ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 往々にして時間の経過とは早いものだ。特にやることが多ければ多いほど、尚更にそう感じる。

 

「はあ……。私の人生、どこで間違っちゃったのかな……?」

 

 目端にキラリと光るものを浮かべ、深い溜息を吐きながらそう零したのはネイビーだ。

 

「ん、何か言ったかい?」

「いえ、別に」

 

 言いつつ覗き込んでくるレオンに対し、ネイビーは素っ気なく返した。王宮で過ごすようになってから既に二ヶ月以上が経過している。それだけの期間を一所で過ごしながら、まともに顔を合わせる相手は非常に少ない。その中でレオンだけは――時間の多寡はともかくとして――ほぼ毎日顔を合わせている。次点がランデルだ。

 どちらともに王子という現実を鑑みれば、非常に頭が痛くなってくる。それでも、限定条件下で濃密な時間を過ごせば、相手の肩書など気にならなくもなってくるものだ。人の目の見当たらない場所では礼儀を置き去りにするほど、今のネイビーは二人に対して遠慮が無くなっていた。

 現在は王宮の廊下を歩いている。これから魔法の勉強だ。講師はレオン、生徒はランデルとネイビー。

 たった三人だけなのも理由があってのことだ。“魔力操作”の技能を得たレオンにしてみれば、魔法を使う度に陣を用いるのは非効率この上ない。可能であればランデルとネイビーにも“魔力操作”を覚えてもらいたいのが本音である。

 レオン自身は魔物の肉を食らうことで身に着けた技能だが、一応ながらそうせずして覚えることも可能なのは判明している。ハジメ考案の仮定条件の下、良樹と信治が実証してみせた。未だ実例が少ないので何とも言えないが、上手くいくかもしれない以上、試してみるだけの価値はある。……まあそうは言っても、レオンの独断で試すわけにもいかない。なので二人にも確認は取ってある。

 陣を用いた魔法は旧態依然としてはいるが、だからこそ様々なことが判明しているのだ。普通に学ぶだけなら、こちらの方が結果がついてくる可能性は高い。魔法の適性が無かろうと、陣に書き込む式を増やせば発動出来ないこともないからだ。その分だけ陣も大きくなり、かかる時間も長くなるが。

 一方の“魔力操作”は、そもそもにして技能を得られるかどうかも分からない。費やした時間が諸々ムダになる可能性は決して否定出来ない。その分だけ、技能を得られた場合のリターンはとてつもなく大きいものとなる。

 選択を迫られたランデルとネイビーは、共通して“魔力操作”の獲得を目指すことにした。陣式の魔法を学ぶのもムダにはならないが、前提として現在の魔法学は劣化しているのだ。それでは身に着けたところで上限が限られる。魔法に求める方向性によっては、遠からずして自分で探求せざるを得なくなるのだ。同じ時間を取られるのなら、“魔力操作”の方が良しとしたのである。

 魔法の発動プロセス、自分の適性属性、そういった部分だけを確認したら、それ以降は“魔力操作”の獲得を目指して只管に探求の日々だ。

 

「む? 来たか、ネイビー! 剣では奥義の会得に後れを取ったが、魔法では余の方が先に“魔力操作”を獲得してみせようぞ!」

「はいはい。そのセリフ、もう何度となく聞いたから……。言葉より行動で示してちょうだい」

 

 用意された一角に着くなり、先に待っていたランデルが指を突き付けつつ宣言した。最早お決まりとなった光景に対し、ネイビーは呆れを露わにしつつも言葉を返す。

 そうして、それぞれがそれぞれなりのやり方で“魔力操作”の獲得を目指して奮闘する。

 まあ、だからと言って一朝一夕で得られる様な技能の筈もない。確かな成果を得られることもなく一日が過ぎ去っていく。それもまた、ここ最近では最早お決まりとなった光景であった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 剣に魔法、知識の蒐集(個人的欲求)にetc……王宮に来た当初とは打って変わって、前向きに、貪欲に、己が身へと落とし込む日々をネイビーは過ごしている。たとえ一片(ひとかけら)とは言えど、目に見える希望がその先にしかないのだからやるしかない。……本意かどうかは別として。

 血筋がどうあれ、ネイビー自身はしがない一般人に過ぎないのだ。幼馴染にして親友と充実した日々を過ごせればそれで良かったし、当然ながら王宮と関わるような大それた欲を持つこともなかった。――にも拘らず、今現在はこうして王宮で日々を過ごしているのだから、まことに人生というモノは何があるか分からない。

 諦観と共に現実を受け入れ、『それでも』と一筋の希望を胸に反抗の牙を研ぎ澄ます日々。

 

(王宮に教会……その権威は認めるし、まあ“市民の義務”として必要に応じて協力するのも吝かじゃない。けど、望んでもいないのに不必要に拘束されるなんて御免だ。私の人生は私のモノなんだ。何としても自由を勝ち取ってやる)

 

 戦場への私的な介入、王族(レオン)に対する不敬罪。罪と言える部分が無いわけでもない。……それを認めればこそ、こうしておとなしく従って王宮での日々を過ごしてもいる。

 しかし、そもそも戦場への介入にしたって、その王子からの要請なのだ。一般市民が断れるわけもない。その事実から情状酌量の余地はあるし、結果自体は上々のものを出している。必要以上に罰せられる謂れはない。……だからこそデリケートで、各地で問題が立て続けだったために人員を派遣し、結果として人手不足となった王宮では対処しようにも対処出来ないことも理解出来る。

 ネイビーとて和を乱すことは好きじゃない。だからと言って個を蔑ろにされるのも御免被る。

 

(全ては王宮に人員が戻ってきてからだ。その結果次第では罪に問われようとも逃げ出してやる。“神の使徒”に助けを乞えば、彼らの人柄から言っても無下にはされない筈)

 

 問題は逃げ切れるかどうかだが、その時は可能な限りレオンに手伝ってもらおう。巻き込んだ責任は果たしてもらわないと。

 普段からは想像もつかないほど大それたことを考えつつも、所詮は仮定の話と自嘲してネイビーは頭を横に振った。

 王宮からのアプローチらしいアプローチもないことが、逆に展開の不透明さを示している。とは言え、武官にしろ文官にしろ、仮にも王宮勤めであるならば懐柔の手を打っておくのが妥当だろうに……。ムダに終わる可能性もあるが、成功した場合のリターンを考えればその程度のリスクは負って然るべきだ。なにせこちらは既に結果を示しているのだから。

 レオンが行動を起こしているから。その可能性もなくはないが、いくら人員を派遣しているとは言え、辣腕者を一人も残していない筈もない。――にも拘らずの現状だ。上がダメなのか下がダメなのかは不明だが、その一手が無い時点で、王宮勤めなど考えられない。王国という巨大な組織を運営するならば、多少の毒を飲み干す度量は必要だ。綺麗事だけで廻るのなら必要あるまいが、世の中そんなに上手くはいかない。

 ここにいれば、まるで煌びやかな外見の裏に隠された病巣が見え隠れするようだ。

 何れはランデルがこの国を継承することを思えば、その助けにはなってやりたいというのが本音だ。だが、そのためには――現時点のネイビーが見た限りでは――抜本的な改革が必要不可欠。歴史を誇るが故の血筋に胡坐をかき、所々が澱み、腐っている。たとえネイビーが助力したところで対処は不可能な状態だ。排除するだけなら、やりようによってはどうにかなるかもしれないが、その後が続かない。国を廻す上での駒――ランデルに協力的で、かつ仕事の出来る人材が圧倒的に不足している。

 つらつらとそんなことを考えていれば、不意に音が鳴り響いた。……どうやら部屋の扉がノックされた様だ。

 

「はい」

 

 今日の勉学は休みだと聞いている。レオンとランデル共に何やら予定が入っているらしい。

 さて、だとすると誰だ? 食事も既に終えたので、本当に心当たりがない。

 疑問を抱きつつネイビーが扉を開ければ、その先にいたのは一人のメイドだった。

 

「おはようございます。急ではございますが――」

 

 メイドの言葉を聞けば、数時間後には国王陛下との謁見があるようだ。それに伴い色々と支度があるとの事。『何とも急な』とも思えば、『漸くか』とも思う。ともあれ断る術はなく、その理由もない。

 

「分かりました。面倒をかけますが、よろしくお願いします」

 

 ドレスコードについての知識は最低限度に持っているが、当然ながら肝心要の実物はない。それは向こうも承知の様で、採寸等を行った上で貸してくれるらしい。素直に助かる。

 

(あの王子、知ってて黙ってたわね……!)

 

 恐縮した振る舞いをする裏で、ネイビーは脳裏に浮かぶレオンに対してツッコんだ。なまじ美形であるため、お茶目にウインクするその姿が様になっているのが憎たらしい。とは言え、余計な不安を抱かない様にという気遣いからかもしれず、だからこそ怒るに怒れない。それでも、一言教えておいてもらいたかったと思うのは我儘なのだろうか?

 そんな心情を余所に事態は進んで行く。浴場へ行って汚れを落とし、その後はさながら着せ替え人形の如しだ。薄く化粧も施して、そうこうしている内に謁見の時間は間近に迫っていた。

 メイドの案内に従って、普段とは異なる通路を進む。辿り着いた先で一際豪奢なドアが出迎えた。メイドの案内はここまでの様で、フォーマルな装いの男性が代わりとなる。

 手短ながら、謁見を臨むにあたっての注意事項を告げられた。『はい』とも『いいえ』とも答えぬうちに、件の男性によって扉が開かれる。時間が押しているのか知らないが、こちらにとんと優しくない。形式上の役割だけかもしれないが、こちらがミスをすればそちらの責任になりかねないというのに……。

 まあ、何れこういう事もあるだろうとレオンから指導は受けている。公の場での実践は初めてだが、及第点は頂いているのだ。練習通りにやれれば特に問題はないだろう。――練習通りにやれるかどうかが問題だが……。

 扉が開けば、数多くの人物。向けられる圧が凄まじい。……が、想定していたほどではない。これよりは、よほど明人が弓を射る際に放つ殺気の方が強いだろう。直接に受けていないとはいえ、間近にいたためか余波を受けることは防げなかった。そして、その余波だけでも心臓が止まるかと思ったものだ。

 圧力に対する耐性が出来たのか、それとも感覚がマヒしているのか。どちらにせよ動くことに問題はない。指定された場所へ進んで行く。

 途端、ザワリと空間が蠢いた。向けられる圧力も僅かに減る。

 

(試されたのかしら……?)

 

 如何せん情報が足りないためありきたりな事しか思いつかない。

 チラリと視線を動かせば、近くにはガチガチに緊張している者も少なくはない。彼方には久しぶりに見る光輝の姿もあった。向こうも気付いたようで、ウインクしてきた。これまた様になっている。

 

(美形ってウインクしないと気がすまないのかしら……?)

 

 益体の無い感想が浮かぶも、見知った顔がいるのは素直に心強い。現状から推測するに、おそらくは国境戦線での褒賞授与といったところか。大々的な集まりであることに加え、光輝の姿や近場の緊張者も合わせて考えれば、そうとしか思えない。自分の進退がどう転ぶか、これから語られるのだろう。

 その推測は当たっていたようで、少しの時間が経てば国王陛下を筆頭に王族が姿を現し、進行役によって褒賞の授与が声高らかに宣言された。名を呼ばれた者から順に功績の内容と褒美の内訳が発表されていく。ある者は貴族階級や軍階級の底上げを、ある者は宝物を、ある者はお金を、ある者は領土を、といった感じにその内容も様々だ。

 所詮は他人事なので、ネイビーも素直に拍手を以て賞賛した。関心があるのは自分に対してのみである。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「それでは次、ネイビー殿!」

「はい」

 

 そうこうしている内に時間も進み、とうとう司会者から名を呼ばれた。素直に返事をして前へと歩み出る。

 そこで功績内容を告げられるわけだが、如何せんネイビーは宮仕えをしているわけではない。かと言ってギルドから依頼を受けて参戦したわけでもない。仲間内での要請に従って参戦したわけだが、突発的事態だったこともあり、正規のルートを経由してはいないのだ。言い換えれば『私的な介入者』でしかない。

 しかし、その要請者が王国王子であり、アンカジ国王であり、ついには“神の使徒”である。立場上は一般市民に過ぎないネイビーにしてみれば、要請を断ることなど不可能だ。また、齎した結果も大きく無視は出来ない。

 まずはそういったあれやこれやが周囲に向けて説明された。

 

「我らとしても判断に迷ったが、そこで勇者殿からの希望があった。勇者殿が独立領を頂戴したのは皆の記憶にも新しいと思うが、その次期領主として彼女を充てたいとのことだ。……勇者殿からも説明をお願いします」

「はい。さて、私は“勇者”として召喚された天之河光輝と申します。過日、私たちはその目的を果たすための一環として、『私たちが元の世界に帰るまで』という期限付きで【ライセン大峡谷】と【ハルツィナ樹海】の近辺を独立領として頂戴しました。

 そして、私は領の指針として『種族による差別をせず』を掲げました。結果、現在我が領は村づくりの最中なのですが、文字通りに多種族が共同で励んでいるのです。人間族は勿論の事、近隣の樹海に居を構える亜人族、旅の過程で出逢った吸血鬼族や竜人族の生き残り、戦争相手である魔人族からの亡命者もおります」

 

 そこまでを語った途端、謁見の間を喧騒が包み込んだ。まあ無理もない。

 時間の経過に任せて空気が落ち着いた頃、再度光輝は口を開いた。

 

「皆さんのお気持ちも理解は出来ます。ですが、私はこうも思うのです。『個人の事を全体に当て嵌めてはいけない』、その逆に『全体の事を個人に当て嵌めてもいけない』……と。

 周りを見てください。皆さんは“人間族”という点では同じですが、性別、性格、武勇に知識と御覧の通りにバラバラです。それは他の種族も変わりありません。

 私たちの世界でも過去に戦争はありましたが、今現在は人種に関係なく手を携えており、結果として大きな発展を遂げました。……この世界でも、それは同じ筈なのです。当然ながらそう簡単なことではありませんが、私たちの領が、小さくともその一歩になれば……と私は思っております」

 

 またも騒めき、その内の誰かが叫んだ。

 

「ですが、それではエヒト様の意思に反します!」

 

 内輪揉めで滅んだ吸血鬼国はともかく、亜人族に対する差別も、魔人族相手の戦争も、大きく言えば『エヒトの意思』なのだ。当時は各国から尊敬を受けたとされる竜人族とて、最終的には『エヒトの意思』に反したからこそ滅ぼされたのだ。――そう、言われているのだ。

 その様な相手を受け入れるのは、それこそ『エヒトの意思』に反する行いだと思う者もいて当然である。

 それに対し、光輝は一言だけ返した。

 

「何故ですか?」

 

 逆に問い返され、声を上げた人物は口を噤むしかない。『そう言われているから』、それ以上の理由がないことに初めて気が付いたからだ。

 

「私の試みは、苦難こそあれ誰にも止められてはおりません。真にエヒトの意思に反するのであれば、試みる事すら出来なくても不思議はないのです。

 失礼ですが苦言を呈させていただきますと、皆さんは『エヒトの加護』、『エヒトの恩恵』、『エヒトの意思』……それらの言葉を前に思考を停止している様に見受けられます。神代に比べて劣化した魔法の数々、ホルアドの迷宮において徐々に少なくなっていく最高到達階層、そして他の種族に対する振る舞い……これらの事実が、そのことを如実に表しています。

 確かに時間の流れと共に色々と忘れ去られていくものです。魔法が劣化するのも仕方のないことではあるのでしょう。それでも――魔法に限らず、武技に限らず、知識に限らず――残るところには残ります。たとえ人間族からは失われても、他の種族には残っているかもしれません。

 あくまで可能性でしかありませんが、可能性自体はあるのです。物事の一面だけを見て思考を停止しては、その可能性すら失ってしまいかねません。それを防ぐために行動することも、また大切なことではないでしょうか?」

 

 光輝は語る。それは“勇者”の立場があればこそ聞いてもらえるが、立場が無ければ戯言と一蹴されてもおかしくはない内容だ。だが、やっておいて損はない。塵も積もれば山となるのだ。

 個人レベルの意識改革なくして、真にエヒトからの脱却はあり得ない。

 

(我ながら、まるで道化だな……)

 

 そのために必要とあれば、自嘲しながらも道化を演じてみせよう。

 

「とは言え、一足飛びに大きな変化は望めないでしょう。そんなことをしても、大きな混乱が起きるだけですからね。だからこそ、私たちの領がその試金石となりましょう。

 しかし、それはそれで問題を生みます。おそらくは永らく途絶えていた多種族の共生となれば、問題が起こらない方が不思議です。そしてそれらの大半は、一朝一夕に短時間で解決出来るようなものではないでしょう。

 ですが、私たちは何れこの世界を去らねばならぬ身です。最後まで見届けることは出来ません。その解決方法として――非常に心苦しいことですが――この世界の者に私たちの志を継ぐ後継者となってもらいたいのです。……もちろん、誰でもいいわけではありません。他種族であろうとも分け隔てなく接することの出来る人物でなければなりません。

 心当たりとして何名か浮かびますが、如何せん私たちがよく知る者は限られています。大半が他種族であったり、或いはレオン殿下の様に立場のある方なのです。こちらとしても、立場を捨てることをお願いするほど神経が図太くはありません。同時に、この世界に住まう種族の内その大半を占めるのが人間族である以上、“領主”という立場的な後継者は人間である方が望ましいのも事実です。

 私たちが出逢った人間で、その人格や能力をよく知り、捨てるような立場もない。……そうなると、該当する人物はネイビーくらいしか浮かびませんでした。

 ですが! 私たちの後継者が務まると思えばこそ、私は彼女を次期領主として迎え入れたい! それがより良き未来に繋がると信じております! 皆様には申し訳ないが、どうか私の我儘を聞き届けてほしい!」

 

 身振り手振りを加え、心の底から訴えかけるように。

 光輝は日本にいた時から『完璧超人』だのと言われていた男だ。本人がどう思っているかはともかく、そんな人物が全霊を以て希望すれば――

 パチ、パチ、パチ、パチ………………!

 初めは小さく、次第に大きく、ついには万雷の拍手で受け入れられるのは自然な事であった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「酷い手口を見ました。まるで詐欺のお手本の様でしたよ」

「ハハ、酷い言われようだけど、否定は出来ないな……」

 

 王国を発ち、“勇者領”へと向かう馬車の中。ジト目で見ながらネイビーが言えば、光輝は苦笑しながら頬を掻く。

 事実に次ぐ事実を叩き付け、冷静に考えられなくする。タチが悪いのは、一側面においては“正しい”ことだ。次から次へと思いもしなかった“正論”を告げられれば、困惑しながらも心のどこかでは否応なく共感を抱く。それを述べるのが“勇者”であり、立場に相応しいカリスマ性もあるとなれば尚更だ。

 聴衆が天之河光輝という個人ではなく、“勇者”という肩書を見ていればこそ通用した手法でもある。たとえ冷静に光輝個人を見て『否』と言える人物がいたとしても、その数が少なければ大衆に呑まれて終わりだ。

 

「まったく、上手いこと掻っ攫いおってからに……。まあ、その方がネイビーにも良かったのかもしれぬ」

 

 ――例えばランデル王子の様に。

 王子の立場を以てすれば、呑まれた聴衆に聞く耳を持たせることは出来たかもしれない。しかし、現在のランデルではそこまでだ。年の割に聡明とは言え、幼いことに変わりはない。我が身を以て知る世界が狭い以上、言葉を投げかけても説得力は低いのだ。それでは大衆を動かすことは出来ない。出来たとしても役に立たない。

 ヘタに悪目立ちすれば、後々に響く。その事もあり、ランデルに出来たのは終わった後で光輝に嫌味を言うのが精々だった。

 

「ま、良いですけどね……。餞別も貰いましたし、友人(ランデル)に恥じない様に微力を尽くしますよ」

 

 言って、ネイビーは鞘の上から一振りの剣を撫で上げた。剣種としては細剣で、二剣一対からなる内の片割れであり、もう片方はランデルが所持している。曰く『友の証』との事だ。光輝に嫌味を言うついでに渡してきたのだが、紛うことなきアーティファクトである。経緯はともあれ、こんな大層な物を頂戴してしまっては頑張らないわけにはいかないだろう。

 その他にも、王国からは褒賞として大金も頂戴している。また『仮にも一領を継ぐ身になったのだから』と家名まで与えられた。考案者は光輝。“神の使徒”の中でも、その筆頭たる“勇者”である彼には、それだけの事を押し通せる力があった。

 

「俺たちの召喚を始めとして、この世界は新しい時代を迎えようとしている。そうなれば、当然様々な余波やうねりからは逃れられない。俺としては、君自身にそうなってほしくもあるし、それを御してほしくもある」

 

 そんな前口上の後で語られた名前。

 新しい時代を迎えるに当たって、その先駆けともなり得る、斬っても離せない新しい波。――すなわち“ニューウェーブ”。それが、今後ネイビーが名乗ることとなる家名だ。

 

「手始めに、分かっている限りの事を教えて頂けますか? 情報がないとどうにも出来ないので」

「もちろん教えるよ。――ただ、並行してやってもらうことがあるんだ。俺たちも手伝うからさ」

 

 そこでネイビーは嫌な予感がした。

 光輝はいま『やってもらいたい』ではなく、『やってもらう』と言ったのである。その後の言葉が、また不安感を掻き立てる。それは、『光輝たちの手伝いが無ければ遂行出来ない』ということではないのだろうか……?

 

(いやいや、まさか。有り得ないって……)

 

 首を横に振って自分に言い聞かせるも、不安感は拭えない。……どころか徐々に強くなり、終いにはキリキリと胃が痛む始末。

 彼らに関わる様になってから否応なく培われた第六感――危機感知能力が警鐘をかき鳴らす。だが残念なことに、今のネイビーには打てる手がない。危険性は窺い知れるが、情報が足りなすぎるのだ。

 そうして辿り着いた先は、自分も見知った町、ホルアドである。

 

「……“勇者領”に行くのでは?」

「ああ、行くよ。ここの大迷宮を通ってね」

「そうですか、死の危険溢れる大迷宮を通って……。ムダと思いますが、拒否権は?」

「申し訳ないが、無いね。俺たちに近付けば近付くほど、色々と狙われる危険性は増える。……それは分かるだろう?」

「ええ、そうですね。そして貴方たちにもやることがある以上、四六時中カバー出来る筈もない。なら、どうするか? カバーする必要もないほど、接近者が強ければいい。弱ければ、強くなってもらえばいい。

 かと言って、時間も限られる以上、悠長な真似はしてられない。そのために打ってつけなのが、危険も名高い七大迷宮。ハイリスク・ハイリターンというわけですか……」

 

 ムダな抵抗は、やはりムダに終わった。単純に能力であれ、或いは権力という力であれ、強くなければ振り払いたくとも振り払えないのが現実だ。そして今のネイビーには、そのどちらもが欠けている。

 人生、諦めが肝心だ。抵抗するにしても、すべき箇所を見極めなければ、それこそ力のムダ遣いでしかない。上限が低い状態でそんな真似をしていては、肝心の部分で呑まれて終わる。

 

「まあ、分かりました。光輝さんやレオンさんの援護があれば達成出来る。……少なくとも、その可能性はあると見込んでいるのでしょう? 迷宮における私の成長具合なんかも関わってくるとは思いますが……」

「そんなところだね。まあ脅したばかりで悪いけど、君に最も望んでいるのはデータの補完なんだ。――とは言え、可能な限り戦闘にも参加してもらうけどね。

 現在、領で村づくりの最中なのは知っての通りだが、素材集めも兼ねて神代魔法を得ていない面々には順次攻略に臨んでもらってるんだ。そして先日、その第一組目が攻略を終えたんだ。おかげで拙いとは言えマップも出来た。現れる魔物のデータもある程度は集まった。……けれど、やっぱり穴があるのは否めない」

 

 そこまで言われれば、流石に納得せざるを得なかった。『天職と技能は連動する』……もはや常識と言っていい謳い文句だが、“予測士“たるネイビーがその本領を発揮しようとすれば、あらゆる情報が欠かせない。

 天候予測士を始めとした特化型でないからこそ、ネイビーが特化型と同じ精度を出すには必要とする情報が多くなる。しかし逆に言えば、情報に対する得手不得手がないのだ。“収集”、“解析”、“把握”といった情報系の技能も、“魔物”だの“天候”だのといった区別がない。時間さえかければ、あらゆる方向で結果が出せる万能選手なのだ。

 そしてそれは、戦闘にも応用出来る。曲がりなりにも戦えるのだ、ネイビーは。

 

「取り敢えず、今日のところはこのまま一泊する。迷宮に挑むのは明日か明後日かな。……装備を整えなくちゃいけないからね」

 

 宿に着いたところで、光輝が言った。

 それもまた道理だ。武器はランデルから頂戴した剣を使えばいいにしても、このままでは余りにも防御がおざなりだ。ヘタをすれば一撃もらっただけで死んでしまうだろう。

 

「それは良いですけど、防具の良し悪しなんて分かりませんよ? 精々、芸術的価値があるかどうかくらいです」

「それも十分に凄いと思うけどね……。まあ、装備を買う必要はないよ」

「……と言うと?」

「今日、最新の身体データを測っただろう? それをリリィに確認してもらい、ある程度の変動をつけた数値を南雲に送ってある。南雲の腕前を以てすれば――たとえ深層の素材を使っても、ムダにギミックを搭載しなければ――然程時間もかからない。調節機能程度ならどうという事もないだろう。

 加工が終了したら、今度は真央が“生成魔法”で可能な限りの“付与”を施す手筈になっている。それが終わったら“宝物庫”を介して送ってくれるんだ」

 

 仮にも乙女として、人の身体データを勝手に送ったことについては業腹だが、格別の振る舞いであることは理解出来る。作成手順からして間違いなく上等のアーティファクトであり、正規の手段で買おうとすれば、どれほどの値段が付くかも分かったものじゃない。

 冒険者の宿場町として名高いホルアドだ。迷宮の素材を得やすいこともあり、売ってある装備も一級品が揃っている。――だが、アーティファクトには遠く及ばない。

 

「そういう事なら、ありがたく頂戴することにします。……本当に私の身体データは確認してないんですよね?」

「そこまで無神経じゃないよ。信じてくれ、としか言えないけどね……」

 

 そんな会話をしていたら、唐突に宿のドアが開いた。

 

「よお、久しぶりだな」

「お久しぶりです。国境戦線依頼ですね」

 

 姿を見せたのは昇とリーフであった。手には巨大な袋を持ち、果実や野菜が見え隠れする。……どうやら買い出しをしていた様だ。

    

「お久しぶりです。ここにいるという事は、お二人も大迷宮に?」

「まあ、そういうこった」

 

 聞けば、二組目はかなりの人数が参加するとの事。

 一組目はマップもないことから危険度が高く、本当に限られた面子しか参加出来なかった。しかし、毎回毎回少人数では、たとえ“宝物庫”を利用しても得られる素材の絶対数が少なくなる。素材が集まらなければ、村づくりも、次なる迷宮への準備も進まない。どこか早い段階で大量投入しなければならなかったのだ。

 そうなると、望ましいのは二組目だ。残していても作業が進まないのであれば、人手を分けても問題はない。

 

「……と、話し込んでたら割と時間が経っちまったな。わりぃが、飯の前に風呂行ってくるわ」

 

 会話が一段落着いたところで、そう言って昇が宿を出て行った。

 

「……私も行ってきますね」

 

 お風呂は贅沢なのだ。王宮にいた頃は毎日のように利用させてもらったし、今日も利用した。それでも、幼馴染と旅していた時にはそうそう利用出来るものでなかったのも確かな事実。

 乙女としては、可能な限り身綺麗にしておきたいのである。優に利用出来る元手もあるのなら、利用しない手はないだろう。

 割かしルンルンとした気分で、ネイビーもまた宿を出て行くのであった。

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