なにも覚えていないと言うオレの話を真剣に聞いてくれた親子。イザーク・マールス・ディーンハイムとその娘キャロル。
「それは大変だったね。思い出すまでここで暮らすといいよ」
そう笑顔で言ってくれるイザークさん。
「でも、いいんですか? オレは自分でも何者かわかっていないのですよ?」
もし記憶を無くす前のオレがとんでもない存在だったら。そう思うとこの提案を簡単に了承するわけにはいかない。
「問題ないさ。君がどんな人だったとしてもそれは過去の話だ。今の君からはそんな雰囲気は感じられない」
それでも悩むオレを見つめてキャロルが口を開く。
「だったら、ここで料理を作ってよ。パパは料理が苦手なんだ。だから」
家政婦のようなものとして。キャロルはそう言いたいようだ。
「それはいいね。僕が街に行くときにも君がいてくれれば安心も出来るね」
そこまで言われて了承してしまう。
「わかりました。ただし、オレが記憶を戻したとき。危険な存在だった場合はすぐにここを去ります」
遅いかもしれないが、この親子を巻き込んでしまうようなことはしたくなかった。森での狼との戦闘で、普通の存在でないことは確かだったから。
その日はもう遅いこともあり、床につくことになった。今は使っていないという部屋を借りることとなる。
「なにもない部屋で申し訳ないが」
「いえ、ベッドがあるだけでありがたいです」
案内された部屋には客人用なのか、ベッドが置いてあるだけ。他にはなにもない部屋だった。
翌日から目を覚ますと朝食を用意し、掃除や洗濯をして過ごす。家事が終わればキャロルの遊び相手。と言ってもキャロルは基本本を読んでいることが多いので、なにかをするわけではないが。
「毎日なにを読んでいるんだ?」
「錬金術の本だよ。そうだ。一緒に勉強しようよ?」
錬金術がどんなものかわからないオレは、まずはそこからキャロルやたまにイザークさんから教わる。
「ヒカルは覚えが早いな。才能があるんだね」
名前も覚えていなかったオレは、2人からヒカルと名付けてもらった。ヒカル・マールス・ディーンハイム。誰かに聞かれたときはそう名乗るといいとまで言われた。
「ヒカル、ここどういうことかわかる?」
2週間ほどでたまにだが、キャロルに質問されたりもするようになっていた。もちろんオレがキャロルに聞くことのほうが遥かに多い。
「明日はちょっと素材を買いに街に行ってくるよ。留守番を頼むよ」
イザークさんはたまにこうして街に行くようだ。オレが来てからは初めてのことだったが。
「ええ。任せてください」
そう答えたが、何故か胸が騒めくのを感じていた。