鬼殺語   作:風船

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──各々の道筋

 

 

王葉は不敵な笑みを浮かべ、チョイチョイっと手招きをして猗窩座を誘う。

 

この時、ちょうど王葉の向かい側に位置する場所で状況を見守っていた炭治郎と伊之助からは、まるで敵と遊ぶかのような王葉の表情や仕草に至るまでがハッキリと見えていた。

 

「八つ裂きだと?ふざけるな!俺が人間ごときに遅れをとるはずがない」

 

挑発に激昂した猗窩座は一気に距離を詰め、そして身体を極限まで捻り全体重を乗せた拳を王葉の顔面に叩き込む──

 

ふっ、と王葉は実に軽やかに、まるでそよ風のように攻撃をかわす──そして身体をそのままさらに半回転、己の間合いに入った猗窩座に対し、足刀を繰り出す。

 

足刀は猗窩座を喉元に入ったが、頸を落とすまでには至らない──しかし、猗窩座は反撃に移れない。

 

理由はわからないが、相手の動きを闘気として感知する己の鬼血術が反応しないこの状況では、猗窩座は目視で敵の攻撃を捌かねばならず、かなり動きにくい。

 

王葉は上下左右から間髪置かず、縦横無尽に次々と攻撃を繰り出す。その一撃、一撃が命を奪うための剛拳、剛蹴。直撃すれば頸は原型を留めない。

 

猗窩座は久しく忘れていた強者と対峙した際の焦りを感じていた。

 

「くそっ!」

 

そして憎々しげに悪態を吐くと、腰を深く落とし身を沈め、地面を思い切り蹴って王葉から距離を取った。

 

己が不利を感じ取って直ぐ様行動に移すあたり、猗窩座も数百年戦い続けている上弦の鬼だけのことはある──が、先程まで煉獄杏寿郎を追い詰め、鬼になれと誘いをかけていた姿とは似ても似つかない。

 

そして王葉は猗窩座を深追いしない。

王葉の方が有利な状況に見えると言うのにしない。

 

「体捌き、技の威力、どれをとっても至高の領域に近い……だからこそ解せない──貴様、本当に何者だ?」

 

「………………………」

 

猗窩座の問いに王葉は答えない。

当然である。誰が進んで敵に情報を与えるというのか──だがまあ猗窩座のこの質問に関しては、答えようと思っても答えられないというのが正しい。

 

一方で猗窩座はただひたすら混乱していた。

いま目の前に対峙している男は、数百年間一度も見たことのない『闘気の無い人間』だ。

 

赤子にすら薄い闘気があるというのに、この男にはそれが全く無い。

 

別の生き物……いや、生き物ですら無い。そんなことはあり得ないはずなのに──

 

猗窩座は 抜身の刀そのもの(・・・・・・・・)と相対している気分だった。

 

だが戦いの場では予期せぬこと、はじめて遭遇する事態全てを即座に理解し対処しなければならない──が、今の猗窩座にはそれが出来ない。

 

最大の天敵、太陽が現れたのだから──

 

(気に食わない、腹立たしい!だが夜明けが近い、この場には陽光が差す!逃げなければ!)

 

猗窩座は背後の雑木林に逃げ込むために足に力を籠める──当然、王葉は意図に気付き猗窩座を逃さんと追撃を開始するが、それは猗窩座にも推測できる。

 

だからこそ──

 

「術式展開『終式・青銀乱残光』──!」

 

逃亡と謀るとともに目の前の得体の知れない存在を消すべく、百発もの拳の乱れ打ちをほぼ同時に王葉に向かって放った。

 

(いまこの瞬間であれば、この男は確実に俺の真正面にいる!)

 

しかしそれでも王葉の勢いは止まらない。

 

王葉はその巨躯を縮こめるように思い切り腰を捻り拳を握り、もう片方の手でくるむ──そして捻った身体が元に戻る反動ごと拳を猗窩座の頸をめがけて叩き込む。

 

 

「虚刀流奥義『柳緑花紅』」

 

 

技がぶつかり合った瞬間、猗窩座と王葉を中心に衝撃波が広がり、土埃とともに轟音が響き渡り──やがて音が消えた。

 

 

(ど、どうなったんだ……?)

 

(くそっ、なんも見えねえ!)

 

 

固唾を飲んで王葉と猗窩座の激闘を見守っていた炭治郎と伊之助は状況が分からず不安に駆られていると──

 

カラン──と、戦闘音の無くなったその場には乾いたような落下音に続いて地面を勢いよく蹴る音が響いた。

 

「チッ……」

 

そして明らかに不機嫌だと分かる舌打ちの音。

 

土煙が完全に晴れれば、炭治郎と伊之助の視界に映ったのは割れた面を片手に頭を掻く王葉の姿だった。

 

「こりゃ、直してもあまり意味ないな……手甲も壊れたし、やっぱ強度がイマイチなんだよな」

 

盛大にため息を吐く王葉の言う通り、割れた面はいたるところにヒビが入っていてどう修理してもすぐに割れてしまうことが予測できるほど損傷しており、王葉が身に着けていたであろう手甲は粉々に砕けて彼の周りに散らばっていた。

 

「鑢さん!」

 

「仮面野郎!」

 

炭治郎と伊之助が王葉を呼べば彼は振り向き、二人の方へと向かって歩き出す。流石に無傷とはいかないものの、しっかりとした足取りで歩いてくる王葉の様子に、そこまで酷い負傷はなさそうだと二人は安堵した。

 

「竈門と……嘴平隊士か、二人とも負傷してはいるが命に別状は無さそうだな。おい!もう近づいても大丈夫だからこの二人も手当てしてやってくれ!」

 

王葉の言葉に周りを見れば大勢の隠が各々怪我人の救護に奔走している──王葉と猗窩座の戦いに魅入られていて今までこの状況に全く気づかなかった。ただ思い返してみれば王葉は猗窩座と戦っている際、炭治郎や伊之助と向かい合わせの位置になるように移動していた。

 

(先程の戦闘で明らかに猗窩座より有利に見える状況でも追撃をしなかったのはこのためだったのか……)

 

大立ち回りをすればそれだけ猗窩座が隠たちに気づく可能性が高くなる。

猗窩座の注意を引き付けるためには仕方のないことだった──炭治郎が王葉の行動理由をそう解釈していると、黒髪の剣士が近づいてきた。

 

「横になって傷を診せろ。応急手当をする」

 

ただそれだけを言うと彼は返事を待たずに炭治郎を横に倒し、手当てをしていく。

炭治郎の衣服を開き、患部の消毒し、薬を塗っていく。一連の動作は手際が良く、明らかに慣れているということが分かった。

 

「あの、貴方は……」

 

隊服を着ている上に日輪刀を所持していることから隊士なのだろうが、だとしたら何故隠と一緒に救護活動にあたっているのだろうか。

 

「……………喋るな、止血にだけ集中しろ。俺の名は獪岳、俺のことが気になるなら後で誰かに聞け」

 

黒髪の剣士、獪岳は炭治郎が何を聞きたがっているのかを視線で察して名前だけは名乗ったが、それ以上のことを教える必要性を感じない上に知ってもらいたいとも思わない。

 

「えっ、獪岳!?何でこんなところにいるの?」

 

そんな中、突如として驚きの声を上げたのは襧豆子の箱を背負った善逸だった。先程まで気絶していた善逸は現場の状況が飲み込めず混乱している。

 

「……………」

 

獪岳は善逸の声を聞くと、一瞬不愉快そうに眉をひそめたが無言で炭治郎の傷の手当てを続けた。

 

(なんだか怒って……いや苛々している匂いがする)

 

獪岳と善逸の様子からすると何か深い事情がありそうだが、ここは下手に自分が介入するべきではないのだろうと炭治郎は沈黙を貫く。

そして獪岳は炭治郎が匂いで感じ取った通り苛立っていた。毛嫌い、という表現すら生温い程に嫌悪している弟弟子が近くいるのだから当然だ。正直すぐにでも立ち去りたい気分だが今は王葉の補佐として果たすべき役割が有るためそれも出来ない。

 

「これでいい……これからお前も病院に搬送するが間違っても大声出したり、激しく動いたりするんじゃねえぞ?」

 

「え?あ、はい!ありがとうございます!」

 

「だから大声出すなって今言ったばっかりだろうが……」

 

炭治郎のお礼を聞いた獪岳は呆れたように溜息を吐いて立ち上がる。決して軽傷ではないのに溌溂と返事をする様子に少々毒気と緊張感を抜かれてしまったが、自分にはまだやることがあると獪岳は善逸の方へと向かって歩き出し……そのまま素通りして王葉の傍へと向かう。

 

善逸は一瞬、自分のことを嫌悪している兄弟子が態々話しかけにてくれるのかと期待していただけに心の中では大騒ぎだった。

 

(ええ!獪岳ひどくない!?いくら俺のこと嫌いだからって、こんなあからさまなことしなくても……)

 

しかし、獪岳からしてみれば通り道に偶然善逸がいただけのことなので酷くもなんともない。むしろ育手のもとで共に修業していた頃のように罵倒を浴びせないだけ優しくなっていると言えるだろう。

 

「頭領は……全て軽症のようなので手当てはご自身でできますね。なら俺は他の負傷者の救護に向かいます。諸々の手配とお館様への報告が終わったら、後の指示はお願いします」

 

王葉のことを頭の天辺からつま先まで見回し、軽傷であることを確認した獪岳は淡々とした様子で今後のことを話し始める。二人の関係性を知らない第三者から見れば薄情にも見える態度だが王葉は全く気にしていない……というより、獪岳がこういう対応をするようになったのは王葉のせいなので気にする方がおかしい。

 

「分かってる。それで、煉獄の容体はどうだった?」

 

王葉がこの場に到着したとき既に杏寿郎は満身創痍の状態であり、猗窩座へと最後の一撃を繰り出す直前だった。

 

このままでは杏寿郎が死ぬと判断して咄嗟に戦闘介入したが、あの状況では猗窩座から遠ざけるために杏寿郎を投げ飛ばすのが関の山で、怪我の状態やその後の受け身のことなどを考える程の余裕は無い。

 

杏寿郎を投げ飛ばした直後の轟音から、彼が受け身を取れていないであろうことは察しているため投げ飛ばした張本人としては気が気ではなかった。

 

「かなり深刻な状態だったので真っ先に病院へ──骨折及び内臓損傷に加えて、全身強打……正直なところ病院で詳しく診てもらわないと分かりません」

 

「その言い方だと意識は失っていなかったんだろ?なら後は煉獄の生命力を信じるしかない。俺は急いで報告を済ませるから、それまでの間、頼んだぞ」

 

「はい勿論です」

 

そこからは支援部隊“隠”の本領発揮だった。

これより、負傷者は速やかに病院に搬送。今回の事件は列車の脱線事故として処理すべく関係各所への根回しが迅速に行われることとなる。

 

 

また当然ながら煉獄の負傷、上弦の参の出現──そして鑢王葉の戦闘介入は直ちに柱と産屋敷へと伝えられた。

 

 

 

産屋敷耀哉が今回の報告を受けたのは邸宅の庭を訪れていた時だった。

 

春は藤が幻想的な光景を作り出し、夏は梔子の香りが鼻腔をくすぐる。秋は紅葉と共に色とりどりの桔梗が咲き乱れ、冬は雪化粧に彩られた水仙が咲き誇る──四季折々に姿を変える姿には見る者の心を癒してくれるようにとの思いが込められている。この庭園は、耀哉のお気に入りでもある。

 

 

「二百人の乗客は一人として死ななかったのか。杏寿郎は頑張ったんだね、凄い子だ」

 

耀哉は己の妻に支えられながら、少し嬉しそうに言った。

 

あの後、煉獄杏寿郎は一時的に意識不明の重体となるも何とか一命を取り止めた。現在も搬送先の病院で治療を続けてはいるが、数日もすれば蝶屋敷での療養に切り替えられるとのことだ。

 

耀哉は犠牲者を出すことなく任務を全うした剣士を褒めなくては……杏寿郎が蝶屋敷へ移送されたら、すぐに見舞い労おうと心に決める。そして耀哉はその場に駆けつけてくれた王葉にも感謝の意を示す。

 

「ありがとう王葉……今度は間に合ってくれたんだね。これで鬼殺隊の志気低下は最低限に抑えられた」

 

上弦の鬼と相対しながらも誰も犠牲者が出なかったことは鬼殺隊史上初の快挙であるが、王葉からの報告を聞くに煉獄杏寿郎はおそらく──いや、止めておこう……今はそれよりも優先すべきことがある。

 

「私ももう長くは生きられない。だからそれまでに──」

 

産屋敷耀哉が何を言ったのか、それとも何も言わなかったのか、それは彼のみが知っている。

 

「それと、今回の件で鬼に協力していた人間のことだけれど……」

 

耀哉が再度口を開いた瞬間、彼の醸し出す雰囲気が一変した。

顔には相変わらず笑みを浮かべてはいるものの、先ほどまでの暖かみなどまるで感じさせない冷淡さだ。

 

「……もう終わったのかい?仕事が早くて助かるよ…………うん、分かっているよ」

 

鬼の共犯者の仔細を聞いた耀哉は淡々と呟く。

耀哉の意向は彼のことを誰よりも理解するものによって既に叶えられていた。鬼の被害者は可能な限り鬼殺隊が保護し然るべき対応を行うが、協力者の場合は政府の人間に引き渡され秘密裏に“処理”される。

 

「私はもうじき黄泉の国へ行くことになる……けれどもし地獄というものがあるのなら、私は剣士(こども)たちと同じところに行くことは出来ないのだろうね。まあ、それは君も同じか──」

 

耀哉は今まで犠牲になってきた剣士(こども)たちのことを思い、憂い、最後にそう自嘲した。

 

 

■ ■

 

 

そこは贅を尽くされた部屋だった。

壁に掛けられた絵には神秘的な風景が描かれており、窓の一部には色鮮やかなステンドグラスで装飾されている。内装から調度品に至るまで、洗練された美しさで統一されており、見る者を飽きさせない。

 

そんな部屋に分厚い本を読んでいる少年がひとり佇んでいる──鬼舞辻無惨だ。

 

無惨は鬼になってから千年余り、姿、名前を変え様々な場所に潜り込んで生きてきた。

時には眉目秀麗な貿易会社の社長、時には大商家の婦人、そして時には製薬会社社長の病弱な養子として──

 

現在、無惨が潜り込んでいる家は今までの中では比較的、気楽に過ごせる居心地の良い場所である。

 

第一に、この家の住人は無惨に子供らしさを求めない。

 

第二に、義両親が家庭教師をつけてくれたおかげで勉学のために騒がしい子供がいる学校に通う必要がない。

 

第三に、無惨が太陽の下に出られない理由を皮膚の病に罹っているからだということを疑いもしない。

 

これらの環境が整えられている理由はこの家の人間が、会社を継がせ金を稼ぐための便利な駒程度にしか、無惨を見ていないからである。

それでいい──偽善にしろ、本心にしろ、子供のことを気にするような過干渉は却って不愉快だ。

 

だが、そんな居心地のいい場所で過ごしているにも関わらず、無惨の臓腑は怒りで煮えくり返っていた。

 

いまはどんなものでも無惨の気に障る。

 

幼子に化けた無惨を養子として迎え入れた家で行われている人間たちの会話ですらも怒りの琴線に触れていた。

多感な少年の心に何が触れるかわからないため一応の気遣いとして、義息子が自室に戻り読書を始めたであろう頃に始められた会話だが鬼である無惨の耳には全て筒抜けである。

 

実に腹立たしい──

 

「まぁ本当に利発そうな子ですよね」

 

仮初の姿形に騙され、上部ばかりの賛辞を述べる女も──

 

「いやぁ、私も子供を授からず落ち込んでいましたが良い子が来てくれて安心です。血の繋がりは無くとも親子の情は通うもの、私の跡はあの子に継がせますよ……ただ皮膚の病に罹っていまして、昼間は外に出られないのです」

 

「まぁ、可哀想に……」

 

己が生命としての不出来さを棚に上げ、他力本願な方法に縋り、信じてもいない情について語っておきながら、縋った術にすら逃げ道を作り周囲の同情を買おうとする男も──

 

「その特効薬もね、うちの会社で作れたらと思っているんです。一日でも早く……」

 

あまつさえ欠片も持ち合わせていないであろう見せかけの“親心”で自身の欲望を包む浅ましさも──全てが腹立たしい。

 

だが最も業腹なのは──

 

「御報告に参りました。無惨様」

 

「例のものは見つけたのか?」

 

「調べましたが確かな情報は無く、存在も確認できず──………… “青い彼岸花”は見つかりませんでした」

 

無惨の望みを何ひとつ叶えない無能者の存在だ。

 

“青い彼岸花”──鬼舞辻無惨を人から鬼へと変貌させた薬の原材料ということ以外は何もわからない花。千年もの月日をかけて追い続けているというのに何ひとつ実態が掴めない──何故だ?あの頃とは異なり無惨には手足となって動く駒がいるというのに──

 

「…………で?」

 

数秒の沈黙の後、無惨が発したのは先を促す一言だけだった。

 

「無惨様のご期待に答えられず大変申し訳ございません。柱の一人も始末しきれず、それどころか得体の知れない男に……」

 

無惨が先を促すまで無言を貫いた猗窩座は“上弦の参”の位を持つ鬼として無惨の機嫌を“最低限”損ねない程度には弁えている──が、所詮その程度では無惨は何も評価しない。

 

「全くだな、猗窩座」

 

無惨はその顔に青筋を浮かべ、猗窩座へと向けて人差し指をさす──するとどうしたことだろうか、猗窩座の全身にヒビが入った。

 

「鬼が人間に勝つのは当然のことだろう。たかが柱の始末もできず、それどころか刀すら持たない人間相手にあの体たらく……私の望みは鬼殺隊の殲滅。一人残らず叩き殺して二度と私に入らせないこと。複雑なことでは無いはずだ。それなのに未だ叶わぬ……どういうことなんだ?」

 

無惨の怒りを反映するかの如く、猗窩座の身体に入ったヒビは広がり続け、やがて顔にまで到達する。

 

そして癇癪を起こした無惨は手にしていた本のページをビリビリと破っていたが、ついには真っ二つに裂き乱暴に宙へと投げ出した。

 

「それだけではない!あの場には柱の他にも三人に鬼狩りがいた。なぜ始末してこなかった?わざわざ近くにいたお前を向かわせたのに……猗窩座、猗窩座、猗窩座、猗窩座‼︎」

 

敗れたページの破片が部屋中を舞う中、尚も無惨の勢いは止まらない。猗窩座の全身からはついに血が吹き出す。

 

「お前には失望した。まさか柱でも剣士でもない人間から攻撃を受け、危うく頸を吹き飛ばされそうになるとは“上弦の参”も堕ちたものだな……下がれ。それとお前と対峙した面を被った──青い目の男だが必ず始末しろ」

 

いまこの世には業腹な存在が多すぎるが、中でも取り分け気に喰わないのは花札のような耳飾りを付けた鬼狩りの存在だった。そして今回のことでもう一人増えた。

 

「あの青い目、私のことを否定し、嘲笑った──不愉快な刀鍛冶を思い出す」

 

いまもなお鮮明に鬼舞辻無惨の記憶に残る刀鍛冶。

たかが人間の分際で常にこちらを馬鹿にしたように笑みを浮かべ、好き勝手に矢継ぎ早に否定の言葉を無惨へと放った男。

 

 

忘れもしない──その名は『四季崎記紀』

 

数百年前、戦国と呼ばれている時代。

当時、日本刀は既に時代遅れの遺物であった。

日本刀にはその性質を『折れず、曲がらず、良く斬れる』と表する格言が存在するが、そんな刀は実在しない上に刀の殺傷能力も実のところ低い……いや、日本刀の能力を引き出せる者が振るえば鉄板でも斬ることが可能なので低いというと語弊があるが、誰にでも扱える代物では無いが故に戦場での主役は弓、鉄砲、投石などの飛び道具だった。

 

実のところ戦場では刀の出番なんて滅多に無く、刀が戦場の主役となったことは一度も無い。

 

そういった事情により、当時から刀は武器としてではなく由緒正しい家柄の領主の証や美術品としての価値の方が強かったのだが、中には例外も存在した──四季崎記紀の打った刀、通称『変体刀』だ。

 

理由は単純。四季崎の刀を多く所有する国ほど、戦を有利に進められていたからである。

 

正直馬鹿げた話だ。

冷静に考えれば戦を有利に進められるほど国力の大きな国だからこそ四季崎の刀を多く所有していたに過ぎない──ただ、そういった幻想が生まれたのもまた事実。

 

四季崎の刀を持つ者が天下を制する──そんな幻想に囚われた戦国大名や武将は四季崎の刀を手に入れようと躍起になった。なにせ、四季崎の刀についた値は一本で国一つ変える程。

 

そして当時、大商家の若旦那に化けていた無惨にとって四季崎の刀は、楽して大金を手に入れるための格好の金蔓だった。

 

戦国乱世では刀欲しさの殺人など日常茶飯事で、ある程度遺体が残っていれば鬼殺隊は人間同士の殺人事件と勝手に解釈し、ろくに調べもしなかったので配下の鬼を使えば容易に金稼ぎが出来たし、あの頃は随分と稼いだものだ。

 

そしてある日、無惨と記紀は出会った……いや、もっと大々的に記紀の刀を売り捌きたいと考えていた無惨の方から記紀を訪ねたのである。

 

そして初対面、開口一番に記紀が無惨に放ったのは真っ向からの否定の言葉だった。

 

“お前……外見だけは多少見られるように出来ているみたいだが中身はてんで駄目だな空っぽだ”

 

初対面の相手からそんなこと言われたら、無惨でなくても怒るのが普通だが、普通の人間に輪をかけて器の小さい無惨は激怒した。商売のためとはいえ、その場で記紀を殺さなかったのは奇跡である。

 

無惨は巨万の富のために荒れ狂う心を抑え、四季崎記紀の打った刀の販売代理を任せて欲しいと交渉したところ、意外なことに記紀は簡単に承諾した上に記紀から言われた卸価格も彼以外の刀鍛冶が打った刀と大差なかった。

 

ただひとつ今まで誰も記紀と契約をしなかった理由とも言える面倒な条件を提示されたものの、無惨であれば楽に達成出来るものだったので呑んだ。

 

しかしそれ以上に面倒、率直に言って不快だったのは記紀とのやり取りだった。

彼は事あるごとに無惨を否定した。

 

“お前は何も持っちゃいねえな”

 

よくもあれほどにまで否定の言葉を、よりにもよって鬼の首魁であるこの鬼舞辻無惨に向かって述べられたものだ。

 

“完全なんて幻想を目指した時点で所詮お前はそこまでの存在だよ”

 

「何が“究極あれど完璧、完全無し”だ!そんなものは矮小な存在である人間の限界であり戯言だ!」

 

結局のところ無惨は記紀を用済みになったと判断した段階で殺した。その際、今までの鬱憤を晴らすように苦しませてやったというのに記紀は最期の瞬間まで笑い、無惨のことを否定し続けた。

 

“何から何まで、まるでなっちゃいねえ……お前は虚しくて欠点だらけだな”

 

あんなにも否定されたのは後にも先にも彼奴にだけだった──私には欠点などたったひとつしかないというのに!

 

「私は鬼だ!完璧に近い生物だ!太陽さえ克服すれば欠点なぞ存在しない!」

 

“馬鹿も休み休み言え、お前の求めるものは永遠に手に入らねえよ”

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ!私は必ず鬼殺隊を殲滅し、太陽をも克服し完全な生物になってみせる!」

 

無惨は嫌悪する者たちへの憤怒の炎を滾らせながら、己が悲願を吠えたのだった。




お疲れ様です。
無限列車編の後編いかがだったでしょうか。
最後まで読まれた方ならなんとなく察しがついていると思いますが、今回から刀語とのクロスオーバー感を徐々に増し増しにしていければなと思っております。
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