インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十一話

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「つまり、決闘ってことよ」

 

 提案した如月が振り向き、一夏の目を見てにやりと笑む。

 

「如月、それは犯罪だ」と高城。

「そっか、なら無しだ」

 

 じろりと箒が戯ける如月を睨んだ。その視線を彼女は笑顔で見つめ返す。

 

「三年間先に修行してきたんだよな。ここにきて周りが初心者ばかりなんじゃあ、つまらねぇってもんだろ」

 

 威圧に対し不敵な笑みはしかし一層輝いた。楽しんでいるとすら思える。

 

「強くなってやるぜ。篠ノ之さんが退屈しねぇよーによ」

 

 箒の眉間に、深く皺が寄った。

 

 破裂音、教室に甲高い音が響き、張り詰めた空気に打撃を与えた。「そこまでだ」とバインダーを教卓に寝かせる千冬は、一見、不機嫌そうな、いつもの頑とした表情をしているようだ。だが一夏には、ほんの少しだけ、目元が緩んでいるようにも見えた。

 

「まだまともに操ってもいないのにあれこれ勝手に言うな」と前置きし「篠ノ之、織斑は確かに候補生ではなかった。今日ようやく立ち上がる赤ん坊だ」

 

 赤ん坊、という言い様に少し苛立ちを覚える。先も強くなれると言ったというのに。

 

 まだ夏休みまでは三ヶ月ある。生徒会の三人の実力がどれほどのものなのか、そもそも、ISの実力というのはどういうものなのか、実感はない。だが他でも無い、心強い我が姉がいる。既に経験を積んでいる幼馴染みもいる。だからこそ強くなれるという、ある種予知を見るような奇妙な感覚は、この胸に確かに宿っていた。

 

 そうだ、俺は、一人だけで強くなれるわけじゃない。きっとその思いも――

 

「だがな、私がいる」

 

 一緒だと信じられた。

 

「山田先生や、須藤先生、多くの経験を積んだ者が織斑を、全員を手引きする。そしてお前もその一員だ、篠ノ之。私たちからすればお前はまだまだ未熟者だ……だが、同級生よりは進んでいる。彼らを引っ張り上げることができるのは、篠ノ之の特権だということを肝に銘じておけ。さぁ一限まで時間が無いぞ、行け!」

 

 言われた箒は、一瞬俯き、ゆっくりと視線だけを一夏に向けた。

 その目を優しく受け止めた、彼女が逸らすまで。

 

 

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 生徒を乗せて動く床は、早朝車に乗り走った地下通路にあった。六角の巨大な灰色の地下、その壁の斜面に歩道は張り付いている。道路を見下ろす形だが、身長以上の壁があり実際に見ることは叶わない。時折、走行音がするだけ。

 

 足下と頭上から照らす淡いライトがなければ、タイルだらけの薄暗く平坦で淡泊な道であったろう。

 

「ねっねっ、初めてISを動かせた時どうだった? あんまり覚えてないんだよね~」

「今カノいる? いたら今頃嫉妬してるだろうねぇ」

「ミサイル興味ある? ISにおいて不遇のミサイルは見直されるべき」

「織斑くんって篠ノ之さんとはどういう関係なの? 元カレ?」

「専用機持てるんだよな! かっこいいのだといいよね! ね!?」

「織斑先生とは姉弟なんだよね? 雰囲気あんまり似てないな~」

 

 そこで一夏は自分の身の上話をしなければならなかった。クラスメイトの中心まで連れてこられ、聖徳太子も驚きの質問攻め。

 

 顔も名前も覚えていないのに、こうも押し寄せられては混乱してしまう。唯一記憶に刻まれた、委員長の深井と副の如月と、自分より身長のある高城は、最後尾で静観しているようだ。怒り冷めやらぬ箒に関してはさらに後ろ。二人の教師は前方で打ち合わせ、逃げ場は存在しない。

 

 覚悟していたとはいえ、正直キツい。

 

 質問の内容はだいたい似通っていた。一夏個人のこと、そして箒との関係。

 

「昔同じ小学校で、友達だっただけだよ」

 

 と返していくがクラスメイト達は、そんなわけはない、と勘繰ってくる。実際、剣道のつながりはあったが部活動程度のようなものであるし、同じ小学校、ずっと同じクラスであったこと以上に言うべき特別なことはあまり無い。第一、それ以外の関係とはなんなのか。

 

 オートウォークが途切れる場所は地上への出入り口前。それを二つほど過ぎた場所が中央アリーナ正面出入口前。上下向三列のエスカレーターで上がり、立派な駅舎のような地上口を出れば、眼前には壁が鎮座。

 

 より見上げれば、スカイツリーを目の前にしたと同じ規模の巨塔がそびえる。頂上には円盤が学園を睥睨し、最高高度を示している。下面に『限界高度』と文字がある。

 

 ガラス張りの入口を過ぎれば真白の、幅広のエントランスだ。観客席へ誘導する螺旋エスカレーターや階段が並んでいた。

 

 その行き先を示すいくつかの指示器の一つに全員の緊張が高まった。「上に上がるぞ」と言う千冬に従い、二一人は中央の、やはり真白のエレベーターに乗った。

 

「待っていました、一夏くん」と倉持。

「よし、全員揃っているな」と須藤の二人が待機していた。

 

 エレベーターを降りた先の広間はベンチが数台ある程度で、寂しい場所ではあったが、一同の視線は奥に引き留められた。

 

『IS保管庫/更衣室』

 

「整列しろ!」

 

 響く千冬の声に一瞬で列が形成された。慌てた一夏も如月に「こっちこっち!」と袖を引かれ助かり、無事列に入る。皆は訓練していたのだろうが、一夏は今が初だ。無茶振りもいいとこではないか。

 

 三列の前に三人の教師と一人の技術者が立つ。

 

「よっしゃ……初回実機訓練を始める! この奥の保管庫には、学生が訓練に使用するISコアが何百と収められている。まずは手前の更衣室でインナーウェア、つまりISスーツに着替えるんだ。はしゃぐなよ、あたし達の指示にしっかり従い、動け! いいな!」

 

 揃った返事をする。

 

「さぁこっちだ、着いてこい!」

「一夏くんは私たちと共に」

 

 須藤と山田の後を着いていく箒達を尻目に、男女で別れるのは当然だよな、と思い千冬と倉持に従う。

 

「中央訓練場におけるお前の更衣室はここだ、覚えろ」

 

 クラスメイトは自動ドアの先に消え、片や一夏は普通の引き戸に案内され告げられる。これはまるで用具室の趣である。

 

「中のロッカーにはお前専用のインナーがある。下着を含む全ての衣類全て脱ぎそれを着ろ。学内実機訓練中はインナーで受けるのが鉄則だ」

「素っ裸になって……」睨まれる。「素肌に着るんですか」

「局部や関節部は厚く作られている。感覚は水着と一緒だ。さぁ早く着替えろ。着替えたら部屋の奥に更に扉がある。そこに進め」

 

 

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「どうでしょう?」

 

 更衣室を出た先で待っていた倉持に姿を見せた一夏は、ぴったりと肉体に合う、セパレートのウェアを身に付けていた。紺が学生らしい色合い、新品らしいちょっとした化学臭もある。

 

 倉持は、一夏の両肩に手を当て、ぐるりと全身を回してウェアの具合を見ていた。華奢に見えた腕からは予想できない力強さに少しよろめく。

 

「サイズは合っていますね。どこか違和感はありますか?」

「ソックスがちょっと……」

 

 まるで足袋を履いているような、薄いソックスの足裏に慣れそうにない。

 

「ISを展開している間は気にならなくなると思いますが、研究所に伝えておきます」

「いやそこまででは!」

「少しの違和も解消できるように動きます。代表生に快適な環境で専用機を運用してもらうのが我々の役目ですから」

 

 なんだか申し訳ない。

 

 では行きましょう、という掛け声に細い通路の先を行けば、また新たな扉があった。壁と同色の白、見たところ取っ手がない。

 

「この先が、中央アリーナに準備されたISコアが保管されている、中央第一保管室です。一夏くんの場合は専用機がありますので、ここのISを使うことは無いのですが、通り道ですのでお教えしておきます。厚さ五〇センチ、爆発物銃撃その他あらゆる破壊行動からISを守る扉です」

 

 そんなもの、銀行の金庫ぐらいにあるものだと思っていた。

 

「開放する方法はひとつ。実はもう、開いています」

 

 言葉に思わず疑問を漏らす。

 

「更衣室から一〇メートルのこの細い通路が認証装置そのものなのです。開発したのは我々技研の者ですが、広まっている多くの認証装置を少し大がかりにしただけですね」

 つまり。

「一夏くんの歩幅、呼吸音、体温、体重、身長、などなど。多数の身体情報を読み取り認証としています。更には、ここの扉は一夏くん以外には開きません」

 

「他に男の乗り手が、現れない限り……ですか」

「いいえ」

 

 なぜかその否定の語気は強かった。思わず顔を向ければ、当然と目が合うのだがその目は……その目は一夏を見ているのだろうか?

 

 一夏より少し背が低い彼女。なぜか、存在を掴みにくい違和感があった。どこか焦点の合わない、陽炎を捉えようとしているかのような。

 

「行きましょう。あとは扉に手の平を当ててもらえば開きます」

 

 従えば、白の壁は左右に割れ、冷えた空気を引き込んだ。

 

 教室の倍以上の空間。やはり白基調で質素だが、赤で縁取られ穴の空いた端末が整列している。それらを挟むようにして、クラスメイトたちが既に並んでいた。

 

「遅い」

 

 と言う千冬の声で振り向いた女子たちが「ひゃあ」と悲鳴を上げながら諸手を身に回し捩る。何を隠しているのだろう、しっかり服を着ているではないか。同じような、セパレートのウェアを。

 

「うるさいぞお前たち!」

「先生の言う通りだぜ。見せられる体してんの高城くれぇだろ――あーはいすんません」

「恥じらいは知らないか」と高城。

「あたしそんな自慢できる体じゃねぇからなぁ」

「静かにしろ!」

 

 再び響く千冬の号に、一応静かになったクラスメイトたちだが、それでもちらちらと視線を向けてきている。赤ら顔で。

 

「立ち並ぶ端末がわかるな。これは、この部屋の下にある保管庫からISを抜き出す装置だ。パネルで使用するISを選び、中央の送出口に左腕を入れると、庫内から引き出されたISコアが装着される。

 

 保管されているのは、日本の機体を含め十カ国全てのものがある。まずは自国の機体を使ってみせ、夏頃には各国の特徴を掴むべくあらゆる機体を試してもらうことになる」

 

 次に具体的なパネルの操作順の説明が入り、

 

「ISには全て番号が振られている。一番から一〇〇番までが日本の機体だ。まずは山田先生に装着してもらう。よく見ていろ」

 

 端末が見えるように扇状に山田を囲んだ。囲まれた先生の腰がなんだか引けている。「で、では……」と弱々しく切り出して、

「はい! 先生! あたし一番がいいです!」

 

 如月だ。背が低いので正面にいた彼女は声も大きい、驚いた山田はまるで跳ねたように見えた。

 

「わ、わかりました。で、では私は二番……二番機、使いますので……」

 

 織斑千冬先生の威圧感に山田真耶先生のへっぴり腰を少々足せば良い案配になるのでは、と頭の中で塩もみする。

 

 想像をこねている内に目の前の先生が送出口に左腕を入れていた。肘までは入っていないが、思ったよりは押し込んでいる。

 

 全員が、ペットの出産を見守るかのように固唾を呑む。かちり、かちりと鍵を回した音に似た機械音が、筐体の中から聞こえた。

 

 パネルに完了の表示があり、次に山田が腕を引き抜くと、そこには深緑の腕輪があった。いや、腕輪というには前腕の大部分が覆われている。その形状はまるで、籠手。

 

 ただし手までは覆われていない。外側に2と英数字が大きくあり、淡く発光している。

 

「よく見ろ。これがISの装飾形態だ。アクセサリーモードともいう。このISは、お前たちもよく見知っている、二式打鉄(うちがね)だ」

 

 二式打鉄はIS自衛隊が使用し、各地で開かれる公開演習でも見られる機体。隊員募集ポスターやこの学園のパンフレットに載るのも同じで、入学試験でも当然扱われた。

 

 ただ、人一人を覆うあのISがこの小さな籠手にまとまっているのは、にわかに信じがたい。

 

 インフィニット・ストラトス粒子(コーパスル)

 

 たったひとつのパワードスーツの開発が世界を揺るがしたのではなく、この粒子こそが世界にとっての驚異であった。人体に有害どころか、完全なる保護を実現してしまうエネルギー体。

 

 粒子に対する研究はまだまだ途上で、誰かは『宇宙を知ろうとするに等しい』と唱えたらしい。

 

 開発者はこのIS粒子を、パワードスーツとして利用するよう働きかけ今に至る。人間にとって都合のよい性質を帯びているから、小さな籠手として保管できるようなシステムも組まれたのだろう。

 

「教えた通りに全員、まずは装着してみせな」

 

 須藤に従い、それぞれ空いた端末からISを取り出した。財宝でも発見したかというほどの感嘆が方々から漏れる。如月は輝く1の文字に向かって「あたしのISだ!」と叫んでいる。その中で須藤は説明を続けた。

 

「二式とは、二度目の改修を受けたことを意味する。んじゃぁ深井! 国連はISの開発に、いくつかのステージを規定していたな、答えろ」

 

「は、はい」

 籠手に見とれていた委員長はまごついたが、すぐに気をつけの姿勢を取る。

 

「戦闘機と同様に、設計、運用思想の想定から世代に分けています。各IS保有国ごとに委細が異なりますが、国連では大まかに第五世代までを概念化しています」

 

「第一世代は?」

「ISの基本動作を知るための機体です。人体補助のパワードスーツとして研究が行われました。現在はその機体データは使われていません」

 

 兵器風に言えば、退役だろうか。ISは在来兵器のように鋼板やセラミックを成形する必要はない。使わなくなれば廃棄ではなく、既に書き込まれた機体データを初期化、変更するだけだ。

 

「第二世代は」

「在来兵器との戦闘を主眼に、地上、空中と限定した領域での運用を想定された機体です。現在各国で正式採用されているISは全てこのステージにあります」

 

「うん」

 須藤は、及第点といった具合で頷いた。

 

「第三世代は」

「対IS戦闘を主眼とし、追加装備の充実、またその運用を主としています。決まった行動領域に囚われない諸元を求ています」

 

 つまり専用機のほとんどは、この第三世代のための研究実証機ということになる。

 

「そうだな」腕を組んだ先生は「まぁおさらいは第三まででいいだろう。現状第四以降は存在していないし。惜しかったな、二式打鉄は正式採用機の中で唯一の二・五世代機だ。

 前期型第二世代の一式は二年前まで、同じく第二世代の初期打鉄は五年前まで使われていたが、見た目は大きく変わってきた。中でも現在の二式が自衛隊でも学園でも好評、しばらく改修は計画されてなかった。だが」

 

 一度区切り、彼女は一点を見つめた。手持ち無沙汰に立つ一夏だ。

 

「今日、織斑君に渡されるISは今後の改修を左右する重要な試験的システムが搭載されている。自衛隊員が次に使う三式の未来を左右するシステムだ。こりゃあ、責任重大だな」

「信じていますよ」

 

 すかさず倉持がプレッシャーに便乗する。

 

「そ、そんな風に言われると少し自信が」

「ふん、所詮はその程度か」

 

 慣れた手つきで早々に装着を済ませ、腕組みまでして待っていた幼馴染みからぼやかれる。カチンと頭を金槌で叩かれた。

 

「なんだって?」

「代表生が聞いて呆れると言った」

「まだこれからだ」

「気持ちが負けていてはISも振り向いてはくれん」

「負けてない。今のは冗談だ」

「ふざける余裕が――」

 

 後頭部に衝撃。バインダーの平たい面が頭蓋骨に衝突した音と、姉の怒声は混じって不協和音となり、耳に反響した。一瞬視界が白く反転したようにも思えた。瞬きして感覚を呼び戻していると箒と目が合う。

 

 逸らされた。

 

「バカに付き合って騒いでないで、次に移る前に、整列をしろ!」

 

 姉にバカ呼ばわりされるとは。

 

 次とは、一体なんだろう。と考えていると、また頭をバインダーで軽く小突かれる。そんな何度も何度も叩かなくてもいいだろうに。知ってるぞ、久々に会えた照れ隠しだ。

 

「次は、織斑一夏の機体だ」

 

 はっとして胸に熱が溜まる。今日までの疲れも、全てはこの時のためにあったのだ!

 

 

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