インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第二章 赤熱する踊り子 -プロム・ドレス-
第一話


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 あまり広くない会議室は仄暗い。

 

 モノトーンの壁面とテーブルとチェアのセット。ブルーライトの薄いモニターを動かす機械音がいやに大きく響く中、二人の女性が立っている。

 

 齢五〇ほどの一人は、手を後ろに立ちモニターを睨む。四〇代と見られるもう一人が、しきりに眼鏡の位置を気にしながらその背を眺めている。

 

「彼女が学園から消失した九時二八分から、およそ六〇秒後に研究機関内の全データが書き換えられました。また、彼女のデスクはIS製で、同時刻に消散。直筆のもの、インクなどもまたIS粒子製で消滅。これらは監視カメラにも――」

「そのようなことは既に聞いているのよ、更識博士。つまりは彼女が残したデータも、行動記録も一切合切そして文字通りに、消えたということなのは」

 

 苛立ちの目立つ声音でモニター前の女性が返す。

 

 映された一人の顔写真が二枚に分離し、二人の女性を表示した。一人は線の細く色白の、生真面目さがうかがえる。もう一人は今にも笑い声が聞こえそうなほどに喜色満面。

 

「ISカモフラージュ、レーダーにも反応しないステルス、いや低観測性というよりは全く認知できなかったわけだけれど、そんな遮蔽技術を彼女は完成させていたのね。それに、学園から去る時のあの技術も不明ね。姿を隠す技術はイギリスが進んでいるけれど、比べものにならないわ」

「……はい」

「彼女に関してはあまり驚かないようにしていたつもりなのだけれど、してやられたと、反省すべきなのでしょうね。一緒に居たあの者もやはりというか、ぐるだったのだし」

 

 声音には落胆の気がある。

 

 モニターには更に写真が加わった。気骨稜々とした真っ直ぐな瞳の女が写されていた。

 眼鏡の女性は返答に窮し、奥歯を噛み締めた。

 

「わかっているわ、博士の気持ちも。皆悔しがっている。我らは彼女を確保するために心血を注いでいるというのに、その彼女が隣人であったのだもの。ま、彼女と同じくらい奇天烈な特課は何も感じていないようね」

 

 聞き、黒縁のブリッジに隠された眉間が寄った。

 

「先進技術実証機白式の今後の管轄だけれど、一時解体する第七課から特課に移すわ」

「轡木司令、それは私たち一課で対応可能です!」

「悪いけれど、これに関して信用できるのは、あの人と同じ気質の者たちなの。我が儘をさんざ聞いてきたのだから、そろそろ彼らには働いてもらわねば。第七課がなぜ暮桜のコアに拘ったのかをまず知る必要がある。正式な報告にない彼女の意図を見出さねば。職員への尋問は始めているけれども、満足いく理由は判明しないでしょうね。しかし」

 

 モニターは次に、一つの戦闘記録を再生した。輝きの中から現れるのは至純の白。

 

「その理由、この機体にこそあると見る。彼らにはそれを導き出してもらうわ」

 

 

▼▼▼

 

 

 学生が集まり始めた昼頃の食堂には、一年一組全員がやはり集合していた。思い思いの料理を前に、しかし一様に浮かない顔のままであった。

 

 一〇〇〇人近い生徒を受け入れる食堂は巨大だ。学園内のどこかにある調理場からドローンが料理を運び込み、配膳口を中心とした円筒形をしている。円を描く座席が花びらのように配され、地上から地下部分まで六階に別れている。

 

 一組は、もっとも大人数が集まれる一階にいた。窓からは花壇も見られるが、誰も目に止めない。

 

 周囲で食事を摂る他クラスの話題は二つだ。この場に織斑一夏がいることへの興味と、午前の警報の意味。赤ら顔で吹き抜けからこちらを見続けている者や、ひそひそと噂話ばかりに耳を寄せ合う者がいる。

 

「な~っとくいかね~」

 

 一夏の隣でテーブルに突っ伏して唸るのは如月。身長が低いので突っ伏すのも辛そうである。

 

「あたしの歴史に残る第一回が~」

 

 装飾形態のついていた左手首をなで回す。

 

「よくわからん事態でお蔵入り~」

「明日に延期しただけだ。あまり悲観すべきでない」

 

 隣の高城がフォローをする。するが、内心は如月と同様であると顔色から覗える。

 

「織斑くんと篠ノ之さんの一騎打ちもお蔵入り~」

「午前中の全学年全授業が中止で自習だからな。あの警報、相当な問題だったのだろう」

 

「山田先生があんな必死な顔してたもんね」言った深井はややあって「あ! いや、普段から真剣に授業いただいてるけど……」

「二度と見ることねぇだろうな」

「あ、顔上げた」

 

 如月はそのまま脇に置いていたプレートを寄せる。魚肉バーガーとディップサラダだ。やや辛めの肉味噌を少し焼いたキュウリに付けるのが旨い、そして如月一押しのメニューでもある。

 

「ちょっとその茶色いのちょーだい」

 

 一同で唯一、明るさを保っていた布仏が、自分のパンケーキを如月の肉味噌に付けた。

 

「まじかよ」

「んー、味噌感がちょっといまいちかもぉ」

「ベーコンとかお肉は合ってもお味噌はね」と深井は、それでも美味しそうに咀嚼する布仏に「こっちの茶色の方がおいしいよ」とピーナッツバターを渡す。

 

「ほんで、再戦いつよ」

 

 ブロッコリーを食べた如月は、隣に座る一夏の肩に手をかける。オムライスメインの洋食セットにしていた一夏は、小さいフランスパンを千切り、口に運ぶ前に答えた。

 

「もちろん明日早速だ! と言いたいとこなんだけど、まずは白式に慣れようと思う」

 

 言いながら、左腕に備わった白磁にも似た腕輪に視線をやる。白式の装飾形態。移行時の名称ではガントレットモードという、なんだか響きの良い名前が付いていた。

 

「うーらやましいなぁそれ。あたしらは片付けないといけないのに、専用機は身に付けたままなのはなんでだ?」

 

 如月は不満そうな顔で、ガントレットを見つめながらハンバーガーにかぶりつく。

 

「理由はいろいろあるらしいんだ」

「その、対話というものか」と、高城も興味はあるらしく会話に加わる。

 

「どうだろ。ひとまず言われたのは、技研から渡される機体は新しい技術を試してる機体でもあるから、常に身に付けてその状態の記録が大事なんだと。それに、こうして身に付けているだけでも、なんだっけ、『絶対防御』が体を守ってくれるらしい」

 

 身を乗り出したのは深井。

 

「勉強したよ! えっと、ISが使用者の身体を守る最後のシールドで、肉体損傷になり得るどんな要因からも守護する、って。これがあるから私たちは怪我せずに済むんだよね。過去の実験では重工業用のおっきなプレス機からも守って、逆にプレス機が耐えられなかったって。ほんとかな?」

「試してみるか」

 

 フォークを逆手に握る高城。一夏と深井は慌てて手を振り拒絶する。

 

「話では、毒薬や酸とかの劇薬からも体内で守ってくれるって聞いたことあるけれど、それってでも、口にするもの全部から守っちゃう……味がしない、とかになるのかな。どう?」

「味は普通に感じるな」

「試してみるか」

 

 タバスコの蓋を開け思い切りオムライスに振りかけようとした如月を一夏と深井が止める。

 

「とにかく、世の中には悪いこと考える奴が一定数いるもんで、専用機持ちの生徒が誘拐されそうになったこともあるらしいんだ。そういう悪意から自力で脱出する為にも、必要なんだってさ」

「ひえぇ」深井がアニメのような怯え方をする。

 

「もちろん、無闇矢鱈にISを展開してたら、ちふ……織斑先生にぶっ叩かれるどころじゃなく、内申点を左右するからできない」

「内申? そんなの関係あるかよ、ちょっとあたしにも付けさせてくれよ」

「だめだ。これは俺のISだから」

「っちぇ。あたしも言いてぇなぁ。『これは俺のISだから』!」

 

 食べ終えた高城が、足を組み直し冷えてしまったコーヒーを飲む。

 

「そんな『絶対防御』があるのも理由か、通常兵器を過去の遺物にしてしまったのも。先の君らの戦闘を間近にしても思うが、つくづく、とんでもないものを開発したと思う」

 

 言葉の後、一夏を除くクラス全員の視線が一点に集まった。

 

 席の端、クラスメイトから一人分間隔を空け、和食セットを食べ終えそうな彼女へと。

 そんな目を知ってか知らずか、味噌汁の最後の一口を飲み終えた箒はトレイを手にする。

 

「私は関係ない」

 

 立ち上がり、一夏の制止も気に留めず去ってしまう。

 

「関係なくはないだろ。あの篠ノ之博士の妹ってことで、他クラスのやつにいびられそうになってたのに」

 

 見送った如月がそうぼやく。

 

「そうなのか!?」

 

 まさか、箒がそんな目に遭っていたとはつゆとも思わなかった。友達作りは小学生の頃も苦手であった。いつも一夏の後ろを着いてきていた。一夏が他の誰かと遊べば、遠くからその姿を眺めている、そんな女の子だった。だが、決して暗い印象ではなかったのだ。ただ、やはり、つっけんどんな態度は変わらずだ。

 

「世界がガラッと変わっちまって、親の鬱憤が感染ってるヤツもいるにはいるが……だけどその態度が問題なんよ。女のいびりは怖ぇぞぉ~」如月は細い腕を組み薄い胸を反る。「篠ノ之さんのあの態度も気に食わねぇが、陰険な真似するやつは大っ嫌いだ」

「箒……」

 

 紅白リボンの去った先を眺める。

 

「心配すんなよ。生徒会長がなんか動いたらしい、ってのは聞いた」

 

 今朝出会った三影会長を思い返す。確かに、あの人ならなんとかしてくれそうだ。と、不思議と『確かに』と言ってしまえるほど、妙な信頼感はある。言葉よりも実行力で存在を示すような、頼りになる信頼だ。

 

「だいたいよ、一組以外ってまともにIS乗れるのまだ先だぜ? 何をいきってんだか」

「私たちは一日お預けだが」

「おーいもうせっかく忘れてたのに。おい、委員長、あれやるぜ」

「え、ここで?」

 

 もじもじと恥ずかしがり始める深井と、やる気の如月に釣られて立ち上がるクラスメイトが何人か。

 

「い……いちくみぃ~」

「ファイトォ!」

 

 食堂内に鬨の声が響いた。

 

「何でしたんだ?」

 

 ややテンポの遅れた一夏は、突然の掛け声に目を瞬かせた。

 

「パーティだからな!」

 

 如月は笑顔を取り戻した。

 

 

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