「柱になったからなんだ。くだらん…どうでもいい。どうせ大したものにはなれないんだ。お前も俺も……それどころか半端な実力で無駄に他の者の命を散らすことになる」
柱になった直後、杏寿郎が父からかけられた言葉は最終選別を通過した時と同様に投げやりなものだった。
父は“炎柱”として長年ある任務で長年任務を共にしてきた友人を失い、その悲しみが癒えぬうちに今度は妻を病で亡くしてから変わってしまった。
父の気持ちは父にしか解からないけれど、父があのようなことを言うのは自分と千寿郎を心配してのことなのだろうと、杏寿郎は思うようにしている。だが父が俺たちのことを心配しているのだとしても、自分自身の責務を全うすると決めた。
鬼殺隊の任務において誰かを思い、守って死んでいった者たちや言葉を贈ってくれた母のためにも、そして何より杏寿郎自身が誰かのために行動できる“立派”な人間………“立派な炎柱”になりたいのだ──!
「そういえば聞いたことなかったけどよ、煉獄は立派になった後どうしたいんだ?」
黙って話を聞いていた王葉は団子を頬張りながら、杏寿郎に視線を向けて問う。
「うむ、どうしたいとは?」
「いや、だからそれを聞いてるんだよ。お前、鬼殺隊士になったばかりの頃も立派になりたいって言ってたけどよ。後々の目標があってこその“立派”になるじゃないのか?」
これは鬼を狩る術を持った“隠頭領”鑢王葉と“炎柱”に就任したばかりの煉獄杏寿郎が茶屋で一服していた時のことだ。
煉獄家と鑢家は代々鬼殺隊に所属する者の多く、古くから交流のある家同士だ。
鬼狩りとしての歴史は煉獄家の方がずっと古いが、だからといってどちらかの家が優れているのだのといった確執も無く、付かず離れずといった関係を築いてきた。
そういう家同士の関係もある為、杏寿郎と王葉の付き合いはそこそこ長い上に互いの近況や心持ちを話す程度には仲が良い。
この時は久々に互いの任務後に話す時間があり、杏寿郎はふと王葉に話を聞いてもらいたくなって茶屋に誘ったが、王葉から思いもよらない質問をされ少し面食らった記憶がある。
「立派になった後のことか……そういえば考えたことが無いな!」
「……そうか」
杏寿郎の返答を聞いた王葉は少し黙った後に難しい顔をしてそう言ったが、どうも歯切れが悪い。
基本的に言いたいことはハッキリと言う王葉がこのような態度をとることは珍しい。
「歯切れが悪いな鑢!後のことのことを考えていないと問題でもあるのか?気になることがあるなら言ってくれ!」
杏寿郎がそう言っても王葉はどこか気が進まなそうにしばらく黙々と団子を頬張っていたが、杏寿郎が早く話せとばかりに視線を送り続けていたら、仕方ないといった様子で口を開いた。
「問題ってほど大仰なものでもない。これは煉獄自身の問題で、簡単に口出していいことじゃないから黙ったんだよ……んで話の続きだが、“立派”になった後にどうしたいかは考えておいた方が良いとは思う。お前の話を聞いていると──」
この時に王葉から言われたことはいまいち実感が沸かなかったが、やたら耳に残った記憶がある。
視界に入ってきたのは一面の白、続いて消毒液の匂いが鼻腔を掠める。
ぼやけていた視界が段々と鮮明になるにつれて、それが見知った場所の天井だということが分かった。
「ここは、蝶屋敷か……?」
杏寿郎の口から出た声は掠れており、体も酷く重い。
視線だけで辺りを見回すと、やはり蝶屋敷の病室だった。
まだ意識がぼんやりとしている中で、杏寿郎は自身の記憶を辿る。
「たしか、任務で下弦の壱を斃した後に上弦の参と会敵したのだったな……」
潰された左目と折れた肋骨──
鬼になれとしきりに勧誘する上弦の参──
己の責務を全うすると最後の一撃に全てを込めた瞬間──
断片的な記憶が次々と浮かび上がる。
「っ!?そうだ上弦の参はどうなっ……痛っ!」
杏寿郎が起き上がろうと身体に力を入れた瞬間、身体に鈍い痛みが走り寝台に起き上がることができなかった。
その直後、少し離れた場所からガタンと物が倒れるような音が聞こえ、そちらに視線を向ければ弟の千寿郎が目を見開き、部屋の扉にもたれかかるようにして立っていた。
「あ、兄上!目が覚めたんですね!!」
千寿郎は目を覚ました兄の寝ている寝台に急いで近づくと、その無事を確かめるように様々なところに目を彷徨わせ、やがて安心したようにひざから崩れ落ちる。
「よかった、よかった──!」
目から大粒の涙をこぼして繰り返し呟いている千寿郎の姿に、ずいぶん心配させてしまったのだと杏寿郎の良心が痛んだ。
「千寿郎君、何か物音がしたけど一体……って煉獄さん目が覚めたんですね‼︎」
物音を聞きつけ病室を訪れた炭治郎は、二人の様子を目に入れると同時に寝台へと駆け寄ってくる。
炭治郎の目も、千寿郎ほどでは無いにせよ涙が浮かんでいた。
「炭治郎、千寿郎君!饅頭もらって……ええっ!煉獄さん起きてる!?俺、しのぶさん呼んでくる‼︎」
「ああ!ギョロ目野郎!起きやがったんだな」
次いで病室にやってきたのは饅頭を持った善逸と伊之助。
善逸はその場の状況をいち早く察すると急いで胡蝶しのぶを呼びに向かい、伊之助は寝台の周りを落ち着きなく動き回っている。
「皆に心配をかけたようだな、すまない……千寿郎ももう泣き止め、俺は生きてる」
杏寿郎は自身の腰元付近に顔を伏せて泣いている弟の頭を撫でながら笑いかける。
(三人とも無事だな……良かった)
汽車の乗客が無事だったことは覚えていたが上弦の参との戦いの後のことは朧げだった為、三人の無事を改めて確認することが出来て安心した。
杏寿郎は“炎柱”としてあの場にいた者を誰も死なせなかった──己の責務を全うしたのだ。
「煉獄さん、無事目が覚めたのですね。起きたところ早速ですが容体を診させてください」
と、そこまで考えたところで背後に善逸と看護師のアオイを伴ってしのぶが現れた。
「胡蝶か!問題ない。診察してくれ!あとは状況説明も頼む!」
杏寿郎がハキハキとした様子で伝えるとしのぶもニッコリと笑い診察を始める。
全身の触診から始まり細々した問診、そして杏寿郎への状況説明が為されたが、その間に杏寿郎としのぶ以外は誰も口を開くことは無かった。
診察後、杏寿郎がしのぶから言い渡された診断結果は左目の損傷により視力の回復は絶望的であること、肋骨折、内臓損傷によりしばらくは蝶屋敷にて絶対安静、そして──
「非常に言いにくいのですが……煉獄さん貴方の足は……」
しのぶは皆の目があることを気にして直接口にすることを躊躇っていたが、杏寿郎はその先をはっきりと告げた。
「うむ、分かっている。胡蝶、お館様に俺は引退する旨を連絡してほしい。本来なら直接足を運ぶべきだが、この身体では難しいからな」
杏寿郎の言葉を聞いて、その場に戸惑いと不安の空気が満ちる。
しのぶとアオイ以外の者は杏寿郎の言葉に理解が追い付いていなかった。
「え、煉獄さん……どういうことですか?」
顔を青ざめさせた炭治郎が恐る恐るといった様子で尋ねる。その身体はわずかに震えていた。
「両足の感覚が鈍い──いや、ほとんど無いと言っても過言ではない。これではもう戦えない」
炭治郎、善逸、伊之助、千寿郎は息を呑み、アオイは悲しそうに目を伏せる。
「煉獄さんは病院に搬送された時点で腰椎の損傷が確認されていました……恐らく損傷の原因は重傷を負った状態で奥義を使用しようとしたことです。いまの触診と、煉獄さんのお話からすると両足の感覚は完全には失われていないので訓練をすれば歩けるようになる可能性は高いですが、それでも杖などの補助があってようやくといったところでしょう」
症状を説明するしのぶの声音にも覇気がない。
「そ、そんな……兄上が……何とかならないんでしょうか」
説明を聞いた千寿郎がすがるように言うが、突きつけられるのは残酷な現実だ。
「腰椎は手や足と同じで一度損傷してしまうと、現在の医療技術では元に戻せないんです」
しのぶが眉尻を下げる様子は“治せるなら治したい”とそう言っているようだった。
誰しもが暗い顔をしている中、その場に流れる空気を吹き飛ばすかのように煉獄が口を開いた。
「俺がこの様な身体になってしまったことは気にするな、むしろ生き残っただけ運が良い!」
いつもと変わらない明朗快活さで語る杏寿郎の姿は怪我を負った本人とは思えないほどだった。
しかし杏寿郎の言葉にそうかと納得できるような人間はこの場にはいない。
「で、でも煉獄さん……」
「柱ならば後輩の盾となるのは当然だ。柱ならば誰であっても、隠の鑢であっても同じことをする。若い芽は摘ませない」
悲痛な声音と表情で震えながら言葉を紡ごうとする炭治郎を遮り、杏寿郎が言葉を続ける。
「竈門少年、俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。汽車の中であの少女が血を流しながら人間を守るのを見た。命をかけて鬼と戦い人を守る者は誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ」
炭治郎、善逸、伊之助の三人を見つめる杏寿郎の眼差しは力強く、それでいて優しい。
「胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと心を燃やせ、歯を食いしばって前を向け。君が足を止めて蹲っても時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない」
杏寿郎の言葉を聞いている三人の目には大粒の涙が浮かんでいる。
「三人とももっともっと成長しろ。そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ。俺は信じる。君たちを信じる」
「煉獄さん……俺、強ぐなりばず!」
「泣ぐんじゃねえ!なりだいじゃなくでなるんだよ!」
「お前だっで泣いてんじゃん」
炭治郎は涙をこぼしながら決意を述べ、伊之助は被り物から涙をあふれさせながら炭治郎の頭を叩いて奮起を促し、善逸は伊之助も泣いていることを指摘しながらも目は真っ直ぐと杏寿郎を見ている。
その様子を見た杏寿郎はとても優しい笑みを浮かべる──三者三様の反応だが、その瞳には決意が見える。杏寿郎の言葉が彼らの心に決意の炎を灯したのだ。
「さて、お話がひと段落したようですので、皆さん退室してください。煉獄さんはまだまだ安静にしている必要があるんですから」
場の空気が落ち着いた頃しのぶがパンッと手を叩いて皆の退室を促す。
「そ、そうですよね!俺たち退散します」
「僕も一旦家に戻って兄上が目覚めたことを父上に報告しなければなりません。兄上、くれぐれも無理はなさらないでくださいね」
一番最初に反応した炭治郎は善逸と伊之助を伴って退室しようと扉に向かい、千寿郎もそれに倣えといったように続くが、杏寿郎はまだ言うべきことがあると口を開く。
忘れないうちに伝えなくてはならないことがある。
「待ってくれ竈門少年!汽車の中で話した件について思い出したことがあるんだ!俺の生家、煉獄家を訪ねるといい。歴代の“炎柱”が残した手記があるはずだ。父はよくそれを読んでいたが、俺は読まなかったから内容が分からない。君が言っていた“ヒノカミ神楽”について、何か記されているかもしれない」
「ありがとうございます!煉獄ざんのご実家に伺いってみます」
まだ怪我が完治していないというのに元気よく返事をして退室した。炭治郎の姿に、杏寿郎の顔も綻ぶ。炭治郎の明るさはとても好ましい。
「まったく、元気なのは良いですが自身の体調のことも気にかけて欲しいものです……ねえ、煉獄さん?」
一方で、しのぶは笑顔だというのに圧が合って若干怖い……実は先ほどからズキズキと身体が傷み始めていたのだが、お見通しだったらしい。
「ご家族や隊士たちを心配させまいとする姿勢は素晴らしいものですが、そんな煉獄さんを心配してくださってる方もいるんですから無理しちゃ駄目ですよ」
「よもやよもやだ。面目ない。気をつけるとしよう」
「ええ、そうしてください。それでは私も退室します……しっかり休んでくださいね?」
しのぶは退室間際に釘を刺すような笑顔を向けると、アオイと共に去っていった。
あの表情から発するに、休まなければ後で手痛い仕打ちが待っていることは間違いないと、杏寿郎は大人しく休むことにした。
だが、一人になるとどうしても色々考えてしまうというもので、杏寿郎は過去に王葉に言われた言葉を思い出してしまった。
“お前、立派でいられなくなった時にどうするんだよ”
あの時の王葉が言ったことの意味が、今ならわかる気がする。
「母上、俺は使命を全うできなくなってしまいました……」
ポツリと口から出た言葉を聞いた者は誰もいなかった。
■ ■
「俺はどうしてこういうところに出くわすんだ……」
気絶している炭治郎と槇寿郎を見て王葉はため息をつく。
“元炎柱”煉獄槇寿郎に用が有って煉獄邸に来てみれば、槇寿郎と怪我の療養中であるはずの炭治郎が言い争いの果てに炭治郎が槇寿郎に渾身の頭突きを食らわせていた。
前々から妙に間が悪いというか、人と人との諍いの真っ只中に遭遇することの多い王葉だが最近はその頻度が増えている気がする。
「あわわ……二人とも大丈夫ですか⁉」
地面に伏す二人を慌てふためいた様子で見下ろす千寿郎。とりあえず気絶した二人を運ばなければならないということは分かっているが千寿郎の体格からすると、どちらを運んでも一苦労だろう。
「こりゃ、完全に気絶してるな。悪いが二人を運ぶから場所を貸してくれないか?」
「あ、鑢さん!はい勿論です。家の中へどうぞ!」
王葉が槇寿郎と炭治郎を担ぎ上げて声をかければ、千寿郎はすぐに落ち着きを取り戻して案内を始める。
相変わらず年齢の割にしっかりしている……まあ、杏寿郎も二十歳の割に落ち着いているし彼らの境遇を考えれば仕方のないことなのかもしれない。
「鑢さんのご用件は……っていつものやつですね。父のためにありがとうございます」
二人をそれぞれ別の部屋に寝かせ終えたところで、千寿郎は王葉の用件を尋ねようとしたが全てを言い終える前に王葉の持ち物を見て察していた。
「お前が気にすることじゃないだろ、これは鑢家の都合なんだから」
王葉が手に持っているモノを軽く揺らせば、ちゃぷんと音が鳴る。
「だとしてもです。それがあると父も落ち着いていることが多いですから……」
「…………」
「わっ!急になんですか?」
眉尻を下げて笑う千寿郎の姿を見た王葉は無言で彼の頭を撫でる。
「悪ぃ、つい手が出た……槇さんは俺が見ておくから千寿郎は竈門の方に行ってやってくれ、何か用事があったから竈門もここまで来たんだろ?槇さんも目が覚めるまで少し時間あるだろうし、コレは直接渡したいからな」
「え?いえ、鑢さんもお客様ですし……」
王葉にそう言われても、はいそうですかと返せる性分ではない千寿郎は当然の如く躊躇うが、不要な気遣いだ。むしろ炭治郎の様子を見に行ってくれた方が嬉しい。
「そういうのはいいさ、俺も用事が済んだら勝手に出ていくから」
「……そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきます」
少しだけ戸惑いは残っているものの、王葉の言葉にそれ以上食い下がることなく千寿郎は炭治郎の元へと向かう。察しの良いところも相変わらずのようだ。
「う、う~ん……」
気絶していた槇寿郎が、うめき声を上げる。
「あ、槇さん起きたか?」
「くそっ、あの小僧なんという石頭だ……」
額に手を当て頭を振りながら悪態をつく姿はそこらの飲んだくれオヤジと対して変わらないが、思ったよりも早く回復するあたり腐っても元柱といったところだろうか。
「あんな派手な音がなるような頭突き食らっておいて、すぐに目を覚ますアンタも大概だと思うがな」
「なんだと!……ってお前か、何しに来た?」
「俺がここに来る用事なんて聞かなくてもわかるだろうが、ほらいつものやつだよ」
王葉は手に持っているモノ、酒の入った大徳利を突きつける。王葉の用事というのは槇寿郎に酒を届けることだった。
「…………っち!」
槇寿郎は舌打ちしながらも黙って酒を受け取り、栓を開けてそのままグビグビと飲み始める。
「起き抜けにいきなりかよ。槇さん本当に飲兵衛だな……」
王葉の持ってきた酒は気つけのと言うほどではないが、固めの酒ではあるので起き抜けに飲むには丁度良いのかもしれないが、とはいえもう少し味わって飲んで欲しいものだ。
「うるさい。酒に関してはお前も他人のことを言えんだろうが!」
「俺は槇さんと違って節度自体は守ってるよ」
「一升飲んでも素面の奴に節度も何もないだろう……それよりお前、まだ隠頭領なんてやっているのか?」
槇寿郎の目がギョロリと王葉を睨みつける。普通の人間なら震えそうなほど迫力があるが、生憎と王葉にとっては慣れっこだった。
「そりゃまあ、仕事だからな」
「ふん!刀も呼吸も使えないお前が何を言っている!どうせお前も大したものにはなれないのだから、さっさと退け!」
そしてお決まりの発言。よくもまぁ飽きずに毎回こんなことを言うものだ。
「残念ながら、そりゃ無理な話だ。まだ後任が育っていない」
いつ死ぬやもしれない場に身を置いている限り、後々のことを考えいざと言うときの準備はしている。安心して後を任せられるような人間は今のところいないが……
「何が後任だ。隠頭領なんてものは柱にすらなれない者のお飾りの位だ。杏寿郎も馬鹿だ。大した才能もないのに柱なんぞになりおって、挙句の果てにあの体たらく……だからさっさと辞めろと言ったんだ。俺たちは始まりの呼吸の剣士には遠く及ばない。その証拠に今の鬼殺隊が使っている刀も、
「はぁ~……」
実の息子があんな目にあったというのに槇寿郎はいつも通りすぎて、ため息しかで無い。その後の台詞も王葉は耳にタコができそうなほど聞かされていた。
「なんだそのため息は!お前の父親のことだぞ、お前の父親は……」
「槇さん庇って死んだって話だろ?もう聞き飽きたよ」
「っ!?お前はいつもそうだ!士枝が死んだときも泣きもせず、それどころか薄気味悪い笑みを浮かべていた!唯一の肉親が他人を庇って死んだんだぞ、それも自分よりも弱い柱を庇って……!」
そしてお約束の先代隠頭領の話題。
王葉にとっては何年も前に割り切った出来事。
「それが親父の判断なら俺から言うことは何もない。むしろ悲しみに身を沈めて槇さんを責めたら、それこそ親父が浮かばれない。だったら俺のやるべきことは決まっている……今の俺には何かを託せる相手はいない。立ち止まっている余裕も暇も無い」
「…………」
いつもは何も言わない王葉が珍しく己の考えを述べ、槇寿郎は黙り込む。
「槇さん、目を背けるのはアンタの勝手だが前向いて歩こうとしているやつらの足を引っ張ることだけは止めろよ。そんなことしても誰も救われない」
言外に息子に対する態度のことを咎めた王葉の姿に、槇寿郎は頭にカッと血がのぼる。
槇寿郎のことを咎められたからではない。王葉から彼の家族に対する感情が全く感じられなかったからである。
「うるさい!もう用は済んだのだからさっさと出ていけ!」
「はいはい……槇さん、体は大切にしろよ」
「…………っ」
王葉の去り際の一言に、槇寿郎は懐かしい記憶を思い出す。
“酒も飲み過ぎると毒だぜ槇寿郎”
“そうですよ槇寿郎さん、いくら好きとはいえお体のことも考えてください”
友と、最愛の妻とともに語り合った暖かい記憶。
「士枝、瑠火……」
戻れるのなら、あの頃に戻りたい──
大粒の涙を溢れさせ、槇寿郎はか細い声で二人の名を呼んだ。
頼まれていた届け物の用事を済ませた王葉が帰路につこうと煉獄家の門へと向かえば、丁度炭治郎と千寿郎が別れの挨拶を終えたところに出くわしたため、そのまま一緒に帰ることとなった。
「そういえば、鑢さんはどうしてここに……」
煉獄家を離れてからしばらくして炭治郎の方から口を開く。
「俺は槇さん……煉獄の親父さんに用事があったんだよ。それよりも蝶屋敷で療養中の筈のお前がここにいるんだ?」
大分良くなっているとは聞いているが、まだ退院の許可は下りていないはずだ。
「その、それは……」
気まずそうに視線をあちこちに巡らせる炭治郎。この様子だと、しのぶの許可を取らずに煉獄家を訪れたようだ。
「どんな理由があろうと説教は確定だから正直に話せ」
説教が怖くてどもっていた訳ではないだろうが、こう言えば炭治郎も話しやすかろう。それはそれとしてお説教は確定だが。
「あ、お説教は確定なんですね……実は──」
炭治郎は『始まりの呼吸』のこと、その手がかりとなりそうなものの情報を杏寿郎から聞き居ても立っても居られなくなったこと、煉獄家での顛末のことを順を追って王葉に説明した。
「なるほど、その『炎柱の書』を破いたのは槇さんだろうな。全く、ロクなことしないなあの人」
「あはは……千寿郎君がなんとか復元を試みてくれるって言ってたのでそれにかけるしかないです」
「そりゃそうだ…で?」
「表情が暗いのはそれだけが理由じゃないだろ、話なら聞くぞ?」
ずっと暗い表情をしている理由は見当はついているが、見るからに甘え下手な炭治郎には年上から聞き出してやったほうがいいだろう。
「え……?あ、ありがとうございます」
炭治郎は語った。
上弦の参との戦いにおいて加勢すら出来なかった事。
杏寿郎が半身に麻痺を負ってしまった事。
もっと自分が強ければ何か変わっていたかもしれない事。
「何か一つ出来るようになっても、またすぐ目の前に分厚い壁がある。すごい人はもっとずっと先のところで戦っているのに、俺はまだそこに行けない。こんなところでつまずいているような俺は、俺は……煉獄さんみたいになれるのかなぁって……」
己の不甲斐なさに打ちのめされている炭治郎だが、その瞳から火は消えていない……ならば王葉が出来ることは決まっている。
「それでも竈門は諦めないんだろ?だから煉獄の家に来た……だったらあとは前に進むだけだ」
強くなりたいと、強くなろうと決意している炭治郎の背中を押すことだ。
「それと、強くなりたいなら、身体を鍛えるだけじゃなくて戦いにおける相性とかも学んでおくといい」
「相性、ですか?」
「ああ。戦いってのは純粋な力比べで勝敗が決まるものじゃない……上弦の参との戦いを例に挙げるとするなら、杏寿郎よりも俺が戦った方が勝率は高い」
「そういえば、煉獄さんと戦っている時より鑢さんと戦っている時の方がなんだか動きが悪かったような気がします」
すぐそうやって返せるあたり、炭治郎は戦いをよく見ている。
「俺と戦っている時の口調から察するに混乱もしていたようだし、何かが原因で実力を出し切れてなかったとみて間違いない。まあ、だからこそ仕留めきれなかったのは惜しいんだが……とにかく、相性がいかに重要かはこれから身を以て体験することも増えるだろうから今まで以上に敵のことを観察するといい」
「はい!ありがとうございます!」
元気よく返事をする炭治郎に、王葉も笑みを浮かべる。
もう立ち直りかけている炭治郎はきっと強くなる。今から楽しみだ。
「まずは怪我をしっかり治すことだな、その前に胡蝶と俺の説教だ」
「えっ……?」
「おかえりなさい炭治郎君。元気がよくて何よりです」
二人が話をしているうちに蝶屋敷に到着していた。そして屋敷の門の前には輝かしい笑顔ながらも額に青筋を浮かべるという器用なことをやってのける、しのぶが立っていた。
「し、しのぶさん!!いや、これにはですね!」
「まあまあ、無断外出の理由は屋敷の中でゆっくりお聞きします。少し強めのお薬も飲んでもらう必要ありますしね」
しのぶの顔には問答無用と書かれており、炭治郎はこの後こってり絞られたのだった。
大正コソコソ噂話
・煉獄杏寿郎
生き残ったは良いものの、もう立派な柱ではいられない。
支えるもののひとつが無くなったかれの今後は……
・煉獄槇寿郎
原作通りの飲んだくれ親父。
このお話の中では心が折れた理由が増えた。
先代隠頭領とのことをまだ引きずっている。
・鑢
先代隠頭領であり、王葉の父親であり、故人。
虚刀流の当主でもあったので当然強かった。
先代炎柱を庇って亡くなったとされるが……
・鑢王葉
今代の隠頭領で虚刀流当主。
父親が亡くなったときに笑った理由はちゃんとあるが、その真意を誰かに語ることは恐らくない。
炭治郎には説教するつもりだったが、しのぶの怒りが凄かったので逆に慰めた。
・竈門炭治郎
自分の弱さに打ちひしがれていて、立ち直ったと思ったら蟲柱様からありがたいお説教を頂き別の意味で軽く打ちひしがれた。