イリヤを救う為なんだ! 作:大いなる犠牲
最後まで何も出来なかった。
セイバーに突き飛ばされて、遠坂に庇われて、
二度もその身を死の淵から引き上げられておきながら、抵抗一つ出来ずに黒い巨人に腹を切り裂かれてぶちまける内臓と鮮血。
「――宮君ッゥ!?」
「――ター!!」
耳が遠く……体が寒い。薄れ行く意識の中で少年は思う。
……畜生、と。覚悟を決めてから自分はまだ何もしていないではないかと――それが堪らなく悔しくて目尻に涙を浮かべた。
(ごめんな……親父。約束果たせそうにないや)
最後に浮かんだ義父との約束。
衛宮士郎の原点を回想しながら、意識は闇に閉ざされた。
「…………起きた?」
「……爺さん?」
目が覚めた時、少年は言った。
自身を見下げるあまりにも小さい少女に向けて、衛宮切嗣を重ねながら口にする。
だってその顔はあまりに彼を思い出させるから。
その光のない瞳に映る濁った自分を久しぶりに見たから。
髪の色も顔付きだって別人なのに、どうしてだが士郎には彼女が衛宮切嗣と他人であるようには思えなかった。
「むっ、私の名前はウルだよ?」
少女はウルと言うらしい。目が覚めていきなり爺さん呼ばわりされた事が不服だったのか、頬を膨らまして注意されてしまう。
確かに失言だった。士郎は謝ろうと身体に力をいれるだが鉛のように重く足先の感覚が全くないことに気づいた。
「さっき繋がったばかりだから、暫くは無理かな」
ウルは答える。
「歩け、るのか……?」
「うん、それどころか後遺症もないと思う」
信じれる根拠はなかったが、スッとその言葉は士郎の心に染み渡り無性の安堵感が沸き上がる。
「――ねぇ、おにいちゃんは逃げたい?」
瞳を覗き込まれて彼女は言った。
「セイバーにランサー、バーサーカー、聖杯戦争なんて危ないものから逃げて生きたいとは思わないの?
もし、逃げたいなら……手助けしてあげよっか?」
悪戯っ子のような顔をして笑いかける。
「それは、出来ない」
「なぜ?」
「この戦いを俺は止めたいんだ。例え知らない誰かの為でも、その命が理不尽に奪われるというのなら、俺は守りたい」
それは衛宮士郎が切嗣から受け継いだたった一つの希望だから。例え無謀だとしても彼はその夢を否定したくなかった。
「…………そっか、なら仕方ないかな」
少女は少しだけ悲しそうに瞳を伏せながら、小さい口を開いて綺麗な歯並びを覗かせた。
「少しだけその背中を押してあげる」
ウルの唇が迫る。
「なっ、ちょっ!」
殆ど身動ぎ出来ない士郎は焦ったように言葉を紡ごうとするが、それよりも少しだけ早くに柔らかい唇が薄く触れあって――――離れる。
初めてのキスに思考が真っ白になる中、少女は優しく少年の頭を優しく撫でる。
……いつの間にか意識は混濁として衛宮士郎は瞳を閉じた。
「これなら……英雄の器として耐えられる。
――おねえちゃんを悲しませたらだめだからね」
少女の声は彼に届かない。それでもいいだと彼女は笑う。
「大丈夫。大丈夫………。苦しみも悲しみも何もかも、私が背負ってあげるから」
今は眠っていなさいと彼女は語りかけた。