ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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2話

「いや、しかしまぁすまないね。思いの外面倒事になってしまったようだ」

「いえ、このくらいは予測の範囲内でしたから。ただの一般人が立場ある方々をいいように使えば、むしろこの程度で済んでいるのは御の字でしょう。場合によっては不敬罪で即刻処刑されていてもおかしくはありません」

 

 ハイリヒ王国は王宮の一室。“神の使徒”に宛がわれた部屋に比べれば随分と見劣りするその場所に、ネイビーは滞在を余儀なくされていた。先に赴いた国境戦線での出来事、振る舞いが尾を引いているためだ。

 向かいに座るレオンの申し訳なさげな言葉に対し、ネイビーは何の気負いもなく澄まし顔で答えた。

 状況的に仕方なかったこととはいえ“神の使徒”を始め王子や隣国の先帝を、そうと知っていながらいいように使ったのである。おまけに態度も砕けたモノときては、フォローするのも簡単ではない。その言葉通り、言い分を聞かれぬままに処刑されていても不思議はないのだ。

 だが現実として、ネイビーはこうして生きている。軽い軟禁状態ではあるし、部屋も使用人に与えられるランクだが――王宮勤めの使用人に宛がわれるだけあって――一般的な国民のそれに比べれば遥かに上等だ。

 自由に出歩けぬのは痛いところであるが、時間制限付き、かつ監視下であれば王宮内に限り出歩ける。現在レオンが来ている様に客人の来訪も許可されている。時間潰し様に王宮の図書館から蔵書を持って来ることも可能だ。当然ながら持ち出し禁止の物も多いが、知識欲を満たすには十分な量がある。

 それが許されているのも、国境の奪取にはそれだけの価値があるからだ。実際にそれを成したのは“神の使徒”にレオン、“英雄の系譜”の働きによる部分が大きいが――“英雄の系譜”はともかくとして――“神の使徒”とレオンの実力を把握して適切に扱った手腕は評価されて然るべきでもある。

 元々戦線に派遣されていた将軍では不可能なのだ。将は王命によって動いているが故に、たとえ現場の管理権限を与えられていても王子を動かすにはその顔を立てねばならない。今は無位無官の根無し草であるとはいえ、ガハルドも隣国の先帝だ。未だヘルシャー帝国においては根強い人気を誇る彼に対してもまた、動かすには気を配る必要がある。直接にエヒトによって派遣された“神の使徒”に対しては命令することさえ不可能だ。同時に、それら全てに対して安全の確認を徹底する必要もある。

 戦線のトップですらそうなのだ。如何に“神の使徒”やレオン、ガハルドが確かな実力を持っていたとしても、それでは本領を発揮することなど不可能だ。隔絶した実力を有するからこそ、組織だった動きなど極僅かな例外を除いて足枷にしかならないのである。

 そして、その『極僅かな例外』がネイビーだったというわけだ。

 その実力を知り、出来ることと出来ないことに見当を付け、適切に動かす。……言ってみればこれだけのことでしかないのだが、王子に先帝、“神の使徒”を相手に可能な者がどれだけいるか。平時ならまだしも、戦時である現在はかなり貴重な存在だ。

 それを思えば、ネイビーの処断は悪手でしかない。どうにかして首輪を着ける(生かす)必要がある。しかし、そこで問題になるのが彼女の立場の低さであり、その血筋であり、それまでの行動だ。

 今は家名も持たぬ一般国民でしかないが、その血は天才的な軍師の家系である“蠍”に連なる。そして国境戦線に赴く前は幼馴染と行商人をしており、その過程においてユンケル商会に恩を売り、その際に商会の護衛をしていたガハルドに手腕を認められて同行を希望され、その後は“神の使徒”とも友好を深める。……これらの事実が、ネイビーに対する賞罰を必要以上に難しくしていた。

 子を持たぬその辺の貴族家に養子として入れるわけにもいかない。そんなことをしてしまえば、その家の発言力が格段に上昇してしまう。

 かと言って一般人のままというのも在り得ない。それでは法に則り処罰せねばならなくなる。

 追放罪も考えられない。これ幸いと帝国に掻っ攫われるかもしれない。『ガハルドが認めている』という事実だけで、その危惧が高まる。

 また戦地にいたのが連合軍だったことも判断を難しくしている。言ってみれば不敬罪は王国内の事柄だが、その戦果は国という枠を超えているのだ。それだけ『国境の奪取』という事実は大きい。

 派遣している兵数的に一番の発言力を持つのは王国だが、他を――国境戦線に兵力を送るなり、物資を送るなり、とにかく何かしらの貢献をした組織を無視するわけにはいかないのだ。つまりは公国に帝国、教会に中立商業都市の何れもが納得するような形にしなければならない。

 ヘタに罰が重すぎれば“神の使徒”を始めとした名だたる面々の反感を買うかもしれず。かと言って功を高く見積もりすぎれば家臣団の反感を買う。まあ実際に功は高いのだが、それにより罰を殺した上での置き所――バランスを見極めなければならないのだ。

 しかして、それが存外難しい。ネイビーらが戦勝報告の先触れと共に王宮を訪れてから既にそこそこの日数が経過しているが、未だ大枠すら決まっていないのが実情だ。

 とは言え、それも無理はない。ウルへの魔物襲撃。アンカジのオアシス汚染。そこへ来てのコレだ。ゴタゴタ続きの中、普段は王宮に勤めていても現在は各地へ派遣されている者が多い。早い話が人手不足である。

 限られた人員では出来ることも限られているのだ。そしてネイビーへの賞罰はかなりデリケートな部類である。現状の人員で決めることなど不可能に等しかった。

 

「ですが、少しばかり時間を持て余し気味になってきているのも事実です。流石に王宮の図書館だけあって蔵書量は十分ですし、実際に読みたい本も多いのですが……」

「ああ、それなら分かる。最初の内はまだしも、それが続くとなっちゃうよね」

 

 どう言葉にするべきか悩むようにネイビーが告げれば、頷きながらレオンが同意する。

 要はモチベーションの低下である。人とは天邪鬼な生き物だ。普段の生活では『やるべきこと』があるので『やりたいこと』に廻せる時間が少ない。だからこそ、時間の合間を見つけて『やりたいこと』をするのが然程苦にはならない。むしろ時間が足りないとさえ思ってしまう。だが、『やるべきこと』が無くなり時間の余裕ができ『やりたいこと』を続けていれば、途端にそれをするのが億劫になってしまう。

 

「……そうだ。君さえよければランデル――義弟(おとうと)の教師をやってみてはくれないかな?」

「ランデル殿下のですか?」

 

 閃いたとばかりに告げるレオンとは対照的にネイビーは困惑顔だ。

 

「そう。想像――いや、君の場合は予測かな? ――ついてると思うけど、現在王宮は人手不足だ。日常的な仕事を熟す分には然程問題ないけど、それでも足りない部分は存在する。

 ランデルの教師もその一つでね。幼きとは言え王族である以上、学ぶことは相応にある。軍略、政略、帝王学に護身術と数え上げたらキリがないほどだ。その道のトップには及ばずともある程度までは出来ないようじゃ、王となった時に問題となる。家臣にナメられ、人心が離れれば、国は成り立たない。……まあどう頑張っても亡ぶときは亡ぶんだけど、だからこそ、可能な限りそれを防ぐためにも、王族は幼い頃から色々と学ぶんだ。僕にも覚えがあるよ」

 

 微笑を浮かべ、どこか懐かしむようにレオンは語った。

 

「ウルやアンカジへ派遣された人員の中には、全員じゃないけどランデルの教師も入っていてね。その不足した部分を君に補ってもらいたい、とつまりはそういうわけだ。

 僕もランデルの体力強化や護身術を任せられることになったからね。丁度いいから君も一緒に鍛えてあげるよ。ランデルとしても一緒に学ぶ相手がいた方が張り合いが出るだろうしね」

「……え?」

 

 ちょっと待て。今のは聞き間違いだろうか。レオン殿下は『私も鍛える』と言わなかったか?

 目を点にして、首を傾け耳を叩き、一縷の希望を込めてネイビーは訊き返した。

 

「……すみません。聞き間違いでしょうか? 私のことも鍛える、とそう聞こえましたが?」

「うん、聞き間違いじゃないよ。これからも僕たちの旅に同行する以上、君も直接的な戦闘技術を学んだ方が良い」

「いや、どうして同行が確定しているんですか?」

 

 意味が分からない。ネイビーがアンカジに同行した目的は既に済んだ。戦場における蒐集した知識の発揮も叶った。これ以上、危険極まりない旅に同行する理由はない。後は幼馴染と合流して今まで通りの生活に戻るだけである。

 それをレオンは真っ向からぶった切った。

 

「現実逃避は止めなよ。あれほどの大舞台で君は結果を出した。――出してしまったんだ。

 もちろん“神の使徒”の中にも指揮を出来る者はいるし、僕も出来る。けれどね、その数も限られているんだ。ついでに言えば、“神の使徒”を扱うにおいて君の場合は僕よりよほど上等だ。光輝や京弥のようにアンカジで初めて顔を合わせた面々に対して、君は僅かな期間で凡その能力を把握、本番で問題なく扱ってみせたんだからね。

 あれを見れば、君を手放せるわけがない。要は得意分野の違いさ。あの戦いで初めて分かったことだけど、僕は“騎士”や“兵士”といった均等的な戦力を扱うことを得意とするらしい。“騎士王”の天職効果なんだろうね。君に言われたように、機を見逃すことはなかった。……そう、僕自身が分かり得なかったことを、君は前以て把握していたんだよ。

 そう、“情報”という分野全般において君は突出しているんだ。

 それは情報の解体、或いは昇華と言っても過言ではないだろう。使いようによっては他者の成長を促すことにもなり得るし、逆に阻害することにもなり得る。……とても危険な力だ。君が情報を収集すれば収集するほど、それは使いどころを増やしていく。魔人族との戦争中である今なら重宝もされるだろうけど、戦争が終われば危険因子と判断されかねない」

 

 怜悧な表情でレオンは語る。

 それはネイビーが考えまいとしていたことだった。一般人でしかない彼女にとって、その未来予想図は重過ぎる。そうなると決まったわけではないが、可能性自体は否定出来ないのだ。目を逸らしたくなるのも無理はない。

 現在はこうして軽度の軟禁を受けているが、結果として今回の件で死ぬことがないだろうとネイビーは判断している。成り行きではあるが、それだけの人脈を彼女は作ってしまった。特に“神の使徒”がいる現在、無下な扱いをすれば彼らの怒りを買いかねない。それよりは適当な家名と領地を与えて終わらせる方が、国としても賢明だろう……と。

 だがそこまで考えて、はたと思ってしまった。――果たして、“神の使徒”が帰った後はどうなる?

 王宮内のことなど詳しくはない。そこに勤める者に対してもまた然り。“予測”の判断元となる貴族は、レオンやランズィ、ガハルドといった極一部。立場だけならこの上ないが、範囲としては狭すぎる。それ以外は歴史上の出来事――知識を基に判断するしかない。

 ネイビーの戦果は“神の使徒”がいたからこそ。棚から牡丹餅と言っていい。精魂尽くして働いている者たちが、“神の使徒”が帰った後もその憤りを抑え込めておけるだろうか?

 一度ネガティブな考えが浮かんでしまったら、次から次へと浮かんでくる。読書をする気が起きないのには、そういった理由もあったのだ。

 しかし、心を護るため現実逃避に励むネイビーをレオンは見逃さなかった。起こった事実と、それに対する所感を語り、起こり得る可能性を叩き付けてきた。

 

「では、どうしろと言うんですか!? いくら能力がどうのといったところで、私に出来るのは“予測”が精々でしかないんですよ! 飛び抜けた身体能力も戦闘能力も無いんです! 普通の一般市民が権力を盾に攻めて来られたら、出来ることなどありはしません! ……現実逃避ぐらい、させてくださいよ……っ……ぐすっ……」

 

 レオンの言葉は、溜め込んでいたネイビーの心に決壊を促した。

 予測士としての天職を持つが故の、あらゆる情報に対する解析・把握能力。幼馴染と組んで行商人として使っている分には然程問題もなかったソレ。しかし、今後の活動を思って名高いユンケル商会に恩を売るべく行動したあの瞬間を契機として、歯車は予測外の回転を始めてしまった。――如何に優れた予測能力を持とうとも、完全無欠とはいかない。取りこぼした情報があれば、いつでも想定外は起こり得る。

 その手始めがガハルドだ。確かにユンケル商会に恩を売ることは出来たが、そこに帝国の先帝がいるなど想像出来るわけがない。ガハルドという名の冒険者が護衛依頼を受けたことまでは確認出来ていたが、それで本人だと予測するなど無理難題もいいところだ。同名の別人と捉える方が普通である。

 ユンケル商会に合流したら合流したで、よもや“実力至上主義”で名高いヘルシャー帝国の先帝にあそこまで興味を持たれるとは思わなかった。……まあ、それがあったればこそ自らのルーツである“蠍”の家に大手を振って赴くことが出来たのだから、忌避感を抱いてばかりもいられない。

 次の想定外は国境戦線の急激な戦況変化だ。赴いた場所での情報収集を欠かさず行っているネイビーだが、商業ギルドでのランクは底辺である。それで得られる情報など高が知れるというものだ。加えて言えば、当時のアンカジ公国自体が未だ問題を抱えている最中にあったのだ。

 結果、肝心要の契機となった国境戦線の情報を知った時には手遅れに等しかった。己が血筋への興味もあろうが、王子と帝国の先帝に参加を希望されては一般人であるネイビーに断ることなど不可能だ。それでも徹頭徹尾断り続ければどうにかなったかもしれないが、それは今だから言える事でもある。その時点ではレオンの人間性も分かりきってはいなかったのだから。

 戦線到着までの短い時間を使い、取り急ぎ『手腕の発揮』という“欲”で自らを誤魔化し、同行者の人間性と能力の把握に努めた。こんなところで死にたくはないのだから、当然と言ってもいい行動ではあった。

 それが、更なる想定外を齎すことなど思いつきもしなかった。考えている余裕もなかった。……周囲にどう見えていたかは分からないが、思いの外ネイビーは一杯一杯だったのだ。自分のしでかしたことに対して振り返る余裕が出来たのも、レオンらや一部の将兵と共に戦勝報告の先触れを兼ねて馬車に搭乗してからのことだった。

 そうして思い浮かんだ未来は割とお先真っ暗だった。少なくとも今までの生活を続けてはいられまい。

 その戦果、端から見れば“成功”に相応しかろうが、本人にとっては“失敗”と言える。ただでさえ高すぎる功は周囲の妬みを買うというのに、ネイビーはぽっと出の外部参加者に過ぎないのだ。上役らしい上役などいない。強いて言うなら“神の使徒”やレオンとガハルドだが、それが結果として功を低く済ませることを難しくしているのだ。

 仮に王国から正式に貴族として迎えられたところで、仲良くしてくれる者などどれくらいいることか。貴族としての振る舞いなど知らぬ以上、誰かに教わるしかないのだが、その相手が思いつかない。レオンは位が高すぎる。ウィルは伯爵家の出ではあるが、所詮は三男に過ぎない。彼の実家を頼みとすることも出来そうにない。

 現時点でレオンに貴族としての振る舞いを学ぶのも論外だ。そうなると決まったわけではない以上、周囲に見られた場合のリスクが大きすぎる。『王子に取り入ろうとする下民』とでも思われたら、それこそ意味がない。

 本から学ぶにも、直結しそうな物を選ぶことは出来ない。実際、そういった本だとあまり期待出来る内容ではなかった。

 それらの事実が、尚更精神に負担をかけてくる。時間はあれども、有意義な使い方をすることが出来ないのだ。

 どう転ぶにせよ命があるだけ儲けものではあるのだろうが、少ない情報から判断出来る、割とありそうな未来が望ましくない。即座にどうこうというモノでもないだろうことだけが、唯一の救いである。……ネイビーが現実逃避に勤しむのも無理はなかった。

 

(参ったな、まさか泣かれるとは……。でも、そうか。言われてみれば、確かに彼女は一般人だ。僕やガハルド殿からの頼みは、彼女にとっては強制行為に他ならないんだ。周囲の面子が面子だけに、そこら辺の感覚がマヒしてたな……)

 

 心の防波堤を崩され、涙ながらに訴えるネイビーに対し、レオンは内心で困り、そうなった理由に反省しながらも更に続けた。

 

「正直、君の能力は僕の想像以上だった。ガハルド殿の推薦があったとはいえ、安易に君の同行を願った僕にも責任はある。

 だから、僕は父上にこう提言するつもりさ。君を『“神の使徒”帰還後の独立領の領主にしてはどうか?』……とね。土地があっても生活基盤は一から手作りなことを含めれば、まあ通らないこともないだろう。君の人脈と今回の戦果を鑑みれば、他国も納得するだろう。光輝に推薦でもしてもらえば尚更だ」

 

 その言葉に、ネイビーは俯けていた顔を上げる。

 それは考えもしない事柄だった。と言うか、“神の使徒”の後釜など思いつく筈がない。

 しかし、言われてみれば道理である。現在“神の使徒”と行動を共にしている者の中には、滅びたとされる吸血鬼族に竜人族、今なお虐げられる亜人族がいるのだ。そこに敵対勢力である魔人族からの亡命者も加わる予定だ。

 今現在は“神の使徒”が防波堤となってくれるから然程の問題もないが、帰還後はそうもいくまい。同時に、僅かながらも見知った“神の使徒”の人柄を思えば、迎え入れた他種族のその後に何の手も打たない筈がない。

 最も簡単な方法は“勇者領”の存続だ。その理念――『種族による差別をせず』が残れば、“勇者領”においては彼らも一般的な生活が出来る。期限付きで頂戴したとはいえ、種族混合で村づくりに励んでいるとも聞く。

 そして王国にしろ教会にしろ、“神の使徒”の帰還後、その成果だけを掠め取ることなどまず出来まい。そんな恥知らずな真似をすれば民意が離れる。場合によっては再びの戦争となる。かと言って他種族の住まう地を放置も出来ない。魔人族もいるとなれば尚更だ。

 だが、人間族が領主となれば話も変わる。それだけで放置とは言えなくなるのだ。それでいて、他種族の生活地の領主など一般的に見れば面倒事だ。王国貴族の中でなろうとする者がどれだけいることか。同時に、他種族にすんなりと迎え入れられる者も。

 そこで活きてくるのが“神の使徒”――特に“勇者”による推薦だ。それだけで手始めの問題点は解決したと言ってもいい。

 だが、より確実にするためにも――

 

「アレーティアさんにシアさん、ティオさんに件のフリードさんと仲良くしておけ、ということですか……」

 

 吸血鬼族最後の女王、兎人族の少女、竜人族の姫、魔人族の将軍。“神の使徒”に関わりの深い面々との仲を深めておけば、問題が起こった時にはフォローしてくれるだろう。家族や部下など、周りの人物たちが協力的になってくれる可能性も上がる。まあ、これに関してはその逆も然りだが……。

 各自の戦闘能力も並外れて高いため、仮に攻め込まれても防衛面の心配は少なくなる。

 その何れもが七大迷宮の攻略に加わる予定らしいので、親睦を深めようとすれば同行するより他にない。

 所詮は皮算用であり、結局は面倒事なのだが、予測出来る未来予想図の中では十分マシな方である。より良い未来(あす)のために苦労は付き物。つまりはそういうことだ。

 

「……分かりました。謹んで扱かれますので、フォローの方はよろしくお願いしますよ、殿下?」

「ああ、任せてくれ」

 

 深い溜息を吐いて諦め交じりにネイビーが言えば、レオンは微笑を浮かべて答えるのだった。  

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ていッ! せやッ!」

「うッ! くうッ!」

 

 練兵場の片隅にて、木剣が音を立ててぶつかり合う。しかし、その勢いは見て分かるほどに差があった。

 幼き少年――王国王子たるランデルは今までに学んだ成果を披露するが如く、勢いよく木剣を振るう。力強さや速度など物足りぬ部分も見えるが、齢を考えれば仕方がない。それよりも“型”の習熟度合いこそを褒めるべきだろう。

 一方、その相手である少女――ネイビーはひたすら“受け”に専念していた。勢いの乗った木剣を受け止める度、その振動が伝わってくる。華奢な少女にはそれすら苦痛に等しい。

 ネイビーがランデルの教師を引き受け、同時にランデルと共にレオンの教えを受けるようになってから既にある程度の日数が経っている。まずは双方共に体力測定から行ったのだが、早々にして『取り敢えずは問題なし』となった。ランデルは以前から別の相手に教わっており、ネイビーはネイビーで駆け出しとはいえ行商人をやっていたためだろう。

 それ以降は『型の授業』、『模擬戦』、『魔法の勉強』、『魔法の実践』などを日別で行っていた。

 既に何周かしているため、ネイビーも今回が何度目の模擬戦かは覚えていない。そんなものをカウントする余裕などない。――リソースを割くべきは他にある。

 

「どうしたネイビー! 毎度毎度受けてばかりで! 少しは攻めてきたらどうだ!?」

「そう! ですね! それでは! そうさせてもらうとしましょうか!」

 

 言葉と共にランデルが木剣を振るう。教わった“型”通りの、流れに乗った、見事なまでの連撃だ。その幼さを鑑みれば賞賛に値する。

 しかし、だからこそ、習熟度合いでいえば遠く及ばぬネイビーも防ぐことが出来ていた。そして、そのことにランデルは気付いていなかった。

 ランデルの連撃が終わった途端、ネイビーがなぞる様に連撃を繰り出した。習熟度合いではランデルに遠く及ばぬが、速度はランデル以上に乗っている。

 無論、そのことにはランデルも気付いた。だが、なまじ速度があるため攻撃直後の今は躱すも不可能。出来るとしたら、攻撃線上に木剣を差し込むぐらいだ。

 ランデルの読みは当たり、不安定ながらも差し込んだ木剣がネイビーの繰り出す木剣を見事に防ぐ。

 一度、二度、三度、鈍い音が鳴る。……この直後、ランデルの読みは外れることとなった。

 ランデルの繰り出した攻撃は三連撃からなる技だ。同じ技で返してきた以上、ネイビーの動きは三度目の後で止まらなければおかしい。――しかし、現実としてその動きは止まっていない。ランデルの想定にはない、“未知”の領域だ。

 その事実がランデルへ驚愕を齎し、動きを硬直させる。

 

「がはッ……」

 

 気付いた時には在り得ぬ“四撃目”が叩き込まれていた。

 痛い、がこの程度は慣れたもの。寸止めをすることもあるが、毎度それでは稽古にならない。『痛みを身体に叩き込まなければ、肝心な時に動けない』とは教師の言だ。派遣中で今はいない元々の教師も、今現在の教師であるレオンも同じことを言っている。

 

「上手くいった……。っと、大丈夫ですか、殿下?」

「ああ、問題ない」

 

 差し出された手に掴まり、ランデルは身を起こす。そうしながらも考えるのは“四撃目”のことだ。今までに学んだ“型”を思い起こす。……該当なし。少なくとも、自分が学んだ技の中に“四撃目”は存在しない。

 その一方で、独自で編み出したとも考えにくい。先の攻撃は見事なまでに“型”の流れに調和していた。王家に伝わり、王国の騎士となるに当たっては学ぶことを欠かせぬ流派。剣に限らず槍や斧、弓に無手と幅広く技を伝えている。それだけに武器を問わねば使い手も多く、永い歴史の中で失伝したとされる技も――全てではないにせよ――復活を果たしている。

 見事なまでに一撃もらっておいて何だが、ネイビー自身は初心者に等しい。そんな彼女が繰り出した以上、失伝するほどに使い手を選ぶ技とも思えない。

 

「すまん、ネイビー。今の四撃目について教えてもらってもいいか? ……学んだ“型”を思い起こしてみたが、余にはとんと心当たりがないのだ」

 

 恥を忍んで訊けば、ネイビーは首を傾げていた。その表情は『何を言っているのか分からない』と言いたげである。

 ム、とランデルは怒りを覚え――

 

「いや、見事なものだね。まさかこの短期間で奥義に手を掛けるとは思わなかったよ」

  

 見守っていたレオンの言葉で引っ込めることとなった。それだけの効果が“奥義”という一言に込められている。

 技――流派は後世にまで伝えねば意味がない。だからこそ広く教える。しかし、その全てを所かまわず教えてしまっては“価値”が下がる。よって、その奥義を学べるのは選ばれた者のみ。武術界隈ではよくある話であり、ハイリヒ流も変わらない。

 そしてハイリヒ流の条件はただ一つ。どれでも構わないので、実際に奥義を習得することである。

 言葉では簡単だが、実践は中々に難しい。真っ向から教えを乞うても、まず断られるのがオチだ。そうなれば残る方法は少ない。書物で調べる、会得者が使っているのを見て覚える、独力で思い至る、などというところになるが、方向性は異なれど何れも相応の難易度を誇る。

 書物はその殆どが資格者のみ閲覧出来る禁書庫に収められているため、市場から探さねばならない。見て覚えるとしたら、機会は実戦の最中くらいしかない。独力で思い至るには幸運が必要となる。思い至った技が奥義であるとは限らないのだ。

 

「奥義……ですか?」

「そう。まあ、その顔と言葉からするに全然思ってなさそうだけどね」

「いや、だって……教わった技同士を組み合わせただけですよ?」

 

 不思議そうにネイビーは言ってのける。……時間的にも、未だ彼女は初歩的な部分しか学んでいない。使える技はランデル以上に限られているのが実情だ。

 彼女としては、少ない手札の中で最大限の効果を得るために、繋げられそうなモノ同士を繋げたに過ぎないのである。奥義だと言われても、『誰でも思いつきそう』としか彼女には思えない。

 

「実際、その通りだ。奥義の中でも簡単な部類に入るし、独力者の大半もこの技で資格を得ている。……けれど、殊の外それが可能な者は少ないんだよ。

 よく『基礎を疎かにしてはならない』と言うけれど、ただ漫然と学んでいるだけの者には思いつかないんだ。技の一つ一つに思考を働かせ、突き詰めて考えることで初めて思いつく。君の場合は技能により“技”という“情報”への補助が働いたんだろうね。……もしかしたらとは思っていたけれど、この早さは流石に想定外だ」

「……それが本音ですか?」

「その一つではある」

 

 懐疑的な視線を向けるネイビーに対し、レオンは悪びれもせずに頷いた。

 

「非戦闘系天職というだけで、教師は武術を教える気を失くし、本人もまた学ぶ気がない。それが現代社会の現状だ。結果、多くの部分に硬直を齎している。……それを“普通”のことだと捉えていた事実こそ、僕が“神の使徒”と出会って学んだことだ。

 旅路の果てに、多かれ少なかれ世界は変わる。――いや、変わらなければならないんだ。

 そのためには――たとえゆっくりとでも――人の意識改革が必要不可欠。

 君という存在がその一助になれば。……その考えが無かったと言えば嘘になる」

 

 そう言われれば、ネイビーは何も言えない。実際にその通りではあったし、そのくせ剣を学んで早々に奥義へと手を掛けてしまった。非戦闘系天職にあるまじき結果を、現実に披露してしまったのだ。

 こういった実例が僅かずつでも世に広まっていけば、もしかしたら賊に身を落とす者も減るかもしれない。

 自分とてこんなことを考えてしまったのだから、王族であるレオンはより顕著だろう。王位を継ぐ継がないは別として、いずれは何かしらの形で政治に関わることになるのだ。試せることを試しておいて損はない。

 

「……まったく、殿下は卑怯なお方です」

「ハハ、誉め言葉と受け取っておくよ。――いま言ったこと、君もよく覚えておいてくれよ、ランデル。流派を学んだ期間でいえば、君も思いついて不思議はなかったんだからね? まあ他にも色々と学ぶことが多いし、仕方のない部分もあるんだけど……」

「いえ。通り一遍でしか学んでいなかったのは事実です。ネイビーと義兄上の言動で、それに気付かされました。

 ネイビーよ、改めて名乗る。余はランデル・S・B・ハイリヒ。ハイリヒ王国の王子である。――だが、プライベートにおいてはただの『ランデル』として、お前には付き合ってほしい。……そう、平たく言えば、余の友になってくれ」

 

 その爆弾発言に対し、ネイビーは言葉を失った。ギギギ、と錆び付いたような動きでランデルを見、次いでレオンを見やる。

 ランデルは真っ直ぐな目を向けており、レオンは微笑を浮かべて頷くだけだ。

 再度、鈍い動きでランデルへと視線を戻し――

 

「………………はあ」

 

 長い長い沈黙の後、深い溜息を一つ。

 

「分かった。不肖の身だけど、私事においては友達として付き合うよ。よろしく、ランデル」

「うむ、よろしく頼む」

 

 共に笑顔を浮かべて手を握り交わすその陰で、ネイビーの胃はキリキリと痛みを訴えるのであった。

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