インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十一話

▼▼▼

 

 

 放課後。

 

「どういうことだ」

 

 第三アリーナで箒は困惑していた。

 

 中央アリーナとは違い、第一から第三の射出口はやや小規模だ。一クラスが整列できるスペースはあるが、レーンは五機分。

 

 放課後や休日のアリーナ使用は、初実機授業を迎えた生徒であれば使用は自由だ。アリーナの縁にある高さ五〇メートルの監視塔には、常に用務員が待機しており防護壁ISを展開してくれる。

 

 用務員はこの放課後自主訓練の場が一番の耐えどころと言っていた。一〇〇人近い人間が一度にISを使用するためだ。防護壁の被弾や衝突は授業中の比ではない。一番人の集まる中央アリーナはISでごった返し、中央塔に備えられた監視室から防護壁は複数展開される。

 

 しかしこの日の第三アリーナは、今射出口にいる人物以外に人影はない。あとは観客席なのだが、不思議と人が集まっている気配がある。

 

「どういう、ことだ」

 

 その言葉は隣の男に投げかけた。

 

「えーっと」

 

 と濁す男を睨む。

 

「簡単なお話よ。無茶苦茶弱い織斑一夏君を、副会長の私がちょっとでもマシになれるように鍛えてあげよう、というね」

 

 短髪の先輩が、一夏の隣からひょこりと顔を出しそう放つ。

 

「昨日の今日なんで、弱いというのは否定しませんが」

「私に鍛えられれば代表生中ナンバーワンも決まりよ」

「ほんとですか!」

「もちろんっ」

 

 何を誑かされているのだこの男は。

 

「どういうことだ!」

 

 再三、箒は同じ問いを唱えた。

 

「わ、私がお前を鍛えるという話だった筈だ。これはなんだ! 他の生徒がいてもおかしくはない、ないが、どうして更識先輩方がいる!?」

 

 更識以外にも二年一組の委員長など数名が、既にISスーツを身に付け訓練の準備を始めていた。そして一年一組も大部分が彼女らの前に集っている。

 

「私、副会長。学園二番の実力」

「……………………はい」

「肯定まで長かったわね。次は首肯すること」

 

 その実力は箒自身が身を以て知っている。しかし昨晩、あのような形で一夏特訓を誓ったというのに、翌日にその座を奪われようとは、認めてはならない。

 

 反撃する。

 

「ですが、代表生ではありません」

「あら、痛いとこ突いてくるのね」

「そうか、二年にも代表生いるんですよね」

 

 箒と更識に挟まれる一夏がその名を思い出そうとする。同じ代表生の先輩の名は事前に聞かされていた筈だ。まだ会ってはいないのだろう。

 

猪平(いのひら)先輩、でしたっけ」

「参加しないか聞いたんだけど、今日は自衛隊との共同訓練の打ち合わせがあるからって。残念だったわね」

「共同訓練ですか」

「来年には一夏君も同じ立場よ。三年になればほとんど学園空けて日本中の訓練場で新兵器研究らしいわよ。勉強も移動しながらっていうし。代表生ってたいへんね!」

「三年はたしか……、赤壁(あかかべ)先輩」

「そう。同型機での戦闘なら生徒会長に並ぶ実力があるのよ。たぶん、なかなか会う機会はないと思うけれど。というわけで、同じ代表生の彼女たちが一夏くんを訓練するのは難しい。だ、か、ら、わ、た、し」

「ぐ」

 

 唸る箒。

 

「みんな、候補生だったんですよね」

「あら」

 

 一夏がうつむく。

 

「箒ちゃんがそんなこと言うからよ~」

「私ですか!」

「俺は……候補生じゃありませんでした」

「そうだな」「そうね」

「ぐ」

 

 唸る一夏。

 

 候補生であったことは、他者と比べIS熟練度が先んじている点で有利だ。しかし、と今の状況を箒は、努めて冷静に俯瞰する。

 

「初めて操縦したその日に自主練か? 私たちはまだ飛行しかしていない」

 

 高身長で褐色のクラスメイトが、腰ぐらいのクラスメイトを見下ろしてそう言う。

 

「いーじゃねぇかせっかく誘ってくれたんだしよ! あたしたちは強くならなきゃな!」

 

 そう言って、ミニサイズクラスメイトはこちらに親指を立ててきた。

 

「あ、あの、貴重なお時間頂戴してすみません……」

 

 一年一組委員長が並び立つ二年に頭を下げる。他多くのクラスメイトが、如月に誘われてここにいる。どうやら予め約束があったようなのだ。いつそれを交わしたのか見当も付かないが、一夏が巻き込まれているのには納得がいかない。

 

 二年一組が一年一組を鍛えるこの状況。確かに、既に多数の演習を経験している彼女らに教われば進歩は早かろう。

 

 強くなる、それは箒にとり何より肝要。ISの操縦技術も新たなISを創り出す知識も未熟。だがこれは、あまりに短兵急な話ではないか。

 

 まず先にと順序立てたのは、一夏と箒自身の関係性の清算だ。最早、竹刀を握りその鋒を向け合った仲ではない。あれから数年経ち、互いは違った道を歩んでここにいる。ISの空において、新たな関係を明確にすべきである。

 

 箒は候補生として先に学んできた矜持があり、しかし専用機はない。

 

 一夏は代表生として得た最新技術のISがあり、しかし初心者である。

 

 この世界を変えた姉に最短で追いつくための計画だ。

 

「いくぞ、一夏。第二でやる」

 

 ぐいと彼の腕を引っ張る。

 

「箒ちゃん。それは困るわ」

 

 振り向き、手のひらで制止されたと思えば、二年一組ではない布仏虚が来ていた。

 

「布仏先輩……なぜ」

「お姉ちゃん!」

 

 虚と同じ髪色のクラスメイトが脇から走り抜いて彼女に抱きついた。

 

「ちょっと本音ちゃん」

「はぁ~二日ぶりのお姉ちゃん糖分きゅうしゅ~。あいすスーツだとなんかいつもよりもちもち!」

 

 頬ずりする妹を「ISよ」と言って押しのけた。あなた今日墜ちたらしいじゃない、の問いに妹は、お腹空いて今日のお菓子はどうしようか迷ってたんだよ、と暢気に返した。

 

 話を戻すために問う。

 

「困るというのは、どういうことですか」

「それね。もう流しちゃったのよ」

 

 こともなげな一言。息をのんだ。

 

「まさか」

 

 先輩は眼鏡の位置を正した。

 

「更識副会長と、奇跡の男が戦闘演習するよ、ってね」

 

 

▼▼▼

 

 

 ドローンが吊すモニターには、続々と観客が増えている観客席の様子を映していた。

 

「あの時と……」

 

 項垂れた箒の背を眺める一夏は、その意味を尋ねた。

 

「先々週ね」と布仏の姉が答える。「私と箒ちゃんで、同型機による一対一(ワン・バイ・ワン)をやったのよ。一年ぶりの再会だし、その一年でどれほど鍛えたのか見たくて」

「わんばい?」

「一対一のIS同士のぶつかり合いよ」

 

 では、昨日中断された一夏と箒の戦闘も一対一(ワン・バイ・ワン)になるのか。わざわざカタカナで言い回しをする必要があるのだろうか。

 

「あの時も、生徒会書記と篠ノ之の妹が戦闘演習すると触れて回りましたよね」

 

 箒が恨めしそうに呟いた。

 

「結果は? ん」

 

 こちらと目を合わせようとしない時点で明白だ。悔しい、その一心を宿した背中だ。

 

「そ、そうか、箒でもか。さすが先輩ですね」

「先輩だもの」

 

 虚は自慢げに眼鏡に触れた。

 

 その左腕には、打鉄の装飾形態があった。砂色である以外に、変わったところは見られない。

 

「布仏先輩のは、打鉄ですか?」

「ちっちっち~、あまーいねおりむー」

 

 虚の背中にくっついていた妹の方が、にやりと笑って指を振る。

 

「な、なんだよ。えーっと、のほほんさん」

 

 あらいいあだ名ね本音、と虚が小声にこぼした。

 

「あまいよ、クラブジャムンよりあまい。お姉ちゃんの打鉄はねー、特別製なんだよ!」

 

 特別製?

 

「別に隠すことではないから言っちゃうけど、私の専用機は打鉄からパーツを流用したミキシングビルドよ。私が組み上げたオリジナルパーツや武装との混成ISね。名前はU.2035」

「お姉ちゃん特別製!」

 

 そ~いうことね~、と頭の中でのほほんとした喋り方を真似た。

 

「でも名前がおもしろくない。甘納豆でいいよ」

「なんでよ」

「くろいのたくさん飛ばすから」

「銃弾よ!」

 

 姉妹のやり取りを眺めていると、するりと腕に手を回され、今日何度か感じていた体温が半身を覆った。副会長だ。

 

「で?」

「で、とは」

「おねーさんのISにも、興味あるでしょ? もちろんそうでしょうね。あって当然だものね。でもね、教えてあげないの」

 

 なにを言ってるんだこの人。

 

「自分で確かめて、ね?」

 

 腕輪を揺らせば二振りの赤がぶつかり、こつこつと小石を転がしたような音がする。準備はいいか、そう尋ねられている。

 

「不要です」

 

 音の鳴りにくい甲板上を、勢いよくソックスで打った箒はこちらに向き直った。

 

「この男の機体は近接格闘戦仕様、故に同じく近接戦に長けた私が教導します」

「あら、退かないのね」

 

 箒から戦いを教わることも重要だが、学園内において抜きん出た実力を持つ生徒会の人間と、ここで交える一戦は良い経験になるだろうと一夏は予感していた。箒は昨日こう言った。良いISがあろうとそしてどれだけ努力しようと、生徒会や他の代表生に追いつくことはない、と。

 

 ISに乗って、どのような身のこなしなら相手と戦えるのか、その一歩目すら踏み込めていない今、更識副会長と争ってなにができるのか。

 

「私がこの男を強くします」

「弱いのに?」

 

 ISの強さとは何か、もしかしたら片鱗を味わえるかもしれない。

 

 強くなると言ったのだ。姉にも幼馴染みにもそう宣言した。吸収できるものは学んでいこう、挑める戦いは向かっていこう!

 

「更識先輩」

「んん? どーしたのかな?」

 

 言い合う二人の間に入った。

 

「先輩の戦いを、俺に見せてください」

 

 よろしくお願いします、単にそう伝えることも考えた。だが、自分はまだ先輩の土俵にすら立てない素人。ならばこそと、学びを請う。

 

 箒も、更識も、目を丸くしていた。遅れて、副会長が満足気に頷く。

 

「よしよし。一生懸命な子はおねーさん大歓迎よ」

「待て一夏! 昨日の約束は!」

 

 左手を箒に掴まれる。箒は驚愕と焦りの混ざった目をしていた。

 

 昨晩の、涙目の彼女の顔を浮かべる。大事な幼馴染みの悲しむ顔は、そう何度も見たいものではない。箒の不安を拭い去るには、とにかく一秒も早く実力を身に付けること。そうすれば同じ高さの空を飛べる。

 

「箒、俺は。いや、俺と白式はすぐにでも強くなってみせるさ」

「そ……それは」

「わかった、わかったわ。そこまで箒ちゃんが言うなら、こうしましょ」

 

 更識は仕方ないといった風ながらも、どこか抑えきれない興奮を瞳に宿していた。

 

「最初は一夏君とおねーさんで一対一のつもりだったけど、箒ちゃんと一夏君ペアで、二対一にしましょう。それなら文句ないわね」

 

 不敵な笑みを浮かべる。

 

「どう?」

 

 

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