インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第一章 無限の蒼穹 -ファースト・スカイ-
第一話


▼▼▼

 

 

 雑誌が風で揺れていた。ドーム内に吹く風はでたらめだった。空の気分で向きが変わる。だが帽子を巻き上げられるほど強くはない。気持ちの良いそよ風ぐらいだ。だけど、まだちょっと冷たい。日差しは良好だから、日なたにいれば温かいという猫のような発想で、少女たちはそこに座っていた。

 

 青い座席を列ねるベンチは途切れ途切れに楕円状に続き、数段ある。巨大な運動場のような趣で、段下には落下防止のための柵が設けられている。外縁にのぞき込むように立つ照明から俯瞰し、楕円をあえて長方形に捉えれば、四つ角と長辺に二つ、計八カ所出入り口がある。そこまでは普通の多目的ドーム施設だ。とりわけ目を引くのは、楕円の長軸の両端に、大きくせり出した平たい床と、それを飲み込む半月状の口があった。

 

 また、運動施設ならばあるはずの競技場は、芝生やトラックではなく、茶色い砂で固められていた。さらにその広さは長径四〇〇メートル以上、サッカーフィールドを丸四つは含められる。現存するどの多目的ドームよりも大きな施設であり、しかし収容人数を大幅に減らすことで競技場そのものの巨大化を図っている。収容人数は三〇〇〇を超える程度。そんな休日昼頃のドームには、まばらに少女たちが座るだけだった。

 

 彼女らは白に赤のラインが入った制服を着ている。ドームのスタッフではない。左胸には、翼の生えた少女を象った空色の徽章が張り付く。そこに綴られたスペルは、Infinite Stratos Academy、つまり、ISを使いこなしたいと志す者が通う学舎の名だ。

 

 このドームはまるごと、ISの訓練場である。

 

「ね、見てる? 天才の妹が押されてる」

 

 雑誌を持つ手が揺れた。隣からの笑い声とともにきた肘で小突かれたせいだ。

 

「…………」

 

 記事に目を通したまま、雑誌を持つ少女はしかし答えない。小突いた少女は、さらに小突いて笑う。

 

「みてみなよー。あいつ、もしかしてたいしたことないのかも?」

 

 その言葉に、ついに呆れる。

 

「相手は生徒会……勝つ方が珍しい。強さの参考にはならない」

「なーに言ってんのよ。負けてる姿がいいんじゃない」

 

 背中を強く叩かれて雑誌に顔を突っ込んでしまった少女は顔を上げる。その視線は冷たかった。

 

 確かに。彼女が負けて歯を食いしばる姿なら、一度目にしておきたいと思ったからだ。

 

 

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 黒髪が翻ると同時、剣戟が振り下ろされた。彼女が切ったのは一見空のようだが、しかし刀身は振動していた。中反りの日本刀、サイズは大太刀ほど。しかしその大太刀はまるでただの太刀のように短く見えた。数十センチもある柄は、二握りの拳で埋まっている。その拳は機械だ。

 

 切ったのは弾丸。いや、切ったというより弾いた。彼女の耳には、弾丸が過ぎる高音が残っている。冷や汗が心の中で垂れるが、彼女は一瞬で振り払う。二射目が来る。

 

 彼女は鋒の少し先を見つめた。思った通り弾丸が正面から来る。狙いはこちらの左肩。刃で弾く。三射目、四射目と息を整えながら弾いていく内に、心が落ち着く。相手の狙いは、こちらが右方向へ回避すること。自分の左を塞ぐように弾丸は向かって来ていたから。相手の思い通りにはならない、と彼女はそう願い、行動する。

 

 弾を刃のしなりを使い小刻みに弾いていたが、ここで思い切り振り上げる。少女の視界には、自分の考えに従って挙がっていく機械の腕が映った。灰色のそれが自らの手先から肘までを覆い、二の腕から肩まではぴったりと肌に沿う紺のスーツがある。

 

 振り上げと同時に身体を回転させる。左にだ。ただ空を蹴って避けるだけでは被弾してしまう。黒髪の少女は、迫り来る弾丸を見つめながら、やがて視界に入るものが弾丸の到着に間に合うことを祈る。

 

 果たして弾丸は見事に弾かれた。刀ではない、彼女の両肩にある、空に固定された盾だ。武者鎧に似て、幾枚かの金属を瓦のように重ねた、わずかに湾曲する盾だ。長さは人間の腕ほどで、厚みも同じく人の腕周りほど。

 

 少女は回りつつ、その身を空中に置いたまま左に動いた。敵の射線を越える。次に、彼女はやや前傾に屈む。縮めた足を伸ばし、空を蹴った瞬間、高速で移動した。常人から見れば、突然消えるように見えたほどだろう。押し出す力を感じるのは、背中と腰と足先。左右の腰から伸びたスカートのような装備の先に、推進器がある。もちろん機械だ。脚は、腿の中頃から先はやはり機械の脚部。胴は、背中全体を薄い装甲板が覆って、上部に正方形の推進器を背負い、首周り、胸部下、脇腹から下腹にかけて装甲板がある。腹部中央や胸、腿の覆われていない部分には無く紺のスーツが露出している。唯一人肌を晒しているとすれば、顔だけであった。

 

 彼女が宙に浮いていられるのは、常に推進器から推進剤を地面に噴射しているからではない。重力を限りなくゼロにし、地球の大気圏内にいながら、無重力状態のようになっている。

 

 それがISだ。生身の一部を機械が覆い、重力を打ち消し自在に空を駆け巡ることができる。だがそれだけではない。

 

 脚を前に投げ出し、停止する。彼女の予定は、右手にいるはずの相手の弾道から狙いを見極め、接近すること。接近戦に持ち込めば、刀で圧倒できる、と。

 

 勝ちに行く!

 

 体勢を立て直した途端、地面が爆発した。衝撃に続いて多量の砂と破片が彼女を襲う。擲弾(てきだん)!? どうして!? と驚く。射撃からの離脱と停止まではほとんど時間が無く、相手を欺けたはず。それなのに自分は大規模な攻撃を受けてしまった。どうして、と考えに耽りたい。が、自身にそんな暇など無いと反射は巡り、空へ昇る。続く擲弾の爆風から避けるためだ。砂煙を抜け、さらに上昇を続ける彼女は相手を見つめる。

 

 砂塵を受けた彼女の顔には、傷一つ無かった。無数の破片や衝撃を受けても、彼女の体やそれを包む機械は無傷であった。少女は、自身にのみ見えるHUDの右下を確認する。いくつかの数値が並び、わかりやすくゲージになっているが、つい先ほど見た時よりかなり減っている。

 

 シールドがかなり削られてしまった……。

 

 シールドとは、パイロットを守る防御システムである。飛来した弾丸も、爆風も、すべて確かに襲いかかったが、ISを着ている限り、あらゆる脅威からシールドが守ってくれる。これがISだ。

 

 しかしながら、数値化されたそのシールドを維持できなければ、この偉大なるスーツを操る資格に疑問が宿る。いつまでもシールドばかりに頼るわけにはいかなかった。

 

 もう一度相手に目を向ければ、同じように空に上がっていた。左手にはバレルが短く後部が重いPDWタイプ、先ほど牽制に使っていた銃のままだろう。右手は、自分を襲った擲弾銃のようではなく、持ち替えられている。恐らく散弾銃だ。うかつに喰らえば、シールドはひとたまりもない。接近を……予期している。

 

 どう近付くべきか思案すると、相手が口を開く。機体間の通信で、相手の声が耳に届く。

 

「刀一本に頼っていてはだめ、と以前にも伝えたはずよ、箒ちゃん」

 

 箒と呼ばれた黒髪の少女は、苦虫を噛んだように顔をしかめる。敵に諭されていては情けない。

 

 もし、散弾銃から放たれる弾丸を避けられれば、刀の有効距離に近づくのも簡単だろう。両肩の盾で散弾を全て受けるか。しかしそれで動きに乱れでも生じれば、隙になる。

 

 箒は、左のスカートを撫でた。そこにあった刀はすでに抜かれているが、まだ銃は使わずに残っている。持ってきたのは何もいじっていない通常のアサルトライフルタイプ。予め装填されているグレネードを一発だけなら即座に撃てる。念じるだけで、スカートが展開しライフルが差し出される仕掛けだ。刀を振るうまでの牽制に使えるだろうか。

 

 だが、私にどれほどの牽制が行えるか。――通用するか。

 

 訓練場は、どこまでも縦に長いわけではない。高度制限がある。恐らく、そろそろ到達してしまうだろう。相手は、速度を合わせつつじわりと距離を縮めてきている。近付いてみろと誘っている。

 

 箒は、刀を握る右手と、左手を交互に見て、一息。

 勝ちに行く。

 

 急停止、相手が釣られ追い抜いている一瞬、左手は右スカートに伸びる。スカートの中心線部分が撃音とともに隆起すると同時に柄が射出、内に眠る刀を引き抜きやすいように隆起部分全体の角度が変われば、なるほどそれが鞘であるとわかりやすい様子へと変化する。長大な刀身を不自由なく抜くために、鞘は左右に割れた。

 

 二刀目を抜いた。

 

 抜き出す最中に、既に携えていた右手一刀の構えを変え、逆手に握った。

 抜き去る左腕の勢いに任せ腰を捻る。

 

「――フッ!」

 

 捻りを解放すれば、右の刀の投擲を叶えた。姿勢を整え切れていない相手に向け、直線的に放る。空を走る突き、それは、片腕で出せるISの馬力を体幹で補い増幅した一瞬の攻撃。五〇メートル弱にまで接近していた両者の間を、刀は燕の如く飛ぶ。

 

 刀は、しかし届かない。散弾を浴び跳ね返る。

 

 あなたなら、撃つと思っていた。

 

 箒は、空を斬った刀の飛跡を辿っていた。刀に当たらなかった散弾が彼女に当たるが、狙いが彼女ではなかったために威力は少なく隙には繋がらない。

 

 装填と、引き金が引かれるまでのほんの数瞬、散弾銃は使い物にならない。その間に刀の届く範囲へと滑り込む。握った刀身を振るい、その鋒が映すのはその散弾銃。次弾は撃たせない。

 

 PDWからの弾丸が代わりに降り注ぐが、今の箒を止めるには至らない。相手は、左スカートより擲弾銃を取り出そうとしていた。回避はない。勝てる、と箒は確信した。この一瞬の内に刀は届き、一太刀入れ込めば、相手は体勢を完全に崩し、落下軌道に入る。体勢を立て直させないよう、連撃を叩き込むだけ。

 

 ようやく、勝てる。

 

 彼女は勝利を信じ、しかし、炎と爆風に包まれた。

 

 速度が落ちるがそれでも刀を振り抜いた。だが確信していた手応えは感ぜられず、熱を持った爆煙を切り払っただけ。

 

 そんな……。

 

 肩に衝撃、続いて爆発。脚にも、胸にも、頭にも、何発もの擲弾が箒に撃ち込まれていく。それは紛れもない、対戦相手の弾だった。

 彼女は、負けた。

 

 

▼▼▼

 

 

「んー(うつほ)ちゃん、今のは危なかったわね」

 

 上空で連続する爆発と、燃え落ちる少女を視界に入れながら、黄色いリボンを留めた短髪の少女が呟く。観客席を遮ってせり出す平らな床の上には、彼女ともう二人、赤いリボンの制服の少女と、スーツの女性がいた。

 

「また勝利を得てしまったのか。あいつには勝ちを見出せるチャンスを掴ませろ……と。そう言っておいたのにな。つい勝ってしまうのは悪い癖だ」

 

 艶やかな黒髪の少女が腕を組み、「生徒会」と筆で書かれた扇子で口元を隠して喋る。その目は獲物に狙い定めたトラのように大きく輝いている。

 

「妹のように甘やかしたくないんじゃないかしら。箒ちゃん、虚ちゃんにとっては第二の妹みたいなものだしね。私たちにとっても、なんだけど」

 

 扇子の少女が短髪の方を一瞥して言う。

 

「嬉しいのか更識? 再び同じ学舎(まなびや)に通うことができるのが」

(れい)ちゃんも同じでしょ?」

「分かっているだろう?」

 

 更識という少女は肩を竦める。競技場では、火は収まったが項垂れたままの箒に、そばに降り立った虚が手を差し出している。なかなか、箒は手を取ろうとしなかった。

 

 あの時、ぼこぼこにしちゃったのが効いているのかしら。

 

 一年前に思いを馳せようとしたが、更識の視界の端で影が動いた。

 

「何かご感想はおありでしょうか。先生?」

 

 競技場に背を向けた影に、すかさず扇子の少女が問う。その目は、答えは分かっている、という風に閉じられていた。

 

 問いかけに、ヒールの音が止む。女性は、束ねられた長い髪を風に揺らし、肩越しに砂地を見下ろす。一人立ち上がった箒が、こちらと反対側の大きな出入り口へ飛行していくのが見えた。

 

「……代表生候補としては、十分な実力だ」

 

 冷たい声音で放ち、去って行く。

 

 その背中を見送って、更識は前に向き直る。ちょうど、虚が箒を諦めてこちらへ戻ろうとしているところだった。彼女の着るISは、自己攻撃によるダメージ以外には無いようで、左足が黒く変色しているだけであった。彼女を追い詰めたが故に、身を削ってでも攻撃させた箒の実力は、敗北したとはいえ確かなものだ。しかし、箒は虚の、勝負の後の労いや差し伸べられた手を無視した。

 

「生徒としては難有りってところかしら」

「卓越した戦闘スキルでさえ仇となっているがな。代表生でない今となっては」

 

 やはり口元を扇子で隠したまま、彼女は視線を近くのベンチに寄越す。

 そこには数人の生徒が並び、歩きながら遠くを飛行する箒にヤジを飛ばしていた。

 

「新一年生か。これはまた面白そうなのが一杯来てくれて、おねーさん大喜びだ」

 

 言った更識の唇が、嬉しげに曲がっていた。

 

「一度灸を据えてやらねばな」

「箒ちゃんのため?」

「分かっているだろう?」

 

 更識はまた肩を竦めた。問いの答えは確かに知っていた。それは、学園を守るため。生徒会が築いてきた秩序の崩壊を防ぐため。

 

 扇子の少女は目を閉じていた。その網膜に映るのは、きっと少年の顔。眩しい夢を見ている、あの織斑一夏の笑顔であろう。

 

 彼はISを起動した。この八年もの間、女性のみが使えると信じられてきたISを。その影響は世界レベルである。当然、政府がこれを看過するはずもなく、一つの指示が彼に飛ばされた。

 

 この女性だらけのIS学園に、彼がやってくる。

 

 

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