インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十話

▼▼▼

 

 

 最後の拍手を一夏は終えた。一人を除いた全員の挨拶を聞きながら、モニターに表示された座席表と顔を一致させていった。委員長として挨拶を先導した深井ゆかりはまだ肘を心配していた。先ほど声を掛けられた小柄の生徒は如月更紗で、副委員長。視線を合わせると手を一振りしてくる色黒の生徒は高城ラン。

 

「ね~ね~おりむー、本当に男の子なんだねー」

 

 そして肩やら二の腕やらを突いてくる女の子、のんびりとした雰囲気で薄い紅色の髪の彼女はやはり布仏先輩の妹、本音だった。よく言えばほんわかと柔和な笑顔をしているが、二の腕を突いてくるのは更識副会長と似ている。姉と副会長を足して割った感じだろうか。

 

 というかおりむーって誰だ。

 

 姉が反応していないところを見ると恐らく一夏自身のことだろう。だが、どうにもあちらの方が男といった具合ではないか。軍神関羽が如く。

 

 と考えていると甲高い音が教室内に響いた。心でも読まれたかとどきりとしたが、教卓をバインダーで叩いた千冬はこう続けた。

 

「静かに!」全体を見回し「皆分かっていると思うが、今日より実機訓練だ」

 

 空気が固くなった。一夏を迎えるムードと、彼と箒の諍いに対する困惑の混ざった気配が、一声で正される。

 

「制服のまま、一限開始までに中央アリーナ正面入口に整列しろ」何名かの視線を見返し「返事は!」と声が轟いて山田含め声高に返事を返す。

 

「あ、えーと、それでは何か質問はありますか?」と山田。

 

 高城が手を挙げた。

「先生、そろそろ教えて欲しいことがあります」

 

 そろそろ、とはどういうことだろう。一夏は耳を傾けた。

 

「なんでしょうか?」

「後ろの空席です。織斑君が来たら教えて頂けると、そう仰っていました」

 

 一夏は自分の右の席から続く、後席二列分の空席に目をやった。教室に脚を踏み込んで感じた違和感は、クラスメイトの少なさだった。実際に三〇名居る筈の一組には、一夏含め二一名しかいなかった。

 

 想像すれば理由は思いつく。須藤や千冬が述べたように、一年一組には入学試験成績優秀者が割り当てられる。今年、それに相応しい者が――飛び入りの一夏を除き――二〇名しかいなかった可能性だ。

 

 しかし、高城の言い方では何かしらの理由があって、その訳は一夏がクラスに揃うまでは教師陣は語らなかったということだ。

 

 本当にこれで全員なのか。一夏としては、大量の女子に囲まれずに済むのでこのままがありがたい。

 

「そうだな……」

 

 山田と視線を交わした千冬が教卓を指でなぞる。すると、彼女の背後の白い壁が深緑に変わり、いくつかのシステムアプリ起動を経、地球儀が表示された。同様に、自分の机のモニターにも表示される。その地表には赤い明滅点が十あった。一つは日本、東京。

 

 そしてアメリカ、リッチモンド。イギリス、ポーツマス。スペイン、マドリード。フランス、リヨン。ドイツ、ミュンヘン。イタリア、ヴェネツィア。ロシア、モスクワ。インド、チェンナイ。中国、杭州。一つずつ追っていった皆が怪訝に顔を上げる。

 

「これは、世界にある学園の場所だ。日本の学園を参考に建てられ、まったく同じシステムとカリキュラムで動いている。つまり今年の四月、同じタイミングで全員が就学した。目的はどこも一緒だ。優秀なIS操縦者育成と、IS技術の研究発展だ」

 

 各学園が建設されたのは、日本のIS学園が完成した約一年後。そのニュースは今でも記憶に新しく感じる。どこも、東京と同じように大都市の傍に建てられている。国連主導でかなりの無茶をしてきたに違いない。

 

 と昔のニュースを思い出していると、姉と目が合う。

 

「織斑、今日よりお前は、どんな存在としてそこにいる?」

 

 存在を問われれば、世界初の男のIS操縦士として、だと思う。奇跡の男などと呼ばれ、未だその自覚が備わっているか不安ではあるが。

 

「いや、どんな役割を持って、そこにいるのか」

 その千冬のセリフの後、クラス内からちらほらと納得の声が漏れる。

 

「俺は、今年度の代表生です」

 

 

▼▼▼

 

 

「その通りだ」

 

 と千冬が続けたのを聞いた箒は、一夏の言葉は本来自分のものであったと心の内に言い放つ。ほんの二ヶ月前まで、彼女はすっかりそのつもりでIS学園へ進学しようとしていたのであるから。

 

 試験日の数日後にニュースで一夏が取り上げられ、忘れようのない名前と記憶を成長してしまったその姿に映し、懐かしさ、嬉しさ、その瞬間に出会えない切なさが込み上げていた。しかし、その直後のIS学園からの、代表権移譲の通達。

 

 代表生として入学することを当然とすら信じていた身には寝耳に水で、あの日の喪失感は今も胸に残る。

 

 ISを操る者として大きく飛躍する為には、代表生という立場が必要であった。全ては、一人の女へ文句を叩き込んでやるため。ISを産み出し、世界をめちゃくちゃにしてしまった者への。

 

 最短ルートであると信じていた道がかっ攫われ、この先、平凡な道を歩んで行かねばならない。そんな道で、果たして世界を変えた天才に追いつけるのであろうか。否、無理だ。

 

「想像には難くないだろう。当然ながら各学園にも、今年の新しい代表生が、候補生の内より選ばれている」

 

 才に恵まれない者が天賦の才を凌駕することはない……そんな道理があるとは思いたくない。凡庸なシステムの中にあって、到底追い付ける相手ではないのだ。

 

 運が無かったのだろうか、と箒は段々とそう感じるようになっていた。今年、誰が代表生に選ばれていても否応なく、問答無用と一夏に決定されるのだ。

 

 奥歯を噛み締めた。

 

 ふざけるな、と。運の尽きで道を奪われるなど、認めたくはない。先に対面した一夏の顔! 気の抜けた男に足元を掬われ、掴むべき未来へ迂回せざるを得なくなるとは思いたくない。蹴りを当てられなかった悔しさが今更に沸いてきた。

 

 代表生であったならば、このように悩むこともなかった。今まで通り、世界に変革をもたらした者に一矢報いる為に、自らを研ぎ鍛えるだけで良かったのだ。

 

「日本の代表生である織斑を抜き、9人。そこの空席に座れる数ということだ」

「つまり……留学してくる、ということでしょうか」

 右隣の生徒が答えが耳に入る。箒は、かつて描いた未来を思い出した。

「その通りだ」

 

 各国代表生の留学、それは箒も聞き及んでいたこと。

 

「なぜでしょう? わざわざ日本まで」

「来る意味は大いにある。我々日本側にとっても、とりわけ各国にとっては」

 

 もちろん箒にとっても、彼女たちは必要だった。

 

「それは、この日本の学園がIS教育において最先端であるからだ。

 まず、現状で世界最大のIS研究機関である、日本の技術研究本部からの情報共有が早いことが挙げられる。実際、技研と直接情報をやり取りしているIS自衛隊の練度は他国IS軍を遙かに抜いている。そしてそれが事実として各国研究機関に認められている。この山田先生や、他IS授業を受け持つ多くの教師は皆、IS自衛隊で研鑽を重ねた者たちだ。

 

 また、生徒たちが自由に開発創造できる設備が整っている。あの巨大な整備研究場の恩恵で、独自開発された機体のバリエーション数は各学園の中で随一だ。無論、専用機を得る為の試験も厳しいものであるが、クリアできる力量が生徒には備わっている。それに、各国が開発し正式配備されたISは国連経由で学園にもたらされ、所属する生徒が使える。これは、各国がお前ら生徒に対するスカウトの意味も大きい。

 この学園に留学することで、最先端の技術に触れられるばかりか、自衛隊で訓練を重ねた者から直接教わる上、他国のISの挙動にも直に触れられる。どれも大きすぎるメリットだ」

 

 それは、箒が得る最高の機体で、同年の代表生全員を打倒し、自分の実力をあの会長に認めさせその全力を引き出し、勝利すること。知識と技術を兼ね備えた状態で学園を卒業することが最終目標であった。これが描いた未来だった。

 

「いつ来てくれるんですか~?」

「夏休み明けだ。しかし生徒会三名、代表生である織斑、この四名は先に各国を渡り試合をし、その技術と学園の状況を学んでくる。……これが我々のメリットだな」

「えっ!?」

 

 素っ頓狂な声。懐かしく、鐘の如く淡く心に沁みる声。受け入れようとして、拒否せねばと声を荒げる自分が心の内にいた。彼には覚悟などない、変わっていく世界に流される者でしかないのだ、と。

 

「驚くな織斑。これは毎年実施していることだ。夏休みの期間中を利用して九カ国を巡り、各代表生と生徒会に相対し、その技術と雰囲気をしっかり肌に感じ、盗んでくるのがお前の役目だ」

「お、俺の夏休みはどうなるんですか?」

 

 そんな者に、果たして代表生が勤まるか? 否、断じて。

 

「世界を一周できるんだ。これ以上ない夏休みだろう?」

 

 ならば、と一計が浮かぶ。

 

「え、えーと」

 

 流される者なら、自分の思うように流してしまえば良いのではないか。この世界に流れを作った者のようにはいかないかもしれないが、人一人を流すことはできるのではないだろうか。彼を利用するのだ。

 

 箒は、幼馴染みの声を聞きながらそれに気付いた。

 

「だろう?」

「……はい」

 

 今はまだ彼は何も知らない。だが代表生に相応しい者として箒が鍛えてみせれば、実力者としての矜持は保てる筈。その努力を続ければ自分の専用ISの所持も叶うだろう。そこから各代表生を打ちのめす機会を得れば、代表生としての場合よりも始まりが低い分、大きく自分を認めてくれるのではないか。

 

 自身の為に鍛える、あの腑抜けを。

 

「だが、お前は今日からISでの戦いを学んでいく身。普通に授業を受けていては、三影や更識、布仏の姉には着いていくことはできないどころか、足を引っ張る」

 

 せめて、私と打ち合える程度には――。

 

「そんなことはないですよ! 俺も先輩のように強くなれます」

 

 

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「無理だ」

 

 一言が空気を凍てつかせた。ドライアイスに触れる痛みが、その声音にはあった。

 

「お前は」と言いながら、箒は視線すら向けずに「ISをわかっていないんだ」と静かに放った。

 

 一夏は、たった一度ISに接したのみで、最初の一歩すら踏み出せていなかった。なるほど、わかっていないと言われればその通りだと言わざるを得ない。しかしだ。一夏には自信が存在した。

 

「私や今の生徒会、他の代表生は中学三年間を費やして訓練をしてきた候補生だった。今日が初日のお前に、追いつくことなどできるはずはない! お前の専用機がいったいどんな代物かは知らんが、良いISで埋まる差ではないのだ」

 

 俺の専用機……代表生に技研より贈られる新鋭の機体。それがどうした。一夏にある自信は、たった一機のためにあるものではない。

 

「自分の機体すら新規で開発し、それで尚既存の機体を凌駕する力を持つのが生徒会長とその専用機だ。あの人のISは、今までのあらゆるISを超えている。お前がどれほどこの先努力しようと、彼らほど強くはなれない。足手まといだ」

 

 まくし立て、一瞬の間。

 一夏は、心にある絶対たる自信の根源を、彼女に伝える。

 

「箒、大丈夫さ。俺には、千冬姉がいてくれる」

 

 相手は何か言おうとしてしかし、口を閉ざした。

 

「だからきっと、強くなれるよ」

 

 姉が在ってこそ、自らを信じられる。自分に心があると知るように、姉を信じている。この先抱くであろうどんな不安も不慮も、姉とであれば乗り越えていけると。

 

 何故そんな理由を根拠にできるのか。千冬までもが同じように考えてくれているとは限らない。彼女の心は彼女のものであって、明かされてはいないのだから。

 

 しかしそれこそ愚問であると一夏は思う。彼に信用を与えているのは、生まれてから積み重ねてきた姉との記憶だ。彼女は家族だ。決定的な理由は、その家族がISのスペシャリストであるのだ。

 

 強くなれないわけがないじゃないか。

 

「んー。ならよう」

 不意に第三者の声が割った。

 

「元代表生と現代表生で、勝負してみるとか、どうよ」

 

 

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