インフィニット・ストラトス Re-Boot   作:達田タツ

29 / 36
第十四話

▼▼▼

 

 

 私が先に立つ、隙を見てお前が高出力状態の雪片をたたき込め。

 

 そう一方的に告げ、箒は副会長と火の粉散る剣戟を交わしている。

 

 副会長の身のこなしは優雅だ。昨日、箒の打ち込みに対し防戦に徹するしかなかった一夏と比べ、受けのひとつひとつに余裕がある。

 

 隙とは違う、遊びだ。

 

 倒れかけた一夏を抱きかかえた時と同じく、相手からの攻撃に対して余裕を持って対応している。この人であれば防戦でなく反撃ができているはずなのだ。一夏とはまったく違う、意図的な防戦である。

 

 なんだよ、隙なんてこれっぽっちも無いじゃないか。

 

 文字通り鎬を削りあい、火の粉が円弧を描く。激しさは次第に増しているように思えた。と同時に、箒の表情にも苦々しさが浮かんできた。

 

 いま無理に突っ込めば、その時こそ副会長が反撃に転ずるタイミングなのではないか。

 

 当の一夏は、常に箒の背後に立つよう移動だけを繰り返していた。良く言えば機会をうかがっている、悪く言えば自身を弄んでいる。

 

 白式の位置取りは昨日の突進を参考に距離を取っている。箒が一瞬でも隙を産み出すことができれば、白式の速度でこの十数メートルを半秒以下で詰めて雪片を叩き付けられる。

 

 だがこのままでは隙を突くどころか、箒が先に根負けする。更識副会長とこれほどに打ち合える箒を無駄に疲弊させるわけにはいかない。

 

 昨日と今日、二日間に渡ってISに乗ってわかったのは、意外に疲れるということ。精神的な疲れだ。何時間も問題集に向かっていたような、期末テスト詰めの一日を終えたような、集中力を消費した故の疲れがあった。

 

 こうした絶え間ない打ち合いというものは、ISパイロットにとって一番()()()()()なのではないか。

 

 その最中にあって余裕を見せる更識は、箒の集中が切れるタイミングを狙っているはず。あの専用機が持つなんらかの技を華々しくぶち込むために。

 

 焦れてきた箒が打ち込みの強さを変えたらしい。それを最小限の動きで更識が矛を切り返し、弾き返す。火の粉は今や激しさを増し、爆ぜる火花となっていた。

 

 これ以上は待つべきでない。だとして、どのようにこの状況を打開すべきか。素直に吐露すれば遠距離武器が欲しい。

 

「ねぇ。いつまでもそうしているつもりなの?」

 

 唐突に差し挟まれた、やけに鮮明に聞こえる問いかけに一瞬身が強張る。

 

 問いの相手は一夏か、箒か。

 

 どうすればいい。

 

 考えてみても思い付かない。当然だ、刀を持って戦う心得など本来持ち合わせていない。剣道の経験がどこまで役に立つかと思えば、目の前で繰り広げられる刀と矛の応酬に対抗できるものではない。そもそも、箒の動きが昨日のそれとは余りにかけ離れている。当然だとは思うが、あの時はまったく本気ではなかったのだ。

 

 いや、落ち着け。これは剣道ではないと気付いていたはずである。

 

 思い返すのは姉の戦い。

 

 自分が知っているISの戦いというものを想起する。

 

 

▼▼▼

 

 

「そうだな、怖くはない」

 

 ふと蘇る声。

 

「ISの戦いに恐怖はない」

 

 いつだったか、千冬姉が一緒にいてくれた頃の声。

 

「お前には、私が恐れているように見えるか?」

 

 毎日、家に帰ってきてくれていた頃の声。

 

「よく見ているな。良い観察力だ」

 

 一夏には想像もできないISという仕事から解き放たれた声。

 

「ではなぜ、そんなことを聞く?」

 

 

▼▼▼

 

 

 おれがこわいんだ。ちふゆねーのたたかいはまるでひとを――

 

 刃を鎧を掻く音に我に返る。

 

 怖い?

 

 俺が?

 

 何を?

 

 まさか、ISを。

 

 あり得ない、そんな感情は持ち合わせていない。憎しみも、恐怖も、この心には微塵もない。

 

「力を貸せ、白式!」

 

 ここでそれを証明する!

 

 二人の斬り合いは膠着している、それを打開し勝利を決するためには、白式の力が必要のはずだ。

 

 副会長の動きに隙は未だ見出せない。しかしたった一つ、垂れ流す余裕こそいま一夏が突くべき油断である。

 

 蓄積され精錬された技能がないなら、考えても埒が明かない。心に従うこと、それが挙げられる打開策だ。

 

「箒!」

 

 声かけは幼馴染みの名。副会長は常にこちらにも気を配っていて、唐突に動いたとして奇襲にはならない。だからいっそ正々堂々立ち向かうのだ。

 

 箒の真後ろから、つまり更識の真正面から斬り込みを掛ける。半身をこちらに向けた箒が「ばかな」とでも言いたげな表情のまま、左スカートを吹かし右方向へスライドした。一夏の唯一の武装『雪片』の刃が左に寝かされていたからだ。

 

 それまで二式打鉄があった位置に白式が滑り込む。

 

 一夏は二つの表情を見た。

 

 まずは箒。さすが幼馴染み、一瞬前の表情は消え、一夏の意図を察して視線は既に相手の胴を見据えていた。一夏の攻撃から間髪入れず叩き込むため、突きの姿勢を取る。

 

 次に更識。瞳は、しかし打鉄も白式も捉えていない。鋒のない矛は、突撃前の斬り合いの果てに白式から遠い位置にあった。ただ、彼女の口端は短い時間の中で釣り上がっていく。

 

 まぁ軽く反撃されるのかな、と予想した。

 

 それでも行く。

 

 得物を振り抜き、赤銅を過ぎる。

 

 懐かしい感触が手に宿った。

 

 竹刀を握っていたあの頃のように、両手はその一瞬に力が込められた。刃の向きは変わらず、次の一瞬には次第に力が抜かれた。堅固な防具に当てた感触が最後に残る。

 

 白銀の刀身が渾身の残滓に打ち震えている。

 

 斬れた。

 

 そう、未熟な突進しかできない一夏が隙を作った。大事な一撃は経験者に任せて。

 

「一夏ァ!」

 

 幼馴染みの声に振り向いた。

 

「それで残心?」

 

 ぽっかりと空いた丸い穴が、視界の丁度真ん中に据えられた。

 

 その奥底に火が灯った。赤を通り越し白熱した火は、洞穴の壁を焼きながら大力をもって前進する。

 

 穴を飛び出した火球は、溢れ出たエネルギーを花弁のように散らしながら一夏の額まで進み、爆ぜた。

 

 

▼▼▼

 

 

 マッチに火が点いたようだった。

 

 情炎の烈女(パッショネイト・レイディ)の左腕、コートの袖口が突然発火したと思えば拳銃を象った。

 

 一夏の突撃に追随し突きを放とうとした箒は、その現象につい目を奪われた。相手は斬撃を受けるに任せ一回転、矛は回転に乗って箒の刀に振り下ろされる。突きは地面を穿った。

 

 突きは防がれたものの諦めずに反撃を試みた。が、刀を持ち上げる頃には更識は一夏を追っていた。

 

 赤銅の肩越しに、幼馴染みの顔が火に包まれるのを見た。

 

 銃弾の炸裂を受けた一夏はもんどりを打って姿勢を戻そうとする。その肩に更識が銃撃を重ねる。人の頭ほどの火球が艶やかな白を焼いていく。

 

 弾速は早くない。あれは実体弾ではない、粒子密度が低く実体を維持していない粗粒子(ビーム)弾。距離を取れば、白式のハイパーセンサーであれば知覚でき回避も可能のはずだ。しかし様子を見るに、一夏は突然の至近距離攻撃に混乱してしまっている。

 

 いま白式は、上下を認識するので精一杯だ。

 

 更識は箒に対し背を向けたままでいる。ここで後ろから斬りかかり白式への攻撃を止めさせなければならない。だがその背は罠に見えた。

 

 それでも行かねば。

 

 刀は中腰やや右半身に。いいか、あの背に刀を振ったとして間違いなく避けられる、或いは防がれる。次だ。その次が肝要。

 

 乗り越えるべき背に近付く。振り向いてくるか、回避か。

 

 パッショネイト・レイディのまるで布に似たコート状装甲、その幾何学的な継ぎ目の色合いが僅かだが鮮やかに変化して見えた。

 

 両者の距離が迫り更識は、あり得ないことに静止している。罠か! と斬撃は止め左肩の第五シールドを差し出し、体当たり上等の衝撃に備えた。

 

 しかし衝撃がない。

 

 寸前で回避したのだろうか、シールドで視界を阻害してしまった箒は瞬時にレーダーを頼る。

 

 警告、至近距離の攻撃を察知。真後ろだ。振り向いている余裕はない。

 

 刀はまだ右半身にあり、ISの諸手でしっかりと握っている。その右手を解く。左手一本で支える刀で、右脇を通して背後を突いた。手応えはある。

 

 火花が散ると同時に全身が弾き飛ばされる。片手ではパッショネイト・レイディのパワーを受け止められなかった。だがこれで二機の間に入られた。

 

「あら、防がれちゃった」

 

 ゆるりと力を抜いて立つ更識が、不敵なまま視線を合わせてきた。見下ろされているようだと、彼女の余裕にそう感じてしまう。

 

「箒」

 

 背後から幼馴染みの声が届く。どうやら体勢を整えたらしい。

 

「もう一度やろう」

 

 わ、わかっている!

 

 提案は予想できた。この男はそう簡単にやり方を曲げることはない。刀の構え直して態度で答える。

 

「崩せるかしら」

 

 できるわけないだろう、と心の中で返す。箒の技術では押し返せず、後ろの初心者はうろ覚えの剣道紛れの振り抜きしかできない。正直、二刀流で戦った方がまだましだ。

 

 待て。剣道? 二刀?

 

 押し返すことができないまでもその打ち込みを抑えられるならば。小刀となる箒は、副会長の矛を標的と定める。隙とも呼べない無理やり作りだした一瞬に大刀である白式が、本体に叩き込む。

 

 できるか、できるのか? ISに乗って二日目の人間とそんな連携を、針の糸通しを共同作業するような連携を。

 

「箒、俺は」

 

 わかっている。わかっている!

 

 行くしかない! 私が抑え、一夏が斬る。何か一つでも相手のシールドを削れる方法を成功させなければならないのだ!

 

 一夏は箒の後ろで大人しく武器を構えている。更識副会長と打ち合える自信をまだ持てていない一夏は、しかしそれでも相手を上回りたいと闘志を燻らせている。

 

 無駄に語り始めようとするのも、一撃への糸口を再び箒に見出そうとしたためだ。

 

 わかっている! 私が隙を作ると言い出した!

 

〝おい〟

 

 極めて冷静にプライベート・チャネルを繋げる。

 

〝着いてこい、全力でだ〟

 

 あの矛を、容易には立て直せないよう大きく弾きたい。そのための突撃を敢行する。

 

 八基のスラスター全てに動力を配る。箒の想定において一番の問題は、打鉄で白式の突撃に先行する必要があるということ。この至近の戦闘距離で最大加速を試みたところで、加速力は白式を上回ることができず追いつかれるだろう。八基エンジンの粒子配分や特性を十分に理解した後であれば問題はなかっただろうが、こちらも八基は今日が初。

 

 だから、無理やりにでも白式よりも早く辿りつかねばならない。

 

 スカートスラスター六基に、ひとつのプログラムを指示する。

 

 息を吐いて、吸う。

 

 刀はやはり中段。

 

 地面を蹴るようにして動作は始められる。スラスター全基が最大推力に震える。身を地面に水平に、切っ先は相手に向けたまま。

 

 相手はゆるやかに後方へ飛び去りながら、左手の拳銃から火球を撃ち放つ。

 

 私が加速を活かせるかどうか、そこが勝負。

 

 ――いまだ。

 

 火球が箒を捉える瞬間、六基のスカートスラスター内に渦巻いた粒子が、形作っていた円筒を崩壊させ始めた。奥部側から粒子同士の結合が解かれ、綿毛のように吹き上がり、互いを弾き合い、そして狭い推進器内で圧力を高めながらもしかし耐えきれず溢れ出ていく。吐かれた大量の粒子は、地面を抉り返すほどの物凄まじいエネルギーとなった。

 

 箒は火球に頭突きし、火炎に身を包みながら歯を食いしばる。

 

 パッシブ・イナーシャル・キャンセラーが、猛烈な加速を受け止めようと身体の動きを阻害する。

 

 自身がまるで弾丸となったような急加速、相手への接近をハイパーセンサーの助けを借りやっとの思いで知覚する。

 

 重い両腕は、相手の片腕を狙う。赤銅の矛は今更防御の姿勢を取っていた。

 

 たとえあなたでも、遅い!

 

 二機を覆うほどの火花を散らせ、衝突した刀は矛を跳ね上げる。

 

 残った両足の推力で赤銅の正面から逃れる箒は、眼下に白が潜り込む光景を見届けた。

 

 

▼▼▼

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。