インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第六話

▼▼▼

 

 

 二日目の朝が来る。

 

 世間は祝日だ。だが、IS学園は日本にありながらしかし国連の管轄なので、休日は世界中の学園と合わせられている。幸い、ゴールデンウィークに似た連休は予定されていた。

 

 首を回す。倦怠感に似た違和感が肩周りに凝り固まっていた。初めて使うベッドというのは、どうにも落ち着かないものだった。

 

 起きるには早い時間。一夏は日の出が少し過ぎ、青さを滲ませた陽光が横薙ぎに窓から差し込んでくるのを見て、目をこする。窓のタッチパネルを操作すれば半遮光モードになった。便利だ。

 

 昨日もおおよそこの時間に起き、学園と決めた待ち合わせ場所に十分余裕を持ちながら向かった。その時、実家とはしばしのお別れとなった。

 

 これからは毎朝この光景で目を覚ますのだと、低木と塀と、昇り行く太陽を見つめる。

 

 悪くない。

 

 あくびを一つ。

 

 スリッパを履いて洗顔。備えられているのは恐らく女性用のものだ。こんなところで余り物とは。タオルは柔らかく高吸水力で使い勝手がよい。満足だ。

 

 食堂の開場まではまだ時間がある。スクールブックと名付けられたスマホのようなものから食堂アプリを開き、当日の朝食セットを選んで、用意時刻は開場と同じでよいだろうと、決定ボタン。

 

 さて、と立ち上がれば、思い付いたのはランニングだ。寮の周りには広大な公園がある。ランニングコースでもあるのだから、せっかくであるしよい目覚ましにしよう。

 

 休憩所に出るも、やはり誰もおらずに溜まった空気ばかりが詰まっている。菓子類が埃にさらされないよう、サーバーコーナーに覆いがされていた。ワンタッチで展開できるタイプで、すぐに利用できる。

 

 この時間は独占できるわけだ、と都合良く解釈し、ぐっと冷水を煽った。

 

 脱衣所口の前をおののきながら通り過ぎ、玄関口の銀の端末に鍵を預け、海側出口から外へ。東京湾ど真ん中の、やや強めの風を浴びた。

 

「よお」

 

 大空に手を差し出し体を伸ばしていると、同じようにジャージ姿の如月に声をかけられる。

 

「早ぇな」

 

 寝起きだからか、昨日のような溌剌さはその顔にない。黒目のよく見える大きな目も、すこし眠たげだ。

 

「走りか?」と髪を束ねながら問われる。

「ああ。もう少し眠るつもりだったんだけど、新しい布団って慣れなくてな」

「わかるわー。もっとぺちゃんこの使い古した布団がいいよなぁ」

 

 言いながら、手近なベンチでシューズの紐を結び直し始めたので、一夏もしゃがんで同じようにする。目聡い如月がそのシューズを品定めした。

 

「へぇ。良いの履いてんじゃねぇか」

「体育会系だろうから良いの持ってけって、ご近所から貰ったんだ」

 

 初めて履くが、一夏をよく理解してくれていたその家族からの贈り物は、空も飛べそうなほどの履き心地である。

 

 如月はというと、汚れを何度も洗い落としたようなゴムの染み、シワになったつま先、千切れて短くなった靴紐、と、かなりの愛用品。

 

「見るなよ」

 

 と恥ずかしがる素振りは見せないが咎められる。

 

「もう長いこと使ってるぜ。成長がないからな」

 立ち上がって、

「よし! せっかくだし一緒に走ろうぜ。足の長さの違いを見せてくれよ」

 

 

 

 それから寮三棟分を一周したが、思いのほかランナーはいた。

 

 昨日は姿が見えなかったのだが、理由を問えば織斑一夏が入寮する早朝は使用禁止だったそうだ。解放された今日、いるのは上級生ばかりで一年は自分たちだけのようだ。途中更識副会長ともすれ違った。

 

 数千人を想定した公園はさすがに広大。羽田空港の滑走路数本分はある。

 

「ほら! あと二周はするぞ!」

 

 身長がスイカ三個ほどに差はあるが、体力は断然如月が勝っていた。二〇分程度の一周で一夏は息切れする。

 

 三年帰宅部の弊害が……。あと二周は考えてなかった……。

 

 更に一周をしている間に更識に追い抜かれた。「がんばれしょーねーん」とありがたい応援を添えて。その更識を交えた数人の二年生は、二人が走るルートからは逸れていく。

 

「さすが副会長だぜ。もっと長い距離が日課なんてな」

「ええ?」

「あたしらが今走ってるのは」呼吸、「一番短いトラックさ」乾いた唇を舐め、「ずっと寮の近く走ってるだろ?」唾を飲み、「もっと曲がりくねって距離のある」空気を吸い、「ルートがあるのさ」

「ええ……」

 

 三周目を終えた時、時間はシャワーと少しの休憩を挟めばちょうどよい時刻となっていた。スクールブックとリンクするスマートウォッチには、既に一〇キロ近い結果が表示されている。

 

 自発的なランニングでこれほど走ったことはなかった。足も笑って砕ける間近といったところ。反対に如月は、疲れてはいそうだがどこか晴れ晴れとしていた。よっぽど運動に慣れているのは彼女の方であった。

 

 寮と防波堤の間には、小高い丘の上に大きめの休憩小屋が設けられている。螺旋を描く坂の上、そこから更識が手を振っていた。

 

「早いですね……」

 

 と息も切れ切れになりながら、小屋備え付けのタオルをもらう。

 

「ん? お姉さんのことが気になるの?」

「うわっ」

 

 するりと身近に滑り込み顔を近づけてくる。汗をかいていて、移動の空気に乗ってふわりとホワイトフラワーの香りが鼻をくすぐった。

 

「おっと」

 

 一歩下がろうとして、疲労に足はもつれあわや転倒、というところで更識に抱き留められる。彼女の対応の素早さに目を瞬かせた。無音のすり足移動と、倒れ込みより素早い屈み込み、華奢に見える四肢からは想像できない安定感。その動きを目では追えたが、理解は遅れる。

 

 ああ、お姫様抱っこって、こんな感じなんだな。

 

「だいじょーぶかな? 一夏くん」

 

 数瞬見つめ合って更識が照れてみせるが、一夏は別のものに気を取られる。

 

「この……腕輪」

 

 胸に添えられた右手首には、黒い腕輪にレッドの飾りが二振り。

 

「あ、気付いた? そ、私の専用IS。ロシア主力機の朝霧(ウティリニー・トゥマン)から改造したのよ」

 

 なるほど、と、絶対防御のおかげで肉体の負担を気にせず動けた、と理解したが。

 

「絶対防御? だめだめ、あれをそんな便利なものだと思ったらね。で?」

「で、とは?」

 

 猫のような身のこなしで再び体を近寄せてくる。

 

「やわらかかった、かな?」

 

 問いに思わず咳き込む。顔に熱を感じた。

 

「素敵な答え、いただいちゃったわ!」

 

 

▼▼▼

 

 

「二年一組の副委員長さん!? 一年一組副委員長の如月更紗っす……です」

 

 一夏と更識を後ろに、如月は副委員長としての先輩と出会う。

 

「ええ、よろしくね」

 

 数人の先輩方は代わる代わる挨拶を交えながら、如月の頭に手をぽん、ぽんと置いていった。その身長差を確かめるようにだ。しかしその間も、ちらちらと一夏の方に視線がいっているのを如月はわかった。

 

 やっぱ男ってのが注目集めるよな。

 

 改めてその影響力に気付く。一組はどの学年も成績優秀者の集まりだ、その副委員長となれば学年二番を名乗っているに等しい。実際は副会長の更識もいるので正しくはないが、それでも同等。

 

 目の前の物腰柔らかな美女も、落ち着き払っているように見えるがひとたびISに乗れば鬼の強さで相手を圧倒する実力を持っているのだろう。

 

 そんな彼女らでもこうして男が気になるらしい。とりわけ副会長は一夏をからかいたくて仕方がないようだ。

 

「ISはもう乗った頃?」

「昨日が初だったんだけど……ですが」

 

 つい敬語を忘れる。一月前までは最上級生であったのにここではひよっこ。

 

「ふふ。まぁそういうこともあるわよね」

 

 昨日の事態か敬語忘れか、どちらとも取れる受け答え。

 

「今日乗れるはずなんで、ばっちり扱ってみせますっ」と意気込む。

「んー」

 

 先輩が思案を示すように首を傾げ、人差し指をこめかみに当てる。

 

「そうだっ」両手を合わせ「ねぇ、勇気ある小さな後輩さん? 提案があるのだけれど」

 

 腰を曲げするりと顔を近づけてくる。

 

「な、なんです?」

 

 後ろの更識といい、先輩衆は人の肌の傍に擦り寄るのが大得意なようだ。

 

「そっちの男子くんも! せっかくだし私たちと訓練、しないかしら?」

「なんの……」

 

 問うまでもなく、と先輩はにっこりと微笑んで自身の左腕を撫でる。二指で袖を擦り上げる艶やかなその所作は、装飾形態の打鉄に触れるようであった。そして、首元の隙間から谷間がうかがえる。

 

 うむ、ご立派。しかしうちの傲慢ナイスバディ女のがでけぇな。

 

「もちろんISの。初回授業さえ受ければ、専用機なしの生徒もアリーナで訓練できるようになるわ。だから」

「後輩を誑かさないの」

 

 更識が一夏の腕に手を回し集合する。一夏は迷惑そうに隙間を空けようとしているが、がっちりとホールドされている。

 

刷来(するく)に妬まれるわよ」

「更識さんだって……楽しんでいるじゃない?」

「楽しんで!?」一夏が大仰に驚く。

「あらやだ。本気よ?」

 

 次にはその頬を肩に乗せてみせた。こう見ると、身長差も丁度良くお似合いにも見える。いや、男の側の腰が引けているのが理由かもしれないが。

 

「そんな急な!?」

「あらやだ。冗談よ」

 

 と離れ、「まだね」と付け足した。

 

 男ってのは難儀だ、と如月はその光景を眺めた。自身の武器を理解した女にはとことん弱いものだ。更識副会長も副委員長も、同じ女の如月から見てもとびっきりの美人と言って良い。これが一歳差など同じ生き物とは思えない。

 

 そんな美女に言い寄られれば、男は思わず気を緩めるに違いない。

 

「ね? どう、特訓?」

 

 背後から副委員長に抱きしめられる。篠ノ之箒ほどではないが十分に大きなものが頭の上にずしりと乗っかる。よい重み! とはいえ如月は男ではない。もし男であればイチコロだったか? だった。

 

 巨大マシュマロに気を取られる間に、両手があごと首筋に触れてくる。柔らかな体に包まれている中で、如月の尻から背骨を通り脳天に至って寒気が這った。そこで如月は違和感に気付く。

 

 あれ……この先輩もしかして……。

 

「ふふ、可愛い」

 

 

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