イリヤを救う為なんだ! 作:大いなる犠牲
「ほへ~、そりゃ見つからないわけだ。キャスター陣営がこんな民家に身を潜めているなんて誰も思わないもの」
イリヤの案内によって、柳洞寺にほど近い民家に案内された遠坂は感心とも呆れともとれる間延びした息を吐いた。
後衛であるキャスターのマスターはこの冬木の霊地の何処かを拠点にしている筈だとアーチャーに命じて調査させていた自分が恥ずかしくなる。あまりにも姿を見せないものだから何処かの陣営を影ながら支援しているのではと勘繰っていたのだが、まさか何もせずに民家の一つで燻っていたとは流石に予想出来なかった。
「何度も言うけど、シロウにはキャスターのマスターの情報を何一つとして漏らさないで」
「分かっているわよ。此方からも衛宮君の情報をキャスターのマスターに話さなければいいのよね?」
「…もしあの子に何かしたらその瞬間に遠坂とアインツベルンの同盟は破綻すると思いなさい」
イリヤは怖いぐらいの顔をして私を脅しつける。
キャスターのマスターとの関連性は不明だが、彼女の様子を見るに余程大切に思っている存在なのだろう。
「ウル。お姉ちゃんが来たわよ」
コンコンコンと扉を叩いた彼女は慎重にその扉を開ける。
「……ウル?」
扉を開いた時、いつもならあの子が私の胸に飛び込んでくる筈だった。
セラを寄越している時なら、彼女のことだ。予備といえどアインツベルンの代表として出ているウルがそんな幼稚なことではアインツベルンの沽券に関わると厳しく諌めるのだろう。
しかし、セラはバーサーカーの消滅という予期せぬイレギュラーにより現在は私の礼装になるリズの警護をさせている。
キャスターはあれでいて、子供好きだ。
確かに今のウルは精神的な意味合いで危うい状況にある。それでもウルの笑顔の為ならと帰って来た母親に飛び込むぐらいの些事は見逃してくれる筈。つまりウルを止めるものは居ないのだ。
イリヤは腕時計を見て、午後六時と……睡眠薬で強引に眠らせでもしない限り眠らないウルが就寝するにはあまりに早すぎると嫌な汗を流す。
まさか、ウルがそんな。
ありえない話ではないのだ。
イリヤは彼女が戦いに赴くことを快く思っていない。しかし、アインツベルンはさっさと退場して本命であるイリヤが悲願を達成するまで大人しく引っ込んでいろと言うのが実情だ。
イリヤはウルの思いを利用して『母親からのお願い』という形で彼女を家の中に押し止めていた。
だが、先にも言ったようにキャスターは子供好きで、特にウルには実子のように接するほどに甘かった。
それは冬木の地に立ってからより一層強くなったような気がする。
理由は不明だが、もしウルが自発的に「参加権を失っていない自分が大人しくしているのは可笑しいと」戦場へと赴こうとすれば、キャスターはきっと止めはしないだろう。
イリヤには消滅したサーヴァントの霊基が回収されるので、少し前まではキャスターが消滅していないからウルは安全だと一方的に感じとる事が出来たのだが、あの黒い影は私と同じように消滅したサーヴァントの霊基を回収することが出来る。
もしすでに彼女達が黒い影と接触し、キャスターが敗れていてもイリヤには分からないのだ。
ぶわり。と嫌な汗が吹き出る。
「ウル!」
イリヤは居ても立ってもいられずに家の中を探し回る。
凛は突然のことに驚いている様子だったが、直ぐに察したのか私が探す方とは別の部屋を調査し出した。
ここに来て、拡張されたキャスターの工房が恨めしいと感じる。
下手をすればイリヤの拠点とする別荘よりも広いここは、神代の魔女が組み上げた故に、ただ広いだけでなく侵入者を迷わす迷宮と化しており、一度足を踏み入れれば三流の魔術師では帰ることもままらならない魔境と化してある。
イリヤは使い魔を錬金術で産み出して手分けして捜索を続けさせる。
特質上、招かれでもしないかぎりこの手の迷宮は楽に突破出来ない。何度も入ったこともあるイリヤもそれは同じで、気を抜くと使い魔とのパスが切れてしまいそうだった。
「見つけた!」
凛の声だ。
イリヤは全身をバネのように跳ねらせてその声の方向へと走る。
(ウル、ウル、ウル!!!!)
この冬木において間違いなく全力で走ったのはこれが初めてだ。
逸る気持ちを抑えきれないイリヤは凛の立つその部屋へと飛び込む。
「―――ウルッ」
「静かになさい!」
「……え?」
そこで見たのは黒い泥のようなモノに犯させて死んだように眠るウルと鬼気迫る顔で術式を展開するキャスターの姿であった。