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始めよりは声量の増えた歓声を耳に、一夏は胸を落ち着かせる。
打鉄が使う爆発的な加速力を用いた連携は、一度の失敗を挟んで再び成功した。
箒が相手の刃を弾いた火花の中、間違いなく相手の胴目掛け一文字に振り抜いた一夏は、手に残る抵抗感と、縦に二回転して着地する相手とを意識する。こちらの一撃で相手は五〇メートル以上吹き飛んでいた。
自分は戦えているのだろうか。
雪片の柄の感触を確かめる。白銀の刀身は変わりない。数度の打ち込みも全て低出力状態とやらのままで、昨日のような青い刀身は現れなかった。
高出力雪片であれば、もっと満足のいく斬撃を放てる。しかし出す術がわからない。昨日は自然と出てきたはずなのに、勝手に判断してくれるものでもないらしい。
倉持さんの連絡先聞いておくべきだったなぁと、そういえば特課とやらに変わったことを思い出してみてようやく、そもそも技研との連絡方法を知らなかったと気付く。
あの分厚い仕様書に目を通さねばならないようだ。
「もう一度だ」
肩で息をする箒が言う。
「大丈夫か箒、なんか、辛そうだぞ」
ISを使っていてこれほど目に見えて疲弊しているのは珍しい。
「当然ね」
数度の打撃を受けながら優雅を崩さない更識が、双方の距離を保ちつつ円弧に歩きながら言った。『歩く』、IS戦においては己の余裕を見せる動き、こちらを煽っているようにしか見えない。左手の拳銃は散り、展開された袖に光の粒子が吸収されていった。
「
なんだって? また横文字か。
「エンジンを形成している多量のIS粒子を全て使う加速技術。内燃機関の点火装置のように推進器内で粒子を爆発させ、一度に大量の粒子を吐き出して加速力を得るわ。でもこれは、エンジンを形成したIS粒子群では想定していない使い方。エネルギーで構成されているから、これを崩してまで推進剤として使える、ってだけの話」
つまり。
「使用後はエンジンを失している状態だから、もう一度推進力を得るためにIS粒子を捻出しなければならないし、当然、その間は推力が大幅に低下するわね。一番の問題は、爆発的加速がISの想定速度を瞬間的に大幅に上回ってしまうことだけれど」
なるほど、今の箒を見ればわかる。ISを静止状態に導くPICを振り切りながら、的確に攻撃を当て、コアからIS粒子を引き出す。それぞれには独自の負荷がかかっている。その全てをあの一瞬に処理するのに、どれほど集中力が必要か。
「近接戦仕様の打鉄でもそう何度もできないわね」
「何度でも。あなたに勝つまで」
箒は相手を睨みながら意気込む。
「無理よ、あんな急加速に何度も何度も耐えられるようなパイロットはいないわ。過度の集中で飛びそうになる頭を、絶対防御含めたISの生命維持装置が叩き起こしてくれているのよ。その為の負荷すらかかってる。眠たくても眠れない日のように、苦しい思いを続けるだけね」
「それでも――」
「先に言っておくと」箒の言葉に更識が重ねる。「
箒の肩が落ちたように見えた。
動きは直後。
パッショネイト・レイディのコートがふわりと広がり、赤いアフターバーナーの影を背に更識が急接近してきた。
なんて加速だ! 瞬時加速ではないのに!
「箒!」
前に出る。
しかし白式の斬りつけは届かない。コート状装甲を形作るプレートの継ぎ目から、赤銅の粒子が小発破を繰り返し機体の向きを変えた。ターンダンスのように、横転していくパッショネイト・レイディは白式を迂回して打鉄に迫る。
「これがISの炎よ」
赤の光線が矛先に集中、火が灯った。
箒は肩の第五シールドで防御の姿勢を取っている。だが一夏の直感は、そんなものでは防げない攻撃を予感していた。
振り下ろされた矛は打鉄を捉えない。代わりに炸裂したのは、ろうそくのように灯る火。
広がる爆炎はまるで生きているかに見えた。シールドに衝突して尚も火炎は喰らい付く。シールドに隠された標的を探して泥のようにうねり、執念く見つけ出せば勢いよく飲み込んでいった。
瞬間、箒が消えた。
生まれた衝撃波に視界が揺らぎ、急激な圧力に襲われる。赤とも白とも言える景色の中で、強い力が全身を引き裂こうとした。白式は背を地面に打ってからようやく制御を取り戻し、上下を認識して膝を突く。
「がほっ」
肺が止まっていた呼吸を強制させた。失いかける平衡感覚を、頭を振って無理やりに正す。回復の遅い生身の感覚が、相互に作用していた筈のISのセンサーから分離しかけていた。
ISで受ける爆発がこれほど強い衝撃を伴うなんて。ISの戦いはもっと、軽やかな戦いであると思っていたのに。
爆心地には、砂塵の只中で残り火の如くパッショネイト・レイディが立つ。彼女は、一夏から見て左に体を向けていたが、武器は構えていない。
その視線の先には、倒れる銀灰の機体があった。
『二七番訓練用二式打鉄、第四シールド崩壊、第三シールド中破』
システムが打鉄の状態を表示した。まだだ、まだ箒は戦える! 爆発に怯える体に鞭打ち、刀を握りしめる。
更識の左腕が発火に包まれ、拳銃が手に現れる。その腕は真っ直ぐに打鉄に伸ばされた。
させない!
地面を蹴り、砂塵を突き抜け、接近。
あの蒼刃を思い描きながら刀を振り抜くが、視界を右に左にと閃くのは鈍い白銀のみ。白式の行動を予測していたであろう更識に斬撃は、視線すら向けられずに防がれる。
火の粉が散る。
こちらのがむしゃらな打ち込みは全ていなされ、刀を大きく逸らされた瞬間に反撃された。蝋の刃が胸のプレートを引っ掻く。再び距離が開いた。
ちらりと打鉄を見やれば体勢を立て直すところ。彼女の瞳は、どうやって勝てばよいのか、迷子のように震えていた。
白式の第四シールドも最早限界、拳銃による攻撃ひとつで崩壊する。
『生徒会専用IS二番機、第四シールド中破』
片や、相手はまだまだ余裕がある。
箒が立ち上がった。やる気が戻ったかと思えば、まだ瞳は震えたままで刃も力なく垂れ下がる。
「ねぇ。いつまでもそうしているつもりなの?」
更識が再び問う。今度は相手がはっきりしている。ぴくりと打鉄の刀が微動した。
「諦めないぞ箒! 少しでも先輩に追いつくんだ!」
その為の力を貸せ、白式!
赤銅に縋るが、未熟者の剣戟はまったく通らない。
ふと疑問が浮かぶ、この機体でも先ほどの打鉄の加速ができないだろうか。
一撃を受け第四シールドが崩壊する。
瞬時加速を、白式、お前だってできるだろう。
斬り合いの中で念じれば、視界の端に機体情報パネルが浮かび、瞬時加速の項目が両足スラスター欄に現れた。
足りない、それだけでは足りない。雪片二型の高出力攻撃が必要だ。瞬時加速で相手の虚を突いたとて、ただの雪片では加速に見合うダメージは期待できない。箒の戦意を削いでしまったのは他でもない、高主力状態に至らない白式が、制御できない一夏が原因だ。
焦るなって。たった二日目で、そんな制御が可能だと?
違う。この機体はそんな道理で動かない。必要なのは、白式と一夏の対話。
頼む、俺に戦わせてくれ。
きっと答えてくれると願いながら、相手の一撃を受けた。
火花の向こうでパッショネイト・レイディが拳銃を握る。
今しかないと、頭が焦らせる。
「瞬時加速!」
巨大なエネルギーの塊を両足に感じる。跳ね回るボールを詰めたかのように振り回されていく。
「本気!?」
相手の吃驚は既に真横にあった。だが、あまりの加速に刀は振れない。加速が急であればあるほど、PICのパワーも増していく。ただの加速であれば今朝の巡航訓練のように、PICとの折衝を図りながら巡航速度として定着させる。だが瞬時加速はそうならず、結果的に安定は得られない。
重い。病気で体が動かない怠さにも似た、体が後ろへ引っ張られる感覚。こんな重さの中で箒は、刀を振っていたのか!
全身が急加速に耐えられていない。右腕と左腕が今どこにあるのか、雪片がまだ手の中にあるのか、自身の情報さえ処理仕切れない。目も、前を向いている感覚があるだけで動かせない。
止まってくれ。
赤銅が視界から消えようとしている。過ぎてしまえば、推力を失った白式は隙だらけ。なんの意味もなく駄々をこねただけになる。
止まるんだ!
ふっと機体が安定した。
次の瞬間、壁に激突したかのように肉体全体が停止する。
しかしまだ慣性をPICは処理仕切れていない。前進と停止の力が体を押し潰そうとして、空気が口から漏れ出し、自然と叫びへと変わっていく。
両手の中にある刀が振動する。揺れを伴って働く急制動の中で、それだけは内から溢れる活力を漲らせている。
ぐるりと機体が回る。
背後を一文字に薙いだその軌跡は、蒼に輝いていた。
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雄叫びと共に振るわれた、噴き上げるエネルギーの刃。それを受けたパッショネイト・レイディが、空中を不規則に回転しながらも受け身を取る。
戦いは終わっていない。箒はようやく落ち着きが頭に染み渡るのを感じた。
ISの高い知覚で、突撃を敢行する一夏の表情を読み取った。打鉄のそれよりも強力な瞬時加速の中にあって目は鋭い。
彼我の戦力差を比べることもできていない初心者。だからこそ無謀であっても立ち向かうことができたのだ。
勝とうとする意志の強さ。
私も、同じくらいの勇気を持ちたい。
姉に辿り着くためにも。この学園で強くなるためにも。
一夏と一緒の勇気を。
「これはさすがに重いわねぇ」
はっとして言葉の主に視線を戻した。一〇〇メートル近く吹き飛んでいた更識は、再びゆるりと脱力して立っていた。情報を読み取れば奇妙なことに、おかしい、第四シールドすら破れていない!
「今のは武器の
不敵に笑みを浮かべる彼女が握る矛は、その刀身を煌々と赤に輝かせていた。
副会長は防いだのだ。あの一瞬の中で的確に、刃の腹を以て。
「それじゃ、お返しに私の能力をお見せしちゃおうかしら」
白式はまだ推力が回復していない。動こうとして、飛べず、体が強張る。
更識が柄を握り直す。刀身を這う赤の光線が先端にて収束、火が再び灯った。
そして矛は何もない空を薙ぐ。
軌跡に浮くのは、ぽつりと怪火が一つ。
火の玉に拳銃を押し付けた。
「男の子を標的にする日が来るなんてね」
更識は呟く。
「
火炎は女の悲鳴にも似た高音を撒きながら、直線を描く。箒は過ぎていく弾丸を目で追うことしかできなかった。
幼馴染みの名を叫んだ。
炎は白式に到達。真っ赤に燃える火球は、この世の全てを凌駕するISの力を体現するかのように、白を飲み込んでいく。
その光景に箒は――。
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その後、一人では太刀打ちできなかった箒も第三シールドまでを砕かれた。一夏と箒、ふたり並んで地面に横たわる。だだっ広い空を、大きな雲が横切っていく。
「なぁ、箒」
「なんだ」
「副会長、最初に色々言ってたけども、実際は自分の実力を見せたかっただけなんじゃないか?」
「き、奇遇だな。同じ感想だ」
更識は試合の後、わざとらしく疲れたふりをしてみせ、見に来ていた新一年生へ向けISの素晴らしさと難しさを存分に語り、己のISを観客に見せるように優雅に飛び回り、満足顔で射出口へと戻っていった。
副会長である私と戦った二人に拍手を――か。
「なぁ、箒」
「なんだ」
「悔しいな。まだ二日目だけども、そう思うよ」
「そうか。ならば、強さを求めるだけだ」
箒は逡巡してから言葉を付け足す。
「私と一緒に、な」
声は少しばかり、小さかった。
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