1話
「ふああ……」
登校し、自分の席について早々、南雲ハジメは盛大にあくびをかました。とにかく眠い。眠すぎる。
両親の同意を得られたこと、道具の解析能力が上がったこと、作る道具がよりハッキリと効果を及ぼすようになったこと、依頼でバンド活動を行ったこと、何故か楽器を作らされたこと、仲間が増えたこと、後味の悪い結末となったこと等々。
良いこともあれば悪いこともあったが、日常の彩は増えたように感じる。
その一方で、嵩む疲労は中学生時の比ではない。初めの内は心地いいと感じていた疲れも、ここ最近ではとてもそうは思えなくなっている。
自分の趣味や友人付き合い、香織とのデート――晴れて恋人同士となった――は別にいい。プライベートな時間は必要だ。むしろ望むところである。
しかし、それ以外。
(とかく、問題が起こりすぎなんだよなぁ……)
ついつい心中でぼやく。土地柄もあってか、この町は裏での問題が多すぎるのだ。未だ二学期でしかないというのに、自分が関わったのだけでどれだけあったか。……中学生までは、よくこれに気付かずいられたものである。
利点もあるし、その恩恵は甘受しているが、それでも、と言いたくなってしまうのは人間の性か。
学業にプライベート、そして裏問題。高校生の若い体力も、流石に回復が追い付かない。運動系の人間ではないのだから尚更だ。
(それに、何だろうな?)
何かの予兆だろうか。ここ最近は、学生の独覚者による問題が多い気がする。……あくまで自分が関わった中での比較なので、考えすぎである可能性は否定出来ないのだが。
「やあ、おはよう南雲。お疲れの様だな?」
声をかけてきたのは遠藤浩介。友人にして戦友。相変わらず影が薄いが、もう慣れてしまった。
「おはよう。君もね、遠藤?」
その背には竹刀袋。当然、中身は竹刀ではない。妖刀として名高い村正である。とある問題に対処した際、否応なく浩介が所持する事になってしまったのだ。
結果、浩介は今更ながらに剣も学んでいる。使わなければいい、とは言えない。浩介曰く『使わなければスネる』との事だ。流石は妖刀と言うべきか。
ただ、時代の流れによるものか。妖刀も随分と丸くなったらしい。幕末の鬼道衆にも村正の使い手がいたそうだが、その際は戦闘行動一つとってもその妖氣によって身体を蝕まれていたとの事。それに比べれば、特に問題なく使える浩介は幸運だといえよう。
今の時代、表立って刀を所持する者は少ない。大抵はどこぞに寄贈されていたり、美術館での展覧がほとんどだ。
刀は振るわれてこそ、と考えれば、今の時代は刀にとって立つ瀬がない。
そも妖刀村正は、その妖氣によって握る者を凶氣に落とす。……無魂症である浩介だからこそ、凶氣に落ちずにすむのだ。
村正の立場にすれば、この時代、浩介は得難い担い手なのだ。使わなければスネるのも、無理はないだろう。そして徒手空拳と違い、刀は持ち歩かなければ使われることはない。
そんなわけで、浩介はどこに行くにも村正を持ち運ばなければいけなくなっているのだ。許可証があるため見咎められても問題はないが、心労が嵩むだろう事は否定出来ない。
「うわ、相変わらずお疲れね……。コレでも食べて少しはシャキッとしなさい」
そんな中、呆れながらもお結びを渡してくる少女が一人。園部優花だ。関わる頻度は少ないにせよ、今では彼女も立派な裏の住人である。
「ありがとう、園部さん」
「感謝する、園部」
礼を言って、早速いただく二人。やはり美味い。込められた氣の効果もあって活力が湧いてくる。……これも餌付けというのだろうか。最近は彼女の料理をいただくのが一種の楽しみと化している。
「むぅ~」
「むぅ~」
それを目にして、仲良くむくれる少女が二人。白崎香織と比良坂恵里である。理解は出来ても、乙女心が納得出来ない、といったところか。
擁護するならば、香織と恵里も料理上手だ。作る料理は美味しい。――しかし悲しいかな。その料理はどこまでも普通でしかないのだ。氣による効果、という一点において、二人の料理は間違いなく優花に劣っていた。
「ほらほら、スネないスネない。束縛しすぎる彼女は逆に嫌われるわよ? 鷹揚な部分を見せなさいな」
言いつつ近づいて来るのは八重樫雫だ。その苦労性故か、一同にとってなくてはならない潤滑油的存在と化している。
「いやあ、良いものを見せてもらった。感謝するぞ、神夷に九角」
「なに、そう礼を言われるほどのことではない」
「そうそう、実際こっちも助かってんだからよ」
ガヤガヤと教室に入ってきた男子が数名。緋勇龍真、神夷京弥、九角天誡といった馴染の面子に加えてもう一人。クラスメイトの永山重吾だ。柔道部に所属する巨漢で、その身長は190cmを超える。おっさん顔であることに心中で涙を流す、寡黙な常識人。いわゆるナイスガイだ。
どうやら朝稽古をしてきたようである。
「しかし勿体ないな。剣には門外漢である俺にも分かるほど素晴らしいのに、どうして剣道部に入らないんだ? お前たちなら即戦力だろう?」
「フッ、即戦力であることを否定はせんがな」
「生憎と俺たちのは剣道じゃなく剣術なんだよ。求められる理念が違う。……偶に相手するぐらいならともかく、俺たちが所属したって毒にしかなんねぇよ」
「なるほどなぁ……。ああ、緋勇にはすまないことをしたな。無理を言って相手をしてもらったというのに、てんで相手にならなかった。我ながら不甲斐ない」
「いや、そんなことはない。永山の技からは確かに道の理念が感じ取れた。それは誇るべきことだ。……それに、こういうのは勝ち負けじゃないだろう? 重要なのは何を学び得るかだ。違うか?」
「違わんな。その点で考えてみれば、苛烈さ、という点において俺は確実に劣っていると感じたな……。
無論、気迫で負けているつもりはないし、勝負に対してもそのつもりで臨んだ。
だが、負けまい、負けるつもりはない、というこの心構えは、スポーツにおいては美点なのだろうが――何よりも勝利を求められる実戦においては、その時点で負けているのだろうな……」
中々に深い話をしているようだ。入学式以来身体を鍛え始めたハジメだが、あくまで実戦で動けなくなることを防ぐのが第一目的だ。そこに理念などは関わってこない。なるほどなぁ、とは思っても、真に理解はしきれない。
「龍真に挑んだのか、永山?」
彼らのやりとりが耳に入ったのだろう。浩介が重吾に問いかけた。
「ん、遠藤か? そうだが、それがどうかしたのか?」
重吾が不思議そうに訊き返す。生氣を発さぬ浩介の強さは、氣を学んだ者でなければ早々見抜けない。強者の纏う雰囲気が、無魂症たる浩介にはないのだ。その暗い氣も人となりで相殺される。身のこなしから気付こうにも、浩介の存在を捉えるので精一杯だろう。……結果として、影の薄いヤツ、という認識になってしまうのだ。
入学以来、割と仲良くしている浩介と重吾だが、それはあくまで学校生活においてのこと。そして互いが互いの思惑の下、これまで武について話し合ったことはなかったのだ。
「どうだ、俺ともやらないか? 信じられるかは分からないが、こと無手において俺と龍真は互角だぞ」
「なにッ!? 本当か、緋勇ッ!?」
驚愕の表情を浮かべ、重吾は龍真に問いかけた。
「本当だよ。……しかし、どういう風の吹き回しだ?」
「なに、ちょっとした興味本位だ。風間流と緋勇流、陰と陽に対して永山がどう感じるのか、とな……」
重吾の問いに龍真は軽く肯定し、次いで浩介に問いかけた。今までそんなそぶりは見せなかったろう、と。
対し、浩介もまた軽く答えた。その答えも納得のいくものだ。
重吾という氣を知らぬ男が、表裏の武術をどう受け止めるのか。……確かに興味が湧いてくる。
「ぬう、やはりまだまだ未熟だな、俺は。今まで全然気付かなかった。
まぁそれはさておき、ならば早速――と言いたいところだが、どうやら時間がないか……。放課後は部活があるし、明日の朝にでもお願い出来るか?」
「ああ、分かった」
両者が約束を交わす。
現在時刻を確認すれば、もうすぐホームルームが始まる頃合い。
(妙だな……。あの二人の姿がない)
教室内を見渡したハジメは疑問を抱く。
清水幸利と谷口鈴の姿がなかった。いつもの二人ならば既に席に着いているはずだ。
僅かに遅れガラリと音を立てて教室の扉が開く。
「ふぅぅ……。アブねえアブねえ、危うく遅刻するところだ」
「いやぁ、悪いね清水君。おかげで助かったよ」
(無理もないな……)
表向き、鈴はちみっこくて人懐っこい可愛らしい少女だ。そんな女の子が、クラスでも冴えない男子に抱かれて現れれば、この騒めきはむしろ必然だろう。
クラスの喧騒など知ったことか、と幸利は鈴を席に降ろし、自分もまた席に着いた。
どうしたんだよ、と前の席の男子が振り返って幸利に訊ねる。……確か相川という名前だったか。二学期になっても交流の無いクラスメイトはいるもので、未だ名前を憶えていなかったり、思い出すのに時間がかかる生徒もいるのだ。
「どうしたもこうしたも、アイツ靴紐切れてんのに気付かずコケやがった。挫いてはいないようだが、流石に放ってはおけないだろ?
おまけにコケた拍子に制服のボタンも取れてやがったし、靴紐変えたりボタン付けたりムダに時間がかかったぜ」
ヤレヤレ、と呆れ気味に幸利は相川に答える。
「え、お前裁縫出来んの? てか持ち歩いてんの?」
「そんな難しくないぜ? 仕事柄ってか趣味柄糸は常に持ち歩いてんし、それに伴って針とかもな」
担任である御門亮が教室に入ってきたのは、そんなやりとりの直後であった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「緋勇、少しいいだろうか?」
昼休み。授業が終わって早々に重吾が龍真に声をかけた。その表情はどこか覇氣がない。
幸いにして前席の人物は――これまた早々に――教室を出て行ったらしい。重吾を座らせる。
「別に構わないが……どうかしたのか? どこか元氣がないように見えるが?」
「すまないな。何と言えばいいのか……。緋勇は朝、俺の技に道の理念を感じる、と言ったな。お前を疑うわけではないのだが、それは確かだろうか?」
了承して訊き返せば、返ってきたのがこの言葉だ。
「ああ。外道相手ならば嘘も騙しもするが、お前は違う。誓って今朝の言に嘘はない。……もう一度言おう。お前の技からは確かに道の理念を感じ取った」
「……そうか。ありがとう」
流石に黙ってはいられず、真正面から本音を言い放った。
どうやら多少の効果はあったようで、重吾の顔から僅かに曇りが取れる。
「俺はな、俺自身が信じられないんだ……。
高校生になって暫くした頃から頻繁に同じ夢を見る。詳しい夢の内容は覚えていないが、分かるんだッ! 夢の中での俺は、獣の如く――それも虎の様に――酷く攻撃的になっていることが! 俺は、本当に道の理念を学べているのか、不安で堪らないんだ……。本当の俺は、夢の様に攻撃的なんじゃないか……とな。
加えて、最近は幻聴も激しい。……いや、実を言えば夢を見始めた時期から時折聞こえてはいたんだが、最近は特に顕著なんだ。事ある毎に、目醒めよ、という声が聞こえてならないんだ……」
頭を抑えて最初はポツリと。次第に興奮したかと思えば沈み込む。どうやら酷く参っているらしい。
だが、何よりも聞き逃せないのはその内容だ。多少落ち着いた頃合いを見計らって訊き返す。
「目醒めよ、という声に、虎の様に攻撃的、だと?」
「……ああ」
まだ参っているようだが、それでも肯定の言葉が返ってきた。どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「永山、悪いが今日の部活は休んでくれ。お前の夢に心当たりがある――が、少々長い話になるんだ」
全くもって何の奇縁か。想定が正しければ、一つのクラスに四神と黄龍が揃い踏みとなる。
そしてだとすれば、他の三人も外すわけにはいくまい。
「ハジメ! 雫! 香織! すまないが今日の放課後付き合ってくれ!」
「緋勇? おそらく話に関係があるんだと思うが、八重樫は分からなくもないが、なぜ南雲と白崎まで?」
分かった、ええ、うん、三者三様の返事が来る横で、重吾が龍真に確認する。
「お前の思った通り、話に関係があるからだ。むしろ俺の想定通りなら――関係者どころか――当事者に他ならない。
まぁ、論より証拠だ。不思議だろうが、一つ俺を信じてくれ」
「……分かった。元より俺には何の心当たりもないんだ。お前を信じさせてもらう」
「ああ。信じがたい話になるだろうが、悪いようにはしないさ」
光明が見えたことが嬉しいのだろう。重吾の顔は晴れやかとなった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
重吾が龍真に話しかけたのとほぼ同刻。
「よぉ、キモオタ! 連日お疲れの様だが、一体全体どうすりゃそこまでなるってんだ? 徹夜でエロゲ三昧か?」
ハジメは毎度の如く絡まれていた。相手は檜山大介を筆頭に斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の四人。クラスの不良だ。
「はぁ……」
ハジメはため息一つを吐いて昼食の準備をする。相手にするのもバカらしい。大抵はため息も吐かずに無視するが、こうも毎日続けば、よくも飽きずに、と時折感嘆の息ぐらいは吐く。
そもオタクというならば、親友たる幸利も該当する。別に隠しているわけではないからだ。――にも拘らず、檜山一行が貶すのは自分に対してのみ。その理由は一つ。自分の彼女である白崎香織だ。
目当ての人物の前で貶すことにより、相手にもそう思わせようとする。……一つの手段としては別に間違っているわけでもないが、それも相手によりけりだ。
檜山もその事実をいい加減学習してよさそうなものだが、それが出来ないからこそ不良なのだろう。
そして積み重なった嫌悪の行き着く先がコレだ。
「お待たせ、ハジメくん! それじゃお昼ご飯にしようか!」
「しらさ……」
二つの弁当箱を手に笑顔でやってきた香織が空いた席に着く。現在進行形でハジメに絡む檜山一行には目もくれない。香織に気付いた檜山が声をかけるも無視だ。
すなわち無関心。香織は檜山に嫌悪とはいえ感情を向けている事すら嫌になったのだ。流石に存在の認識はしているだろうがそれだけだ。たとえ目の前で傷ついたところで涼風一つほどの感情すら湧くまい。
そこまでのレベルには行ってないハジメとしては、お気の毒に、と思わなくもない。しかし、自業自得だね、と切って捨てる程度には好感情を抱いてもいない。
「いつも悪いね」
「別に構わないよ」
最早お決まりとなったやりとりをして箸を運ぶ。時間は有限だ。檜山を気にする時間も惜しい。
「ん? 美味しいねこの卵焼き。僕好みの味だ」
「ホントッ!? 良かった~。小母さんに教わって練習したんだ!」
「へえ? 嬉しいけど、無理に僕の好みに合わせなくてもいいよ? 大変だろうし、僕も香織の好みの味付けを好きになりたいからね」
耐えられなくなったのか、すごすごと戻っていく檜山一行。
「南雲、また香織に弁当を用意させたのか? 全く、いい加減香織に面倒をかけるのはやめたらどうだ? 香織も、無理に南雲の弁当を作る必要なんてないんだよ?」
一難去ってまた一難。今度は天之河がやって来た。
教室内を見渡す。頼みの雫は鈴と食事を取っている。京弥と一緒に食べて天之河に絡まれるのを嫌ったのだろう。……こちらに気付き、片手を上げて謝ってきた。ゴメン、と小声で告げたのを氣を利かせた風が運んでくれる。
その時だった。龍真が大声で声をかけてきた。見れば重吾と一緒だ。
(しかし、これは……)
声をかけられたのは自分、香織、雫の三人。放課後に時間を空けてほしいそうだ。
この三人に共通して思い浮かぶ事柄はある。すなわち宿星。
(だが、なぜそこに
思考にブレーキをかける。どちらにせよ、放課後になれば分かることだ。
「分かった!」
返事をして昼食の続きに移――
「しれっと無視しないでくれないか!」
――ろうとして、天之河に邪魔をされた。……関わりたくないばかりに忘れていた。
だが、会話にならない以上、天之河の相手をするのは時間のムダでしかない。こちらがどう言おうと認めるつもりがないのだ。認めるとすれば、こちらの得にならないことだけ。――しかし、天之河に気を使って香織との食事を止めるつもりなどハジメには毛頭ない。
だからこそ、天之河に答えるのは香織だ。
「光輝くんこそ、いい加減学んでくれないかな? 光輝くんの思い描く真実は、所詮独りよがりのものでしかないの。
私はね? 好きで! 望んで! 自主的に! ハジメくんのお弁当を用意してるの!」
冷たく、かつ威勢よく言い放ち――
「か、香織?」
「幼馴染の光輝くんが相手だから、ここまで言ってるんだよ? 現実は優しいことばかりでも、都合のいいことばかりでもないの。
……もしこれ以上現実を見据え、対峙する氣がないのなら――いい加減、見限るから」
――現実を受け止めきれない天之河へ、最後通牒を突き付ける。
同時。
天之河の足元にそれは現れた。純白に輝く円環と幾何学模様。すなわち魔法陣。
徐々に輝きを増す魔法陣は、一気に教室を満たすほどに広がった。
「コレは……間に合いませんね」
教室の近くにいたのだろう。異常に気付いて駆けこんだ御門先生――現代の陰陽師――が隠匿関係なく結界を張ろうとするも手遅れで。
「皆! 早く教室から出て!」
愛子先生――四時限目の社会が終わってから未だ教室に残っていた――が叫ぶも、やはり遅く。
「フン、どこのどいつかは知らぬがやってくれる……」
「はん、売られたケンカだ。のし付けて買ってやんぜ!」
「これが、
光が全てを飲み込んだ。