インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十話

▼▼▼

 

 

「馬鹿者」

 

 一夏が起き上がったのを確かめてから、千冬は無感情のように三文字を唱えた。

 

 バインダーのフレキシブルディスプレイに映る、生徒たちの身体情報の中から一夏の物をピックアップし、十数秒前からの履歴を抜き出す。

 

 時速三〇〇キロメートルを超えた頃から心拍数が落ち着き始めた。初の巡航訓練で、このような落ち着き方はありえない。列にいるのがやっと、速度を維持するのがやっと、それが初訓練だ。

 

 専用機だから? いや違う。

 

「集中しろと言った。所定位置にて待機!」

 

 現在、制限内最高速度に到達した山田班は到達後四〇週目を迎えようとしている。一週が三〇秒程度の高速域。一夏墜落に気を逸らされた生徒が列から遅れ始めていた。速度維持のミスだけでなく、軌道の乱れによるものだ。

 

 影響を受けなかったのは五名ほど。副委員長如月をはじめ、同世代と比較して精神の成熟がやや早い部分のある生徒だ。意外だったのは、篠ノ之箒が七メートルほど後退していたことだった。

 

 左手の装飾形態打鉄を、腕時計の位置を正すように顔の横で振る。視界に仮想モニターが十ほど展開された。

 

「視界トレース、二七番機、履歴参照」

 

 箒が、一夏墜落の瞬間なにをしていたかを見る。この間にも、山田班須藤班への注意は欠かさない。

 

 一夏が列から離れようとしている瞬間を、箒は見ていた。三七〇キロの速度で、約二〇メートルの下降に掛かる時間は長いとは言えまい。だがISであれば十分に知覚し、軌道修正を図ることが可能な時間でもある。

 

 つまり、救助を図ることも余裕であるのだ。達成可否はひとまずとして。

 

 ましてや、打鉄〈箒カスタム〉は近接戦闘に特化させたハイパーセンサー群を用いているため、一瞬に対する知覚増感は他よりも強力だ。単発の銃弾を弾きにいける程度には。

 

「鏡、鬼見! もう列から離れすぎている。速度を落とし待機位置に入れ!」

 

 指示は絶やさない。

 

 箒の視界にあった一夏は、やはり、顔が進行方向を向いていなかった。次には左手を胸に手をやったと思えば、ぱっと居眠りから醒めたように顔を上げた。上げる頃には薄茶に吸い込まれるように箒の傍を離れ、右翼が地面を抉っていた。

 

 視界の主に関しては、彼に向かって手を差し伸ばしたように見えたが、逡巡を経て前に向き直っている。この一瞬のためらいが七メートルの差を生んだようだ。

 

 なんにせよ、箒が視界に入れてくれていたおかげで、中央塔の観測カメラを参照する必要はなくなった。

 

 再び一夏の身体情報に目をやる。あの目覚めの瞬間を含め、落ち着き一定間隔を維持する各メーターに異常はない。

 

 うなだれる弟を見る。深呼吸を繰り返す彼に異常は今のところ見当たらない。

 

 何も見当たらないとすれば、それが異常だろうか。

 

 

▼▼▼

 

 

「やっほ~、大丈夫だった? おりむーくん」

「ああ、大丈夫だ。待て、おりむーくんって誰だ、もしかして俺か?」

「私、鬼見。同じ、お、から同士仲良くしよね~」

 

 予め決められていた待機位置にて、一人目の一夏が棒立ちでいたところに二人のクラスメイトが送り込まれる。

 

 見渡せば青光群が高速で周回し、背後では別の青光群が五〇〇メートルの落差を飛び降り停止、再度上昇と上下運動を繰り返していた。

 

「あっちも大変そうだ。あ、うちは鏡ね。よろしくおりむーくん」

「よろしく。ってかもうそれがあだ名なのかっ」

「言い出しっぺはあの子だよ」

 

 と、鏡が青い指で、塔の傍を急降下する一点を指す。あー、布仏さんか。

 

「あ~~~~~~!」

 

 地面が揺れた。薄紅髪の彼女は大声で叫んでいたと思えば、減速不十分で地面に衝突していた。

 

「いたそう……」

 

 後ろを振り返ると、射出口甲板に立つ千冬が声を上げている。こちらに聞こえないのは、グループ・チャネルが別であるからだろう。

 

「これって、スパルタってやつ?」

「実践主義だよ。のんびり介護されるよりはいい」

「ああ、試験の時も抱えられてISに乗せられたよね。確かに、こっちのがいい」

 

 砂埃の向こうから、涙目の布仏がこちらに向かってくる。しょんぼりと肩を落としながらも浮いて直進しているのは、さすが生徒会に姉を持っているだけはある。

 

「あーん落ちちゃったよおりむー!」

 

 目の前まで来て崩れ落ちた。

 

「大丈夫だ、俺も墜ちた!」

 

〝何が大丈夫か馬鹿者〟

 

 と割り込みのオープン・チャネル。

 

〝各員運動やめ! これより一五分の休憩とする! 第一射出口内で休憩すること。スラスターによる加速は使わずに帰還しろ。織斑、布仏の二名は、用務員に従いグラウンド整備!〟

 

 頭の奥で音が途切れる。このオープン・チャネルというのは、ISの標準装置でありながら使うには習熟度がいるようで、こちら側から話しかけることができていない。どうやらヘッドギアが作用しているのはわかるが、言葉を相手に伝えるための、頭の奥で会話するという感覚が理解できない。

 

「じゃ、またあとで」とクラスメイトは射出口まで去って行った。

 

 射出口甲板の下、壁面が大きく観音開きをし、内側に大量の土砂の蓄えを露出させていた。肩や足を警戒色にした用務員用ISが――昨日はわからなかったが、しかしこれも打鉄――が数機、一抱えもあるショベルを持ち出してきた。こちらを呼んでいる。

 

「行こうかのほほんけさん。あ」

「え~、なにいまの」

「すまん、噛んだ」

「ISきてても噛むんだね~」

 

 確かに。

 

 一人の用務員から送られたデータは、一夏墜落時の砂礫散開の範囲図だった。巻き上げてしまった砂や土の動きが色分けされ、わかりやすい映像になっている。穴埋めと壁面の状態確認はやってくれるそうで、頼まれたのは表層に散った余分な土の回収であった。

 

 どうぞと渡されたのは巨大なレーキ。聞けば教員の手作りだそうで、ISの身で力加減を誤れば棒きれのように折ってしまえるものであった。

 

「もっとこう、ありませんか、例えば軽い砂だけ吸い上げられるような機械とか」

「いえ。墜落者の恒例行事のようなものです」

 

 その用務員は、口調こそ淡々としていたものの、口元は笑みを浮かべていた。毎年恒例、派手に墜落した人間を見るのが面白いらしい。

 

「砂塵を放置しておくと、舞い上がって邪魔になってしまったりするので、可能な限り丁寧にならしてかき集めてください。――さぁ、あと一〇分です」

「は、はい」

 

 ずるいと思ったのは、一生懸命墜落現場周りを走り回ったというのに、その後をこれまた巨大な転圧ローラーで圧し固めたことだ。それなら、最初からやってくれればよいのに。

 

 一夏が抉った壁際の長い傷はすっかり元通りになっている。数種の土を順番にいれなにやら作業を重ねていたが、全て五分程度のこと。一夏の作業の方が時間をかけてしまっていた。

 

 とにかく、休憩時間を殺して責任は取らせてもらえた。同じように働いた布仏はバテている。

 

「もう落ちないよ」

「その意気だ。俺も気を逸らさないようにするよ」

「もっとおなか空いちゃった~!」

 

 機嫌を取り戻しただと? マイペースでのんびりのほほんとした人だな。

 

 

▼▼▼

 

 

 少し前。

 

 射出口脇の待機場では、やや窮屈であるが全員が座れるベンチが並んでいる。汗もかかず、息切れもないがそれでも、座る生徒たちが疲れた表情なのは精神的なストレスが由来だ。足のふらつく彼女たちを支える、この一五分はそのためにある。

 

 墜落者二名が用務員とともに作業に入ったのを見送った千冬は、他の二人に遅れて生徒のフォローに入る。

 

 千冬の役目は、比較的ストレスの軽度な子たちが相手だ。

 

「深井、どうだった」

「は、はい、えと、えっと」

 

 壁にもたれていた深井に声を掛けた。緊張させてしまったがそれまでの表情は、自分が何を経験したのか計れていない、現実感ある夢から覚めた後のようなものだった。彼女は須藤班で上下加速と急停止を学んでいた。

 

「簡単に感想を聞かせてくれればいい」

「はい……」一拍考えて、「なんだか、鳥になった気分でした」

「ああ」

「昔、北海道で、オオジシギって野鳥を観察したことがあるんです。オオジシギは急降下する習性があるんですが、まるで私が……その鳥になったみたいで、あの子たちが見ている世界ってこんななんだなぁと、えと、あの、か、感じました……」

 

 最後は尻すぼみ。何を伝えたいかが不透明になっていったのだろう。

 

「鳥のようになれた、というのはISに乗った者が言う決まり切った感想だ」

 

 深井の顔は強張る。

 

「だが、具体的な鳥の名前まで出してきた者はいない。私は不勉強でその鳥を知らんが、今後はその鳥の姿を頭に思い浮かべてみるといい。オオジシギとやらの急降下は、力強いか、優雅か?」

「ち、力強い、です。遠くからでも、羽根が風を切る音が聞こえるくらいに」

「それを真似してみろ。いいか、ISを操るのは簡単ではないが、空を飛ぶ先輩は大昔からいる」

「は……はい!」

 

 肩に手をやるのではなく、その頷きに、同じく力強い頷きを返す。これには承認の意がある。肩に手を置くと責任感を負わせてしまう、そう選んだのだと思わせてしまう。しかし、目に宿る思いを受け止めたのみならば、それでよい、とただ認めてあげられるのだ。

 

 深井は視線を下げた。俯いたのではない。その目には急降下の先――衝突の恐怖が待つ地面が広がっている。

 

 千冬がその場を離れる時には、再び顔を上げていた。

 

 更に二人ほど声をかけ終えると、射出口併設の簡易トイレから高城が帰ってきたところだった。

 

 千冬からはやや目線が上になる、高身長の生徒。見た目には疲弊しておらず颯爽としている。

 

「ああ、私の番ですか」

 

 目の合った矢先の言葉。

 

「いいや。必要か?」

 

 いじわるだがそう返した。

 

「どうでしょう。解りません」

「いいだろう。解るまで飛べ」

 

 高城は目を丸くし、一瞬口をぽっかり開けた。

 

「それは……それができますか?」

「飛んでいれば解る。それができるのが学園だ」

 

 尚も疑問を浮かべた表情をしていた。話は終わったとして、千冬は腕を組み生徒たちの様子を眺めると、声がかかる。

 

「空は……重いですか?」

 

 高城は須藤班だ。上昇の時、必然的に空を見上げる形になる。ISの知覚で見る青は、まるで自分を押しつぶそうとしている。遠い天に広がっているはずなのに、顔に覆いをされたように。きっとその感覚は弟も持ったに違いない。だが、これを嫌うか気に留めずいられるかには個人差がある。

 

「ああ。重い」

 

 だからこそ千冬は認めた。

 

「あいつは巨大だぞ」

「そうですね……」

 

 高城は射出口の先を見据えていた。口癖なのだろう、ふむ、と呟いてそれきり黙った。

 

 深井、高城と来ると、自然ともう一人の顔が浮かぶ。副委員長如月だ。この子にはまだ誰も声を掛けていない。というより、掛ける隙がない。

 

「三七〇キロで飛んだぜ! 1番とあたしならもっと速く飛べるね!」

 

 右の生徒に叫ぶ。

 

「あんな速く飛んでるのに風も感じねぇの! 1番とあたしなら大旋風巻き起こせるけどね!」

 

 左の生徒に叫ぶ。

 

「せんせせんせ、1番とあたしの飛び方どうだった!?」

 

 最後に千冬の元に来た。なので、丁度良い高さにある頭にバインダーを当ててやる。あまり強くはしない。強く叩こうが絶対防御があるので無意味である。

 

「あてっ」

「調子に乗るな。まだ飛んだだけだ」

「でもすごかったよ! 最高! ――あてっ」

「敬語。忘れるな、ISの道は長い」

「1番とあたしならいけるすよ!」

「ならば証明してみせろ」

「もちろん! 一番だと言わせてみせます!」

 

 聞いて、そういえばと思い出す。

 

 入学式のあの日、やたらと騒いでいる生徒がいたので、我慢できずに注意した。注意はつまり、織斑千冬ここにありとでも名乗り上げてしまったかのようで、わらわらと生徒を集める結果になった。

 

 注意された如月更紗はバツが悪そうに離れていった。今、あの注意を覚えてはいないと思うが。

 

 ふ、と思わず心の中で笑みが零れる。この織斑千冬にため口をきく生徒はそういない。おおよそ、弟ぐらいだ。

 

 こんな威勢の良い生徒はこの大空においても力強い伸びを見せる。しかしひとたび折れれば致命傷。支えつつどれだけ焚き付けられるかが勝負だ。

 

 一通り声掛けの必要そうな生徒には終えたところで、授業再開の時刻に近付く。残り数分といったところで墜落者二名も合流。水分補給しつつ、墜落の瞬間の感想を同級生に求められている。

 

 今日はこの後、全員の記録と睨み合いながら初回所感のレポートを山田先生と共にまとめる必要がある。同時に、各国の代表生に関する報告書を合わせ、実機授業計画の練り直しや更にいくつかの資料を作らねばならない。

 

 デスクワークは今でも苦手だ、可能ならこうして直接ISの指導をしていたい。だが、この子たちの未来を想う仕事と思えば自然と、やはり心の中ではあるが、笑みは零れた。

 

「織斑先生」

 

 気を緩めた良いタイミングで山田から呼ばれる。身を引き締め直す。

 

「ああ、すぐに行く」

 

 

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