ありふれた職業で世界最強 ~宿星の導き~   作:山上真

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3話

「どうだ、幸利?」

「あ~、ダメだな。多分、自壊因子でも仕込んでたんだろう。主替えに賛同させた途端にパァンッ! だ」

 

 神妙な顔で問いかけるのは九角天誡。対し、難しい顔で答えるのは清水幸利。内容は神製の人形に対することだ。仮想人格、AIと言い換えてもいいそれが機能しなくなったため、現状で分かることは限りなく少ない。

 無論、幸利の技量をもってすれば操ることは出来る。しかし組み込まれているギミックが分からない以上、どうしても片手落ちになってしまう。

 分解すれば多少埋めることは出来ようが、それも現実的な手段ではない。未だ若かりしとはいえ屈指の人形師たる幸利をして敗北を認めざるを得ないその造形美。使われている技術にこの世界独自の物が組み込まれているのは間違いない。再度組み上げることが出来ない以上、分解するメリットは薄い。

 それでもメリットを見出すとするなら、この個体は二度と動かなくなる、この一点に尽きるだろう。こちらの直接的な戦力になることもないが、神の直接的な戦力になることもない。

 しかし下地となるこの世界の知識がない状態で、果たしてどれだけのことが分かるものか。人形である以上、同じようなのは他にも作られていておかしくない。次にそれらと戦う時に役立つ知識が得られないのなら、やはり分解するメリットは薄いのだ。

 

「っても放置するわけにもな……」

 

 だからこそ幸利は迷う。

 不意を突きエヒトやらいう神を封じたとはいえ、それもどこまで保てるか分からないのだ。同じ神でも複数の名前を持っていることはザラにある。他にも、伝わっている名前が一部だけ、という可能性も否定は出来ない。放置しておけば、エヒトの封印が解けた途端に敵になる。

 

「まぁ、暫くは大丈夫であろうさ」

 

 幸利の迷いを払うように天誡が言う。

 実際、エヒトとして信仰されていることに間違いない以上、その名だけでも一定の効果はある。その上――真偽はともかくとして――自分たちの世界が上位世界だという言葉に付け込み、その上に色濃く神の血を継ぐ恵里が祖たる女神ヘルの名を借りて縛ったのだ。早々すぐに動き出すことは不可能である。

 猶予がどれだけあるかは分からないが、何も一日二日といった短い期間で切れるわけではない。その間に封印を強めればいいのだ。

 神の力の源は信仰と知名度だ。しかもお誂え向きにここは信仰の総本山だ。そのトップたるイシュタルに協力させれば封印強化も容易い。

 

「エヒト様は我々人間族を救うために上位世界より勇者様方を召喚成された。その際に不敬を承知で上位世界の眷属神様をも召喚されたのだ。エヒト様は自ら罰としてその身を暫し封印されたが、眷属神様はその意に打たれ協力を約束された」

 

 こんな感じのカバーストーリーを流せばいい。

 恵里の名前を大々的に出す必要こそあるものの、そこに事の真偽は関係ないのだ。エヒトが封印されている。そして眷属神――恵里が協力してくれる。この二点を人々が信じるだけでいい。エヒトへの信仰は封印の強化に繋がり、恵里への信仰もまた封印の強化に繋がる。

 そうやって時間を稼いでいる内に、この世界のことを学びつつ帰還する方法を探せばいい。

 そしてエヒトを始末する。

 質体数で拮抗していたバランスが崩れ、勇者が必要となった。それは別に構わないが、そこでわざわざ異世界から召喚する理由がないのだ。上位世界の人間だから質が高い、と言ったところで、戦争に耐えられるかはまた別問題だ。戦えるかも分からない人間たちを召喚して鍛え上げるギャンブルに賭けるよりは、戦える者たちに神造の武具なりを与えて強化する方が確実だ。アレほどの人形を作れるのであれば、武具だって作れない道理はない。よしんば作れなくとも、人形を御使いとでもして勇者の傍に置けばいい。

 それでも無理だったのならば異世界からの勇者召喚も仕方ないかもしれないが、イシュタルからそんな話は出なかった。

 結果として考えられるのは、勇者召喚の話は聞こえの良いお題目でしかなく、エヒトの真意は別にある、ということだ。粘着質な視線といい、ムダに力だけはあるそんな輩を放置しておけるわけもない。

 

「……となれば、最早隠匿云々は言っていられんな」

 

 元より人手は足りていないのだ。否が応でもクラスメイト達には現実を受け入れ手伝ってもらう必要がある。

 結論付け、天誡は一同の前に進み出る。

 

「さて、クラスメイト諸君やメイドの方々は未だ理解が追い付いていないと思うが、これから重要な話をさせてもらう」

 

 その威に呑まれ、ざわついていた面々も静かにならざるを得ない。

 

「あの、それは構わないのですが、彼女は一体どうしたのでしょうか? それとあちらの方々は?」

 

 そんな中、手を上げて口を開いたのは一人のメイド。中々に胆力がある。その手は同僚たる神造の人形を、次いで香織と天之河を指し示す。

 

「ウム、当然の質問だ。……が、申し訳ないが彼女については待ってほしい。話の流れがあるのでな。

 ――香織はいい加減に戻って来い」

「……かしこまりました」

 

 視線を真直ぐに向けて答える。メイドも一応は納得して後ろへ下がった。それを確認して香織を呼び戻す。

 

「はーい」

 

 と返事をして、香織が天之河を引き摺ってくる。

 見た目ボロ雑巾な天之河だが命に別状はない。それを見て取った天誡は話を続けようとして――

 

「香織、とりあえず癒せ。このままでは話にならん」

 

 ――思い直し、この状況を利用することにした。

 ケガの治療だけならば、香織じゃなくても可能である。しかしそこにインパクトを加えるならば、香織の方が適任だ。

 

「うん、分かった。……癒しの光よ!

 

 香織が力を行使する。頭上に現れたのはまるで小さな太陽だ。そこから光が降り注ぎ、それを浴びた天之河の傷が見る間にふさがっていく。

 

「見ての通りだ。我らは霊力や氣と言った、いわゆるオカルトとされる力を行使する」

 

 魔法など信じていない面々も、これを見ては信じざるを得ない。何故ならば使用したのは香織である。イシュタルによると自分たちは何かしら大きな力を持っているらしいが、何の説明もなしに使えるわけがないのだ。――にも拘らず、彼女は不思議な力を使って天之河の傷を癒した。それが示すのは、元々彼女は不思議な力を使えた、という事実。

 魔法が身近なメイドたちも驚きを隠せない。彼女らの知る魔法は、魔力は元より詠唱と魔法陣が不可欠だ。

 詠唱することで体内の魔力が魔法陣に注ぎ込まれ、発動キーを唱えることで魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動する。……これが一般的なトータスの魔法なのだ。

 翻って今の光景はどうか。詠唱と発動キーが一体化しており、魔法陣もない。治癒速度も高い。魔力の代わりに霊力とか氣といった力を行使しているらしく、そこはまぁ、共通している、と捉えてもいいだろう。

 結論。力を消耗する、という始まり。癒される、という結果。共通しているのはそれだけで、その間の過程が違いすぎる、と言わざるを得ない。

 

(流石は上位世界、といったところですか……)

 

 各々がそんな感じで納得する。

 そんなメイドたちだが、エヒト神やイシュタルへの行いについては然程問題視していない。信仰こそしているものの神官たちほどではないし、教会で働いているのだって単に職場がそうなったにすぎないのだ。……最初こそその行いを不敬に思ったものの、聞いていれば最初に不敬を働いたのは自分たちの方だと理解する頭はある。

 

「そんな我らだからこそ、伝わっている知識や技術がある」

 

 それは分かるな? と周囲に対して問いかける。

 生徒たちやメイドたちも銘々に頷いていく。

 

「そして次だ。コレを信じてもらわなければ話が続かない。すなわち、恵里は知識や技術のみならず、神の血をも継いでいる」

 

 これに関しては流石に騒めくクラスメイトだが――信じる信じないは別にして――とりあえずはそういうもの、として受け止めることにしたようだ。

 その一方で、メイドたちの方は割とすんなり受け止める。トータスにおいて神の眷属の話は割と多い。

 それを確認し、口を開くのは一人の少女。話題に上がった比良坂恵里だ。

 

「そんなボクにしてみれば、いきなり召喚されて、その上粘着質な視線を向けられるのはいい気分じゃないわけさ」

「確かに」

「気持ち悪かった」

「アレはないよね」

 

 八重樫雫、谷口鈴、白崎香織の順で同意する。合わせて肌も擦っている。

 メイドたちはそれを見て――

 

(本当に気持ち悪かったんだろうな……)

 

 ――と、エヒトへの信仰レベルを下げた。

 同じ女としてみれば、そんな粘着質な視線を寄越すヤツは敵である。相手が神でも関係ない。……ズタボロなエヒトだが自業自得だ。

 

「あれ、そうだったの? 全ッ然気付かなかった……」

「まぁ、優花は関わって日が浅いからね。無理もないさ」

 

 仲間内で自分だけ気付かなかったことが発覚し、落ち込む少女が一人。園部優花だ。

 そんな彼女にフォローを入れて恵里は続ける。

 

「経験上、あんな視線を寄越すヤツに碌なのはいない。この世界の神だろうとそれは同じだ。

 そんなわけで、慢心してるところに不意打ちしかけて動きを封じたのさ。可能なだけの材料も揃っていたしね。

 ……実際のところ、本当に全知全能なら――上位世界とか下位世界とか関係なく――不意打ちしかけたって縛れる道理はないさ」

 

 そう言って恵里はシメた。……さもありなん、とメイドたちは心中で同意した。

 

「そして彼女の話に移る。……率直に言おう。彼女は人間ではない。人形だ。それも、おそらくは神が監視役に寄越した……な」

「然様でございます。その役目こそ分かりませんが、彼の方はエヒト様が遣わされた真なる神の使徒に間違いございません」

 

 言いつつ、天誡がその視線をイシュタルに向ける。

 老人もまたそれに同意した。

 メイドたちは――

 

(何とも無表情だな……)

 

 ――とは思ってたけど、と人形であることに納得した。

 

「そのような物騒な物を放置しておく理由もない。

 また、そこまでは分からなくとも、一体だけ人形が混ざっているとあれば、警戒し無力化するのは当然だ」

「幸いにして俺は人形師・傀儡師たるスキルを持っているしな。その実力も自負している。……たとえ神造の物だろうと、それが人形であるなら操れねぇ道理はねぇよ」

 

 天誡と幸利が人形に対してを話し終え、次に口を開いたのは雫だ。

 

「そしてイシュタルさん。貴方は光輝をノせることでクラスの皆を操ろうとしましたね?」

「……はい。本人は理想に酔う考え足らずで、それでいて求心力はある。駒としてこれ以上ない人物だと見受けました。

 ……もっとも、その試みは失敗に終わりましたが」

 

 先程以上に騒めく一同。自分たちが体よく動かされようとしていたと分かればおかしくない。檜山などは殴りかかろうとするが、アッサリと止められる。……なお、散々な言われようの天之河だが、本人は未だ気絶している。治ったのはケガだけだ。

 

「ここからが本題だ。神を封じたとはいえ、それも永続的ではない。封印が解けたら間違いなくやり返して来るだろう。

 駒が牙が向いたのだ。さて、その怒りは如何ほどか……?」

「な!? フザけんじゃねぇよッ! 勝手に俺たちを巻き込むんじゃねぇッ!」

「ならば流されるままに戦争に参加する方が良かったか? 人殺しを行う方が? 魔人というからには人間ではないとでも思ったか? ハッ、それこそまさかだ。知恵を持ち、ある種の秩序の下に集団で暮らしているのなら、それは最早人と変わらん。

 言語が通じるか、会話が成り立つか、相手の考えを理解し尊重出来るか。言ってみれば重要なのはこれだけであり、これが異なればこそ相手を認めないのだ。その後行動に移すかどうかは、その度合いによるが……な。それは俺たちの歴史でも同じだ。

 そも戦争とは政治の一環だ。威圧外交の一種だ。これで魔人族がエヒトを信仰しているのであれば、こうはなっておるまいよ。

 ……相手を人間と思っていないのであれば、戦争ではなく駆逐と表現するのが妥当であろうさ」

「……それは」

 

 淡々と語る天誡に対し檜山は激昂するが、理路整然と言い返されて口をつぐむ。

 

「そもそも、召喚された時点で俺たちの取り得る手段は少ないんだ。期限付きとは言えトップを抑えて自由を得られただけまだマシだ。

 ……そして得られた猶予時間を使ってこの世界のことを学び、帰還の方法を探る。俺たちにとっての最善はこれだけだ」

 

 この際、天誡は――一応程度ではあるものの――帰還方法のアテがあることを敢えて黙っていた。

 イシュタルの話からするに、この世界が自然溢れることに間違いはない。すなわち、この世界は生きている、ということだ。

 仮にこの世界が死んでいるのであれば、全土が不毛の大地となる。そんな環境で大多数の人間が生活することは不可能だ。魔法を用いてもそれは変わらない。

 しかし現実として大多数の人たちが暮らしている以上、この世界もまた生きていることを示している。

 ならば、必然としてこの世界にも龍脈があり龍穴が存在する。

 後の話は簡単だ。召喚の際に龍穴を利用されたのなら、こちらも同じことをすればいい。

 チラリ、と天誡は周りに気付かれぬように視線を移す。その先には一人の少年。

 

「………………」

 

 その少年――緋勇龍真は無言のままに頷いた。敢えて天誡が言葉にしなかったことで、その言いたいことを理解したのだ。

 エヒトは自分たちを召喚する際に龍穴を利用した。召喚対象が都合よく龍穴の真上にいるのだ。利用出来るのなら利用するのが当然だろう。ならば、こちらも同じことをすればいい。……理論としてはそういうことだ。

 龍真は自然的に生まれた、陽の黄龍の器である。……対し、人為的に生み出された黄龍の器を陰とする。

 そして黄龍の器は、理論上、龍穴の力を自在に操ることを可能とする。

 神とはいえ――そしてそれに相応しき力を持っているとはいえ――異世界に居ながらにしてエヒトは地球とトータスを繋げたのだ。ならば、龍穴という巨大な力の後押しを受ければ龍真に出来ない筈がない。

 その希望を敢えて黙っている理由は様々にある。可能性は可能性でしかない。龍真の負担がどれだけかかるか分からない。等々、例を挙げれば限がない。

 しかし何より大きな理由としては、依存されては困る、ということだ。

 基本的に人間という存在は楽な方に流れやすい。年若い学生であれば尚更だ。

 今の時点で――可能性だけとはいえ――具体的な方法を教えてしまうと、間違いなく貪欲さが欠けてしまう。文字通り死に物狂いで協力してもらわなければならないのだ。

 それ故の黙秘である。

 

「ですが、九角君。イシュタルさんは、人間の力では異世界に干渉するのは不可能だ、と言っていましたが?」

 

 質問をしたのは愛子先生だ。

 

「ええ。ですが、それはあくまでも、この世界の者には、です。上位世界から来た俺たちには必ずしも当てはまりません。

 そして帰還に対するイシュタルの返答も、エヒトの意思次第、という何とも曖昧なもの。……従ったところで帰れる保証はないのですよ」

 

 その言葉にハッとなる一同。

 

「どのみち保証がないのなら、帰還のためには手当たり次第にやれるだけのことをやるしかない。

 俺たちの力はそれぞれの才覚に左右されるし危険もあるが、可能な限りは教えよう。

 また、望むと望まずとに関係なく、時には魔人族と戦うこともあるだろう。

 それらの危険を踏まえた上で、皆には手を貸してもらいたい。……他ならぬ帰還のためにな」

 

 述べて、天誡は頭を下げる。

 やがてポツポツと賛同の声を上げる生徒たち。

 釈然としないのはメイドたちである。救いとして召喚された存在が、救わずして帰る、と言っているのだ。しかしその気持ちは分からないでもない。……それ故の表情である。

 無論、天誡はメイドたちへのフォローも忘れない。

 

「勿論、望むのであればメイドの方々のみならず戦士の方々にも我らの力は教えます。

 そも魔族に関してはこの世界での問題です。戦士の方々も――表向きはともかく――根底では、叶うならば自分たちの手で対処したい、と思っておりましょう」

 

 口から出るのは自尊心をくすぐる綺麗事に過ぎない。しかし、だからこそ針は傾く。何ももたらさずに帰るわけではない……と。

 

「そういうことならば」

 

 とメイドたちも賛同の意を示した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 先ほどまでいた【神山】頂上の聖教教会から場所を移し、一同は麓の【ハイリヒ王国】へとやって来ていた。

 生活の拠点として受け入れ態勢が整っているためである。

 現時点において一同の士気は高い。何せ後がないのだ。猶予はあるとはいえ、それがどこまで機能するか分からないのである。今までの様に、家にいるだけでいつまでも生活出来るわけではないのだ。その時が来れば、否応なくどうなるか分からない。

 だからこそ、生きて帰還するために、という一つの目的に邁進する。それ故の士気の高さだ。

 まず間違いなくその過程に存在するだろう戦闘――生きるか死ぬかも分からない――という現実に直面した際にも、士気を保っていられるかは分からないが……。

 また、あくまでも帰還を第一としていることは、あの時鈴が張った結界内にいた面々しか知らない事だ。対外的には、救いとなるべく召喚された勇者一同、という事実に変わりはない。

 それもあって、特に面倒事も起こらずに事態は進行していく。

 王家の面々や騎士団長に宰相など高い地位にある者の紹介がなされ、現在は晩餐会の最中である。

 神夷京弥は、見た目ほとんど地球の洋食と変わらない料理に舌鼓を打つ。

 

「やあ、初めまして。レオンハルト・ハイリヒだ。以後よろしく頼む」

 

 そんな中、微笑を浮かべて握手を求めてきたのは銀髪青眼の美青年だ。

 

「おう、神夷京弥だ。こっちこそよろしく頼むぜ」

 

 一先ず皿を置いて握手に応じる。

 

「王族の紹介の時、アンタはいなかったと思うんだが?」

「オレは養子だからね。現陛下の祖父の妾筋なんだ。一応王家の血こそ継いでいるものの、継承順位は低いし要職にも就いてない。普段は冒険者として自由気ままにやらせてもらってるよ」

 

 笑みのまま国の汚点になりかねないことをサラリと言う。真実そこに気負いはない。

 

「へえ、冒険者ねえ?」

「ああ。何より実力と信用がモノを言う世界だ。……そんなわけで君の実力が気になってね? こうして挨拶させていただいたわけだ」

 

 ギラつく眼差し。そういった目は嫌いじゃない。

 

「なるほどな。そういう事なら、今度手合わせとしゃれ込むか!」

「全くもって話が早い。君に声をかけて正解だったよ。

 ……と、どうやら義妹(リリィ)が探しているようだ。すまないがこれで」

 

 片手を上げて去っていくレオンハルト。実に絵になる後ろ姿だ。

 

「……おっと、食えるうちに食っとかねえとな」

 

 京弥は再び舌鼓を打つ作業に戻っていった。

 

「…………」

 

 そんなやりとりがされている一方で、料理と聞いて黙っていられないのが優花だ。用意された料理全てを黙々と一皿一皿口に運んでいく。

 正直な話、氣の扱いを覚えたとはいえ、優花は戦闘面で役に立つことは少ない。良くも悪くも彼女の能力は料理特化なのだ。

 しかし、いや、だからこそか。料理に関する事ならばどこまでも幅広い。

 例えば今も口に運んでいる料理だが、それだけで製法が軒並み分かる。調味料の割合や煮込み時間等々だ。レシピも秘伝もあったものじゃない。正しく料理人殺しの能力である。――もっとも、だからと言ってそう簡単に再現が出来るわけでもない。設備もそうだし、何より当人の技量が関わってくるのだから。

 そんなわけで、交流? 何それ? と言わんばかりに優花は黙々と料理を口に運ぶ。異世界の料理、それも王族貴族も食すとあれば尚更だ。

 元の世界でも、上流階級の料理など口に運ぶ機会はない。それが異世界とはいえ、ここまで地球の洋食に似ているのだ。食べずにおけるわけがない。

 一皿口に運んでは、忘れないうちに持ち歩いているメモ帳に書き込んでいく。そしてアレンジ案を書き加える。それの繰り返しだ。

 当然、そんな事をしていれば目立つ。勇者召喚で来たとあっては尚更に。

 

「何やら先ほどから熱心に書き込んでおられる様ですが、見せていただいてもよろしいですかな?」

 

 声をかけてきたのは、五十歳前後と見られる白衣を着た人物。服を見るにおそらくは料理人だろう。年齢と振る舞いから考えるに、相応に立場も高いと思われる。

 優花の行いは料理人のプライドを傷つける行為に他ならない。

 しかし、それを自覚してやっている以上、彼女は悪びれない。罪悪感を覚えることもない。使えるものを使って何が悪いというのか。料理人の端くれとして、ありがたく糧にさせてもらう。ヘタに遠慮をする方が、逆に相手に失礼だ。……とは言え、それで相手が納得するかはまた別問題なのだが。

 

「……ええ、構いませんよ? ああ、ちょっと待ってて下さい」

 

 良く噛み、嚥下してから優花は答える。

 件の人物の目の前で、別ページに料理名、製法、アレンジ案を書き込んでから手渡す。

 

「……申し訳ございません。召喚の際、勇者様方には言語理解の能力が付与されていることを失念しておりました。

 見せていただいて何ですが、私には読めませんな」

「言語理解? へえ、そんなものが……」

 

 言われてみれば納得だ。なまじ言葉が通じ文字が読めるから逆に疑問にも思わなかったが、そもそもここは異世界だ。日本語が通じる方がおかしいのだ。実際は地球人(こっち)トータス人(あっち)は全く別の言語を使っており、魔法陣を通った際に与えられた能力が自動的に変換・翻訳している、というわけだ。……その割には特に何かを消耗しているつもりもないのだが。

 

(後で恵里に精査してもらった方がいいかしら?)

 

 よもやこの能力がエヒトに通じているのでは、と不安を抱くが――

 

(いえ、必要ないわね)

 

 ――それも一瞬の事。すぐに否定する。

 そも現在エヒトはこちらに関心を抱けない。この能力がエヒトによるものなら、既に機能していないはずだ。

 仮にエヒトに繋がっているとしても、その場合は降霊術師――魂魄のスペシャリスト――たる恵里が既に手を打っていないとおかしい。彼女から何の打診もない以上、問題ないと判断していいだろう。

 さて、ではこの言語理解の範囲はどこまでか? 優花は一つ試してみることにした。

 

「ちょっと失礼。……これでどうでしょうか?」

 

 メモ帳を返してもらい、隣のページに全く同じ内容をトータス人に見せる前提で(・・・・・・・・・・・・)書き移し、再度渡す。

 

「はあ? では失礼して。……なんとッ!? 今度は分かりますぞ!」

 

 不思議に思った料理人も、次の瞬間には驚愕の声を出す。

 

(なるほどね)

 

 言葉はまだ分からないが、少なくとも文字については、トータス人に見せる事を前提にしなければ翻訳・変換の対象にはならない、ということだ。

 元より、メモ帳の内容は自分が分かればそれでいい。見せるにしても家族や、同じく料理を嗜む香織や恵里くらいだ。どちらにしても地球人であり、だからこそ最初に見せた際は能力の対象にならなかったのだろう。……更に加えれば――書き移した際に気付いたが――地球とトータスの食材名が並んで浮かび上がったのだ。地球の食材名(トータスの食材名)と言った具合に。地球に帰ってからも問題なく使える仕様である。

 この事実が分かったのは大きい。使い分けを熟すのは大変そうだが、だからこそ熟せれば大きな武器になり得る。

 

「いや、しかし見事なものですな! こうも見事に製法を当てられては、素直に敗北を認めざるを得ません! ……ところで、こちらのアレンジ案ですが、試させていただいてもよろしいですかな?」

「ええ、大丈夫です。……よろしければ、他のアレンジ案も書き移しましょうか?」

 

 晴れ晴れとした笑顔で言ってのけ、次いで茶目っ気たっぷりに聞いてくる料理人。

 優花もまた笑顔で頷き、善意で問いかける。

 

「ほう! それはありがたいッ! ……失礼、お名前を伺ってもよろしいですかな? 私は宮廷料理人を務めております、シェフ・フレンチィと申します」

 

 真面目な顔で出てくる名前がフレンチシェフである。名は体を表すとはこういうことか。

 思わず吹き出しそうになるもそれを耐え――

 

「私は園部優花といいます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ――優花もまた名前を告げる。

 この日この瞬間、世界の壁も年齢の壁も超えた、料理人同士の奇妙な友情が始まった。

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