鬼殺語   作:風船

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細々と執筆はしてます。
ひとまずアップできるところまで投稿します。




間話─今は昔の物語─

数百年も昔の話。

この国が戦国と呼ばれていた頃の話。

 

人里から遠く離れた山の中で、刀を持つひとりの青年の姿があった。

長い髪を高く結い上げた、額に炎のような痣のある青年。

手にしている刀の刃は黒く、美しい。

 

青年は無言で刃についた血をはらい、刀を鞘に納める。

ふと、青年の足元に目を見やれば、鬼の身体が崩れ落ちていくところだった。

 

「ちょろいねえ」

 

地元の人間すら滅多に入ってこない山奥で、青年に声がかけられた。

 

「………………」

 

青年は声のした方を振り返る。

 

 振り返った先には、人を食ったような笑みを浮かべ、旧知の間柄であるような馴れ馴れしさで語る男がいた。

 髪は曇天のような灰色。瞳は雲ひとつない晴天のような碧。目の下から顎にかけて、菱形が連なったような痣を持つ奇妙な風貌の男だ。

 

「才能だけは一丁前。殺意どころか人を斬るって気概すら全くねえのにその腕か……」

 

 男の言葉に、青年は眉をひそめる。

 

「……私が斬ったのは鬼だ」

 

 青年の小さな反論に男は盛大に吹き出した。

 

「かっかっか」

 

「何がおかしい」

 

「おかしいに決まってるだろ!何寝ぼけたこと言ってやがる!斬ったのは鬼だ?お前が斬ったのは人間だよ。少しばかり変質しただけのな!」

 

「それは……」

 

 笑いながら否定され、青年は言葉に詰まる。男のいう通り、鬼は人間が変質した存在。鬼を狩ること即ち人を殺すこと。そう同義されても反論は出来なかった。

 

「しかしまあ、それならあの結果に繋がっちまうのにも納得だ。人と思っていないのなら、人を斬るって気概がないのも──当然か」

 

 ひとしきり笑ったあと、顎をさすりながら笑みを深くする男。男が勝手に納得し上機嫌になっている一方で、青年の機嫌は緩やかに降下していた。

 

「…………私に何か用だろうか?」

 

 青年は表情を変えず、少しだけ低くなった声で男に問いかける。

 

「いやなに、化け物みたいな腕前の、植物みたいな剣士がいると聞いてな──しかもその剣士、戦乱の世だというのに戦には全く出ない変わり者ときたもんだ。少々興味が沸いたんでな、表の仕込みが終わって時間が出来たついでに、ちと様子を見に来たのさ」

 

 この男のいう『化け物』というのは恐らく自分のことだ。過去何度か言われたことがある。鬼、同士、そして──実の兄。

 

「私は、化け物と称されるほど大層な人間ではない」

 

「当たり前だろ」

 

 間を置かずに即答された。この男、本当に一体何なのだろうか。

 

「お前程度の腕前なら表の世界でもそこそこいる。一流と呼ばれるやつらがそれだ──中には超一流と称するべきやつらも……といってもこっちはかなり少ない──お前、刀一本で武家屋敷や海を真っ二つに出来るか?」

 

「………………」

 

 出来るか、と問われても返答に困る。試したことがないので分からない。やろうとすら思わない。必要に迫られなければ、刀を抜くのも避けたいのだ。

 

「お前を『化け物』と称したやつらは、見る目も腕も三流どころなだけさ」

 

 目の前の男は己の返答を待つことなく言葉を続ける──いや、先ほどから好き勝手に喋るこの男には、そもそも返答を待つ気など更々無いのかもしれない。

 

「それとお前、さっきもそうだったが、刀を振るっているとき、刀が折れないように加減してるだろ?」

 

「なに……?」

 

「お前が持っているその刀、とんだナマクラだ。使い手の実力に見合った強度じゃねえ」

 

「それは……」

 

この男の言っていることは正しい。確かに己は刀が折れぬよう注意を払っている。仕方のないことだ。

 

「鬼を狩ることが出来る刀は日輪刀のみ……この刀は繊細だ」

 

「違うな。脆いだけだ」

 

 即否定。

 この男と会話を始めてから否定ばかりされているが、どの否定よりも強い。

 

「この世にあるすべての刀は、おれの部下みたいなものだから分かる。脆い刀にも利点はあるが、お前の持っている刀はその利点目的で打たれたわけじゃねえ。単純に刀鍛冶の腕が悪いのさ」

 

 嫌味も、馬鹿にする気配も一切ない。『純然たる事実』としての断言。

 

「そうだとしても、私はこの刀を使うしかない。日輪刀を打てる刀鍛冶は限られている」

「おれなら打てる」

「……なに?」

「おれなら打てると言った。聞こえてたくせに、聞き返してんじゃねえよ」

 青年は改めて男に向き直り、まっすぐと男を見つめる。

 男の──人を食ったような笑みも、馴れ馴れしさも先ほどから何も変わらない。

 

 

 それでも、この男は真実を──いや『事実』を口にしている。

 

 

「お前の刀、おれに打たせろよ。これでも界隈じゃ名の通った刀鍛冶だ。今後はおれの打った刀を振るえ」

 

「なぜ……?」

 

 なんのために──?

 縁もゆかりもない、初対面の自分の刀を打つというのだ。

 

「単なる私怨さ……このままだと、あいつが死んだ元凶だけが得をする──表の仕込みは根を張った。あとは裏だ」

 

 何も口にしていないのに男は疑問に答えた──口にする必要もないほど、痣の青年が抱いた疑問は分かりやすいものだった。いきなりこんなことを言われれば、胸のうちに抱くものは、みな同じだ。

 

「最初で最後の──おれの日輪が、どう歴史に影響するか見物じゃねえか」

 

 歴史への影響とは、随分と大きく出たものだ。普通の人間であれば、男の言葉を誇大妄想狂の戯言だと考え、相手にしないだろう──だが、この男『継国縁壱』は普通ではない。

 

「貴殿の言っていることは、私には理解が難しい。けれども、私が存分に振ることの出来る刀を打てるのであれば、伏してお願い申し上げる」

 

 この世が乱世と呼ばれ、この国が戦国と呼ばれていた頃の話。

 

 今は昔の物語。

 

 はじまりの呼吸の剣士、継国縁壱と──この時期には表の歴史改竄の仕込みを終えていた伝説の刀鍛冶、四季崎記紀との──誰にも語られることのない、なれ初めだった。

 

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