インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十二話

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「さて、あれは勝手にさせとこうか」

 

 深井は気をつけの姿勢で、二年一組の委員長がこちらに声を投げかけるのを聞いた。腰に手を当てるその人は、副会長よりも短いベリーショートヘアーに、活発な顔つき、引き締まった身体とまさに体育会系といった具合。

 

 名は刷来(するく)スミレ。どうにも、深井にとっては苦手なタイプだ。

 

「別にこの放課後訓練はあそこの変人のために用意したわけじゃない。そりゃ集まってきてる観衆は副会長バーサス奇跡の男を見たがっちゃいるけど。この目的は君たち新一年一組に、よりISに馴染んでもらおうというのが主旨。わかる? これから先、自分から手放さない限り、定年退職までISと一緒なんだから、苦手意識なんかコンマ一秒で捨てて欲しいんだ。毎年何人かはPTSDや戦闘が嫌になって転校する子がいるんだけれど、一組のみんなからは出したくない。そこで! 新二年である私たちがサポートしようって、そこの副委員長の提案に私は乗ったんだ。なんでサポートが必要か、それは一組だからさ。今日の実機授業でわかったと思うけれど、一組の授業に丁寧な教えなんてない。全部ぶっつけ本番。刀を握れ銃を取れと言われたらすぐに出さなきゃいけない、真っ直ぐ飛べ速度を出せと言われたらすぐに従わなきゃいけない。もちろん、二式打鉄は自動化されててある程度の操作をサポートしてくれるから、高ランクの君たちは問題なく行動に移せるんだと思う。だけどね、考えてみて欲しい。いつまでもそれを続けるのは、けっこう大変なんだ。ISってさ、装着してると不思議と力が漲ってなんでもできそうな気がするけど、でも、精神的ストレスは負ってるんだよ。私も最初の実機訓練の後、疲れ切っちゃって午後の授業なんか全然これっぽっちも集中できなかったの覚えてるよ。じゃあその精神的な疲れをできるだけ負わないように、尚且つ先生の指示に迅速に対応するためにはどうしたらいいか」

 

 ここまで口早に語って、ようやく数拍の隙間とはっきりわかる息継ぎが挟まれる。

 

「予習だ。つまりそれが、私たち二年の役目ってわけ」

「はい先輩」二年副委員長に抱かれた如月が手を挙げる。

 

「でも覚えておいてほしいのは、私たちにとってもこの役目は必要なの。なぜなら、私たちは学園を卒業すれば大部分はIS自衛隊に、希望があれば各国の軍に入る。そうなれば、上官の指示に従うばかりじゃなくて、自分が指示を出す側に回る未来がやってくる。私たちにとってこのサポートは、その練習でもあるんだ。今の三年一組が似たようなことをやってくれてね、すごいんだよーさすが織斑先生のクラスだ。教えは解りやすいし、何より自信に満ちている。ああなりたいよね、ってことで、真似しようと考えたんだ、そこの副委員長がね」

 

「はい聞いてないですねー」

 

 如月は手を降ろした。

 

「ふふ。どうしたの?」

「チチが重たいです」

「素敵ね」

 

 如月が顔だけでこちらに助けを求めてくる。刷来の言葉を咀嚼するだけで精一杯なのに、助けなんて出せるはずない。

 

 そもそも、こうして先輩から教えていただくことになったと知らされたのも放課後になってからだ。クラスの半数程度で、放課後に飛行の練習をしようと集合していたら唐突に如月が言い出したのだ。

 

 心の準備ができていない。

 

「さて」

 

 先輩が手を打つ。背筋がさらに伸びる。

 

「ここにいるのは、あそこの篠ノ之さんと生徒会、と虚ちゃんの妹さんもか、彼女たちを除いて、候補生ではなかった。ということは、私たちはISに乗ってまだ一年だし、君たちは一日だ。具体的に言うなら、IS装着時間は君たちは二四時間未満であるね。違って、候補生はだいたい一五〇〇から二〇〇〇時間超えている状態で学園に入学してる。この差はイコール経験の差だ。でもね、私を見て」

 

 刷来は大きく両腕を開いた。

 

「私は二年一組の委員長で、みんなと同じように受験してたまたまISの適性があって、一年間先生たちや先輩たちに教わりながらここにいるけどね、同じ未カスタムの打鉄であれば、あそこの副会長と十分に戦えるぐらいにはなったよ。もちろん、専用機が相手だとしても怖じけないぐらいの自信もある。今日理解してほしいのは、経験の差がそのまま実力の差とは思わないでほしいということ。根拠は、ISは脳や筋肉の、思考や信号を検出して動いている。つまりだね、迷いを捨て勇気をもって立ち向かうことでISは強くなるんだ。相手を超えようと思えば、ISはしっかり叶えようとしてくれる。漫画じゃないんだから、って思うかい? でもこれは、一年間私が戦いをしてきて感じたことでもあるんだ。打鉄って、カスタムで多少の変化は持たせられるけど基本は一緒だよね。どこで差ができるかというとランク上の粒子抽出量がわかりやすいけれど、もっと根本の部分で、すっごくわかりにくい部分で、差ができていると感じているんだ。それこそが」

 

 勇気だ。

 

 午前の初授業を思い返す。最初の上下運動では、先生に定められた距離で停止はできなかった。PICが一定出力に定まらず、体全体に振動を引き起こし、停止距離が伸びていく。それはクラスメイトみんな同じだ。

 

 しかし、織斑先生のアドバイスを聞いたあと、停止はすぐにうまくはならなかったが、ほんのちょっとだけ、体の立て直しが早くなったように思えた。

 

 それは震度〇の地震のような、教師からすれば評価に値しないものであろう。

 

 アドバイスのおかげで停止という運動に立ち向かうことが、勇気が持てたのだと気付いた。

 

 ISは光の粒子が素材とはいえ、機械である。少しずつでもこの機械に面と向かうことで、その動きを理解し、馴染ませ、早めていくのだ。

 

「だから私は、ISに対する恐怖心や苦手だなーとかよくこんなので動いているなーとか、そういうISにとってマイナスに作用する感情は早々に取っ払って欲しいわけ。おーけー? さてそれじゃ、まずは起動しようか」

 

 

▼▼▼

 

 

「先行ってるぞ」

 

 姉に引っ付く本音を連れ、高城は一夏に言った。

 

 隣では篠ノ之箒と更識副会長がまだ睨み合っていた。いや、片方が突っかかり、片方がのらりくらりと躱している状況だ。

 

 少し、羨ましく思う。篠ノ之箒がこれほどまで感情を露わにしたことは、この約一ヵ月見られなかった。二人は候補生として中等部から先輩後輩の仲であったのだから、自分たちよりは勝手を知っていて当然だ。

 

 もしくは、この男によるものだろうか。小学生の頃まで一緒だったとそう言っていた。昨日は身近な者の死に泣いた篠ノ之箒を彼が慰めた。

 

「しっかりな」

「ん? おう」

 

 高城の言葉の意図を図りかねているようだったが、ひとまず置いてレーンに立つ。

 朝のように姿勢を下げ、出力を高めるよう、しかし放出しないよう各スラスターに念じる。

 

 三度目の射出は、不思議と既に慣れてしまった感覚がする。これから何百回と繰り返していくのだから、体がはやく馴染んでくれるに越したことはない。

 

 外に出ると、観客席の約五分の一程度が埋まっているのが見えた。数百人は集まっている。先に出てきたのが自分たち普通の打鉄で、なぜだか申し訳なく思える。

 

 先輩方は奥、今出てきた射出口の反対にある射出口付近に着地した。その姿はさすがの一言で、飛行も着地も優雅で無駄など無く見えた。

 

 刷来が監視塔に手を振り、なにやら通信する。すると、自分たちから一〇〇メートルほど離れた地面に、突然打鉄が現れた。真っ黒いバイザーをした人間が乗っている。

 

「うお、なんだぁ!」

「あれは……」

「ただの看板、的だね」

 

 同じIS粒子で描かれているからか、かなり現実味を帯びて見えた。大仰な如月の驚きももっともだ。

 

「監視塔で用務員さんが制御している、防護壁ISの機能のひとつだよ。去年からバージョンアップで導入されて、それまでは本物の板を使っていたらしいよ。それじゃ、この新しい的さんの素晴らしい機能を使ってみよう。みんな、あの看板を、仮想標的指定して」

 

 言われた通り、頭で仮想標的を指定と唱え、視線で幾枚かの看板を見ると、それぞれが黄の輪郭で覆われた。

 

 次の瞬間、ただの平面だった看板が膨らみ、立体になる。

 

「なるほど、ARですか」

「その通り! 元から訓練用ISには、自分の視界だけに映像を映して実体のない相手……ゴーストって呼んでるけれど、これを相手に訓練していたんだ。でもね、別々の訓練をしている機体同士の衝突が増えて問題だった。これを解決したのが、ああして基準となる看板を外部から用意して三次元的な基本座標を確定させてやること。こうすることで訓練領域をわかりやすくすることができたのね、加えて同じ内容の反復もしやすくなった。用務員さんに伝えれば出してくれるから、今度から使ってね」

 

「はい先輩」如月が手を挙げる。改めてISを着た彼女を見ると、他者と比べ、腕や足のIS部分が長すぎて妙ちきりんな見た目だ。手長猿……と見ると失礼か。大きさをもう少し調整してあげられるのであればよいが。

 

「用務員さんの負担とかは考えなくていいよ。防護壁IS側は一枚の薄い看板を出しているだけだからね」

 

「あ、ハイ」如月は手を下げた。

 

「さっき見た限りだと、普通にのんびり飛行するだけなら問題なさそうだし、PICが荒ぶることもなさそうだから、さっそく武装の引き出しをやろうと思うんだけど、いいかな。いいよね、私主導だし」

 

「あ、ハイ」如月が返事をした。

 

「ふふ。不安なのよ、これでも私たち、下の子に教えるなんて初めてなんだから」

 

 いつの間にか如月の側に寄っていた二年副委員長が、周囲何名かに聞こえる声でそう言った。しかしそれは刷来にも届いていたようで。

 

「おいおい、ばらさないでよ」

 

 にこりと笑った副委員長は、一団の前に歩み出た。ISであるにもかかわらず、浮遊せずに歩行した。しかし一歩は音もなく、足跡もなく、まるで氷上を滑るが如く。

 

 副委員長の右スカートの、腰で接続する部分に近い一部ががま口のようにぱっくりと開いた。内に覗いていたのは、ライフルの銃床だ。

 

「打鉄のスカート一枚には、一丁の小銃、一振りの太刀が通常収められているんだよ。ちなみに私は刀なしで銃オンリーの私カスタムね」

 

 ライフルはランチャーによって持ち上げられ、抜き取りやすい位置に変える。手を伸ばすことなく自然な腕振りとともにライフルを抜き取った副委員長は、そのまま右肩に銃床を当てた。

 

「おお」

 

 その姿勢で停止する。映画や動画サイトでしか見たことのない、銃を構える流れに非現実を感じ、思わず感嘆する。これと決定的に異なるのは、その小銃のサイズは人間が持つには大き過ぎていた。

 

 形状こそ二〇式五・五六ミリと酷似しているが、人体の半分ほどに長く巨大。腕がISで伸びる分ストックは長く、そして反動を抑えるにはあまりに無骨である。ISの大きさに合わせた銃を構え、ストックに頬を載せても照準はできないだろう。

 

〝発砲するわ〟

 

 オープン・チャネルで声が届く。

 

 副委員長は、銃に顔を寄せなかった。肩に構え、やや腰を落とした体勢で、三発、単発で正面の看板を撃った。

 

 三発は対象の頭に全て命中した。ISでない銃と比べ――映画で見た程度のものとだが――気付いた、と呼べるものはいくつかあった。まずマズルフラッシュだが、一見通常火器と同じような発火ではあるが、ちらちらと青の粒子光が混ざっていた。また発砲音が爆発音というよりは、ハンマーで鉄を打ったような音の印象。ストックを使用しているものの、反動を感じているようにも見えていない。

 

 と分析している間にウェポンベイが再び口を開き、副委員長はランチャーにライフルを戻してこちらに振り返った。

 

「はいはくしゅ~」

 

 ボールをぶつけるような拍手音が鳴る。

 

「この拍手盛り上がらねぇな」

 

「ISなら動かない相手には百発百中ぐらいじゃないとね。

 そいで、武装を手に持つにはふたつの方法があるよ。ひとつはいまやったように、ウェポンベイ方式、もうひとつはこれ。見ててね」

 

 刷来が右の手を、銃を持つように柔らかく握った。その内で何が起きるかわかりやすいよう、平部分をこちらに向けてくれている。

 

 青白の発光が手の周りに現れ、一点に集中し始めた。輝きが強くなると、甲高い音を奏で腕の方向に従って奔った。それは銃を象った光の輪郭で、霧の中から物体が浮かび出るかのように、次の瞬間には銃そのものが刷来の手にあった。

 

「これはコール方式。呼び出し方式とも言うかな。『展開(オープン)』と『収納(クローズ)』を念じるだけで出し入れできて場所を取らないの。その代わり、一時的に意識やISのエネルギーが呼び出しに割かれるかな。慣れない内は、呼び出し対象の名前を呼ばないとオープンに辿り付けなかったりするね」

 

 見覚えはあった。今まで映像で見てきたISは、同じように謎の光から銃火器を出現させていたことが何度もあった。

 

「実際目の当たりにすると、不思議だね」

 

 隣の深井が興味深そうに眺めていた。最近わかってきたが、この子は意外にも機械好きな面があろう。

 

「昨日のおりむーもそうやって出してたな」

 

 確かに、射出前に何かを叫んでから刀を出していた。

 

「へー。じゃあ織斑君の専用機にはウェポンベイが無いのかな」

 

「はい先輩」如月が手を上げた。

 

「ウェポンベイ、コール方式、それぞれのメリットとデメリット、それは……。おっと、どうやらあちらも来るみたいだね」

 

 言葉に釣られ、高城たちが出てきた射出口に視線を向ければ、二色がはっきりと目に付いた。

 

 赤と白だった。

 

 

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