顔合わせの場は、いつしか会議場へと変わっていた。国王を始め王宮の重役重鎮が揃っており、そこに“勇者”もいたことが大きい。
各領主からは小村壊滅の報が、フューレンからはプーム・ミン――ミン男爵家子息殺害の報が届けられた。
本来であれば王国首脳陣のみで対応を話し合うべきことであり、わざわざ会談を中止する必要もない。しかし、小村壊滅の報に加えられた『宮廷料理人ウーロン・チャイニィのステータスプレート発見』の一文。そしてフューレンからの報告に加えられた『フリートホーフ関与の疑いが濃厚。これに伴い、滞在中の“勇者領”次期領主ネイビー・ニューウェーブは“神の使徒”に出陣を願うとの事』という補足により、会談はそのまま光輝らを加えての会議へとシフトすることになったのだ。
また、フューレンで起こったことが議題の一つということもあり、急遽冒険者ギルドを訪問中だったウィルも呼び出されることとなった。
「そうですか、プームが……」
「不快な男ではありましたが、今は冥福を祈りましょう」
直接にプームを知るウィルとアレーティアは静かに黙祷を捧げた。
「……ふむ。二人に訊きたいのだが、このプームという男爵子息はどのような男なのだ?」
「そうですね。亡くなった人物を悪し様に言いたくはありませんが、ハッキリと言うならばブタ男ですね」
「親の権力を自分の物と勘違いしている小物……でしょうか」
黙祷を捧げ終わった二人に、国王エリヒドから問いかけの言葉が投げられる。公爵を始めとする上位の有力貴族の子供でもなければ国王が知ることなど早々ない。その疑問は当然だろう。
それに対する二人の返答は、あまりと言えばあまりなものだった。
「そ、そうか……」
殺害に対し、巨大犯罪組織フリートホーフの関与が疑われているのだから、『さぞかし立派な人物なのだろう』という思いがあったのだが、その期待はアッサリと裏切られた。さしものエリヒドも言葉を失う。
「ああいや、だが、その様なダメ人間であれば、何故フリートホーフがわざわざ手を下すのだ?」
しかし、流石は一国の国王か。すぐさまに気を取り直し、新たな疑問を投げかける。
「だからこそ、かもしれないね。聞くに、そのプームという男爵子息は父親の権力に胡坐をかいていたのだろう? 犯罪組織にとっては絶好のカモじゃないかな?
その仮定通りに繋がりがあったとして、そんな男が不用意に『
「うむ、あり得るな。アレーティアがプームとやらを知ることになったきっかけの件について、ミン男爵は『プームが使用人に孕ませた子が生まれ次第、プームを勘当し、その子供を養子にする』と言ってクデタ家に詫びを入れに来た。……プームが阿呆な行動を取ろうとしてもおかしくはなかろうよ。例えば、『自身に繋がりのある犯罪組織にコンタクトを取ったり』……などな」
所詮は推測でしかない。……ないが、あってもおかしくない可能性だった。
「そしてだ。もしかしたら……だが。フューレンだけでなく、小村壊滅の方にも件の犯罪組織が関与しているかもしれんぞ?」
「被害にあった村の全てに赴いたわけではありませんが、フューレンへの途上で内の幾つかには訪れています。そしてその中には余所者への排他的対応が強い所もあり、アステルの調べによると『外の商人や商会の依頼により、都市部においては違法と取られる植物を育てている』との事でした。まあ、育てているのが違法植物と判明したのは時間が経ってからでしたが……」
「そういった村ではすぐに追い出されることとなったが、アステルが実物を取っていたからその後に調べることが出来たわけじゃ。妾らもやることがあったので優先順位は低かったがな。そうしたら違法の品と判明し、『さて、どうするか?』というタイミングでここに来ることになったわけじゃ」
アレーティアとティオの話を聞けば、あまりにタイミングが良すぎた。トータスにおいて魔物や賊により小村が滅びるのは特段珍しいことではないが、それでも件の商人や商会に都合が良すぎるのだ。
フューレンでの行動において、アレーティアたちは『“勇者領”の遣い』という立場を明確にしていた。当然、それを知るのは容易な筈だ。
その上で、である。
もし、村に立ち寄った事を件の商人が知ればどうするか? ……非合法と知った上で、その事実を当事者たる村人に隠して栽培させていたのだ。ならば、自身に繋がる芽を隠蔽するのではないだろうか? 後ろめたい者にとって、“勇者”という名にはそうしてもおかしくないだけの圧迫感がある筈だ。
フューレンが三大巨大犯罪組織の一つ、フリートホーフの本拠であることはまことしやかに語られている。――にも拘らず、アレーティアらがフューレンに滞在していた時にはその割に平穏なものだった。プームやレガニドに絡まれたりはしたが、言ってみればその程度でしかなかったのだ。
フリートホーフが下部組織や取引相手に対してヘタに動かぬように命令・要請した結果と考えるのは、特に飛躍したものではないだろう。
「件の犯罪組織は“勇者”の介入を防ぐため、儲けを犠牲に村を滅ぼす様に命じた。関係者が滞在中は不用意に動かぬように命令・要請もした。
だというのに、不用意に動いた貴族の跡取り息子がいた。それだけならばまだしも、その者は自身が勘当されたと組織に泣きついてきた。実際にはまだ勘当されていないにしても、家を追い出され、適当な宿に押し込められでもしたら、そう勘違いしかねないバカさ加減だからな。……話を聞く限りだと」
本人のバカさ加減を加味しても、次期男爵なればこそ組織はプームとの繋がりを許容していた。たとえ下級であろうと、『貴族』という位にはそれだけの価値がある。
だが、プームが貴族でなくなったならば? 考えるまでもない。繋がり続ける価値はなく、また生かしておく理由もない。貴族でなくなった途端に死ねばフリートホーフの関与が疑われるだろうが、生かしておくデメリットの方が大きい。
「勘当されたなら
そうしてプームは殺された。組織にとって誤算があったとすれば、プームは勘当『予定』であって、実際にはまだ勘当されていなかったことだ。
「まあ、実際には組織が関与していようといなかろうとどうでもいいことなのだがな。重要なのは、王国の領土外で、王国の貴族が殺され、組織に疑いがあるということだ。
この様な不祥事。如何な中立都市とは言え王国の介入を防ぎきれん。同時に、王国が介入しても好き勝手は出来ん。……それ故の“神の使徒”だ。大義名分さえあるならば、王国も中立都市も、その御旗の下に集うことを否とはせん。そして光輝殿たちは、組織の行いを良しとはせぬであろう?」
エリヒドの言葉には王としての――一国の頂点に立つ者としての冷厳さがあった。
国の繁栄存続を図るにあたり、時に下の者を駒として見なければならないのが王である。優しいだけではやっていけない。その点においては、エリヒドは十分に王たり得た。
北大陸を悩ませる、数ある犯罪組織。プームの死を好機として、巨木の一本を伐採しようというのだ。
「まあ、そうですね。実際にやったかはともかく、その可能性がある程には悪逆外道な組織なのでしょう? ……なら、俺個人としては捨て置くことなど出来ない」
そういった言い分を好まない光輝ではあるが、結局は言葉にするかしないかの違いでしかないということも理解している。なら、当たり障りの良い内容で人を操ろうとする者よりは余程好感が持てるというものだ。
そして正義の味方を志した者としても、その様な犯罪組織を見逃すことは出来ない。
(印象だけで悪し様に言い募り、決めつける。これで“勇者”だって言うんだから笑わせる。はは、どっちが“悪”なんだかな……)
――その内心で自らを嘲弄しながら。
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中立商業都市の大使館にはランデルと優花、ウィルの姿があった。今現在この場にはいないが、光輝を始めとした“神の使徒”たちも後々合流予定である。……流石に全員ではないが。
「――とまあ、王国ではこの様な結論となった次第だ。無論、あくまで推測にしかすぎぬが、可能性が高いのも否定出来ぬであろう?
こちらとしても“必要悪”たる存在は認めるところであるが、件のフリートホーフはとてもそうは言えぬ。利が無いとは言わぬが、害の方が大きい。故に、この機会に無力化乃至は弱体化させてしまおう、とまあそういう話だ。
三角の均衡が崩れれば、他もそれに応じた動きを取る筈だ。活発に動くか、動きを潜めるか、それは分からん。だが、上手くやっていた筈のフリートホーフが――一角が崩れたという事実は、他の二角にも相応の圧力をかけることになるのは違いない。その様な状態で、果たして今までみたいに暗躍出来るかという事だな。
そちらは足元が安定する。こちらは領土内に睨みを利かせられる。だからこそ、この機を逃さずフューレンにも協力してほしい」
大使館内の一室にて、集められたフューレンの権力者たち――あくまで犯罪組織との関係がないと思われる者たちだけだが――を相手にランデルは堂々と語った。
未だ幼きとは言え、王位継承権第一位の王子が直接に赴いている。その事実こそが、王国の本気加減をフューレンに悟らせた。
「補足として、現在天之河君――“勇者”が他の仲間たちにも声をかけに行っているわ。流石に全員が参加することはないでしょうけど、それでも大半は参加すると思うわ。
何故なら、私たちは大人になりきれてない子供だから。社会に配慮は出来るけど、その一方では我儘で自分本位な、力を持ってしまっただけの子供だから。……元の世界にいた頃なら内心はどうあれ『自分に何が出来る』と目を逸らしていたでしょうけど、今は違う。力がある。力を持ってしまった。
だったら参加しますよ。早い話がストレス解消と八つ当たりです。『突然異世界に召喚されて、それでも私たちは色々我慢しているというのに、いい齢した大人が何を他人様に迷惑かけまくってるんだ』ってことですね」
優花の言葉は子供の理屈だった。感情論だった。それ故に、非常に分かりやすかった。
実際、“神の使徒”の多くは子供なのだ。直に見ればそれがよく分かる。ただ、経緯と肩書故に色眼鏡で見られがちなのだ。
そして当の“神の使徒”本人が言うのだから、他の者たちの参加も高確率で期待出来る。
王国だけでもフューレンだけでも上手くはいかない。絶対条件として“神の使徒”の参加は必要不可欠なのだ。そしてフリートホーフの撲滅=下部組織含めての一掃である。それを行おうというのであれば、それだけ必要数も跳ね上がる。
「そういうことであればフューレンも協力したいと思います。……我儘は子供の特権です。聞けぬ我儘ならまだしも聞ける我儘であり、聞いた結果今まで以上に住みやすくなるのであれば聞かぬ理由がありません」
イルワが真っ先に賛同を表明した。次いで『お前たちはどうだ?』とばかりに他の権力者たちへと視線を向ける。
商業都市の名の通り、その経営陣はあくまでも商人だ。そんな彼らにしてみれば、『もう一声』と言いたいのが正直なところである。長らくフューレンで支部長をしているだけあり、イルワはそんな彼らの内心を読み取った。
「可能な限りに利を追及するその姿勢には感心しますが、それも時と場合によりけりですよ? 引きどころを見極めなければ、あなた方も八つ当たりの対象にされかねません。
長らく頭を悩ませてきた犯罪組織に神の刃が突き刺さる。……此度はそれで十分ではないですか?」
イルワの言葉は一瞬にして彼らの頭を冷やすことに成功する。
そう、“神の使徒”は彼らの味方ではないのだ。基本的には味方であるが、今回は第三者の立場だ。諸々の理由をこねくり回して聞こえを良くしてはいるが、此度の仕事の実態はストレス解消と八つ当たりに過ぎないのだ。フューレンの利だけを追求し他との調和を怠れば、イルワの言葉通り、その矛先が自分たちに向いてもおかしくはないのである。
「……了解した。我らも可能な限り協力しよう」
この場の権力者たちは次々と賛同の声を上げるのであった。
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共闘を結び真っ先に行ったことは商業都市の入場門を固めることである。普段の入場管理は商業組合傘下の警備会社が担当しているのだが、そこに組織の末端が入り込んでいる可能性は決して否定出来ない。いや、むしろ高いと言えるだろう。何せ担当しているのは一社ではないのだ。都市の入場門が複数ある事も相俟って、複数の警備会社が持ち回りや共同で行っているのだから。
当然、そのままでは“神の使徒”がフューレンに入ったことが筒抜けとなってしまう。それを防ぐためには、どこか一ヶ所でもいいから短期的でも支配下に置くことが必要となる。
本来であれば実行出来ることではないが、状況がそれを可能とする。
「ミン男爵子息殺害の件で王国から正式に抗議があった。警備員諸君を信用していないわけではないが、これを受け、暫くは都市の出入り管理を厳しくすることとした」
都市運営陣の名でこういった触れを出すことはおかしなことではなく、出してしまえば――短時間であれば――出入りチェック担当者を自分たちの息のかかった者で固めることも十分に可能だ。
とは言えすぐには入らない。フリートホーフの首領――とイルワらは睨んでいる――ハンセンもまた運営陣の一人には違いないのだ。その事実がある上で、声をかけぬままに重要事項を決定したのだ。当然、向こうにしてみればいい気分ではいられまい。息のかかった者に陰ながら監視させるだろう。
ならば、ある程度の日数が経ち常態化したタイミングこそ街に入るには最適である。いつまでも気を張り続けてはいられないのが世の道理だ。ハンセン自身ならまだしも、命令を熟しているだけの者ならその内おざなりになる。
(読み通りだな……)
監視者に対して逆監視を仕掛けていたアステルは、事実を確認して即座に離れた。そのまま、いつも通りに各商会とコンタクトを取っていたネイビーに合流する。
「もういいのかい?」
「ああ、暫くなら大丈夫の筈だ」
「そうかい? それじゃあ、私はこれで失礼させてもらうよ」
逆監視についている間、ネイビーの護衛を代行していたウィルと替わる。
ネイビーの元を離れたアステルは大使館へ向かう。その道中で知人の冒険者から声をかけられた。
「よお、ウィル」
「ゲイルさん! これからギルドですか?」
「おおよ。そろそろ何かしら仕事を請けねえとな」
「護衛依頼とかどうですか? 小村壊滅やプームの件があってから、護衛依頼も中堅以上の指定が増えているんでしょう?」
「まあ、そうだな。ここ最近、街も物々しい雰囲気だし、気分転換も兼ねて街を離れるのも一つの手か……。っと、引きとめて悪かったな」
「いえ、それでは」
ありきたりと言えばありきたりな会話を交わし、その後は特に何事もないまま大使館に着いた。
現在、大使館の警備は常以上となっている。プームの事もあるが、それ以上にランデルの存在が大きい。ここでランデルに何事かがあれば、抗議どころではすまなくなってしまうのだから。
「お疲れ様です!」
「ああ、ありがとう」
そんな厳重警備の中を、ウィルは顔パスで通り抜ける。いくら伯爵家の子息とはいえ、所詮は三男坊に対する態度としては妙なものであるが、その実力の一端を知れば仕方のないことでもあった。
ハッキリ言って、現在のウィルはフューレンでもトップクラスの実力を持つ。それでいて冒険者ランクは未だ低い。そのチグハグさが、警備員たちに親近感を抱かせているのだ。『自分たちでも“冒険”次第ではあのように強くなれるのではないか?』という感じである。――まあ、『ウィルをどうこう出来るような者に対して太刀打ち出来るわけがない』という一種の開き直りもあったが……。
「機が来たようです。既に迎えも出しました」
大使館内部を進み、首脳陣が集う一室に入るなり、ウィルは前置き無しにそう言った。
「そうか。いよいよだな……」
それを聞き、感慨深げにランデルが言った。彼にしてみれば、初めて本格的に携わった仕事でもあった。勝手の分からぬ部分もあったが、周りに支えられてどうにかこうにかやれている。王宮にいただけでは分からぬことだ。
「となれば、後は兄上たちの方だが……」
「まあ、上手くやっていると思いますよ。向こうの事は信じるしか出来ませんし、私たちは私たちのすべき事をやりましょう」
「うむ。これで、多少なりとも世の中が良くなってくれればいいのだがな……」
慣れない仕事ゆえの疲れもあるのだろう。諸々の経験が足りないこともあるのだろう。ランデルは未来の情景を上手く思い浮かべることが出来なかった。それでも、良くなると信じて事に臨むほかはない。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「さて、向こうはどうなってるかな?」
「上手くいっている、と信じるほかありますまい」
小村の跡地に設営した陣の中、レオンはメルドに話を振った。それに対し、メルドは話を膨らませるでもなく淡々と答える。
「ま、それはそうだ」
レオンとしても特に返答を期待してはいなかった。その言葉通り、こちらには向こうの状況が分かる筈もなく、信じる事しか出来ないのだから。
それでも益体のない質問を投げかけた理由は、ただ単に暇だったからだ。
王国の本気を示すため、そしてこの一回で片を付けるため、戦争でもあるまいに一つの騎士団が丸々出陣しているのだ。必然的に町や村できちんとした宿を取れる筈もない。一度にこれだけの人数を収容出来るわけがないのだから。
なので、騎士団が出撃した際には適当な広場や草原などで野営するのが基本である。レオン自身野営には慣れているし、騎士団員にしても手慣れたものだ。
だから問題があるとすれば、知らせが一向に来ない事にあった。数が数なため、騎士団が王国を出たのはランデルらよりも遥かに遅い。まあ即時の通信機器など王国にもありはしないので、数日程度の誤差は珍しくも何ともないのだが、そういった諸々を加味した上での報告希望日を伝えているのもまた事実。
戦地へ向かうでもなしに騎士団一つが動いているのだ。こちらが到着したことは既に知っていてもおかしくない。――それが敵であれ、味方であれ。
「ここに着いて、今日で五日か。そろそろ知らせが来てもおかしくはないと思うんだが……。ふぅ、いけないな。我ながらどうにも焦っているようだ。気ばかりが急く」
「殿下が最初から騎士団と共に動くのは今回が初ですからな。能力があり、野営にも慣れているとはいえ、冒険者と勝手が違うのは無理からぬことでありましょう」
「いや、全く以てその通りだ。自分自身で動けぬことがもどかしくて仕方がない」
今回、レオンは王国王子として司令官を任じられている。勝手知ったる冒険者稼業の如く、仲間に留守を任せて自分で情報収集に……などといったことは出来ないのだ。
「それはゴメンナサイ。思いの外、待たせちゃった感じかな? けどまあ、こっちはこっちで骨を折ったんだから、そこら辺は酌量してほしいかな?」
二人の会話に混ざる声が一つ。涼やかな少女の声だ。――待ちに待った知らせである。
「やあ、待っていたよパティ。紹介しよう、こちらはメルド・ロギンス。王国が誇る
「メルド・ロギンスだ。殿下や光輝からある程度君のことは聞いている。今回はよろしく頼む」
「これはご丁寧に。私はパティ。こちらこそよろしくね」
その外見と相俟って闊達な少女にしか見えないパティだが、彼女の協力なくして今回の成功はあり得ないだろう。傭兵団“英雄の系譜”に所属する一人であり、弓兵ファバルの妹。そして盗賊団――本人曰く『義賊』――“マイラの
天職持ち優遇社会を形成するトータスだが、だからといって天職持ちの誰もが成功するわけではない。むしろ、天職を持てばこそ住みにくい者だって存在する。例を挙げれば『盗賊』、『暗殺者』、『娼婦』に『男娼』などだ。
一般人にとっては盗賊など忌避の対象でしかない。暗殺者にだって良いイメージはもてないだろうし、色人だって――必要だと分かってはいるが――好き好んで近寄りたい者ばかりではないだろう。
だからこそ、そういった天職持ちは不遇になることがままある。或いは村を追われ、或いは村で飼われ、一般的な『温かな生活』からは程遠い人生を送る者も少なくはないのだ。
衛兵やギルド職員などを始めとした、ある程度の教育を受けた者であれば『必要悪』として受け入れ、色眼鏡でみることもない。しかし、割合で見ればそれとて少数派だ。
結果、そういった者たちで集い、コミュニティを作ることは決して珍しくもない。
大概はそのまま犯罪者集団となる。――お前たちがそう扱ったんだ。ならば、その様に振る舞ってやる。……こういった具合だ。
或いは世間との関わりを断ってひっそりと生きる。――周りは自分たちを犯罪者の如くに見るが、それでその様に振る舞うのは負けた気がして我慢ならない。かと言って、そんなヤツらと顔を合わせて生きていくのも苦痛だ。だから、世間との関わりは最小限に自分たちだけで生きていこう。……こんな感じに。
或いはその中間を選択した。――生きる上で天職を頼らぬのはバカらしいが、堂々と使えば角が立つ。ならば、使っても問題の無い者に対して使えばいい。上手くいけば、世間の認識も変わる可能性がある。
時代の流れの中で併合分離を繰り返しつつも、日陰者たちの選択は概ね変わらないのが現実だ。
その一方で、世間の認識は徐々に変化を見せている。悪いイメージしか持てない筈の賊の中にあって、唯一良いイメージを持てる存在。すなわち『義賊』を肯定的に捉える者が増えてきたのだ。
当初の希望は成就しつつあるが、そうなれば『次』を求めるのが“人”というものだ。
「報酬……忘れないでよね?」
「ああ、陛下の許可は頂いた。君たちの中で希望する者がいるならば王国で召し抱えよう。情報を専門に扱う部署は王国にもあるが、人材が不足していることは否めない。君たちの提案はこちらにとっても渡りに船だった」
その一つがコレだ。すなわち『安定した生活』である。れっきとした職場に就職することが出来るなら、収入は保障される。その点において、王国は最大手と言えるだろう。
「……あら、そうなの? まあ、それならそれで安心かな。扱いが酷ければ、雇われる意味がないからね。どっちにも得があるんなら、上がよっぽどの脳無しでもなければ調和努力を欠かさないでしょ」
「その点は安心して良い。メルド直属になってもらうからね。現状、当代においてただ一人の王族親衛隊だ。その権限は多岐に渡るが故に、通常の枠組みだけでは物足りないんだよ」
「求めることは多くなると思うし、必然的に厳しい職場体制になるだろうが、部下として、仲間として、正当に扱うことは約束する」
「言質は取ったわよ。後で証明書も発行してもらうからね?」
「手厳しいな。そんなに信用ないかい?」
「個人的なそれとは別物よ。曲がりなりにも私は頭張ってんだから、そのための努力を欠かすわけにはいかないじゃない。その点は光輝にも説明してあるわ。……まあ、向こうは領主印すら未だ無いから書類は期待出来ないけど、それでも居住予定者を集めて大々的に宣言はしてくれたわよ?」
そう、これが“マイラの灯”の最後の仕事だ。或いは王国に召し抱えられ、或いは“勇者領”に居住権を得て生活することになる。どちらともに『人の輪の中』で暮らしていくのだ。
大半の構成員より幼くとも、その血が伝える能力の高さも相俟って頭と認められたからには、団を解散するに当たって構成員の今後に対して出来る限りの手を打つ必要がパティにはある。……少なくとも、本人はそう思って行動している。そして、その人間性が頭と認められた一因であったことを本人は知らない。
「了解したよ。場所が場所なんで略式になるけど大丈夫かな?」
「きちんと効果があるのならね」
そうしたやり取りを交わした後で、いよいよ話は本番に移った。
流石は、と言ったところか。パティの齎した情報はレオンたちを大いに唸らせた。実行犯たちが普段から根城としている場所や凡その規模、襲撃を掛けるにおいて気を付けるべき箇所、フリートホーフとの繋がりの有無、そういったあれやこれやが調べられている。
「いや、見事なものだ。求める情報を最初から指定してあったとは言え、よもやここまでとは思わなかったよ。想像以上の出来栄えだ」
「殿下に同じく、だな。これほどの仕事を見せられては、俺も無様は晒せんだろう。一層の気が入るというものだ」
「それはどうも。けど、あくまでも『総出で当たったから』ってのを忘れないでよね。今後は王国と“勇者領”に別れるんだから、必然的に質は下がるわよ?」
「ああ、そいつは分かっとる。……が、『これだけのものが出来る』という前例が出来たことは非常に大きい。周りに認めさせるにしても、初動の説得力が段違いだ。まあ得手不得手もあるし、それぞれの能力と応相談にはなるだろうがな」
「ふ~ん、今から考えてくれてるんだ」
「当たり前だろう。仲間内での信用信頼が無くしては出来ることも出来ん。そして互いに歩み寄り認め合わなければ、それが生まれることもない。そりゃあ色々と考えるさ」
至極当然といった顔で語るメルドを見て、パティは王国へ行く者たちの安泰を確信するのであった。