鬼殺語   作:風船

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赫灼のソウ 〜上〜

 今現在、炭治郎は“ときと屋”に潜入していた。

 潜入時、変装のためにと宇髄から化粧を施された。しかし不細工すぎると、女将に早々に落とされてしまった。そして額の傷のことが露見した。

 額の傷を見た彼女の怒りを凄まじかった。その際、引っ張られた前髪がすべて抜け落ちるかと思うくらいだ。楼主が女将をなだめてくれなかったら、今頃どうなっていたことだろうか。

 

 額に傷なんてあったら遊女としては売り物にならない。かといって、何もさせないわけにもいかない。せめて代金分は働かせなくいてはならない。そう冷静になった女将が、炭治郎に命じたのは雑用全般だった。

 

「炭子ちゃん、ちょっとあれ運んでくれる?人手が足りないみたいで……」

 

 炭治郎が洗濯物を畳んでいると、姐さんが荷物運びを頼みにやってきた。

 

「わかりました!鯉夏花魁の部屋ですね。すぐ運びます」

 

 炭治郎も笑顔で答える。まだ見世にきてから、一日しか経っていないにも関わらず、既に炭治郎は仕事が早くて真面目な“炭子”として見世の女性たちから便りにされていた。

 

「炭子ちゃんよく働くねぇ」

 

「白粉をとったら額に傷があったもんだから昨日は女将さんが烈火の如く怒っていたけど…」

 

「はい!働かせてもらえてよかったです」

 

 炭治郎は気が付いていないが、額に傷がある女はそのまま切見世に堕とされてもおかしくない。ときと屋で働かせてもらえるのは、本当に運が良いことなのだ。しかし炭焼きを生業にしていた炭治郎が知る由もなかった。

 

 炭治郎は頼まれた仕事をこなすべく、意気揚々と大量の荷物を抱えて部屋を出る。

 その様子を見た姐さん方からは、若干驚かれていたが──

 

 

 

 鯉夏の部屋では可愛らしい禿が二人、こそこそと噂話をしていた。

 

「“京極屋”の女将さん、窓から落ちて死んじゃったんだって怖いね。気をつけようね」

 

「最近は“足抜け”していなくなる姐さんも多いしね。怖いね」

 

 隅でこそこそと話をしているが、部屋の中にいる者には丸聞こえである。

 

「“足抜け”って何?」

 

 炭治郎は、話をしている二人の間に顔を出して尋ねる。すると驚きの声が上がった。どうやら話に夢中で、部屋に人が入ってきたことにも気づいていなかったようだ。

 

「えーー炭ちゃん知らないのぉ」

 

「すごい荷物だね!」

 

「鯉夏花魁への贈り物だよ」

 

 贈り物は炭治郎の身の丈をゆうに超える量だ。

 

「こんなにたくさん!高価なものや大きいものを贈ればいいわけじゃないのにね」

 

「ほんとね。他の男の人も王葉さまを見習ってほしいわね」

 

 禿たちは、鯉夏花魁への贈り物の山を見て不満そうに頬を膨らませている。

 

(王葉さま……?)

 

 王葉の名前が禿の口から出たことに炭治郎は思案する。

 よくある名前でもないため、炭治郎の見知った人物と同一である可能性が高い。しかし、一体どうして彼の名前が遊郭で出るのだろうか。

 

「そうそう“足抜け”っていうのはねぇ、借金を返さずにここから逃げることだよ。見つかったら酷いんだよ」

 

「そうなんだ……」

 

「好きな男の人と逃げきれる人もいるんだけどね。こないだだって須磨花魁が……」

 

(須磨!宇髄さんの奥さんだ……)

 

 王葉の名前が出たと思ったら、それよりも優先すべき事柄が禿の口から出てきた。

 

 王葉のことは気になる。けれども須磨についての情報を優先するべきだ。そう考えを改めて、禿たちに須磨のことを聞こうとした時……

 

「噂話はよしなさい。本当に逃げきれたかどうかなんて……誰にもわからないのよ」

 

「はぁい」

 

 いつの間にか部屋の入口にきていた鯉夏花魁に、水を差されてしまった。鯉夏の声音はとても優しい。叱られたというのに禿たちの返事は実に気が抜けていた。鯉夏と噂好きの禿とのやりとりは、日常茶飯事なのだろう。

 

「運んでくれたのね。ありがとう。おいで」

 

 鯉夏は贈り物を運び入れた炭治郎を呼び寄せる。

 

「はい」

 

 炭治郎が側に寄ると、彼女は優しく手を取って、とてもいい香りのするお菓子の包みを握らせてくれた。

 

「お菓子をあげようね。ひとりでこっそり食べるのよ」

 

 荷物を運んだだけでお駄賃をもらってしまった。

 お菓子をくれたのは、鯉夏自身が優しいというのはあるだろうが、子供扱いをされているようで少々照れ臭い。

 

「わっちも欲しい」

 

「花魁、花魁」

 

「だめよ。先刻食べたばかりでしょう」

 

 自分もお菓子が欲しいとおねだりする禿たちと、それを窘める鯉夏。その態度や言葉遣いは、炭治郎にお菓子を握らせてくれたときと同様に見えるので、やはり子供扱いされている……ってそうじゃない。今は、花魁と禿の戯れを見ている余裕なんてないはずだ。

 

「あの…“須磨”花魁は足抜けしたんですか?」

 

炭治郎が意を決して須磨についてのことを尋ねると──

 

「!…どうしてそんなこと聞くんだい?」

 

 鯉夏から若干険しい視線を向けられた。

 

(警戒されてる。うまく聞かないと須磨さんのことを)

 

 それもそうだろう。昨日妓楼にやってきたばかりの娘が、花魁の足抜けに興味を持つなんて不自然だ。

 

「ええと…」

 

 炭治郎は鯉夏と禿たちから視線を向けられ、たじたじになる。どうしよう上手い言い訳をしなくてはて必死に考えた結果は──

 

「須磨花魁は私の…私の…姉なんです」

 

 言い訳としては悪くない。しかし表情が明らかに不自然。炭治郎の顔はおたふくの仮面にそっくりだ。

 炭治郎の表情を見て禿たちは怯え、大抵のことでは驚かない鯉夏でさえも若干顔を青くしている。

 

「姉さんに続いて、あなたも遊郭に売られてきたの?」

 

 普通だったら炭治郎の不自然な表情を見たら詰問されてもおかしくない。

 そのことには触れず、会話を続けてくれる鯉夏はとても優しい。

 

「は、はい。姉とはずっと手紙のやりとりをしていましたが、足抜けするような人ではないはずで……」

 

「そうだったの……」

 

 炭治郎の言い訳を聞いて、深く突っ込まずに何かを考えるように目を伏せる鯉夏。

 

「…………」

 

 炭治郎は、この場の沈黙が痛いと感じていた。しかし、いま自分から言葉を発すると墓穴を掘る可能性が非常に高い。それくらいは自覚しているので必死に無言を貫く。

 

「確かに、私も須磨ちゃんが足抜けするとは思えなかった。しっかりした子だったもの、男の人にのぼせているような素振りもなかったのに、だけど日記が見つかっていて、それには足抜けするって書いてあったそうなの……捕まったという話も聞かないから、逃げきれていればいいんだけど……」

 

 しばらくの後、鯉夏から語られた情報。それは須磨がいなくなったのは鬼の仕業だと確信させるには十分なものだった。

 

(“足抜け”……これは鬼にとってかなり都合がいい。人がいなくなっても、遊郭から逃亡したのだと思われるだけ……日記はおそらく偽装だ。どうか無事でいてほしい……必ず助け出すから、須磨さん……‼︎)

 

 捕まった……すなわち目撃情報がないということは生存の望みはまだあるはずだと、炭治郎は須磨を助け出す決意を胸に小さく拳を握った……のだが──

 

「そうよね!誰しもが鑢さまと鯉夏花魁のように気兼ねなく逢瀬を楽しめるわけじゃないものね」

 

 そんな炭治郎に横やりを入れるかのように、気になる話題が禿の口から飛び出した。

 

「でも王葉さまはとっても忙しいから、いつでも花魁との逢瀬を楽しめるわけじゃないけどね!」

 

「でもでも鑢さまは見世にいらっしゃらなくても仕舞をつけてくださるじゃない!他の方はそんなことしないわ!」

 

 “鑢王葉”なんて変わった名前、同姓同名の人間はそうそういるとは思えない。だが禿たちが会話からは件の客の、人となりがわからない。

 

 名前だけで鬼殺隊の隠頭領と同一人物と決めつけるのは早急だ。

 

「好きな人にそんなことされたら寂しいわ!イケずだわ!」

 

 盛り上がっているところに割り込むのは気が引ける。けれども確かめないわけにもいかないと炭治郎は口を挟む。

 

「その“鑢様”って誰?それに“仕舞”って……?」

 

「炭ちゃんったら、そんなことも知らないのね!“仕舞”っていうのはお金をたくさん払って遊女の一日を買い切ることだよ」

 

「“鑢さま”は鯉夏花魁のイイヒトの名前よ!」

 

 意を決して口を挟んだら、とんだ爆弾発言を喰らってしまった。

 遊女の、それも花魁の一日を買い切るなんて一体いくらかかるのか。しかも、花魁の一日を買い切っておきながら見世に来ない……いや、忙しくて来られないのだとしてもそんなお客は中々いないであろう。

 それくらいは炭治郎にでさえ分かる。そしてもっと気になる単語が出てきた。

 

「イイヒトって……ええっ!?つまり鯉夏花魁の“恋人”ですか?」

 

 “あの鑢さんと!?”と喉元寸前まで出かかったがなんとか抑え込む。まだ決まったわけではないし、口に出してしまえば、完全に怪しまれて潜入捜査がし辛くなることは確実だ。

 

「ふふっ……遊郭では、お客様と遊女は疑似的な夫婦になるから“恋人”ではなく“間夫”というのよ」

 

 鯉夏は炭治郎の言葉の表現を正しただけで否定しない。その上、口元を綻ばせていて頬もほのかに赤い。そんな様子を見ていると炭治郎の方までなんだか気恥しい気分になる。

 

「……どんな、方なんですか?」

 

「ふふっ、鑢様はね──」

 

 炭治郎は鯉夏の熱がうつったかのように顔を赤くさせた。そして彼女の“間夫”についての情報を聞き出そうと先を促す。先ほどと異なり不審がられることもなく、鯉夏は件の男性について話し始めた。

 どうやら炭治郎が顔を赤くして質問したのが功を奏したのか、鯉夏は、年頃の子が色恋に興味を持ったが故の質問だと受け取ったようだ。

 

 鯉夏から話された内容を軽くまとめるとこうだ。外見的特徴は六尺を超え、青い目が印象的で腰元まである長い髪の男性。

 鯉夏が花魁になるよりも前に出会い、最初は共寝をするだけの間柄だった。

 何度か逢瀬を重ねるうちに、鯉夏は段々と王葉に惹かれるようになったが、肝心の王葉の方は“そういう”素振りを全く見せなかった。

 鯉夏はそんな日々を悶々と過ごしていた。しかし、ある日痺れを切らした鯉夏から誘いをかけたことで、晴れて現在のような関係になれたのだという。

 

「あまりにも何もしてこないものだから、私に魅力がないのかと一時は落ち込んだりもしたわ」

 

 炭治郎はどんな人かを尋ねただけなのに鯉夏は馴れ初めまで話してくれた。

正直なところ、外見的特徴を聞いた時点で炭治郎の知る人物で同一である確証は得られた。でも炭治郎は鯉夏の惚気話を遮りはしない。

 鯉夏の話を遮らない理由は、炭治郎から王葉のことについて尋ねたというのもあるが、あまりにも幸せそうに王葉のことを語るものだから炭治郎まで温かい気持ちになってしまい、つい聞き入ってしまったのだ。

 

「へえ、鯉夏花魁は鑢様のどんなところがお好きなんですか?」

 

 それに加えて、他人の幸せな様子を見たり聞いたりするのが好きというのもある。

 

「優しくて、思いやりがあって、でもたまに言葉が足りなくて、相手を誤解させてしまう不器用さも持っているところね。それに、彼と初めて出会ったときに子供っぽいやりとりをしたこともあって、お互い気の置けない関係でいられるから一緒にいると、とても気が休まるのよ」

 

 炭治郎にお菓子をくれたときは、大人の女性といった感じだったのに、今の鯉夏は完全に恋する乙女の顔をしている。とても可愛らしい。

 

「いいなぁ花魁……王葉さまは私たちにもとても優しくしてくれるけど、花魁は“トクベツ”だものね」

 

「わっちも、鑢さまのような人と出会えるかなぁ……」

 

 禿たちは、幸せそうに話をする鯉夏に羨望の眼差しを向けて呟く。

 

「一生懸命努力すれば会えるかもしれないわ。さあ、お話は終わりよ。夜見世の準備を手伝って頂戴」

 

 鯉夏は最後にくすりと笑顔をこぼすと、ぱんっと手を叩いてそう言った。

 

 

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