親父に連れられて訪れたその場所は藤の花が咲き乱れ穏やかな風が吹くとても綺麗な庭だった。
「産屋敷耀哉様だ。
そう紹介されたのは振袖姿の少女。真っ直ぐとした黒髪がさらさらと風に揺れる姿は、絵巻物から出てきたかのように艶やかだ。
少女は俺と真っ直ぐ目を合わせるとふわりと笑みを浮かべたが、俺にはどこか不自然に感じた。なんというか形ばかりの笑顔……例えるなら〝面を付けている人間と話している〝そんな気分だ。
そう心の中で結論付けたと同時に親父に小突かれた。「さっさと挨拶をしろ」そう言いたいのだろう。
「
事前に教わった通り片膝をつき、頭を下げるとくすりと笑う声がした。
「そんなにかしこまらないでほしい。君とは友達になりたいんだ」
顔を上げれば首をかしげながら困ったように笑う姿が目に映る。
この表情をさせたのは俺なのだが、先ほど見ていたものよりこちらの方がずっといい。
それにしても刀と友達になりたいなどと不思議なことを言う少女だ。
「耀哉様、道具に対してその様なこと……」
「おや、貴方と父上は友人関係だというのに私たちは駄目なのですか?」
"にっこり"まさしくそんな表現が合う笑顔を向けられ、諌めようとした親父がたじろぐ。言葉こそ穏やかだが、少女自身に退く気がないことは雰囲気から充分に理解できた。
(また能面かぶったみたいな顔してるな……)
正直この顔は好きじゃない。さっさと会話が終わればいい……そう思いながら傍観に徹していると、親父が小さくため息を吐き肩を落とした。
「まだ幼いというのにお父上にそっくりですね。王葉を友に、と仰るのでしたらお館様に許可を頂いてください。それさえあれば、私も何も言いません。まあ、すでに話は通していらっしゃるのでしょうけど」
「はい、父には既に好きにしていいと言われています」
「……だと思いましたよ。まったく、刀に人間らしさを求めるどころか友にと望まれるなんてつくづく産屋敷家は酷なことを仰る」
額に手をあてて小さく呟く親父の姿はどこか疲れて見える。
その一方で少女は嬉しそうにこちらを向き、手を差し出した。
「これからよろしくね。僕のことは耀哉と呼んでほしい」
「あ、ああよろしく。俺のことは好きに呼んでくれ」
手を握りながら、そう答えると少女は心底嬉しそうに笑った。
何がそんなに嬉しいのか、その理由はしばらく交流を続けていたらなんとなく理解した。
少女……いや、耀哉は自由に外を出歩くことが出来ないから誰かと接する機会が殆ど無い。
誰かと接する機会があったとしても、それは大人ばかりな上に耀哉自身を訪ねてくる人間は医者か産屋敷家当主としての教育を施す家庭教師のみ、しかも耀哉には兄弟がいない。
まあ、修行に明け暮れる日々を送っていた俺も似たような環境ではあったのだが外出するくらいの自由はあったので比較的恵まれてた。
そんな環境でも耀哉が不満を口にすることは無かったが、年の近い友達と話をしたり、外に遊びに行きたいとの希望が心の底にはありそうだった。
なにせ時々寂しそうに外の景色を眺めている。本人は気付いてないようだが……
だから耀哉に俺はある日、「外に遊びに出かけて見ないか?」と誘ってみたのだ。
「え、外にかい?」
少し戸惑った様子で聞き返されたが判断の早い耀哉が否定の言葉を紡がないということは、やはり俺の予想は正しかったのだろう。
「屋敷にずっといても退屈だろ?折角だからたまには外に行こうぜ」
幸い屋敷のまわりは自然が豊かで、森の中には至る所に沢や穏やかな清流がある。
そこなら耀哉を連れていっても問題ないだろうし、屋敷の中と違って釣りなども楽しめる。
そう伝えれば耀哉は軽く目を見開いた後に嬉しそうに是と返した。
「よし決まり!善は急げだ。親父や御当主に見つかる前にさっさと行こうぜ」
初めて2人で外に出かけたその日は軽い探索しか出来なかったがそれでも耀哉には充分だったようで……
「知識としては知っていたけど、やはり実際に触れてみるのとでは全然違うね」
嬉々としてそう語る耀哉の姿に俺は思わず吹き出してしまった。
そんなに喜んでもらえるのなら虫取りや魚釣りをさせたらどうなるのだろうか。
「急に吹き出してどうしたんだい?」
「いや、いつも見てるのよりずっと良い顔してるからさ…… いつもの能面みたいな笑顔よりずっと良い」
思ったことをそのまま伝えれば耀哉は目を見開いた後、軽く吹き出した。
「さすがに’能面みたい‘というのは酷くないかい?」
「出会ってから結構時間が経っているに友人に対して、全く素を出そうとしない相手よりマシだろ」
「ふふっ、本当に酷いね……」
言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う耀哉。その言葉は耀哉自身と俺の言い種の両方にかけられていた。
「今日はとても楽しかった。また外に連れ出してほしい」
「ああ!屋敷の中じゃできないこと、たくさんやろうぜ!耀哉も行きたいところがあったら遠慮なく言えよ。友達なんだから」
「っ!?……うん」
ちなみに耀哉を連れ出したことはしっかりバレて当然の如くこっぴどく叱られた。
でも後悔はない。その出来事を境に言いたいことを言える仲になったのだ。
まあ、出かけるときに少々無茶な要望を突きつけられることもあったが、いい思い出だ。
あと俺の親父も同じことをしていたことが数年後に耀哉の親父さん経由で発覚した。
そんなこんなで、お互いそれなりに多忙ながらも交流を深めていった。
そしてーー時は流れ、耀哉が産屋敷家当主となった年。
俺は鬼殺隊の最終選別を受けるため、藤襲山を訪れた。
藤襲山に着いた途端、周囲から浴びせられる無遠慮な視線。
自分の格好が珍しい自覚はある。なにせ皆が当たり前のように所持している日輪刀はなく、代わりに具足を身につけている。そのうえ総面で顔を覆っているのだ。
具足は親父から借り受けたものだが、面は選別に向かう直前に耀哉から貰った。
「王葉は拳と蹴りを主として戦うのだから顔を守れるものがあった方がいいと思ってね。少し目立っちゃうけど丈夫さは保証するから使ってほしい……気をつけてね」
耀哉の言うことは最もだし間違いなく丈夫な面だということは着けていてわかるが、それにしたって少々厳つすぎやしないだろうか……もう少し地味な面でもいいと思う。
「おい、なんだあいつの面……」
「いやそれどころか、日輪刀すらもってないぜ」
いよいよヒソヒソ話まで始まる始末。そしてそれは選別が始まるまで続いた。
俺のことを気にする余裕があるなら、自分の心配しろよ命がけなんだから……
▪︎ ▪︎
「そろそろ始まる頃だね」
鬼殺隊当主 産屋敷耀哉は仕事の手を止め、選別に向かった友のことを思う。
彼が最終選別を生き残るのに十分な実力を有していることは知っているので心配はない。
王葉はあの『虚刀流』を継ぐ者なのだからーー
『虚刀流』の名が日の目を見たのは初代
なにせ磐石と言われた尾張幕府の八代目将軍暗殺をたったひとりで成したのだ。
将軍の息子が九代目を継ぎ、将軍の死については秘匿されたが政府の守りを固めていた者たちは悉く死亡。これを機に幕府は弱体化の一途を辿り、やがて討幕された。
鑢七花がいなかったら日本は今も幕府によって統治されていただろうと言われるほど、後の歴史に大きな影響を与えた大事件。
暗殺を成した直後、鑢七花は当然の如く追われた。
八代目将軍暗殺の犯罪者を断罪しようとするもの、彼の実力を見込み己が従僕としようとするものと方々からーーだが彼はその全てを跳ね除け産屋敷との縁を結んだ。
当時の産屋敷家当主と鑢七花は主従ではなく、あくまで友という間柄だった。
それが代を重ね、いつしか産屋敷と鑢は友であり主従となったが縁は今も続いている。
「選別を終えて帰ってきた君はどんな話を聞かせてくれるのかな」
唯一の友の帰りを思い耀哉は顔を綻ばせる。
彼と出逢ってから十年以上の月日が経ったが出会った日のことと初めて外に出かけた日のことだけは今でも鮮明に思い出せる。
王葉の第一印象は碧眼のーー人形のように美しい少女。
まるで作り物のような姿には僅かながら心惹かれるものがあった。
耀哉は王葉に笑顔を向けるーーそうすれば皆、雰囲気が和らぐことを知っている。
ところが、耀哉の笑顔を見た王葉は雰囲気を和らげるどころか固くしたのだ。
膝を折って挨拶する王葉という存在は産屋敷耀哉に対して敵意を抱いている様子はないが良い印象でも無い。
このままでいるのは嫌だーー彼女とは己の父と彼女の父親と同じように友になりたい。
そう思い、友になりたいと告げ手を差し出すと戸惑いながらも応えてくれた。
良かった……嫌われてはいないようだ。
初対面で嫌われてしまったら、ふたりのようになるのは難しい。
これから仲良くなれるよう頑張ろうーー
そう思ったは良いものの、交流を重ねても王葉の雰囲気はあまり柔らかくならなかった。
それどころか初対面のときと同じような反応、いや嫌悪されていると感じるときがあった。
己が気付かぬうちに王葉の心を傷つけるようなことをしてしまったのだろうか……王葉
好かれるように接している筈なのにーーそれなのに全然仲良くなれない。
あまりに原因がわからず、当時まだ存命だった父に相談してみても「そのうち分かる」と返されるだけだった。
原因はある日突然ーー王葉が初めて外に連れ出してくれた日に分かった。
〝いつもの能面みたいな笑顔よりずっと良い〝
鑢王葉は最初から見抜いていたのだ。
産屋敷耀哉の表情が作られたものであることをーー
鑢王葉はずっと不満を抱いていたのだ。
産屋敷耀哉の言葉には心魂がなかったことをーー
衝撃的だった。
己はいずれ鬼殺隊を背負い全隊士の父となる。
そのようなことを求めるものはいなかった。
〝遠慮なく言えよ。友達なんだから〝
嬉しかった。
鑢王葉がくれた言葉は本当に嬉しかった。
あの日、己はかけがえのない友を得た。
「早く帰ってくるといいな……」
ふと口からこぼれ落ちた言葉は、友の帰りを楽しみに待つひとりの男の言葉だった。
〜明治コソコソ噂話〜
鑢王葉と産屋敷耀哉は初対面の時、お互いを女の子だと思っていたよ。
その誤解が溶けるのはふたりが出会ってから数年後だよ。
誤解が解けたきっかけについては
機会があったら語られることもあるかもしれないね!