鬼殺語   作:風船

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狼煙

 

 

 

 鯉夏は、部屋でひとり鏡を見つめながら物思いにふけっていた。

 王葉が、そう簡単に人に言えないと仕事をしているのだと気付いたのは偶然。

 

 最初に不思議に思ったのは、服の上からでは分からない、それでいて明らかに故意につけられたのだと、わかる箇所に傷跡を見つけたときだった。私生活にまで踏み込んだことを尋ねるのは失礼だから、傷跡は見なかったふりをした。でも、しばらく傷のことは頭から離れなかった。

 

 そして傷跡の記憶が朧気になった頃。鬼狩りの存在を知った。

 

 化け物退治をする気狂いの集団がいると、とある軍人が酒に酔った勢いで自慢気に語ったのを覚えている。最初は酒に酔ったが故の虚言だと思った。けれどもそれを否定するかのように、別の日に茶屋のお婆さんから話を聞かされた。この国には古くから人喰い鬼がいて、鬼から人を守るために鬼狩りがいるのだという話。

 

 それでも半信半疑だった。

 

 ある日、吉原の外れに死体があがった。その死体は臓物が欠損しており、獣に噛まれたかのような跡がついていた。吉原の周囲には人を襲うような獣は生息していない。

 

 そんな不自然な死体があがった後、しばらくの間、帯刀している黒い服の男たちを見かけるようになった。

 

 刀を上手く隠しているつもりのようだったけれど、歩き方が不自然だったから気付いた。廃刀令が施行されているこの時代、軍人以外が帯刀することは禁止されている。それでも帯刀している人が、複数いた。しかも皆、似たような格好をしている。

 その後、何度か死体が上がったり、不自然に行方不明者が出たりして、そのたびに黒服の人たちを見かけた。そうして次第に鬼と鬼狩りの存在を信じるようになっていった。

 

 王葉が鬼狩りと関わりがあると勘付いたのは、禿が吉原から足抜けした遊女が出たのだという話をしたとき。

 

 足抜けした遊女たちは、何の痕跡も残さず、まるで神隠しにあったかのように姿を消したのだと禿が語った際、突如として王葉の目付きが、見たことも無いほど鋭くて、冷たいものに変わった。深い仲である鯉夏が気付けたのが奇跡と言えるほど一瞬だったけれども、関わりがあるのだと察するには充分だった。

 

 最も、その後は全くそんな様子は見せなかったのだが──

 

 それから時は流れて須磨が“ときと屋”へやってきた。

 芯の通ったしっかりした子が、どうして売られてきたのかと最初は疑問だった。しかし何かを探っている素振りをしていたから、特別な事情があることはすぐに分かった。

 須磨のことを女将さんに相談するか迷ったりもしたけれど、仕事は真面目にこなしていたし、見世の人間に害意があるようには見えなかったので、好きにさせておいたら急に姿を消してしまった。

 

 須磨が姿を消して間もなく、炭治郎が“ときと屋”にやってきた。

 “炭子”と名乗ってはいたけれど、明らかに男の子だと分かる体格と声。それに加えて、とても力持ち。きっと楼主も女将さんも“炭子”が男の子だと気づいているに違いない。

 炭治郎が鬼狩りと気付いたのは歩き方のせいだ。本人に自覚はないようだったけれど、過去何度か吉原で見かけてきた鬼狩りと同じ不自然な歩き方をしていた。

 

 ただ、それだけで決め付けてはいけないと、カマを掛けてみたら──

 

「まさか、あんなに簡単に、それも王葉と関係があることまで炭ちゃんが話しちゃうなんて思わなかったけれど……」

 

 あんな子供騙しに引っかかるなんて、正直すぎて少し心配になってしまう。でも、だからこそ本音を見抜かれてしまうなんて思わなかった。

 

 “嘘、ですよね?”

 

 そう言われたとき、鯉夏は身体の芯に響くほど心臓が大きく鳴ったのを感じた。

 嘘ではない。嘘ではないのだ。両親と一緒に暮らせるようになるのは本当に嬉しい。けれども鯉夏の心の中に、王葉の存在は大きすぎる。

 

「王葉、貴方のことが好き。好きよ。好き。ずっと一緒にいたい」

 

 誰に聞かれることもない。それ故に素直な気持ちが口からこぼれる。

 

 鑢王葉。彼といると心が温かくなった。

 嫌いだった夜が好きになった。

 いつもは待ち遠しい朝が、王葉と一緒にいるときはうらめしかった。

 一度離れてしまったら、途端に貴方は私の夫ではなくなる。

 

「でも、口に出して言うことは出来なかった……」

 

 想いを誓って証を立てれば、疑われるのが遊女の常。

 だから彼が見世を出る時にじっと見つめて手を握る。握り返してくれれば、また会える。いつしかそれが二人だけの合図となった。

 

 好いて好かれた人がいる。こんなにも幸せなことはない。

 

 吉原に来た頃から楼主も、女将も、姉女郎も、客でさえも、嘘でも笑えと私に言った。でも王葉は私の本音を見抜いた。彼だけは無理をするなと言ってくれた。

 

 初めて“心”を見せた人だった。

 

「私が攫ってと言ったら、貴方は叶えてくれるのかしら……」

 

 そんな淡い希望を抱いてしまうほど、王葉のことを想っている。けれども彼の立場を考えるのなら、言うべきではない。

 王葉は鬼狩り関係者。多くのものを守らなければならない。自分ひとりのわがままで、彼に負担はかけられない。かけたくない。

 

「貴方と“誠の誓い”を立てられたのなら、私は死んでもいいと思えるほど王葉が好きよ」

 

 今は、ひとりきりだし、そう呟くくらいは許して欲しい。

 

 そんな風に自嘲の笑みを浮かべていたら、開いていた窓からそよ風が吹いてきて、人影が差した。先ほど出て行った炭治郎とは明らかに異なる影。

 

「ふんっ!間夫に入れ込むなんて二流の遊女がやることよ。遊郭に来るような男なんて、騙して金だけ払わせておけばいい話」

 

 振り返ると、そこには見知った顔の女性が立っていた。“京極屋”のお職である蕨姫花魁だ。

 どうして彼女が鯉夏の部屋にいるのか。なんとなく察しはついている。けれども、それ以上に気になることを言われてしまった。

 

「間夫を信じて、入れ込む。それの何が悪いの?それに私は彼を騙したくないし、騙されてくれるような人でもないの」

 

 鯉夏は蕨姫の方に身体を向け、姿勢を正す。そして真っ直ぐと見つめれば、“蕨姫”改め“上弦の陸”堕姫は忌々しいとばかりに舌打ちした。

 

 堕姫は約十年ごとに姿や年齢、名を変えて日本各地の色街に紛れ込こんできた。今まで遊女に本気になる男も、男に入れ込んで身を滅ぼしてきた遊女も大勢目にし、その度に馬鹿だと嘲笑ったものだ。その中には遊女の最高位である“花魁”だっていた。だから鯉夏も身を亡ぼす類の女だと思っていたのに……

 

「こんな頭の中が、お花畑な女が番付で私と並び立つ遊女だなんて、男って本当に馬鹿ね!」

 

 大抵の遊女は男に入れ込んだら、のぼせ上って、その男以外は考えられなくなって、他の客を蔑ろにして、落ち目になって死んでいく。

 鯉夏は騙されるような可愛げを持たない男に入れ込んでいる。その自覚があって、それでも幸せを感じている。けれどものぼせ上ってはいない。だから他の客を蔑ろにすることもなく、落ち目にもならない。それどころか番付では蕨姫と並ぶ人気がある。堕姫にとって、それは酷く不愉快なことだった。

 

 私は一度たりとも男に入れ込んだことなどないというのに──!

 

「アンタの間夫は仕舞だけは付けて、登楼しないなんてこともザラだって話じゃない!それなのに身請けはしない。アンタ遊ばれてんのよ!」

 

 その不愉快さに拍車をかけているのが、相手の男。金だけ払って責任は取ろうとしない最低野郎。最高位の遊女が、そんな男に惚れるなんて馬鹿げている。

 

「ふふっ、そうかもしれないわね。でも貴女には関係のない話でしょう。だってこれは彼と私との問題なのだから……」

 

 鯉夏は堕姫の挑発も軽く躱して笑う。

 

 ここ吉原は常世の叫喚地獄。欲に塗れた人間が集う掃き溜めみたいな場所。そんなところで幸せそうに笑う鯉夏の姿も、堕姫は心底気に食わない。

 

「それよりも何か用事があるから、ここに来たのではないの?」

 

 鯉夏は凛とした態度で用件を尋ねる。

 

「その余裕ぶった態度、本当に腹が立つわね……でもいいわ、どうせアンタは私に食べられる。親元身請けの遊女なんて、いついなくなるか分からない。だから確実に吉原にいる間にさっさと食べておかなきゃね」

 

「私を、食べる……?」

 

 堕姫の言葉を聞いた鯉夏は、顔を蒼褪めさせて後退りする。が、すぐ化粧台に当たって下がれなくなってしまった。

 

「貴女は一体……」

 

 先ほどとは打って変わって、余裕のない鯉夏を見て、堕姫も少しは溜飲が下る。そうだ。それでいい。獲物は獲物らしく振る舞うべきだ。

 

「そんなの知る必要なんてないわ。アンタは怯えて、震えて、でも誰も助けに来てくれなくて、絶望しながら死んでいくのよ」

 

 もっともっと怯えて己の嗜虐心を煽ればいいと、舌なめずりをしながら堕姫は嗤う。

 

「そう……でも大人しく食べられるわけにはいかないの!」

 

 鯉夏から怯えの色が消える。

 

「はあ?何言って……ってきゃあ!」

 

 突如、堕姫の顔に水がかけられた。その水は不快な匂いを漂わせ、濡れた皮膚は爛れて焼けるように痛い。それは藤の花の毒によって引き起こされた症状だった。

 

「……鬼が藤の花を苦手としているって話は本当だったのね」

 

 堕姫の様子をまじまじと見て、感心したように言う鯉夏。その手には王葉から貰った藤の香水瓶が握られていた。

 鯉夏が聞かされてきた鬼の話。その中にはと鬼が厭うものの情報もあった。太陽の光と藤の花だ。

 眉唾かもしれないけれど、もしもの時に自衛ができるようにと、王葉から貰った香水は一切使わずにとっておいたのだ。

 王葉は贈り物をしてくれるとき、必ずと言っていいほど“好きに使え”と言うのに、香水を渡されたときは“上手く使え”なんて言っていた位だし、そのために贈ってくれたのだと鯉夏は確信していた。

 

「アンタ!なにすんの……」

 

「鯉夏さん!ご無事ですか……っ!?お前、鯉夏さんから離れろ!」

 

 堕姫が怒りに任せて鯉夏に襲い掛かろうとした瞬間、鬼の匂いを嗅ぎつけた炭治郎が現れ、ふたりの間に割って入ろうとする──が、その前に堕姫の帯によって、見世の外にはじき飛ばされてしまった。

 

「邪魔すんじゃないわよ!よりにもよって、こんな時に鬼狩りが出てくるなんて最悪よ!」

 

 さっさと鯉夏を喰らって退散するつもりだったのに、今や堕姫の機嫌は最悪だ。どいつもこいつも堕姫の邪魔ばかり、全員まとめて殺してやる。

 

「まずは五月蠅い鼠の方から始末してあげるわ」

 

 堕姫は見世の外に出て吹き飛ばした炭治郎を睨みつける。一方で炭治郎は吹き飛ばされたことを理解しておらず、若干混乱している。

 堕姫は改めて炭治郎を値踏みする。顔立ちは悪くないが、額の痣は醜い。赫灼の瞳は美しい……よし瞳だけ、ほじくり出そして、しばらくは観賞用に取っておこう。

 

「本当は柱以外の鬼狩りに用なんて無いんだけど、仕方がないから相手してあげるわ」

 

 美しくも、柱でもない鬼狩りだとしても憂さ晴らしの道具くらいにはなる。一瞬で殺して、楽になんてさせない。苦しめて、苦しめて、苦しめて、死んだ方がマシだと、殺してほしいと、そう懇願したくなるような責め苦を味わわせてやる。

 

 ああでも──

 

「私を満足させることが出来たら、喰ってあげてもいいわよ。こんなに美しい私に食べてもらえるなんて、嬉しいでしょう?」

 

 子供とはいえ所詮、男。最期くらいは悦びというものを与えてやっても面白い。

 絶世の美女である堕姫に相手してもらえるだけでなく、喰ってまでもらえるのだ。これ以上の誉れがあるものか。

 

「何を訳の分からないことを言っている……!お前なんかに喰われることが嬉しいわけないだろう!」

 

 瞳に怒りの炎を滾らせて吠える炭治郎。そもそもの価値観が異なるのだから、この反応は当然だ。しかし堕姫には理解できない。

 

「何なのよアンタ……」

 

 身の程を弁えろ。柱ですらないくせに、ガキのくせに、男のくせに……!

 

「私に生意気な態度をとったこと、後悔させてやるわ!」

 

 

 

 

■ ■

 

 

 

 

 炭治郎が堕姫との戦闘を開始した頃──

 

「オイィィ!祭りの神テメェ‼︎蚯蚓帯共が、穴から散って逃げたぞ‼︎」

 

 伊之助は“音柱”宇髄天元に対して大声で怒りをぶつけていた。

 ひとりで鬼の通路に潜り込むことになった伊之助は、通路の先で巨大な空間と、帯の中に捕らわれている人々を見つけた。その中には連絡が取れなくなった“音柱”の嫁二人と善逸もいた。

 一刻も早く助ける必要がある。そう理解はしていたが、無暗矢鱈と突っ込んだりはせず、どうすれば、なるべく被害を抑えられるか考えた。感情のままに動くのは抑えて欲しいと、炭治郎と獪岳に釘を刺されていたからだ。

 まあ、結局は意思を持っていた帯に感付かれて戦闘になった。だが穴から逃がさなければいい話──と思っていたところに、地表を爆破して穴に乗り込んできた宇髄天元によって、台無しにされてしまった。

 

「うるっせええ‼︎捕まってた奴ら皆助けたんだからいいだろうが‼︎まずは俺を崇め讃えろ!!話はそれからだ」

 

 伊之助の事情を知る由もない天元は、叱責に対して大人げなく開き直っている。むしろ天元から見れば、地下で戦闘していた伊之助を助けてやったと思っているので、伊之助の態度の悪さに腹を立ててさえいた。

 

「よくねえよ!せっかくこっそりやってたのに街の人間が怪我したらどうしてくれんだ!しかもテメェ鬼退治はどうしたんだよ⁉そのために“萩本屋”に行ったんだろーが‼︎」

 

「ああっ?なんで知ってる」

 

「太眉野郎が多分そうだって言ってたんだよ」

 

「太眉野郎……?獪岳のことか」

 

 あの目つきの悪い“雷の呼吸”の使い手の剣士。表面上はしっかりと“音柱”を敬ってはいたが、蝶屋敷での揉め事では傍観に徹していたり、藤の家紋の家で話を聞いているときの様子から、天元は若干性格に難有りの隊士だと見ていたが、王葉が目を掛けるだけあって頭の回転は早いらしい。

 

(まあ、鑢がやってる仕事を担うってなると、ある程度性格に難有るくらいが丁度いいか……)

 

「それよりも天元様、急がないともっと街に被害が出ますよ」

 

 そこで、伊之助と天元の口喧嘩の勢いに圧倒されて黙っていた嫁からの突っ込み──そうだ。今は一刻も早く、逃げた蚯蚓帯を追うべきだ。

 

「野郎共、追うぞ!ついて来い!さっさとしろ」

 

 天元は声を張り上げて、返事を待つことなく穴から飛び出す。

 

「どけどけェ‼︎宇髄様のお通りだ‼︎」

 

 天元は鬼を追う道すがら、改めて鑢王葉という人間を思い起こす。

 

(それにしても噂には聞いていたし実際に目の当たりにもしたが、しっかり後任になりそうなやつ育てていたとはな……)

 

 歴代の隠頭領は鑢家から輩出されることがほとんどだった。なにせ忍までではないにせよ『虚刀流』も裏側の存在だ。隠頭領をこなすだけならともかく、例の探し物をする上では、そういう環境で過ごしてきたモノだからこそ出来ることもあるだろう。

 

──そう、宇髄天元のように。

 

 命は賭ける。全てのことは出来て当然。矛盾や葛藤を抱える者は愚かな弱者。それが宇髄天元の過ごしてきた“裏側”の環境。

 

 忍は常に時代の裏側の存在。時代の変化とともに衰退し、甲賀、伊賀、真庭の三大里でさえ滅んだ。

天元の父親の焦りは酷く、我が子に課した修業も過酷だった。天下の弟妹たちは次々に亡くなり、残ったのは天元と彼の弟のみ。しかも弟はひたすら無機質な人間となってしまった。

 

 天元はそんなものは真っ平御免だと故郷を捨て、流れに流れ、縁あって鬼殺隊に身を置くこととなったのだが、きっかけを作ったのが『虚刀流』の使い手、鑢王葉だ。

 

 王葉の引き合わせによりお館様こと、産屋敷耀哉と出会った。

 お館様は天元の生い立ちを理解し、労い、天元の人間性を素晴らしいと、闇の存在である己を認めくれた。天元は耀哉に感謝と尊敬の念を抱き、より熱心に鬼殺の任に身を投じるようになった。

 

 しかし腑に落ちない、というよりも疑問に思う部分はあった。『虚刀流』が産屋敷家に仕えている理由だ。

 

 『虚刀流』は刀を使わない一子相伝の剣術。真庭忍軍の壊滅にも関わっていると噂されている謎の多い流派。その使い手が、お館様である産屋敷耀哉に、刀として仕えている上に、鬼殺隊に身を置いていると知ったときは驚いた。なにせ戦乱の混乱にのみに現れ、尾張幕府将軍暗殺以降は、闇の世界でも一切の情報が追えなかったのだ。けれども鬼殺隊という政府非公認の組織で、“隠”という裏方部隊に所属しているとなれば、噂を聞かなくなったのも納得できた。

 

 しかし自身を一本の日本刀として鍛え上げ、誰かに仕えるということは、忍と同じ道具として扱われているということだ。鬼殺隊に所属するものたちは皆、自身の子供だと慈しむ産屋敷家が何故、虚刀流だけは例外としているのか。天元が折を見て王葉に尋ねてみたところ返ってきたのは──

 

「簡単な話だ。それが『虚刀流』の在り方だからだよ。あと俺たちは、刀であると同時に人間でもあるから、完全に道具として扱われているわけじゃない。むしろ“人であれ”と望んだのは数代前の産屋敷当主らしい……まあ、詳しく知りたかったら耀哉に聞いてくれ」

 

 答えになっているようでなっていない。王葉本人にも興味がないとありありとわかるほど、素っ気なく言われて肩透かしを食らった。しかも、主人であり鬼殺隊当主でもあるお館様の名前を呼び捨てにしていた。素っ気なさよりもお館様を呼び捨てにしているという敬意の感じられない言動の方が気になった。しかし後々、公の場では弁えた態度をしているということが、分かったので咎めはしなかった。

 

(今のアイツには嫁も子供もいねえし、既存隊士の中に“隠頭領”の後任になれそうな奴がいただけ運がいいか)

 

 なにせ“隠”も裏方の仕事だ。極論を言えば、隊士は鬼狩りとしての戦闘力さえあれば務まるが、“隠”は違う。鬼殺の事後処理を滞りなく行うために、要領が良く段取り上手……即ちある程度のずる賢さと、どんな仕事でも割り切ってこなせる能力が必要だ。

 

 天元は忍の頭領になるための訓練を受けていたから、他人を動かしたり、割り切って仕事をする術を心得えているが、元々争いとは関係のない人間にそれを求めるのは少々厳しい。加えて隠頭領となると、必要とされる能力の高さは一般の隠以上だ。隠を統率するのは勿論、鬼殺の事後処理を滞りなく行うために、常日頃から関係各所への根回しもしなければならない。肉体的だけでなく、精神的にもかかる負担は大きい。

 

(最初は、あの面倒くさがり屋に隠の頭領が務まるのかとも思ったりもしたな)

 

 鑢王葉はかなりの面倒くさがり屋だ。何かに興味を持つことすら面倒だと考えている節があり、何事に対しても割と素っ気ない。しかし隠頭領を担う上ではその性格が功を奏した。あそこまで面倒くさがり屋だからこそ、逆に割り切って仕事ができる。

 

 とにかく面倒ごとを嫌うので、仕事にも無駄がなくきっちりこなしている鑢が選んだのだから、獪岳の潜在的能力は高いのだろう。先ほどの伊之助との会話でも、片鱗は窺えたし、将来が楽しみである。

 

(あとは、あの獪岳という隊士に鑢並みの戦闘力があれば言うことは無いが、そこまで求めるのは酷。鬼を狩れる実力があるだけマシか)

 

 鑢王葉は鬼を狩る術を持つ異色の“隠”

 細身ながらも鋼のように鍛えられた肉体を持ち、身長も岩柱にこそ及ばないものの天元より高い。しかし体格には恵まれているものの、隊士たちが使用している呼吸どころか、日輪刀でさえ使用することが出来ない。彼は、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた具足を身に纏うことで鬼を狩る。

 

──が、所詮は裏方部隊の“隠”

 

 鬼を狩るといっても、精々、人を2~3人喰った程度の雑魚鬼を狩るのが、関の山だろうと大抵の隊士は思っているし、噂もされている。それは煉獄を引退に追いやった“上弦の参”を退散させたという事実があった今でも消えることはない。

 

──しかし柱たちからの認識は全く異なる。

 

 鑢王葉は強い。尋常でない実力の持ち主だ。

 

柱は“霞柱”を除いて一度は鑢王葉の戦いを目にしたことがあるが、柱たちからの評価は総じて高く『名ばかり“隠”』と呼称されている。伊黒なんかは「あの強さで“隠”だと?ふざけるな……」とブツブツ文句を言っていた。また鬼殺隊最強との呼び声が高い“岩柱” 悲鳴嶼行冥に至っては、付き合いも長い上に、直接手合わせをしたことがあるせいか、王葉の強さに対して絶対の信頼を置いている。ちなみに手合わせ自体は悲鳴嶼の勝利で終わったらしい。

 

なぜ「らしい」というのか。理由は単純。手合わせの話を酒の席で鑢から直接聞いただけで、実際に目にしたわけではないからである。

 

「いやあ、行冥の強さには驚かされた。親父以外で負けたのは初めてだ」

 

 鑢は、やけにあっさりと己の負けを語った。

 

 鑢が虚刀流の当主になるべく、数十年に渡る研鑽を積んできたであろうことは想像に難くない。そこまでの研鑽を積んでいれば普通は悔しがるだろう。しかし鑢からは悔しさが微塵も感じられなかった。実は手合わせなどしていないのではないかと疑い、つい悲鳴嶼にも真偽のほどを聞いてしまった。

 

悲鳴嶼は難しい顔をして口を閉ざし、しばらくの沈黙のあと──

 

「……確かに手合わせでは私が勝ったことは間違いない──が、あれは単なる“手合わせ”であったから勝てたが、もし“殺し合い”となっていたら間違いなく王葉が勝っていた」

 

 背筋に冷たいものが走った。

 件の“手合わせ”は“殺し合い”なんて物騒な例えが出てくるほど苛烈な戦いで、下手をしたら悲鳴嶼が死んでいたということではないのか。そう思ったが口に出すことはしなかった。しかし天元の発する空気から言いたいことを察したのか、悲鳴嶼は言葉を付け加えた。

 

「……今後必要がなければ、王葉と戦うことは遠慮したいものだな」

 

 悲鳴嶼の言葉で疑惑は確信に変わった。どこかの歯車が狂っていたら悲鳴嶼は鑢に殺されていた。

 

(……まったく、化け物ばかりで嫌になるぜ。こちとら手のひらの上のもの守るだけで精一杯だってのによ)

 

 天元は自嘲の笑みを浮かべて前を見据える──と、全身の至るところが焼けただれている鬼と、獪岳の後ろ姿が視界に入る。獪岳は攻撃にこそ転じていないが、ひとりで無数の帯による攻撃をいなしており、周囲への被害も軽微。どうやら鬼を仕留めることよりも、被害を拡大させないことを優先して戦っているようだ。

 

(俺が来ること見越して守りに徹することを選んだか。良い判断だ。それと竈門はどこだ……って、おいおい、どうしてあんなことになってんだ)

 

 一方で炭治郎は、獪岳と鬼から少し離れた場所で必死に妹の襧豆子を抑え込んでいた。抑えつけられた禰豆子は角が生え、牙が伸び、全身に蔦のような文様が浮かんでいる。天元が柱合会議で見かけた頃より明らかに鬼化が進んでいた。

 

(だが今は鬼の首を狩ることが優先だ)

 

 天元は鬼に向き直り、背負っている二本の日輪刀の柄を握り、強い踏み込みとともに鬼の首に刃を叩き込むと、鬼の首は呆気なく落とされた。

 

「よお、無事か?」

 

 獪岳に笑いかければ、彼は刀を鞘に納めて答える。

 

「……ええ無事です。駆けつけて下さって、ありがとうございます」

 

「礼は後でいい。それよりどういう状況だか説明しろ」

 

「俺も途中から戦闘に参加したので、全てを把握しているわけではありません。それでもよろしいですか?」

 

「構わねえよ。知ってることだけ簡潔に話せ」

 

「戦いの最中、どこかから複数の帯が飛んできて鬼の頭に吸収されました。直後、急に鬼の動きが良くなって、苦戦しているところに竈門の妹が戦闘に介入。戦っているうちに急に鬼化が進んで暴走を始め、仕方なしに竈門妹の宥め役と、女鬼の相手する役とで別れたんです」

 

「寝たぁ…獪岳さん、襧豆子寝ました……」

 

 獪岳の説明に付随するように炭治郎のほっとしたような声が聞こえてきた。

 

「……そうか。大変だったな」

 

 竈門襧豆子があの状況に陥った原因の一端は、自分にもあると分かり若干気まずいが、まだやることは残っているため天元は言葉を続ける。

 

「だがまだ終わりじゃねえぞ。この街には上弦の鬼がいる。今から……」

 

「ちょっと、さっきからアタシを無視して会話してんじゃないわよ!よくもアタシの頚を斬ったわね。ただじゃおかないから!」

 

 上弦の鬼を狩りに行くぞ、そう言おうとしたところで癇癪を起こした女鬼に邪魔された。

 

「あ?お前にもう用はねえよ。地味に死にな」

 

「ふざけんじゃないよ!だいたいアンタいまアタシが上弦じゃないとか言ったわね!」

 

「だってお前、上弦じゃねえじゃん」

 

「アタシは上弦の陸よ‼︎」

 

「だったら何で頚斬られてんだよ。弱すぎだろ。脳味噌爆発してんのか」

 

「アタシまだ負けてないからね。上弦なんだから!」

 

「負けてるだろ一目瞭然に」

 

「アタシ本当に強いのよ。今はまだ陸だけど、これからもっと強くなって……」

 

「説得力ねー」

 

 既に鬼への興味が薄れかけている天元は返事が適当になっている。これではまるで、天元の方がいじめっ子だ。そして天元の態度に耐え切れなくなった堕姫は、その仕打ちに耐えられなくなり、とうとう泣き出してしまった。

 

「ほんとにアタシは上弦の陸だもん!本当だもん!数字だって貰ったんだから、アタシ凄いんだから!」

 

 わんわんと辺り一帯に響き渡りそうなほど大きな声で泣き叫ぶ様はまさに童女……いや待て、今はそんなことは重要ではない。一番の問題は目の前の鬼だ。

 

「音柱様、つかぬことをお伺いいたしますが、その二刀は本当に日輪刀ですか?」

 

 獪岳も異変に気づき、言外に本当に鬼の頚を斬ったのかと問うてくる。

 

「当たり前だろうが。お前、軽口言える程度には余裕なんだな」

 

「軽口を言っていないと頭がどうにかなりそうなんですよ。だってこんなこと普通ならありえないでしょう」

 

 確かに日輪刀で鬼の頚を切り落としたのに一向に体が崩れる様子がない。目の前の存在が鬼であるのなら、普通は考えられない。

 

「死ねっ‼︎死ねっ‼︎みんな死ねっ‼︎」

 

 天元と獪岳の会話をよそに、堕姫は床板が軋むほど勢いよく畳を握り拳で殴り始める。そして堕姫の頚は、駄々を捏ねるかのように身体の周りをごろごろと転がっていた。

 

「頚斬られたぁ、頚斬られちゃったああ……お兄ちゃああん‼︎」

 

 泣き叫んで兄を呼び始めた瞬間、鬼の本を空気が変わる。色で例えるならどす黒い嫌な空気とともに、堕姫の身体から這いつくばるようにもう一体鬼が現れた。

 

「うううん……」

 

 天元と獪岳はとっさに抜刀し斬りかかる──が、あっさりと避けられる。

 

「泣いてたって、しょうがねえからなああ、頚くらい自分でくっつけろよなぁ、おめぇは本当に頭がたりねぇなあ」

 

 攻撃を避けた鬼は、天元と獪岳から少し離れた場所で泣きじゃくる堕姫に優しく声をかけていた。

 

(頚を斬り落としたのに死なない。背中から出てきたもう一体は何だ⁉︎反射速度が比じゃねえ)

 

「顔は火傷かこれなぁぁ、大事にしろ顔はなあ。せっかく可愛い顔に生まれたんだからなあ」

 

 甲斐甲斐しく、よしよしと妹の頭を撫でる姿は、人間の兄妹であれば微笑ましいが鬼である以上、おぞましい。

 

 この状況を一刻も早く終わらせるべく、天元は再度日輪刀を振りかぶる──が、またしても避けられ、反撃を受けた。

 

 天元の額には大きな切り傷をつけられ、血が流れ出している。その傷をつけた張本人の手には一対の鎌が握られていた。

 

「へぇ、やるなぁあ、攻撃止めたなぁあ。殺す気で斬ったけどなあ」

 

 鬼からの反撃を受けた瞬間、咄嗟に日輪刀でいなし、致命傷を避けた天元。対する鬼は何が面白いのかニヤニヤと笑いながら、まじまじと天元を観察していた。

 

「いいなあ、お前……いいなあ。その顔いいなぁあ。肌もいいなぁあ。シミも痣も傷もねぇんだなあ。肉付きもいいなぁあ。俺は太れねぇんだよなぁ。上背もあるなぁあ。縦寸が六尺は優に超えてるなぁあ。女にも嘸かし持て囃されるんだろうなぁあ」

 

 羨ましい。妬ましい。恨めしい。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。幾重にも渦巻かれた負の感情が静かに天元にぶつけられる。

 

「女に持て囃されても良いことねえぞ。むしろ面倒ごとが増えるばかりだ」

 

 獪岳が鬼の台詞対して茶々を入れる。サラッと己が持て囃されていると暴露し、相手を煽る姿は彼の上司と被るところがある。いや、ここまでくるといっそ師匠言っても過言では無いのかもしれない。

 

「ああん?ふっざけんなよなぁ。持て囃されることが面倒だぁ?そんなものはなぁ、恵まれてる奴の我儘に過ぎないんだよぉ!テメェらまとめて死ねぇ!」

 

 激昂した鬼が鎌を振り被り、鎌からは無数の血の刃が獪岳と天元に向かって放たれる──!

 

「死ぬときグルグル巡らせろ、俺の名は妓夫太郎だからなああ」

 

 放たれた刃は建物まで切り裂いたが、攻撃を食らった本人たちが、飛んできた斬撃の軌道を上手くずらしたため被害は最小限にとどまった。

 

(くそっ、今俺たちがいる建物にいる人間は何とか守り切ったが、この周囲の住民はまだ逃げ切れていない。そんな状況で戦闘をおっ始めたくはねえが……ってあれは)

 

 もはやこの状況では止む無しか、そう苦心していると一羽の鎹烏が現れた。

 

「伝令!伝令!霞晴レタシ!」

 

 あまりにも突拍子もない伝令。

 しかし、その意味を理解するものがこの後にはいる。

 

「やっと来やがったか!遅いんだよ!」

 

 獪岳は鎹烏からの伝令に悪態をつくと、懐から小さな笛を取り出し思い切り吹く。すると空気を切り裂くかのような鋭い音が吉原の街全体に響き渡る。直後、周囲の妓楼から一斉に爆破音が発せられ、続いて隠たちが飛び出してきた。隠たちは皆、妓楼の住人と思しき者たちを抱えている。

 

「これは……!獪岳お前、何した?」

 

「下手に一般人に被害が出ても困りますし、いつ戦闘が始まってもいいように、大通りの見世を全部“総仕舞”にしました。その上で、妓楼の人間をいつでも避難させられるよう客に変装した隠たちを潜り込ませておきました」

 

 “総仕舞”はひとつの妓楼の遊女をすべて買い切ることだ。当然ながら一軒だけでも莫大な金額がかかる。だが、獪岳はこの大通りの見世全てを“総仕舞”にした上で隠たちまで配置させていた。

 

「これで周囲を気にすることなく戦えるでしょう?」

 

 生意気にもニヤリと笑う獪岳。

 

「やることがド派手じゃねえか!いいねえ気に入った!オラァ!狩ってやるから覚悟しろよ鬼共!」

 

 

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