ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

「……これで大丈夫なのか?」

 

 どことなく不安げに呟くのはフリードだ。そこには“歴戦の将”、“百戦錬磨の勇士”たる風格は感じられない。

 

「分かりますぅ。確かに不安になりますよねぇ」

 

 フリードに同意するのはシアだ。場所が場所だけに不安は拭えない。

 

「そこまで不安にならなくても……と言葉にするのは簡単ですが、こればかりは仕方ありませんね」

「まあ二人がそうなるのも無理はあるまいな。それだけの溝が存在するのは否定しようのない事実だ」

 

 そんな二人の様子に、アレーティアとティオが理解を示す。

 

「あ゛~、街に入るだけでここまで気まずくなんのは初めてだぜ」

「右に同じく」

「まあまあ、理由あっての事なのは分かってんだし!」

「大丈夫だって! …………たぶん」

 

 その横では大介と礼一が肩を落とし、信治と良樹が慰めている。

 ここはハイリヒ王国王都の入場門前である。

 光輝、大介、礼一、信治、良樹、ウィル、フリード、ガハルド、レオン、優花、アレーティア、シア、ティオが入場待ちの列に並んでいた。

 半ば漫才じみたやり取りを繰り広げる面々もいれば、真面目なやり取りをする者もいる。

 

「では、まずは私たちも王宮に?」

「ああ、その方が良いと思う。俺たちは王宮に部屋が用意されているし、アポイントメントを取っての訪問である以上、フリードたちもそれは変わらないだろう。レオンさんは言わずもがなだ。向こうにとっては急な話で面倒をかけることになるだろうが、ウィルさんとガハルドさんの部屋も用意出来ないか確認してみたい」

「まあ俺たちは宿でも構わんが、そうなると情報交換に支障が出るか。いくらアーティファクトがあるっつっても、顔見ながら直接の方が分かりやすいしな……」

「ああ、いえ、宿は取らなくても大丈夫です。クデタ家はフューレンに門を構えてますが、あくまで父の仕事柄です。正式な所属は王国ですし、王都に訪れることも少なくありません。なので王都にも家を持っているんです。きちんと管理はされている筈ですし、王宮が無理ならばそちらを使いましょう」

「確認するわ。……まずは皆で王宮へ行って部屋の確認をする。その後、ウィルさんは冒険者ギルドへ、私はシェフさんに会いに、それ以外は陛下たちと会談。就寝前に情報交換……で問題ないかしら?」

「そんなところだろうね。ただ、王宮へ行く前にウィルの家の場所を確認した方が良いと思う。部屋を用意出来なかったときの事を考えれば、その方がスムーズだ」

「確かにそうだ。それで大丈夫かな?」

「私は問題ありません」

 

 先日、光輝は王宮で大々的な発表をした。『“勇者領”は人種差別をしない。既に他種族も受け入れている』……言ってみればそれだけだが、その場の面々にとっては驚天動地の出来事だ。

 その場では光輝の空気に呑まれてしまった王国の重鎮重役だが、時間が経てば正常に戻る。相応の理由なく一度認めたことを撤回出来はしないが、それならそれで本当に大丈夫なのか、受け入れた他種族の確認をしたくなるのは至極妥当だ。

 そして、この度王宮から正式な手紙が届いたというわけである。それにより、領主たる光輝とそれぞれの種族の代表としてフリードたちが。丁度いい機会だから、と出奔した大介と礼一が一言謝罪をするために。信治と良樹は親友としてそれに付き添い……とまあ、こんな具合である。

 現状、フリードら魔人族が亡命した相手は“勇者”の治める“勇者領”であり、シアら亜人族が心を開いたのもまた然り。その点だけで言えば王宮の求めに応じる必要はない。……が、先々を考えればそうもいかない。“領”としての機能は未だなく、“勇者”たちも何れはこの世界から去る身だ。その後の安寧を考えれば、保険の効く内にある程度自分たちを認めてもらわなければならないだろう。

 亜人族が引き籠る、亜人族たちにとっての安全地帯である樹海とて、その安全は絶対ではない。現に魔物はいるし、帝国兵たちによって亜人族は何度となく連れ去られている。その事実を思えば、周囲に開かれており、防衛機能もなく、そればかりか施設らしい施設も存在しない場所の安全性など考えるまでもなく明らかだ。先々はともかく、現状では“勇者領”単独での生活はままならない。必然的に周辺各国と上手く付き合っていかねばならないのだ。

 何れなさねばならぬこととは言え、フリードにしてみれば長年国を挙げて戦ってきた相手である。それは王宮にとっても同じこと。そして兵士などとは異なり、互いが互いに直に顔を合わせることがなかったからこそ、どことなく据わりが悪い。

 シアも似た様なものだ。亜人族は永きに亘って虐げられてきたのだ。その主導者が教会であり、王都はその総本山への入り口である。前向きに捉える方が無理だ。確かにハジメたちについて以前にも王国を訪れてはいるし、アンカジ公国でエンブレムの効果は実証済みだし、ランズィ王――つまりは貴族――の人柄も確認した。それでも、不安や不信感は拭えない。歴史が積み重ねてきた“実績”は、ちょっとやそっとで拭えるものではないのである。その点を鑑みれば、個人相手とは心を開けるだけシアは十分に上等だろう。

 王都へ来るにあたりそれぞれがそれぞれなりに覚悟を決めたものの、いざ王都を目の前にすれば不安がぶり返してきたわけだ。

 ただ、そんな事をしていれば流石に目立つ。光輝を筆頭に見目の良い者たちがいることも一因だが、何よりもフリードとシアの存在が――同じく順番待ちをしている者たちの――目を惹き寄せる。アレーティアとティオは端目からは人間と大差ないが、この二人はそうもいかない。シアはそのウサミミが、フリードは耳の尖りと肌の色合いがその種族を明らかにしている。

 

「人間に亜人族に、魔人族……ッ!? いったいどんな組み合わせだってんだ?」

「あの兎人族は奴隷じゃないな。首輪がない」

「へえ。……ってことは、俺の奴隷にしてもいいのかね?」

「バカ言ってんなよ。しかし、おかしな組み合わせには違いない」

「……もしかしたら、だが。噂の“勇者領”のヤツらじゃないか? 『種族の差別をせず』って言う……」

「無くはないな。だとすれば、あの人間たちの中に“勇者”や“神の使徒”がいるのかもな」

 

 騒めきと共にそんな声が光輝たちの耳に届く。

 噂が駆け巡るのは早い。正確性には乏しかろうと、一片の真実が含まれていることは多分にある。たとえ光輝が“勇者”であるとは知らずとも――外見や装備などからの判断による――憶測を混ぜ合わせることで、光輝と“勇者”をイコールで結び合わせることは決して不可能ではない。ましてここには明らかに他種族と分かるフリードとシアまでいるのだ。シアに至っては奴隷の証である首輪を着けていないオマケ付きである。

 囁くが如きだった静かな声は、伝播するにつれて無視し得ないものとなっていった。

 

「ええい、静まれ! 静まれ! いったい何の騒ぎだ!?」

 

 当然、そうなれば調停者が現れるのは自明の理だ。門番たちの詰め所から、手隙の衛兵たちが何名かやって来た。そしてその視線は、必然として光輝たちに向けられる。

 

「あなた方は!? ……命令は受けております。まずは詰め所の方へ同行お願いいたします。そこで諸々の確認をさせていただきます」

 

 リーダー格なのだろう兵が、驚愕の後、一行を見渡してそう言った。特に個人名や立場を明らかにしていないのは、周囲に配慮した結果だろう。迅速なまでに衛兵の詰め所へと連れて行かれることとなった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 それぞれのステータスプレートに攻略組のエンブレム、そして刻印の捺された手紙を確認して照会は終わった。王宮まで馬車を出すという申し出を断り、一行は徒歩で街並みを進む。

 人目を惹くことに違いはなかったが、入場待ちの際と異なりその場に止まっているわけではない。物見遊山ではなく目的もきちんとある。必要以上に速度が遅いという事もないので、ざわめきが起こっても囲まれることは無い。

 道行きの傍ら、王都が初めての面々に対し比較的王都に慣れた面々が簡単な案内をする。個人によって優先順位や趣味嗜好は違って当然だ。レオンらは戦闘関連の店を得意とすれば、優花は料理関連の店を得意とする。

 

「ま、今日のところは場所だけで。中身は次の機会にね」

「楽しみですぅ」

 

 流石に本格的な寄り道をしている余裕はないので、案内と言っても場所だけだ。シアはウサミミを動かしており、優花の教えた店に対する興味の程が窺えた。

 

「ここが王都の別邸です。一応、挨拶だけはしておきましょうか。どうぞ」

 

 ウィルの先導の下、クデタ家の別邸へと入る。

 

「おや、これは坊ちゃま。訪問の連絡は受けておりませんが、いかがいたしましたか?」

 

 ウィルが扉を開けると、奥から一人の男が現れた。別邸の留守を預かる家令である。

 

「突然済まない。ちょっとこっちに来る用事があったんでね。急で悪いんだけど、もしかしたら泊まるかもしれないから客室含めて部屋の用意をしておいてくれないかな。ただ、確定したわけではないから食事は用意しなくていい。無駄手間になるかもしれないけど、どうかよろしく頼む」  

 

 普段のウィルを知る者はその態度に僅かな驚きを覚えた。別段居丈高というわけではないが、普段から丁寧な態度を取る姿とは明らかに異なっている。これが『クデタ家』におけるウィルなのだろう。

 三男とは言えウィルはクデタ家の子供であり、家令はクデタ家に仕えているのだ。直接の雇い主は当主であるグレイルだが、その職務範囲内においては――流石に限度はあるが――『クデタ家』の命令を聞くことが含まれている。

 その一方で、ウィルもまた彼らに対しては『クデタ家』として行動しなければならないのだ。貴族のしがらみ――その一端である。普段の態度からはとても考えられぬ、『貴族』としてのウィルがそこにいた。

  

「それは構いませんが……。おや、お連れ様もご一緒で――なんと、レオンハルト殿下!? いや、それ以外にも勇者様方に帝国の先帝陛下、兎人族に魔人族も……ッ!? 坊ちゃまが“神の使徒”に同行されたことは旦那様からの知らせで伺っておりましたが、此度はいったい何事なのですか?」

 

 ウィルに返事をした家令は、そこで初めてウィル以外の姿に気付き、その顔触れに驚愕した。

 ここは別邸とはいえ伯爵家だ。場合によっては王子が訪れることもあるだろう。だが、その場合は前以ての知らせがあって然り。目上の者を迎えるには相応の準備が必要なのだ。まして、今回はそこに勇者たちや隣国の先帝も加わっている。

 上のなすことに疑問を覚えぬことを是とするよう教育を受けている家令だが、流石にこの顔触れでは疑問を覚えずにはいられない。思わず、といった有様でウィルに訊ねた。

 

「“勇者領”についての噂は知らないのか?」

「……生憎と。“勇者領”の噂がちらほらと流れているらしいことは下働きの者たちから聞いていますが、流石に距離があるため信憑性も定かではありませんので。私の場合、職務上の都合もあり、一定の確度がない情報は報告しなくていいと伝えてあるのです」

「なるほど。そう言われれば無理もないか」

 

 家令は――別邸であれど――伯爵家の留守を預かる立場だ。種々様々な情報があって損することはないし必要にもなるが、かと言って何でもかんでも情報を耳に入れては逆に踊らされかねないのだ。それが信憑性も定かならぬ噂とあってはなおの事。最低限『そういった噂がある』といった程度には耳に入れるが、その内容まで確認することは滅多にない。

 貴族とは読んで字の如く『貴き』を称する者たちだ。たとえ貴族でなかろうと、貴族家に仕えるならば多かれ少なかれそういった心構えは必要となる。その留守を預かる家令ともなれば、そこらの使用人以上に注意を払わねばならない。家令のミスは翻って当主のミスとなるのだ。

 

「父から知らせがあったようだが、私はいま光輝さん――“勇者”たちと行動を共にしており、“勇者領”を“領”として機能させるべく色々と動いている最中なんだ。私が王都に来たのはその一環だな。

 光輝さんたちも“勇者領”絡みで王都へ来たのには間違いないが、その目的は私とまた異なる。“勇者領”は『種族による差別をせず』を掲げており、既に魔人族や亜人族も受け入れている。それに関し、王宮から確認のため招待の手紙が届いた。魔人族の男性――フリードさんと兎人族の女性――シアさんが同行しているのはそのためだ。ついでに言えば、ティオさんは竜人族でアレーティアさんは吸血鬼族だな」

「なんと!? 魔人族に兎人族だけでなく、滅んだと言われる竜人族に吸血鬼族もいらっしゃる!? 

 ゴホン、失礼しました。王宮からの正式な招待となれば、長々とお引止めするわけにもいきませんね。……部屋の用意は承知いたしました。皆様方は王宮へお急ぎを」

「ああ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

 

 一礼する家令を背に、一行は王宮への道を急ぐのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 光輝らが王を含めた重鎮らと顔合わせをしているその頃、優花は別行動を取っていた。その目的は宮廷料理人であるシェフに逢うことだ。ここ最近がご無沙汰だったとはいえ、以前は何度となく足を運んでいたのだ。その足取りは迷うことなく厨房へと進んでいく。

 時間帯によっては誰もいないことだってあるが、大抵は誰かしらがいる。

 そも宮廷料理人とは料理人にとって一つの誉れだ。貴族の中でも最上位たる王族へと料理を振る舞うことを目的とし、その中でも腕前を認められた者たちのみが立ち入ることを許される。王宮の厨房とはそんな場所だ。……無論、例外も存在するが。

 王宮だけあって設備は極上であり、研鑽を積むに当たってももってこいの場所なのだ。宮廷料理人として認められた者であればこそ、勤務時間外であっても同僚にしてライバルと切磋琢磨していて不思議はない。

 

「失礼します。シェフさんはいますか?」

 

 そんな場所へ易々と足を踏み入れた優花に対し――

 

「おお、優花さん。お久しぶりですな」

「ひっさしぶりだね~、優花ちゃん!」

 

 シェフを始め、中にいた者たちは漏れなく歓迎の言葉を投げかけた。それはつまり、『優花は宮廷料理人たちから認められている』という事実を表している。

 当然ながら、純粋な技量では未だ優花は彼らに劣る。普通ならば歓迎されることなど有り得ない。それでも歓迎されるからには、相応の理由が存在する。

 

「丁度いいや。優花ちゃん、いま新作の試作品を作ったところなんだけど感想もらえるか?」

 

 その理由こそが優花の“舌”であり、地球由来の知識である。

 優花の氣は料理に特化している。たとえ初見の料理であろうとも配合やレシピが分かるほどだ。無論、より詳細に知ろうとすればそれだけ氣を消耗するが……。

 料理人殺しと言ってもいい優花の特性だが、それもまた捉え方次第だ。より“上”を目指そうとする者にとっては、優花の感想は何よりありがたい。

 

「構いませんよ」

 

 技量では遠く劣れども、優花もまた料理人だ。真摯な態度には真摯に応える。たとえそれが辛口な評価になろうとも。

 

「…………うん。そうですね、コレ使ってみてくれませんか?」

 

 小皿で渡された料理を咀嚼した後、優花は“宝物庫”から取り出した調味料を渡した。

 

「……見たことのないメーカーだな」

 

 瓶詰めされた調味料を渡された料理人――クック・イタリは小さな疑問を覚えるも、自身もまた小皿に料理を盛りそれをかけた。そして咀嚼。

 

「……驚いたな。名前は同じでも、うちで使ってるのとは全然違う。……コレはどこの?」

「魔人族が使っている物ですね。亡命してきた人たちから少しばかり分けてもらいました」

「ッ!? ……なるほど。魔人族の物であれば、流石にうちにも置いてないな」

 

 ハイリヒ王国は北大陸の大半を統べている。そして残りを統べる帝国とは同盟を結んでいる。現状、王宮ともなれば『手に入らないものは無い』と言ってもいいだろう。

 しかし、それはあくまでも北大陸の物に限った話。南大陸を統べる魔国とは敵対しており、特に国交も結んでいない以上、必然的に南大陸の調味料が市場に出回ることもない。市場に出回らないのであれば、如何な王宮とて買える筈がない。

 

「そう言えば、“勇者領”では他種族を受け入れているという話でしたな」

「その件で受け入れた魔人族や亜人族たちと話し合うってことだったが――ああ、だから優花ちゃんがいるのか」

「ええ、一緒に来ましたので。まあ話し合いなんて面倒事は当事者たちに任せるとして、私も私で用事があったんですよ。――うちの領に店を構えてもいいって料理人に心当たり、ありません?」

 

 多少わき道に逸れたりもしたが、ここで優花は本題を斬りだした。

 料理人の事は料理人に聞くに限る。町で店を開いているような、いわゆる大衆向けに重きを置く者とは志向が異なるのに違いはないが、それでも“料理”という点で共通することもまた事実。同僚にならなかったことを惜しみこそすれ、その技量を否定するようなことはない。

 料理とは人が幸せに生きるために欠かせぬ糧だ。ただ生きるだけであれば、そこまで凝ったことは必要ない。それは否定しようのない事実だ。

 しかし、それで本当に『生きている』と言えるのか? ……正解のない問いではあるが、現代日本に生きていた者として優花は『否』と答える。美味しいものを食べて喜び、美しい料理を見て感動する。それが“人”というモノだ。

 基本的には家庭料理でも問題はないだろう。料理が全く出来ぬ者もいるが、高いレベルを求めなければ出来る者もまた多い。日常的に生活を送る分にはそれで十分だ。それでも、時には贅沢をしたり、友人家族と連れ合ってワイワイガヤガヤ楽しく飲み食いしたくなるものだ。

 そのためには、やはり“料理人”は欠かせない。それはなにも料理に限った話ではない。服装然り環境然り、生活に“彩り”を齎すモノは必須と言える。

 今現在つくっている村が機能し、町から街へと発展を遂げる頃には、他国のお偉いさんも常駐していることだろう。村の段階であっても、常駐はせずとも訪れる者はいる筈だ。中立を標榜する以上は国交を閉ざすつもりも基本的にない。そういった相手のために、“格”のある料理人を“勇者領”は欲しているのだ。 

 

「つっても、俺らが直接知るような相手は貴族お抱えだったり街の人気店だったりが大半だからなあ……。紹介することは出来ても、本人は行けねえんじゃねえか? まあ弟子とかだったら分からんが……」

「ふむ、優花さん。それは今すぐでしょうか?」

「いえ。現状は村づくりの最中ですから、今すぐ用意しても持て余すことになりますね。それでも、先々を見据えたら必要ですから」

「では、私でも大丈夫ですかな? まあ、早くても数ヶ月単位で先のことになるでしょうが……」

 

 そして、シェフの口からある種の爆弾発言が飛び出した。

 

「私もいい歳ですが、一料理人として、より“上”を、“先”を目指したい気持ちはありますれば。まだまだ動くことも可能ですし――先の調味料の件然り、挑戦するには――願ってもないチャンスなのですよ。若手も育ってきておりますし、私が抜けたところでここは問題なく廻るでしょうしね」

 

 だが、その言葉は尤もであった。物事において先達の導きは重要だが、世代交代は不可避の現象だ。

 ここは料理人としてこの上ない環境の一つではあるが、それでも得られるものには限度がある。シェフも宮廷料理人を務めて長い。これ以上得られるものが無いとは言わないが、新しい環境の方が得られるものが多いだろう事は否定出来ない。失うものも多分にあるが、それをも上回る魅惑の方が大きい。

 

「かあ~、そう言われたら素直に送り出すしかないじゃないですか。個人的にはまだまだ教わりたいことがあるんですが、認められてるってんなら、それは俺の弱気でしかねえ。……まったく、ズルい人だ。

 しかし、若手ってんならアイツも戻ってくんの遅くないですかね? いくらゴタついてたからって、流石にもう戻っててもおかしくないでしょ?」

「……確かに。言われてみれば気になりますね……」

「何かあったんですか?」

「いやなあ――」

 

 説明によると、こうだ。

 料理を振る舞う相手が相手である以上、使う食材や調味料も厳選している。近場の村で育てているようなら直取引も可能であるが、全てが全てそうである筈もない。自ずと商人や商会を介して遠方から仕入れることになる。

 だが、王都の様に“結界”で護られている場所は少ない。動植物を育てるような“村”ともなれば無いのが当然。自然、いつ野盗や魔物に襲われても――場合によっては滅ぼされてもおかしくはないのだ。

 村が無事でも、仲介業者が機能しなくなることもある。それを防ぐために冒険者なりといった護衛を雇うのだが、世の中に絶対はないのだ。

 

「ウルやらアンカジやら、ここ最近はゴタゴタ続きだっただろ? それもあってか幾つかの業者から納品が無かったんだよ。まあ状況が状況だから分からなくはねえんだが、だからこそ確認しないわけにはいかないのが都合ってモンだ。そんなわけで抜けても問題なく、それでいて目利きも熟せる奴を派遣したんだが……」

「その人が戻ってこない……と?」

「そういうこった。まあ、思った以上に状況が悪くて手間取っているだけって可能性もあるんだがな」

 

 仲介業者が機能しなくなっていた場合は、新たな業者を見繕わなくてはならない。付き合いがあり、かつ無事が判明している業者に頼むのも一つの手ではあるのだが、その業者が都合よく仕入れ元の村と取引しているかは分からないのだ。取引があればそれでいいが、ない場合は業者も新たな販路を構築しなければならない。そうなれば費用もよりかかってしまう。それよりは、村と取引のある他の業者を探した方が安く済むだろう。

 王宮とて無限に金を持っているわけではない。予算にも限りがあるし、節約すべき部分は節約しなければならないのだ。

 そうは言っても、その業者が必要な働きをなせぬのであれば安く済んでも意味がない。場合によっては、高くなっても信用のある相手に頼んだ方が良いだろう。

 業者だけでもこれだけの手間が掛かるのだ。村の方がダメだった場合は、より面倒となる。厳選しているが故の難点だ。一応、こういった場合を想定して次善候補からも仕入れてはいるが、次善だけに取引量は少なめだ。村の収穫量次第ではあるが、一気に仕入れ量を増やすことは難しいだろう。

 業者と村の両方がダメだった場合は言わずもがなだ。

 

「村を代えるにしろ業者を代えるにしろ、ある程度までは独自裁量の許可を与えています。ただ、その場合は報告が必須ですし、実際にそういった報告も届いているのです」

「うちも幅広く付き合っているから、残りの方で手間取っている可能性も勿論あるんだが、それならそれで一報があって然るべきだろう? それがないってことは『問題ない』って判断する方が自然だ。……だったら、もう戻っててもおかしくねえ筈なんだよ」

 

 報告を上げたが届いていない。問題が起こっているが、ある程度目途がついてから報告する。帰還途中で何かがあった。……可能性だけならいくつかあるが、状況が状況故に望ましくないものばかりが思いつく。

 そして、そんなことを想像してしまったからだろうか。

 

「失礼します! 至急の報告でございます!」

 

 厨房のドアがノックされることもなく開かれ、一人の兵士が姿を見せた。ここまで急いできたのだろう。叫んだこともあるだろうが、その割に呼吸は荒い。

 

「未確認ではありますが、契約締結のために派遣されていた厨師が死亡と判断されたとのことでございます!」

「あ!? そりゃ一体どういうこった!?」

 

 齎されたのは、最悪にも等しい報告だった。

 仕方のないことであろうが、クックが兵士に掴みかからん勢いで声を荒げる。いや、シェフが抑えていなければ実際に掴みかかっていただろう。それほどの怒気を露わにしている。

 

「報告いたします!」

 

 王国の領土は広く、とても国王だけで治めきれるものではない。だからこそ、それを補佐する者たちがおり、土地を分割し貴族に与えることで統治を代行させているのだ。

 基本的にはその地を治める貴族の判断で運営され王宮が口を挿むことは無いが、それも絶対ではない。その逆も然りで、貴族も細かな運営報告を上げることは無いが、領内で起こったことで『報告すべき』と思えば報告を上げてくる。

 特に『どこそこの村が滅んだ』という場合が多いだろう。魔物によるものであれ賊によるものであれ、そうなったからには討伐しなければならない。そうしなければ、他の村も同じ末路を辿らないとも限らないのだ。

 それが自領の兵力で成せるのであればいいが、必ずしもそうである保証はない。小領主の場合はそれが顕著だ。そういった場合、まずは自領を含めた一帯を統治するより上位の貴族へと打診をする。次は上位貴族の判断で王宮へ報告するかどうかが決められる。

 流れとしてはこれが大概であり、実際に今回もそうだった。

 矛先が変わったのは、村の被害を確認していた時だった。家屋に田畑、遺体を問わずに焼け爛れており、もはや男女の判別すら出来ない有り様だが、中には被害を免れたものもある。その中に一つのステータスプレートがあったのだ。

 基本、ステータスプレートの表示項目に対するロックの解除は登録した本人しか出来ないが、それでも一部の項目は確認出来る。そうして判明した事柄から、件の貴族は王宮に報告すべしと判断した。『ウーロン・チャイニィ』の名だけならまだしも、『宮廷料理人』の職業を目にすれば、報告しないわけにはいかなかったのだ。

 

「そうですか、ウーロンが……。残念です」

 

 気落ちするシェフへと兵士は続ける。

 宮廷料理人とは国王陛下を始めとした王族へ料理を振る舞うことを認められた存在だ。それに害成すことは王国に弓引くも同じである。相手が魔物であれ賊であれ、放置しては沽券に係わる。

 結果、王国は騎士団の派遣を決定。指揮官をレオンに、その補佐をメルドという気の入れようだ。これを以て討伐し、亡くなった者たちへの供養とする。……勇者たちとの会談中ではあったが、内容が内容故に報告を受けた陛下は、その場で声高らかに宣言したそうだ。

 

「陛下がその様に……。それならばウーロンも浮かばれるだろう」

「気休めですが、希望だけは捨てない方が良いかと……。あくまでも状況とステータスプレートからの判断ですので、生きている可能性もあると思います」

「優花さん……。ええ、そうですね。少なくとも死亡と断定されるまでは、私たちぐらいはその生存を信じておかないといけませんね」

 

 言葉ではそう言うシェフだったが、その表情は明らかに無理をしている。未だ仮定の段階ではあるが、身近な者が亡くなったのだから無理もない。

 以降は会話に花を咲かせる気にもなれず、しんみりとした空気のまま解散するのであった。

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