獪岳は合同任務が好きではない。
自分より階級が高い隊士の場合はその指示が効率的ではないとしても従わなければならないし、かといって自分より階級が下の隊士はあれこれ気を回してやらないと余計な行動をする可能性が高い。更に最悪なのはどちらの任務にせよ殉職者が出る確率が高いということだ。
死者が出ても獪岳の責任にされるということは無いが、周囲から鬱陶しい難癖をつけられることがあるので単独任務の方がずっと気楽だ。
そんな獪岳の心情を察してか、ここ一年くらいは単独任務か、獪岳がある程度は納得できる指示をする上司に同行する任務しかなかったというのに最近はとある隊士との合同任務が増えた。
「疲れましたね、獪岳さん」
「ああそうだな……」
その隊士というのが鬼を連れた問題隊士、竈門炭治郎だ。
面倒ごとを嫌う獪岳からすれば、なるべく関わり合いになりたくない部類の人間だというのに何故そんな隊士との合同任務が増えたのかというと、直属の上司からの命令のせいだ。
「竈門は短期間で三度も十二鬼月と遭遇している。間違いなく引く力が強い部類の人間だから獪岳との合同任務が増えるように取り繕った。何か察知したら報告頼む」
直属の上司こと鑢王葉から両肩を叩かれ、こんなことを直接言われたのが数か月前。
言葉こそ“頼む”という形式だが、実質命令だ。断ることも出来なくはなかったが断ったら単独任務の数が倍々に増えるか、上司の代わりに難しい任務に駆り出されることになっていただろう。
精神的な疲労か劇的な肉体疲労のどちらかを選ぶのなら間違いなく前者だ。そう考えて上司からの命令を受けたのだが、結果としてその判断は間違っていなかった。
竈門炭治郎はどんな任務でも弱音を吐かず常に突破口を考える。地頭も悪くないし根性も度胸もある。実直すぎて暑苦しいのが玉に瑕だが、それもギリギリ許容範囲内だ。
今まで合同任務を共にしてきた隊士の中では格段にやり易い部類に入る炭治郎との任務も悪くないと獪岳は思い始めていた。
「獪岳さん、この後任務とか入っていないのなら打ち合いのお相手をお願い出来ないでしょうか?」
結構骨の折れる任務だったというのに、キラキラと輝くような目を向けてくる炭治郎。
こういうところが暑苦しいのだ。
「ああ?なんで俺が……」
「以前、獪岳さんにお相手して頂いてから体裁きや刀の扱いが良くなったと言われるようになったんです。それに最近は獪岳さんと任務をご一緒することも多いのでいざという時のために連携出来たら良いなとも思っています!」
「ちっ……仕方ねえな」
正直、面倒なことこの上ないが炭治郎との合同任務は今後も発生するだろう。ならば炭治郎には強くなってもらわないと、
結局のところ困るのは己だ、と獪岳は納得して申し出に是と応える。
「ありがとうございます!」
鼻の利く炭治郎は獪岳の思惑などある程度察しているだろうというのに何故そんなにも嬉しそうなのか理解できない。
(深く考えても無駄か、こいつの場合……)
これ以上考えるのは時間の無駄。さっさと戻って稽古して体を休めた方が良い。
そう思考を切り替えようとした矢先──
「とっ突撃ーー!」
「突撃ーーー‼︎」
「ちょっ…てめーら‼︎いい加減にしやがれ‼︎」
蝶屋敷の軒先で“音柱”の宇髄天元が女の子に群がられている現場に遭遇した。
(いや、音柱の方が乱暴しているのか……?)
これはいったいどういう状況なのだろうか。下手に介入して藪蛇になるのは避けたい。
「女の子に何してるんだ‼︎手を放せ‼︎って……???」
現場を見てすぐさま声をあげるあたり炭治郎は正義感が強い。しかし声を上げたはいいもの改めて現場を見てどうするべきか考えあぐねていた。
「人さらいです~っ、助けてくださぁい」
「この馬鹿ガキ…」
「キャーーーーーーーー‼︎」
助けを求める少女を筋肉隆々の音柱が黙らせようとするさまは、どこからどう見ても犯罪者が少女を脅しているにしか見えない。
普通であれば助けに入るべきなのであろうが相手は柱。下手に介入すれば面倒ごとしか起きない。獪岳は現場を見なかったことにして立ち去りたい気分だったが、炭治郎はお構いなしに音柱に渾身の頭突きを喰らわせようと突っ込んでいった……が、ひらりとかわされた。
「愚か者。俺は“元忍”の宇髄天元様だぞ、その界隈では派手に名を馳せた男。てめえの鼻くそみたいな頭突きを喰らうと思うか」
屋根の上からキメ顔で名乗りを上げる音柱。
(いや、忍が名を馳せたら駄目だろ。それにあれだけ距離あったら俺でも避けられる)
この場に王葉がいたら間違いなくつっこみを入れてひと悶着に発展しただろうが、獪岳はそんなことはしない。
一方で炭治郎と蝶屋敷の住人は音柱に対して、やれ変態だ人攫いだのと容赦ない罵倒を浴びせていた。
「てめーらコラ‼︎誰に口利いてるんだコラ‼︎俺は上官‼︎柱だぞこの野郎‼︎」
「お前を柱とは認めない‼︎むん‼︎」
「むんじゃねーよ‼︎お前が認めないから何なんだよ⁉︎こんの下っぱが‼︎脳味噌爆発してんのか⁉︎俺は任務で女の隊員が要るからコイツら連れて行くんだよ‼︎ “継子”じゃねえ奴は胡蝶の許可を取る必要もない‼︎」
まるで子供の喧嘩だ。炭治郎は十五歳なのでこの態度も年相応のものなのかもしれないが、音柱のほうは成人済みで鬼殺隊への所属年数も長いのに非常に子供っぽい。
「なほちゃんは隊員じゃないです‼︎隊服着てないでしょ‼︎」
「じゃあいらね」
ポイっと女性を、それも幼子を塀の上から投げ捨てた音柱。
「何てことするんだ人でなし‼︎」
炭治郎は激怒し、蝶屋敷の三人娘は身を寄せ合って大泣きしている。
いくら上官だからといって、いやむしろ上官だからこそこの所業は駄目だろう。
「とりあえずコイツは任務に連れて行く。役に立ちそうもねえがこんなのでも一応隊員だしな」
音柱は先ほど話を聞く素振りがほとんど見られない。それどころかアオイの様子がおかしくなっていることにも気付いていない。
柱の中でも他人の感情の機微に敏感で常識人だと王葉から聞かされていたが、何を焦っているのかやたらと性急だ。
「人には人の事情があるんだから無神経に色々つつき回さないでいただきたい‼︎アオイさんを返せ‼︎」
炭治郎が優しい言葉でアオイを庇う。ただしアオイが鬼殺隊に隊士として所属している以上、その言い分には無理がある。
おそらくアオイはなんらかの理由で鬼にと戦う意志が折れてしまったのだろう。そんな隊士はごまんといる。しかし個人の事情を通したいなら正式に除隊して蝶屋敷の選任看護師となるか、補佐のみを行う隠の部隊に転籍すれば済む話だ。
「ぬるいぬるいねえ、このようなザマで地味にぐだぐだしているから鬼殺隊は弱くなってゆくんだろうな」
呆れたように嘆く音柱。彼の言っていることも間違ってはいないが、だからといって鬼と戦う意志が折れているアオイを連れて行ったところで役に立たないどころか足手まといになって余計な死者が出る……即ち獪岳や隠の仕事が増えるだけなのでやめていただきたい。
「アオイさんたちの代わりに俺たちが行く」
勢いよく言い放つ炭治郎、そしてその言葉を待っていたかのように現れる猪頭と蒲公英頭……どうしてカスがここにいる。
「今帰ったところだが俺は力が有り余ってる。言ってやっても良いいぜ!」
「アアアアアオイちゃんを放してもらおうか。たとえアンタが筋肉の化け物でも俺は一歩もひひひ引かないぜ」
鼻息を荒くする伊之助とガタガタ震えてちっとも格好がついていない善逸。
(俺まで勘定に入ってないだろうな?)
獪岳には音柱の任務に同行するつもりなんて更々ないが、どうやら二人とも音柱の任務に同行する気満々のようだ。
「……」
音柱は殺気を放ち、三人はそれに戸惑いながらも引き下がる様子はない。まあ、この程度の威圧で引き下がるようならどのみち役には立たないので必要最低限の胆力があるか試したのだろう。
「……あっそォ、じゃあ一緒に来ていただこうかね、ただし絶対俺に逆らうなよ。お前ら」
アオイの尻を叩いて笑う宇随。世が世ならセクハラで大顰蹙を買う行為だが、この時代にはそんな概念は存在しない。
(かったるい。俺の身柄話してさっさと退散するか……)
獪岳は、どう考えても厄介ごとの気配しかしない任務に進んで志願するような性格はしていない。しかも今回の任務に至っては不愉快な存在も同行することが確定している。
王葉からは炭治郎と一緒にいて何かを察知したら報告しろとしか言われていないから、炭治郎が音柱の任務に同行することになったと伝えておけばいいだろうと判断し、口を開こうとした瞬間──
「日本一色と欲に塗れたド派手な場所……」
宇随が任務先について意味深な口調で説明を始め、獪岳は口を閉ざす。
(まさかこの言い方)
「鬼の棲む“遊郭”だよ」
にやりと笑った宇随の口から出た場所は獪岳の予想通り“吉原”だった。
確かあの辺りは自身の上司である王葉もきな臭いと言って色々動いていた記憶がある。これはある程度、音柱の話を聞いておかないと後々こちら側にも支障をきたす可能性が高い。
(七面倒だが仕方ねえ……)
未来の自分を救うためだ。獪岳は自分にそう言い聞かせて渋々同行することにした。
藤の家紋を掲げる家で受けた説明はこうだ。
花街は鬼が潜む絶好の場所だと考え、客として潜入したが鬼の尻尾は掴めなかったため、もっと内側のを探るために音柱の嫁三人をそれぞれ遊女として“ときと屋”、“荻本屋”、“京極屋”の三つに潜入させ、鬼の情報収集に当たらせていたが数日前から定期連絡が途絶えた。
足取りがつかめなくなってしまった以上、改めて吉原を探る必要がある。宇随は単独での鬼の情報収集。炭治郎、伊之助、善逸の三人は変装して遊郭で宇随の嫁の情報収集を手分けして行え。
「音柱様、発言よろしいでしょうか」
話がひと段落し、さあ潜入のための準備を始めるぞといったところで獪岳は口を開いた。
「許す。話せ」
「お話をお伺いする限り、最低でも数日はかかる任務かと存じますので俺は本任務に同行出来ません」
「なんだと?」
「え、獪岳さん?」
「何だお前!怖ぇのか?」
「ええっ!!ここまできて帰るとか獪岳嘘過ぎない!?」
宇随は訝し気に眉を顰め、炭治郎は戸惑い、伊之助は頓珍漢な挑発を行い、善逸は汚い高音で嘆きの言葉を投げかける。反応は様々だが何故獪岳がそのような言葉を言ったのか理解できないのは皆同じだ。しかしどんな反応をされようとも獪岳がこの任務に同行できないことは変わらない。
詳しい話を聞く前はただ単に面倒だから適当に理由をつけて断ろうと獪岳は考えていたが、そもそも現在の獪岳の立場上この任務は参加できないものだった。
「……理由を話せ」
あくまで冷静に返した宇随だが、声音から少々頭にきていることはその場の誰しもが察した。
「現在、俺の階級は“乙”ですがそれとは別に役職があります。
その説明を聞いた宇随の不穏な空気が一気に霧散する。
「鑢が目をかけている隊士ってのはお前だったのか……」
宇随は納得がいったように顎をさすっているが他の三人はまったく話についていけていない。
「何だあ、そのやたら長い名前は?」
「え、何その凄そうな役職?」
「すみません。聞いたことも無い役職なんですが、どういったものなんですか?」
「“乱破”っていうのは戦闘能力を持った隠連中で構成されていた部隊の名前だよ……んでコイツはその監督役ってことだ」
宇随の説明に三人はへえっとと少し驚いた様子で返事をしていた。
一応、部隊名が付いている“乱破”だが、あくまで裏方役である隠の人員で構成されており、任務が発生することも稀なので知っている隊士自体が少なく、入隊して一年も経っていない三人が知らなくとも不思議ではない。
ちなみに“乱破”と
「獪岳ってそんな凄いことになってたの?聞いてないんだけど……」
善逸は獪岳の状況について知らされていなかったことに動揺を受けているが、育手である桑島にも伝えていないのだから当たり前である。むしろ何故情報共有をしてもらえると思っているのだ。
「仕方ない、お前はこの任務不参加でいい」
「ええっ!獪岳同行してくれても良いじゃん!」
柱である宇随が不参加でいいと言っているのに善逸は往生際が悪い。
ひとりだけ不参加なんてずるい!逃がさない!とばかりに善逸は泣きながら縋り付こうと獪岳に飛び掛かる──が、あっさりと交わされた上に勢い余って畳に顔を激突させ、その様子を見ていた炭治郎と伊之助から呆れられていた。
だがしかし、善逸はこの程度で諦めるような性格ではない。割と派手に畳に激突したというのにすぐさま起き上がり、勢いのままに叫ぶ。
「鑢さんだって獪岳が手柄上げたら喜ぶでしょ!?」
「無いな」
「ああ、絶対に無い。むしろ俺もコイツも大目玉食らうだろうよ」
自分より上の立場の者の意向を忖度し、上手く立ち回る獪岳の性質をつけば説得できると踏んで放った善逸渾身の叫びは獪岳と宇随の両名から即否定された。
「なんでだよ!?」
一応理由を聞く形で叫んだ善逸だが、本音は“理由なんでどうでもいいからついてきてよ!”である。
「“乱破”の任務は特殊なものがほとんどだからな、例え柱であろうとも“乱破”は簡単にホイホイ動かしていいものじゃない。しかもコイツはその監督役ときたもんだ。鑢の許可なく動かせるのはそれこそお館様くらいだよ」
「ぐ、ぬぅ……」
鬼殺隊当主の名前を出されれば流石の善逸も引き下がるしかない……ようやく諦めたかこのカス。
獪岳は善逸を内心で罵倒しながらも、表向きにはあくまで丁寧な所作で宇随に向き直り、一礼する。
「音柱様の任務に同行できず大変申し訳ございません。ただ、結構な事態ということは把握できましたので頭領の判断によっては後程任務に合流するといった形で進めさせていただければと存じますがいかがでしょうか?」
獪岳の礼儀と立場を弁えた発言と態度は確実に誰かから指導されたと分かるもので、それを仕込んだのは王葉だと宇随は感じ取っていた。
「それで構わねえが、鑢の居場所は把握しているのかお前?」
「ええ、俺は頭領の直属ですから基本的に居場所は把握しています。それでは失礼いたします」
獪岳はそう言って足早に四人のいる部屋を後にする。部屋を出た直後、まだなにかぶつくさと言っている善逸と、たしなめる炭治郎の声が聞こえてきたが、激しい打撃音と何かが倒れるような衝撃音のあとそれはピタリと止んだ。どうやら宇随によって制裁を下されたらしい。此度の任務の説明を受けていた時も鉄拳制裁を喰らって沈められていたというのに懲りない奴だ。
「さてと、早く頭領に報告しねえとな……」
獪岳は屋敷の外へ出ると前屈や伸脚を行う。これから全速力走るのだから念入りに準備する必要がある。
そして準備運動を終えて一呼吸──激しく地面を踏み込む音とともに獪岳の姿はかき消えた。