ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

 国境戦線及びフリードを筆頭とした亡命者らの救援は首尾よく運んだ。犠牲が皆無とは口が裂けても言えないが、それでも減らせるだけは減らせた筈である。

 とは言え、それで『はい、終わり』となるわけがない。何事にも後始末というものはあって然りだ。

 フリードらの方はまだマシである。戦時状況下、その対戦相手である魔人族という種族がネックではあるが、亡命先は王国や公国、帝国ではない。人間族が挙って崇める神、エヒトが齎した救いである“神の使徒”にしてその筆頭、“勇者”たる天之河光輝が頂戴した独立領だ。『種族による差別をしない』を掲げるだけあって、亡命者が魔人族であっても受け入れるだけなら問題はない。

 まあ悪感情を抱く者がいないわけもあるまいが、その立場もあり表立って反対する者もいないのが現状だ。

 しかし、やはり問題はあるものだ。一言であれば『生活環境』である。“勇者領”は【ライセン大峡谷】及び【ハルツィナ樹海】の近辺だ。広さだけなら問題はないが、頂戴したのはあくまで土地のみであり、挙句の果てには期限つきだ。

 まあ『元の世界に帰るまで』という条件付きで頂戴することが叶ったのだから、期限については特に問題ない。

 だから、問題があるとすればそれ以外だ。一応付近にはブルックを始めとした町や村がある。【ライセン大峡谷】からは隠し通路を使ってオスカーの隠れ家にも行ける。“神の使徒”だけ、或いはプラスαした程度ならば生活も可能だろう。

 だが、その人数が劇的に増えてしまえば、現実的に賄えるだけのキャパシティがないのだ。留守を預けてあるグルが中心となって村づくりを行ってはいるが、流石にそう短期間で出来上がる筈もない。最低限、亡命してきた者たちが暮らせるようになるまでのフォローは必須である。

 まあ、新天地へ赴こうというのだから魔人族とてその辺は覚悟の上だ。状況を鑑みれば迫害されないだけ御の字というものであった。

 その一方で多大な問題が転がるのが国境戦線の方である。『国境を手中に収めた』という一点だけを見るならば十分な戦果だ。各国や教会の上層部とて文句はあるまい。――だが、それに付随する部分で問題がありすぎる。

 一つ、犠牲者たちの埋葬と遺族や傷病兵に対するあれやこれや。……まあ、これは戦争となれば避けられない事柄だ。防ぐことなど不可能であろう。

 一つ、南大陸へと攻め込むことが出来ない。……国境を落としたところで、相手に攻め込めないのでは意味がない。ただ、各国も多大なダメージを負っているため、どの道すぐに攻め込むことは不可能だ。準備期間を得たと思えば呑みこめないこともなかった。

 一つ、過程における指揮系統の私物化。……一番の問題はこれだろう。

 光輝を始めとした“神の使徒”は、その立場もあってそもそも指揮系統に組み入れることが出来ない。なので、光輝らについてはお咎めなしだ。その行為に対して感謝するしかない。

 しかし、レオンにガハルド、ネイビーは別となる。状況が状況であり、彼らの参戦によって助かったのも事実ではあるが、だからこそ問題を複雑にしてもいた。

 レオンらが国境戦線の危機を知った時、彼らは公国にいた。冒険者をしていることもあり、『公国の要請で参戦した』という態を取れなくもない。だが、赴いた戦場で、彼らは王子として、先帝として振る舞ってしまった。それは『一冒険者』としての分を超えている。

 冒険者として見なければ、そのように振る舞うことは自然と言える。だが、それが戦場となれば話は別だ。それぞれの組織の頂点から命を下された責任者が存在するのだ。王子や先帝として振る舞うにも彼らの顔を立てねばならない。或いはトップから新たな責任者として命じられなければならない。

 実際にはどちらも成されてはおらず、『国命により』というのも難しい。

 帝国は未だ新たな皇帝が決まっておらず、ガハルドに対して命令を下せる者がいない。実力を標榜する帝国なればこそ、先帝であるガハルドに対して国命を下せるのは新帝のみとなる。実際はどうあれ、そのシステム上、帝国では新帝>先帝となるからだ。

 レオンは現役の王子である。王族であるレオンに命令を下せるのは国王か王妃くらいのもの。公主たるランズィにはその権限がない。ランズィに出来るのは公国兵に対する命令権を貸し与えることくらいだ。

 公国兵のみに対して命令し動かしたのであれば、まだ面倒は少なかった。だが現実としてはそんな枠組みを大きく超えてしまっている。

 ネイビーはもっと複雑だ。冒険者ギルドに登録してもいない。にも拘らず、一行に指示を下しているのだ。

 登録料が必要なこともあり、冒険者パーティーの中には全員がギルドに登録していないこともままある。なので、『軍師役として仲間に指示を出した』という態を取れなくもなかった。しかし、必要な事だったとはいえ、それぞれが“勇者”に“神の使徒”、“王子”に“先帝”として振る舞ったのだ。“冒険者”として見れば『仲間内の事』として済ませることも出来ようが、その分を超えた行動をしてしまった以上『なあなあ』で済ますことなど出来る筈もない。何事にも限度というものが存在する。

 そう、“冒険者”という枠組みを超えてしまえば、ネイビーは一国民でしかないのだ。そして現時点では家名を持たぬ点から、そのランクも底辺である。――そこが帝国生まれであり、家名持ちであるガハルドと違う点でもあった。

 そんな彼女が『戦場』という表立った場所で、大多数に目撃される場所で、堂々と指示を下していたのだ。『現場の判断』の一言で済ますには、その領分を逸脱しすぎている。

 同時に、確かな成果も出ているので始末に負えない。実行したのは他の面々だが、そも軍師とはそういうモノだ。

 結果、諸々を加味した上での“賞罰”の擦り合わせに時間を取られることとなる。レオンとネイビーは暫くの間王国から動くことが出来なくなったのだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 アンカジ公国での留守番組にも遠からず情報は届けられた。――と言うか、それぞれに赴いた者が届けに来た。

 

「まあその様な次第で、現在“勇者領”では総出で村づくりに当たっております。危惧していた働き手同士の衝突も、実際に互いの働きぶりを見れば、そう時間をかけずに治まりました。住居の作成など人力では時間のかかる部分も魔法を使えばその限りではありません。逆に人力ならではの部分も存在します。なので、遠からずある程度の形にはなると思われます。

 ただ、やはり“食”と“衣”が難点ですね。そのどちらも現時点では近隣の町村から購入するしかありません。まあ資金については魔物を仕留めて売却することである程度用立てることは出来ますが、供給過多になれば自ずと買い取り額も下がります。働き手に対する賃金にも廻さなければならないので、今はまだしもその内に追い付かなくなるだろう事は目に見えています」

「なんで、早急に自給自足の体制を整えないことには行き詰まるね。【ライセン大峡谷】や【ハルツィナ樹海】の素材で重宝されてる現状だ。【オルクス大迷宮】深層の素材を持っていったって値段が付けられるか怪しいところだ。価値には気付いても『じゃあいくら?』となれば即答出来るわけもない。一個程度なら時間をかけて値が付けられるかもしれないけど、大々的に流通させるのは不可能だろうさ。

 そんなわけで、愛ちゃん先生とハジメンには“勇者領”に来てほしい。農作物の成長を速めてもらうだけで大分違う。食べるにしろ衣服の素材にするにしろ、加工用のアーティファクトもあれば尚更だ」

「また、ハジメには村の方に領主館も建ててほしく思います。実際に私たちが使うことはなくても、見栄えというものは必要です。それにそういった建造物があり、村や町としての体裁が整っていれば、貴方たちが元の世界に帰った後も利用され発展する可能性も高まります。あわよくば『人種による差別をせず』という理念も残るかもしれません」

 

 アンカジ公国は公宮の応接室にて、アレーティアと鈴は口々にそう言った。

 

「お話は分かりました。私個人としては構いませんが、南雲くんはどうですか?」

「僕も構わないよ。ぶっちゃけると、ここじゃあどうやっても入手出来る素材に限りがあるからね。移動手段の充実を図ろうと思っても、要求スペックには全然満たないんだ。まあ組み込む魔法が神代魔法だから道理といえば道理なんだけど、おかげで碌に実験も進まない。

 仕事が増えるのは手間だけど、素材の充実を考えれば必要経費だ。急がば回れとも言うしね。――ただ、僕に創らせるからにはデザインとかはこちらの好きにさせてもらうよ?」

 

 アレーティアらの頼みに対し、愛子とハジメはアッサリと同意した。

 愛子としては王国や教会から各地の農地改善を頼まれているが、アンカジ公国のそれは既に終わっている。アンカジを離れようと思えばいつでも離れられるし、ルートを指名されているわけでもない。愛子自身も“神の使徒”ではあるので、仲間の頼みに応えるのは至極妥当だ。ましてやその内容も農地改善なので国への言い訳も十分に成り立つ。

 ハジメの方は言葉通りだ。アンカジ周辺で取れるめぼしい素材は砂漠の魔物や静因石が精々だ。しかし、砂漠の魔物が手強いのはその環境があってこそ。魔物自身は弱い部類だ。砂漠という環境に特化した物を作るのなら最適な素材ともなるだろうが、現在創りたい潜水艇や転移装置に対しては然程の役にも立っていないのが実情である。

 ハジメの知る限り、七大迷宮は特定条件下での対応を試されるが、【オルクス大迷宮】は例外となる。“特定”というものがなく、種々様々な対応を試された。だからこそ、素材を集めるにもこの上ない環境だ。最初に挑んだ時とは異なり、現在は“宝物庫”がある。たとえ優花がいなくとも食に困ることはなく、入手した素材のストックに困ることはない。各階層を上り下りするのは面倒だが、その点は必要経費と割り切るしかない。

 

「どうやらそっちの話は終わったようだな? んじゃ、次はこっちの話をさせてもらうぜ?」

 

 フリード救援組との話が終わったところで、今度は昇が口を開いた。

 

「まずは紹介する。こちらはリーフ。“英雄の系譜”って傭兵団で副リーダーを務めている。国境戦線で一緒になったんだ。

 一部の例外を除いて、他のヤツらは現在“英雄の系譜”と行動を共にしててな。国境戦線に来てなかった傭兵団の面々を迎えに行った後は“勇者領”に向かうって話だったから、もしかしたら今頃はもう着いているかもしれないな」

「紹介に与りました。リーフと申します。此度は会見の機会を頂き感謝いたします」

 

 簡単な挨拶の後、昇たちは国境戦線での出来事を語った。

 その中の一部分――“アルヴの使徒”の件を聞き終われば、その場にいる面々の顔は驚愕に彩られた。

 セリスの実力は分からずとも、レオンの実力を知る者は多い。勝敗は兵家の常と言えども、ほぼ一方的に敗北したとなれば無理もなかった。俄かには信じ難い話ではあるが、昇が嘘をつく理由もありはしない。

 

「我らの前に現れた“アルヴの使徒”は二人。金髪の美丈夫と赤毛の青年。その肉体はアルヴの用意した人形とのことでしたが、問題なのはその能力と人格です。

 金髪の方は不明ですが、赤毛の方は『ファラフレイムの担い手、アルヴィス』と名乗りました。そして彼は実際にファラフレイムを放って見せたのです。……である以上、おそらくはその人格もアルヴィス本人のものに相違ないでしょう」

「なんと!? よもや十二聖戦士の末裔、伝説に語られるアルヴィス皇帝その人だと言われるのか!? ……ああ、いや、そもそもなぜ其方はそのアルヴィスを名乗る者が放った炎が神炎だと断言出来るのだ?」

 

 リーフの説明に対して驚愕を示したのはランズィだけだった。まあ、それも無理はない。“神の使徒”の面々が学んだのはトータスの一般常識に付随する事柄が主だ。七大迷宮やそこらについては学習範囲内だったが、その範囲内にアルヴィスの名は登場しない。

 彼の名が出るのは神代ではあれど、“解放者”が登場するよりも更に前の時代だ。よっぽどの“通”であり、相応の立場やコネのある者でなくては知り様もない。

 

「我ら“英雄の系譜”に所属する者は文字通り英雄に連なります。そしてその大半が十二聖戦士の系譜なのです。例えば、我らのリーダーであるセリスは聖戦士バルドの血と『聖剣ティルフィング』を継いでおり、軍師を務めているサイアスは魔法戦士ファラの血と炎魔法『ファラフレイム』を継承しています。私自身、槍騎士ノヴァとバルドの血を継いでいます。――まあ私の場合、継承した神器である『地槍ゲイボルグ』を扱いきれるほど血が濃くはありませんが……」

 

 リーフの説明にランズィは納得を示した。

 真偽は不明だが、十二聖戦士はエヒトの眷属神と言われている。なので熱心な信徒であれば十二聖戦士の名を知っていてもおかしくはない。だが、彼らの二つ名、扱った武器や魔法までをも正確に覚えている者は非常に稀だ。

 そもそもにして十二聖戦士の名を知ること自体が難儀である。十二聖戦士とその末裔に関して記された資料は、永い歴史の中でその多くが散逸しているのだ。教会の総本山や王宮の図書室、その他には古くから続く貴族家や好事家でもなければ持っておるまい。ふとした拍子に市場に流れてくることもあるが、それこそ例外と言っていい。

 未だ年若く、加えて傭兵のリーフがそれらの条件を満たしているとは考えにくい。ならば、その言葉を信じる方が納得は容易だ。言葉通りならば、神代まで遡る確かな血筋である。家伝しているのであれば、一般には知り難いことを知っていても不思議はない。

 だが、言葉だけではない、何か確たる証明が欲しい。

 

「私個人としては言葉を信じるに吝かでありませんが、立場上、そう易々と信じるわけにもいきませぬ。……ゲイボルグを持ってきては?」

「お言葉を理解は出来ます。ですが、すみません。使いこなせぬ武器を持ち歩いても荷物にしかならず、かと言って手放すわけにもいかぬので、基本的には傭兵団の輸送隊に預けっぱなしなのです」

「まあ、無理もありませんな……」

 

 ダメ元で神器に関して問いかければ、やはり返答は芳しくない。

 さて、どうしたものか? ……暫しランズィは思案する。

 昇も語っている以上、“アルヴの使徒”の強さについては間違いあるまい。レオンが敗北したのもその通りなのだろう。

 だが、アルヴィスを名乗った“使徒”が真にアルヴィスなのかは不明である。その根拠はリーフの語った内容だけだ。曲がりなりにも公国の王たるランズィにしてみれば、昇のお墨付きだけで全面的に受け入れることは出来ない。無いとは思うが、『十二聖戦士の末裔を騙っているだけ』という可能性だってあり得るのだから。

 ランズィが助力することは、すなわち『公国の力を振るう』ことに他ならない。“神の使徒”への助力は吝かでないが、そこに傭兵団が加わるならば相応の信用が必要となるのだ。ランズィの立場を以てすれば、多少の時間さえあれば傭兵団の実力を調べることは出来る。それ次第では実力に信用を置くことも出来るだろう。――だが、それは話を信じることとイコールでは結ばれない。

 思案の末、ランズィの頭に公国の宝物庫が思い浮かんだ。王宮の宝物庫ほどではないが、あの中にはアーティファクトもある。その中には十二聖戦士由来の物もあったはずだ。『謂れはあれど、誰も使いこなせない』という、別名『役立たず』の品として。

 

「……ふむ。すみませんが少々席を外させていただきます。お話の続きは戻ってからでよろしいですか?」

「構いません。その間に“神の使徒”の方々に十二聖戦士に関してを話しておこうと思います」

「そうしていただければ助かります。……では」

 

 一礼をしてランズィは部屋を出ていった。一傭兵に対して物腰の低い態度だが、この場には“神の使徒”も多くいるし、そもそもにして昇の紹介だ。“神の使徒”の紹介でもなければ、一傭兵が簡単に同席を許される筈がない。早い話が配慮である。

 

「では、十二聖戦士と、その末裔である僕ら――“英雄の系譜”について話そうと思う」

 

 退室するランズィを見届けて、リーフは一同へと口を開いた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 永い歴史を持つハイリヒ王国。

 十二聖戦士が登場するのはそれより遥かに前である。

 かつて暗黒神を奉ずる暗黒教団によって世界は支配された。帝国を建ちあげ、人知を超えた力を保有する皇帝を筆頭とした暗黒帝国によって人々は日々虐げられる。

 無論、黙って支配を受け入れる者ばかりではなく、反抗した者もいる。十二聖戦士とは、その旗頭である。とある砦に立て籠った際、彼らは神の血をその身に宿すことで聖戦士と化したのだ。

 リーダーである“聖者”ヘイム。彼は光魔法『ナーガ』を与えられた。

 同じように“聖戦士”バルドは『聖剣ティルフィング』を。

 “黒騎士”ヘズルは『魔剣ミストルティン』を。

 “剣聖”オードは『神剣バルムンク』を。

 “竜騎士”ダイン――ディーンとも呼ばれる――は『天槍グングニル』を。

 ダインの妹の“槍騎士”ノヴァは『地槍ゲイボルグ』を。

 “斧戦士”ネールは『聖斧スワンチカ』を。

 “弓使い”ウルは『聖弓イチイバル』を。

 “魔法戦士”ファラは炎魔法『ファラフレイム』を。

 “魔法騎士”トードは雷魔法『トールハンマー』を。

 “風使い”セティは風魔法『フォルセティ』を。

 “大司祭”ブラギは『聖杖バルキリー』を与えられた。

 その後、十年以上にも及ぶ奮戦の末、世界は暗黒教団の支配から解放された。人々は彼らを英雄として讃え、各地に国が創られる。……なお、聖戦士には幻の十三人目も存在する。“聖騎士”マイラだ。時の暗黒皇帝の弟でありながら、虐げられる人々を見ていられずに反乱を起こしたのである。残念ながら反乱は失敗に終わり、自身も追放されてしまったが、その行いは十分に聖戦士と評されるものだろう。十二聖戦士の誕生は“マイラの反乱”から約百年後と言われており、それ故にマイラの名を知る者は少ない。

 聖戦士とその末裔によって暫くは平和な時代が続く。十二聖戦士はその死後、神の一員として迎え入れられたという。

 これで終われば『めでたしめでたし』だが、現実はそんなに上手く運ばない。時の流れの中で人々は次第に驕り高ぶることとなる。かつては支配者だった暗黒帝国・暗黒教団の末裔を逆に迫害していくのだ。

 アルヴィスの誕生はそんな最中である。ファラの血を継ぐヴェルトマー公爵家の子供として、父ヴィクトルと母シギュンの間に彼は生まれた。しかし、英雄の末裔たる彼の幼少期は不遇なものであった。

 ヴィクトルは女癖が悪く、多数の女性に手を出しては子供をあちこちで作っていた。シギュンはその事に心を痛め、アルヴィスは苦悩する母を見て育つ。

 そしてアルヴィスが七歳の時、突如ヴィクトルが自殺。シギュンもヴェルトマー家を出奔して行方不明となる。ファラフレイムを扱えるほどに血が濃かった彼は、幼くして当主を務めることとなってしまうのだ。……アルヴィスの知らぬことであるが、ヴィクトル自殺の原因はシギュンの不倫にあった。身から出た錆ではあろうが、ヴィクトルの女癖の悪さに苦しむシギュンを見ておられず、当時の王子クルトは度々彼女を慰めていた。その結果、二人は恋仲となってしまうのだ。ヴィクトルの自殺はそれを知ったが故である。

 他の義兄弟や妾達を追い出したりと紆余曲折ありながらも成長を続けたアルヴィスだが、世の中は戦乱の只中にあった。そんなある日、時の暗黒教団の長から驚愕の事実を告げられる。自身には『ファラだけではなく、暗黒帝国皇帝の血も流れている』というものだ。……そう、彼の母であるシギュンはマイラの末裔だったのだ。

 苦悩の末、アルヴィスは『差別のない、誰もが住みやすい世界を作る』ことを目的として行動していくことになる。自身は確かに暗黒皇帝と同じ血を引いているのかもしれないが、それは闇の聖戦士であるマイラの血であるとして。

 そうして、その才覚を遺憾なく発揮したアルヴィスは、数多くの悲劇を生みながらも他の十二聖戦士の末裔を排除、帝国を建国し初代皇帝となることに成功する。政に関してはまさに賢君と言ってよく、人々は治世を齎したアルヴィスを讃え、部下の多くも忠誠を誓っていた。

 しかし、それも永くは続かなかった。正当に時の王家を継承するためにアルヴィスは王家の血を引く女性ディアドラを娶ったのだが、彼女は彼の異父妹――クルトとシギュンの娘――だったのである。彼はその真実を知らぬまま、やがて男の子と女の子の双子が生まれた。

 その内の片割れ――息子の方はマイラの血が混ざりあった結果血が濃くなってしまい、やがて暗黒皇帝の再来と化してしまう。流石のアルヴィスも一人では敵わず、奮闘虚しくその実権を奪われる。……まんまと暗黒教団に騙されてしまったのだ。

 結果――行為は賛否両論あれど――気高かったアルヴィスの目的は叶うことなく、失意のうちにその生涯を閉じることとなる。

 その後、神の祝福を受けた英雄によってアルヴィスの子は討たれ、再び新たな国が興っていく。……まるで、かつての出来事をなぞるかの様に。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「お待たせいたしました」

 

 そこまでを語ったところでランズィが戻ってきた。その腕には鞘に納まったままの一振りの剣が抱かれている。

 

「いえ、ちょうど十二聖戦士とアルヴィスについてを、簡単にではありますが語り終えたところです」

「その剣は? 柄の装飾だけでも見事な一品ですが……」

 

 リーフが応え、続くようにウィルが問いかけた。

 

「確認してみますか?」

 

 それだけを言って、ランズィはウィルへと剣を差し出す。

 

「では、失礼して」

 

 ウィルは剣を受け取り、鞘込めのままつぶさに確認する。しかし、結果は芳しくなかった。

 元よりウィルは目利きの技能など持ってはいないが、それでも色々と英雄譚を読み漁った過去がある。そしてこの剣は彼の記憶に存在する『英雄の剣』のどれとも一致しない。……ランズィが話を中座してまで取りに行った代物なのだ。只の剣の筈はなく、何か謂れがあって然るべき。

 その推測が正しければ、この剣にも相応の“何か”がある筈。

 

「……あれ?」

 

 期待を胸に剣を抜こうとしたウィルは、しかし疑問の声を漏らすに終わる。

 

「抜けない。……なるほど、これがこの剣の謂れですか」

 

 何度か試すも結果は同じだった。暫しの思考の末、ウィルは困惑するでもなく納得した。

 

「試してみても?」

「どうぞ」

 

 ウィルの言動に興味を持った“神の使徒”もまた次々と試す。だが、やはり結果は同じだった。剣の腕はともかく、ステータスに関しては最優を誇る龍真ですら抜けなかったのだから、かなり高度なプロテクトが掛かっている。剣を抜くのにも条件が必要なのは十分な程に理解出来た。

 

「“神の使徒”の方々ならば或いは、とも思いましたが……。この剣は『聖戦士が振るった』と伝えられておりましてな。謂れだけなら素晴らしいのですが、御覧の通り抜くことも叶わないので、その真偽も定かではない代物でもあるのです。……と言うのも、鞘を砕こうにも砕けぬものでしてな。槌であれ魔法であれ、威力が減衰してしまうのです。

 まあ実のところ、それだけで聖戦士と結び付けるのも早計です。古今東西、失伝したモノも含めれば英雄は数多く存在しますのでな。――ただ、この場で試すには十分な代物であるでしょう?」

 

 疑問の視線を向ける一同へと、ランズィは答えた。

 そう言われれば納得せざるを得ない。真偽はどうあれ“聖戦士”の名が関わっている以上、試すだけの価値はある。

 

「それでは」

 

 一同が見守る中、リーフはその手に剣を受け取る。周囲は自然と静まり返った。

 右手に柄を、左手に鞘を持ち、呼吸を一つ。

 次の瞬間、剣はいとも簡単に鞘から抜き放たれた。

 

『おお!?』

 

 周囲がどよめく中、リーフは声を聞いた。

 

(我、毒を以て毒を制さん。闇の中にも、一筋の光があらんことを――)

 

 それは出所が掴めず、頭の中に響いたようにも、心中から発されたようにも思える。

 

「剣を抜いた瞬間、声が聞こえました。……想像でしかありませんが、おそらくはマイラに縁のある物と思われます」

 

 聞こえた声の内容を告げ、リーフは所感を語った。

 

「なるほど。十三人目の聖戦士とも語られるマイラに……。言葉通りだとするならば、おそらくその剣に込められているのは暗黒神の力なのでしょう。善きことに使おうとも毒は毒。抜くだけで資格が求められるのも無理はありません」

 

 ランズィもまた理解を示し、暫し瞑目した。

 

「ふむ、十分な証明をして頂きました。リーフ殿のお言葉を信じましょう。“神の使徒”と行動を共にする限りにおいては協力も惜しみません。……いえ、そうですな。私から“英雄の系譜”に“神の使徒”への協力を依頼いたします。詳しい内容は後で詰めるとして、その剣は手付金代わりにお受け取り下さい」 

 

 未だ口約束の段階でしかないが、その言葉は確かな“力”を持つ。“神の使徒”の見守る場で“英雄の系譜”に対するバックアップをランズィは宣言したのだ。当然限度はあろうが、今しがた渡した剣だけでも十分な価値がある。

 実際にどう扱われていたかは別として、この剣は“象徴”なのだ。公王であると同時にエヒトの信徒としても知られるランズィである。それだけで、多くの者は相手が傭兵とはいえ無下に扱うことが出来なくなる。王国に連なる者も教会に連なる者も、相応の態度を取らざるを得なくなるのだ。

 まあ表立った場で剣を抜いてしまえば、また異なる面倒事が降りかかっても来るだろうが、それは必要経費と受け止めるしかないだろう。

 

「御英断、感謝いたします」

 

 諸々の“重み”を受け止めた上で、リーフは頭を下げるのであった。

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