鬼殺語   作:風船

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虚虚実実

 交渉を終えた王葉は全速力で吉原へと向かっていた。

 

(くそっ!思った以上に時間がかかった。あのうすらハゲども、こんな状況でも中々重い腰を上げないなんて何考えてるんだ)

 

 欲望に塗れた人間は本当に性質が悪い。吉原で立て続けに何人も行方不明になっている。だというのに自身のお気に入りの遊女に被害が及ばなければ良い、といった様子で中々こちらの話を聞こうとしなかった。その上、厄介なことに条件まで出してくる始末。条件の内容自体に大きな問題ない。ただ、それを条件として出されると少々厄介なのだ。

 

(あいつらの相手よりも鬼狩りしている方がずっと気が楽だ)

 

 人間と違って鬼は問答の必要はない。民間人を守らなければならないという縛りはあるが、それでも腹の探り合いをしないで済む。

 

 大体“刀”にこんなことを任せる産屋敷家もどうかしている。

 

 自身で考え、行動できる道具の方が使い勝手が良いのは分かっているが、刀の本質は人斬り包丁。刀に腹の探り合いや心がある刀なんて、とんだ妖刀だ。ぐちぐちと文句を言っていると、前方から吉原に伝令へと向かわせた鎹鴉が戻ってくるのが見えた。

 

「音柱、獪岳及ビ竈門、我妻、嘴平ガ現在上弦ノ陸ト戦闘中!」

 

 予想通り既に吉原では戦闘が始まっていた。しかも相手はまた“上弦の鬼”。やはり竈門は何か引く力を持っている。獪岳をつけておいて正解だった。

 

「周囲への被害と住民の避難状況は!?」

 

準備はしておくと言っていたし、獪岳のことだから、被害を最小限に抑えるため尽力しているだろう。だがそれでも今回の件で吉原が被る被害は大きい筈だ。

 

「大通ノ見世ガ何件カ崩壊シテイルガ、街ヘノ被害ハ軽微。住民ハ隠ノ誘導ニヨリ、順次避難中。マダ避難ハシテナイガ、鯉夏モ無事!少シ離レタ場所デ戦闘ヲ見テイル!理由ハ……」

 

「どうせ、自分は最後でいいからその他の避難を優先してくれとか言ったんだろって、鯉夏の状況は聞いてないだろ!」

 

「王葉素直ジャナイ!王葉素直ジャナイ!心配ナクセニ!」

 

「うるさい。他人の色恋沙汰に口出す前に自分の番を見つけたらどうだ、このお節介!」

 

「アアー!言ッテ良イコトト、悪イコトガアル!」

 

「そう言うなら、お前も口出すな!度が過ぎるようなら嘴平の鴉と担当変えるぞ」

 

 言外に嘴平に喰われてしまえと伝えれば、鴉は増々騒がしく周囲を飛び回る。まったく、どうしてこうも他人の色事情に首を突っ込みたがる奴が多いのか、と王葉は内心ため息をつく。

 

(まあ、鯉夏と出会えたのも他人のお節介のおかげだから、一概に悪いことばかりでもないんだけどな……)

 

 鯉夏と出会ったのは数年前。とにかく多忙で疲れている時期のこと。

 あの日もお偉方と腹の探り合いをして心身ともに疲れていた。いつもしつこい同僚の誘いを断り切ることすら面倒で、仕方なく吉原を訪れた。適当に遊女を指名して事情を説明すれば、あとは眠るだけで済むと思っていたところで目に入ったのが鯉夏だ。

 

 鯉夏の感情はひと際わかりやすかった。出来ることなら今すぐにでも逃げ出したいと顔に書いてあったから、丁度いいと思って指名したのをよく覚えている。

 

 笑顔をやめて欲しいと鯉夏に言ったのは、無理して笑う鯉夏が痛々しかったのと、そういう顔を目にし過ぎて辟易していたからだ。

 直球で伝えたら子供っぽく拗ねられて笑ってしまった。

 鯉夏は失礼だと怒っていたが、幼子みたいに真っ直ぐ感情を表に出す様子が可愛らしかっただけで、悪気があったわけじゃない。

 

 たまにはそんな子と話をするのも面白いと、初めて出会った夜は世間話に花を咲かせ、頃合いを見て眠った。久々に思い切り眠れた夜だった。

 その時は鯉夏と深い関係になるなんて考えもしなかったし、実際にお節介を焼かれなければもう会うこともなかっただろう。

 

 二度目に鯉夏と会うことになっとき、一番最初に失礼な態度をとってしまったこともあり、気まずかったから軽い贈り物で気を紛らわせようとしたら、思いの外喜ばれて鯉夏に興味が沸いた。けれども結局はその日も世間話をして眠った。

 そして翌朝見世を出る際、名残惜しいとばかりに袖を引かれたとき、鯉夏は迷子みたいな目をしていた。その目がなんだか無性に可愛く思えてしまって、そこから“ときと屋”への通いが始まった。

 

 ちょうどその頃、他人から「恋人はいないのか」、「そろそろ見合いの話でも」と言われるようになってきて、うんざりしていたから、遊郭に通えば面倒ごとがひとつ減るという打算もあったということは、鯉夏には言えないが──

 

 “ときと屋”に通うようになって鯉夏と様々な話をした。

 好きなもの、嫌いなもの。故郷のことや御伽噺等。

 互いの知ることを話して、そのたびにふたりして寝こけた。

 鯉夏はころころと表情の変わる娘だ。物腰は穏やかで心根も優しい。

 遊女である限り上手く感情を隠す必要があるのに、いつまでも詰めが甘いところのある鯉夏が可愛くて、一緒にいると心地よかった。

 

 そんな鯉夏だが実は結構気が強く大胆なところがある。

 

 何故知っているかというと身をもって経験したからだ。

 あれは鯉夏のもとに通うようになってから一年くらいが経過した頃。いつものように話をして眠りにつこうとしたとき、不意に抱き着かれた。なにか嫌なことでもあったのかと話を聞こうとしたら──

 

「こんな時にまで顔色を変えないなんて、私には女としての魅力がないの……?」

 

 上目遣いで首をかしげて、ほんのりと頬を上気させて聞いてきた。

 いったい何の話かと思ったら、遊郭に通い詰めておいて女を抱かないなんて何を考えているんだと怒られた。

 

「会うたびに私の話を楽しそうに聞いてくれて、二人して眠って、辛いときは無理をするなと慰めてくれる。そんな人に惹かれないわけがないでしょう……ねえ、王葉はどうして私のもとに通ってくれるの?」

 

 鯉夏の言葉で彼女のことを憎からず想っていることに気が付いた。

 今まで自身にそういった感情を向けてきた人間は何人かいたが、いずれもあからさまな情欲か幼子のような淡い憧憬をの持ち主のみ。どちらも後腐れのないよう適宜適切に対応すれば、勝手に満足して離れていったので、惚れた腫れたの類はそういうものだと考えていた。場合によっては、あからさまな欲を向けてくる人間の相手をしていたから、“欲”の部分でも間に合っていた。

 だから問われるまで鯉夏への想いも、鯉夏からの想いにも気が付いていなかった。

 

「最初は、二度目に会ったときのアンタが可愛くて、また会うのも悪くないと思ったからだよ。いまは、アンタと一緒にいると心地が良いと感じるようになったから通ってる」

 

 王葉が正直な想いを伝えれば、鯉夏は王葉の頬に手を滑らせるように触れる。鯉夏の手はほんのりと温かい。

 

「それは女として私を見てくれているの?それとも単なる情?」

 

 わずかに首を傾け、まっすぐと王葉を見つめる鯉夏の瞳は熱に浮かされたように潤んでいた。流石遊女だけあって、男がそそられる仕草をするのが上手い。この程度の誘惑なら今まで何度か経験している王葉でさえクルものがある……いや違う。

 

 “鯉夏”でなければ、こんなにも揺れ動かない。

 

「…………両方、だな」

 

 王葉も鯉夏の頬に手を添える。するりと優しく指を滑らせれば鯉夏も応えるように、王葉の手のひらに頬を摺り寄せた。

 

「それなら、どうして今まで何もしなかったの?」

 

 少し不安気に見つめてくる鯉夏。

 やはり感情が分かりやすい彼女は可愛らしいし、愛らしい。

 王葉も自身の気持ちを素直に口にする。

 

「自分の気持ちに今気づいたからだよ。情けないことにな」

 

 我ながら本当に情けない。ここまでされないと自身の心に気づかないなんて──そんな想いを込めて苦笑いとともに口を開けば、鯉夏は目を見開いた後、小さく噴き出した。

 

「ふふっ。他人の感情には敏感でも、自分の感情に対しては鈍いのね」

 

「なんで嬉しそうなんだよ?」

 

「だって王葉でも気付いていなかったことを知れたのだもの。このことを知っているのは、私だけということでしょう?それが嬉しい」

 

 ころころと鈴が鳴るように笑う鯉夏は本当に嬉しそうだ。

 一方で王葉は鯉夏の言葉にイマイチぴんときていない。

 首をかしげることしかできない。

 

 何故なら、はじめてのことだから────

 

「そういうものか?」

 

「そういうものよ。それで、どうするの?」

 

「どうする……って何してるんだよ?」

 

 どうするのかと尋ねておきながら、鯉夏は王葉を脱がそうと服の裾に手をかけている。随分と積極的だ。かなりじれったい思いをさせていたらしい。

 

「何って、女にここまでさせておいて、自分の気持ちにも気付いているのに何もしないつもり?お互いの気持ちを確かめ合ったのだから、これからすることなんてひとつでしょう」

 

 鯉夏の言うことは最だが、このまま好きにさせておくのも男が廃る。

 

「いや、まあそうなんだけど……っさ!」

 

 王葉は完全に油断していた鯉夏を床に押し倒す。

 積極的かつ大胆な女性は嫌いじゃないが、主導権を握るのは自分でありたい。

 はじめて惚れた相手ならなおのこと。

 

「あんまり煽ってくれるなよ。歯止めが利かなくなりそうだ」

 

「ふふっ、私の知らない王葉を知ることが出来るなら、それでも構わないわ」

 

「……やっぱりアンタ可愛いな」

 

 この日を境に鯉夏と王葉の関係は変わった。

 鯉夏と一緒にいると心がほころんだ。

 煩わしいと感じていた、ひとの心を考えるというのも悪くないと思えた。

 誰かにこんな“想い”を抱くことになるなんて、欠片も想像してこなかった。

 

「いつまでもこのままじゃいられない……」

 

 王葉がポツリと呟いた言葉は鎹鴉にも聞こえないほど小さなもの。

 何事に対しても興味の薄い王葉が、強い恋慕の感情を抱いた。

 どうしようもなく彼女に惚れ込んでいるという自覚がある。

 この想いは麻薬と同じだ──ずっと浸っていたいと思うくらい甘美で、依存性が高い。

 

「アイツと一緒になれたら幸せだろうが──」

 

 この想いを伝え、誓いを立てる。

 “ソレ”がとういう意味を持つか、分かっている。

 ハッキリさせることをおそれて、今まで結論を先送りにしてきた。

 

「本当に……“ひと”であるってのは厄介なもんだよ!」

 

 

■  ■

 

 

 吉原の惨状は王葉の予想と大差なかった。

 大通りの建物には刃物で切り裂かれたかのような痕跡があり、隠たちが、住民の避難と負傷者の手当てに追われていた。

 

 竈門、嘴平、我妻の三名は満身創痍。正直立っているのがやっとで離脱させた方が良い状態。そして宇髄も獪岳も軽傷とは言えなかった。

 

「きゃあああ!お兄ちゃああん!!!」

 

「大丈夫だあ、心配すんなあ……」

 

「おいおい、コレは一体どういうことだよ……」

 

 そして今現在。

 王葉は鬼につけられた頬の引っ掻き傷を拭いながら、目の前の光景に驚嘆の言を零していた。

 王葉が吉原に駆け付けたとき、宇随天元の妻である雛鶴に鬼が襲い掛からんとしている瞬間、具足を装着した足で思い切り頸を蹴り飛ばす形で戦闘の場に割り込んだのだ。

 

 具足を身につけた状態で頸を落とせば鬼は死ぬ。

 

 しかし鬼は消滅するどころか頸を落とされた状態で動き出し、あまつさえ攻撃までしてきた。

 

「よくもお兄ちゃんを!死ねえ!!」

 

 兄を傷つけられ激昂した堕姫は、その勢いのまま己の一部である帯を王葉に向けて放つ。幾多にもわたる帯の各々が別個の動き、別個の軌道で王葉たちへと襲い掛かる。

 帯は切れ味が鋭い上に、攻撃の最中にも帯幅が変わるから目視に頼った回避がしにくい。

 

「アハハハハ!細切れになっちゃえ!さっさと死ね鬼狩りども!」

 

 堕姫は大昔にも忍と戦ったことがあった。

 戦った理由は覚えていない。だってそんなことはどうでもいい。

 覚えているのは、忍の戦い方と美しさ。

 無駄な肉がなく、かといって細すぎない。

 しなやかな丸みを帯びた肉体を持つ──くのいちだった。

 

 美しいのは外見だけではなかった。

 戦い方も優雅で美しかった。

 最小限の動きで、風のように速く複数の鞭を自由自在に操り、扱ってみせた。

 

 堕姫が生まれて初めて見惚れた相手。

 

 自身が人間に、それも同じ女に見惚れるなんて認めたくなかった。

 でも認めざるを得なかった。

 くやしくて、くやしくて仕方が無かった。

 

 だって人間のくせに、まるで自分の身体の一部──いや、自身の身体以上に鞭を操る様を見せつけられたのだ。

 

 いまでも堕姫の記憶に深く刻み込まれている。

 くのいちとの勝負がつかず、逃げられてしまったことも悔しさに拍車をかけた。

 

 この想いを振り払うために、兄の力を借りて自身の技を磨いた。

 

 鬼である自分が、まさか人間の真似た技を使うなんて屈辱にもほどがある。

 でも見惚れてしまったという事実をほうっておくことの方がずっと嫌だった。

 

 だからあの女の技をものにし、昇華した。

 結果として、それは正しかった。

 

 踊り狂う堕姫の帯は、吉原中の家屋を弾き飛ばす。その悉くが、目の前の男たちを狙っている。帯の間合いにあるものすべてが凶器と化す。

 

 この技のおかげで、三人のガキは気力のみで戦っている状態にまで追い込めた。

 柱の男と目つきの悪い黒髪のガキも兄の毒が回れば、やがて戦えなくなる。

 

 他のやつらが戦闘不能になれば、急に現れた碧眼の男だって殺せる。

 あの女と出会わなければ、戦わなければ、きっとこの状況は作り出せなかった。

 

 私は──ここまで美しくなれなかった。

 

「たまには人間の技も役に立つじゃない!」

 

「おい宇髄!状況説明!」

 

 襲い来る帯を避け、瓦礫をいなしながら、王葉は叫ぶ。

 

「最初は女鬼だけで雑魚だったが、途中から男鬼の方が出てきた!んで、その後から女鬼の動きがやたらよくなった。竈門たちはそれでやられた!」

 

「この技とお兄ちゃんがいれば、アンタたちなんか敵じゃないわよ!」

 

「それとおそらく、この鬼どもはふたり同時に頸を落とさなきゃ斃せねえ!」

 

 天元の説明と堕姫の言葉から、王葉は瞬時に理解した。

 妓夫太郎が堕姫を操っていることを、天元の予測がほぼ確定的であることを。

 

「ちっ!それなら俺が男鬼の相手をする。宇随は女鬼の相手頼む!獪岳は宇髄の援護!竈門、嘴平、我妻は隠とともに残りの住民避難にあたれ!」

 

 物理的な距離が離れれば、遠隔操作もある程度は精度が鈍る筈。

 だから、まずは妓夫太郎と堕姫がお互いを目視できない距離まで引き離す。

 そのうえで妓夫太郎に王葉が猛攻をかけ、堕姫の操作が疎かになるように仕向ける。

 

「承知!音柱様、帯は俺が捌きますので頸を!」

 

「任された!オラオラ調子乗ってんじゃねーぞ!このアマ!」

 

 王葉の意図を瞬時に理解した二人は、堕姫への攻撃すべく動き出す。すかさず妓夫太郎が二人の足止めをすべく鎌を振り上げたが、それも王葉の想定内。鎌が勢いをつける前に拳を振り上げて、妓夫太郎の動きを封じる。

 

「そんな鑢さん!俺たちまだ……」

 

「満身創痍のくせに何言ってやがる!いま自分ができる最大限のことをしろ!俺たちは鬼殺隊だ!」

 

 まだ戦えると主張したがる竈門の言葉を遮り、叫ぶ。

 戦闘場所は吉原のど真ん中。周辺への被害を気にして戦わなければいけない状況だ。

 いまの状態の彼らを気にしながら戦う余裕はない。

 ならばせめて住民の避難に当たらせる。

 

「っ!?」

 

 炭治郎は自身の不甲斐なさに歯嚙みする。

 無理にこの場に残って戦っても、王葉の足手纏いにしかならないと言外に言われたのだ。

 

(そうだ。今は意地を張っている場合じゃない)

 

 この状況でも出来ることはあると王葉に言われたのだ。

 

「いくぞ伊之助、善逸!」

 

 炭治郎は己を鼓舞し、ふたりに声をかける。自身に出来ることを精一杯やらなければならない。

 そう思い、その場を離れようとするが──それを見逃してくれるほど鬼は優しくない。

 

「雑魚どもを逃がすわきゃねえだろ」

 

「虚刀流『木蓮』」

 

 ──しかし、王葉によって阻止される。

 

「っぢい!この野郎……」

 

 重く速い飛び膝蹴り。妓夫太郎は当たる寸前のところで気付き、どうにか攻撃を避けた。

 妓夫太郎の判断は正しい。王葉は膝にも、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で作られた立挙を身に着けている。よって王葉の技を喰らって頸が落とされれば、日輪刀による斬首と同等の効果があるのだ。

 

「虚刀流──『雛罌粟』から『沈丁花』までの打撃技混成接続」

 

 王葉は、流れるような動作で次の攻撃を繰り出す。

 遠い昔、かつての虚刀流の使い手たちがしたように──妓夫太郎の肉体に、二百七十二種類の打撃を、あらゆる方向から打ち込む。

 

 全ての打撃が命を奪うための一撃。肉体が破壊されては、再生するの連続。並々ならぬ再生力と判断力を持つ妓夫太郎でさえも、思考が鈍ってしまうほどの速度と威力。

 

(コイツ、あの忍の男より速い……!)

 

 鬼狩りどもが使っている妙な呼吸音は聞こえない。即ちあの妙な技術は使っていない。だというのに妓夫太郎と相対するこの男は、鬼狩りども変わらないどころか、それ以上の実力を持っている。

 

(いや、関係ねえか──鬼狩り以外にも強いやつらはいた……あいつらも忍だったな)

 

 妓夫太郎と堕姫が上弦の位を得てすぐの頃。

 堕姫と戦っていた“鳥のような女”の助太刀として現れた。虫のような奇妙な出で立ちの三人組。

 

 蝶のように舞い、蜂のように刺し、蟷螂のように食らう。

 まさにその言葉が相応しいほど見事な連携をみせた。

 その三人組のせいで女を逃してしまい、堕姫と大喧嘩になった。

 

 いままで戦ってきた人間の中でも、ひときわ強く記憶に刻まれている存在。

 

(そのうちのひとりが、いい毒を使ってたんだよなあ……傷口も目立たなくて……)

 

 試しに使ってみたところ、致死性は無かった。

 身体の中を巡り、獲物を昏倒させるだけの神経毒。だが、効果は絶大。

 

 それこそ、かすり傷程度でも効果を発揮するほどに────

 

「…………っ!?」

 

 突如として王葉の猛攻が止まった。先ほどまでの俊敏な動きが嘘のように鳴りを潜め、愚鈍なものへと変化する。

 

(ちっ!かすり傷でも熊程度なら動けなくなるんだが、コイツも毒に耐性ありかよ)

 

 だがまあ、動きが鈍るだけでも充分だと、妓夫太郎は口元を歪ませ血鬼術を発動させた。

 

『血鬼術 跋扈跳梁』

 

 毒によって反応が鈍った王葉は回避が遅れ、そのまま遥か後方へと吹き飛ばされる。

 一軒の見世に身体が突っ込む形で勢いをとめた王葉は、動きが鈍った原因にすぐさま見当をつけた。

 

(まさか毒!?あの時のひっかき傷か!!)

 

 鬼を斃したと思って油断していた時につけられた頬の傷。

 

(ガラにもなく焦ってる。しっかりしろ!俺!)

 

 鬼の頸を落として油断していた。かすり傷とはいえ相手からの攻撃を受けた。食らいさえしなければ、このような醜態晒すことはなかった。

 

 頭を振り、意識をはっきりさせる。さっさと体制を立て直して鬼を……

 

「王葉……?」

 

 そう思い直そうとしたとき、覚えのある聞き心地の良い──鯉夏の声がした。

 視線をそちらに向ければ、隠に庇われた鯉夏が瞳を驚愕の色に染めている姿が目に入る。

 

(ってことは、“ときと屋”まで飛ばされたのか!)

 

 その上、鯉夏がまだ見世にいるということは、避難も終えていない状況。あの男鬼はすぐにでも追ってくるだろう。一刻も早くこの場を離れなければならない、がそれを許す妓夫太郎ではない。

 

「鬼殺隊の考えることなんて、たかが知れてんだよお!」

 

 妓夫太郎は王葉……鬼殺隊の人間が一般人の避難を優先させることなど予測済。なにせ幾重にも戦ってきた相手。だからこそ狙うべきものも分かる──弱者だ。

 

『血鬼術 飛び血鎌』

 

「っ!」

 

 このまま避ければ確実に鯉夏たちに当たる。

 それは駄目だ。絶対に駄目だ。

 だから避けることはしない。可能な限り自身の技で相殺する。

 神経毒により動きの鈍った王葉では、すべてを相殺することは出来ない。

 相殺できなかった攻撃は、その身に受ける。鬼の毒は最初に受けた神経毒だけではない。鬼血術にも含まれていると分かる。どんどん身体が思うように動かなくなるのが、いい証拠だ。それに伴い傷も増えていく。

 

「き、王葉!」

 

「鯉夏花魁!今は避難が優先です!早くこちらへ!」

 

 鯉夏が悲痛な叫びと、隠の制止する声が聞こえる。

 不甲斐ない。怖がらせてしまっただろうか。

 でも仕方がない。この毒は強力だ。毒に耐性を持っている自分でさえもこの有様。耐性の無い人間が受ければ、命に関わるだろう。

 

 鬼殺隊“隠頭領”として部下を、一般市民を守る義務がある。

 

 だから絶対に防がなければならない。

 これがいまの王葉にできる最善の方法。

 

 ああ、でもそれ以上に──

 

俺の女(こいなつ)に手を出すんじゃねえ!虚刀流──『菫』」

 

 血鬼術が途切れた瞬間、間合いを詰め妓夫太郎に投げ技を喰らわせる──ほぼ同時に遠くから宇随の雄叫びと、女鬼の頸を落としたという鎹鴉の報告が聞こえてきた。

 

 もう、時間稼ぎは必要ない。

 散々好き勝手してくれた礼に、七つの奥義を同時に放ってやろう。

 

「虚刀流最終奥義『七花八裂(改)』──!」

 

 

■  ■

 

 鬼の頸を落とすことは出来たものの、それだけで終わりではなかった。

 頸と胴体が離れた状態だというのに、鬼は最後のあがきとばかりに血鬼術を放ち、巨大な鎌鼬が無作為に吉原に襲い掛かった。

 

「最後の最後でやってくれたよな」

 

 王葉は周囲を見回して独り言ちる。

 吉原の大通りは見るも無残な姿へと変貌を遂げたが、周囲に人の気配はない。人間への被害が及ばなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。

 

「王葉!」

 

 ふと鯉夏の声がした。振り向けば顔面蒼白の状態で向かってくるのが見えた。傍らには鯉夏の避難誘導をしていた隠の姿。どうやら下手に避難するよりも、近場に身を潜めてやり過ごすことを選択していたらしい。

 

「鯉夏、怪我はないか?」

 

「っ!私は無傷よ馬鹿!王葉の方がずっと重症じゃない!」

 

 鯉夏の様子に安心したように王葉が笑えば、鯉夏は一瞬の沈黙の後、声を荒げる。想い人が自分を守ったせいで大怪我を負ったというのに当の本人はどこ吹く風。悪態のひとつもつきたくなるというものだ。

 

「俺のことはいいんだよ。やりたいことをやっただけだ。鯉夏が気にする必要はない」

 

 へらり──まさにその表現が相応しい笑顔。

 体中傷だらけ、血だらけのくせにそんなことを言われても無理がある。

 

「それよりも、早く見世のやつらに顔を見せに行ってやれよ。きっと禿たち心配してるぜ。大好きな鯉夏花魁のこと」

 

 鯉夏の想いなど、お見通しとばかりに見世のものたちの名を出す。そんなことを言われてしまえば、離れないわけにはいかない。なにせ自分は“鯉夏花魁”なのだ。

 

 王葉は鯉夏の背に手を当て、隠のもとへ向かうようにと促す。

 この男は心配する時間すら与えてはくれないらしい。

 仕方ない。こうなったら王葉は折れてくれない。ここは大人しく引き下がろう。

 内心ため息をつき、王葉に背を向けると──

 

 

「無事で、良かった……」

 

 

 そっと手を握られ──

 鯉夏にだけ聞こえるように──微かに、慈しむかのように────甘く囁かれた。

 

 

「………………ずるいひと」

 

 

 くすりと笑って握り返す。

 これではいつもと逆────王葉は、いつもこんな気持ちだったのだ。

 無性に振り向きたくて、すぐにでも駆け寄りたくて、でもしない────できない。

 

 

(王葉とはまた、会える……)

 

 

 だから鯉夏は、手をほどき、背筋を正し前へと進む。

 いつも王葉が見せてくれていたように、見送られる。

 

「見世の子たちがいるところへ連れて行ってくださいな」

 

 鯉夏花魁は隠に笑いかけ、王葉を振り返ることなくその場を後にした。

 

 

「……ちっ」

 

 鯉夏が隠とともに去ると、王葉は糸が切れたようにその場に蹲った。

 最初に受けたひっかき傷だけでなく、血鬼術にも毒は含まれている。しかもこちらは致死性のもの。

 

(こりゃ、ちょっとまずいかもな……)

 

 毒とともに皮膚の爛れは広がり、意識も朦朧としてくる。

 

「頭領!」

 

「………………獪岳か」

 

 今まで見たことないほど焦った表情をしている。

 必死に口を動かしているのは見えるが、何を言っているのかイマイチ理解できない。

 

「竈門!頭領にも妹の血鬼術頼む!」

 

「はい!禰豆子!」

 

 竈門の妹──?

 目の前に幼い少女が現れる。

 

「むー!」

 

 目の前が真っ赤に染まった。

 ああ、温かい。

 とても、心地が良い。

 

 だんだん瞼が重くなっていく。

 駄目だ。まだ閉じてはいけない。

 

「どういうことだ!?お前の妹の血鬼術で鬼の毒は消えるんだろ!?」

 

「そ、そのはずです……!」

 

「だとしたらなんでだよ!?この程度の失血じゃ頭領は……頭領!しっかりしてください!」

 

 騒がしい声がする。

 そんなに呼ばなくても聞こえてる。

 心配しなくても、すぐ目を開けるさ。

 意思に反して、世界が暗くなっていく。

 

 

 

 駄目だ──

 まだ──やることが──────ある。

 

 

 

 

“ちょろいねえ……”

 

 

 

 

 さいごに、だれかが──わら────っていた────────

 

 

 

 

 

 




更新滞っておりましてすみません!
プロットを作っては壊しを繰り返していたら、何カ月も経ってました……!

今回で遊郭編はひと段落となります。
そして、ようやく王葉がちゃんと主人公っぽくなります!
いままでプロットの関係上、どうしても出番が少なかった王葉ですが、次回以降ちゃんと王葉、引いては刀語の登場人物が鬼滅に深く関わってきます!

これ以降は自分が書きたかった部分でもあるので、執筆頑張ります!

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