ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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9章:犯罪組織
1話


「お久しぶりです、イルワさん!」

「おお! 久しぶりだな、ウィル! よく来たな。まあ、掛けなさい」

 

 中立商業都市フューレンの冒険者ギルド支部、その支部長室にて。

 ウルの騒乱の際、そこを訪れていた“神の使徒”について行く形でウィルがこの町を発ってから早や数ヶ月。短くも長くも感じる期間が経っている。

 冒険者登録を済ませてはいるが、ウィルは未だ低ランクに過ぎない。それでもイルワとの面会が叶ったのは――元々家族ぐるみで親交があったこともあるが――それだけの時間が流れているからだ。『男子、三日合わざれば刮目して見よ』とは日本の慣用句だが、似た意味合いの言葉はトータスにも存在する。

 果たして、如何ほどの成長を遂げたのか? ……ウィルの来訪を聞いたイルワがそう思ったのはごく自然なことだった。個人的な付き合いとしても、ギルド支部長としても、未来溢れる若者に対して期待を抱くなという方が無理である。

 結果、久しぶりに会った喜びと同時に、信じられぬ驚きがイルワを襲った。

 イルワ自身には武芸の心得などない。それでも、その立場もあって高ランク冒険者を何度となく眼にしている。玉石混合の冒険者ではあるが、高ランクともなれば相応の空気を纏う。無論のこと例外はあるにせよ、そういった者たちと共通した――或いは凌駕するほどの――空気をウィルは纏っていたのだ。

 つまりは、それだけの実力をつけたという事なのだろう。その点だけを見れば、どうやら“神の使徒”に同行していったのは間違いではなかったようだ。

 ソファに腰掛けるウィルは自然体で、顔には柔和な笑みを浮かべている。リラックスした雰囲気で、端から見れば到底実力者とは思えないだろう。イルワとて『見間違いではないか?』と何度か瞬きを繰り返した。

 それでも結果は変わらないとなれば――仮にも支部長として自身の眼力に相応の自負を持つ以上――イルワも認めざるを得ない。

 

「ご家族には、既に会ったのか?」

「いえ、まだです。一応は仕事の一環として来ているので、先にそちらを済ませるべきと思いまして……」

 

 差し障りない挨拶を交わした後、これまた差し障りのないことを訊けば、返ってきたのは予想外の言葉であった。イルワとしては『里帰りついでに挨拶にでも来たのだろう』と思っていたのだ。……自分でも『支部長としてそれで面会を許可するのはどうか?』と思わなくもないが、前述の理由も含めて色々と重なった結果である。

 まあ予想外の返事ではあったが、普通に考えれば頷ける話だ。ウィルとていつまでも子供ではない。正規の手続きを踏んで仕事中の自分に会いに来るのだから、相応の用件はあって然るべきだ。

 その考えを後廻しにしたのは、ウィルの冒険者ランクが起因する。そして、だからこその“予想外”でもあった。 

 

「仕事? 依頼か? だが、私との面会を要する依頼で低ランクが受けられるものは無い筈だが……」

 

 言葉通り、仕事の依頼内容によっては『支部長に直接お渡しください』だのといったものがなくもない。しかし、仮にも支部長が関わってくるとなれば、低ランクが受けられる依頼は存在しない。内容にもよりけりだが、基本的には高ランク、そうでなくても高ランク寄りの中ランクが指定されるのが常だ。

 

「ああ、いえ、冒険者の仕事ではないです」

「ん?」

「説明します」

 

 イルワの困惑を受けて、ウィルは即座に訂正した。尚更に困惑したが、説明を聞けば頷ける話ではあった。

 ウィルが“神の使徒”に同行していったのは前述の通りだが、今回の話はそれに関連した内容――“勇者領”についてであった。

 一言でいえば『“勇者領”に冒険者ギルドを設立しませんか?』である。

 商業や冒険者を問わず“ギルド”は中立だ。“勇者領”にギルドを建てるのもおかしな話ではなく、それを伺いに来るのもまた然り。

 そうは言ってもイルワは支部長に過ぎない。建てるも建てないも、その決定権は本部長にある。――だが、それ故に難儀でもあるのだ。本部長が相手となれば、面会するにも時間がかかる。冒険者として通常の手段で面会出来なくもないが、そこでランクが足を引っ張る。この様な場合は、やはり立場や肩書がモノをいう。低ランクの身では後廻しにされて然りだ。

 確かに“勇者”や“神の使徒”、“王子”が強権を発動すれば時間をかけずして面会は叶うだろうが、それと同時に心証を悪くするだろう事は間違いない。ましてや、未だ村づくりの最中にあるとなれば断られてもおかしくない。

 話題性は十分だし、立地も二つの七大迷宮近辺とあって、完成した暁には集客率も見込めるだろうとは思う。……思うが、ギルドを建てるのもタダではないのだ。こんな最初期から諸々の費用をかけるだけの“旨味”がなければ、仮に本部長がイルワであっても頷きはしない。

 普通に考えれば、早期に手を出すのはアリだ。現時点では土地も余っているので、その分だけ費用も安く済む。住居が増えれば増えるだけ、施設が増えれば増えるだけ、空いている土地は減っていくのだ。そうなってからでは、土地にかかる費用は跳ね上がる。

 だが今回の場合、それだけでは終わらない。通常なら迷わず『イエス』と言うところだが、それを迷わせるのが領の掲げる指針である。

 早い話、他種族を相手にして普通に営業出来るかどうかだ。亜人族を見下してもいけないし、魔人族に憎悪を向けてもいけないのだ。土地代は安く済んでも、その分だけ早期に他種族と絡むことになれば、問題が起こらない筈がない。

 そして問題が起こったとして、その転がり方が現時点では判断出来ないのだ。

 一方で、この時点で声をかけてくるのは“領”側の誠意であることも理解出来る。

 諸々の施設が無ければ“領”としても潤わない。そういった理由もないではなかろうが、“神の使徒”の実力であれば余所の町に行って素材を売るだけでも暫くは何とかなるのもまた事実だ。既に幾つかの七大迷宮を攻略していることが証明となる。

 時間が過ぎ、土地が減ってから話し合うことも向こうは選択出来たのだ。たとえ諸々の問題があろうとも、見込めるリターンがあるのなら、ギルドとしても一度は店を構えない筈がないのだから。

 

「……分かった。私の名前で本部長への紹介状と推薦状を書こう」

「ありがとうございます」

 

 思案の末、イルワは決断を下した。

 強権を使わず、可能な限り穏当な手段を使ったのが“勇者領”――引いては“神の使徒”への心証を良くしたのである。

 以前――ウルの騒乱の際にも何人かとは顔を合わせたが、その誰もが立場を笠には着ていなかった。“現人神”などは人付き合い自体を好んではなさそうだったが、それでも一定の配慮はしてくれた。

 そして今回だ。

 イルワへの面会もウィルだけであり、“神の使徒”は同行していない。誰か一人でも同行していた場合は、迷うことなく面会していた筈だ。“神の使徒”という肩書には、それだけの力が存在する。

 反面、ウィルにそういった力はない。あくまでもイルワ・チャングという個人に対する伝手があるだけだ。仕事の終了後に話を持ち掛けてきたのなら、おそらく頷きはしなかった筈だ。

 今回のは支部長への面会を希望したウィルに対し、若干ながらも公私混同をしてしまったこちらの落ち度である。

 

「そういった駆け引きも出来るようになったか……。成長したな、ウィル」

 

 英雄に憧れる青年の変革が、喜ばしくもあり、悲しくもある。それをしてイルワは“成長”と捉えた。

 書き終えた手紙を渡しつつ、成長を褒め、ついでにもう少しばかりの公私混同を行う。

 

「これから家族へ会いに行くのだろう? 私も仕事が終わったらお邪魔させていただく。その際には、君個人の近況を聞かせてくれ」

「分かりました。家族にも伝えておきます。また後ほどお会いしましょう。――それと、お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 一礼して支部長室を出て行くウィルを、イルワは静かに見送った。そして“神の使徒”側の思惑を考える。

 今回の件、実際には“神の使徒”側も判断の難しい所ではあったのだろう。領の運営に携わる今回の話には相応の立場ある者が必要不可欠。そうでなければ、相手からの信用・信頼など得られない。大事な話に使い走りを寄越すような者に誰が信を置くものか。

 未だ領らしい領として機能していない以上、領主たる“勇者”か、そうでなくても“神の使徒”、或いは次期領主と指名された少女でもなければ話らしい話も聞いてはもらえまい。――かと言って、実際に“神の使徒”が来れば強権発動と見なされかねない。

 時期領主の少女の場合、それはそれで問題が懸念される。肩書としては面会するに十分であろうが、彼女自身は冒険者ギルドにコネもツテもない。耳聡い者でなくば“勇者領”の次期領主として指名されたことすら知るまい。

 括りとしては同じ“商売”だが、冒険者ギルドと商業ギルドでは扱う商品が異なる。イルワが知っているのはウィルのこともあって、“神の使徒”に関する情報を雑多に集めていたからだ。その中に彼女のことがあっただけの話。――肝心のウィルについてはサッパリだったが……。

 そんな状態では、彼女が面会を望んだところでいつになるか分かったものではない。実際にはこうして知っていたのだから面会は叶ったのであるが、それを向こうに推測しろと言うのも酷な話だ。足がかりとなる情報が無ければ根拠のない希望でしかない。

 むしろイルワの調べによると彼女は商業ギルドに登録しているらしいので、冒険者ギルドよりは商業ギルドの方がすんなり面会出来る可能性は高いだろう。

 そこで白羽の矢が立ったのがウィルだ。或いはウィルの方から願い出たのかもしれないが、そこはイルワの知るところではない。

 ともあれ、ウィルであればイルワに面会出来る可能性は高い。そしてイルワに対してそんな真似をする以上、それは同時に『ウィルを無下には扱わない』と宣言しているに等しい。

 先ほど公私混同を行ったばかりのイルワだが、基本的に“公”と“私”は切り離せるモノではないのだ。人によってどこに重きを置くかが異なるだけである。

 つまり、これでウィルに相応の酬いが無ければ、イルワの“勇者領”に対する印象は地に墜ちることとなる。まあ、知る限りの“神の使徒”を思い浮かべれば、その様なことは起こり得まいが……。

 

「だが、事が上手く進んだ場合、“裏”のヤツらが問題となるな……」

 

 光ある所に影は付き物だ。それは中立商業都市を冠するフューレンでも同じである。

 この都市の“裏”を覗き込めば、非合法な商売がわんさかと行われているのが実情だ。三本の指に入るほどの巨大犯罪組織“フリートホーフ”を筆頭に、下部組織まで含めればキリがない。下部組織は潰しても潰しても新たに現れ、組織が大きくなるほどに証拠を掴ませてはくれないとあって、最早その全容は測りきれなくなっている。……撲滅を目指してはいるが、成果は芳しくないのが現実である。

 そんな連中が、余所に根を張れる機会を見逃す筈がないのだ。

 

「それでも、或いは、と思ってしまうのは期待のしすぎかな……?」

 

 召喚されてからというもの、“神の使徒”の周りは――七大迷宮の攻略を手始めに――次から次へとこちらの想像もつかぬ事を起こしてきたのだ。だからこそ、そんな彼らであれば“裏”の連中もどうにかしてしまうかもしれない。

 自分たちの不甲斐なさを承知の上で、一筋の希望を抱く。

 そんな自分に、イルワは苦笑するのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「最近の私、いいように使われ過ぎじゃないですか? お三方はどう思います?」

「ま、仕方あるまいよ」

「適材適所、というやつですね」

「頑張ってくれ、としか俺からは言えん。どちらにせよ、誰かがやらねばならぬことだしな……」

 

 フューレンに取った宿。その一階で営業してる食事処の一角にて、ネイビーはテーブルに身体を預けていた。その頬には赤みがさしており、酒精を取ったことが明らかだ。

 上目遣いで同行者に問いかければ、何れもつれない返事を寄越すのみ。

 その事に溜息を吐くも、自分自身でそれらの返事に同意しているのだから世の中はやるせない。

 

「慰めの言葉くらいくれたって罰は当たりませんよ?」

「効果があるなら、それも吝かではないがのう」

「現状、貴方がやるしかありませんからね」

「一日と保たぬ慰めなど意味があるまい」

 

 拗ねて見せても、これまた返ってくるのは正論ばかり。全く以て優しくない。

 ウィルが冒険者ギルドへ誘致しに行ったように、ネイビーもまた商業ギルドへと赴いていたのだ。上々とは言えないものの手応え自体はあったので、まあそれは良い。問題なのは『仕事を振られ過ぎ』の一言に尽きることだ。

 村づくりにおいては諸々の意見を取り纏めた上でどのようにすれば最良かを予測し、かと思えば村を離れて交渉に赴く始末。半ば強制的に行われた大迷宮攻略によりステータスが飛躍的に上昇したことで、肉体的には問題なく行動出来るのがタチの悪いところだ。

 まあ“神の使徒”は何れこの世界を去る身だ。レオンは王国の王子だし、カリオンは教会に属している。独立領という立場、縁作りという点において、彼らに任せるわけにはいかないのは理解出来るし、納得も出来る。

 そうなれば、領としては有名無実の現状、肩書的に自分くらいしか熟せる人物がいないのも受け入れざるを得ない。ただ、肉体的には大丈夫でも精神的にはキャパオーバーとなってしまう。アレーティアとティオを連れて来たのは、多少なりとも負担を軽減するためだ。彼女たちなら――能力的にも、見た目的にも――フューレンで行動するに支障はない。

 アステルは対外的な護衛である。実際には必要ないが、外面を取り繕うのも必要なのだ。それに彼自身、色々なことに興味を持っているためか吸収力が高い。時に穿った見方を示して来ることもあり、この分野でも一応ながら戦力となっているのがありがたい。

 

「まあそれはそれとして、どこに誘致の希望を出すかだが――いや、やはり部屋に戻ってから話そう。ここでは人目に付きすぎる。この状況では、流石に誰が聞いていて、誰が聞いていないかを判別することが難しい」

 

 そしてもう一つ、アステルを連れてきた利点を挙げればコレだろう。彼は悪意に敏感だ。こちらが気付かぬような些細なことにも気付いてくれる。

 ここに来るまでの道中、敢えて一行はゆっくりと来た。移動自体はほぼ竜化したティオに乗せてもらっていたが、その代わり点在する町や小村などに最低でも一泊はしてきた。『見聞を広める』という点で一行の意見が一致したためだ。

 小村などに赴けば、他では見向きもされず雑草として処理されているものが、薬や食材として重宝されていることなども無くはない。その村ならではの風習に考えさせられることもある。無駄足に終わることもあるが、何かしら得られる場合もあるのだ。

 だが、同時にマイナスになり得ることも十分にある。つまりは面倒事に巻き込まれるパターンだ。

 小村の住民にとって、知識を得られる機会は早々なく、得られる知識も限られているのが実情だ。下地となる知識が育たないために、物事に対する成否の判断を自分で決める基準も限られてくる。相手の言う事を鵜呑みにしてしまうこともままあるのだ。

 よくあるのは、悪徳貴族や悪徳商人に付け込まれるパターンだろうか。使えば気分がハイになれるような、都市部では非合法として扱われるような薬物。言葉巧みに誑し込まれ、目に見える報酬をチラつかせられれば、その原材料となる植物を疑問に思わず育ててしまうのだ。

 騙す方も騙す方で――完成品に比べればはした金程度でも――きちんと対価を払っているため村人も疑問に思うことは無い。

 特に他の村との交流も少ないような小村であれば、現金を受け取ったところで効果は薄い。そんな小村で生活を続けている以上は、暮らすだけならそれで満足出来ているからだ。日々の買い物も村内で済ませてしまうため、金を貰ったところで使い道はない。

 それでも、村で暮らしているだけでは得られないような娯楽志向的な贅沢品――食料や衣類――を定期的に得られるとなれば、頼みごとを引き受けるのも吝かではない。そうやって知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がされてしまうのである。

 基本的には善良な村人も、それが長く続けば報酬の魅力に憑りつかれる。そのため、見知らぬ旅人が訪れた場合などは警戒心が僅かに高まる。しかし、普段から人の行き来がないような村では、そういった態度もザラにある。

 だからこそ、こういった場合にこちらが取り得る手は大きく二つ。積極的に交流を図るか、一所でおとなしくしているか、である。

 ネイビーやウィルは前者だ。直に人柄を知ってもらえれば警戒も解ける筈。交流を図らなければ見聞も何もない。……大雑把に言えばこんな理由だ。

 そしてアレーティア、ティオは後者だ。警戒される中を動き回れば、更なる警戒を齎してしまうのは自明の理だ。気になるなら、再度訪れればいいのだ。訪れる数が増える度、警戒が下がる可能性だってあるのだから。

 そしてアステルは、そのどちらでもなかった。

 一度金の魅力に憑りつかれたのなら、警戒だけで我慢出来る連中ばかりとは限らないのだ。必ずと言っていいほど、悪意を寄越す者はいる。強い警戒の中に紛れる、微弱な悪意。どちらも敵意と捉えられればこそ、アレーティアやティオも気付かなかった。生まれてからこれまで、ごく一部を除いてほぼほぼ悪意に晒されて生きていたアステルだけが、それらを識別可能だった。

 だからこそアステルは無防備に近付く。挑発を挑発と気付かぬままに相手が乗れば、これ幸いと逆に脅しをかける。そもそもの実力が雲泥の差だ。簡単に脅すだけで、アッサリと情報を吐いてくれる。……真っ当な手段とは言い難いが、そうやって得られた情報の中には値千金の価値があるものも存在した。

 買い手側は非合法と承知の上でやっているのだから、当然トップの名前は隠す。……が、同時に使い走りに任せられる様な仕事でもない。リスクもあるが、上手く運んだ場合のリターンも大きいのだ。それなりに場数を踏んだ人物でなければ任せられる筈もない。

 そして村人からのコンタクトがあった場合に速やかに対応するためにも、どうしても隠せない部分が出てくるものだ。例えば村が何かしらの災害に見舞われ、それで件の植物を育てている畑が被害を受けたなら、その時は当然報告する必要があるだろう。その時に教えられていた名前が全くの嘘デタラメだったならば、村人としても疑問に思うだろうし、買い手側も村の被害に気付かぬままだ。気付かぬままに買い取りに赴こうものならば、間違いなく何らかの不都合が生じる筈である。

 この世界には魔物が棲息しているのだ。大都市ともなれば結界なり何なりで安全には気を配っているが、小村にそんなものを望めるわけもない。……同じことは賊にも言えるだろう。

 結界のない町村と取引する場合、天災は元より魔物や賊による被害は常に想定しておかねばならないのだ。

 小村の類は多かれど、毎度上手く騙せる相手ばかりではないし、立地や距離的な問題も出てくる。都合の良い『金の生る木』は、そう簡単に見つかりもしないし出来もしないのだ。再度探す労力を思えば、リスキーであろうと己に繋がりのある――傘下商会や部下の――名前を示しておいた方が得策だ。

 そんなわけで、上手くいけば悪徳業者の情報を得ることがある。代価として村から追い出されるパターンが大概だが、必要経費と受け入れざるを得ないだろう。村人といざこざを起こせば長居出来る筈もなく、必然的に村人たちをいいように操る業者たちもこちらの情報を掴み切れない。村は閉鎖的である方があちらも望ましいので、気になったところで村人を問い詰めすぎることも出来ない。ヘタに問い詰めて逆に疑問を覚えられたら、商売のタネが一つ減ってしまうからだ。まあ無論のことそれで諦める筈もなく、向こうも情報の収集には力を入れる。

 そういった端末に対して、アステルは目端が利くのだ。今みたいに話題の転換と撤退を促してくれる。フューレンに来てからネイビーらが取った行動を鑑みれば、特段おかしくも何ともない。

 名に違わず、この町には大小様々な商人たちがいる。領への誘致を行うにも、諸々を鑑みた上でなければならない。

 その第一歩として、商業ギルドに赴き登録済みの商人なり商会なりの名簿は手に入れた。この中から交渉相手を絞っていくわけだが、流石にそんな真似を人目に付く場所で堂々と行えるわけがない。“勇者”なり“神の使徒”なりとお近づきになれる――かもしれない――という希望は、名を上げたい者にとって極上の美酒に等しい。あの手この手で席を確保しようと迫ってきても不思議はないのだ。

 だが、未だ結論が出ていない状態で強引なアプローチでもしようものなら、逆に候補から外される可能性の方が高い。出来るとしてもさりげない挨拶程度だ。

 

「ふむ。じゃが、何もそこまで急ぐ必要もなかろう。今はゆっくりと食事を楽しもうではないか」

「賛成ですね。ネイビーもこの調子ですし、ウィルもいません。これでは、どの道上手くはいかないでしょう」

 

 アレーティアの視線の先では、酔い潰れたネイビーがいつの間にやら静かに寝息を立てていた。

 

「……そちらがそう判断したのなら、俺も異存はない。――すまない、この香草焼きを追加で頼む」

 

 素直にアステルも同意し、料理の追加注文を頼むのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「あん? 旅人といざこざが起こって追い出した……だあ?」

「ああ。全部が全部ってわけじゃないが、収穫に行ったヤツらから何件か同じ報告が上がっている」

 

 報告を受けた犯罪組織フリートホーフの首領――ハンセンは訝し気に言葉を返した。

 どうやら聞き間違いではなかったらしく、秘書官は肯定を寄越すのみ。

 

「正確には?」

「四件だな」

 

 前置きした後で、秘書官から村の名前が告げられる。

 

「ああ、そうかい。……ったくよ。純朴なままでいりゃあいいものを、変に欲を持っちまってからに。面倒な事この上ねえな」

 

 零し、ハンセンは煙草の煙を吸い、吐き出した。

 昇っていく白煙を見ながら命令を下す。

 

「その四つと、掛け合わせを作ってる村、全部潰せ。大至急な」

「大至急に全部……か?」

「ああ、そうだ。取れる分だけ取ったら、住人は皆殺しにして畑と一緒に燃やしちまいな。ただし物心のついてねえようなガキだけは殺すな。ガキは何かと金になる」

 

 非情な命令を下したにも拘わらず、その顔には笑みを浮かべ――

 

「しかしまあ、巻き添えとなる村は可哀想なこった。如何せん、タイミングが悪かったな……」

 

 かと思えば、哀切の表情を浮かべて心底から悲しそうに呟く。

 ハンセンはフリートホーフの首領であると同時に、表でも名を知られる有力商会の代表だ。この程度の演技はお手の物である。

 この演技力と表の立場とがあればこそ、今まで何度となく怪しまれても逃げ切ることが出来たのだ。普通に考えれば、疑惑だけで最後まで踏み込むことなど不可能だ。それで確たる証拠が掴めればいいが、外れた場合を考えるとどうしても二の足を踏む。

 それでも、普段から怪しさ満載の態度だったら強硬手段に出る者もいるだろう。しかし、表向きの立場に相応しい態度を取ることにより、そういった者たちを抑え込むことが出来ているのだ。

 そんな風に表と裏の顔を巧妙に使い分けるフリートだ。いつもであればここまで過剰な判断は下さない。――だが、その言葉通り、今回はタイミングが悪かった。

 フリートの仕入れた情報では、本日商会ギルドを“勇者領”からやって来た者たちが訪れている。この短時間ではその理由までは掴めていないが、問題なのはその者たちがこの都市に来ているという事実だ。

 流石に全部はないと思うが、タイミング的にその者たちが何れかの村を訪れた可能性は否めない。そうだと仮定し、その報告が“勇者領”――すなわち“勇者”と“神の使徒”に届いてしまえば、決して今までの様にはいかない。創世神エヒトの遣いと言われる彼らは、強制捜査を優に行えるだけの権限を有しているからだ。もしかしたら、操作すら行わずに黒と断定してくるかもしれない。

 普通ならそんなことはないだろう。こういった場合、村人の証言なり素材なり、とにかく疑惑の目となる実物が必要となるのだ。それらが無ければ、やはり疑惑止まりになる。

 降霊術師が出張ってくる可能性も無くはないが、顔も名前も知らず、更には縁の品も持たずして、一体どのように降ろせようか。よしんばそれが可能だったとして、どうやってそれを証明出来るのか。

 彼らがその権限を表立って行使する際には、万人が納得出来るだけの、それ相応の理由が必要だ。それなくして権限を行使するようならば、救い手足りえず圧制者でしかない。そうなればたちまち民意は離れるだろう。

 だが、世界は得てして残酷だ。希望に満ち溢れているわけではない。そんな常識は神の名の下に容易く覆されるのが世の常だ。

 実際、教会という勢力が『神の名の下に』を代名詞に行ってきたことは枚挙に暇がない。同じエヒトに連なる存在。“神の使徒”もまたそうである可能性は決して否定出来ないだろう。

 

「村を焼いちまえば、取り敢えずはそっちの方から俺たちに繋がる道はねえ。……が、“勇者領”の方々が何のためにこの都市を訪れたのかが分からねえことにはな」

 

 フューレンはフリートホーフの本拠地でもある。自然、繋がる道は数多い。“勇者領”の使いがいる時にヘタな真似をしてしまえば、結局は元の木阿弥だ。村を焼く意味が無くなってしまう。

 

「……よし。暫くの間、ここで裏商売は禁止だ。仄めかす様なこともするな。顧客にも伝えておけ」

「それはいいが、具体的にはいつまでだ。そこをハッキリさせんことには、部下も客も騒ぎ出すぞ」

「勇者様のお使いが帰るまでだよ。ヤツらが相手となれば、安全性は極端に下がる。それは俺たちもお貴族様も違いねえ。周りを黙らせるための“立場”、“権力”、“肩書”、それらの差が圧倒的なのさ。ヘタな真似すりゃ途端にしょっ引かれると伝えておけ。まかり間違っても襲撃なんざ仕掛けねえようにもな」

 

 組織のトップとは、時に憶病になれるくらいで丁度いい。そうでなければ、勇気と無謀を履き違えてしまう。

 同じ“神の使い”でも、そこらの木っ端神官であればいくらでも抱き込むことが出来る。しかし、“神の使徒”に同じ手は通じない。そんな事をした瞬間に斬り捨てられるだろう。何故なら自分たちの行いは“悪”だからだ。狂える正義を打倒しようと思うのならば、悪の限りを尽くすしかなかったのだ。

 そして自らが“悪”だという自覚を持って行動しない事には、今までの全てが失われてしまう。それだけは我慢出来ない。

 

「ああ、そうだ。いつかは報いを受けるだろうが、まだ早えんだ。まだ、足りねえんだよ……」

 

 瞳を閉じ、祈る様にハンセンは呟いた。  

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