インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

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第十三話

▼▼▼

 

 

「それも嫌? ごーじょーなのね」

 

 クラスメイトたちが出発した後も箒は未だツンとして、更識の二対一提案には頷かなかった。

 

「そういう態度ね。でも一夏君からはお願いされちゃったのよねー私」

「ほぼ無理やりでしょう」

 

 そっぽを向いたままでけんか腰だ。中学の頃もこうだったのだろうか。

 

「それが違うのよね、提案自体は、今飛んでいったうちの副委員長なのよ。それを虚ちゃんがどこからか聞いてきて、じゃあ一年代表生と模擬戦してみようか、ってね。私は生徒会の仕事もあるし、今も玲ちゃんに押しつけて来ちゃったし、不参加のつもりだったのよ?」

「では生徒会室に向かっていただいて結構です」

「箒、いいじゃないか、副会長の戦い方ってのを見てみたいんだ。俺の白式がどこまで戦えるかも知りたい」

「ふふ、やる気ね。ま、そう簡単に通用されたら嫌よ?」

 

 言いながら更識がするりと腕を絡めてきた。薄いISスーツで密着されると、色々な部分に意識が飛んで顔が熱い。

 

「そういうところです!」

 

 突然箒が叫んだ。

 

「片方。空いてるわよ?」

 

 何を誘ってるんだこの人は!

 

「な、い、お、や、……お断りします」

 

 箒は箒で様々な否定の言葉が浮かんだようだった。

 

「それで? 白式の系統は? 代表生専用機である以上、何かしらの機能に特化してると思うけど、接近戦かな、遠距離戦かな、それとも戦闘には直接関係のない戦術的だったり、戦略的機能だったり、あるいはマイナーな部分が革新的だったり?」

「一応、接近戦だと思います。刀一本しか武器ないんで」

「一応?」

 

 更識が眉をひそめる。

 

「技研からの説明は? こんな情報が必要とか、こういう動きに注意してデータを蓄積したいとか、依頼があった筈よね。猪平も、確か受領した日の放課後は技研に呼び出されてね、夜まで部屋に戻らなかったわよ。昨日は、……まぁ学園に問題はあったみたいだけれども、放課後は呼び出されなかった?」

「夜は、」

 

 幼馴染みと目が合う。すぐに逸らされてしまうが、昨晩の泣きはらした目からはすっかり回復していた。

 

「あら」

「夜は、疲れちゃって……寝てました」

「ふーん」

 

 懐疑的だ。

 

「初装着の日は疲れ果てるからね。わかるわよ、私もだーいぶ前に味わったもの」

「とにかく!」

 

 箒は、この二日で何度大声を出しただろうか。

 

 俺のせいじゃないといいな。

 

「この男は私と訓練を行うと決めたのです。横やりは止めてください」

「そーもいかないのよ。せっかくだしね」

 

 面倒そうに首を振った更識は、手持ち無沙汰に装飾形態の自機に触れた。

 

「またそれですか。私たちは関係な――」

「いやーな、噂が、立つ、わよ?」

 

 息を呑んだ。どういう意味だろうか。

 

「一夏君の耳には入っていないと思うけど……箒ちゃんは、聞いてるわよね。たぶん」

「な、なんですか。箒、どんな噂だ?」

 

 一転して箒は押し黙ってしまっていた。

 

 そういえば、と昨日の昼食中に聞いた話を思い出す。篠ノ之束の妹であること、それが同級生との溝につながっていると。しかし、箒はISの開発に関わっていたのではない。ISが発表された当時、自分たちは八歳だった。いったい何ができるという?

 

 特異な目を向けられる理由はないはずだ。

 

「でも、三影会長がなんとかしてくれたって」

「そーね」

 

 あっけらかんと答えられる。

 

「玲ちゃんが対処したから、直接手は出されないでしょうね。だから、噂、なのよ」

「いったい、どんな噂なんです」

「色々あるわ。箒ちゃんが一夏君を虐げている、将来性のある一夏君に取り入ろうとしている、そして一夏君を利用してのし上がろうとしている」

「そんな! だいたい、俺と箒は幼馴染みで、中学の間は離れ離れだったけど、小さい頃から一緒だったんです! 初対面の、他の同級生とは、接し方は変わるじゃないですか」

「はーいはい。心配しなくても、そんなフザケたことを口にしてる生徒は一握りよ」

 

 副会長は腕を組んだ。

 

「毎年いるのよ、一組を僻む子ってのは。先生方もよくわかっているから、生徒にだいぶ注意してるし、一組と違ってIS実機訓練が遅いのは根性叩き直す体力訓練が先にあるからだしね」

「一組だからって! 一組は二〇人もいますよ!」

「箒ちゃんの場合は、『一組所属』プラス『元代表生候補』プラス『奇跡の男とやたら距離近い』プラス『仲良くなるのにちょっっっっっと時間のかかる性格』、で集中しちゃったかしらねー。最後の理由くらいは、なんとかならないかアドバイスしたんだけれど?」

 

 箒は目を逸らしたまま固まっていた。それはそうだ、幼い頃から人付き合いの苦手だった箒が、アドバイスなんかで意識を変えられるわけない。

 

「ま、今だけよ。でも今のうちに、他クラスの人間が意見する余地なんて無いところを見せつけるのよ」

「それで、俺と箒、副会長の二対一ですか」

「そ! 自分たちが学ぼうとしているISとやらを前にして、他人のことあーだこーだ言ってる場合じゃないってのを、私の専用ISでね、良い機会だから見せてあげちゃおーかなって。でも、あまり一方的だとただの後輩いびりって言われちゃうから、一夏君のISが技研の開発した専用機である強さと、そして箒ちゃんには生徒会と十分戦える実力があるというところを見せつけたいの。二対一なら、良い形でそれが実現できるかもしれない」

 

 副会長はにっこりと微笑んで、ウインクまで重ねた。

 

「だから二人には、手に汗握る一瞬を作った上で、負けてくれるかしら?」

 

 

▼▼▼

 

 

「箒」

 

 ほんの少しの唖然の後、彼の手が強く握られていることに気付いた。

 

「俺は、負けてと言われて、素直に頷きたくないな」

「意地を張るのはいいけれど、まだはやいかなー」

 

 更識は、先輩としての余裕に酔いしれているようだ。

 

 この人は変わらない、中学の頃から。誰かの一歩前に先んじているつもりでいるのだ。それは家柄もあろうが、どうにも許し難い。しかしこの数年彼女を相手に勝利したことは、ISにおいても、剣道や格闘技においても無かった。

 

「箒。頼む」

 

 一夏の右手は、左手の白を掴んでいた。

 

 彼女からの勝利を一夏とともに取ることができれば、それはまたひとつ大きな一歩ではある。更識楯無、技研に母を持ち、この先IS分野において未来が約束されているといえる。

 

 いつか勝たねば、我々はいつまでも彼女の一歩後ろに甘んじたままだ。

 

「女の子に助けを求めるのね、なんて、甘っちょろいことは言わないわよ」

 

 そうだ。

 

「素人の君が私と、『戦う』なら経験者の一人や二人連れてこないとね」

「いえ」

 

 箒はようやく、更識の前に立つ決心がついた。観念したのではない。

 

 噂話など、どうでもよいのだ。口さがない女どもを相手にする方が誤りだ。下を見ている暇はない。

 

 私は勝たねばならない。

 

 少なくとも、自分より強い者たちに勝とうとしなければならない。負けてと言われて素直に頷くことなど、どうしてできようか。

 

「勝ちます」

 

 その言葉に更識は、およそ箒が初めて目にした、にんまりと満ち足りた笑顔を浮かべた。

 

「そーこなくっちゃね!」

 

 更識は二人から数歩下がり、射出口へ歩を進めつつ唱えた。

 

「行くわよ、『情炎の烈女(パッショネイト・レイディ)』」

 

 蒼光が舞う。

 

 歩みは止まらない。

 

 次の一歩が踏み出される瞬間、揺らぎの向こうから赤銅が現れた。

 

「赤い、IS」

「センスがもっと欲しいわね。ワインレッドと呼んでよ」

 

 ロングコートを身にまとうかのようなIS。布ではないのに、鉄っぽい質感のまましなやかに風を孕み、裾がふわりと揺れ動く。更識はその姿を見せびらかす。

 

 ISにとって特徴的な兵器らしい無骨な気はそれになく、ドレスアップした女性がステップを踏んでいた。

 

 箒と一夏は息をのむ。正直に言えば、見とれた。箒はその専用ISはすでに写真を見ていて、どのような武装を持っているか事前に更識自身から聞いていた。が、実物を見た今、ISとしての異質さに改めて驚きを隠せなかった。

 

 線の細い女性的な、あまりに扇情的な、IS。

 

 これが、次期生徒会長と目される人物のIS。

 

「ワインなんて飲んだこと無いでしょうに」

 

 虚が水を差した。

 

「あら、見たことはあるわよ」

 

 アシンメトリーの王冠のようなヘッドギアを撫でながら更識が、グラスを振る仕草をしてみせる。

 

「これが、ISですか」

 

 一夏の問いはもっともだった。打鉄にせよ、諸外国の正式採用機にせよ、まるで本物の衣服のようなしなやかさを備えたISなど存在しない、想像すら誰もしてこなかったろう。

 

「言っていいのよ? はい感想」

「信じられ」言いかけて相手に睨まれた。

「綺麗です……。でも、武装は?」

 

 肩の辺りで途切れてはいるものの腕と上半身を包むコート状のISには、見かけとしては装備があるようには見えない。コートの内に隠された腰部、両足もウェポンベイを内包できる形状ではない。

 

 初回起動で生成しない、呼び出し方式だ。

 

「武器が気になるだなんて、一夏君も男の子ね。まずはこの美しさから見て欲しいんだけれどなー。去年、ロシアの機体データを参考に、生徒会選挙のために一生懸命考えてフルスクラッチしたのよ? その甲斐あって、今年の各学園巡回で大注目を浴びる予定なのだけど?」

 

 箒ははっと我に返る。諸外国学園巡回は生徒会と何より代表生に待ち受ける重大行事だ。それに箒は無関係だった。

 

 一夏の腰を叩く。目が合えば、お前にだって立派なISがあるはずだ、と念を送ってやる。

 

「だな。……俺も負けていられません」

「何? 美しさ?」

「起動してくれ、白式!」

 

 白と青の機体が現れる。押しのけられる空気に髪が乱れるのを抑えながら、箒は一段頭の位置が上がった幼馴染みを見上げる。

 

「わお。良いわね」

 

 白と赤が対面する。箒はその対比にわずかに妬心が頭をもたげるのを感じた。

 

「これが俺のISです」

「得体を知りたいわ」

「どういうことですか?」

「技研が作ったにしては、うん、かっこいいじゃない? だから、知りたいわ。その姿に隠された、……強さかしら?」

「俺もまだまだ、掴み切れてません」

 

 鉄ともガラスとも呼べない不思議な透明感と硬質感をもった手のひらを見る一夏。

 

「この雪片で」と力を込めれば、一本の刀が光の調べを後に、姿を現した。

「それを突き止めます」

 

 一夏と目が合う。どきりとした。

 

「箒と、みんなと一緒に」

「ゆきひら? それって。……ううん、いいわ。そのみんなに、私も加えてくれるかしら」

 

 同様に更識は右手に矛を象った。石突きが床を叩き体の前身に掲げられる矛は、IS本体と等しく赤銅――ワインレッド。長さはややISの全長を上回る程度だが、その穂先は不思議な形をしていた。剣身は幅広で、刃は蝋に似た滑ついた白。鋒は切り落とされたように欠けていた。まるで燭台とろうそく。

 

「副会長も、近接戦闘系なんですか!」

「見誤るな一夏。この機体は対IS中距離戦研究機として申請されている。私もその全ては知らない。警戒しろ」

「そうよ。焦がれなさい、私の情炎に」

 

 微笑みと同時、パッショネイト・レイディが浮く。

 

「来なさい、一夏君」

「はい!」

 

 白と赤は暮れゆく陽射に飛び込んでいった。

 

「何かっこつけてるんだか、楯無さんは」

 

 背後で虚が嘆息する。

 

「箒ちゃん」

 

 呼ばれ振り向けば、眉間に指を当てられる。その細い隙間を縦になぞられた。

 

「……なんですか」

「んー、少し浅くなったかな。今までの箒ちゃんなら、勝負は受けなかった。あの男の子が来てから一晩で。露骨ね」

 

 目を逸らす。

 

「ごめんごめん。かわりに忠告してあげる。副会長のISの戦闘は初めて見るだろうから」

「必要ありません」

 

 手を払いのけ、〈箒カスタム〉打鉄を起動する。カスタムは変更していない。白式に追いつき、理解するための構成のまま、より強い者と対峙することになった。

 

 不安はある。

 

 数週間前の虚との戦いは、彼女の機転の前に体勢を崩され敗北した。しかし今回の相手はその判断力に加え、性能では打鉄を遙かに凌ぐ専用機である。

 

 だとしても退けない。

 

 勝ちに行く。

 

 発射位置に着き、出力を高めた。

 

「もう、本当に強情。あの人は流体の粒子再現を研究してるの! 気をつけて、あの機体の――」

 

 

▼▼▼

 

 

 飛び去っていく頑固者の背を、眼鏡の奥の双眸は見送るしかなかった。言葉が聞こえていたかどうかはわからない。

 

「あの機体の炎は、見た目ほど単純じゃないのに」

 

 

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