旅のはじまり   作:白亜迩舞

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「起きた」

「おはようねえ」

 

金髪のエルフが無表情に自らの起床を報告し、すでに朝ごはんを用意していた私がそれに答える。

彼女が「おはよう」と言うことは滅多にない。

一年前から続いている日常だ。

 

「顔洗った」

「うん。もう行くから片付けお願いね」

「……ん」

 

一緒に食べることのできる朝はそう多くない。私は会社員で時間が限られている。朝ごはんの時間は短い。それの用意だって、一人ならもっと短く、あるいはしない日だって多かった。一方で我が家のエルフは……ニートだ。ニートエルフだ。だから朝の準備もゆっくりしているし、朝ごはんはさらに遅い。それでも、決まった時間には起きるのは……偉い。人間とは異なる完璧な美貌と、ぼんやりとした無垢な様子を見ると、無意味に褒めたくなる。

碧い瞳が玄関に向かう私をじっと見ていた。

 

「いってきます」

「……ん」

 

彼女は「いってらっしゃい」も言わない。無口なエルフだ。

 

アパートの外に出ると、すでに目も眩むほどに強くなった日差しが降り注いできた。

今日も殺人的に暑い。

 

 

 

 

 

 

 

最初に言ったが、あのエルフは一年前から我が家にいる。

一年前に彼女が来た。それは、ありていに言えば、私が彼女を拾ったのだ。

一年前、今日みたいな暑い日に、灼けた駅前広場に彼女は一人座っていた。

日傘も差さず。帽子も被らず。暑がっている様子はなく、まるで人形のように無感動に彼女はいた。

それはちょっと異様な光景に見えたが、通りがかる人々は誰も彼女に気付かないようにそれぞれに歩いていた。

実際、誰も彼女には気付いていなかったのだ。なぜなら彼女はエルフで、魔法を使っていた。

私だけが何故か気付いてしまった。

心配か、興味か、私は彼女に声をかけたが、はじめはまともに受け答えしてもらえなかった。

それから、数日をかけて私は彼女と話をして、なんとなく、彼女が私の家に来ることになった。

それが私、一条鞠莉と、アリアというエルフとの日々の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「……ん」

 

私が帰宅の挨拶をしても、当然のように彼女は言葉で返さない。

私を待つように居間のソファーに座ったまま、ただ頷き、そして別のことを口にする。

 

「アリアね、今日はFPSやったよ」

「今日はFPSの日だったか」

「負けた」

「そう」

 

ニートエルフは日がな一日ゲームをしている。そして私が帰るとそれを報告してくる。

アリアはパズルゲームやオフラインRPGなど、一人で頭を使ってやるゲームには強い。しかしアクション系はダメで、対人系のゲームもコミュニケーション力の無さが祟ってか弱い。なので、FPSやった、負けた、はセットの報告で勝った報告は聞いたことがない。人狼のような要素のゲームも、人狼は見抜くが狩るタイミングが悪く高確率で負ける(これは稀に勝つこともある)。

そしてゲームの報告を終えると、彼女はまた黙る。私も特段話すことはなく、着替えてから晩ごはんの準備をする。

しかし、今晩は私は彼女に言っておくことがあった。食卓についたところで、それを口にした。

 

「アリア、私の仕事覚えてる?」

「ん」頷いた。

「うん、芸能事務所の営業のお手伝いだったけど、今日ね、新しいアイドルさんのプロデューサーになることになったんだ。だから、これからは帰りが遅くなることが多くなると思う。帰らないこともあると思う」

 

それは急な話ではなかった。だが、私は不死に近いほど長寿で身体も頑丈だがそれゆえに生きたまま干物になりやすい同居人のことを考え、曖昧に断り続けていた。だが今日になって、新しい子と君の相性が一番良さそうだ、と言われ担当にされてしまった。私は、迷ったが、それを受けることにした。

 

「……アリア? 大丈夫?」

 

居候の彼女に許可を求める必要はないが、連絡するつもりで話した。

だが、彼女はいつものように黙って頷くことすらせず……俯いたまま、食事の手を止めていた。

そのまま、短いようで長い気まずい沈黙のあと、彼女はどこか決断的に私に言った。

 

「明日は帰ってくる?」

「う、うん。たぶん」

「じゃあ、明日話す」

 

久方ぶりの彼女との会話らしい会話は、それで終わった。

何を話すのか。いつものように……率直に言って理解不能な話し方だったが、ともかく、私は明日の夜を待つことにした。

 

 

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