ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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5話

 パティから齎された情報を元に部下たちの割り振りを考えている時の事――何せ討つべき対象は各地に点在しているのだ。効率やら費用やらを考えても、分散して当たれば無駄がない――である。

 

「よおレオンさん、手伝いに来たぜ」

 

 そう言って討伐軍の陣地に現れたのは、昇を始めとする何人かの“神の使徒”と“英雄の系譜”だった。

 

「これはまた突然だね。助かるけど、何だってまた?」

「理由はいくつかあるんだが、大枠は天之河とネイビー、ランデル王子やらで話し合って決めたってことを理解してくれ。

 まず、光輝たちを手伝おうにも、俺を始めとした何人かの連中は得意とする得物が市街戦に向いていない。こっちに召喚されてからそこそこの月日が経ってるし、それに準じて扱いにも慣れては来ているが、街中で振るうとなるとやっぱり不安が残るヤツも多いんだ。……戦闘自体、召喚されるまでは無縁だったヤツの方が多いしな。

 まあ、市街戦で一つの巨大組織を無力化しようってんだから、建物なり何なりにある程度の被害が出るのは避けられないだろうし、そこら辺は織り込み済みなんだろうが、だからって無理に被害を大きくしかねない要素を増やす必要もないだろう?」

 

 まずは昇が口を開き、続いては明人が説明する。

 

「第二に、情報収集にパティを起用したことで、“英雄の系譜”から打診があったんだ。『自分たちも協力させてくれ』ってな。……その目的を果たすに当たり、俺たちと彼らが協力していくことは知っての通りだが、どうせならこれを機に大々的に広めようってなったのさ」

「自慢じゃねえが、界隈において俺たちの名は有名だ。今までに相手した中には、俺たちの名を出すだけで降伏したヤツだっている。そんな俺たちと“神の使徒”が表立って手を取り合うんだからな。場所も相俟って、すぐさま世の中に広まっていくだろうぜ。それはすなわち、人々の“希望”と、悪党に対する“抑止”が、より大きくなるだろうことを意味している」

「なるほどな。今回の騎士団派遣は、村の壊滅に際し、立ち寄っていただろう宮廷料理人が巻き込まれたことに端を発している。早い話が『王家の威信にかけて』ってやつだが、そんなこと民衆は知る由もない。

 それよりは、王国騎士団と“神の使徒”、そして“英雄の系譜”がほぼ同時期に行動を起こしているという事実から、むしろ協力体制にあるという認識をより強めることだろう。実際、こうしてお前たちが参戦してくれているのだから嘘でもない。

 賊に魔物、犯罪組織と立て続けに壊滅させていけば、否が応でも民衆の期待は高まる。王国としてもそれは望むところだ。民衆の支持なくして国は成り立たないからな」

 

 明人とファバル――同じ弓使いだからか、何だかんだ仲がいい――の説明を聞いて、メルドも納得を露わにした。

 今までも王国と“神の使徒”が協力体制にある事は示してきているが、そこに“英雄の系譜”が加わったことを示すには絶好の機会だ。

 一般市民における“英雄の系譜”の認知率はそれほどでもないが、冒険者に傭兵、商人など何かしら戦闘に携わる者であればその限りではない。そしてそんな彼らは何れも世を渡り歩く者たちだ。巨大犯罪組織の壊滅というセンセーショナルな出来事が起これば、それに付随する事柄として自発的に広めてくれるだろう。そこに王国の情報機関も動かせば言う事なしだ。

 

「んでもってこれが一番重要な事なんだけど、討伐する賊の内、組織との繋がりがあるとこは何人かをそれとなく逃がしてほしいのよ」

「……そういうことか。表立っての繋がりは見せていないが、それでもフリートホーフとの繋がりがあることに違いはない。自分の所属する盗賊団が壊滅の憂き目にあえば、生命惜しさに逃げ出す者もいて道理。そして遮二無二逃げるよりは、僅かでも助かる可能性のある所へ行くだろう。……すなわち組織の所へと。

 逃げ込み先がフリートホーフでなくても構わない。フューレンに向かってくれさえすればそれでいい。『賊が逃げ込み先としてフューレンを選択した』という事実だけで、人々は『それだけの何かがフューレンにある』と想像する。男爵子息殺害の件と合わせて、光輝たちが大々的に動くには十分すぎる理由となる」

「或いは周辺領主の元へ、ですな? フューレン周辺だけでも小領主たる貴族は多い。内の何人かは必ずフリートホーフとの繋がりがある筈です。そこに逃げ込んでくれれば、それはそれで構いませんしな」

 

 非合法組織と付き合おうとすれば、それを示す明確な証拠を保有している可能性は高い。所持しているだけで小さくないリスクを負うことになるが、それがあればこそ組織もおいそれと手を出せなくなるし、尻尾として切ることも出来なくなる。

 死なば諸共。一蓮托生。そうでもしなければ利用されて終わるだけになりかねない。何せ相手は法の目を逃れて暗躍し続けているのだから。

 そして腐っても貴族だ。場合によっては、その情報がある事で自身は死罪になっても家名を残すことは許されたり、その逆に家名は没収されても生命は許されたり、などといった皮算用を働かせている可能性も決して否定は出来ない。 

 それは犯罪組織の方にも言えることで、要は五十歩百歩だ。或いは類は友を呼ぶ。

 相手を利用し、自分は生き残る。それが無理なら巻き添え上等。……似たような者なればこそ均衡は保たれており、だからこそ、いざ事を起こせば芋蔓式に捕らえられるだろうという算段だ。問題なのは相手の立場ゆえに行動を起こすのが難しい点だが、賊を利用してその点をクリアしようというのである。

 

「なら、そこら辺を加味してもう少し詰めようか」

 

 都合よく“神の使徒”と“英雄の系譜”から援軍が来てくれたのだ。一騎当千の彼らがいれば、騎士団を分散したとて被害は少なくなるだろう。

 相手へのダメージは大きく、自身のダメージは最小限に。……何であれ“戦う”という行為を行うならば、そのために最良最優の手段を模索するのが指揮官の務めである。 

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 ここ最近、フリートホーフの首領ハンセンは言いようのない苛立ちを一日中味わっている。それもこれも、バカな部下がしでかしたプーム殺害について、都市首脳部が何ら動きを見せていないことに起因する。

 いや、正確に言えば動いてはいるのだ。しかし自発的なものではない。王国の介入あっての受動的なものでしかない。精々が介入するきっかけとなった王国への報告くらいだ。それとて、都市内で貴族の子供が殺されたとなれば本国に報告を行うのは自然なため、特段おかしなところはない。

 そして王国が介入して何をしているかと言えば、いくつかある都市の出入り口を暫くは王国主導で管理する程度。それとて時間は定められており、それ以外はいつも通りだ。……と言うか、如何な王国でもこの中立都市では強権を振るえる筈もないのだ。『その程度しか出来ない』というのが正しいだろう。

 遠巻きに部下に見張らせているし、上がってくる報告も『異常なし』、『変化なし』、『問題なし』ばかりだ。だから気に病む必要はない筈なのだ。

 

(だってのに、苛立ちが収まらねえ。“勇者領”のヤツらが来てから思うように動けてねえからか……?)

 

 今までにも何だかんだ動きを抑えることはあったが、今回は最長だ。つまりはその分だけストレスが溜まっているのだろう。……今日もまたその様に結論付けて自分を納得させる。

 そして、それが間違いだったと気付くのはもう間もなくの事であった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 悲鳴が上がる。断末魔が上がる。次から次へと、先ほど動いていた仲間たちが二度と覚めることのない眠りへとついていく。

 

「ちくしょう! いったい何だってんだ!?」

 

 襲撃は突然だった。

 ここは涸れた迷宮だ。調べ尽くされ取り尽くされ、『もはや得られる物は無い』と結論付けられた場所だ。名高き七大迷宮とは異なり、鉱物やら魔物やらが復活することもない。しかし、迷宮だけあって位置する場所が場所である。加えて、魔物の復活は無いにしても、棲み処とされることはある。

 そんな諸々の理由から、近付く物好きなどおらず、逆に自分たちの(ねぐら)とするには最適な場所であった。……そう、過去形だ。こうして予期せぬ襲撃を受けている以上、もはや最適たり得ない。

 叫び声を上げたところで、それがプラスに傾くことはない。何せ襲撃者の正体すら分からないのだ。どこからともなく矢が飛んできて、それに伴い仲間たちは屍へと変わっていく。出来ることといえば、迷宮故に存在する隠し通路へと身を潜め、仲間を見殺しに襲撃者の正体を探ることだけ。

 息を殺してどれだけの時間が経ったか。やがて足音を立てて襲撃者は現れた。人数はそれほど多くない。むしろこの数を相手にするには少ないと言えるだろう。……常識的に考えるならば。

 大半が揃いの装備を身に着けている中で、例外が僅かに二人。

 

「どうやら生き残りはいないようです。これで被害に遭った村の方々も安らかに眠れるでしょう。……明人殿、ファバル殿、改めてご協力感謝いたします。流石は“神の使徒”と“英雄の系譜”ですね」

「構わねえさ。召喚されてからこっち、何だかんだ王国には世話になってるしな」

「俺としては私情もある。生まれはこっちの方なんでな。被害に遭った村の中には知り合いだっていたしよ」

「そうだったのですか……。さて、討伐対象はまだまだおります。すみませんが、お二方にはまだまだ付き合っていただきますよ?」

「あいよ、了解」

「んじゃ、とっとと行こうぜ」

 

 そうして遠ざかっていく足音。それが聞こえなくなってからも暫くは動かず、十分は経ったろうかという頃合いに漸く賊は動き出した。

 

「ち、王国も本腰を入れたってことか……」

 

 村を壊滅するよう依頼された時はいつもの事だと思っていた。何せ後ろ暗い商売だ。似た様なことは何度となくやっている。

 懸念を覚えたのは仕事を終えた後だった。仕事を頼まれたのは自分たちだけではなく、焼け朽ちた村は片手じゃ足りなかったのである。それを知った時は、自分の所業を棚上げして『流石にやりすぎだろ』と思ったものだ。

 自分たちの所に依頼が届くまでには仲介に仲介を重ねているという話だ。ボスでもあるまいに依頼の大元など知る由もない。それでも、何となくの想像はつく。

 

「さて、どうすっかな……?」

 

 生き残ったのは良いが、このままではどうにもならない。安穏と生きていける様ならば、そもそも賊になどなってはいない。

 今までに得たお宝のうち“本命”と言える物は隠し部屋にしまってあるが、物が物のため一人では捌くも儘ならないのが実情だ。

 

「ま、取るべき手は一つしかねえか」

 

 幸いにして自分も知っている仲介者がいる。所謂『悪徳貴族』というヤツだが、そいつの協力を得ればお宝を金に換えるも可能だろう。……そう判断した生き残りの男は、周囲に気を払いつつ“本命”の無事を確認。手土産として少し取り出し、仲介者の元へと足を向ける。

 

「さて、それじゃあ案内してもらいますか」

 

 遠方からそれを見つつ、明人はニヤリと笑うのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 常日頃から騒がしいフューレンだが、ここ暫くはその趣が違っていた。“勇者”を筆頭に“神の使徒”が都市の首脳陣と数多の商会に突撃を掛けているのだ。有力商会もあれば無名の商会もあるが、その全てに共通して不正を行っていた事実が明るみとなっている。

 押し入った先で他の商会の不正を掴み、更に押し入っては不正を抑え。…その繰り返しだ。

 初めの内は物珍しさも相俟って捕り物劇を見物している者もいたが、二日も経てば『ああ、またか』と気にしない者の方が多くなっていた。何せ商業都市だけあって商会は数多い。必然的に“神の使徒”らも手分けして当たっているため、一日に何軒もお縄になっているのだ。あっちで捕り物こっちで捕り物という状況が一日に何回もあれば、見物客とて流石に飽きる。余程の有力商会か個人的な知り合いが対象でもない限り、わざわざ見に行く必要性は薄くなっていた。

 そうして捕り物劇が日常と化して何日かが経過した頃。その時ばかりは数多の見物客が押し寄せていた。

 対象がハンセンとなれば無理もないだろう。押しも押されぬ有力商会の代表にして、自身もまたフューレンの首脳部に身を連ねる人物だ。色々とあくどい噂もあるが、今までに確たる証拠が出たことはない。

 そこへ“神の使徒”が矛先を向けたのである。

 今回もハンセンが逃げ切るのか。それとも“神の使徒”が鉄槌を下すのか。……自身が無関係なればこそ、野次馬たちは呑気に予想を交わし合っていた。

 

「仕方のないことかもしれないが、今回は特に野次馬が多いな……」

 

 それを見て、光輝は溜息を吐かざるを得なかった。

 人然り動物然り、追い詰められたら何を仕出かすか分からないのが世の常だ。まして相手はトータスで三指に入るほどの巨大犯罪組織であり、その首領と目される人物だ。

 商会と組織としての本拠が同一とも思えないが、地下通路やらで繋がっている可能性は決して否定出来ない。そして、どちらにせよ“本拠”であることに違いはなく、なればこそ携行に不便な常設型の武器なりが配置されていてもおかしくはないのだ。

 

「結界の使い手は見物人たちの護衛に廻ってくれ。何が出てくるか分からない以上、被害が及ぶ可能性は否定出来ない。俺たちが突入したら頃合いを見計らって建物を倒壊させる、何て可能性もなくはないからな」

「考えすぎな気がしなくもないけど、映画や何かだったらあってもおかしくはないか……。オーケー、私は野次馬たちの護りに廻るよ」

 

 光輝の言葉に鈴は消極的賛成を示した。何せここは敵方の本拠である。細工をする時間や余裕は必要以上にあった筈だ。

 使うかどうかは分からなくとも、取り敢えずは仕込んでおく。……こういった手合いは珍しいわけでもない。言ってしまえば『新学期時のTEL交換』などもこれに当たるだろう。実際、鈴だって交換してるし、その内の七割がたは使用していない。

 ともあれ、考え方としては規模やら何やらが格段に肥大化しただけである。そう捉えれば自爆機構を設置していても不思議はないし、使用してくる可能性も否めはしない。

 

「……妙だな」

 

 商会の中は伽藍堂だった。調度品などは置いてあるが、人の姿は一つたりとて見当たらない。

 商会代表=フリートホーフ首領の図式をスタッフの誰もが知っているわけではないだろうが、二足の草鞋を履こうとするならばスタッフの中にも知る者が――協力者がいて道理。まあ扱いとしては『部下』という事になるだろうが、兎に角そういった者たちの妨害があるだろうと光輝たちは予想していたのだ。

 だが現実としてそんな事はなく、人気のない静かな建物の中を進むのみとなっている。

 もちろん、それぞれが“探知”を働かせてはいる。向き不向きがある中で、或いは精度を犠牲に探知範囲を上げ、或いは範囲を狭める代わりに精度を上げている。可能な限りカバーしあい穴を失くしているのだ。それでも引っ掛からない以上、本当にいないのだろう。

 唯一の例外が上部だ。正しく何階建てであるかは光輝の知るところではないが、かなり上の方にポツンとした反応がある。

 

「イルワさん、やはり代表室は上部に?」

「ええ、仕事柄何度か訪れたことがあります」

 

 同行者であるイルワに確認した限りでは、この反応がハンセンと思えてならない。無論、この反応を囮に逃げ出している可能性も否めないが。

 

「先行偵察してこようか?」

「……いや。今この場にいる面子の中で、一番場数を踏んでいるのは遠藤だからな。イルワさんもいるし、何が起こるか分からないからこそ傍にいてほしい」

 

 どのようなトラップがあったとしても、自分だけならばどうにかなる。光輝以外の面子もこれには同意だ。

 しかし、自分以外には手が廻らない。その可能性があることは否めない、という点でも共通していた。

 フューレンに来た“神の使徒”はそう多くない。元々はもっといたが、昇たちの様に騎士団の援護に向かった者も少なからずいるからだ。加え、ハジメを筆頭に領に残って次に向けた準備に勤しんでいる者もいる。

 そもそもにして“神の使徒”は高校の一クラス程度の人数しかいないのだ。いや、召喚タイミングで教室を離れていたため難を免れた者を鑑みれば――愛子や亮を含めたとて――実際はそれより少ない。

 不足分を“英雄の系譜”が補ってくれてはいるものの、立場という点で見れば補いきれない部分が出てきて道理。今回の件とて光輝たちが“神の使徒”なればこそ神輿たり得るのだ。幾ら実力があったところで、“英雄の系譜”では及ばない。

 そんな人手の足りない状況下、いざという段になれば、多すぎた野次馬によって更に人手を割かなければいけなくなった。野次馬を無視することも考えられたが、もしもを想定すれば立場がそれを許さなかったのだ。

 

「分かった」

 

 こうして建物内に突入しているのだって、光輝、浩介、龍太郎、大介、奈々、そして都市側からイルワだけだ。巨大商会を相手にするには心許ないが、そもそもの数が少ないので仕方がない。連行するだけなら都市の衛兵も役に立つが、戦闘を考慮すれば足手纏い以外の何者でもないのだから。

 光輝たちの行動に説得力を持たせるためには、都市内に賛同者がいることが望ましい。それが権力者であれば尚の事良しだ。故にイルワ――乃至は他の権力者――の同行は必要不可欠だが、そこに衛兵までいたら気が散って仕方ないのだ。

 非情な判断。冷酷な判断。そういったものを下せるようになってきた光輝ではあるが、やはりその根は善性の塊である。衛兵が同行していた場合、まず護ろうと動いてしまう筈だ。それでどうこうなるほどヤワなつもりもないが、過信に繋がりかねないのもまた事実。対象の数が増えるほどに隙を晒すのは否定出来ない。……たとえ頼りとなる仲間がいようとも、だ。

 場所が中立都市であるために、綺麗に状況を打破するには“神の使徒”がいなければならず、それでいて“神の使徒”が介入するには『都市内からの要請があった』という事実が無くてはならない。そうでなくては立場を笠に着た暴虐と見做されてしまうだろう。

 それを防ぐには、少なくとも民衆がそう納得出来るように形を整える必要がある。そして都市内にて人望のある権力者が一人でも同行すれば、それだけで体面は保てるのだ。ならば、衛兵など最初から連れて来ない方が良い。

 自らの街の事は自らで何とかしたい。何かの役に立ちたい。……そういった衛兵たちの思いを汲み取った上で、光輝はその思いを黙殺した。せざるを得なかった。“思い”と“生命”を秤に掛ければ、“生命”の方へと傾いた。

 均衡を保ったまま事態を解決出来る、などと楽観的に考えることは出来なかった。そう己惚れることが出来るほど、光輝は自分の能力を信じてはいない。結果、能力に自負はあれども、その枠内に収めきれないと判断をしたのだ。

 それでも、イルワ一人だけならばまだ何とかなる。何とかしなければならない。そうすることで、衛兵たちには心の慰めとしてもらう。

 そしてイルワの安全を鑑みれば、現在の面子で一番頼りとなるのは浩介だ。実力、経験、共に光輝たちとは雲泥の差がある。ならばこそ、浩介にはイルワの護衛に専念してもらう。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 結局、誰一人として妨害が入らぬままに一行は代表室前へと辿り着いた。

 ここまで来れば“探知”の精度も上がり、室内にいるのが一人ではないと判明している。それでも、僅かに五人だ。流石に個体識別までは出来ないのでこの中にハンセンがいるかは不明なままだが、どちらにせよその人数の少なさが疑念を齎す。

 疑念はあれど、ここまで来たなら入らないわけにはいかない。意を決して扉をノック。これも手順というものだ。

 

「……どうぞ」

 

 ノックをした直後こそ扉の向こうに僅かな騒めきを感じたが、返ってきたのは平淡な言葉だった。

 声の主はこの状況を異常と捉えていない。平常の出来事と認識しているのだ。その精神性には恐れ入るより他にない。

 

「失礼します」

 

 光輝を先頭に中へと入れば、執務用と思しきテーブルの向こうで椅子に腰かけた男が一人。傍には秘書の如く佇む一人の男。残りの三人は壁に寄りかかっている。

 

「ようこそ、勇者御一行。望まぬ客ではあるが、来た以上は歓迎しよう。……ああ、自己紹介がまだだったな。俺はハンセン。この商会の代表にして、犯罪組織“フリートホーフ”の首領だ」

「こちらをどうぞ」

 

 意表を突かれた。光輝たちの心中を述べるならこの一言に尽きるだろう。よもや向こうから切り出し、あまつさえ面と向かって認めてくるなど思いもしなかった。

 そんな光輝たちを余所に、秘書官は紙束を渡してくる。思わず受け取ってしまった光輝だったが、それを見て更に驚愕した。

 平たく言えば顧客リストであり、『いつ』、『誰が』、『何を購入したか』が事細かに記載されている。それも“表”の方ではなく、“裏”の方のリストであった。

 

「おいおい、そんなに驚くことはねえだろう? ……っても無理か」

「当然でしょう。あなた方は今まで何度となくこちらからの追及の手を逃れていたのですから。それがここに来て突然の掌返し。何かあると思うのが自然ですよ」

「まあ、そりゃそうだ。だがな、フリートホーフの結成目的を考えりゃあ無理もねえ事なのさ」

「結成目的……ですか?」

「応よ、勇者殿。表の仕事も金儲けも犯罪も、全ては目的を達成するための手段に過ぎん。むしろそこがハッキリしていればこそ、トップが代替わりしても機能し続けているのさ。

 では、そうまでして叶えたい目的とは何か? 『教会の打倒』……これに尽きる。

 イルワよ、ここはどこだ? ここは何だ?」

「中立商業都市、との答えで合ってますか?」

「合ってるぜ。……そう、ここは中立商業都市。大陸で最大の領土を誇る王国。領土では王国に及ばずとも尚武を誇る帝国。王国内にあって“国”としてあることを認められた公国。それらに囲まれてなお、ただ一つの武器たる『商い』によって自由自治を勝ち取り、維持し続けている誇るべき都市だ。

 先の国々もおいそれとは手を出せん。……だというのにだ、教会のヤツらは神の名を盾に己が欲望を叶えんとあれこれ言ってくる。

 いやそれどころか、ヤツらはその狂信で以て時に信じられんことをやらかす。実際、俺たちの生まれ故郷は“異端”の烙印を捺されて滅ぼされた。ただ日常を過ごしていただけだったんだがな……」

 

 どこか遠くを見つめるかのように、ハンセンは中空に目を向けた。

 

「あてもなく彷徨い、何やかやとあって先代に引き取られた。聞けば、先代も似た様な身の上らしい。……許せるか、これが? 許せるわけがない。

 永き時間の果て、もはや教会という組織は無理やりにでも浄化しなけりゃならなくなったのだよ。しかし、自浄作用は期待出来ない。国々もまた同じ。……他に頼れぬとあれば、自分たちでやるしかないだろうが。

 これがフリートホーフの結成理由だ。そしてそのリストには教会のお偉方の名前も載っている。故人含めてな」

 

 そこまでを聞いて、光輝は我慢出来ずに叫んだ。

 

「……なら。なら、何で村々を滅ぼしたりなんかしたんだ! 今こうして俺たちにこれを渡すのであれば、村を滅ぼす必要なんか無かった筈だ!」

「お怒りは御尤もだ、勇者殿。だがな、当時の俺たちにはアンタらの人柄を知る術などなかった。色々と噂はあったが、所詮は噂に過ぎん。“神の使徒”の名前だけでは、教会と同一視してもおかしくはなかろう? 

 アンタらがこの町に来て行った、下部組織に対する数々の摘発。その対応を見て、漸く『教会とは違う』と分かった。『託すに値する』と判断出来たんだよ。……それにな。正直、俺たちはもう疲れたんだ」

 

 そう言われたならば、光輝はこれ以上感情に任せて叫ぶことが出来なかった。納得は出来なくても、理解は出来てしまったのだ。

 

「捕らえ、罪業を明らかにし、その上で罰する。当たり前と言っていいプロセスだが、実際にそれが行われることは少ない。基準たる“法”が、立場や権力の下に屈服しているのが現状だ。――だが、アンタたちならば話が異なる。たとえ教会が相手であっても、実行することが可能だろう。

 その第一歩だ。俺たちを捕らえ、民衆の前で声高にその罪業を叫ぶといい。他ならぬ“勇者”が言うんだ。民衆も根から否定することはなく、王国に教会――組織という組織はてんやわんやとなるだろう。待ち望んだ革命の時が訪れるのだ。

 まあ世間にも少なくない混乱が生じるだろうが、それを乗り越えるためにこそ法を犯してまで集めた金だ。……ほらよ、金庫の鍵だ。使い方は任せる。

 ああ、言い忘れていた。組織の本拠とここの地下は秘密通路で繋がっている。そして組織の下っ端どもは可能な限り本拠の方に眠らせてある。俺が言えた義理じゃねえが、寛大な裁きを下してやってくれ」

 

 肩の荷が下りた。そう言わんばかりに、ハンセンは安らかな表情で目を閉じた。……無理もない。神の支配する世界において、その代行者たる教会を討とうというのだ。何の後ろ盾もない状態から、その一心だけで伸し上がり、更にはその思いを引き継いできたのだ。

 その思いが真実なればこそ、フリートホーフは瓦解することなく存在し続けた。そして世界で三指に入るほどに巨大化した。金に目が眩んだだけの組織ならこうはいかない。下部組織はまだしも、その中枢に位置する者に、決してブレることのない、確たる芯があればこそだ。……その重圧は想像するのも難しい。

 同時に、志は立派でもやっていることは忌み嫌う教会と同じ穴の狢と来た。託せる者がいなければこそ理想と現実の差異が生み出す苦しみにも耐えてこられただろうが、その状況は変わったのだ。奇しくも『神によって召喚さ(よば)れた者たち』こそが、『神の信仰者たち』への鉄槌となる。

 一方的に託される方は堪ったものではない。……が、そう思いつつも、光輝は性格的にその願いを無下にすることなど出来なかった。

 

「あなた方とは、もっと別の出逢い方をしたかった」

「奇遇だな、俺もだよ。……さあ“勇者”よ。その称号()の下に、悪の権化の末路を世に広く知らしめろ」

 

 光輝は言葉を返すことが出来なかった。

 犯罪組織“フリートホーフ”。その行いは紛れもない悪行であった。しかし、その志は善から成るものだった。

 心に生じた苦い気持ちを飲み干すのに手一杯で、光輝は仲間たちの手で連行されていくハンセンたちを見送ることしか出来ない。

 彼らはこれから裁かれる。純粋に考えれば死罪となるだろうが、やり方はどうあれその手腕は本物だ。それを鑑みれば、犯した悪行の分まで世のために働いてほしいのが正直なところだ。しかし、それとて所詮は外様の身だからこその考えだ。実際に彼らの被害を受けた者たちの声は生半な罰を許すまい。

 

「たとえ悪人であっても、心底から悪人である者はいない。……そう信じてきたけど、いざ目の当たりにすると辛いものがあるな。果たして、彼らはこれからどうなるのか……?」

「そんなん、俺に分かるかよ。けど、こう言っちゃあれなのかもしんねえけど、何つーか、カッコいいな。ああいう生き様が『信念』ってやつなのかね……」

 

 光輝が呟けば、龍太郎がそう言った。

 

「カッコいい……か。確かにそうかもな。――犯罪組織“フリートホーフ”。その行いを許すことは出来そうにないが、せめてその志は受け継ごう」

 

 自分と親友以外誰もいなくなったその部屋で、光輝は静かに宣言するのであった。    

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