インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第三話

▼▼▼

 

 

「マヤマヤなんかげっそりしてるよ?」

「お昼を食べ損ねまして……。ええっと、連休明けに行われる各国学園との――」

 

 一夏はホームルームでゴールデンウィークの注意事項を聞いていたが、少し疲れを感じていた。この数ヶ月の疲れはあったが、今日一日の、である。

 

 一日七限というのは、六限が当たり前だった中学校と比べるとくたびれる。IS訓練だけでなく通常科目も必修なのだから当然だった。しかも、日によっては八限まで続くこともあるという。

 

 しかし不思議と頭は冴えていた。

 

 手首の白を握りしめ、白式の姿を思い描く。

 

 膝から足先にかけ鋭角の脚部、膝の突起はそのまま打撃に用いられそうな威圧感を持つ。円筒の両籠手は、機械であると感じさせない程に滑らかな動きを叶える。背に浮く両翼は羽根を一枚ずつ伸ばす鶴翼となり、複数の安定器を具現する。そして、胴を包む幾枚もの装甲板は、誰かに抱かれているかのような心地よさを感じた。

 

 ISって、なんなんだろうな。

 

 全世界の人間を魅了させた存在だ。創り出したのは箒の姉。千冬の友人であり、一夏にとってもよく遊んでくれた姉の一人でもある。

 

 名は篠ノ之束。

 

 姉と呼べる人間はもう一人いるが、どちらとも何年も会っておらず、どこにいるのかは把握していない。

 

 束は実に破天荒な考え方をする人で、身内を巻き込んでは新しい遊びを思いついて面白がっていた。

 

 ISもきっとその一つだったのだ。だがそれにしては、初めて道具の使用を発見したサルに似すぎる。束の開発が、光輪を映す巨磐から何かを受け取った末の結果だとすれば、世界を激変に導いたのも頷ける。

 

 荒唐無稽かな。

 

 考えていると、廊下から何やら言い合いめいた声が届き始めた。初めは小さいが、だんだんと白熱していくようで、窓際の席にまで聞こえてしまっている。

 

 はっきりと言葉が聞こえる程度になってみると、どうやら片方は千冬のようだ。山田が話を中断してドア窓を覗こうとする。

 

 と、勢いよく開けられたドアから女性が慌ただしく駆け込んできた。女性は一夏を指さし開口一番。

 

「やっぱり居るじゃあないか、美少年! 校舎広過ぎるね!」

「戻れ! 用務員が来るまで待っていろと」

 

 千冬も乗り込んでくる。

 

「だからさー、このタイミングで入校許可された意味がわからないかな、千冬センセ。お互い知らない仲でもないんだしさ! それともなんだい、自慢の弟がこの美人に横取りされるのがいやってこと……うぐっ」

 

 ヘッドロックされ抵抗する女性は、顔を青くしつつ。

 

「ぐびしまっでるにゃあ」

 

 

▼▼▼

 

 

「やぁ少年、はじめまして。私の名前は篝火(かがりび)ヒカルノ。ちなみにお姉さんの同級生」

 

 千冬は、一夏とともにしわくちゃになった名刺を受け取る。しわの原因であろう、白衣の下に濡れた水着状ISスーツを着ているのはなぜなのだ。

 

「織斑一夏です……。あの、同級生って、もしかして高校生の頃の?」

「うい」

 

 短い返事を受けた一夏がこちらに目を向けてくる。意図はわかる。水着に白衣を着て毛むくじゃらのスリッパを履き学園に乗り込むような人間が同級生だったのかと、既に篠ノ之束という爆弾を背負っていたこの身を哀れんでいる。

 

 無視する。

 

 名刺に視線を走らせた。技研の名がある。彼女の名は覚えている程度だったが、まさか技研に入るような人間が同窓にいるとは思わなかった。

 

 その所属名に眉をひそめる。

 

「特別管理課? 聞いたことがない」

 

 技研の研究開発を担当する部署は一課から七課まで、数字を追って組織されていた。

 

「通称特課だよ。ま、ついこの前動き出したばっかりでさ、知らないのもしょーがないか」

 

 なるほど、腕に特の字の腕章が粗雑に縫い付けられているのは臨時の識別か。

 

「篠ノ之博士を確保したら入って貰う研究課でねぇ。頭はいいけどそれはそれは気難しいのが集まってるんだよ。管理ってのは、彼らが対象だね」

 

 それは自分も管理対象なのではないか。

 

 廊下には千冬、篝火、一夏の三人が立つ。騒ぎを聞いていた他クラスも聞き耳を立てているようだ。一喝してホームルームに戻す。

 

「うわーおっかない。変わんないねーそのドスのきいた声」

「技研の人間が、用はなんだ?」

「そんな目の敵にしないでちょうだいな。織斑一夏くん専用機の担当が、七課から私んとこに変わったんだよ」

「え? どうしてですか?」と一夏。

 

 管轄が変更となった理由は無論、中心人物であろう倉持クロエがいなくなったからだ。

 

 篠ノ之束が不当な方法で学園に接触していたなど、簡単には公にできない。現時点では、学園への接触は後日国連と学内に知らされる手筈が決まったようだ。

 

 だが、それまでは一夏――生徒に伝わる言動はすべきでない。

 

「あー、ん」

 

 阻止するまでもなく、篝火は事態を把握してくれた模様。

 

「白式の運転結果が想像以上に良すぎてさ。七課解体して、倉持クロエくん含め、特課に移籍させて人員増で白式見ることになった、って感じかな? 白式と、織斑一夏くんの為に美人が集ったぞー」

 

 七課が解体……事実だろう。倉持クロエは、今年度の代表生に贈られる専用機のため、長い期間七課で活動していた。長い期間と曖昧なのは、千冬が学園側として白式――三六年式先進技術実証機七号の開発に関わったのは、その長大な工程の内最後ばかりだからだ。

 

 開発の中心人物が消え去り、正体があの女となれば、同課の人間全員が疑われるのは推して知るべし。そこで、特別に優秀な者を集めた特課とやらで、篠ノ之束特製である白式の解明、と。今日の今日ですぐさまこれほど動くとは思わなかった。

 

 特課。あの女と似た性質の人間が集まっていると想像するだけで頭が痛む。

 

「胸張っていいぞ、少年」

 

 男の胸板をノックする篝火。

 

「それで早速、特課の一員である私がいてもたってもいられず君の様子を見に来たってわけ。なにか聞きたいことあるかい? 専用機を一度動かして、何か感じたこととかでも。私のスリーサイズでもいいよ」

 

 その質問に、千冬ははっと気付く。個人情報はどうでもいい。

 

 午前のあの出来事以降、初めてISを使用した一夏のアフターフォローがされていなかった。本来であれば、心身の変動をケアするべきであったが、束出現に気を取られすっかり失念してしまっていたのだ。

 

 ISは世界を変えた、それはつまり、この地球に生きる人々の人生を変えたことになる。須藤は人生の介入と称したが、そこまで大げさに言わずともISは人の人生を変えている。パイロットともなれば、初装着以前と以降では心持ちも考えも変化する者が多い。

 

 なぜだか、久しぶりにその顔をまともに見た気がした。

 

 数年見ていなかった顔。辛い時期も傍に居ることができなかった、だが、いつの間にかこれほどまでに成長していたのだ。そしてIS搭乗を経ることで顔つきは、幾分か男らしさをまとわせるようになった。千冬では堅物としか受け取られない真剣な表情も、その男っぷりを補っている。

 

 技研による技術支援も、激しい戦闘による強制力も必要とせず一次移行を成功させたのには、白式との絆をうまく繋げた故に違いない。

 

「ISって」

 

 その一夏が口を開く。

 

「心を持っていたり……しますか?」

 

 突風が吹き抜けた思いがした。

 

 ――それは、まさか。

 

「うははは。心だって?」

 

 破顔した篝火。しかしその目はじとりと千冬を射貫いていた。生唾を飲む。彼女は知らされている。白式のコアがかつて暮桜と呼ばれる、千冬に長く付き添ったISであったことを。

 

「ISにね。ま、詳しく聞かせてよ」

「一次移行の時、時間が止まったような感じで。その時に声が聞こえたんです。まるで白式と会話しているように。でも、その声は」

「隣のお姉さん、だったと」

「はい」

 

 弟と目が合う。

 

「対話が必要だと先生方はおっしゃっていました。その対話って、心のあるISとこうして人と喋るように、ということなのですか」

「うんにゃ、IS乗りが言う対話はね、ただの比喩さ。あれはパイロットが体を動かし筋肉を、頭を働かせて脳の働きを、コアのコンピュータ・プログラムがそれらを検分していくことを言ってる表現に過ぎんのよ。ISは、気の遠くなるほど無数の粒子が象った機械、所詮ね」

「じゃあ」

 

 やや落胆した面持ち。

 

「んー、ま、興味深い。宿題にするよ。ISちょっとみしてね。外部ターミナルがあるでしょ」

「はい」

 

 一夏がガントレットの一部分をなぞると、小さなメス端子が展開される。篝火は白衣のポケットから、ごてごてと細かな部品の貼り付いた水中メガネと、割れた外装をテープで補強した小さな端末を取り出す。端末を端子に差し込んだ。

 

「さーて。ご対面だ」

 

 言いながら篝火は腕を動かし始める。水中メガネがモニターになっているようで、メガネの奥の目線は宙を向いている。ウェアラブルグラスやコンタクト型と違い機械感満載なのは、何か特別な機能でもあるのだろうか。その姿は下手なパントマイムだ。

 

「篠ノ之博士は、どーしてこんなものを作ったんだろうね」

 

 問いの言葉だが、この場の誰にも問うてはいない。一人言。

 

 何かを掴んでは脇に投げる動作を数度して、「おけ。ど~も」と呟いて機器を片付ける。

 

「心配しないの。現状のソフトウェアをコピっただけよ」

 

 千冬の訝しむ視線を察したのだろう、そう言った篝火はあっけらかんとする。

 

「今日はここまでかな。織斑一夏くん、会えてよかった。また様子見に来るよ」

「はい! よろしくお願いしま――のわあっ」

「おい!」

「んーふふ。未成年のお尻はいいねぇ」

 

 奇妙な技術者は、すれ違い様に一夏の尻をむんずと掴んで去っていった。

 

「一夏、私の声が聞こえたというのは……」

「本当だよ、千冬姉」

「疑っているのではない。ただ」

 

 何を言葉にすべきか逡巡があるが、

 

「白式を頼むぞ」

 

 とだけ伝えた。返事は力強い頷きと共にあった。

 

 

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