通りに亜人族が受けてきた仕打ちは歴史が証明しているのだ。

 苦しい状況でも、なお他者を慮ることが出来るならば隣人と認めるに不足ない。

 歴史を鑑みるならば、亜人族が手を差し伸べる必要などないのだ。それでも、諸々を組み込んだ上で――条件付きながら――手を差し伸べようとしているのだ。

 亜人族(こちら)は示した。――魔人族(そちら)はどうか?

 言葉の裏に込められたその問いかけに、当然と言うべきかフリードは気付いた。迷うことなく言葉を返す。

 

「こちらとしては願ってもないことだ。諸々の理由はあろうが、最大限の譲歩に感謝する。

 そして、一つ謝罪させていただく。……申し訳ない。どうやら私はあなた方を誤解していた様だ。話に聞いた事柄だけで、私はあなた方を『樹海に引き籠る臆病者』と思っていた。

 しかし、現実としてどうだ? 過去の遺恨を乗り越え、こうして私たちに手を差し伸べようとしている。……無暗に争うことを良しとしていないだけで、あなた方は確かな強者だ。その心意気は賞賛に値する」

 

 感謝と謝罪と賞賛と、諸々の意味を込めてフリードは頭を下げた。交渉事において腹芸は当然の行いだが、その表し方も時と場合による。今回は多少なりと本音を語った方が良いと判断したのだ。

 

「まったく、不器用な男だな、そなたも。言わねばこちらも気付くまいに……。だが、私個人としてはそなたを気に入った。いずれゆっくりと話し合いたいものだ」

 

 アルフレリックもまたフリードという男の人格を認めた。

 言葉では『気付くまい』と返しつつも、永らく付き合いの無かった種族同士だ。自分たちを『樹海の引き籠り』と思っていたとしても不思議ではない。その程度、一つの種族の長としてアルフレリックが気付かぬ筈がないのだ。

 それを承知の上かそうでないかはともかく、この機会を良しとして僅かなりと腹の内を示して見せたフリードの度量はアルフレリックの琴線に触れた。勘働きによるものであれ、思考によるものであれ、それが適所で機能し、かつ実行出来る者は貴重だ。

 これから先、隣人となり得る魔人族を率いる者がその能力を保持しているとあっては、付き合い方をより慎重に見定める必要がある。

 戦闘能力という一点では、亜人族は魔人族に遠く及ばない。だが、それも捉え方次第だ。上手く運べば防衛戦力として機能してくれる可能性があるのだから。特に彼らは未だ明確な寄る辺を持たない。グルが中心となって励んでいる村づくりも過程の段階にある現状、村に辿り着いたところで苦しい生活が待っていることに違いはない。

 自分たちの中にはローテーションで村づくりに参加している者も多い。だからこそ――極々狭い範囲であるとはいえ――人間族に対しての対応が丸くなっている者もちらほらと出始めている。それは村づくりに参加している人間族も同じだ。

 しかし、そこに魔人族が加わればどうなるか? ……間違いなく幾らかの面倒事が起こる。人間族にとって明確には『敵』足りえない自分たちだってやはり多少の面倒事は起こったのだから、勢力として『敵』認定されている魔人族なら言わずもがなだ。

 まあ最終的には魔人族自体が向き合わねばならない事態であるが、このリーダーを見る限りでは物資なり何なりと支援する価値はあるだろう。

 自分たちのより良い未来を引き寄せるために。

 浮かべる微笑の裏に、互いに統率者としての思いを隠しながら、どの部族の集落で休息するかを短いながらも話し合うのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 亜人族の集落で一泊した後の道程は思いの外すんなりと進んだ。何名かでグループを作り、樹海の案内だけでなく勇者村までの同行を買って出てくれたことにも起因する。

 彼らは何台かの馬車を駆り、その荷台には各種物資が積まれていた。寝起きはオスカーの隠れ家を使えばいいとはいえ、やはり収容限界はあるのだ。流石に村づくりとなると相応に人数も必要になる。衣類、食料、テントの類を運ぶのは必須であり、そのためには馬車もあった方が良い。樹海での生活には不要といえど、これから先を思えば必要な投資である。グルを通して樹海の魔物を売り捌き購入した経緯があった。

 魔人族も魔人族で、慣れ親しんだ土地を離れ、かと思えば日がな吹雪の吹き荒れる極寒地帯を歩き通しだったのだ。覚悟をしておいたとは言え想像以上の厳しい現実に心は疲弊していた。そこに救いの手を差し伸べてくれた亜人族に対して、『魔法が使えぬから』と見下す気にはなれなかった。それどころか、魔法に頼らぬ社会形成に一種の驚きと感動を覚えたものだ。

 手作業で作られた日用品や衣類。それらに刻み込まれ、或いは織り込まれた装飾の数々。得手不得手もあるだろうが、確かに魔法を使えば遥かに短時間でそれらを作成することは出来る。だが、これほど見事な装飾を入れようとすれば、一部の凄腕でもなければ不可能だ。

 種として魔法に類稀なる適性を誇る魔人族は、だからこそ魔法の絡まぬことには不得手である。しかし現状、人間族魔人族の区切り無しに、日常において魔法が使われぬことは無いに等しい。故にこそ、それが人間族に対して強気になれる根拠となっていた。

 その点につき、亜人族は異なる。大迷宮創造者の遺産といった一部の例外を除き、終始一貫して魔法が絡むことは無い。

 では、自分たちは一切の魔法を使わずしてこれほどの物を作り上げることが出来るのか? ……考えるまでもない。答えは否だ。

 故郷を捨ててフリードについてくるだけあって、彼らは『良いものは良い』と客観的に評価することが可能だった。同時に、それを口に出して認めることも可能だった。

 如何に休息場所として穏健な部族の集落が選ばれたとしても、上層部の判断で魔人族を寝泊まりさせることに対して誰もが諸手を挙げて賛成したわけではない。当然ながら否定的な感情を持つ者も少なからず存在した。とは言え、自らの、或いは同胞の作った物を賞賛されれば悪い気はしない。最終的には一泊という短い時間ながら多少なりと打ち解けることに成功していた。

 そして一部の者たちは『このまま別れるのを良しとしなかった』ということだ。ローテーションの期日にはまだ早いが、魔人族をこのまま村に送っても混乱が起こるのは目に見えている。丁度いい建前もあったため、その軽減を理由として同行を買って出たのである。

 黙々と歩を進めるよりは、おしゃべりをしながらの方が色々と気も紛れるというものだ。それは注意力の減少にも繋がるが、人数が人数であるため如何様にもフォローが利く。魔物が出てきたところで、この面子を前にしては十把一絡げに片付けられる雑魚に過ぎない。……迷宮と異なり、比較的安全な区画だからこそ可能なことであった。

 魔国を発った時とは裏腹にのんべんだらりとした道行きだ。気楽なればこそ時間の経過も早く感じるもので、あっという間に一日、二日と過ぎ去り、勇者村は目前に迫っていた。

 そこまで来たら亜人族は先行した。物資を降ろす必要もあるし、監督者に話しておく必要もある。

 

「よお、やってるな! どうだ、進み具合は?」

「さて、そればかりは……な。幾らかは出来上がった家もあるが、そもそも生活する上での前提条件が『多種族混合』だ。今までにない前提条件なんで『最低限』の目安も立てられん。早速にして店を構えた奇特な者もいるが、どれだけの者が移り住もうとするかも分かったもんじゃない。たとえ“勇者”や“神の使徒”の名があったところでな……」

「なるほどな。……朗報かどうかは分からんが、移住希望者を連れてきた。数十人を超える規模でな」

「ほう、そいつは凄い! それで、どこにいるんだ?」

「もう少し待ってれば着くさ。ただ、覚悟はしておけ」

「?」

 

 先行した亜人族の男は村づくりを指揮する人間の男性と言葉を交わしていた。

 村づくりに取り掛かり始めたのはグルであるが、村の前提条件が前提条件であるため、人間族の立場から意見を述べる監督者もいた方がいいとしてキャサリンから紹介されたのが彼である。亜人族にも偏見を持たず、むしろその仕事内容に興味を引かれるような物好きな男であった。その名をゴルドランという。 

 首を傾げたゴルドランだったが、“覚悟”が何を指してのものなのか、すぐさま理解することとなった。ぞろぞろとやって来る者たちの姿を見れば――その大多数が魔人族であるのを確認すれば、否応なく理解せざるを得ない。

 

「おいおい、魔人族か……。いや、まあ、あり得なくはないのだろうが……」

「魔人族の国からの亡命者だそうだ。“勇者”が受け入れを許可し、その頼みを受けた“神の使徒”を始めとする仲間が護衛がてら迎えに行っていたそうだ」

「……ってことは、あの中には“勇者”の仲間もいるってことだな?」

「ああ」

 

 ゴルドランは内心で安堵した。未だ村は完成には程遠く、あれほどの人数の即時受け入れは不可能に等しい。この状況下、否応なくやってきた魔人族にも働いてもらわざるを得ない。無論、戦争相手の魔人族だ。大なり小なり問題も起こるだろう。――それでも、受け入れ態勢が整ってからと比べれば遥かにマシだ。

 要は祭りと同じだ。人が集まるのだから無理もないが、『祭りの成功』という目的に向かって行動する過程で、皆で何かしらの作業をすれば少なからず衝突も起きる。しかし、同時にそれは団結を生む糧ともなるのだ。

 知らぬから不必要に恐れる部分が存在し、それが些細な事で衝突を生む要因となる。

 

(ならば知ればいい。……そういうことだ)

 

 知ることで恐れる部分も当然あろうが、そればかりは仕方がない。『村づくり』という過程の中で深まる団結力を思えば必要経費だ。

 

「スマンが、ちょっとグルを呼んできてくれ。話し合わなきゃならんことが出来たんでな。それと、時間も掛かりそうなんで今日のところは作業を終わりにする。キリの良いところまで進んだら上がってもいい。他の作業員にも伝えてくれ。……ああ、進捗報告は忘れるなよ?」

 

 ただでさえ魔人族というだけで悪感情を面に出している作業員が少なくない。そんな中、自分たちが働く横で魔人族は何することなく休憩しているとなれば、その感情は積もるばかりだ。それを防ぐためにも魔人族を作業に組み込むことは確定だが、彼らの手綱を取れる者も一緒でなければ意味がない。同時に、こちら側の感情を抑えるために“神の使徒”にも働いてもらわなければならない。

 当然ながら短時間で決まるようなことではなく、自ずと時間もかかる。その時間で作業を進めて悪感情を積み重ねさせるよりは、いっそのこと作業を止めてもリフレッシュさせた方が良い。……極めて合理的な判断を下したゴルドランは手近な場所にいた作業員を捉まえて言伝を頼んだ。

 

「分かりましたけど、あれって魔人族ですよね? 何だってアイツらがここに……」

「“勇者”が許可した亡命者だとよ。まあ、戦争だってんなら亡命もおかしくねえし、ここの理念を考えれば尚更だろう。……ともかく、だからこそあいつ等の振り分けについても考えなくちゃならんわけだ。ほら、分かったらさっさと行きな」

「“勇者”っても、一度も見たこと無いんですけどね。領主ってんなら姿を見せてもおかしくないでしょうに……。まあ、了解っす」

 

 ボヤきながらも去っていく作業員を横目にゴルドランは深い溜息を吐いた。

 エヒトの齎した人類の救い手。それが“勇者”だが、そんな通り名は直接に戦争の被害を被っていない者にとってはどうでもいいことだ。むしろ作業員たちにとっては『領主なのに一度も姿を現さない』という不信感の方が大きい。

 近隣の町村に住居を持ち、仕事として働きに来ている者はまだマシだ。しかしそれ以外。村が出来た際の『居住権』を目当てに働きに来ている者にとってはそうもいかない。このまま“勇者”が姿を見せないようでは、たとえ村が完成したところで『代行だけを立てて、自分たちが汗水流して作り上げた成果にちゃっかり居座るムシのいい存在』としか住人には映るまい。

 作業場の監督を務められるだけあって、ゴルドランは“勇者”への理解もある。

 早い話が立場ゆえのしがらみだ。実のところ、ゴルドランはそれに嫌気がさして以前の仕事を辞した経緯があった。無論、その方向性は“勇者”と異なろうが……。

 

(話し合うことが増えたな……)

 

 魔人族と連れ立った、魔人族以外の人物。その中の一部か全員かは分からないが、そこに“勇者”の仲間がいるのは確かなのだ。

 ゴルドランとしても、あらゆる物事で教会が幅を利かす現在の風潮にはウンザリしているのだ。だからこそ、教会と同じくエヒトに連なる存在でありながら、教会とは異なる指標を掲げた“勇者”に興味を抱いたのだ。それも“勇者”の仲間――“神の使徒”の恩を受けた亜人族が先導となるのだから尚更に。

 そんな彼にしてみれば、出来上がった後の、その時になってみなければ分からない問題ならともかく、現時点で分かっていて、かつ手が打てる問題を放置する理由は微塵もない。少なくとも、そのうちの一つは“勇者”個人が来て、短くとも共に働き、その口からそう簡単には来れない理由を語ればある程度は解消する。

 当然ながらゴルドラン個人には“勇者”とのコネなどなく、必然的に呼ぶことも不可能だ。だが、“勇者”の仲間であればその限りでもあるまい。

 

「さて、初めましてだな。ようこそ、“勇者”の仲間に魔人族たち。私はゴルドランという。この村づくりの監督として雇われた者だ。人間族の立場から意見を述べる代表役も兼ねている」

「初めまして、ゴルドラン殿。私はフリード・バグアー。元魔国の将にして、今はここにいる同胞たちを率いる立場にある」

「俺は九角天誡。“勇者”――天之河光輝の仲間だ。別行動組のリーダーも務めている」

 

 ゴルドランは一行に声をかけ、簡単な挨拶と握手を交わした。

 

「見ての通り、未だ“村”とも言い難い有様だ。しかし、なればこそ魔人族の集団を受け入れられる土壌はあるだろう。当然、そちらの努力も必要になろうがな。簡単に言えば『村づくりを手伝ってくれ』ということだが、実際に行動に移そうとすればそう簡単にはいかないだろう。

 そこで、まずはそのための話し合いをしたいと思う。ゆっくりと休ませることも出来んで悪いが……」

「必要なことではあるだろう。こちらのことは気にしないでくれ。元よりすんなりと事が運ぶとは思っておらん」

「すまん、待たせた。話があると聞いたが――おおッ!? シアに雫殿たちではないか。お久しぶりですな。お元気そうで何よりです。初めて見る顔もあるようだが……」

 

 やって来たのは亜人族代表役の立場にあるグルだ。シアや雫たちの姿に驚きを露わにして喜び、次いでグルリと他の面々を見渡した。

 

「ええ、久しぶり。仲間たちと、勇者領で受け入れた魔人族たちよ」

「魔人族……ッ!? なるほど、それが話し合いの内容か……。長くなりそうです、隠れ家へ行きましょう。連れてきた魔人族たちを休ませる必要もあるでしょうしな? 個室とはいきませんが、広間で雑魚寝くらいは出来ると思います」

「隠れ家って、鍵を持ってるお前がこの場を離れるわけにはいかねえだろうが……」

「俺とシアが残る。気にせず行け」

「私は残るの確定なんですね……」

 

 鍵を入手した詳しい経緯を知らぬが故にツッコむゴルドランに対し、横合いから浩介が口を挿む。己の知らぬところで居残り確定となったシアがウサミミをへにょらせてヘコんだ。

 浩介の存在に気付いていなかったゴルドランが驚いたりもしたが、銘々がオスカーの隠れ家へと進んで行く。

 それを見送り浩介が言った。

 

「さて、構えろ、シア」

「あ~、やっぱそういうことですよねぇ……」

 

 強制的に残らされた時点で嫌な予感はしていたのだ。ため息を吐き、諦観と共に受け入れて、シアは素直に構えた。

 同じ徒手格闘でも、“技量”という点では未だ明確な差が存在する。純粋に己が技量のみでシアが浩介の攻撃を防ごうとすれば、正直なところ二割あれば良い方だ。しかし、だからこそ、そこらの魔物を相手にするのに比べれば遥かに成長が期待出来る。

 油断なく浩介を見据え、不意にその姿が消えた。

 どこにッ!? ――

 

「へぶッ!?」

 

 そう思う暇もなく、勢いよく足を払われ、シアは顔面から地面にダイブ。

 

「……なるほど。小技としては有効だが、鍛錬を重ねる必要はあるな」

 

 痛む鼻を抑えながら立ち上がるシアの視界に、そう呟きながら頷く浩介の姿が映る。

 

「何ですか、今の?」

「“空間魔法”の一つ、“影移動”を使ってみた。平たく言えば『影から影への転移』だ」

「……道理で」

 

 流石に今の一撃は浩介の速度を加味しても速過ぎた。防ぐことは不可能にせよ、姿までも捉えられないとなれば、何らかのサマを行っていることは容易に想像がつく。その正体が“空間魔法”だったというわけだ。転移魔法であるならば、納得もいくというもの。

 

「実際に使ってみてどんなモノかは体感出来た。取り敢えず、今日はもう普通にやるとしよう」

 

 その後はところどころ小休憩を挿みつつ、只管に組み手を行うのであった。   

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