それはある日曜日のこと――
その日、急用を思い出して一度事務所に行って帰ってきた私は、急な雨に見舞われた。
ずぶ濡れで帰ったとき、休日といえば持ち前の怠惰さを遺憾無く発揮してゴロゴロしているエルフの姿はなかった。思い付きでコンビニに行ったのだろうが、おそらくは私と同じ目に会っているのではと思いつつ私はシャワーを浴びることにした。
浴室のドアが開けられたのは、まずは髪を洗っているところだった。
「む、もう髪を洗ってるな」
「アリア? ごめん、気持ちはわかるけどすぐ出るからちょっと待っててね」
「ううん。大丈夫。――私が続き洗ってあげるね?」
「え?」
髪を洗っていた私は視界がきかない。
パタンと閉じられるドアの音。
背後をペタペタと歩き、浴槽を軽く流してお湯をため始める気配。
「はい、手を握っててあげるから座って。あとは私に任せてねー」
「え、ちょっとちょっと!?」
「こら鞠莉、暴れないの。転んだら危ないよー?」
とりあえず視界を回復させて状況を確認したかったが、目の見えない状態で手を取られては身動きもままならない。
結局私は素直にバスチェアに座らされ、彼女の指が私の髪と頭皮をマッサージするように洗いはじめるのを受け入れるしかなかった。
「どういう……こと、なの……っ?」
「んー。いつも鞠莉にはお世話になっているから、恩返し?」
「アリ、ア、が、そん、な……っ」
――誰かに髪を洗われるなんて普段は美容院でわしわしと洗われるぐらいのことで、言葉のとおり、私を労うように丁寧に頭皮をもまれると、正直なところ、頭皮の中身までとろけそうだった。おまけに声も美しいエルフに耳元で甘く囁くように話されては……はじめは抗うように話していた私だったが、結局シャンプーを流される頃には言葉を無くし、されるがままになっていた。
「じゃあ次は身体ね」
「――それは自分でやる!」
しかし背中は彼女に奪われた。
「アリア、変わったね」
「そうかな? ていうかそれどういう意味?」
浮かぶように私は浴槽に入り、私の後から身体を洗っているアリアにそう言った。
「私の髪を洗ったりとか……恩返しとか、そんな面倒なことはしないと思ってた」
「えー、それはひどい。今までだってちゃんと家事を手伝ったりとかしてたじゃない」
「まあ、そうかもだけど」
いや、そうなのだろう。どうにも怠惰な印象が強いが、アリアの根は真面目で献身的ですらあるのだ。
「ありがとね」
「うん?」
「アリア、最近本当に楽しいよ。満たされてるって感じ。いつも一人だと思ってたけど、最近はそう思わない。アリアPのみんなが一緒にいるって、みんなで旅をしているんだって、ちゃんと感じられる。――鞠莉がいるから。鞠莉が約束をしようと言ってくれたから、だよ」
「……そう。どういたしまして、かな。でも、私はたいしたことはしてないよ。――私がそうしたいから、アリアが好きだから、そうしているだけだよ」
「鞠莉……うん、私も鞠莉が好きだよ。だからね」
そこで彼女は身体の泡を流し、浴槽の方を向いてきた。
「今日はいっぱい鞠莉に恩返ししようと決めたの。今日時間あるよね? 出たらちょっと待っててくれる?」
「え、うん。……何をするの?」
問うた私に、彼女は悪戯っぽく笑った。
「秘密。さあ、出て。それとも一緒に入る?」
「い、いや、出るよ」
見上げた彼女の白い裸身に、同性なのに妙な胸の高鳴りを覚えつつ、私は浴室を出た。
服を着て、髪をそこそこに乾かして先に用事を済ませてアリアが出てきたところで――私の記憶は途絶えている。
どうも髪を乾かしたあと耳かきをされてそのまま寝たらしいが――それを考えるだけで背筋にあやしげな電気が走るので考えないようにしている。
(おしまい)
これを書いた理由は、2020/9/6、千条アリアの配信がまた途絶え、またほかの人の配信、Vitual配信全体のことを考えているうちにこのエピソードに結び付いたからです。
とはいえこれをずっと書くべきか悩んだのですが……というあとがきを書こうと思って、やめました。大した内容になりそうになかったので。思いついたら書くかもです。
とりあえず言いたかったのは、私はアリアが好きです。
この小説を書いてもっと好きになりました。それは私の妄想のアリアかもしれませんが、でもそれは、よくあることではないでしょうか?
想像、あるいは妄想が正しくても間違っていても、私は私なりにアリアのことを一生懸命考えています。これはそんなラブレターです。
彼女の旅に幸多からんことを。
そして彼女との再会と、彼女が再び我々の前で歌ってくれることを願って、筆を置きます。