インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十四話

▼▼▼

 

 

「んー」

 

 空中のドローンが吊す大型モニターを眺めながら、如月は子猫のように唸った。

 

 すげぇけど、なーんか物足りねぇよなぁ。

 

 映される戦闘はもちろん、奇跡の男と傲慢なナイスバディ女との戦いだ。両者ともに刀を使用した駆け引きは、面白くないと断じてしまえるものではない。ほぼ一方的ではあるが、初搭乗である奇跡の男も、要所で剣戟を防ぎ反撃の隙間を探そうとしている。しかし、

「チャンバラ見たいわけじゃあ、ねーんだよな」

 

 ISの戦いというのは、もっと派手なはず。もちろん、単純な銃声や爆音を求めてはいない。

 

 あのパワードスーツは、IS粒子というエネルギー体が集合、形成したもの。

 

 何より特筆すべき性質は、他の物質の影響を受けないこと。インフィニット・ストラトスが、どんな兵器をも超越した存在である理由はそれにある。

 

 強力な火薬や溶解液を用いて破壊を試みても、この粒子で作られた物体の破壊は不可能なのである。重力すら打ち消してしまう能力を持っているのだ、宇宙を破壊できる兵器でないと通用しないんじゃなかろうか。

 

 ISは、ISでなければ倒せない。絶対的な真理だ。

 

 加えて、非常に扱いやすいという点。粒子が超高密度に集合したコアには電子情報を流し込める領域があるらしく、人間側の都合によく合わせてくれる。粒子そのものはコアから無際限に生成されるので、材料消費を気にする必要もない。

 

 夢のような力、あるいは夢を具現する力。

 

 先人はこれを兵器としての道を歩ませてしまったが、もっと平和的な使い方もあったろうにと、如月の親はよく呟いていたことを思い出す。そもそも開発者がそういう使い方をしたとか、なんだかという事件が発端という噂が、都市伝説程度で語られていた。

 

 ともあれ、パワードスーツとなっているISで行う戦闘というのは、夢のようにISだけが創り出せる戦闘であるはずだ。目の前にそれは感ぜられない。

 

 如月の言葉で表すのであればこうだ。

 

 バヒュッと飛び回り、クルクルグルグルと回りまくり、ザンッと斬ったりバンッと撃ったり、光の刃がギューンと飛び出したりビームがビュンビュン出てきたり、うおーってなってぐわーってなっていくぞぉ! と叫ぶ。

 

 これが理想だ。

 

「いい感じに、魅せてくれんかなぁ」

 

 

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「これはどうだ!」

 

 やっとの思いを反撃に乗せる。鍔迫り合いを白式の出力にものを言わせて圧し込み、そのまま正面から両断。しかし、相手は手首を回し剣の腹を以てわずかに軌道をずらし、打鉄が両肩に浮かせる物理シールド――第五シールドと呼ばれることもある――に斬撃を逃がした。

 

 そのシールド羨ましいな、と心に思う。

 

「言葉を重ねる暇があれば」、一撃目。

「無心で打ち込んでこい!」、二撃目。第四シールド崩壊の警告が。

 

 無心で、ただ無心で。

 

 その言葉は昔、姉にも言われた記憶がある。千冬もまた、剣道を同じ道場で習っていた。というよりは、姉がそこに居たから自分も習っていたという具合。

 

 千冬は昔から身長が高く、その半分だった一夏にとっては大人に等しく大きな人影だった。そんな彼女は一夏にこう教えた。『武道は自分自身との戦いだ』と。

 

 迷いが敗北に直結するのだと。

 

 無心とは、何も考えないことではない。心を一カ所に留めないことだ。直感と思考の融合、空間全体に意識を保ち、あらゆる物体の一挙手一投足全てを捉えるのだ。迷いとは無縁の、意識を読み取る世界。

 

 それを聞いた一夏は同様の言葉をもって、箒に教えたのだった。小学生の時分で、姉の言う無心というものは遂に理解することはなかった。

 

 この空は剣道場ではない。

 だが、武道という道にはつながるかもしれない。

 

 返しの斬撃を辛うじて弾いた一夏は、最大推力で箒の身に体当たりする。一瞬、動きの止まったその胴目掛け、水平に飛び抜きながら刃を薙いだ。

 

 距離が開くもなお鋒をこちらへ向ける箒に対し、一夏は刀を握り直す。

 

「すまん、箒」

「何がだ」

「俺は……剣道はもう忘れちまった。だけど、俺はISで箒を超えるよ」

 

 ひくりと口端が動いた。

 

「できると、思うのか」

「やってやるさ。剣道で箒は俺を超えた。今度は俺の番だ!」

 

 白式、その為の力を教えてくれ。そこにいるんだろ、千冬姉。

 

 先の幻覚はただ脳が描いた偶像では決して無い。白式が持つ何かが一夏に見せた幻影。応えて欲しいと願う。一夏は、この大空を飛び勝利を重ね、誰もが未だ辿り着いていない領域に飛び込みたい。

 

 姉の立つ場所も越えた、その先へ。

 

 叶える為には、白式の力を求め、操縦者もその力に応えねばならない。だから――

 

「だから教えてくれ! 白式!」

 

 箒が空を蹴り、真正面から斬り込んでくる。速い。

 

 不意に浮遊感が訪れる。

 額に熱が籠もる。

 箒が遠のいていく。

 

 いや、間違いなく接近してはいるはず。だのに彼女も、空気の流れも、アリーナの砂埃、周囲の草木、遠い南のアリーナで飛び交う先輩方、東京湾の波、空港から離陸する旅客機、いつもより強い風に流される雲、燦然とした太陽までもが、現実離れしたスローモーションに見える。

 

 知覚が拡大していく。

 

 桜色が二片、止まりかけ暮れていく世界で、感じぬ風に巻き上げられる。

 

「千冬姉。……いや、暮桜」

『よくわかったな』

 

 耳元で千冬の声が囁く。まるで背から抱きしめられているかのように。

 

「千冬姉と暮桜の戦いは、いつも見ていたから。俺の為に飛んでくれたことも」

『私は千冬そのものだ』

 

「ああ。だって、装着した時からずっと手を伸ばしてくれていた、そんな風だった」

『昔からそうしてきた』

 

「これからも、手伝ってくれるのか?」

『いいや』

 

 抱く力が、一層強まった、と感じる。

 

『新たな白式の意識が、形成されれば』

「暮桜は、消えていくのか」

『ああ』

「ありがとう。千冬姉と一緒にいてくれて」

 

『これよりは、白式として、お前と共に』

 

 ――行こう。

 

 真白が溢れた。

 

 

▼▼▼

 

 

 頼む、暮桜。

 

 千冬は太陽よりも強く輝く、かつての相棒にそう願った。自身に与えられた時から一夏を救ったあの日まで一緒だった、千冬の想い全てが具現した唯一の機体。

 

 想いは、新たな操縦者を拒むことはあり得ない。最愛の弟を確かに導いてくれるだろう。

 

「おー、なんだ、意外と早かったな。さて」

 

 声の主が、その場を去ろうとする。

 

「ようやく、ここからだぞ、千冬」

 

「何?」

 

 それまで居た人物からは決して発される筈ない、()()()()声に振り向けば、そこに須藤はいなかった。わずかな光の残滓に包まれていたのは、しばらく会っていなかった人物。

 

 そんな、なぜ、疑問が溢れていく。

 

「これで天才さんも忙しくなるなぁ!」

 

 反対から届いた、落ち着いたとは正反対の口ぶりは、その声は、

 

「ね、ちーちゃん!」

 

 身と心が記憶し決して忘れられるはずないもの。千冬を呼ぶ声の方には、同じく光の残滓を振り払いながら離れていく、この世界を変えたその人がいた。

 

「あは、あはは! びっくりしてる暇はないよ、ちーちゃん! 私たちと、いっくんと箒ちゃんの空が、どーんと大きく、宇宙の果てまで広がっていくんだからさ!」

 

 

▼▼▼

 

 

 山田は、モニターの向こうで起こる激変に心振るわし、ポケットで揺れるスマホに気付くのが遅れた。慌てて取り出せば、発信者は須藤莉瀬。どうしましたと応答した。

 

「やっと繋がった! おい、どうなってんだ!」

「ちょっ、ちょっと待ってください。どうしたんですか?」

 

 須藤先生は上の観覧室で、織斑先生と倉持主任と見ているはず。なのに、電話の奥からは怒声に紛れ、車の走行音が漏れていた。

 

「どうしたもこうしたもねぇよ! 待ち合わせ時間になっても一夏君は来ないし、学園にも教師にも誰にも電話つながらないし、検問に止められて学園まで戻れないし! そっちで何が起こってんだ!?」

 

 どういう――。

 警報が鳴り響く。射出口内が痛いほどの赤に染まる。

 

「な、なんですか!」

「未確認のISが二機! ちょ、直上に出現! いや、これは……上、この上の階です!!」

 

 呼吸が止まる。手にしていたスマホを放り、異常事態に震える生徒をその場に、観覧室につながる非常階段へ走り出す。

 

 観覧室側の扉を押し開けた先には、一人立ちすくむ千冬と、対面するのは並ぶ二人の女性。片方は黒いISに身を包み、もう一人は青のワンピース。

 

「まさか……栄榎(えいか)さん!」

 

 漆黒のIS、そのパイロットの名を呼ぶ。気付いた彼女は、山田に敬礼した。

 

「よう臆病者、空を飛ぶ理由は見つかったか?」

 

 ISの真上に虹色の渦が広がった。目映い七色の輝きが砂嵐となって散乱する。

 

「それじゃあちーちゃん! また会おう!!」

 

 ワンピースの女性が手を振りかざし、一機と一人は、その渦に吸い込まれ掻き消えた。

 

 後には静寂と、一陣の風に取り残された女たちがいた。

 

 

▼▼▼

 

 

 光の奔流から解放された時、まず感じたのは体の軽さ。水に浮くのとは比べものにならないほど、純粋に体が軽い。空の果てすら気にせずどこまでも、いつまでも飛んで行けそうな。

 

 白式はいかにも鉄っぽい肌から、山の上から遠くを眺めたような、空気の層を幾重にも重ねた繊細な白へと変わっていた。

 

 視界はより広角に大きく広がっている。空のあまりの巨大さに、重圧さえ感じてしまうほどに。だが嫌ではない。広大であっても、重荷には感じない。

 

 ディスプレイはよりシンプルなものに変わっている。装備欄がない。必要ないのだ。この右手に握る一本の刀のみが、このISがただ一つ得意とすべき武装なのだ。眼前に掲げれば、薄く名と状態が表示される。

 

『雪片二型:低出力状態』

 

 先ほどまではただの近接ブレードであったそれに名がついた。雪片、それはかつて姉が振るっていた刀と同じ名前。いくつかの溝が鍔から先端までつながり、呼吸するように光が奔る。

 

 全身の装甲とスーツを意識する。世界最高の姉にできるだけ近付きたいと思っていたら、気付けば、彼女とともに空を飛ぶことになっていたなんて。

 

「ここからは俺の道だ。一緒に飛ぼう、白式!」

 

 遂に白式は一夏専用機としてその身を変化させた。雪片を握りしめ、眩しさに足を止めていた箒を見据える。

 

「いくぞ、箒!」

 

 出力を溜める。両翼が展開し、更なる翼を露出させた。そして、先ほどまでとは比べるべくもない速度が、一夏の突撃を形にした。

 

 力が自ずと籠もっていく。心は自身の行く先が見えていた。斬れる、最早確信だった。

 

 刹那、刀身が分解し、内より青白の波打つ刃が姿を現した。これが雪片の真の姿であり、姉を最強へと導いた糸筋。

 

 迷いは今なく、光の刃は真っ直ぐに振り下ろされる。断つのではなく、未来へつながる道を切り拓くために。

 

 俺はどこまでも飛ぶよ、千冬姉。白式と一緒に、果てない空を。

 

 

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