支援部隊『隠』
怪我を負って戦えなくなった隊士や剣才に恵まれなかった者がそれでも何らかの形で鬼殺隊に貢献することを望んだ者が行き着く先に所属する部隊。
故にほとんどの隠は戦闘能力を有していないが、中には隊士と遜色ない実力を持つ者もいる。
特に顕著なのは隠の頭領を務める男ーー鑢王葉だ。
隠であるがため専ら後方支援に回ることが多いが鬼殺隊への所属年数は岩柱をも超え最長であり、戦闘能力は柱にも匹敵するのではないかとも噂されている。
いま獪岳の目の前で各任務の事後処理に追われている、この男が、だーー
上背は六尺を超える大柄で、身体の必要なところに必要なだけ筋肉が付いているといった外見を見れば戦う術を持っていても不思議ではないが、隠に所属している人間が柱と同等の実力を持っているという噂を信じるものは少ないだろう。
2年前に出会った時、彼の戦いを目にするまでは眉唾だろうと獪岳もタカを括っていたものだ。
「ん、どうした獪岳?何か気になることでもあるのか?」
黙って見つめる獪岳に気がついた王葉に視線を向けられた。
彼の碧と金が混じった不思議な色合いの瞳を向けられると心の中を見透かされる気分になる……まあ、いまのところ見透かされて困るものは無いのだけれども……
「いえ、なんでもないです。それよりも今日はもう追加の書類はないですから」
「いつもより少なくないか?」
「今日は柱合会議があるので処理できるのはこの位が限界でしょう?なので調整してもらいました。特に、今回は那田蜘蛛山の件もあって会議が長引きそうですし」
「ああ……確かに今回の会議は長引きそうだ。調整してくれてありがとうな、獪岳がいてくれて助かる」
その言葉を聞いて獪岳はくすぐったくなった。
王葉が臆面もなく謝意を述べる人柄であることは理解しているが、彼からこういった言葉を向けられると未だに妙な照れくささを抱かずにはいられないのだ。
「…………仕事ですから。それと、これから蝶屋敷に備品取りに行くので必要なものがあれば言ってください」
そう伝えれば彼はほんの一瞬固まった。
何か不都合なことでもあるのだろうか。
「いやその仕事は別のやつにやらせるからいい。那田蜘蛛山のこともあって今日は蝶屋敷に出入りしている隠も多いからな……それよりも事務処理の手伝いを頼めるか?」
なるほど、と獪岳は合点がいった。
那田蜘蛛山での大規模任務で負傷し、蝶屋敷に運び込まれた隊士の中には獪岳が毛嫌いしている喧しい蒲公英頭もいるということは把握している。
二人の関係性を知っている王葉は、獪岳と顔を合わせないようにと気を遣ってくれたのだ。
「隊士の病室に近づかずとも済ませられる用事なので大丈夫です」
気を使ってくれるところ悪いが、そこまでやられると子供扱いされているようで少々イラッとする。
「わかった。なら頼む……と、そろそろ時間だな」
王葉はそう呟くと残っていた書類を片付け会議の場へと向かうために席を立つ。
そして部屋を出る直前、入り口付近に立っていた獪岳の肩を軽く叩き、笑いかけた。
「明日は久々に時間が取れそうだから、気が向いたら俺の屋敷に来い。稽古つけてやる」
そうすれ違いざまに言った王葉は獪岳の返事を待たずに去っていった。
気が向いたらなどと宣っていたが、獪岳が来ることを疑いもしていないのだろう。
「すごいなぁ、獪岳さん」
「なんですかいきなり?」
「頭領が隊士の方に仕事の補佐を頼むだけでも珍しいのに稽古までつけるなんて、今まで見たことなかったです。信頼されてるんですね」
そばに立っていた隠は尊敬の眼差しで獪岳に言葉をかけたが、返ってきた言葉は素っ気なかった。
「都合よく使われてるだけですよ……」
とは言いつつも悪い気はしていないのは声音から察せるのだがーー
▪︎ ▪︎
拝啓 腹黒狸の親友へ
新緑の候、ご健勝にてお過ごしのこととお慶び申し上げます。
風薫るさわやかな季節となりましたがいかがお過ごしでしょうか。
柱たちが勝手に盛り上がっているので早めにお越しいただけますと幸いです。
柱合会議の場へと到着するとともに目に入った光景を見て、王葉は心の中でそう呟いた。
鬼への憎悪が一際強い実弥は軽く暴走し始めており、隠から鬼の入った箱を奪っている。
正直見なかったことにしたいが、立場上、止めないわけにもいかない。
「鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ?そんなことはなァ、ありえねぇんだよ馬鹿……」
「そこまでだ不死川。勝手な行動は慎め」
いよいよ、実弥が鬼を刺そうと刀を抜いた一瞬の隙に箱を奪い、天高く上げる。
「何しやがる鑢ィ、鬼の入った箱を返せぇ……」
鬼への憎悪と怒りをそのままに睨みつけてくる実弥。
これは完全に頭に血がのぼってるな、前の任務で嫌なことでもあったんだろう。
「それはこちらの台詞だ。お前の私的な感情で俺の部下を困らせるな」
「ああ゛⁉︎俺たちは鬼殺隊だァ、鬼を斬って何が悪い?」
「……竈門隊士及び、鬼の少女を拘束し本部へ連れ帰るべしと伝令があったことは知ってるだろうが?そんな特例が鬼殺隊の当主から下ったんだぞ、個人の判断で処分することの意味をよく考えろ」
「ッ⁉︎……ぢッ」
その言葉に冷静を取り戻した実弥は大きな舌打ちとともに刀を鞘に収めた。
不服ながら、王葉の言っていることが正論であることは理解できる。
実弥が刀を完全に鞘に収めるのを見てから、王葉はため息をついて他の柱に視線を向ける。
「まったく、お前らも止めろよな……」
「あら、私は一応止めましたよ?」
しのぶがすかさず茶々を入れてきたが、軽く言葉をかけただけで本気で止める気など全くなかったであろうことは現場を見ていなくとも分かる。
「“一応”だろ?」
あわよくば、そのまま鬼の頸を斬ってしまえとでも思っていたに違いない。
しのぶの鬼への憎悪の強さは実弥と良い勝負なのだからーー
「ね、襧豆子ぉ……」
そして聞こえるかすれた声。
音の方向を見てみれば、後ろ手に拘束された少年が王葉の持つ箱を必死の形相で見つめていた。
「お前も、鬼殺隊に所属したのなら自身の行動が周りに与える影響を考えてから行動しろ」
王葉は鬼を連れた件の問題隊士、竈門炭治郎を見つめて静かに告げる。
年若い上に鬼殺隊に入ってから日が浅い炭治郎にはまだ難しいことだろうーー
だが鬼を連れた鬼狩りの存在は鬼殺隊史上、類を見ない。
炭治郎には自分の立場を理解してもう必要がある。
「お前の行動ひとつで他者の人生が滅茶苦茶になる可能性があることを自覚しろ」
「あ、その……」
炭治郎は真っ直ぐ王葉を見つめているが、言葉が見つからず黙り込んでしまったーー
「王葉ーーそこまでにしてあげて」
直後、耳心地の良い声音がその場に響くーー
その瞬間、柱たちは一斉に膝をついた。
「遅いんだよ……」
王葉も当然の如く膝を折り、頭を下げるが発せられた台詞は己の主人に対する悪態である。
最も、ほんの小さな声が故に聞こえていたのは耳の良い宇髄くらいだろう。
そして、産屋敷耀哉から柱への説明がなされる。
竈門炭治郎及び、襧豆子を容認していたことーー
襧豆子が二年以上もの間、人を食わずにいたことーー
もしも襧豆子が人に襲いかかった場合は竈門、鱗滝、冨岡が腹を切ることーー
実弥や杏寿朗は説明を受けても鬼を処断するべきという姿勢を崩さず、実弥に至っては切腹するなら勝手に死ねとまで言う始末。
「勿論、同門の者からの報告では信用できないという声もあるだろう?だから王葉にも炭治郎を見てもらっていたんだ。王葉、報告をーー」
耀哉に促された王葉は顔を上げずに口を開く。王葉の口から語られたことは要約するとこうだ。
王葉は竈門炭治郎が妹と離れて最終選別を受けている間に鱗滝の元を訪れていた。
報告にあったとおり、鬼の少女は人を襲う様子はなかった。
そのまま数日間、見張っていたものの状況は変わらずただ懇々と眠るのみであった。
勿論それだけで信用するわけにはいかないーー
そのため、炭治郎が正式に隊士となった後も鎹烏を通じてずっと監視を続けていた。
だが竈門襧豆子は人を襲う片鱗すら見せなかった。
戦いにおいて、どんなに傷を負おうとも人を守るために兄とともに戦っていた。
そして那田蜘蛛山では斬りかかる隊士に反撃することもなく回避のみに徹していた。
「ーーよって、隠頭領 鑢王葉の名において鱗滝及び、冨岡の報告に嘘偽りなしと判断いたします」
王葉は静かにそう締めくくった。
「襧豆子が二年以上もの間、人を喰わずにいるという事実があり、三人の者の命が懸けられているーーそして、隠頭領である王葉が報告に偽りなしと判断している。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」
耀哉の言葉に先ほどまで騒がしかった杏寿郎は黙り込んだが、実弥は納得ができず唇を噛み締めている。
「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」
耀哉の言葉を機に柱たちは一斉に騒がしくなり、やれ鬼舞辻の能力だ、根城は突き止めたのかと捲し立て炭治郎に詰め寄ったーー
が、すぐに耀哉の牽制によって鎮まりかえった。
「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追手を放っているんだよ。単なる口封じかも知れないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らく襧豆子にも、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。分かってくれるかな?」
流石に耀哉がそこまで言えば柱は静まりかえるが、実弥は青筋を浮かべて吼えた。
そして鬼の醜さを証明してやると腕を切り裂く。
「鑢、鬼の入った箱をよこせえ……」
「負傷した稀血の人間がすぐそばにいたときの反応も先程報告したはずだが?」
報告が信用できないとでも?ーーそう言外に伝える王葉に実弥はさらに吼える。
「鬼側が負傷した状態で稀血と相対した場合の確認はしてねえよなあ?だからこの場で確認してやる」
そう言って実弥は王葉から箱を奪いとり、刀を突き刺すも、その後は何とも呆気ないものだった。意気揚々と日陰で襧豆子に血の滴る腕を見せるも、襧豆子は不死川を少しの間睨みつけるのみでそっぽを向いた。
実弥の稀血にすら耐えるとは大したものだ……まあ、兄の呼びかけがあったからというのも大きそうだがーー
そして襧豆子を生かしておくことに面と向かって反対するものがいなくなり、炭治郎の決意表明がなされた頃だった。耀哉が王葉へと視線を向けて、話し始める。
「……それと、王葉の意見も聞かせてくれるかい?」
(は?何を今更……)
それはある種の不意打ちだった。
二人は古い付き合いなのだから、王葉が襧豆子の処遇に異論がないことは聞かなくても分かるだろう。
そう思った王葉が顔を上げれば、まっすぐとこちらを見つめる耀哉と目が合う。
すでに光を映すことのない瞳だが、この世の誰よりも長い付き合いの耀哉が考えているかは理解できるし、その逆も然り。
耀哉も王葉の考えは理解しているし、それは同一である。加えて隠頭領として襧豆子に危険がないと判断を下したことも話した。
なら何故わざわざ王葉の考えを問うのか、その理由は明白でーー
「王葉の判断は聞かせてもらったけど、意見そのものはまだだからね」
(コイツ……!体裁保つために自分の考えを俺に言わせようとしてやがる!)
耀哉の率直な考えを話せば、鬼殺隊の当主に不信や嫌悪を抱く者が出てくる可能性があるため直接語ることは憚られる。
だからこそ王葉を身代わり……現代で言うところのスケープゴートにするつもりなのだ。
(仕方ねえな……)
王葉は心の中でため息をつき、口を開いた。
「長きに渡る鬼殺隊の歴史上、人を喰わない鬼が存在したという記録はありません。そのような特殊事例は生かしておいて理由を突き止めるべきかとーー理由さえわかれば、鬼の被害を減らせる可能性がありますので、反対する理由はありません。ただ、竈門、冨岡、鱗滝の責任の取り方については大いに不服です。柱が死ねばその皺寄せは必然的に一般隊士や隠にも及び、結果として鬼の犠牲者が増えることとなる」
柱という最高戦力の消失によって鬼殺隊が被る被害は甚大だ。
そんなことは断じて認められない。
「王葉、すべて言うといい。王葉が求める罰は何なんだい?」
「竈門隊士は自刃、冨岡は足手纏いと判断されない限りは除隊を禁ずること、そして鱗滝左近次の隊士復帰となります。死が罰など生温い……鱗滝も老いたとはいえ元柱、雑兵程度には使い物になりましょう」
王葉の声音にはまるで物が話しているかのように抑揚がなく、何の温度も感じられなかった。その意見を聞いた殆どの者は体を強張らせるも耀哉は相変わらず穏やかな笑みを浮かべて言葉を発した。
「義勇、炭治郎、王葉の言葉はとても厳しいけれど皆を思ってのことだ。だから気を悪くしないでほしい」
「御意」
「は、はい勿論です!」
(相変わらず白々しい……)
自身は鬼殺隊の優しく尊敬される父としての立場を崩さず、冨岡には己の立場と命の重さを、炭治郎には己の立ち位置の危うさを再認識させる耀哉の様子に、王葉は心の中で軽く悪態をついた。とはいえ竈門炭治郎の話題については終わりそうだーーと、思ったところにもう一波乱。
竈門炭治郎が蝶屋敷に行く前に不死川に頭突きさせろと騒ぎだし、屋敷の柱にしがみついたまま離れなくなったのだ。王葉の部下でもある隠は必死に引き剥がそうとしているが炭治郎が離れる気配はなく、一部の柱たちもイラつき始めている……仕方ない。
「炭治郎……」
「っ!?」
王葉は静かな、だが少しだけ穏やかさを感じさせる声音で炭治郎に声をかけた。名を呼ばれた炭治郎は王葉の方を振り向き、彼と目が合うと途端に大人しくなる。
「一番最初に俺が言ったことを忘れたか?」
“鬼殺隊に所属したのなら自身の行動が周りに与える影響を考えてから行動しろ”
王葉が炭治郎と出会ってから一番最初の言葉。それを思い出した炭治郎は急に大人しくなり、屋敷の柱から手を離した。
「すみません。俺……」
「わかったならいい。早く蝶屋敷に行って治療を受けろーー妹の存在を認めさせるんだろう?」
素直に謝罪の言葉を発した炭治郎に、王葉は穏やかな笑顔を向ける。
「はい!あの、本当にすみませんでした!」
そして元気よく謝罪をした炭治郎は大人しくなり、やがて隠に連れられて蝶屋敷へと向かう。
去り際に耀哉が余計な一言をかけたせいで一瞬その場に留まりそうになったが、王葉の部下のおかげで速やかに連行されていった。
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行灯の橙色の明かりに照らされた部屋。
報告終えたものたちは鬼殺隊当主の言葉を黙して待っていた。
「皆の報告にあるように、鬼の被害がこれまで以上に増えている。人々の暮らしがかつてなく脅かされつつあるということだね。鬼殺隊員も増やさなければならないが、皆の意見をーー」
耀哉から促された後、最初に口を開いたのは風柱の実弥だった。
「隊士の質が信じられない程、落ちている。殆ど使えない。まず育手の目が節穴だ。使えるやつか使えないやつか位わかりそうなもんだろうに……一部の隠の方がずっとマシだ」
「確かに一部の、ある程度戦闘能力を持った隠は使える奴が多いな。それに鑢の補佐をしいる雷の呼吸の隊士、あいつも見所がある」
実弥の言葉に続くのは音柱の天元だ。
顎に手を当て、どこか揶揄うように王葉に視線を向けて言う。柱の中では二番目に王葉との付き合いが長い彼は、王葉が特定の誰かに目をかけるという初めての事態が面白くて仕方ないのだ。
「ようやく見つけた補佐要員で、稽古までつけてるんだ。当たり前だろ……引き抜くなよ」
「へいへい」
王葉は声音と視線で軽く天元を牽制するが、されている本人はどこ吹く風だ。天元に引き抜く気がないことは分かっているが、気が変わって声をかけられてしまったら面倒なので一応の保険はかけておくに越したことはない。
「人が増えれば増えるほど制御統一は難しくなっていくものです。今はずいぶん時代も様変わりしていますし……むしろ隠の方々はあれ程の人数がいるのによく纏められますよね」
蟲柱のしのぶが社交辞令的に賛辞の言葉を述べるが、隠の内情を考えると感心するほどのことでもない。
在籍するもののほとんどは何らかの理由で隊士になれなかったものか、引退を余儀なくされた元隊士だ。それ故に実は隊士以上に執念深いものが多い。
そして隊士ほどではないが隠も命がけだ。鬼殺隊として生き残るためには団結するしかない。そのことを皆知っているだけという話で、むしろ感心すべきは隠の統率力ではなく執念だ。
「愛するものを惨殺され入隊したもの、代々鬼狩りをしている優れた血統をしているもの以外に、それらのものたちと並ぶ、もしくはそれ以上の覚悟と気迫で結果を出すことを求めるのは残酷だ」
岩柱の行冥が涙ながらに語るが、彼の話に出てきた事情を持つもの以外は一部の例外を除いて鬼殺隊に入らないか最終選別で死ぬので問題は別のところにある可能性が高いのだが、藪蛇なので面と向かって異論を唱えるものはいない。
「それにしてもあの少年は入隊後まもなく十二鬼月と遭遇しているとは引く力が強いように感じる。中々合間見える機会のない我らからしても羨ましいことだ」
炎柱の杏寿郎が言う通り、炭治郎の引きの強さは目を見張るものがある。正直、あれこれ手を尽くして鬼舞辻や十二鬼月の足取りを追うより、誰かひとり炭治郎に付けていた方が効率が良いかもしれないーー次に彼が十二鬼月と遭遇することがあったら、獪岳をつけてみるかと王葉は思案する。
「そうだね。しかし、これだけ下弦の伍が大きく動いたと言うことは那田蜘蛛山近辺に無惨はいないのだろうね。浅草もそうだが、隠したいものがあると無惨は騒ぎを起こして巧妙に私たちの目を逸らすから」
「鑢、鬼舞辻の根城は突き止められなかったのか?貴様のことだ。例の浅草での一件以来、当たりをつけて探っていたのだろう?」
耀哉の言葉を聞いて、蛇柱の小芭内がネチネチと追求するような視線と言葉を王葉に向ける。
「当然。だが尾行の烏は直ぐに惨殺。鬼舞辻が紛れ込んでいた家族を突き止める頃には関係者一同全滅だよ」
絶対に口には出さないが、無惨の証拠隠滅の徹底っぷりが鮮やかすぎて敵ながら天晴れ、と王葉が感心してしまった程である。まあ、そういったことに関しては誰かさんも負けていないのだがーー
「なんとももどかしいね。鬼どもは今ものうのうと人を喰い、力を付け生きながらえている。死んでいったものたちのためにも我々がやることはひとつ。今ここにいる柱は戦国の時代、始まりの呼吸の剣士以来の精鋭たちが揃ったと思っている……それに、戦国の世とは異なり今は虚刀流を受け継ぐものもいる」
耀哉はそこまで言うと、姿勢を改め目の前に座するものたちを真っ直ぐ見つめる。既に視力の失われた瞳だが、彼には皆がどの様な顔をしているかありありと分かる。
「宇髄天元、煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶ、甘露寺蜜璃、時任無一郎、悲鳴嶼行冥、不死川実弥、伊黒小芭内、冨岡義勇、そして鑢王葉ーー皆の活躍を期待している」
「御意」
鬼殺隊当主の言葉、一同口を揃えてそう言った。
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柱合会議が終わり、月が空高く昇った頃ーー
月明かりに照らされた柱も己の娘もいない部屋で、耀哉はひっそりと座っていた。
「鬼舞辻無惨、何としてもお前を倒す」
穏やかな声音で紡がれた言葉は一族の悲願。
声だけでなく表情も穏やかだが心の中は怨恨に満ちている。
「お前は必ず私たちが……」
「やめとけよ。恨み言ばかりだと自分の気も滅入るぞ」
耀哉の言葉を遮ったのは彼の従僕であり、親友の王葉だ。王葉は耀哉の返事を待つことなく部屋に入り、彼の前にあぐらをかいて座る。柱合会議の時とは比べものにならない気安さだが、これは二人きりであるからこそのものなので耀哉も咎めることはしない。
「おや、書類仕事は終わったのかい?」
「ああ、獪岳が調整してくれたからな。急ぎのものは終わった」
「ふふ、彼のお陰で王葉の負担が減ったのならよかった。では、隠頭領の報告を聞かせてほしい」
柱のいないこの場、この時に二人の間で話される事柄は、隠による隠蔽工作にかかった予算や隠蔽手段、根回しした組織の情報、そして隊士の管理状況など多岐にわたる。
王葉は一通りの報告を終えると神妙な面持ちで口を開いた。
「……状況は正直厳しい。
王葉の言う、壬申戸籍とは日本で初めて導入された全国的な戸籍制度である。この制度が導入される以前は藩ごとに行われていた戸籍の管理が、壬申戸籍によって全国的に行われるようになり、より厳格的に国民が管理されるようになったのである。
「今は出生も死亡もまだまだ届けのないものが多い上に制度自体に不備があるからなんとかなっているが、戸籍制度が確立されてしまえば政府非公認組織である鬼殺隊は間違いなく犯罪集団認定されるだろうな」
そしてこれは完全に余談だが、王葉の言う通り壬申戸籍には不備が多く、施行されてからわずか十数年で廃止されることとなる。
「鬼は死ねば死体が残らない。だから被害者の出た現場を見た第三者の目には隊士が殺人を行ったとしか映らない……それは行冥が身をもって経験している」
王葉の懸念は耀哉にもよく分かる。これは鬼殺隊が発足した当初からの問題で、その度に方々への根回しに手を焼いてきたのだ。
「ま、鬼殺も殺人だから別に間違っていないが……」
「王葉……」
身も蓋もない言い方に耀哉が咎める様に王葉の名を呼ぶが、王葉自身はそれを鼻で笑って言葉を続ける。
「戸籍上の扱いは鬼も人間だろ。だから鬼殺隊は政府の公認組織にならない。一般隊士はともかく柱連中にはその認識持たせたほうがいいと思うがな……でないと鬼殺隊の立場が悪くなってきたときに取り返しがつかなくなるぞ」
「わかっているよ。でも身体的な負担の多い剣士たちに精神的なものまで背負わせるのはね」
歴戦の戦士でもある行冥や天元は察していそうだが、その他の柱たち……特に蜜璃やしのぶ、義勇あたりに与えるであろう精神的な衝撃とその後のことを考えると、隠だけで対応出来るうちは自覚を持たせることは控えたいのだ。
「俺たち隠の負担はいいのかよ……大体お前は隊士甘やかしすぎだ。昼間も煉獄のやつが竈門を斬首しろって言ってたらしいじゃねえか。せめて鬼でない奴を斬首したら立派な殺人犯になると認識させろ。今は非公認とはいえ一部の政府連中が裏で鬼殺隊の援助をしてくれているから戸籍の偽造もできるが、何かあればすぐに手を切られるぞ」
「そこは、ほら優秀な隠たちが上手くやってくれるだろう?」
「お、ま、え、は〜〜!」
王葉は隊士を甘やかすばかりで殆ど叱らない当主には頭を悩ませており、常日頃から文句を言っているが暖簾に腕押し状態でちっとも治らない。
昼間の裁判のあとに耀哉が言っていた伊黒と不死川への小言も如何なものかと思っている。何が‟下の子に意地悪をしないこと”だ。
‟鬼殺隊を支える柱は下の階級の隊士の模範となるべき存在なのだから、任務の場以外でも感情を抑える術を身に着けろ”くらい言えよ!
「そう怒らないでよ母さん」
「誰が母さんだ!こんな子供に甘い亭主を持った覚えはねぇ、お前本当いい加減にしろよ!」
王葉は割と真剣に話しているのに耀哉は茶化してくるのでイラっとさせられる。
正直、耀哉が呪いに侵されていない健康体だったら首元の衣服を掴んで前後に揺さぶっているところだ。
「ふふっ、王葉と隠たちにはいつも感謝している。ありがとう」
少し楽しそうに、穏やかに笑う耀哉。
「……お前の言葉には何の価値もないから本当に感謝しているなら休みをよこせ」
耀哉が本心から労いの言葉をかけているなら受け取るが、それが社交辞令であるならばいらない。ちなみに今のは半々くらいだ。
そんなお飾り貰うくらいなら休みが欲しい。明日は久々に丸一日休みだが、最後にまとまった休みをとったのはいつだっただろうか……
「それは難しいかな、代わりにお給金は弾むからそれで我慢してね」
それはそれ、これはこれとハッキリ告げる耀哉は先ほどとは打って変わって胡散臭さ全開だった。
「金もらっても使う時間がなきゃ意味ねーんだよ!」
実はとてつもなく金のかかる趣味を持っている王葉だが、多忙すぎて散在する機会が中々ない。そして鑢家は数世代前から産屋敷に仕えるようになったが、歴代の鑢家当主は王葉と同様に多忙だったため鑢家の資産は莫大なものになっている。要はいくら金をもらっても全くもって嬉しくないのである。
「チッ……もういい、俺は帰って寝る!」
報告は終えた上に、これ以上は何を言っても無駄であると判断した王葉は荒々しく立ち上がり部屋の出口へと向かう。
部屋を出る直前、王葉はふと立ち止まってーー
「それと、知っているだろうが明後日からしばらく本部を留守にする。急ぎの用があれば烏を通して連絡してくれ」
「わかっているよ。王葉、身体に気をつけて……よろしくね」
何を、とは言われなくとも分かっている。
王葉は親友の言葉には答えず、そのまま静かに部屋を後にした。