インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第二話

▼▼▼

 

 

「酒持ってきていいか」

 

 五指で卓を叩く須藤が言う。

 

「もうこれではっきりしただろ。一夏君はあの女に誘導されてここにいる。あの試験日の出来事は偶然じゃなかったんだ。いや、本当に偶然だったなんて考えてるやつはいない、だよなぁ」

 

 澄ました顔で壁に背を預けている織斑千冬を睨む。初の世界大会で優勝した人間の弟が世界で初、或いは唯一の男性パイロット。誰もが勘繰るに決まっている。実際、世界各地で度々行われる反ISデモでは、織斑の名前が引き合いに出されるようになってきた。特に非IS保有国は苛烈さを増しているとも聞く。

 

 男でも操れるのだ、保有国は真実を隠しているのだ、と。

 

「何か知っているんじゃないのか。ええ?」

 

 目を閉じたまま何も言わぬ千冬に詰め寄る。

 

「待ってください、須藤先生! 織斑先生の身辺調査は済んでいます!」

 

 山田の言う通りだった。一夏が初めてISを起動させた後の混乱は、この世で最初にISの実力を示した事件後に匹敵するものだった。その中で当然、血を同じくする織斑千冬の経歴も改められた。

 

篠ノ之束(しのののたばね)も、海江田栄榎(かいえだえいか)も、みんなあんたの幼馴染みだろうが! あんたら三人が、ISで全人類を手玉に取ろうってんだろ? それとも……中身はまったく別の誰かか?」

「ペンでもなんでも、刺してみればいい」

「お、織斑先生! 須藤先生も、落ち着いてくださいってば!」

 

 山田は間に割って入ろうとするが、体格のよい須藤を動かせられない。

 

「私は、あれとはもう何年も会っていなかった」

「信用できるか。こんな真似ができるやつだ、どんな接触の仕方も可能だ。それに、問題はこの何年かじゃない。篠ノ之束がISを開発した一〇年前だ。あんたもその時、一枚や二枚噛んでたんじゃないのか」

「壮大だな」

 

「ISはそこらのものを産んだ発明とは違う。文字通り世界を変えようとしている。壮大だって? そらそうよ! 大勢がISが作る未来を望んでる! あたしだってISが作られなきゃ、ただの落ちこぼれだったろうさ。感謝してるよ、世界を変えようとしてくれることに!

 だけど、違うだろう。あんたらは個人に介入しているんだ。他人の人生をいいように弄くり回してんだろうが!」

「違う!」

 

 千冬が須藤の襟を掴み上げる。

 

「なんだ? それとも、あんたも弄くられる側か」

「いい加減離れてください!」

 

 須藤が体勢を崩したのを見計らい、再び山田が割って入った。

 

「あんたが順調にモンド・グロッソ参加できて自衛隊に招かれたのも、海江田栄榎のコネがあったからだろ。海江田栄榎が自衛隊を形にできたのは篠ノ之束の仲間だったからだよな。あんたが各国IS軍巡ったのも奴らの計らいか。今もそうなんだろ、え? 一夏君も仲間か?」

 

 撃音。千冬が手近のテーブルを殴っていた。少し凹んですらいる。殴った指が、じわりと赤く染まり始めた。

 

「やめろ。あいつを巻き込むな」

「なに言ってんだ。もう巻き込まれてんだよ、バカのお遊びに」

「自衛隊の調査を待ちましょう、須藤先生」

 

 力の込めすぎで破れていく皮膚から血が滲む。慌ててハンカチで包んだ山田は須藤に語りかけながら、千冬を保健室へと誘った。

 

 空き教室から出る二人を見送った須藤は、テーブルに残った赤の痕を見つめる。

 

「天才なんてもんを……信じられるかよ」

 

 

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 理由は適当に処置してくれた保険医に礼を言い、千冬は保健室を出た。山田は途中で用務員たちに連れられていった。

 

 彼女は、海江田栄榎のことをよく知っているようだった。観覧室に現れた時、何よりも注目すべき篠ノ之束本人よりも先にその名を叫んだのだ。当然、その様子は監視カメラにはっきりと記録された。

 

 行われるのは簡単な尋問に過ぎないだろう。海江田も山田も、元はIS自衛隊隊員、関係性などわざわざ聞き出さずとも、自衛隊に記録は残っているはずなのだから。

 

 千冬は、山田のことは学園に来てからのことしか知らない。が、向こうはそうではなかった。自衛隊に招かれ、教鞭を執った時の相手だったかもしれない。

 

 六年前のその時は、ISでの戦闘法がまだ確立されていない黎明期であった。新たな戦術が考案されては廃れて、を繰り返していた。

 

 個人戦において非凡なる才を見せた織斑千冬が招かれたのも、戦闘法確立に向け参考とするためだ。ジェット戦闘機ほどの速度も出せず、海中で長時間活動することもできず、未だ宇宙にすら辿り付けていないISが、しかしどんな兵器よりも優位に立つためには、まず個人の努力が必須であったのだ。

 

 それを形にしたのが、戦闘技術研究団を創隊し、自らIS戦技教導群を率いた海江田栄榎である。彼女は千冬の助力を得ることで、他国軍と一線を画した今日の自衛隊を築く。

 

 空飛ぶパワードスーツの戦闘法を磨き抜いた海江田栄榎は一方で、千冬にとっては幼馴染みだった。子どもの頃からのよくよく知った仲であった。

 

 彼女だけではない。ISを発明しこの世界を変えようとする天才、篠ノ之束もまた気心の知れた幼馴染みだ。

 

 いや、疑問がふつと浮かぶ。私は本当に知っているのだろうか。

 

 束と栄榎、あの二人がやろうとしていることは想像がつかない。束が一体どんな思考で動いているのかが理解できないでいる。

 

 何故、倉持クロエとして技研に潜り込んでいたのか。

 

 何故、白式のために暮桜のコアを再利用したのか。

 

 何故、束が作ったISが弟の専用機となったのか。

 

 何故、何故、何故……。

 

 痛みを右手に感じた。ガーゼと包帯に巻かれたこんな手を見られれば、一夏に何を言われるか。

 

 一夏は昔から家族に対して世話焼きだった。体の弱かった母を幼いながら特に労っていた。同じように千冬のことも案じていた。消毒液と絆創膏を常備する男子小学生など、なかなかいないだろう。

 

 妙な巫山戯で道場を乱す束とそれに付き合う栄榎にはよく悩まされた。黙れ、と竹刀を振り回した。これを諫めたのはいつも一夏だった。低学年に叱られる高校生とは、なんとも滑稽だ。

 

 思えばあの頃には既に、ISはある程度形になっていたのだ。何食わぬ顔で、誰にも何も言わず、インフィニット・ストラトスを作り上げた。

 

 天才、篠ノ之束。

 

 世界を変えられる技術を生み出したいという情熱があったようには見えなかった。そのような名分を覚えるような立場でもなかった、何かを変えたいという正義感とはかけ離れた子どもだった。

 

 なのにISを作った、常人の思考の外側にある脳だ。果たして理解できるだろうか。

 

「先生。織斑先生」

 

 千冬を呼ぶ声。振り向けば、担任を務める三年一組の学級委員長が居た。

 

「保健室だと聞きましたので」

「ああ。どうした?」

「三限と四限の自習記録です」

 

 今年度からは一年や二年の授業やHRに顔を出すことが多くなってしまい、大部分を彼女に任せてしまっている。が、よくやってくれている。

 

「言った通りだな。見ておく」

「お願いします」

 

 礼をした彼女の目を見る。初めは織斑千冬という存在に憧れ、輝いていた目だ。昨年から一年間鍛え上げ、今では強さを知った。生徒会長である三影も含め、間違いなく、歴代の一組で一番の戦技能力とISを持つ者が集うクラスである。そして、未熟な誰かを叱咤し導ける能力も持ち合わせている。

 

 まるであの頃の私の目だ。他を顧みずISのみに打ち込んでいた、私のよう。

 

 だから束は、自分を連れて行かなかったのだろうか。一緒に遊んでいた栄榎が優先されたのは、そこに理由があるのだろうか。

 

「おい」

「はい?」

 

『楽しいか』と言葉が出かけ、止まった。何に対して聞こうとした、私は? そんな馬鹿げた質問で、教え子を計ろうとしたのか。楽しくない、と返されたら一体どうするつもりだった。何を知るつもりだった、何を否定させるつもりだったのだ。

 

 この子を()()教育したのは、他でもない自分自身だというのに。

 

「いや……なんでもない」取り繕いの声は震える。「午後の指示は聞いているな?」

「数学に変わったと」

「ああ、そうだったな」

「先生、珍しく疲れが見えてます。午前の件の対応で大変でしたでしょう」

 

 言って、思い出したように白い制服のポケットをぽんぽんと叩いた。内から出てきたのは小指の先ほどの小さな小さな飴だった。

 

「お前、そういうのは」

「頭の疲労回復で、隠してました。ちっちゃいのですぐ溶けちゃいます。差し上げます」

 

 半ば押しつけられるようにして受け取る。

 

 その時の生徒のはにかみは、嗚呼、年相応であった。

 

 

▼▼▼

 

 

 山田は背伸びをした。

 

 用務員による、二〇分程度の尋問に対応している間に、体が強張ってしまっていた。小さい丸椅子でお尻も痛む。別にお尻が大きくてはみ出していたからとかそういう話ではない。

 

 彼女たちも自衛隊隊員なんですよね。元ではなく、現役の。

 

 IS学園は国連管轄で、山田ら教員は国連職員の扱いとなる。しかし学園の守備も役目としている用務員は、学園の設置された各国軍に、日本の場合はIS自衛隊に任されている。ISは在来兵器のように誰もが持てるものでない以上、この処置は当然であった。IS所持国は、自国の学園を守護し尚且つ費用を拠出することで、持たぬ国に対して体裁を整えているといえる。

 

 まぁ、言い訳ですよね。

 

 ただしその言い訳を成り立たせるためにも守護は完遂されねばならなかった。用務員の焦りは教員の比ではない。部外者の侵入を許し、捕らえられなかった己らの至らなさを感じていることだろう。自衛隊基地では今頃怒号が飛び交っているに違いない。

 

 と暢気に、資料を作成する用務員を眺めてはいるが、実際には山田も同罪といえる。朝、一時間以上行動を共にしたというのに見抜けなかった。ただしこの問題の責任の所在がどこにあるかと探っても、相手が相手だけに難しい。

 

 赤の他人に扮する技術も、あの渦も、今世界が持つ技術力では解明できない事象だ。それが自衛隊でも認識が変わらないというのは、目の前の用務員の様子からもわかる。

 

「あ、すみません。結構ですよ、昼食のお時間にお手間取らせました」

 

 出口へ促す彼女の顔は引きつっている。

 

 大変そうですねぇ。

 

 そんな同情が浮かんでいた。彼女にはきっと昼食を摂る猶予などない。

 

 山田の側は、かなり落ち着きは取り戻せていた。というより、先ほどの須藤の荒れっぷりを見て自然と沈静化したといえる。無理もなかった、自身が利用されて侵入を許してしまったのだから。

 

 須藤を利用し篠ノ之束と同時に現れた女性、海江田栄榎。無論、一般には篠ノ之束が有名だ。未知のエネルギー体を産み出しISを組み上げ、全世界を震撼させた、元凶とも言うべき開発者。

 

 反面、栄榎の名は一般人には知り得ない。しかし、今し方行われた尋問は主に彼女との関係性に迫るもの。自衛隊にとって、海江田栄榎が篠ノ之束に与していたことは大事だった。

 

「空を飛ぶ理由……」

 

 問いを思い出す。何故この問いを投げかけられたのかを疑われた。だが、どんな意図があったのかなど山田には皆目見当つかない。

 

 なんででしょうねぇ? 逆に問い返してしまった自分が可笑しい。

 

 本当に、なんでなのでしょう。

 

 ISがあって、扱える適性があって、それなりに積んできた経験があって、今は学園で教師をしていて、教える生徒達がいて、お給料も悪くなくて、仲の悪い教師もいなくて、憧れの織斑先生も一緒で、万事問題なく日々過ごせていて……それで。

 

 途中の広間にある、ゆるやかに自転するホログラムのIS像を見上げる。実物より数倍大きなそれは、空へ向け雄飛する姿。

 

 もしISがなかったなら。OLだった? 実家を継いでいた?

 

 都内で働くのは迷ってしまいそうでだめですね。

 

 学園内ですらたまに迷って生徒に案内してもらう。

 

 もっと真剣にならなければ、と頬を叩いて揉む。理由がなんであれ、自分の持つ実力があってここにいるのは確か。それに対し全力でなければ、生徒に信頼されない。

 

 気合いを入れれば腹の虫が、実は空かせているが気付いてるのか、と訴えてくる。

 

「今日はオニオンリングのセットにしましょう」

 

 お気に入りのさくさくの食感を思い出すと同時に、昼休み終了の予鈴も鳴った。

 

 

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