ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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6話

「だあああああッッッ! やってられるかああああッッッッッ!!」

 

 ハイリヒ王国は王宮の執務室に少年の叫び声が響いた。声の主はランデル。王国の王子にして王位継承権第一位を保有する――つまりは次期国王となる――少年だ。

 一体どれほどの声量か。声は軽々と執務室を飛び越える。

 そして、それを聞いた者たちは揃って思う。

 またか……と。

 その様な感想を抱く位には、ここ最近でお決まりとなった一幕であった。

 

「分かりましたから、口より手を動かしなさい。それではいつまで経っても終わりませんよ?」

 

 ランデルを窘めたのは、同じく執務を行っているリリアーナだ。ランデルの実姉であり、王位継承権第二位を保有する少女である。

 

「そうは言うがな、姉上よ! なんぞこれは!? どいつもこいつも真っ黒ではないか!? フリートホーフを壊滅出来たのは素直に喜ばしいが、関わりを持たないヤツの方が少ないとは流石に思わなかったぞ!」

 

 その言葉が、現状を的確に表していた。

 世界で三指に入るほどの犯罪組織“フリートホーフ”。紆余曲折あってこれを滅ぼすことに成功したのだが、問題はその後にあった。――いや、正確には滅ぼす前から問題はあったのだ。ただ、表に出ていないから気付かなかっただけで。

 領地を与え運営を任せている貴族、領地は与えられておらずとも宮廷勤めを認められた貴族。フリートホーフより得た顧客リストから、この双方――どちらかと言えば前者の方が多いが――の名前が出てきたのだ。

 その事実が判明してしまえば、早急に手を打たなければならない。顧客リストに名前が載っていた者を呼び出し、それと同時に王宮より人をやって事実確認を行う必要がある。

 フリートホーフ壊滅の報は商人を通じて遠からず世に広まるだろう。そうなってしまえば、証拠の隠滅を図ってから呼び出しに応じる者がいないとも限らない。それでは膿が残ってしまう。大掛かりな仕事になってしまうが、王国という巨大組織の健全化を図るには、この機会にやってしまった方が良い。

 そんなわけで、幼きランデルやリリアーナまで駆り出され、総出で対処に当たっているわけである。何せ普段通りの仕事に加え、呼び出した者たちが行っている仕事も代行しなければならないのだ。留守居の者たちでやれるところはやれるとも思うが、大なり小なり不正を行う者の部下だ。どこまで信用していいものか分かりはしない。疑念を抱いたまま仕事を任せるよりは、辛く苦しくとも自分たちで行った方が良い。

 ただ、王国然り教会然り、フリートホーフとの関わりを持っていた者が想像以上に多かったのだ。無論、軽重の度合いは異なる。だがその一方で、故人を含めればなお増える。

 

「いや、まあ、その気持ちは分かります。……と言うか、この現状に喜べばいいのか悲しめばいいのか、私自身気持ちの整理が追い付いておりません」

「右に同じくです。まさか俺まで爵位を与えられることになるとは思いもしませんでしたよ」

 

 そう言ったのはウィル・クデタ子爵(・・)とメルド・ロギンス伯爵(・・)であった。

 綺麗事だけで領地の運営など出来るわけがない。故に完全に身綺麗であることなど望むべくもないが、それを差し引いてもリストに載っている名前が多すぎた。能力の有無や当時の状況如何では罰の軽減も考えるが、それが適応されない――するわけにはいかない――者もいる。購入費用の不足を贖うために、自ら悪事に加担していた者がその一例となるだろう。

 そうして膿を絞り出していけば、その分だけスペースが空く。そこに“白”で信用信頼の置ける者を順次継ぎ込んでいるのが現状だ。

 所詮は場当たり的な処理でしかないが、取り敢えずはそうでもしないと廻らないのである。それほどの人手不足に陥ったのだ。正確には、人はいても『任せられない』状況にある。

 処理の簡単な方から対処し、剥奪した爵位を与えることでメルドやウィルも書類仕事に関われるようにした。それが現状であり、状況が進めば爵位は尚も上がる可能性がある。……と言うか、十中八九上がる。

 実際、それだけの“箔”が二人には存在する。七大迷宮攻略とはそれだけの偉業なのだ。……今まで叙爵されなかったのは、その必要性が薄かったからである。迷宮を攻略出来るだけの実力があっても、それが実務能力や統治能力に直結するわけではないのだから。

 だが、それを踏まえた上で、そうも言ってられない状況になってしまった。言葉にすればそれだけの話である。

 まあ次期国王であるランデルとしても二人の人柄や実力は知るところであり、叙爵するに不都合はない。そんなわけで、暫定的に子爵と伯爵の位が二人に与えられたのだ。

 ウィルが子爵なのは父親との兼ね合いだ。貴族家の生まれであるウィルに爵位を与える分には然程不都合はないが、いきなり父親と同等の爵位を与えるわけにもいかない。ウィルもそれは望まない。……それを知るランデルは、その内、今回の件に託けて父親であるグレイルの爵位も上げるつもりである。そうすればウィルの爵位を上げるのにも問題はない。

 そんな思惑がどうあれ、現状は只管に書類仕事だ。書類が山と化しており、分担して片付けているのにちっとも進んでいる様には見えない。片付けている間にもおかわりが来るから尚更だ。

 それを鑑みれば、ランデルが叫ぶのも無理はないと言えるだろう。むしろ、歳を考えればきちんと参加しているだけ立派である。歳相応の子供らしさを持つと同時に、王族としての責任感も持っているのだ。

 

「しかし、村々の生き残りがいたのは個人的に嬉しく思います」

 

 ポツリとウィルが呟いた。

 その言葉通り、滅亡した村に住んでいた者の内いくらかは、その実死んでいなかったのである。蛇の道は蛇。襲撃の情報を掴んだ“マイラの灯”が密かに保護していたのだ。その中には件の宮廷料理人、ウーロン・チャイニィも存在した。……まあ、全てを救えた筈もないし、死者の方が圧倒的に多いのも事実だ。それでも、僅かながらでも生者が存在する事実は心の慰めとなってくれる。

 今回の討伐の発端となったウーロンのステータスプレートは、“マイラの灯”の機転によって残されたらしい。

 いくら情報を掴んだところで全てを救えはしないし、たとえ救えたとして一時的なものになってしまう。匿うにも限りがあるのだ。

 だが、その現状を変えたくても“マイラの灯”だけでは無理だ。“英雄の系譜”が協力しても不可能だろう。それほどまでに賊は各所に点在している。どれか一つを滅ぼしている間に、他の賊は棲み処を替えるだろう。

 それでは意味がない――とは言わないが薄い。意味を出すには、可能な限り全てを同時に叩かなければならず、そのためにはどうしても数が必要となる。

 そんなところに現れたのがウーロンだ。宮廷料理人の肩書は、王が国軍を出撃させると予想するには十分なものがあった。

 そのため、保護を受け入れた者を保護し、ウーロンに許可を取って上で、機を見計らって村の跡地にステータスプレートを投げ入れたのが真相である。

 生きていたにも拘らず報告を入れなかったことについてウーロンは叱責を受けたが、状況を鑑みれば無理もないため特に罰を受けることもなかった。『心配をかけたんだからこの程度は受け入れろ』とばかりに叱られた後は、厨房で元気に鍋を振るっている。

 

「まあそれは同感だが、だからこそ仕事が増えている部分もあるので痛し痒しだな」

 

 死んだと思っていた者が生きていた。これはトータスにおいてそう珍しいことではないが、やはり修正のために手間を要するのは変わりない。死亡と処理された時期が古ければ古いほど、当然ながら修正も面倒なモノとなる。ウーロンだけならばまだしも、他の住人たちもいれば、これ以前に“マイラの灯”に保護された者もいるので修正も簡単ではない。

 

「早く義兄上にもこちらに参戦して欲しいのですけどね」

 

 手を動かしながらもリリアーナが言う。

 その言葉通り、レオンはこの場にいない。騎士団を動かしたことによる書類仕事も当然発生しており、司令官として任じられたレオンはそちらの方で奮闘しているのだ。メルドの方が慣れてはいるが、立場的に否応なくレオンが処理しなければならないのである。

 

「まあ、慣れてないから時間が掛かっているだけで、殿下なら遠からず片付けるでしょう。向こうは基本的に決まりきった事柄を記載するだけですからね」

「そうある事を信じましょう。……いい加減、肌がヤバくなってきました。“若さ”で対処するにも限度があります」

 

 目元に隈を浮かべたリリアーナは悲壮な声で告げる。慰めようにも、男性陣には掛ける言葉が思い浮かばない。結果、言葉より行動と示さんばかりに黙々と書類を片付けるのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「聖職者と言えど、綺麗事だけで世が廻らないことは理解しております。なればこそ多少の不正には目を瞑っておりましたが……」

 

 てんやわんやなのは教会も同じである。むしろ『清廉潔白』を誉とする組織なればこそ、その混乱は王国以上に大きかった。

 言葉通り、現教主イシュタルも多少の不正には気付いていたが、組織の運営と秤にかけて目を瞑ることを選択していたのだ。

 だが、基本的には総本山に籠りきりであるイシュタルだ。不正を見抜くにも限度があり、それが遠方であれば尚更だった。結果、教会内に蔓延る不正は『多少』というレベルを遥かに超えていたのである。

 無論、犯罪組織から出て来た物であり、そもそもの目的を考えると顧客リストを信用しきるわけにもいかない。同時に、なればこそ一定の信憑性はあった。少なくとも、『不正に関わっている』という点で嘘はあるまい。

 そして、これを齎したのは“神の使徒”である。教会が手に入れたのであれば内々に済ませることも可能であったが、こうなっては民衆に事実を公表し、関係者へと罰則を与えないわけにはいかない。そうしなければ、“教会”という組織自体が存続出来なくなってしまう。

 

「理解は出来ますが……」

 

 教会は総本山の一室にて執務を手伝いながら光輝は言った。

 内心はどうあれ、立場上、“神の使徒”は同じくエヒトに連なる存在である。直接に王国の書類仕事を手伝えば内政干渉になってしまう――今までの行いのいくらかも厳密に言えば内政干渉に当たるのだろうが、そこら辺は度合いによりけりだ――が、教会であればその限りではない。むしろ役柄としては教皇よりも上位にある。

 教師である亮と愛子を始め、天誡や光輝といった、こういった仕事も熟せるだろう面々が執務を手伝っている。

 

「ですから、私は前々から申し上げていたのです。人事を一新するべきだ……と」

 

 そう言ったのは二十代半ばと思われる青年だ。光輝らにとっては初めて見る顔である。

 自己紹介によれば、名をラインハルト・ランゴバルドといい、イシュタルの孫にあたる。教会の誇る騎士の中でも選りすぐりの者たちのみが所属する――そこに教会騎士、神殿騎士の区別はない――すなわち、少数精鋭の体現たる“天雷騎士団”の騎士団長を務めている。……なお“天雷”とは神の裁きを意味して付けられた。神の代行者を自負する教会なればこそのネーミングと言えるだろう。

 その立場に相応しく雷の魔法を得意とする。またそれだけではなく、剣の心得もある傑物だ。

 

「耳に痛いな。だが、こうなってはともかく、当時にそれを行っては権力の私的利用と捉えられかねんのも、聡いお前なら分かるだろう?」

「分かってはおりますが、故にこそオルエンは心を痛め、自ら辺境に移っていったのを知らぬわけではないでしょう?」

 

 オルエンとはラインハルトの年の離れた妹である。

 教会の掲げる理念と現実の差異。教練過程を終えて実際に騎士として任じられた彼女は、各地を廻ることで教会の腐敗に気付いてしまったのだ。その現状を何とかしたくて祖父に訴えても効果はなく、十代半ばという幼さも手伝って祖父に見切りを付け、かつての司教を頼るべく辺境に赴任していった経緯がある。

 理念よりも運営という現実を優先した結果、イシュタルは可愛い孫娘に離れられたのだ。

 

「エヒト様に仕え、その心を世に広く知らしめる。教皇という立場は誉であると同時に、都合がよくもあった。――しかし、それ故に孫娘には見限られてしまった。

 そして、そうまでして維持した立場だというのに、教会内からこうまで不届き者が出てしまった以上、その責は負わねばならぬ。つまり、この仕事が終われば辞さねばならぬのだ。……全く以て虚しいものよな」

 

 初めて会った時の覇気はどこにいったのか。今のイシュタルは消沈としていた。ただ、その責任感故に仕事を熟しているのがありありと分かる。

 

「なら、その孫娘が頼った者に教皇の立場を譲れば良かろうよ。中央の腐敗が著しいのであれば、辺境に正常を望むのは何もおかしなことではない。周囲への言い訳も立つし、それで孫娘の想いを汲んだことにもなろう。……その娘とていつまでも子供ではあるまい。立場ゆえのしがらみというものを理解してくれる筈だ。

 そうして小難しい立場を取っ払った後、ただの家族として話し合えばいい。時には前向きに考えることも重要だ」

「天誡殿……。そうですな。これを良い機会と捉え、一段落着いた後にはただの爺としてオルエンと話してみることにいたします。――さて、そうと決まれば早いところ片付けませんとな」

 

 何事につけ気の持ちようというものは重要だ。ほんの僅かな、それでも前向きに考えられる要素を見つけたイシュタルは意気を新たに書類に取り掛かる。

 

「感謝いたします」

「気にするな。所詮は気休めに過ぎんし、上手くいくかも分からんのだ」

 

 礼を告げるラインハルトに軽く応え、天誡もまた書類を片付けに掛かる。

 

「実際、この猶予がいつまであるかも分からないしな……。早く片付けるに越したことはないだろう」

 

 明らかな外患である魔人族を気にしなくていいのは救いだが、それとていつまで保つかも分からないのだ。国境に敷かれた神炎の壁を乗り越えるのは容易ではないが、北大陸と南大陸を行き来できる道はそこだけではない。まして、壁を用意したのは魔人族の“神の使徒”であるのだから。

 現代に蘇った英雄――“アルヴの使徒”たるアルヴィスの言葉は信じられるように感じたが、状況というものはいつまでも不変ではない。不本意ながらも向こうの期待に応えられなければ、すぐさま攻め寄せてきてもおかしくはないのである。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 フリートホーフ壊滅は各所に喜びを齎したが、同時に少なくない混乱も齎した。本拠たる中立都市フューレン、顧客の大部分を占める貴族や神官を抱える王国や教会は言わずもがなだ。お偉方の事情など知る由もない民衆はまだマシだったが、各組織の運営陣が被ったダメージは思いの外に大きい。人事を始めとして強制的に立て直しを求められたのだ。

 その点を鑑みれば、なるほど、フリートホーフの本懐は果たされたと言えるだろう。

 とは言え、そんな余波など関係ない場所もある。我らが“勇者領”だ。各所の応援に“神の使徒”の大半が割かれているが、言ってみればいつものことでしかない。何やかんやと人手が足りないのが標準(デフォルト)と化している。

 七大迷宮の攻略に向けた各種準備――中でも移動手段の作成は専門的な要素が強いため、如何な“神の使徒”でも一部しか直接的な戦力にならないからだ。もちろん素材の収集等では戦力になるのだが、“英雄の系譜”も含めた今までのリレーにより、現状素材自体は十分な数がある。

 そして、今までも日々を遊んで過ごしていたわけではない。【メルジーネ海底遺跡】に挑むに当たり必要となる潜水艇は既に完成している。

 ただ、当初より何だかんだと挑戦者の人数が増えてしまったため、それに伴い数を用意する必要があるのだ。会得した神代魔法を用いた収容人数の増大化と、それを踏まえた上での快適な環境を求めれば仕方のないことだ。

 船体を巨大化すれば一台で賄えるだろうが、そのためには【オルクス大迷宮】で得られる深層素材の中でも更に良質な物が求められる。加えて、運用は元より――いくら普段は“宝物庫”に突っ込むとはいえ――維持管理が大変となる。

 理論上、必要事項を学び、その上でマニュアルがあれば誰でも一定の成果を上げられる科学技術と異なり、各々の適性に頼りきった魔法に望めることではないのだ。

 それらを鑑みれば船体の巨大化は現実的ではなく、それよりは数を増やした方が良い。人知の及ばぬ海の底を探索するとあらば尚更に。……それが創り手たちで一致した解答であった。

 

「取り敢えず、潜水艇はこれで十分か?」

「たぶん、としか言えないけどね」

「元々バグ取りなんて人海戦術で行うものだからね。たった三人じゃ見逃しがあって当然だよ」

 

 出来上がった潜水艇の一群を前に確認しあうのはハジメ、幸利、真央の三人。“神の使徒”の中でも物作りに多大な適性を誇る面々だ。ハジメと幸利の二人が船体と運用システムに着手し、真央はその“付与”を以て快適な環境の作成に当たったのである。

 なにぶん一から船を手作りで、なんていうのは初めての試みであるために一台作るのにも時間が掛かってしまった。その後試験運用を行い、問題なしと判断するまでにも時間が掛かった。

 まあ、それらの確認が済んでしまえば、二台目三台目を創るのにはそれほど時間は掛からなかったが。

 ただ、試験運用もこの三人でのみ行ったため、確認しきれなかったミスがある可能性は否めない。それでも、よほど変な事をしない限りは問題ないだろう。

 

「ま、この調子で飛空艇もさっさと創っちまうか。空と海中の違いはあっても同じ“船”だ。ある程度までは応用出来る筈だろ」

『異議なし!』

 

 成果を前にして上がったテンションのまま、三人は次なる作成に取り掛かるのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「むぅ、これは……」

 

 大陸の辺境に赴任中の司祭、シモン・リベラールは総本山から廻って来た通達を読み終えた途端に思わず唸った。

 

「どうされたのですか、シモン様?」

 

 驚愕に眼を開くシモンにかけられる涼やかな声。

 振り向けば、現教皇イシュタルの孫にしてラインハルトの妹――現状の教会の在り方に憂い、改革を求めてかつての司教であるシモンを頼ってきた少女――オルエンがそこにいた。

 巡回を終えたばかりなのだろう。その身には未だ軽鎧を纏っている。

 

「オルエン嬢ちゃんか。いやなに、本部から通達が来たのだが、それが思いもよらぬ内容でのう。……儂に教皇になれと言ってきおった」

「なんと!? それはおめでとうございます! シモン様が教皇となれば、教会の腐敗も減るでしょう!」

「と言うよりも、既に減っておるようだ。……読んでみるかね?」

 

 シモン宛の通達だが、彼はそれを気にも留めずオルエンへと渡した。

 最初は遠慮したオルエンだが、渡された以上は目を通す。簡易的ながらも驚愕の内容が通達には記されていた。

 

『“神の使徒”主導による、犯罪組織“フリートホーフ”の壊滅。それにより明らかとなった王国や教会内部の不正の数々。それぞれに罰則を与えると共に、人事を一新する必要に迫られた。これを最後の仕事として教皇を辞す。時期教皇としてシモン・リベラール司祭を指名する。――イシュタル・ランゴバルド』

 

 本来の書式など知ったことかとばかりに記されている事実こそが、教会の混乱具合を物語っている。教皇印が捺されているので、偽物という事もない。

 

「いやはや、辺境にいたおかげで助かったと言うべきかのう? これほどの混乱が起こっているというのに、ちっとも気付かんかったよ。ホッホッホッ……」

「笑い事ではありませんが、実際に笑う位しか出来ませんね」

 

 なにせ中枢と辺境である。事態を知ったところで、この場にいて出来ることはない。精々が早急に旅支度を整えるぐらいだが、辺境なだけあって中央への交通馬車も少ないのだ。

 シモンは既に七十代も半ばを数えた老骨である。とてもではないが、徒歩で向かうなど不可能だ。馬であれば置いてなくもないが、やはり歳が足を引っ張る。歳の割にフットワークが軽いのが売りであるが、流石にこれほどの距離とあっては馬車でなくば耐えられまい。

 

「ま、略式ではあるが正式な通達である以上、行かぬわけにはいくまいて。旅支度をせんとのう」

 

 そう言うシモンを横目に、オルエンは読み終えた通達を封筒にしまおうとし、それに気付いた。

 

「あら? まだ入ってますね」

 

 綴じ方が甘くて外れたのだろうか。そんな風に思いながら取り出すと、それはオルエンに宛てた通達であった。

 

「何々……『騎士オルエンはリベラール司祭の護衛として同行せよ。その後の配属は追って通達する。

 追伸。家族として話がしたいので、戻って来たら時間を用意してほしい。――イシュタル・ランゴバルド』ですか」

 

 それを読めば、オルエンにも悔恨の念が湧き上がる。

 こうして距離を置き、時間を置き、シモンと話し合えば、イシュタルの立場の重さ、しがらみも何とはなしに想像がつく。

 イシュタルがオルエンの願いに応えていた場合、現在中央で起こっているような混乱に見舞われた筈だ。そして、それを乗り越えられた保証はない。当時は“神の使徒”もいなかったし、フリートホーフだって健在だった。そんな状況下で教会に多大な混乱が巻き起これば、今以上に悪化していた可能性の方が大きいだろう。

 

「出立はいつ頃になりそうですか?」

「馬車次第ではあるが、一週間以内には出立したいところじゃな。……それがどうか?」

「都合次第ではありますが、アルテナ殿も連れて行こうかと思いまして」

 

 現在地も十分に辺境ではあるが、ここから更に外れの方にも集落がある。何事も無ければだいたい馬で二、三日といったところだが、アルテナはそこに暮らす女性だ。オルエンより年上ではあるが、物腰は柔らかく、それでいて槍と剣の名手でもある。武器を手にすれば凛とした空気を発する、言わば『憧れの女性』だ。

 ひょんなことで親交を得て以降、時折ではあるが、オルエンは剣の稽古をつけてもらっていた。

 そんなアルテナだが、生まれは異なる。――正確には不明だ。幼い頃に誘拐されたところを助けられたそうだ。なにぶん幼い頃の事ゆえ本人も忘れていたが、現在の保護者によるとそういうことであるらしい。

 アルテナ自身はこちらに骨を埋める気のようだが、それでも本来の家族がいることに違いはない。中央に連れて行ったところで都合よく見つかるとも思わないが――向こうに行ったら何かしら思い出すかもしれないし――試してみるだけの価値はある。……あくまで本人次第ではあるが。

 

「ふぅむ、なるほどのう……。そういうことであれば、アルテナ嬢に確認を終えるまでは出立を遅らせよう。中央とて、そこまで早くの到着など期待しとらんだろうしのう。――ただし、あくまで本人の意思を優先で頼むぞい」

「ええ、勿論です。……それでは、早速行ってきます」

 

 オルエンの馬は良馬だ。オルエンは未だ成長途上であるが、教練過程を終えたばかりで『遠からずして天雷騎士団へ所属出来るだろう』と同団長であるラインハルト()が認めるほどには優秀だった。そんな孫娘への評価を聞いたイシュタルが買い与えた馬なのである。

 まあ、それ故に『七光り』と妬まれることもあったが、オルエンは然程気にしていなかった。そんなことを言う者ほど、所詮は口だけだったからである。

 騎士になれば、たとえ本人が馬を持っていなくとも公費で買い与えられるのだ。そして天雷騎士団ともなれば、皆が相応の良馬を駆る。その事実を知っているのであれば、不相応なまでの良馬を重圧に感じる事こそあれ、早く乗りこなせるよう発奮の材料とするには十分だ。

 その結果、現在のオルエンは十全なまでに乗りこなせるようになった。この軍馬であれば――天候や道の状況次第ではあるが――その日の内に集落へと辿り着けるのだ。

 

「――というわけでして、アルテナ殿も私たちと一緒に中央へ行ってみませんか?」

「良いのではないか? たしか、お前の覚えている中に『リーフ』という言葉があったろう? それが人の名前か物の名前かも分からんが、うちの姫様が寄越した手紙によると、現在行動を共にする者の中にそういった名前の少年がいるらしい。確認するだけしてみてもバチは当たるまいよ。

 我らを思うお前の気持ちはありがたいが、どうも話を聞くに中央の方では激動が起こっているようだ。カリオンのヤツもそうと知らずして姫様と行動を共にしているようだし、良ければお前も手伝ってやってほしい」

 

 オルエンの問いかけに答えたのはアルテナの保護者であり、カリオンの武芸を鍛えた当人でもある。『保護者』と言うには若々しい見た目だが、この集落の住人は大概がこうなのでオルエンは既に慣れてしまった。

 なんと、この集落は既に滅亡したとされる竜人族の集落なのだ。普段から結界で護られており、普通の者では気付くことすら難しい。集落の者に案内されれば入ることこそ可能だが、住人と認められなければ一人では入ることすらままならない。直接的な防御性能こそないものの、安全を確保するという意味では十分な程に高性能だ。

 結界には一部神代魔法が絡んでおり、かつて国を滅ぼされた経緯から、エヒトへの信仰心が高ければ高いほど対象を拒むのだ。現状、誰しもが少なからずエヒトを信仰していることや、場所が辺境の更に辺境ということもあり、正に鉄壁と言っても過言ではあるまい。

 そんな集落に、住人と認められたわけでもないオルエンが一人で入れたことには理由がある。その身に流れる血だ。彼女もまた“英雄の系譜”の面々と同じく聖戦士の血を引いているのだ。受け継ぐ血は魔法騎士トード。……雷魔法トールハンマーを与えられた彼の騎士の血を継いでいるのであれば、雷魔法を得手とするのも、若くして高い実力を有するのも十分に納得が出来る。

 立場柄オルエンもエヒトを信仰してこそいるが、狂信の域には至らず、ごく普通の範疇だ。

 同じトードの血を継ぐのに、何故こうもイシュタルとオルエンで信仰心に差があるのか? それもまた血に理由がある。

 アルヴィス皇帝の息子――“暗黒皇帝の再来”ユリウスの乱において、最後までユリウスに忠節を尽くした一人の女性がいた。それこそが当時のトールハンマーの継承者であるイシュタルだ。最終的にはユリウス共々新たな英雄によって討たれたわけだが、その英雄の側にもトードの血を継ぐ者がおり、オルエンの家系はその末裔である。

 さて、そんな継承者イシュタルは忠節という点で見れば立派だが、対象を鑑みれば認められるわけがない。ひょんなことから書物で当時の事を知ったイシュタル教皇は、同じ名前ということもあり殊更に嫌悪を示したのだ。その嫌悪感が故に、『自分は違う』とより信仰に傾いたのである。

 血と名前、奇しくも両方が揃ったことからイシュタルは狂信に傾いたが、そうでなければそこまで傾くこともない。まして十二聖戦士の血を継ぐ者は、その血の感応によりエヒトの信仰に対してある種の制限が掛かるのだ。

 受け継ぐトードの血と、それが伝える警鐘によりエヒトへの信仰心が高すぎなかったこともあって、オルエンは神代魔法による防護壁を見破ることが可能だったのだ。……血と魔法、モノこそ違えど、神代に連なり、かつ強力であるという点では共通している。その血が故に先天的に神代魔法を使える者がいることを鑑みれば、対象を指定しない魔法をレジストしたところでおかしくはないだろう。

 

「……分かりました。そういうことであれば私も一緒に参りましょう。久しぶりに姫様やカリオンにも会いたく思います」

 

 保護者の言葉を聞いたアルテナも同行を希望した。

 

「お前の愛騎も連れて行くと良い。辺境ということもあり、都会へ行くには馬車も少ないからな。最後までとなれば流石に目立つが、途中までであれば問題あるまい。籠を付ければシモン老でも空旅に耐えられようさ」

「……どうしますか?」

「本人に確認してから決めましょう」

 

 竜人族の集落ではあるが、何も竜人だけが住まうわけではない。情報収集に赴いた者が、アルテナの様に誘拐された子供や孤児などを連れてくることもある。そういった者の移動手段として、ある程度離れたところにある竜峰と契約を結んであるのだ。

 竜は強く誇り高いが、誰も彼も融通が利かぬわけではない。自身が認めた相手であれば、その背に人を載せることも厭わないのである。認められなければ意味はないが、竜人族に育てられれば否応なくそこらの実力者より強くなり、竜への敬意を忘れることもない。

 結果、大概がドラゴンライダーとなり、アルテナもその一人だ。

 シモン老やその家族を背に乗せるとあれば竜も嫌がるかもしれないが、籠に乗せてぶら下げるくらいであれば可能だろう。だからこそ、時間の短縮に竜を連れていけと保護者は言ったのだ。

 尤もな理由ではあるが、即座に賛同するのは難しい。迷ったアルテナがオルエンに訊けば、これまた尤もな返事を寄越したのであった。 




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