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「良いのではないでしょうか。戦闘していただければ、こちらでも情報収集できます」
一夏と箒そして千冬、しばしの睨み合いの中で倉持が箒に同意した。
「はぁ。主任がそう仰るのであれば」
一夏の前に立つ千冬は腕組みを解き、やれやれといった顔でこちらに向き直る。
「この戦闘訓練でモノにしてみせろ。できなければ負け続けるだけだ。わかったな」
長大な刀を抜いた打鉄は、真剣そのものの目で訴えてくる。私と戦え、と。正直な部分を冷静に読み取れば、勝てるわけなどない。相手は一夏よりも先にISの訓練をしてきた人間だ。だが。
一夏はぐっと背伸びをする。その様子に全員が呆気にとられた。
「大丈夫、千冬姉。いける!」
冷静な分析など捨ててしまえ! 人生最初のIS戦闘、精一杯しなければ、それこそ自分に負け続けることになる。勝負ではない、一夏自身と白式との、徹底的な対話の始まり。
「では、私は上の観覧室から見させていただきますので。皆さん規定処理はお願いします」
「おっと、なら白式の特徴も、実践見ながら教えていただきたいのですが」
更に上へと昇るエレベーターに倉持と須藤が乗り込んでいった。須藤が手に取った分厚い冊子は、まさか白式の仕様書だろうか。あんなにチェックしなければならないものなのか。タブレットでなくわざわざ紙で用意したのはなぜ。
「え? えっ! せ、生徒たちの見守りは!?」
「やまーだせんせ、まーかせた~」
言いつつ天井へ消えていった。
「ハイパーセンサー群を戦闘状態に切り替えろ。指示は先と同じように目で行え。慣れれば思考でオート切り替えができるが、まずはマニュアルからだ」
千冬がぺしぺしと白式の膝を叩く。
つい仮想モニターへ手が伸びてしまいそうになるのを抑えながら、モニターの情報を整理し、一度クリアな状態にした。視界下方に『待機中』という表示だけが残り、これに視線を向ければ、一夏の意図を察したISが『戦闘準備』の赤へ切り替えた。
束の間、レーダー、第一から第四までのシールド数値、現状姿勢表示、計器情報の、戦闘に関わる表示群が一斉に現れた。内の一つ、装備欄に目をやる。武器がなくては戦えない。
だがそこにあったのは一つのセル『近接ブレード』のみ。ブレードなのだからもちろん近接戦闘で然るべき。近接戦闘しかできないが。
「えっと、近接ブレードってのしか表示されてないんですが、他の武器はどうやって選択すれば?」
「ない」
え? 疑問が声にも出ない。
「ない。さっさといけ、織斑。勝敗の決め方はわかっているな?」
「第四、第三シールドまでを先に突破した方……いや、武器。接近戦しかできないのか?」
「いけ!」
そんな!
腹の虫がおさまらないまま軌条まで誘導された。
隣の箒を真似、軌条の一つで身を屈める。背後で起倒式ディフレクターが重たげに立ち上がった。一夏の背後だけなのは、初心者だからだろうか。
打鉄の左右のスカートが床面と水平に向きを変え、先のスラスターからやはり青白の発光体が溢れ出る。それは徐々に勢いを増し、パイロットの「ついてこい」の一言の後、光が爆ぜた。
空中で全身が寝そべっていく。二枚のスカート、そして足裏、四つのスラスターは光跡を描き、瞬く間に陽光の向こうへと去った。
一夏も足裏に力を込める。白式の推進器は両足先の二カ所。出力値が伸び上がり、しかし圧力は解放せず高める。
「コール!」
かつて姉の試合で聞いたことを真似る。右手の中に意識を高めれば煌めきが収束し、柄を成す。残った光が高周波音を奏でながら柄に従い空を走査、刀身を象った。それは箒が持ったような分厚い刀ではなく、平地に分割線の入った、華奢な群青の刀だった。
「よし、飛ぶぞ」
爆光。
出力が解放され、加速する。少しの抵抗感を全身に感じつつ、体が前へと移動していく。出口がぬるりと近づき、見守るクラスメイトたちが、千冬の姿が暗い帳に消えていく。
白日の下に躍り出た。
眩しさを感じない。ISが自動で視覚補正を行ってくれている。だから、空中で刀を握りしめる彼女の姿もすぐに捉えられた。
『戦闘演習対象、二七番訓練用二式打鉄』
視界の中で、彼女を囲んでいた緑のカーソルが黄に変わる。すると、相手の姿勢や視線、四肢の位置、武器の向きが淡いカラーリングで縁取られた。
体から力を抜けば、機体は徐々に減速する。箒と同じ高度に達し、踏ん張るようにして足を前に投げ出してみれば停止してくれた。
ぐるりと周囲を見渡す。広角の視界はドローン映像のような、空中静止の安定感と円滑な動きだ。
高度計は一二〇メートル。一〇〇メートル走よりも少し長い程度の高さであるのに、かなりの高さだと感じる。それでも最高高度はまだ五〇〇は上。丁度、飛行機雲がその更に高く遠い場所に線を引いていた。
水平に顔を回せば、学園の広大さが改めてわかる。南側の中規模アリーナでは上級生が同じように実機訓練を始めているが、小さい。遠いという感覚ではなく、巨大で精細なスクリーンの端に舞う花びらを見ている感覚だ。
陽の光は強い。太陽光がまんべんなく地球上に降り注いでいる様が心を打つ。
深呼吸、空気が体を満たす。空、ついにそこに辿り着くことができた。
「落ち着きが無いぞ!」
叱られる。こちらは初めてISで空を飛びました。この言い表せぬ爽快感を味わわせていただきたいもの。
「刀を握ったな」
箒が、自身のそれを構える。
「ああ。こいつで戦い抜いてみせるさ」
「やってみろ。私の剣道で叩き落とす」
「これは、剣道とは」
お互い中段で得物を握り締めた。鋒を通して目を見据える。
「違うだろ!」
推進力の爆発、交差。
胴を打たれる。片やこちらの刀身はかすりもしていない。箒が過ぎ去った空を薙いだのだ。白式の、ISの反応速度に己自身が追い付けていない。だが、今の切り抜けでわかる。速さは確実に白式が上!
しかし停止も振り返りも間に合わない。
敵機接近警告。既にこちらを追随していた箒は刀を振り始めていた。刀身は頭を狙う。迷い無く頭に斬り込んでくるなんて。どうする、どうすればいい。
がむしゃらに刀を振って相手の刀身に当てた。僅かに軌道が逸れた分厚い刀身は肩の装甲を打つ。箒は再び動き出す。追撃から逃れるため右に体を逃がした、ただ、こちらの間合いからは外れない。
突きを放つ。狙いは脇。そうだ、これは剣道ではないのだ。打ち込みにルールはない!
狙った鋒はしかしレフトスカートを弾いて流される。体勢をまったく崩さなかった箒が手首を返し、突き返してくる。一夏の体は自身の突きの為に伸びきり、次の行動へは容易に移れない。
「ぐっ」
左肩に一撃、間合いから弾き出された。
視界の数値バー、その一段目が減っている。目には見えないが、ISを包むシールドが、刀の鋭利な刃から身を守ってくれている。
不可視のシールドは全部で五段。最下層は『絶対防御』と呼ばれ操縦者肉体保護の最終防護システムを担っている。その上層、一段から四段の内、三段と四段のシールドを破られれば敗北となる。
この二枚のシールドは、ISが展開時に放出するシールド用エネルギーの大部分を占めている為、これを失うことはすなわち、残りのシールドを維持できる技量はないという意味になるのだ。
「動きを止めるな!」
言いながら箒は、上段から袈裟斬りを放つ。白式は早い、上段からならば紙一重でも避けられる。だがその次なのだ。箒の二太刀目が、白式の、いや一夏の反応を上回る。
袈裟斬りの後、熟練の肉体でなければ難しいはずの制動、と再びの上段切りがやってくる。狙いは頭だ。
部位によるダメージ差はない。勝敗の基準である二枚のシールドを破るには、一度の攻撃でより効率よくダメージを加える必要がある。刀剣であるならば、頭のてっぺんから足先までを斬り撫でること。故に、パイロット達はこう言う。
削り取る。
側頭に命中した刃は、一夏の肌から一ミリも離れていない空を、左目、あご、右胸から脇腹までと削いでいく。無論痛みはない。だが、揺さぶられる視界の中で第四シールドエネルギー残量がぐっと減った。
刃が目を撫でる光景は、二度も見たくない。
距離を取る、反撃するところを詰められ打たれる。ああこれは、剣道をされている。
小さい頃から新聞が好きだった。タブレットに通知が来るようにすら設定してまで、毎日の楽しみであった。友達は古臭いと言い誰も読んでいなかったけれど、一夏にとっては小説のような面白さを見出していた。
篠ノ之箒の名前を新聞で見たのには、かなり驚いたもの。それは剣道選抜での結果だった。彼女は全国大会で入賞を果たすという実力を身に付けていた。二度の連撃の素早さが褒められていた。
一夏は『箒は二の太刀が早いなぁ』と言葉を思い出す。速い、ではなく、早い。それを強みにすれば俺も勝てないな――そう伝えたのは紛れもない、自分自身であった。
「情けない!」
怒声とも呼べる声と共に斬撃が降りかかる。なんとか受け流し、返しの一太刀を加えようとしても、相手は箸から逃れる豆の如くするりと避けこちらに向き直る。
「弱い! あの時はお前の方が強かったはずだ」
箒もまた、小学生の頃を思い出していたのだろう。
「それがこんな……」
「いやまぁ、箒がいなくなって辞めちゃったから、剣道」
「私……」呟き、首を振ってから「私が鍛え直す!」
スカートから一瞬の噴射、右下からの逆袈裟、これは受けずに更に距離を取る。が、相手は更に一瞬の噴射を重ね振り抜いてくる。退避は間に合わず胴に食らう。
まったく対応することができない。あの頃、どのように対応していたのか、おぼろげに思い出せても体は少しも覚えていなかった。
だめだ、まったく反撃できない!
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「面白い戦い方、しますね」
「一夏め、手も足も出てない」
「これじゃ参考にならねぇな」
射出口上面の屋内観覧室から三人の女性は、上空で行われるやり取りにそれぞれの感想を漏らす。
「あんなんで
「難しいでしょう。『
「白式は刀一本、そして相手も接近戦偏重者ときている。相手が悪かったか」
言うだけ言って、三名は一様に天窓を見上げたまま動かない。
「箒め、目的が変わってないか」
「IS初心者になーにを期待したんだか。さっきもずーっと織斑君のこと見てたしなぁ」
「恋でしょうか、愛らしい。いつの日か私が専用機を用意しましょう」
中央の千冬が右の倉持を、信じられないといった目で見つめる。
「はぁ」
生返事だけを返して、視線は弟へ戻される。
「で? 何か言ってやらないのかい、『お姉ちゃん』?」
須藤が左からからかう。
「いらん。動き回るだけが近道ではない」
「ほう?」
「やつは私の弟だ」
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