インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十三話

▼▼▼

 

 

「良いのではないでしょうか。戦闘していただければ、こちらでも情報収集できます」

 

 一夏と箒そして千冬、しばしの睨み合いの中で倉持が箒に同意した。

 

「はぁ。主任がそう仰るのであれば」

 

 一夏の前に立つ千冬は腕組みを解き、やれやれといった顔でこちらに向き直る。

 

「この戦闘訓練でモノにしてみせろ。できなければ負け続けるだけだ。わかったな」

 

 長大な刀を抜いた打鉄は、真剣そのものの目で訴えてくる。私と戦え、と。正直な部分を冷静に読み取れば、勝てるわけなどない。相手は一夏よりも先にISの訓練をしてきた人間だ。だが。

 

 一夏はぐっと背伸びをする。その様子に全員が呆気にとられた。

 

「大丈夫、千冬姉。いける!」

 

 冷静な分析など捨ててしまえ! 人生最初のIS戦闘、精一杯しなければ、それこそ自分に負け続けることになる。勝負ではない、一夏自身と白式との、徹底的な対話の始まり。

 

「では、私は上の観覧室から見させていただきますので。皆さん規定処理はお願いします」

「おっと、なら白式の特徴も、実践見ながら教えていただきたいのですが」

 

 更に上へと昇るエレベーターに倉持と須藤が乗り込んでいった。須藤が手に取った分厚い冊子は、まさか白式の仕様書だろうか。あんなにチェックしなければならないものなのか。タブレットでなくわざわざ紙で用意したのはなぜ。

 

「え? えっ! せ、生徒たちの見守りは!?」

「やまーだせんせ、まーかせた~」

 

 言いつつ天井へ消えていった。

 

「ハイパーセンサー群を戦闘状態に切り替えろ。指示は先と同じように目で行え。慣れれば思考でオート切り替えができるが、まずはマニュアルからだ」

 

 千冬がぺしぺしと白式の膝を叩く。

 

 つい仮想モニターへ手が伸びてしまいそうになるのを抑えながら、モニターの情報を整理し、一度クリアな状態にした。視界下方に『待機中』という表示だけが残り、これに視線を向ければ、一夏の意図を察したISが『戦闘準備』の赤へ切り替えた。

 

 束の間、レーダー、第一から第四までのシールド数値、現状姿勢表示、計器情報の、戦闘に関わる表示群が一斉に現れた。内の一つ、装備欄に目をやる。武器がなくては戦えない。

 

 だがそこにあったのは一つのセル『近接ブレード』のみ。ブレードなのだからもちろん近接戦闘で然るべき。近接戦闘しかできないが。

 

「えっと、近接ブレードってのしか表示されてないんですが、他の武器はどうやって選択すれば?」

「ない」

 

 え? 疑問が声にも出ない。

 

「ない。さっさといけ、織斑。勝敗の決め方はわかっているな?」

「第四、第三シールドまでを先に突破した方……いや、武器。接近戦しかできないのか?」

「いけ!」

 

 そんな!

 

 腹の虫がおさまらないまま軌条まで誘導された。

 隣の箒を真似、軌条の一つで身を屈める。背後で起倒式ディフレクターが重たげに立ち上がった。一夏の背後だけなのは、初心者だからだろうか。

 

 打鉄の左右のスカートが床面と水平に向きを変え、先のスラスターからやはり青白の発光体が溢れ出る。それは徐々に勢いを増し、パイロットの「ついてこい」の一言の後、光が爆ぜた。

 

 空中で全身が寝そべっていく。二枚のスカート、そして足裏、四つのスラスターは光跡を描き、瞬く間に陽光の向こうへと去った。

 

 一夏も足裏に力を込める。白式の推進器は両足先の二カ所。出力値が伸び上がり、しかし圧力は解放せず高める。

 

「コール!」

 

 かつて姉の試合で聞いたことを真似る。右手の中に意識を高めれば煌めきが収束し、柄を成す。残った光が高周波音を奏でながら柄に従い空を走査、刀身を象った。それは箒が持ったような分厚い刀ではなく、平地に分割線の入った、華奢な群青の刀だった。

 

「よし、飛ぶぞ」

 

 爆光。

 

 出力が解放され、加速する。少しの抵抗感を全身に感じつつ、体が前へと移動していく。出口がぬるりと近づき、見守るクラスメイトたちが、千冬の姿が暗い帳に消えていく。

 

 白日の下に躍り出た。

 

 眩しさを感じない。ISが自動で視覚補正を行ってくれている。だから、空中で刀を握りしめる彼女の姿もすぐに捉えられた。

 

『戦闘演習対象、二七番訓練用二式打鉄』

 視界の中で、彼女を囲んでいた緑のカーソルが黄に変わる。すると、相手の姿勢や視線、四肢の位置、武器の向きが淡いカラーリングで縁取られた。

 

 体から力を抜けば、機体は徐々に減速する。箒と同じ高度に達し、踏ん張るようにして足を前に投げ出してみれば停止してくれた。

 

 ぐるりと周囲を見渡す。広角の視界はドローン映像のような、空中静止の安定感と円滑な動きだ。

 

 高度計は一二〇メートル。一〇〇メートル走よりも少し長い程度の高さであるのに、かなりの高さだと感じる。それでも最高高度はまだ五〇〇は上。丁度、飛行機雲がその更に高く遠い場所に線を引いていた。

 

 水平に顔を回せば、学園の広大さが改めてわかる。南側の中規模アリーナでは上級生が同じように実機訓練を始めているが、小さい。遠いという感覚ではなく、巨大で精細なスクリーンの端に舞う花びらを見ている感覚だ。

 

 陽の光は強い。太陽光がまんべんなく地球上に降り注いでいる様が心を打つ。

 

 深呼吸、空気が体を満たす。空、ついにそこに辿り着くことができた。

 

「落ち着きが無いぞ!」

 

 叱られる。こちらは初めてISで空を飛びました。この言い表せぬ爽快感を味わわせていただきたいもの。

 

「刀を握ったな」

 箒が、自身のそれを構える。

 

「ああ。こいつで戦い抜いてみせるさ」

「やってみろ。私の剣道で叩き落とす」

「これは、剣道とは」

 

 お互い中段で得物を握り締めた。鋒を通して目を見据える。

 

「違うだろ!」

 

 推進力の爆発、交差。

 

 胴を打たれる。片やこちらの刀身はかすりもしていない。箒が過ぎ去った空を薙いだのだ。白式の、ISの反応速度に己自身が追い付けていない。だが、今の切り抜けでわかる。速さは確実に白式が上!

 

 しかし停止も振り返りも間に合わない。

 

 敵機接近警告。既にこちらを追随していた箒は刀を振り始めていた。刀身は頭を狙う。迷い無く頭に斬り込んでくるなんて。どうする、どうすればいい。

 

 がむしゃらに刀を振って相手の刀身に当てた。僅かに軌道が逸れた分厚い刀身は肩の装甲を打つ。箒は再び動き出す。追撃から逃れるため右に体を逃がした、ただ、こちらの間合いからは外れない。

 

 突きを放つ。狙いは脇。そうだ、これは剣道ではないのだ。打ち込みにルールはない!

 

 狙った鋒はしかしレフトスカートを弾いて流される。体勢をまったく崩さなかった箒が手首を返し、突き返してくる。一夏の体は自身の突きの為に伸びきり、次の行動へは容易に移れない。

 

「ぐっ」

 

 左肩に一撃、間合いから弾き出された。

 

 視界の数値バー、その一段目が減っている。目には見えないが、ISを包むシールドが、刀の鋭利な刃から身を守ってくれている。

 

 不可視のシールドは全部で五段。最下層は『絶対防御』と呼ばれ操縦者肉体保護の最終防護システムを担っている。その上層、一段から四段の内、三段と四段のシールドを破られれば敗北となる。

 

 この二枚のシールドは、ISが展開時に放出するシールド用エネルギーの大部分を占めている為、これを失うことはすなわち、残りのシールドを維持できる技量はないという意味になるのだ。

 

「動きを止めるな!」

 

 言いながら箒は、上段から袈裟斬りを放つ。白式は早い、上段からならば紙一重でも避けられる。だがその次なのだ。箒の二太刀目が、白式の、いや一夏の反応を上回る。

 

 袈裟斬りの後、熟練の肉体でなければ難しいはずの制動、と再びの上段切りがやってくる。狙いは頭だ。

 

 部位によるダメージ差はない。勝敗の基準である二枚のシールドを破るには、一度の攻撃でより効率よくダメージを加える必要がある。刀剣であるならば、頭のてっぺんから足先までを斬り撫でること。故に、パイロット達はこう言う。

 

 削り取る。

 

 側頭に命中した刃は、一夏の肌から一ミリも離れていない空を、左目、あご、右胸から脇腹までと削いでいく。無論痛みはない。だが、揺さぶられる視界の中で第四シールドエネルギー残量がぐっと減った。

 

 刃が目を撫でる光景は、二度も見たくない。

 

 距離を取る、反撃するところを詰められ打たれる。ああこれは、剣道をされている。

 

 小さい頃から新聞が好きだった。タブレットに通知が来るようにすら設定してまで、毎日の楽しみであった。友達は古臭いと言い誰も読んでいなかったけれど、一夏にとっては小説のような面白さを見出していた。

 

 篠ノ之箒の名前を新聞で見たのには、かなり驚いたもの。それは剣道選抜での結果だった。彼女は全国大会で入賞を果たすという実力を身に付けていた。二度の連撃の素早さが褒められていた。

 

 一夏は『箒は二の太刀が早いなぁ』と言葉を思い出す。速い、ではなく、早い。それを強みにすれば俺も勝てないな――そう伝えたのは紛れもない、自分自身であった。

 

「情けない!」

 

 怒声とも呼べる声と共に斬撃が降りかかる。なんとか受け流し、返しの一太刀を加えようとしても、相手は箸から逃れる豆の如くするりと避けこちらに向き直る。

 

「弱い! あの時はお前の方が強かったはずだ」

 箒もまた、小学生の頃を思い出していたのだろう。

「それがこんな……」

 

「いやまぁ、箒がいなくなって辞めちゃったから、剣道」

「私……」呟き、首を振ってから「私が鍛え直す!」

 

 スカートから一瞬の噴射、右下からの逆袈裟、これは受けずに更に距離を取る。が、相手は更に一瞬の噴射を重ね振り抜いてくる。退避は間に合わず胴に食らう。

 

 まったく対応することができない。あの頃、どのように対応していたのか、おぼろげに思い出せても体は少しも覚えていなかった。

 

 だめだ、まったく反撃できない!

 

 

▼▼▼

 

 

「面白い戦い方、しますね」

「一夏め、手も足も出てない」

「これじゃ参考にならねぇな」

 

 射出口上面の屋内観覧室から三人の女性は、上空で行われるやり取りにそれぞれの感想を漏らす。

 

「あんなんで一次移行(ファーストシフト)に至るんすかね?」

「難しいでしょう。『初期化(フィッティング)』も『最適化(パーソナライズ)』も、まずは全身がしっかり稼働してこそ早められるものです。四肢だけでなく、各出力器のパワーを引き出すことや飛行、ハイパーセンサー各種を目一杯使うこと、その為に戦闘という手段を取りますから」

「白式は刀一本、そして相手も接近戦偏重者ときている。相手が悪かったか」

 

 言うだけ言って、三名は一様に天窓を見上げたまま動かない。

 

「箒め、目的が変わってないか」

「IS初心者になーにを期待したんだか。さっきもずーっと織斑君のこと見てたしなぁ」

「恋でしょうか、愛らしい。いつの日か私が専用機を用意しましょう」

 

 中央の千冬が右の倉持を、信じられないといった目で見つめる。

 

「はぁ」

 

 生返事だけを返して、視線は弟へ戻される。

 

「で? 何か言ってやらないのかい、『お姉ちゃん』?」

 須藤が左からからかう。

「いらん。動き回るだけが近道ではない」

 

「ほう?」

 

「やつは私の弟だ」

 

 

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